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雑誌目次

論文

精神医学32巻8号

1990年08月発行

雑誌目次

巻頭言

“100年後”

著者: 川北幸男

ページ範囲:P.806 - P.807

 こんなことは滅多にないのだが,今年は大学院の入試に筆答試験をした。定員が1名しか空いていないのに7名が志望するという。基礎に空籍があるので,薦めてみたが誰も「ウン」と言わない。やむを得ず厳正な試験をすることにして,問題の一つに「100年後の精神医学を展望せよ」というのを出した。ほぼすべてが,現役か一浪で医学部に入学し,クラブ活動に精を出しながら留年もせず,国家試験もスイスイとくぐり抜けて,1年間みっちり(?)臨床経験を積んだ優秀な諸君である。どんな答案が出てくるか大変興味があった。
 「医学は所詮後追いの学問でしかない。医学がいかに進歩してもその時代の医学を以てしてはどうすることもできない疾病はある。老人の痴呆,AIDSを見ればよく判る。精神分裂病をはじめとする内因性精神病はやはり残るであろう。一方では危険因子の検索が進み,発症の予防が計られる反面,患者のquality of lifeが重視され,そのための施設が整備されて,究極的には精神病院は消滅する」。

特集 精神疾患の現代的病像をめぐって

精神疾患の現代的病像をめぐって—序にかえて

著者: 笠原嘉

ページ範囲:P.808 - P.810

 精神疾患の病像が時代や地域によって微妙に異なることは,よく知られている。したがって,1980年代を中心に日本における現代的病像と思われるものを記述し考察することには,それなりの意義があろう。
 神経症ないしその関連の病像が現代風のスタイルをとることは,ある程度当然である。社会への適応障害という側面を多かれ少なかれもつからである。しかし,成人の場合に限っていえば,意外にも特記するべきものを見出せない。ということは教科書的神経症類型は時代を越えて安定したもので,その記述はかなり完成されたものというべきか。日本だけではなく外国文献も視野に入れると,唯一,不安神経症もしくは不安障害(anxiety disorders)の名が文献に登場することが多いことに気づく。DSM-Ⅲ,DSM-Ⅲ-Rの中でも不安障害はていねいに手の加えられている一章である。それに社交恐怖症(Social phobia)の名で対人恐怖症(森田)類似の病像も記述されている。逆に少なくなったものとして,離人神経症の人に外来で出会う頻度が落ちたという精神科医が何人かおられる。神経症のからみについては高橋徹氏をわずらわせた。

分裂病像の時代による変遷

著者: 高橋俊彦

ページ範囲:P.811 - P.819

I.はじめに
 分裂病の場合,その本態についての議論も未だ決着をみておらず,その成因論についても生物学的,心理学的,社会学的,人間学的領域等と広範にわたり論じられているが,いずれの学説も一部の症例には妥当性を持つようにみえても,それが普遍性を持つものとして定説に至ってはいない。こうした状況の中で分裂病像の時代的変遷を検討することはいかなる意味があろうか。第一にはその本態の究明に若干の参考になるかもしれない,ということがある。つまり我々の日常臨床は自分の置かれている状況,時代の制約下にあるので,その意味では視野狭窄に陥っているが,それが若干是正されないか,ということである。第二に,分裂病像を時代や社会文化の違いによって比較することにより,分裂病者と社会との関連が少しは見えて来ないか,ということである。第三に,それを踏まえて分裂病の予防あるいは治療を模索するのに何らかの参考にならないか,ということがある。
 しかしBlankenburgら4)も指摘するごとく,時代や地域が異なれば,病像を把握する側の持つカテゴリーも異なるし,カルテの記述の仕方も様々であるので,時代を違えた多数の症例を比較して論ずることは厳密な意味ではほとんど不可能である。したがって本稿では先人達の業績の一部を検討しながら,筆者の考えを若干付け加える程度となる。

妄想と時代背景

著者: 藤森英之

ページ範囲:P.821 - P.828

I.はじめに
 我が国の能,謡曲,狂言あるいは浄瑠璃や歌舞伎の世界で「物狂」や「狂乱」が好んで題材とされてきたことは周知の事実である。それは文字どおり舞台の上の「狂気」と同じ時代を生きた人々とのかかわりを物語っている。つまり,そこには同時代における常民の狂気観ばかりでなく,物狂をとおして織りなされる入り組んだ人間模様の綾が読み取れる。医学の分野においても医学史家は,ある時代の狂気とその時代の医学観や社会の対応とに関心がある。ここで筆者はこれまでに調べた都立松沢病院の明治・大正・昭和の病歴にみられる精神分裂病(以下,分裂病と略す)の妄想主題の時代変遷6〜9)と,最近の日本と中国の妄想内容の比較資料10,11)とをよりどころにして若干の考察をする。

感情障害とその周辺—「逃避型抑うつ・中年型」について

著者: 松本雅彦 ,   大森和広

ページ範囲:P.829 - P.838

I.はじめに
 感情障害とりわけ「抑うつ状態」は,その症状としての「抑うつ感情」「罪責感」が一見我々の心性と著しくは隔たっていないがために,一般の精神科臨床で深い考察の対象となることもなく,むしろ等閑にされがちであった。ことにimipramineに代表される三環系抗うつ剤が登場し,またTellenbach H34)によるメランコリー親和型性格者の「うつ病」発症状況の解明が日本に導入されて,「うつ病」の治療は文字通り精神科医の自家薬籠中のものになったかにみえる。「くすり」の服用と「休息」との処方が定式化されることによって,かなりの数の「うつ病」が成功裡に治療することができるようになっている。一時は「うつ病の治療が確立されて,これまで不確かだった治療者としての精神科医も,やっとそのアイデンティティを手に入れることができた」とまでいわれた。
 しかし,この治療のしやすさが却ってうつ病に対する深い考察を妨げているのではないか。また我々の臨床を振り返れば,ことに外来診療において,かなりの長期にわたる服薬を続けている患者の一群の決して少なくはない事実にも気づかざるをえない。本来,phasisch,episodischであるはずの病態が,いつまでも持続する。しかもそれらは,決して重症とはいえず,ある程度の家庭生活,社会生活を維持しながらも,外来診療からまた服薬から離脱できない一群である。つまり「軽症にして慢性」とでも形容しうるこれら患者が意外に外来患者の中の多数を占めている事実を顧みるとき,我々は改めて「抑うつ状態」の病態への再考を促される。

神経症的病態の現代的病像—不安神経症・対人恐怖等

著者: 高橋徹

ページ範囲:P.839 - P.843

 この特集の課題「現代的病像」を,近時わが国で臨床的に注目されている病像,と読みかえた上で不安神経症・対人恐怖等の病態について考察し,私見を述べたい。不安神経症・対人恐怖等は,疾病誌の上で一つの疾患単位をなす神経質(森田正馬)に属している。不安神経症と対人恐怖等とは,しかしその臨床形態の点でも臨床概念の点でも全く異なっており,臨床実践の上でも別別な病態として扱われている。そこで本稿でも,それぞれ別々に扱うことにした。

ヒステリーの現代的病像について—抑うつと境界例化に注目して

著者: 中西俊夫

ページ範囲:P.845 - P.851

1.はじめに
 古典的ヒステリーの減少が精神科医の間で語られるようになって久しい6)。最近では失立,失歩などの典型的な転換症状をみるのはごく稀になり,いわゆる大ヒステリーは臨床の場から姿を消し,忘れられたかのような存在になった。しかし,実際にヒステリーは減少したのだろうか? Kraepelin8)はヒステリー現象の本質はその変わりやすさであると断言しているが,今日の文化的状況の中でヒステリーが姿を変え,今なお精神科の臨床的問題になり続けている可能性は十分にある。

思春期青年期の臨床像—主に行動障害をめぐって

著者: 舘哲朗 ,   狩野力八郎

ページ範囲:P.853 - P.860

I.はじめに
 思春期を迎える若者は第二次性徴に始まる身体の性的成熟という変化と,愛情対象の親に対する依存を克服して自律するという課題に直面する。身体の性的成熟という変化は,一方で新たな感覚を覚えることや成長を感じる満足の体験ともなるが,同時に得体の知れない,統制の効かない衝動の高まりや身体感覚を体験させて,若者を不安にもさせる。そして,生理的変化に基礎づけられた内的緊張を発散させたいという欲求と,衝動的な行為をコントロールする必要との間で揺れ動く。また価値基準を示していた親から離れて,より自律的になることが課題となるために,このような身体の生理的変化に対処するための行動規範が変動的なものとなって,衝動の処理をめぐって不安定となる。それ故,思春期青年期の若者の行動が,不安定で,多少混乱したものにみえるのは避けられないことである。
 葛藤やストレスに対して,若者はいろんなやり方で対処する。スポーツや遊びで昇華している者,自らを周囲の期待に合致させて過剰なまでに適応しようとしている者,社会的な対人関係から引きこもり,空想生活に退行している者,不安・緊張・怒りを抑圧し,否認して,心気的あるいは身体症状を発展させたり,抑うつ状態に陥っている者,あるいは様々な行動化を起こし,いわゆる非行や行動障害を発展させている若者もいる。

性格障害の現代的病像をめぐる諸問題

著者: 大野裕

ページ範囲:P.861 - P.868

I.はじめに
 近年,対人関係のトラブルや衝動的な行動に関係した問題のために精神科を訪れる患者が増加しているという意見をよく耳にする。この中には,境界性borderlineや自己愛性narcissisticの性格障害もしくは人格障害personality disordersと診断される患者群が含まれている。また,こうした性格障害に関する研究発表も盛んである。
 そこで次のような疑問が浮かんでくる。境界性もしくは自己愛性と呼ばれる性格障害の発症率が年々増えてきて,精神科を受診する患者が増えているのであろうか。現代の社会的変化が性格障害の発症や病像に何らかの影響を与えて,そうした性格障害が増加しているのであろうか。こうした疑問に答えるには,これまでの研究だけでは不十分である。一貫した診断基準に基づく性格障害の疫学的研究が乏しいからである。

研究と報告

ICD-10・第Ⅴ章・草案の日本における多施設共同実地試行—ICD-10・第Ⅴ章の実地試行に関するWHOプロジェクトからの報告

著者: 大久保善朗 ,   小見山実 ,   高橋良 ,   中根允文 ,   山下格 ,   高橋徹 ,   西園昌久

ページ範囲:P.869 - P.880

 抄録 ICD-10,第Ⅴ章の実地試行に関するWHO研究計画の一環として,ICD-10,第Ⅴ章,“臨床記述と診断ガイドライン”1986年草案を用いて,わが国において多施設共同実地試行を実施した。参加評価者は5施設,計61名であり,対象患者は計129例であった。全体として,診断の適合度,信頼度,難易度,記述の適切度において,いずれも良好な結果を示した。さらに,評価者間の診断一致率については,3桁までの主要診断における一致率は74.6%で,4桁までの下位診断を含めると63.8%であった。全体として,ICD-10は,国際的な疾病分類としてわが国の精神障害にも適用可能と思われた。しかし,個々をみると,適用に問題があり検討の余地が残されているカテゴリーも認められた。それらは,F 23.8:その他の急性精神病性障害,F 34.1:気分変調症,F 36.1:分裂うつ病性障害,F 41:その他の不安障害,F 45.2:心気症候群,F 60:人格障害などであった。

精神科救急におけるRhabdomyolysis—高CPK血症と急性腎不全

著者: 東里兼充 ,   稲垣智一 ,   藤森英之 ,   熊倉徹雄 ,   米澤洋介 ,   飛鳥井望 ,   比賀晴美 ,   浜元純一 ,   下田哲也 ,   加藤寛 ,   白井豊

ページ範囲:P.881 - P.889

 抄録 精神科救急部門に入院した301例を対象にCPKを含むスクリーニング検査を行った。CPK値1001以上の高度異常は全体の15.3%に生じ,けいれん重積発作,覚醒剤中毒急性症状群,振戦せん妄群,緊張病性興奮群に多かった。また,高度異常のうちアルコール精神病の2例,覚醒剤急性中毒の3例に急性腎不全を併発していた。Rhabdomyolysisによる腎不全の発症は,精神運動興奮による筋の障害および腎血流量低下が主な原因と考えられる。アルコール精神病では嘔吐・下痢による脱水と電解質喪失が,覚醒剤急性中毒では交感神経刺激症状である発汗による高度の脱水が促進因子である。
 腎不全の治療には,病初期に糸球体濾過量確保のために脱水の急速補正をすることが重要で,1日4〜6lの輸液による保存療法で予後良好であった。特に薬物中毒性精神病では,急性腎不全併発に対する注意と輸液による早期治療がぜひとも必要である。

水中毒に続発したCentral Pontine Myelinolysisの1例

著者: 宮本歩 ,   中西一夫 ,   長尾喜一郎 ,   鯉田秀紀 ,   長尾喜八郎

ページ範囲:P.891 - P.897

 抄録 精神分裂病にて20年間入院治療を続けていた患者が,多量の飲水に引き続きけいれん発作を伴う水中毒を併発した。血清Na 96mEq/lのため急速補正を行ったところ,血清Na値は補正後3日で141mEq/lと改善されたが,7〜8日後より高張性脱水を来し,血清Na 171mEq/l,血清浸透圧362mOsm/lであった。13日後には,無言状態,嚥下障害,弛緩性四肢麻痺を呈した。臨床症状,臨床経過およびMRI所見からCPMと診断した。CPMの成因として高張性脱水の関与が考えられた。水中毒の治療を行う場合,CPMの発症を予防する上で,血清Na値,血清浸透圧値に十分注意する必要があり,またCPMの生前診断にはMRIが有用であることを示した。

失語症で発症し,特異な臨床病理像を呈したピック病の1剖検例

著者: 水上勝義 ,   牧野裕 ,   小林一成 ,   池田研二 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.899 - P.905

 抄録 特異な臨床病理像を呈したピック病の1剖検例を報告した。症例は67歳の女性。感覚失語で初発し,徐々に進行し全失語となった後に,人格変化や痴呆症状が加わり,最後には失外套症候群に移行し死亡した。また経過中,聴力低下や,筋固縮,項部ジストニー,進行性核上性麻痺様の姿位などの神経症状を呈した。神経病理学的には,側頭前頭型のピック病と診断されたが,大脳皮質病変がウェルニッケ領域を含む上側頭回中部から後部領域と横回に強調されることや,大脳基底核の病変に比して黒質の病変が強いことなどのピック病としては稀な所見が認められた。本症例の臨床像の特異性は神経病理所見の特異性を反映しているものと考えられた。

短報

妊娠悪阻によるWernicke脳症が疑われた症例

著者: 管るみ子 ,   八島祐子 ,   小薗江浩一 ,   園部夏実 ,   高橋志雄 ,   熊代永

ページ範囲:P.907 - P.908

I.はじめに
 Wernicke脳症はアルコール依存症者に好発することは周知の事実であるが,妊娠悪阻でも起こりうることはあまり知られておらず,本邦での報告は我々の調べたところでは1例のみ2)である。我々は重症妊娠悪阻の経過中にけいれん発作,意識障害,垂直眼振,躯幹失調,言語障害を来し,retrospectiveにWernicke脳症と診断しえた1症例を経験したので報告する。

紹介

家族の表出感情(Expressed Emotion)研究の歴史と現況

著者: 三野善央

ページ範囲:P.909 - P.917

I.はじめに
 精神分裂病(以下,分裂病とする)の経過に及ぼす環境要因の役割に関して,今日ではそれを否定し去る精神科医は少ないと思われる。とりわけ,その中でも家族の与える影響は,これまでに多くの精神科医,心理学者などによって注目され,様々な指摘がなされてきた。
 これまで,分裂病の家族研究に関しては,いわゆる病因論的な立場での研究が多かった19)。それらの多くは,分裂病の原因に関して家族の責任を問うというものであり,それは当然のことながら,患者本人はもちろん家族に対しても役立つことは少なかった19)ように思われる。また,そうした研究が真に分裂病者の利益につながって行くためには,科学的研究の積み重ねが不可欠である。そうした意味で,ロンドンの精神医学研究所社会精神医学部門を中心に行われてきた家族の表出感情(expressed emotion, EE)と分裂病の経過に関する研究は,最も期待の持てる家族研究の1つと思われる。

動き

「第1回国際森田療法学会」印象記

著者: 清水信

ページ範囲:P.919 - P.919

 第1回国際森田療法学会は高良武久名誉会長,大原健士郎会長のもとに,メンタルヘルス岡本記念財団の後援を得て,1990年4月20日(金),21日(土)の両日浜松名鉄ホテルで開催された。内容は会長講演,2つの特別講演,2つのシンポジウム,一般演題(外国から12題,日本から12題)で構成された。国外からの参加者は,アメリカ,カナダ,中国,オーストラリア,西ドイツ,スイス,ソ連,ノルウェー,ポーランドなどから28名,日本側からは151名が参加,国際色豊かな雰囲気であった。
 大原会長の会長講演「森田療法と私」では,精神科医としての第一歩を踏み出してからの人々との出会い,森田療法の研究の思い出,森田療法学会のことなどを演者の独特な語り口で述べ,今後の森田療法の発展のために様々な治療上の創意工夫の必要性が強調された。高良名誉会長の特別講演「森田を継いで後,更に新しい角度から見た神経質症についての私の見解」では,神経質症,適応不安,防衛単純化など演者自身が新たに導入した概念,用語について,91歳という年齢からは考えられない情熱を感じさせる口調で,聞き入る聴衆に語りかけられた。また,土居健郎聖路加国際病院顧問は「思想の矛盾について」と題して,精神療法家としての実践の中で演者が感じてきた森田学説に対する共感について語られた。森田の言う思想の矛盾は,不可能を可能にしようとする人間の思い上がりであり,フロイトの「万能感」に通ずる考え方であることが症例を通じて指摘された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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