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雑誌目次

論文

精神医学33巻1号

1991年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学史のこと

著者: 松下正明

ページ範囲:P.4 - P.5

 歴史好きの,歴史ばかという言葉がある。
 どのような意味にもとれるが,しかし,専門の領域のことはほどほどにして,趣味ともいうべき歴史の勉強に精を出すのはあまりほめられたことではない。たまたま巻頭言の執筆など柄にもないことを引き受けてしまったが,大上段に構えて精神医学のことを論ずるのも鳥滸がましくいろいろ考えたあげく,最近気になっている精神医学史研究の話を書くことにする。歴史ばかの所以である。

展望

森田療法—その歩みと課題

著者: 藤田千尋

ページ範囲:P.6 - P.20

■はじめに
 1945年を起点として日本の現代が始まったとすれば,1919年に創始された森田療法は,世代を越えて今日に至るまで,日本的な文化を基盤にその特殊性を継承してきた精神療法といえる。しかもその70年の歴史の中で,実践的な精神療法としてその役割の大半を現代において果してきたことになる。
 ところで,近代に始まった森田療法は,他学派,特に分析派からの批判はあったにしても,自説の独創性を主張すればよかったし,またその自負もあった。しかし,精神療法そのものが,当時の精神医学にあってはそれほど高い評価を受けなかったし,今日ほど関心を持たれることもなかった。ところが,現代に至って精神療法的治療への重要性が高まるにつれ,森田療法もまたその学術的,文化的関連から内外の注目を受けることになる。それは社会文化的ないし比較精神療法的な批判や評価の始まりであると同時に,他の精神療法と接点を得るきっかけでもあった。つまり,森田療法の特殊性は,単に日本独自の文化的関連に留まらず,普遍性を含むものとして,他の文化圏においても,その役割を果し得る可能性が見出されるようになってきたのである。その皮切りが1952年に来日したK.ホーナイとの交流43)であった。以来,森田療法はその病理論,治療論にわたって,内外の他学派から様々の批判や賛否の評価を受けるとともに,内部からの検討や再吟味を重ねて今日に至っている。

研究と報告

性障害の分類と診断基準—精神科国際診断基準研究会試案

著者: 熊代永 ,   金子元久 ,   高萩健二 ,   稲永和豊 ,   大熊輝雄 ,   太田保之 ,   大月三郎 ,   大原健士郎 ,   笠原嘉 ,   片山義郎 ,   北西憲二 ,   更井啓介 ,   志水彰 ,   鈴木仁一 ,   高橋三郎 ,   田代信維 ,   田中雄三 ,   灘岡寿英 ,   橋本雅雄 ,   安岡誉 ,   山下格

ページ範囲:P.21 - P.30

 【抄録】精神科国際診断基準研究会の性障害検討小委員会は,わが国の伝統的診断,ならびにDSM-Ⅲ-R,ICD-10 Draft(1988 September)などを参考として,性障害についての分類ならびに診断基準案を作成した。本案の分類は次に述べるとおりである。
1.性機能障害:(1)性欲低下症 (2)性嫌悪症 (3)性的享受の欠如症 (4)性器の反応不全症 (5)オルガズム障害 (6)早漏 (7)腔けいれん (8)性交疼痛症 (9)性欲過剰 (10)その他の性機能障害

幻覚の生起機序

著者: 立津政順

ページ範囲:P.31 - P.37

 【抄録】異常体験を次の3群に分ける―A群:幻覚,B群:考えなのか聞こえるのかなど患者に不明瞭な体験,C群:考想伝播,作為体験,強迫体験などの自我障害症状。慢性分裂病114例についての調査によると,出現が,AとC群の共存36例,A群だけ9例,C群だけ25例で,A・C群がいずれも認められない場合が44例(うち1例は,B群だけでの出現)。以上から,A群が出現する場合,C群も伴って出現することが多いと言える(χ2-test,p<0.01)。したがって,両群は近縁関係にあり,幻覚も自我障害によって起こる症状である可能性が大きい。別の主として慢性分裂病者からなる41の幻覚例のうち,幻覚の内容が患者の考えであるとみなされたものが34例,82.9%あった。このことから,大部分の幻覚は,患者の考えが自分のものでなくなるとともに知覚様化したものであると思われる。それらの場合,無為・無力状により受動的・異物様なものになるとみられる考えが,さらに慣れにより知覚様化する,と推測される。

死別と躁病

著者: 出村紳一郎 ,   南光進一郎

ページ範囲:P.39 - P.45

 【抄録】 近親者,友人との死別後に躁病が発現した4症例を報告した。症例1:43歳,女性。すでに躁うつ病の既往があったが,夫の死亡後軽躁状態となり,さらに父の死亡後躁状態となった。症例2:17歳,女性。うつ病相の既往がある。軽躁状態にあったが,自殺した友人の葬儀に出席した後,躁状態となった。症例3:38歳,女性。すでに躁うつ病の既往があったが,伯父の死亡後,うつ状態を経て躁状態となった。症例4:42歳,女性。躁うつ病の既往があった。うつ状態にあったが,友人の葬儀を手伝った後,うつ状態が増悪し自殺を企図した。その後,躁うつ混合状態を経て躁状態となった。
 いわゆる「葬式躁病」(Funeral mania)の名称はよく知られているが,文献上の報告例は意外に少ない。これまでの報告例をみると,英語圏では死別した相手は,実父母,夫,息子が多く,一方,我が国では義父母が多く,両者の間に差が認められた。死別により躁病が初発した例は少なく,既往にすでに躁うつ病相があり再発した例が多かった。

Anorexia nervosa患者のbody compositionについて—Dual Photon Absorptiometryによる測定

著者: 切池信夫 ,   中西重裕 ,   永田利彦 ,   松永寿人 ,   奥野正景 ,   井上幸紀 ,   越智宏暢 ,   川北幸男

ページ範囲:P.47 - P.51

 【抄録】Anorexia nervosa 14例と健常女性10名についてDual Photon Absorptiometryにより体脂肪量(率),除体脂肪量,総骨塩量を測定した。anorexia nervosa群のそれぞれの平均値は2.2kg(7.2%),30.7kg,1.7kgで,健常対照群のそれぞれの平均値13.2kg(28.3%),32.8kg,2.1kgに比し有意に低値を示した。このことからanorexia nervosa患者の低体重は主に体脂肪量の減少によるものであるが,筋肉量に加えて骨塩量も減少していた。DPAにより測定した体重は,実際の体重と高い正の相関を示した。また体脂肪率は体重およびBMIと高い正の相関関係を示した。以上からDPAによる体脂肪量測定法は,より直接的,容易かつ非侵襲的な方法で低体重のanorexia nervosa患者に対しても有用で,臨床的に十分利用できるものと考えられた。

右(劣位側)側頭焦点を示し,時間迅速現象を呈したてんかんの1例—発作後プロラクチン濃度上昇にみる側頭葉内側構造の関与

著者: 原純夫 ,   龍倫之助 ,   原常勝

ページ範囲:P.53 - P.58

 【抄録】 患者は2年前より時間感覚の変容(時間迅速現象),複雑な幻視,巨視,変形視,未視感,自律神経症状を発作性に体験するようになった42歳の女性。これらの症状は発作間欠期脳波にて右側頭部に限局する突発波を認めたことから精神発作と診断された。これまで時間感覚の変容を発作症状として呈したてんかんの文献例において,脳波図にて発作焦点部位を明示したものはみあたらず,時間感覚の変容(時間迅速現象)の発現機序につき考察を加えた。その結果,時間迅速現象後の血清プロラクチン濃度の上昇と脳波上の焦点部位から,劣位側の側頭葉内側構造を起始部とする発作発射の同側解釈皮質への拡延が想定され,同現象は解釈的錯覚(錯視)と考えられることを論じた。

仁丹嗜癖で銀皮症を呈した精神分裂病の1例

著者: 大保義彦 ,   上山健一 ,   村岡新一郎 ,   亀井健二 ,   松本啓

ページ範囲:P.59 - P.63

 【抄録】 口内清涼剤“仁丹”の長期間の過剰摂取により,顔面,爪床を中心に,青灰色の銀沈着を来たし,銀皮症を呈した精神分裂病の1例を経験したので報告する。入院時検査で,血中に高濃度に銀が存在しており,鼻唇溝部および左上腕内側部の病理組織検査で,真皮上層にびまん性に異色小顆粒の銀沈着が認められ,毛包周囲および汗腺基底膜部に特に著明であった。また,本症例は経過中に全身けいれん発作があり,脳波検査で,2〜4Hzの不規則な棘徐波複合が,広汎性に持続的に認められた。発作の原因としては,長年にわたる多量の銀摂取による中枢神経系への銀沈着による脳の器質的変化が考えられた。

熱性けいれんコホートの追跡および無熱性けいれん移行例

著者: 坪井孝幸 ,   萩原康子 ,   遠藤俊一 ,   飯田紀彦

ページ範囲:P.65 - P.70

 【抄録】 熱性けいれんの予後に影響を及ぼす医学的,社会学的要因を病院に基礎をおく研究で調べた。
 1)病院初診時5歳以下の熱性けいれん(FC)コホート528例を16年間前向きに追跡し,無熱性けいれん移行(FCC)39例(7.4%)が知られ,Kaplan-Meier法によりFCC累積移行率の補正値10%が得られた。2)FCC移行率は,(a)FCC移行の危険が大きいと判別(判別関数法による判別式の値y>0)されたものでは15%(31/208),小さいと判別(y<0)されたものでは2.5%(8/320)となった(オッズ比6.83)。(b)抗けいれん剤非服薬群におけるFCC移行率はy>0群では47%(22/47),y<0群では3%(6/229)となり(オッズ比32.7),正しい判別の確率89%が得られ,判別式の有用性が示された。(c)この移行率はy>0群では服薬と非服薬により,6%(9/161)と47%(22/47)(オッズ比14.9,寄与危険41%),y<0群ではそれぞれ2%(2/91)と3%(6/229)の結果が得られ,服薬によるFCC移行阻止の可能性は判別式y>0群においてのみ示された。3)FCコホートの追跡研究から,FCC移行の8危険要因がみつかった。すなわち,低い熱発(38.4℃以下),けいれんの持続時間20分以上,反復回数5回以上,初回から再発FCまでの間隔1カ月未満,一親等近親者のてんかん罹患,脳波検査による基礎律動異常,繰り返し脳波検査による棘波異常,および精神発達の遅れ,である。4)これら8要因の獲得スコアとFCC移行率および抗けいれん剤服薬との関連について検討を加えた。

精神分裂病の治療動態調査(第2報・完)—8年間(1982年〜1989年)の受療類型と転帰

著者: 津村哲彦 ,   西野英男 ,   藤田憲一 ,   堤知子 ,   千葉浩彦

ページ範囲:P.71 - P.78

 【抄録】 筆者らは,8年間に精神病院で治療を受けた精神分裂病者582人について,第1部の動態と転帰の結果をふまえて受療類型と治療的要因および社会性や転帰との関係について検討した。その結果,治療的要因では特別な要因は認められず,治療中断それ自体も決して悪い結果をもたらすとも限らず,また,社会性についても治療中断群のほうが良好であり,これにおいても治療中断が悪い結果をもたらしていない。しかし,治療中断により悪化再燃に至る病者の存在することは明らかであり,個別的判断をもって対処する以外に方法はない。
 第1部の結果と併せて考えると,薬物を中心とする集中的な治療は30歳以前に,30歳以降は多角的な社会に向けての広義の生活療法に治療が変更されるべきものと考えられる。

短報

レンノックス症候群を伴った重度精神遅滞児における常同行為の観察—過渡的対象と不在の対象の出現について

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.79 - P.82

■はじめに
 精神遅滞あるいは自閉症の状態にある児童は時に儀式のように一定の行為を繰り返すことがあり,こういった常同行為は,自傷行為と並んで,養育上の大きな問題として古くから取り上げられてきた1,9)。これに加えて,近年,Rett症候群を代表とする特異な常同行為を特徴とする精神遅滞の一群が再評価されるようになり,常同行為の神経学的側面も注目を浴びつつある。この流れとは別に,常同行為の一般的発現機序としては,近年,「体内振り子(intrinsic oscillator)」説と「自己刺激(self-stimulation)」説が主要な仮説として提示され,両者に対して,前者を支持する論拠10),後者を支持する論拠3)の双方が提出され,多数の検討が既に行われている。しかし,他方で精神遅滞児における常同行為をなんらかの正常な発達過程の一段階への停滞として位置づける試みも伝統的に存在しており15,18),上記の二説と交錯しながら現在に至っている2,13)。我々は今回,口をすぼめて息を中空に吹きかけながらイスラム教徒風のお辞儀をするという常同行為をベッド上で一日中繰り返し,対人的興味を示さず,発語のほとんどないレンノックス症候群を伴った児童を観察する機会があり,緊密な接触によって,この儀式が過渡的対象17)といないないばあ遊び4)に深く係わっている可能性を見出した。本症例を通して,常同行為を観察する上での多元的観点の必要性を強調するとともに,Lacanのいうobjet aの成立8)と本児童における常同行為との関連について若干の考察を加えた。

老年期および外来におけるうつ病の治療—四環系抗うつ薬に炭酸リチウムを追加投与する方法

著者: 吉村玲児 ,   寺尾岳 ,   安松信嘉 ,   大森治 ,   白土俊明 ,   阿部和彦

ページ範囲:P.83 - P.85

■はじめに
 老年期のうつ病に対し三環系抗うつ薬を投与する場合,治療量においても重度の抗コリン作用が起こることがある。これらには,焦燥感・頻脈・尿閉・イレウスなどが含まれ,さらに重篤になると,せん妄・錯乱・運動不穏・幻覚・けいれん発作なども生じることがある。また老人では,心疾患を合併している場合もあり治療継続が困難となる。一方,外来のうつ病患者に三環系抗うつ薬を投与する場合,口渇・霧視・便秘・排尿困難・起立性低血圧などの副作用からノンコンプライアンスが起こりやすい。さて,四環系抗うつ薬は三環系と比べて抗コリン作用などの副作用が軽度であり老人や外来患者に対して使いやすいという利点がある一方,効果の点で劣る印象は否めない。そこで私たちは,老人および外来患者8名に対して,先行投与した四環系抗うつ薬に炭酸リチウム(以下リチウムと略)を追加投与するという方法で抗うつ効果の増強を狙う治療を試みたのでその結果について若干の考察を加え報告する。

口腔内限局の寄生虫妄想の1症例

著者: 成瀬梨花 ,   野村総一郎 ,   落合志保 ,   山内惟光

ページ範囲:P.87 - P.89

■はじめに
 皮膚の異常感覚をそこに寄生する虫のためと感じ,訂正不可能な寄生虫罹患の確信を持つ病態は皮膚寄生虫妄想(Dermatozoenwahn)として広く知られている。これに対して内臓に寄生虫がいるという訴えは分裂病圏である場合が多いと言われている1)。一方,いわば皮膚と内臓の中間部位である口腔内に限局する寄生虫妄想の報告は稀である。今回我々は口腔内に限局した寄生虫妄想を有する症例を経験した。これを「口腔内寄生虫妄想」と命名し,その疾病論的位置づけと病態を論じ,併せて治療についても報告する。

塩酸ビフェメラン与薬中,腹痛,嘔吐,粘血便などの消化器症状を示した痴呆の1例

著者: 内海晴美 ,   上与那原千賀子 ,   仲俣明夫 ,   宮里好一 ,   国元憲文 ,   小椋力

ページ範囲:P.91 - P.93

■はじめに
 塩酸ビフェメランは,わが国で開発された新しい脳機能・精神症状改善薬である。動物実験の結果から脳虚血等による神経伝達物質の代謝障害,神経細胞障害,神経症状,脳波異常などの改善が認められ,臨床的にも脳血管障害に基づく自発性の低下や感情障害に有効とされている。副作用としては,胃部不快感,食欲不振,胸やけ,嘔気,腹痛など消化器症状が報告され,副作用発現頻度は全体で8.7%であるが,そのうち消化器症状が7.7%を占めている1)。その他眠気,頭痛,倦怠感などの副作用も認められているが,いずれも重篤なものはなかったとされている1)
 今回,著者らは,塩酸ビフェメラン与薬16日目に下血を呈し,その発生原因に本薬物が関与している可能性が推測された症例を経験したので,その概略を報告する。

紹介

火山噴火による災害と精神保健—「被災地のPrimary Health Care Workerにより発見される精神的問題について:アルメロ(コロンビア)の経験から」—原著者:Bruno R. Lima, Silvia Pompei, Hernan Santacruz, Julio Lozano, Shaila Pai

著者: 角川雅樹 ,   ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.95 - P.100

■はじめに
 筆者は先に,1985年9月に起きたメキシコ大地震の結果,その被災者に精神保健上の問題が多くみられたことを紹介した。そして,日本では自然災害による被災者の精神保健について論じられることが少ない,ということを述べた。今回,コロンビアのNevado del Ruiz火山噴火による,アルメロ(Armero)市の崩壊と,それに伴う被災者の精神保健について,Bruno R. Limaらの論文を基に紹介することにしたい。
 Limaらの論文は,メキシコ国立精神医学研究所が発行している“Salud Mental”(1989年3月)誌に掲載されたものであるが,Limaらが現地調査しまとめた論文は,そのほとんどがスペイン語で書かれているため,日本の専門家の目に触れる機会は少ないと思われる。そのような理由で,筆者は今回,上記論文の要旨を以下に紹介することにした。

動き

第143回アメリカ精神医学会「討論:境界性人格障害の生物学的病因」を聞く

著者: 融道男 ,   陳紀澤

ページ範囲:P.101 - P.104

 1990年5月12〜17日にNew Yorkで開かれた第143回アメリカ精神医学会(APA)に出席する機会があった。いくつかのおもしろい発表を聞いたが,境界性人格障害の生物学というテーマに興味を持った。5月16日は朝から突然の豪雨だったが,午前9時に始まった「討論:境界性人格障害の生物学的病因」は著名な精神科医が討論者になっていることから,200名ほど入る講堂がいっぱいであった。日頃,境界性人格障害(以下境界例)とは果たして何かという疑問を持ち,またその臨床について悩んでいたので,1時間40分をおもしろく聞いた。我が国ではこのような議論はまだ盛んでないので,その内容を要約して紹介したい。司会(modulator)はRex W. Cowdryが務め,聴衆は話題に極めて敏感に反応したが,本稿ではそこまでお伝えできないのが残念である。

「Panic and Anxiety:A Decade of Progress」国際会議印象記

著者: 藤井薫

ページ範囲:P.105 - P.105

 1980年のDSM-Ⅲの公刊は,Anxiety Disorders研究のパラダイムを変え,恐慌性障害を中心として,臨床研究の面はもとより,病態生理研究の面にも大きなインパクトを与えた。それから10年を経て,1990年6月19日から22日の4日間,「パニックと不安:この10年間の進歩」と題する国際シンポジウムが,Cornell大学のG. L. Klerman教授をchairmanとして,米国Upjohn社の協賛を得て,スイスのジュネーブで開催された。世界40カ国から200名を越える医師や研究者が参加し,わが国からも12名の精神科医と内科医が出席した。
 シンポジウムは,5つのパネルと8つのワークショップから構成されていた。前者は不安障害研究の今日的意義,恐慌性障害の診断,疫学と遺伝,治療,更にbenzodiazepine使用の問題点がテーマとして取り上げられ,現在までの研究成果が発表され,討論がなされた。ここでは,紙数の関係もあり診断・分類に関する2,3の報告についてのみ紹介する。

「精神医学」への手紙

Letter—精神分裂病における陰性症状と抑うつ症状

著者: 北村俊則

ページ範囲:P.58 - P.58

 「分裂病の陰性症状」と題する総説の中で吉松3)は,抑うつ関連症状は陰性症状と相関しているが,抑うつ気分そのものは陰性症状と相関しないことを引用した上で,陰性症状と抑うつ症状は臨床的にまぎらわしいが,本質的には異なると結論している。しかし,うつ病挿話について陰性症状評価尺度Scale for the Assessment of Negative Symptoms(SANS)を適用したChaturvediら1)は,うつ病挿話中にも高い頻度で陰性症状がみられると報告している。
 そこで我々2)は精神科入院患者193名〔RDC定型うつ病(MDD)75例,躁病(MAN)24例,分裂感情病抑うつ型(SADD)24例,分裂感情病躁型(SADM)13例,非感情性精神病(主として精神分裂病)(SCHZ)57例〕について,SANSとハミルトンうつ病評価尺度(HRSD)による評価を行った。SANS総合点はSADD,SCHZ,MDDにおいて他に比べて有意に高く,またHRSD得点はSADDとMDDにおいて他に比べて有意に高かった。さらに,MDD,MAN,SADDではHRSD得点がSANSのすべての下位尺度得点と有意の相関を示したが,SCHZはこれが著しく低いことが認められた。したがって,吉松が指摘するように,陰性症状と抑うつ症状は精神分裂病においては本質的に異なると思われるが,定型うつ病および分裂感情病抑うつ型では両者が近似の症状であるように推測できる。こうした所見は,今後のsymptomatologyの研究はnosologyの研究と常に連携する必要があることを示唆しているといえよう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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