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雑誌目次

雑誌文献

精神医学32巻6号

1990年06月発行

雑誌目次

巻頭言

うつ病診療の一問題

著者: 町山幸輝

ページ範囲:P.572 - P.573

 ここ1年ほどの間に私は数例のうつ病患者について相談を受けた。それらの症例は神経症性,反応性,単極性うつ病などの診断で治療を受けていたが,いずれも十分には治療に反応せず,あるものはそのためすでに休職中であった。診察時詳細に病歴を聴取すると,全例が既往にうつ病期に加えて軽躁病期を有し,双極性障害(双極Ⅱ型)であることが明らかになった。つまりどの症例でも既往の軽躁病が精神科医に見逃されており,それが不適切,不十分な治療につながっていたわけである。
 たまたまこの1年間に集中して起こった以上の経験は,私にとってかねて気になっていた双極性障害に関する問題を改めて考えさせる契機となった。ここでは《なぜ精神科医が軽躁病を見逃したのか》を中心にして私見を述べてみたい。

特集 精神分裂病の生物学的研究

精神分裂病に対する精神生理学的アプローチ—分裂病者にみられる追跡眼球運動の障害機序を中心に

著者: 松江克彦

ページ範囲:P.574 - P.582

I.はじめに
 ここ20数年のあいだに,精神分裂病における眼球運動の研究は著しい発展を遂げた。その主なものとして,第一に,島薗ら43)による慢性分裂病者の閉瞼時眼球運動の研究があげられる。この研究は,慢性分裂病者では安静閉瞼時に小振幅の急速眼球運動が顕著に出現することを示してきた。次に,守屋ら35)は分裂病者の視覚認知が著しく拙劣なことを,アイマークレコーダーを用いて客観的に観察した。すなわち,横S文字のような簡単な図形をみる際に,分裂病者は注視点の移動が極めて少なく,また図形の認知も悪いというものである。第三に,Holzmanら12)による滑動性追跡眼球運動Smooth pursuit eye movements(SPEM)の障害に関する研究がある。彼らは,分裂病者が振子のようなゆっくり動く対象を滑らかに追跡できず,断続的な眼球運動を示すことを多くの症例で明らかにした。これらの所見は,特に慢性分裂病者において恒常的であり,その後の追試で十分に確認されてきている。
 眼球運動は,注意や認知の状態と密接に関わると同時に,脳の機能状態を敏感に反映する指標でもある。いわば,心と脳の接点ということもできよう。したがって,近年における眼球運動を指標とする研究のめざましい発展は,分裂病の精神病理と脳機能の接点に関する著しい関心によるものと考えられる。しかしながら,眼球運動が心と脳の接点であるということは,分裂病の眼球運動所見の解釈を困難にしていることも事実である。これは,眼球運動に限らず,精神生理学的研究に付随する本質的な問題であろう。したがって今のところ,これらの所見を心理学的側面と脳機能の両側面から注意深くみていくことが必要である。

精神分裂病のマーカーとしての眼球運動

著者: 小島卓也 ,   松島英介 ,   太田克也 ,   中島一憲 ,   大林滋

ページ範囲:P.583 - P.590

I.はじめに
 日常の臨床場面において,分裂病者が冷たく突き放すような視線や何かに脅えているような眼差しを示し,医師がその視線の異常を感じることは極めて多い。立津23)は分裂病者に最も特徴的なのは目を中心とした顔の表情の変化が乏しいことであると述べており,表情や視線の動きが分裂病者の精神内界をよく反映するだけでなく,その生物学的特徴を表していることを示唆した。筆者らはこの視線の動きを客観的に把握し,分裂病の特徴を抽出しようと研究を重ねてきた1,8〜15,17,19,22)
 本論文では,幾何学図形(S字型図形)を呈示している際の注視点の動き,すなわち視線の動きが分裂病の特徴をどの程度反映しているか,分裂病のマーカーとなり得るかについて述べたい。

分裂病の病態理解への精神生理学的接近—利点・現況と期待

著者: 丹羽真一

ページ範囲:P.591 - P.596

I.はじめに
 松江(本号)8)および小島(本号)5)は分裂病の視覚的情報処理の際の眼球運動の特徴から分裂病の認知・行動機能の問題点を抽出して報告した。その際,松江は動的脳機構という意味でより生理学的な側面を述べ,小島は能動的行動という意味でより心理学的な側面を述べていると考えられ,両報告を総合すると多角的に分裂病の情報処理の問題点を捉える視点が提供されている。この動的脳機構という生理学的側面と能動的行動という心理学的側面の両面を持つことが,精神生理学的接近の持つ特徴であると考えられる。私は松江・小島の両論文を踏まえて「分裂病の病態理解への精神生理学的接近」について討論するように求められているので,以下に精神生理学的研究について総論的に述べるつもりであるが,まず分裂病への精神生理学的接近の利点と目標についてふれたい。

ポジトロンCTは精神分裂病研究の進歩に寄与しうるか

著者: 岸本英爾

ページ範囲:P.597 - P.607

 最近,X線-CT,MRI(nuclear magnetic resonance imaging),SPECT(single photon emission computed tomography)等の画像解析技術が長足に進歩し,それらの技術は精神医学をはじめ臨床医学の新しい発展に寄与しつつあるが,その画像解析技術の一つにポジトロンCTがある。著者に与えられた課題はそのポジトロンCTを用いた精神分裂病の研究がどのように進歩しているかを概説することにある。

精神分裂病と画像診断—局所脳血流を中心に

著者: 倉知正佳 ,   湯浅悟 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.609 - P.617

I.はじめに
 精神分裂病の画像診断の意義は,従来から想定されてきたいわゆる分裂病過程の実体を明らかにしていくことにあると思われる。ポジトロンCTの所見については,岸本論文で詳述されるので,ここでは局所脳血流を中心に,まず自験例を紹介し,ついで諸家の報告を概観し,その後服薬の影響やドーパミン(DA)機能との関連について述べることにしたい。

覚醒剤精神病からみた精神分裂病—再燃準備状態のモデルとして

著者: 秋山一文 ,   濱村貴史

ページ範囲:P.619 - P.627

I.はじめに
 精神分裂病は最も重要な精神疾患でありながら,その病因は依然として明らかにされていない。その生物学的研究には様々な困難な問題が横たわっている。例えば,精神分裂病は生物学的に異種性heterogeneityをもった症候群であることが指摘されており,どのような病態・側面に対応させた生物学的研究なのかという位置づけを明確にすることが多くの場合,困難であることもあげられる。これには,陽性症状・陰性症状といった概念にそれぞれ対応するような生物学的基盤が存在するのかどうかといった問題5),あるいは長期予後の研究より発症・経過・最終的な予後に様々なタイプが存在することが指摘されていること3)に関係した問題も含まれよう。
 そのような状況の中で,精神症状及び再燃準備状態ともに妄想型精神分裂病に酷似している覚醒剤精神病は精神分裂病の生物学的アプローチの有力な手段として取り上げられており,国内外で活発な研究が行われていることは周知の通りである。それは意識混濁を伴ういわゆる外因反応型を起こす他の薬物とは一線を画して,覚醒アミンが人間の精神内界に精神分裂病に酷似した精神症状を引き起こした事実の重み25)から出発したものであった。しかし,人間の複雑な精神現象のすべてが動物の異常行動として捉えられるわけではないし15),得られた研究成果の解釈には慎重を期さなければならないことはいうまでもない。本稿では,このような配慮のもとで,覚醒剤精神病の臨床上の特徴(経過,横断面)を簡単に取りまとめたうえで,主に再注射による急性再燃がどのような機序で起こるかに焦点を当てて行った教室の研究12,13,16〜18,26,27)を中心にして紹介する。

覚醒剤精神病と精神分裂病—逆耐性現象に関わるドパミン放出機構の変化

著者: 小山司

ページ範囲:P.629 - P.635

I.はじめに
 覚醒剤乱用者が精神分裂病に酷似した精神病像を呈する事実から出発し,本邦における覚醒剤乱用期の臨床的記載を通して,両者の類似性がいくつも指摘されてきた8,11,16,17)。それらを整理すると,一応次のような5点に要約することができる。
 (1)急性期の幻覚妄想状態のみならず,慢性期の欠陥状態においても,しばしば類似した病像を認ある。
 (2)粗大な器質性脳病変は欠如している。
 (3)両者の精神症状は抗精神病薬による治療に反応する。
 (4)両者ともに慢性の経過をとる。
 (5)経過中に寛解状態が持続していても,情動ストレスや覚醒剤の再使用によって,病像の再燃がみられるなど,高い再発準備性が潜在している。
 このような両者の類似性を根拠として,覚醒剤の長期連用によって,中枢神経系に起こる薬物生体反応の変化を明らかにすることは,精神分裂病の発病と再発の生物学的基盤を理解するうえで有力な手がかりとなることが期待される。したがって,覚醒剤モデルは,今日においてもなお,分裂病研究の主要なトピックのひとつであるといっても過言ではあるまい19)

精神分裂病の臨床的・生物学的研究—慢性重症化の機構と再燃予測因子を中心に

著者: 堀彰

ページ範囲:P.637 - P.642

I.はじめに
 薬物療法の登場により精神分裂病の予後が改善されたといわれている10,11,22)。しかし,薬物療法によっても病状の改善の得られない重症例も少なからずみられる。また,薬物療法の導入後,波状の経過をとるものが増加し,精神分裂病の再燃が注目されてきている6,12,18,23)。そこで,我々はこの重大な臨床的問題である,精神分裂病の慢性重症化および再燃の機構について,生物学的側面からどのように解明できるか検討している。ここではこれまで得られた結果を報告するが,詳細については参考文献8,9,21)を参照されたい。

分裂病研究における「臨床的・多元的アプローチ」の意義と方法について

著者: 豊嶋良一

ページ範囲:P.643 - P.648

I.はじめに
 分裂病の生物学的研究には疫学,遺伝学,脳の形態学,組織病理学や生化学,神経生理学など様様な分野からのアプローチがあり,またデータを得る対象も分裂病患者,家族,社会集団や,実験動物など様々である。研究者の関心はおのずと自分の専門分野に限定されがちであるが,視野を分裂病研究全体に広げたうえで,その中における個々の研究テーマの意義を把握しておかないと,研究目標の設定や結果の解釈を誤まるおそれがある。そこで本稿では,分裂病の生物学的研究を簡単にふりかえり,現状の問題点を挙げたうえで,「臨床的・多元的アプローチ」の意義と方法について考察する。なお,ここでいう臨床的・多元的アプローチとは「診療の場で,多領域にわたる調査や検査を行うことによってデータを得る研究方法」を指している。

研究と報告

全身性エリテマトーデスの多発を伴った家族性アルツハイマー型痴呆の1家系

著者: 仲村禎夫 ,   野島照雄 ,   島悟 ,   福田純也

ページ範囲:P.649 - P.654

 抄録 家族性アルツハイマー型痴呆を有する1家系について報告した。本家系は,現在までのところ,二代8名がアルツハイマー型痴呆に罹患しており,そのうち2例は剖検によりアルツハイマー型痴呆であることが確認された。
 遺伝形式は常染色体性優性遺伝と考えられた。

摂食障害と脳萎縮(続報)—頭部CT上の脳萎縮所見と臨床諸要因との関連

著者: 西脇新一 ,   切池信夫 ,   永田利彦 ,   井上佑一 ,   吉野祥一 ,   泉屋洋一 ,   川北幸男

ページ範囲:P.655 - P.661

 抄録 Anorexia nervosa 20例,bulimia 17例の頭部CT所見よりVBRを算出し,これと臨床諸要因との関連を検討した。その結果,摂食障害患者の側脳室拡大は,年齢,体重,栄養状態,摂食行動,抑うつ症状,甲状腺機能,知能検査結果等の要因とは関連を認めなかった。しかし,anorexia nervosaにおいてデキサメサゾン投与後の血漿コルチゾール値と側脳室拡大との間に有意な正の相関を認めたが,bulimiaにおいては認めなかった。これらの結果に若干の考察を加えた。

短報

神経性食思不振症患者にみられる起立性低血圧と転倒—特に向精神薬の副作用の観点から

著者: 朝田隆 ,   中河原通夫 ,   塩江邦彦 ,   白石孝一

ページ範囲:P.663 - P.665

I.はじめに
 神経性食思不振症でみられる多くの身体症状のうち,循環器症状としては,低血圧症,徐脈などがよく知られているが,起立性低血圧および,これが強く関与する転倒の問題については,従来それほど注目されていなかった。今回,我々は当科入院中に生じた神経性食思不振症患者3例の転倒を検討し,その背景と危険性について報告する。

精神分裂病様症状を伴った進行麻痺の1例と免疫学的指標

著者: 上野豊吉 ,   松尾正

ページ範囲:P.667 - P.671

I.はじめに
 一般に進行麻痺は,梅毒感染後10〜20年の潜伏期間を経た後,多彩な精神神経症状でもって発症するといわれている。以前より抗生物質療法によって進行麻痺の発生頻度は著明に減少したが,この数年は再び,梅毒が増加傾向に転じたことも指摘されている。今回,我々は発病当初精神分裂病(以後,分裂病と略す)が強く疑われたが検査結果より進行麻痺であった症例を経験したので,特に種々の免疫学的指標と治療経過の相関について若干の考察を加え報告する。

動き

“Leonhardの分類に関する第1回国際シンポジウム”印象記

著者: 古城慶子 ,   加茂登志子

ページ範囲:P.674 - P.675

 Karl Leonhardは,1988年4月23日,東ベルリンで84年の生涯を閉じた。発病から死に至るまでは僅か2日ばかりの出来事であり,老教授は直前まで精力的に研究活動を続けていたそうである。C. WernickeとK. Kleistの流れの上に更に独創性を発揮した彼の学説は,国境や時代を越えて常に大きな関心を呼び,急性内因性精神病の中間領域(非定型精神病,類循環病,分裂感情病あるいはBouffee deliranteと呼ばれる領域)やいわゆる欠陥分裂病を巡っての症状論的,あるいは疾病論的位置づけに関する論議の中では繰り返し布石とされてきた。Kleist-Leonhard学派の伝統は,内因性精神病を遺伝,症状,経過等から多面的に研究し,分類をより純化し細分化していく。中でも重要な概念である類循環病(zykloide Psychosen)は,不安-恍惚,錯乱-混迷,多動-無動という循環類似性を持ち,症候像の多型性,急性発症,予後良好,反復性等の特徴から診断されるもので,躁うつ病と精神分裂病のいずれにも属さない一群の疾病を取り出すことを可能にする。近年操作的診断基準が精神科領域で重要視されるようになってから,この急性精神病の中間領域の問題はより注目されるようになってきている。没後1周年に当たるこの時期に当シンポジウムが創設されたことの意味もそこにあると思われる。
 この第1回シンポジウムは,1989年4月27日から3日間,西独Wurzburg大学精神科において開催された。初日の開会式ではWurzburg大学精神科部長のBeckmann教授に続いて,故人と個人的にも懇意であった日本の福田哲雄教授(同志社大学,大阪精神医学研究所)が後援組織「生物学的精神医学会世界連合(WFSBP)」のプレジデントとして紹介され,開会の挨拶を送った。この日のイベントの一つであった故人の診察風景のVideo公開は,人となりを偲ぶ以上に,彼の緻密な学説の土壌であろう,患者へのうむことのない関心を感じさせ,興味深いものであった。

「精神医学」への手紙

『精神医学』32巻1号掲載の短報「インターフェロン脳症の1症例」について

著者: 土井永史 ,   安藤貴紀 ,   高橋正 ,   一宮洋介 ,   飯塚禮二 ,   秋元勇治

ページ範囲:P.676 - P.677

●Letter
 「インターフエロン脳症」との断定は適切か
 症例の精神症状とインターフェロン(IFN)との関連をいう前に,なお検討すべき事項があるように思われます。つまり,精神症状は左腎摘除術後に生じたわけですから,BUN,creatinine,アンモニア,電解質,血液ガスの所見の検討は必須です。これらの所見に異常はなかったのでしょうか? 髄液所見についても,圧,細胞数,糖,蛋白は具体的に記載すべきです。また,頸部強直,運動・知覚障害などの神経症状はなかったのでしょうか?
 次に,精神症状の変化とIFN投与との時間的関係についての疑問点をいくつか。まず,抑うつ症状は,IFN投与後に増強した可能性があるとはいえ,既にIFN投与前から認められたわけです。したがって,IFN投与後に著明となった症状は,脳波所見に裏づけられるような意識障害だったと考えられます。しかし,その意識障害は,IFN中止後酸素と抗生剤の投与により一旦改善し,その後IFNが投与されていないにもかかわらず再び悪化しています。このことは,むしろIFNの脳への直接的作用以外の要因が本症例の意識障害の原因であった可能性を示唆しているのではないでしょうか? 意識障害と臨床検査所見,すなわち体温,血液ガス,ならびに白血球数,CRP,ESRなどの所見との間に時間的平行関係はなかったでしょうか?

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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