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雑誌目次

雑誌文献

精神医学33巻5号

1991年05月発行

雑誌目次

巻頭言

もう1つの最終講義

著者: 森温理

ページ範囲:P.454 - P.455

 大学教授を定年退任する時に多くは最終講義というものを行う慣習があるようだ。私もこの3月で退任することになったので,去る1月末,他科の退任教授と一緒に大学の講堂で学生や教職員を前に最終講義をした。昨年の秋,大学の教学部から最終講義のテーマについて問い合せがあった時,何にしようかと迷ったが,結局「精神医学の光と影」とすることにした。最終講義は本人が長い間積み重ねたライフワークについて話したり,歩んできた道程を振り返ったりするのが通例のようで,同じ時期に退任する内科の教授はライフワークの消化器病学の話をしたし,麻酔科の教授は母校における活動の足跡を中心に話をした。私にはこれといったライフワークもないし,大学への貢献も少ないので,この種の話はできないと思ったが,それよりも,学生に語りかけることのできる最後の機会に,もう一度精神障害者がその歴史の中でどのような治療と処遇とを受けてきたか,これからどのような道が開けるのだろうか,その光の部分と影の部分とを示すことによって,ともすれば偏ってみられがちな精神科疾患に対して正しい認識を持ってもらうようにしたいという気持が強かった。しかし,ややロマンティックな印象を与えるこのテーマは,当然かもしれないが,大学側にはすぐに理解できなかったようで,司会役の教授からもどういう意味かと何度か尋ねられた。
 話の始めに精神科治療の光と影を表す象徴的な事件として,マラリアによる発熱療法の発見でノーベル賞を受けたウィーンのJ. Wagner von Jaureggが進行麻痺の患者から人工的にマラリア血を採取している絵を呈示した。この絵は後年,反精神医学関係の著書の中で精神医学の非人道性の例として引用されているとのことであるが,当時,確実に悲惨な死を意味した進行麻痺患者を救うにはこの方法以外にはなく,これによって死を免れ,ある程度社会復帰が可能となった人々がいたことも事実であると話した。

展望

強迫性障害と薬物療法

著者: 中澤恒幸

ページ範囲:P.456 - P.470

強迫性障害の生物学:最近の動向
 Salzman & Thaler 198156)は1978年以前の強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder:OCDと略す,特に断らない限り強迫神経症を指す)の文献をまとめ,OCDの薬物療法はある程度の不安を軽減させることのほかは症状改善に何も手を下しえないと報告した。当時すでにRenynghe de Voxrie 196852)は15名のOCDにclomipramine(Anafranil:CMIと略す)を用い10名に改善をみているが,CMIの二重盲検が行われたのは1980年以降であった。この6〜7年OCDに対する行動療法(特に純粋強迫)が普及し,またCMIを中心とするセロトニン(5-HT)再取り込み阻害薬の一群が治療によく用いられることもあり,OCDを“なんとか改善に向わせる”ようになった。
 とはいえ,OCDの強烈なエネルギーが減ったわけではない。一体trichotillomaniaのごとく加齢との関係を除けばOCDの自然治癒はあるのだろうか?子供のOCDの中には急速に症状消失する群がある。だが10年,15年後OCD再燃ならずとも境界例,摂食障害あるいはアルコール依存の形で社会適応が難しくなる例も稀ではない。OCDとうつ病はよく結びつけられる。確かにOCDを少しでもhypomanicにできれば症状は動かしうる。事実症例報告ながら,CMI投与によるOCD躁転,強迫症状消失例がある(Inselら1983,Keckら1986,Bernardoら1988など)。Zoharら198769)はうつ病とOCDの生物学的指標を比較し,OCDはデキサメサゾン抑制試験で非抑制例の割合が高く,REM潜時(入眠から最初のREM出現までの時間)の短縮があり,この2点は大うつ病と一致し,またOCDが慢性に経過する,とepisodic depressionを伴うことが多いなどを類似の理由に挙げている。だが異なる点もあること,臨床上OCDの分裂病的側面も否定できない40)。また実験的認知研究からOCDの情報処理の特異性を唱える報告もみられる61)

研究と報告

精神科保護病棟の長期在棟者についての臨床的研究—いわゆる「処遇困難例」との関連で(第2報)

著者: 中谷陽二 ,   大木進 ,   山田秀世 ,   岩波明 ,   藤森英之

ページ範囲:P.471 - P.478

 【抄録】 精神科男子保護病棟の長期・頻回在棟者39例を対象に分類を試みた。保護病棟の使用理由と密接に関連する症状-行動特性から以下のように分類し,「5A分類」と名づけた。1.攻撃-衝動型 Aggressive-impulsive type(12例):衝動的な対人暴力の傾向をもつ者。2.反社会-操作型 Antisocial-manipulative type(6例):反社会的な行動パターンが顕著で,規則違反や巧妙な対人操作によって病棟秩序を攪乱する者。3.激越-情動不穏型 Agitated-unstable type(8例):情動面の著しい不安定により,喧燥,治療拒否,時に自殺への傾同をもつ者。4.自閉-解体型 Autistic-disorganized type(11例):自閉,人格解体,それらに起因する異常行動のため集団的治療が困難な者。5.問題経歴型 Antecedent-related type(2例):現時点で顕著な問題行動はないが,重大な犯罪歴をもつため将来の危険性を否定しえない者。いわゆる「処遇困難例」の多様性を指摘し,各類型の治療指針に触れた。

反応性うつ病における葛藤の行動論的分析

著者: 前田久雄

ページ範囲:P.479 - P.485

 【抄録】 葛藤が介在することによって発症したと思われる反応性うつ病の10例について報告し,葛藤の構造を行動論的立場から分析した。いずれの症例においても,各人に生きがいや自己実現を保証してくれるような重要な場において発生した葛藤に付随する形で抑うつが現れており,治療的介入による葛藤の軽減が抑うつの消失をもたらした。葛藤が完成したと思われる時点では強い不安(葛藤性不安)もみられ,その前後には心身症的な症状や解離・離人性,転換性の症状なども随伴することが多かった。葛藤の型としては,回避・接近が9例と多く,接近・接近も1例でみられた。これらの葛藤が,上記のような症状を呈するに至るためには,回避および接近の両欲求ともに,Maslowの欲求階層上,生理的,安全・安定,愛情といった深い水準にまで及んでいることが必要であると思われた。

季節性感情障害における高照度光療法の臨床効果に関する多施設共同研究

著者: 永山治男 ,   佐々木三男 ,   一井貞明 ,   花田耕一 ,   大川匡子 ,   太田龍朗 ,   浅野裕 ,   杉田義郎 ,   山崎潤 ,   香坂雅子 ,   小鳥居湛 ,   前田潔 ,   岡本典雄 ,   石束嘉和 ,   高橋清久 ,   本多裕 ,   青木裕子 ,   大庭明子 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.487 - P.493

 【抄録】 24例の季節性感情障害患者に高照度光療法(光療法)を施行し,次の結果を得た。62%の症例が同症用Hamiltonうつ病評価尺度で50%以上の改善,24%の症例が25%以上50%未満の改善,14%の症例が25%未満の改善を示した。悪化例および副作用を示した症例はなかった。治療中止後1ヵ月以上にわたって無治療で観察できた症例の67%が中止後14日以内に悪化を示したが,それ以後の悪化例はなかった。治療の再施行による効果の再現性が確認された。無効例では,照射方法を変更して再施行することにより効果を得ることができた。改善率は,うつ病の非定型症状の治療前重症度と有意な相関を示したが,定型症状のそれとは相関を示さなかった。以上から,光療法は季節性感情障害において有用な治療法であり,しかも本症の症状特徴をより多く有するタイプの症例に対し,より有効であることが示唆された。

双極病の予防に関するリチウムとカルバマゼピンの相互作用

著者: 岸本朗 ,   小村文明 ,   福間悦夫 ,   柏木徹 ,   梅沢要一

ページ範囲:P.495 - P.503

 【抄録】 lithium(Li)とcarbamazepine(CBZ)の躁うつ病相予防効果に関する相互作用をみるために,LiとCBZそれぞれの単独療法と,LiとCBZ併用療法の計3療法を受けた18名の双極病者において,それらの3療法施行時における躁・うつ病相出現状況を比較した。LiとCBZ併用療法時には,LiあるいはCBZ単独療法時に比較して,単位期間当たりの入院頻度および躁・うつ病相期間の有意の減少がみられ,約半数の症例では併用療法期間における予防効果が最も優れていた。LiとCBZの各単独療法に共に反応するもので病相予防効果が最も増強した。併用療法中の血中Li濃度は,Li単独療法中のそれより有意に低く,特にCBZ単独療法に反応するものにおいて著明であった。併用療法中には単独療法時にはなかった新たな副作用は見出されなかった。以上の結果から,LiとCBZの併用療法は,Li,CBZの双方へ反応するものにおいて協力的に働き,その内容は相加的であると考えられた。

摂食障害における頭部CT,脳波,内分泌異常の相関関係

著者: 大谷正人 ,   村瀬さな子 ,   川喜田昌彦 ,   中瀬玲子 ,   村瀬澄夫 ,   牛田久見子 ,   清瀬豪久 ,   野村純一

ページ範囲:P.505 - P.509

 【抄録】 anorexia nervosaの患者27例,bulimia nervosaの患者5例,計32例に頭部CTscanおよび脳波検査を施行した。また32例中22例にLH-RHテスト,23例にTRHテストを施行した。対照群に対して,anorexia群では高度の,bulimia群で軽度の脳室拡大がみられた。罹病期間が1年半以下の場合,脳室拡大の程度は様々であったが,罹病期間が1年半を越えると,脳室拡大と罹病期間の間に正の相関が認められた。また,脳波の徐波化を伴った摂食障害群では脳室拡大は高度であり,LH-RHテストにおいてLHの過小反応,遅延反応を示す群でも脳室拡大は高度であった。TRHテストでは,脳室拡大との間に有意な相関は認められなかった。以上より,罹病期間が長期に及ぶと脳萎縮は非可逆的になる可能性があること,また脳波異常とLH-RHテストの異常は脳室拡大に関連があることが示された。

アルギニノコハク酸合成酵素欠損症による肝脳疾患の1剖検例

著者: 伊藤陽 ,   村松公美子 ,   森茂紀 ,   青柳豊 ,   佐藤啓一 ,   若林孝一 ,   大浜栄作

ページ範囲:P.511 - P.519

 【抄録】 挿間性の意識障害と高アンモニア血症を繰り返し,急性脳浮腫で死亡した43歳の成人型高シトルリン血症の1例を報告した。本例は生検による肝の酵素活性分析と剖検による腎の酵素分析の結果,尿素サイクルのargininosuccinate synthetase(ASS)の量の欠乏を病因とするtype Ⅱ高シトルリン血症と診断された。主な剖検所見として肝には脂肪変性,脳には著しい脳腫脹と,肝脳疾患の断血型類似の病変が見出された。ASS欠損症による肝脳疾患の脳病理を中心に考察した。

短報

Pimozideによると思われる急性肝炎重症型に罹患し,劇症肝炎に準ずる治療によって治癒した自閉症の1例

著者: 石川丹 ,   伝田健三

ページ範囲:P.521 - P.523

■はじめに
 自閉症の薬物療法にあたってpimozideはしばしば用いられる薬剤である。肝障害はほとんどないとされ,GOT,GPTの上昇をみた例は成人例では2,832人中1人(0.04%)のみ,小児例では330名中に1名もなかったという1)
 今般,我々はpimozideを内服させていた自閉症の1例において急速に進行悪化する肝障害を認めた。劇症肝炎に準ずる治療をした結果,良好な予後を得たので報告する。

ナロキソン療法を試みたBulimia Nervosaの1例

著者: 飯田順三 ,   南尚希 ,   岩坂英巳 ,   平井基陽 ,   井川玄朗

ページ範囲:P.525 - P.528

■はじめに
 近年摂食障害は増加傾向を示しており,その中でもbulimia nervosaが増加している。しかし,その治療は極めて困難であり,様々な精神療法,家族療法,行動療法などが試みられているが難治な症例が多い。最近,摂食行動におけるオピオイドペプチドの重要性が指摘され,欧米では過食症にオピオイド拮抗剤のナロキソンによる治療が報告されている。本邦ではナロキソン療法の報告は珍しく,我々の知る限りでは延沢ら6)の1例を認めるのみである。今回我々はDSM-Ⅲ-Rにてbulimia nervosaと診断された症例で,種々の薬物療法や精神療法で効果の認められなかった患者にナロキソン投与を試み,興味ある知見を得たので報告する。

透明中隔腔とベルガ腔を合併した短期反応精神病の1症例

著者: 林直樹 ,   高橋あけみ

ページ範囲:P.529 - P.531

■はじめに
 中枢神経系の先天的形成異常である透明中隔腔とベルガ腔(以下それぞれCSP,CVと略)は神経衰弱状態やてんかん,精神分裂病などの多くの精神神経疾患と合併していることが知られており,それらの精神疾患への病因的意義についての議論が重ねられている。しかしそこには共通の要因が認められず,またこの形成異常が発見されても臨床症状が認められない症例もあることから,その精神科臨床における単純な意味づけは困難である。我々はCSPとCVを合併した短期反応精神病(以下BRPと略)の症例を経験したので,それを報告し,この形成異常とBRPとの病因論的,病態論的な連関について若干の考察を行いたい。

資料

精神科救急の入院事例からみた覚醒剤精神障害—10年間の動向を中心に

著者: 東里兼充 ,   藤森英之

ページ範囲:P.533 - P.541

■はじめに
 覚醒剤の第二次乱用期は昭和45年頃から顕著になり,昭和50年代には一般市民を巻き込んで急増した。筆者らの墨東病院は松沢病院と並んで,昭和53年11月16日より東京都の精神科救急医療を行っており,自傷・他害の顕著な事例がしばしば受診しているが,覚醒剤中毒者についても,覚醒剤の再使用あるいは飲酒による急性再燃例が少なくない。
 覚醒剤中毒の臨床報告は今日までに数多くなされているが,筆者らは救急事例を扱う1施設からみた過去10年間の覚醒剤精神障害の動向と臨床的事項を中心に報告し若干の考察を試みたい。

向精神薬による急性薬物中毒症例の実態と血液検査異常

著者: 西嶋康一 ,   石黒健夫

ページ範囲:P.543 - P.552

■はじめに
 自殺は精神科救急医療の中で極めて重大な問題である。特に,自殺者の心理の解明,自殺の予防,自殺企図者のケアなどは,以前から諸家6,9,10)により論じられてきたが,今後も議論されなければならない重要な課題と考えられる。
 一方,近年精神科外来では,通院患者が増加する傾向にあり,それに伴って,患者が自殺目的で処方された向精神薬を大量に服用し緊急入院する例が多くなっており,今後も増加することが予想される。こうした症例は,生命的危険がなければ,最初から精神科で治療しなければならない場合が多く,精神科医といえども身体管理に十分な関心を払う必要がある。
 筆者は,自殺目的で向精神薬を服用した薬物中毒症例を治療する機会を少なからず持ってきたが,その際,血液検査上異常の認められるケースがかなりいることに以前より気づいていた。これまでに,急性薬物中毒時の血液検査異常についての報告はほとんどなく,このことを明らかにすることは,治療する上で参考になると思われる。そこで今回,多数例において,患者の実態と,その血液検査異常について検討を行ったので報告する。

紹介

メキシコにおける精神保健の動向

著者: 角川雅樹

ページ範囲:P.553 - P.558

■はじめに
 日本では,ヨーロッパやアメリカなどの先進諸国における精神保健の動向について,よく紹介されるが,いわゆる発展途上国の様子について語られることは少ない。筆者は,かねがねメキシコにおける精神保健の諸問題に関心を抱いているが,今回,その概要について以下に紹介することにした。なお,筆者のこれまでの研究領域やその背景等については,すでに何度か述べたことがあるので省略することにしたい。

動き

国際シンポ「小児自閉症の神経生物学」印象記

著者: 成瀬浩

ページ範囲:P.560 - P.561

 1990年11月10,11日,“Neurobiology of Infantile Autism”という国際シンポジウムが,東京・新宿の三省堂文化ホールで開催された。これは,第5回国際小児神経学会および第3回アジア大洋州小児神経学会のサテライトとして行われたものである。参加者は小児神経学会のメンバーのみでなく,精神科医,心理学者,基礎科学者など幅の広い人々が参加した会議であり,内外の小児自閉症,あるいはその関連領域の研究者の多数の報告がみられた。
 生物学的研究の臨床的基礎,高次皮質機能について,皮質下機能の変化について,機能的形態学的研究について(含PET,MRI),生化学的変化と薬物療法についての5つの方面からのアプローチについての討議があり,最後に,本態研究にとって大切な生化学的研究の新しい方向を示唆する,2つの特別講演が行われた。各課題で,18名の招待講演者の報告があり,さらに6人の関連口演報告と,16題のポスター発表とが行われた。

「精神医学」への手紙

Letter—炭酸リチウムと皮膚症状,他

著者: 吉村玲児 ,   寺尾岳 ,   安松信嘉

ページ範囲:P.562 - P.563

 炭酸リチウム(以下リチウムと略)投与中に皮膚科学的副作用が生じることがあります1,2)。今回私たちは,リチウム投与により皮膚症状の出現および増悪を生じた3症例を経験したので報告します。
 〈症例1〉21歳の女性。双極性障害躁状態にてリチウムが投与開始となり,2週間後より顔面,背部の座瘡が増悪しました。リチウム投与量1,200mg/day,血中濃度1.0mEq/lでした。リチウムの減量中止は行わずにイオウカンフルローションを患部に塗布することで座瘡は1カ月で軽快,躁状態はリチウム投与後2カ月で寛解しました。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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