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雑誌目次

雑誌文献

精神医学33巻4号

1991年04月発行

雑誌目次

巻頭言

精神分裂病の医療モデル概念

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.338 - P.339

 最近,臨床実習の終わりに教授室で学生とレポート・コメントをしているが,ついでに「とは何か」問答をすることが多い。精神分裂病とは何か,精神病とは何か,といった類で,私見でもよいから一般の人に判る言葉で,簡潔に答えるよう求めてみる。どのような認識で卒業し,医師になっていくのか確かめておきたいというのが,その動機である。
 分裂病とは何かという問いには,原因不明な,進行性に人格が障害される病気という答えがやはり多い。一方,実習で分裂病と診断された患者が予想外に多様であり,対人接触の保たれた患者が含まれていたことや発症に状況因があったこと,あるいはかなりの患者がその精神病状態を「本来の自分とは違った状態」として人格違和的にとらえていたことなどを理由に,早発痴呆的な分裂病概念に抵抗を感じるという指摘も少なくない。人格と精神病エピソードを分けてとらえるCiompi, L.(図)やZubin, J. らの分裂病概念を紹介すると,多くの学生がかなりの関心を示す。そして,なぜ精神病エピソードが起こり,再発しやすいのかという脆弱性が話題になり,研究や精神医療の現状へと関心を広げてゆく。学生や一般の人にきちんと認識できるような分裂病概念の必要性を痛感する。

展望

重症精神病の諸問題—いわゆる「処遇困難例」を中心に

著者: 道下忠蔵

ページ範囲:P.340 - P.349

■はじめに
 昭和63年7月精神保健法が施行されてから,わが国の精神病院では病院の開放化や入院患者の社会復帰の促進が一段と加速されてきている。しかしこの流れのなかで高度の人格荒廃に著しい精神症状を伴い,長期入院せざるを得ない患者の問題や,昨年2月東京の公立精神病院で起こった入院患者同士の殺害事件,10月の名古屋市の民間精神病院に措置入院中の患者による国会議員傷害事件等が起こり,あらためて重症精神病患者の医療や保護のあり方に問題を投げ掛けているように思われる。
 重症精神病については,症候論,疾病論,治療論等,視点によっていろいろな見方ができようが,本稿においては精神病院現場の者として入院患者の処遇という立場から論考することにしたい。たまたまこの課題に関連し,筆者はこの両3年,「精神科医療における他害と処遇困難性に関する研究」(厚生科学研究12))に関わったので,その研究結果等の紹介を中心に展望を試みたい。

研究と報告

精神科保護病棟の長期在棟者についての臨床的研究—いわゆる「処遇困難例」との関連で(第1報)

著者: 大木進 ,   中谷陽二 ,   山田秀世 ,   岩波明 ,   藤森英之

ページ範囲:P.351 - P.358

 【抄録】 1公立精神病院の男子保護病棟での長期・頻回在棟者(最近9年間に通算1年以上もしくは5回以上在棟した患者)の39例を対象に,臨床像,生活背景,入院経路について分析した。①主な疾患は精神分裂病(27例)と中毒性精神障害(10例)で,他は精神遅滞,器質精神病であった。精神分裂病では,非定型病像の症例や鑑別診断が困難な症例が少なくなかった。中毒性の症例の多くでは多剤乱用,人格障害,脳器質性徴候が複合していた。②「分裂病群」と「非分裂病群」について生活背景と入院経路を比較した。後者の群では生育環境が悪く,社会的逸脱行動が多く,治療の中断と頻回入院の傾向が著しかった。保護病棟への入院理由は,分裂病群では身体的暴力,非分裂病群では言語的暴力と器物損壊が多かった。両群の比較をもとに,開放的治療で対応のむずかしい,いわゆる「処遇困難例」の問題について若干の考察を加えた。

前思春期周期性精神病の1症例—特に経過中の基礎体温の変動について

著者: 中山和彦

ページ範囲:P.359 - P.365

 【抄録】 初経の発来に至る以前に発症した14歳の前思春期周期性精神病の1例において,その経過中に測定した約5年間の基礎体温の変動と,月経関連ホルモンの継時変化を通して,その臨床症状と経過について検討した。
 病相は約30日の月周期で出現し,7から14日間持続した後,速やかに消失した。その病相期に一致して37℃前後の微熱傾向を示し,基礎体温上二相性変化となり,あたかも排卵性月経周期を思わせる変動を示した。また本症例は軽度の高プロラクチン血症を呈しており,そのためbromocriptineを2.5から5mg投与された。その結果高プロラクチンは改善され,引き続いて初経の発来に至った。またその後病相の発現も消失した。しかし月経はその後も無排卵性周期を示していた。一般にbromocriptineは性腺機能不全による悪循環を是正することで,精神症状を改善すると考えられているが,本症例では月経周期を通さず,直接本疾患の精神症状に作用していることが考えられた。

感情障害発症の季節性変動

著者: 大門一司 ,   辻本哲士 ,   塩入俊樹 ,   北村隆行 ,   花田耕一 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.367 - P.372

 【抄録】 1982年より88年に滋賀医科大学付属病院精神科神経科に入院した患者のうち,DSM-Ⅲ診断基準に従い感情障害と診断された患者194名につき,DSM-Ⅲ診断基準を満たした時期を発症時期として,大うつ病,双極性感情障害の躁病相とうつ病相,非定型うつ病,非定型双極性感情障害うつ病相に分け,男女別に発症時期の季節性変動について検討した。
 大うつ病女性患者のうつ病相は春,秋に多く,非定型双極性感情障害うつ病相は夏に少ないが,いずれも有意の差はない。双極性感情障害女性患者のうつ病相は春に多く,有意の差を認めた。さらに女性については双極性感情障害のうつ病相と躁病相に,大うつ病と双極性感情障害のうつ病相の発症時期に,いずれも有意の差を認めた。男性患者にっいては大うつ病,双極性感情障害ともに季節性はみられなかった。これらより感情障害発症に関して女性がより季節の影響を受けやすいことが示唆される。

一卵性双生児(女性)の両極性うつ病の不完全一致例

著者: 大橋正和 ,   坂井昭夫

ページ範囲:P.373 - P.380

 【抄録】 姉が両極性うつ病,妹が単極性うつ病を呈した一卵性双生児の1例を報告した。
 疾病論的にみると,現象型としては両極性うつ病,単極性うつ病を呈しているが,両者ともに両極性うつ病の遺伝子型を共有し,単極性うつ病を両極性うつ病の不全型として把握するのが妥当と考えられ,先の大橋らの見解を支持する。両者の臨床像の違いは,本症例では発達史から生じた二人の性格構造の差異に由来する可能性が大きいと考えられた。
 また本症例と大橋らの一卵性双生児の両極性うつ病の第1例目とを比較し,より生物学的に規定される所見と,より心理・社会学的に規定される所見が推定されうることをも述べた。このことは躁うつ病をbio-psycho-socialな疾患モデルとして包括的に捉える必要があることを示唆しており,この意味で本症例は躁うつ病の臨床遺伝学,疾病論および治療論に貢献すると考えられる。

精神症状を呈したフリーベース乱用の1例

著者: 渡辺登 ,   笠茂公弘 ,   大森淑子

ページ範囲:P.381 - P.387

 【抄録】 遊離塩基型コカイン(フリーベース)喫煙に加え,マリファナやスピードと称する覚せい剤を乱用し,精神症状を呈した22歳男性の1例を報告した。大学1年夏頃よりマリファナ喫煙を始め,大学4年を目前に渡米してからフリーベースを乱用するようになり,さらにスピードも使用するようになった。フリーベースによる高揚感を得,それを増強するためにスピードを併用することがあり,そして血中コカイン濃度が低下する際に起こる倦怠感を取り除くために消沈感を与えるマリファナやアルコールを使用し,あたかもローラーコースターに乗っているような気分を味わっていた。一時禁断したが,交通事故後帰国してからも多剤乱用を続けていたところ,被害妄想等が生じたため外来治療を受けることとなった。以上の経緯を呈示したうえ,コカインとその乱用や惹起される精神症状,治療について紹介した。

爆発性言語を呈したPick病の1症例

著者: 白谷敏宏 ,   井料学 ,   森岡洋史 ,   上山健一 ,   橋口知 ,   鹿井博文 ,   長友医継 ,   冨永秀文 ,   松本啓

ページ範囲:P.389 - P.394

 【抄録】 痴呆,人格水準の低下,超皮質性失語,言語および行動面での滞続症状を認め,Pick病と診断した患者で,特異的な爆発性言語を呈した58歳の女性を報告した。この爆発性言語は最初の発語が特に大きく次第に小さくなるもので,声の大きさを調節できないことから一種の失調性構音障害と考えられた。画像診断により得られた所見は前頭葉および側頭葉の限局性萎縮であり,小脳や皮質下領域に異常は認められなかった。したがって,現時点においてこの失調性構音障害は小脳や基底核の障害でみられるものとは異なり,大脳皮質の障害による可能性が高いと考えられた。
 一方,Pick病には典型的な症状以外にも運動失調など様々な症状の出現が示唆されており,脳萎縮の進行過程と症状出現の関連において興味ある症例と考えられた。

失語症言語治療とコンサルテーション・リエゾン精神医学

著者: 渡辺俊之 ,   鈴木淳 ,   安孫子修 ,   青木孝之 ,   保坂隆 ,   狩野力八郎

ページ範囲:P.395 - P.401

 【抄録】 失語症者は様々な精神医学的問題を抱えるために,言語治療における心理的側面への配慮の重要性は,以前より指摘されてきた。しかし,こうした配慮が実際の治療場面に十分に生かされているとは言いがたい。
 我々は,失語症言語治療におけるコンサルテーション・リエゾン(以下CL)精神医学の実践を通し,そこに内在する諸問題を検討してきた。本論文では,先ず,失語症者および言語治療の心理的情緒的問題点について,文献的展望および明確化を行い,次に,失語症言語治療におけるCL精神医学の役割について,以下四つの側面からまとめた。①コンサルテーション:失語症者の諸問題について,神経心理学的観点に加え,対象喪失,家族力動の観点から助言する。②リエゾン:治療場面における転移・逆転移を明確化し,治療関係の理解を深める。③精神医学的評価:言語治療士が行う治療上の工夫について,精神医学的側面から評価する。④理論モデルの提示:神経心理学に加え,力動精神医学,コミュニケーション論等の理論モデルを提示する。

老人の睡眠特徴に関する疫学的調査—若年者との比較検討

著者: 堀口淳 ,   佐々木朗 ,   稲見康司 ,   助川鶴平 ,   西松央一 ,   山本芳成 ,   印南敏彦 ,   柿本泰男

ページ範囲:P.403 - P.409

 【抄録】 愛媛県内の3つの町の老年者と2つの企業勤務者(若年者)を対象として,睡眠覚醒障害のアンケート調査を実施し,老年者3,825人と若年者948人から得られた回答を分析した。
 老年者は若年者と比較して睡眠時間が長く,入眠困難(39.2%),中途覚醒(82.2%),早朝覚醒(27.1%)を示す者が有意に高率(p<0.01)で,睡眠薬の服用率も高かった(p<0.01)。一方若年者は老年者と比較し日中の眠気(63.3%)や倦怠感(29.8%),いびき(48.9%),大いびき(24.4%),睡眠中の無呼吸(7.6%)を示す者が有意に高率(p<0.01)であった。また,Restless Legs症候群および睡眠時無呼吸症候群の疑いのある者は,各年代層でほぼ同率に認められた。さらに若年者の寝ぼけ,いびき,および睡眠中の無呼吸は,飲酒習慣が原因の一つとなっている可能性が示唆された。

短報

長期にわたるbromocriptine維持療法中に精神症状を呈したprolactin産生腫瘍の1例

著者: 丹生和夫 ,   有馬成紀 ,   中鳴照夫

ページ範囲:P.411 - P.413

■はじめに
 Bromocriptineはドーパミンアゴニスト,とくにD2アゴニストとして知られ,末端肥大症,パーキンソニスムをはじめ,その他の病態の治療薬として広く使用されているが,比較的大量が長期間投与されるパーキンソニスムの場合を除くと精神症状の発現の報告は少ない。
 今回,prolactin産生下垂体腫瘍の治療のため,少量のbromocriptineを長期間投与されている患者で精神症状の発現があり,抗精神病薬であるperphenazineの投与により症状が消退し,以後bromocriptineとperphenazineの併用で維持できた症例を経験したので報告する。

資料

多剤乱用の実態—1精神科病院外来患者について

著者: 飯塚博史 ,   奥平謙一 ,   斎藤惇 ,   金子善彦

ページ範囲:P.415 - P.420

■はじめに
 多剤乱用に関する問題は,わが国では未だ欧米圏諸国ほど表面化してはいないものの,今後様々な形で社会問題化してゆく可能性が高いと考えられる。早い時期から予防措置を検討し,適切な対策を講ずることの重要性が強く示唆されるが,そのためには現状を正確に把握することが不可欠であろう。しかし現時点においては,その実態が十分にとらえられているとは言い難いように思われる。
 我々は今回,アルコールや薬物の依存症治療のための専門病院を新来患者として受診し,多剤乱用が認められた症例に関する統計的分析を試みた。その結果を,若干の考察を加えながら報告するとともに,多剤乱用の予防的側面について検討を加えてみたい。

紹介

『早発性痴呆または精神分裂病群』(オイゲン・ブロイラー著)の成立と今日的意味について

著者: 滝口直彦

ページ範囲:P.421 - P.423

 本年は,オイゲン・ブロイラー(以下,オイゲンと記す)の著書『Dementia praecox oder Gruppe der Schizophrenien』(1911.邦訳:飯田,下坂,保崎,安永,共訳『早発性痴呆または精神分裂病群』医学書院,1974)が出版されて80周年に当たる。本書が精神医学における金字塔のひとつであることは,ここで述べるまでもない。筆者は,オイゲンの初期の著作をめぐって,マンフレッド・ブロイラー教授(オイゲンの令息,現在ツォリコン在住)と数回にわたり文通する機会を得た。その中で教授は,オイゲンの業績の今日における意味について述べられた。『早発性痴呆または精神分裂病群』出版80周年という機会に教授のお考えを紹介したい。なお,本論は,基本的に教授の論文1)の記述に沿ったものである。

動き

精神医学関連学会の最近の活動(No. 6)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.425 - P.445

 日本学術会議は,わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達をはかり,行政・産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的として設立されているものであります。会員は210名から成り,3年ごとに改選されます。1988年7月から第14期の活動が始まっておりますが,私は13期から引き続き会員をつとめております。
 学術会議の重要な活動の一つに研究連絡委員会(研連と略します)を通して科学に関する研究の連絡をはかり,その能率を向上させることがあげられます。この研連は医歯薬学(第7部)領域には37あり,その一つに精神医学研連があります。第14期の精神医学研連の委員には,この研連に関係する7つの登録学術研究団体を考慮し,つぎの方々になっていただきました。すなわち大熊輝雄(国立精神・神経センター武蔵病院),大塚恭男(北里研究所附属東洋医学総合研究所),後藤彰夫(葛飾橋病院),中澤恒幸(東京都済生会中央病院),西園昌久(福岡大学医学部),樋口康子(日赤看護大学看護学部),森温理(東京慈恵会医大)と島薗安雄(財団法人神経研究所)であります。

「第14回日本神経心理学会総会」印象記

著者: 鹿島晴雄

ページ範囲:P.447 - P.447

 第14回日本神経心理学会総会は濱中淑彦名古屋市立大学教授の会長のもとに,1990年9月13日(木),14日(金)の両日,愛知県勤労会館で開催された。会長講演,特別講演,2つのシンポジウム,ワークショップ,115題の一般演題が発表され,活発な討論が行われた。
 本学会では痴呆に焦点があてられた。社会の高齢化につれ,現在痴呆の問題は臨床においても研究においても中心的なテーマとなり,各分野からの多大の関心を集めているが,同時に痴呆の概念の拡散や混乱も生じており,このような時期に痴呆が取り上げられたのは,大きな意義があろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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