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雑誌目次

雑誌文献

精神医学32巻7号

1990年07月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床的事実の世界

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.684 - P.685

 臨床医に直接に与えられるのは臨床的事実で,それはただの現象でも,ただの個人的体験でもなく,臨床という特殊な場に生じた或るものである。しかしどうしてそこに,そのように生じたかは誰れにも分からない。患者の心の中に生じたものといえるかもしれないが,それだけではない。患者と治療者の間に生じたものといえるかもしれないが,またそれだけでもない。治療者の頭に生じたというものでは,まったくない。
 精神医学では,とりわけ精神病理学では,現象の忠実な認識把握,記述が強調されて,それはそれなりに大きな寄与をしてきた。しかしここに問題にする臨床的事実とは与えられた現象というより,われわれがそれに関与することによって生じた出来事(event)である。そしてその出来事に素直にあるがままにかかわっていくことがわれわれ臨床医の基本的あり方であると信ずるのであるが,それはもともと限定できない,理解しつくすことなどできないものであることに問題がある。

展望

ICD-10を中心とした精神疾患診断基準の動向

著者: 北村俊則 ,   栗田広 ,   藤縄昭

ページ範囲:P.686 - P.694

I.はじめに
 今では改めて説明する必要もないと思うが,国際疾病分類International Classification of Diseases(ICD)というのは,世界保健機構World Health Organization(WHO)がその成立以来作成してきた全領域の疾病分類で,目的はあくまでも現実に使用されている術語を用いて,統一された診断の枠組みを決め,国際的な統計,分類に耐える資料を集めることであった。ところが精神医学のみでなく,他の医学領域でも,種々の学派や立場があって,使用される診断名は様々であり,特に精神医学ではその差が著しく,ICDについても第7回修正まではこれを用いる国は少なく,各国ではそれぞれに独自の分類を用いるのが通例であった。日本ではICDは主として死亡診断にのみ重点がおかれており,今日でもICDは死亡統計のためのものだと思っておられる方が少なくない。ところで以下にICD-8,-9から,ICD-10へ至る経緯を簡単に述べるが,-8,-9の作成に係わった加藤正明4)と-10に関しては山下格19)の説明に依拠していることをあらかじめお断りしておきたい。
 精神障害のICDについてWHOが国際的レベルで再検討することになったのは,1959年にイギリスの精神医学的疫学の長老であるStengelがICDを大々的に変更する必要のあることをWHOに申し入れたことから始まる。1960年にWHOの専門委員会として「精神障害の疫学会議」が開かれ,以後ICD-8の検討が始まることとなったが,わが国では加藤正明がその任に当たった。ICD-9はその「記載事例演習による専門委員会」の検討の結果,1977年に作成され,glossaryとともに加盟各国に正式に通知されて,日本語にも訳され厚生省統計情報部で検討のうえ,疫学分類に使用されることとなった。その時から10年後には,ICD-10として改正されることになっていた。

研究と報告

森田療法再考—精神療法としての普遍性について

著者: 北西憲二

ページ範囲:P.695 - P.701

 抄録 森田療法の精神療法としての普遍性を検討し,以下の点を明らかにした。
 1)神経質は時代文化に還元しうる症状特性や性格特性ではなく,精神交互作用の悪循環過程とそれを持続させる強迫心性の自己矛盾性を表現した思想の矛盾からなる「とらわれ」の機制から理解され,その基本構造は普遍的事象であると考えられた。

精神分裂病の病型について—日本と西ドイツにおける分類の比較から

著者: 立山萬里 ,   神定守 ,   浅井昌弘 ,   保崎秀夫

ページ範囲:P.703 - P.709

 抄録 精神分裂病の病型分類について,日本などアジアでは,欧米に比べて単純型や緊張型が多く,妄想型は少ないなど,分裂病の病像が違うといわれていた7,8)。しかし,欧米と日本の精神科医側の病型の分類基準が違っている可能性もある。今回,西ドイツと日本の両国において,ほぼ同時期に入院し,発症年齢や罹病期間に差のない分裂病者の病歴を用いてこの点を調べた。〔対象〕チュービンゲン大学神経科に1984年度に入院した150例と,慶応大学病院精神神経科および都下精神病院に83〜85年度に入院した178例。分裂病の診断と病型分類は,両国とも各担当医および指導医がICD-9に基づき行った。〔方法〕Ⅰ.両国の担当医が分類した病型を比較する。Ⅱ.西ドイツ例の病歴から,日本の精神科医が病型分類し,西ドイツ側の分類と比較する。〔結果〕Ⅰ.1)日本例は,①破瓜型(295.1)39.9%,②妄想型(295.3)28.7%,③緊張型(295.2)8.4%の順に多く,西ドイツ例は,①妄想型48.7%,②分裂情動型(295.7)15.3%,③残遺分裂病(295.6)14%の順であり,日本では破瓜型や緊張型の分類例が有意に多く,西ドイツでは妄想型や分裂情動型の分類例が有意に多かった。2)破瓜型に関して,西ドイツ例のほうが発症年齢がより低く,慢性に発症した例で,入院時の主症状が自発性減退の例の割合が多い傾向があった。3)妄想型に関して,日本例のほうが発症年齢がより高く,発症時の主症状が幻覚妄想の例の割合が多かった。Ⅱ.の結果も1)と同様であった。以上より,今回の両国の病型分類の違いは,主に精神科医の分類基準の違いによるもので,破瓜型や緊張型は西ドイツではより狭義に分類されており,反対に妄想型や分裂情動型は日本ではより狭義に分類されていると言えた。この違いの主因として,両国の分裂病症状のとらえ方の相違があり,それが両国の精神医学の成り立ちによる点を,Kraepelin, E. を中心に考察した。

長期生存したアルツハイマー病の大脳皮質病変について

著者: 池田研二 ,   水上勝義 ,   牧野裕 ,   浜元純一 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.711 - P.717

 抄録 長期経過をたどり失外套症状群を呈し剖検で高度の脳萎縮を示したアルツハイマー病の4症例を報告した。今回は神経細胞脱落を指標として大脳皮質病変を検討し,以下の結論を得た。神経細胞脱落はとめどなく進行し高度の脳萎縮を呈するに至るが,皮質連合野が著しく侵されるのに対して,一次性運動知覚野は最後までよく保たれ,従来からいわれている特徴が,さらに際立って表現されていた。文献の検討から,アルツハイマー病の疾患過程においては,症例により初期病変の局在パターンや領域別の病変形成の速度に相違があり,これが臨床徴候に反映すると考えられるが,このような経過を経た後に臨床的にも病理学的にも,ここに示した長期生存例のように共通した像を呈するに至ると考えられる。

覚醒剤精神病の事象関連電位P300成分

著者: 岩波明 ,   須賀一郎 ,   山田寛 ,   高橋和巳 ,   中谷陽二 ,   加藤伸勝

ページ範囲:P.719 - P.725

 抄録 覚醒剤精神病の精神生理学的特徴を検討するため,22例の覚醒剤精神病患者を対象に聴覚刺激により事象関連電位(Event-related Potentials)を記録,精神分裂病患者,健常者の所見と比較した。この結果,①反応時間は分裂病患者において健常者より延長していたが,覚醒剤精神病患者と健常者の間に差はなかった。②P300の潜時は患者群で延長していた。③P300の振幅は分裂病患者において健常者より減衰し,覚醒剤精神病患者に比べ減衰する傾向を示した。また覚醒剤精神病患者は健常者に比べ減衰する傾向を示した。④P300の面積は分裂病患者と健常者の間に差がみられたが,覚醒剤精神病患者と健常者の間に差はなかった。以上から覚醒剤精神病は精神分裂病ほど深い認知の障害を示さないことが示唆され,またこの結果は両疾患の鑑別点として指摘されている対人的態度や現実検討能力の相違を反映していると推測した。

断酒者の自覚的な睡眠障害について

著者: 武井明 ,   千葉茂 ,   新ケ江正 ,   太田耕平 ,   宮岸勉

ページ範囲:P.727 - P.733

 抄録 アルコール症者の自覚的睡眠状況を検討するために,断酒者300名を対象として睡眠状況に関する自己記入式アンケート調査を実施し,207名の回答(回収率72%)をもとに分析を行い,以下の結果を得た。
 ①入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒などの睡眠障害が207名中125名(60%)に認められた。②上記125名中の111名(89%)が,benzodiazepine系を中心とする睡眠剤を使用していた。③上記125名中の65名(52%)は睡眠障害が主な原因で再飲酒したくなると回答した。④睡眠障害の出現率は断酒期間3年未満の者に高く,3年以上の断酒者では低かった(それぞれ71%と28%,P<0.01)。

短縮した月経周期に伴って周期性に反復するうつ病の1例

著者: 内富庸介 ,   山脇成人 ,   矢野栄一 ,   岡嶋詳二 ,   寺川信夫 ,   北野博子

ページ範囲:P.735 - P.740

 抄録 精神運動抑制と睡眠障害を主病像とする約10日間のうつ病相を,短縮した月経周期に併せて周期性に反復する症例を経験したので時間生物学的観点から検討した。基礎体温の測定結果から,病相は月経周期の高温相から低温相にかけて存在した。特徴的な臨床所見として病相が終結する前後に必ず一昼夜覚醒もしくはそれに近い状態が存在し,それに伴い急激に病相が改善されたことなどである。睡眠障害は病相に関係なく存在し,それは入眠困難と睡眠相の遅れを特徴とする睡眠相遅延症候群に類似していた。病前性格として依存性,無力性人格の傾向が認められたが,それほど顕著なものでなかった。治療として,抗うつ薬にリチウム,カルバマゼピンの併用を試みて,病相発現に対して軽度の改善が認められた。以上のことから本症例の病因には内分泌の変化や概日リズムの障害が関与していた可能性が示唆された。

ドイツにおける分裂感情病の最近の研究(2)—経過と転帰

著者: ,   ,   ,   坂元薫

ページ範囲:P.741 - P.748

 抄録 72例の分裂感情病患者の長期経過と転帰に関するケルン研究の結果を報告した。分裂感情病は再発性であり多病相性の経過をとることが多い。エピソード数は双極性,多型性経過をとるほうが単極性,単一性経過のものより多かった。周期の長さは平均37.5カ月で,周期を繰り返すにしたがって短期化する傾向がある。また双極性のもののほうが周期は短い。初回エピソードの3分2は分裂感情病性エピソードであった。また大部分の症例(87%)が分裂感情病性エピソード優位の経過を示した。症例の65%では少なくとも1回は自殺傾向がみられた。10年以上経過後,半数の患者は完全寛解しており,高度の欠陥状態にある患者はごく少数であった。双極性患者は単極性患者よりも有意に“精神病の非活動性期間”が長かった。またリチウムの維持療法を受けているものは,精神病の非活動性期間が長かった。転帰に関しては分裂感情病は精神分裂病と感情病の中間の位置を占めることが示された。

内因性うつ病患者の局所脳血流分布について—Xe-133吸入法SPECTを用いての検討

著者: 佐川勝男 ,   森信繁 ,   川勝忍 ,   生地新 ,   渋谷磯夫 ,   東谷慶昭 ,   灘岡壽英 ,   十束支朗 ,   矢崎光保 ,   駒谷昭夫

ページ範囲:P.751 - P.757

 抄録 健常者20名,うつ病患者29名にっいて,Xe-133吸入法により局所脳血流量(rCBF)を測定した(HEADTOME Ⅱ,リング型SPECT)。
 健常者群と双極性うつ病者群では局所脳血流量に有意の差はなかった。単極性うっ病者群では健常者群に比較して全般的な脳血流の低下が認められたが,特に左の側頭頭頂葉領域での血流低下が目立った(p<0.01)。

Munchausen症候群の1例について

著者: 加藤佳彦 ,   佐藤哲哉 ,   飯田眞

ページ範囲:P.759 - P.765

 抄録 多量の唾液に混じった少量の吐血を主症状とした,23歳男性のMunchausen症候群の1例を報告した。本症例には「明らかな無意味さ」というAsherの中心的特徴の他に,意図的身体症状の産出による3年余りの病院放浪,及び入院時の虚言が認められたため,これをMunchausen症候群と診断した。本症例にみられた「他者の意のままに振り回されることに自らの役割を見いだす」という特異な対人関係について述べ,これを仮に“傀儡的”対人関係と名づけた。その関係が破綻したことにより発症し,患者が症状を介して,再び医師・家族との間にその関係を作り出そうとしている点を指摘した。この関係により,本症例に関して以前から指摘されている精神力動が統一的に理解され,また本症候群の大きな特徴の1つである遍歴・放浪についても理解が深まる可能性がある。そして医療者側の問題点が,この関係からみると本症候群の発症や症状の誘因となりうることを指摘した。

向精神薬によりRhabdomyolysisを来した精神分裂病の1例

著者: 堤学 ,   岸秀雄

ページ範囲:P.767 - P.772

 抄録 症例は58歳の慢性精神分裂病患者で,各種の抗精神病薬の投与を受けてきたが,錐体外路症状が出現しやすく,遅発性ジスキネジアもあり,少量の抗精神病薬で経過観察中であった。今回,向精神薬変更によりparkinsonismを生じ,その増悪の過程で一過性に強直姿勢,自律神経症状(発熱,発汗,頻脈,呼吸促進)が出現し,さらにCPK異常高値,高ミオグロビン血症,無尿を認め,rhabdomyolysisによる急性腎不全が続発した。rhabdomyolysisは悪性症候群(NMS)の合併症としてしばしば生じるが本例ではLevensonのNMSの診断基準を満たさなかった。NMSは線条体と視床下部におけるdopamine(DA)機能不全を主因とする筋固縮と自律神経症状,及び骨格筋症状(CPK上昇)から成ると考えられる。本例において高度の骨格筋症状(rhabdomyolysis)を呈しながら,筋固縮を認めず,自律神経症状も中等度にとどまったのは,遅発性ジスキネジアで示唆されるように線条体などにおいて部分的にDA受容体の代償的過感受性が形成されていたためと推論した。

治療経過中にせん妄状態を呈したrestless legs症候群の1例

著者: 金英道 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.775 - P.780

 抄録 Restless legs症候群の治療中にベンゾジアゼピン系薬物の投与によりせん妄状態を呈した1例について報告した。症例は鉄欠乏を伴った高齢女性であり,restless legs症候群に有効であるとされるベンゾジアゼピン系薬剤のトリアゾラムやクロナゼパムの投与によりせん妄状態を来し,カルバマゼピンの投与によりRL症候群の症状の消失とせん妄状態の消失をみた。せん妄時のポリグラフィーの自動解析の結果では覚醒時の中心部脳波の基礎周波数が7Hzと低下しており,前頸骨筋の活発な筋活動がみられた。足のムズムズ感が消失し,せん妄も消失した回復時のポリグラフィーの自動解析の結果からは脳波の周波数が8.5Hzと上昇し,前頸骨筋の筋活動の減少を認めた。
 本症例および文献よりRL症候群にはいくつかの下位群があると考えられ,これらのグループ間では効果のある薬剤が異なり,適切な薬剤が投与されない場合,せん妄状態を呈することがある危険性を指摘した。

紹介

局所脳血流測定による痴呆研究20年の歩み

著者: 山下元司 ,   ,   ,  

ページ範囲:P.781 - P.787

I.はじめに
 老年期の痴呆は医学的にも社会的にも大きな問題になると予想されている。痴呆の特異的治療法がないうえに,近い将来の患者数の急速な増加が予想されるからである。特に痴呆の有病率が高い75歳以上の年齢層が増加することがこの傾向に拍車をかけることとなる。高齢社会先進国であるSwedenのLund大学では痴呆研究の長い歴史があるが,ここではその研究について紹介したいと思う。
 Lund大学の痴呆研究の特徴は,
 (1)痴呆患者で脳局所血流量(regional cerebral blood flow;rCBF)の測定を行い診断に利用していること。
 (2)痴呆患者の神経病理学的検索が高率に行われていること。このことはrCBFの測定とあわせて脳の器質性疾患である痴呆を客観的に評価することに役立っている。
 (3)老年精神医学教室,神経心理学教室,神経病理学教室の共同研究が20年にわたって行われてきたこと。
 (4)新しい試みである痴呆患者の外来治療,自宅介護が行われていることである。

短報

睡眠相遅延症候群の1症例—triazolamによる治療効果について

著者: 松本三樹 ,   宮岸勉 ,   毛利義臣 ,   田中康雄

ページ範囲:P.789 - P.792

I.はじめに
 睡眠相遅延症候群(Delayed Sleep Phase Syndrome,以下DSPSと略)は,睡眠時間帯が通常よりも数時間以上遅れて固定するために社会生活上重大な支障を来すという特徴を有している。本症候群は,1979年に作成された睡眠覚醒障害の国際分類においては睡眠覚醒スケジュール障害の一つとして位置づけられ,その後,1981年にWeitzmamら13)によって6症例の詳細な報告および診断のためのガイドラインが呈示された。
 DSPSは,近年その病態生理が次第に明らかにされつつあるが,治療方法に関してはなお試行錯誤が続けられている現状である。最近我々は,光療法,時間療法および種々の薬物療法を試みた結果,triazolamが著効を示したDSPSの1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

アルファ昏睡を呈した急性薬物中毒の1例

著者: 河合伸念 ,   市川忠彦 ,   嶋崎素吉 ,   小泉準三 ,   佐藤寿一 ,   山下衛

ページ範囲:P.793 - P.795

I.はじめに
 臨床的には昏睡状態であるにもかかわらず,脳波では通常の昏睡時に出現するδ,θ波が認められず,覚醒時と類似したアルファ帯域波が認められることがまれにある。アルファ昏睡(以下,α昏睡)と呼ばれるこの特異な臨床・脳波像は,これまで予後不良であるとされてきたが12,15),近年この昏睡からの回復例も報告されるようになり6,14),その病態生理が再び注目されるようになっている。今回,著者らは急性ブロムワレリル尿素中毒によりα昏睡を呈し,早期に回復した1例を経験したので,その臨床・脳波的特徴を中心に報告し,若干の考察を加えたい。

動き

「第12回日本生物学的精神医学会」印象記—生物学的精神医学会の新たなる出発

著者: 南海昌博 ,   松島英介

ページ範囲:P.798 - P.799

 第12回日本生物学的精神医学会は,1990年3月29日,30日の両日,滋賀医科大学高橋三郎教授を会長として,桃山破風の優美なたたずまいを残す琵琶湖ホテル(大津市)において開催された。年々参加者や演題数も増えて,本学会では一般演題数は121題にのぼり,うち口頭発表がA,B会場合わせて89題,ポスターは32題で,この他にシンポジウム4つと教育講演1題が行われた。
 この中で主なテーマを取り上げてみると,うつ病に関する生化学的研究では,先ずBritish Columbia大学H. C. Fibiger教授により“Dopaminergic Mechanisms of Antidepressant Treatment”と題して,教育講演が行われた。アンヘドニアをうつ病の主要症状として捉え,中脳辺縁系のドーパミン系(A10)をターゲットとして,抗うつ剤の慢性投与やECTがこの活動性を高あることを行動学的,電気生理学的,生化学的な研究から明らかにした。これは新しい視点からの研究であり,うつ病の全てを説明することは困難であるにしても,日本でのうつ病の生化学的研究がセロトニンやノルアドレナリンに偏りがちであることを考えると,大変興味をひかれる内容であった。その他,季節性うつ病やリズム異常に関する研究が盛んに行われるようになり,シンポジウムでも取り上げられた。多施設共同による日本の季節性うつ病研究の現状が報告され(佐々木),男女比が海外に比べ低いこと,光パルス療法が季節性うつ病に限らず抗うつ作用をもつこと(辻本ら)等の報告があった。臨床的研究では,末梢組織や内分泌的反応を中枢の“窓”として捉えた研究が増加している。特に血小板を用いて5-HT2,α2受容体の機能を調べる研究(森ら,菅野ら,加賀谷ら)が盛んに行われている。血小板の5-HT刺激によるCa++放出を調べた加賀谷らの報告では,5-HT2を介したこの反応がうつ病患者血小板で亢進していることが報告された。またうつ病患者の赤血球を用いた研究(吉牟田ら),内分泌反応(井田ら,岸本ら),バイオプテリンに関する臨床研究(橋元ら)もあった。基礎的研究では,受容体の数が必ずしもその機能を反映しないことから受容体の研究よりもセカンド・メッセンジャー(森信ら)や内分泌反応(穐吉ら)を介して受容体の機能を調べる研究に移行してきている。また,うつ病モデルの研究も盛んに行われており,新しい知見が示された(川口ら,内藤ら)。

「精神医学」への手紙

Letter—常用量のcloxazolamを漸減中に離脱症状を呈した1例

著者: 寺尾岳 ,   吉村玲児

ページ範囲:P.797 - P.797

 Benzodiazepine系薬剤(以下,BZDと略す)を中断した際の離脱症状に関しては著者らのもの1〜3)も含め,多くの研究及び報告がなされております。ところが,常用量を漸減中に,しかも比較的若い患者に生じた報告は極めて稀と思いますのでここに報告します。
 症例は現在34歳の男性です。昭和58年頃より頭がボーツとなり時に頭重感も出現しておりました。昭和60年3月当院神経内科を受診しましたが神経学的に異常なく脳波も正常範囲で,症状に対しbromazepamとsulpirideが処方されております。同年12月に感冒罹患後,不眠,食欲低下,意欲低下が新たに出現し,昭和61年1月20日当科を受診しました。抑うつ状態に対し種々の抗うつ剤とBZDが処方されましたが,同年5月からamitriptyline 50mg/日とcloxazolam 4mg/日(一時期sulpirideの併用あり)となっております。平成1年3月3日から著者らの一人が主治医となりました。精神症状が安定しているため,同年6月28日にcloxazolamを2錠から1錠へ(1錠中2mg含む)自分で減らしてみるように指示すると特に問題なく減らせました。平成2年2月28日に更に減らすよう(半錠か中止)に指示したところ同日は半錠服用し以後中止したとのことです。その結果,同夜から3月2日まで不眠(3月2日は一睡もできず),3月1日から2日まで嘔気,3月5日から10日まで手指振戦(このため,ねじ回しがうまく使えず仕事がやりにくかった),3月9日に幻聴(聞こえるはずのないラッパの音が聞こえた)が生じたと訴えました。3月14日来院時には意識清明で神経学的に特に異常を認めませんでした。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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