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雑誌目次

論文

精神医学34巻11号

1992年11月発行

雑誌目次

巻頭言

遍歴期間 Wanderjahre

著者: 稲永和豊

ページ範囲:P.1156 - P.1157

 遍歴というのは「広く諸国をめぐり歩くこと。また,さまざまな経験をすること」と定義されている(岩波 国語辞典)。
 これは芭蕉が奥の細道の序章に書いている漂泊の思いとは違ったものであろう。漂泊とは流れに身をまかせるとか,ただようといった意味がこめられている。

展望

総合病院精神医学の最近の流れ

著者: 中島節夫 ,   三浦貞則

ページ範囲:P.1158 - P.1168

■はじめに
 医療法第4条では「総合病院とは病院であって,患者100人以上の収容施設を有し,その診療科名中に内科,外科,産婦人科,眼科及び耳鼻いんこう科を含み,……」と定義されているが,その診療科の中に精神科は含まれていない。また,厚生省の臨床研修病院の指定基準では独立した精神科を設置することがうたわれているが,暫定措置として精神科医がいなくても研修病院として認められている病院もある。このように,我が国においては総合病院における精神科の必要性はあまり重要視されていないのが現状である。
 道下21)は1984年6月の時点で我が国の精神科病床数は一般病院を含めて,323,900床あるが,この大部分は単科の精神病院が提供しており,一般病院精神科の病床は9%にすぎないと報告している。この割合は現在もそれほど変わっているとは思えない。また,黒木ら15)の調査によると全国の総合病院(1,073施設)で精神科病床を有する施設は22.6%(242施設),精神科外来のみの施設は23.9%(256施設)にしかすぎず.精神科が設習されていない総合病院は全体の53.6%(575施設)に上るという。このように我が国の総合病院における精神医療は貧しく,実際,我が国の総合病院精神医学の立ち遅れを指摘する声は多い1,14)。そのため総合病院の中に精神科の設置を望む声20)や,総合病院に精神科を必置とするように医療法を改正せよとの運動7,16)だけでなく,各病院に精神科を設置せよとの意見7)まである。
 なぜ,このように我が国の総合病院精神医学は立ち遅れているのかをその歴史を振り返ることにより明らかにし,現状と問題点を分析するとともに最近の我が国における総合病院精神医学の流れを検討してみる。また,北里大学における新しい精神医療の実践を紹介し,総合病院における精神医療の1つのあり方を提示してみたい。

研究と報告

正常人におけるメランコリー型性格の年齢分布

著者: 坂戸薫 ,   佐藤哲哉 ,   佐藤聡

ページ範囲:P.1169 - P.1175

 【抄録】 うつ病の既往のない正常人628名(18〜72歳:男性456名,女性172名)を対象にメランコリー型性格傾向の測定を行った。メランコリー型性格傾向の測定には,ZerssenによるF-listの日本語版と笠原の質問票を用いた。628名を男女別に5つの年齢層に区分し,それぞれの間で比較を行い,以下の結果を得た。①中高年層は,男女ともに高いメランコリー型性格傾向を示した。②女性の場合,25歳以下の若年層も高いメランコリー型性格傾向を示した。③男女間では,25歳以下の年齢層を除き,メランコリー型性格傾向に差はみられなかった。以上から,中高年でメランコリー型性格傾向が高いことは,正常人に普遍的にみられること,近年の若い女性でメランコリー型性格傾向が強まっていること,メランコリー型性格傾向の高い年齢層では,うつ病発病の危険が高い可能性を指摘した。

我々のデイケア評価の試み—他覚評価と基底体験の自己評価の個人内変化を通して

著者: 近藤重昭 ,   佐々木恵美子 ,   堀志保 ,   春日静子 ,   人見功 ,   柴山ゆかり

ページ範囲:P.1177 - P.1187

 【抄録】 15名の慢性分裂病患者を対象にFrankfurter Beschwerde-Fragebogen;FBF(Süllword)とBehavioural Observation Schedule;BOS(Jablensky)の両評価手段を用いた患者個人内変化を通して,デイケア評価を試みた。
 集団精神療法を基にした,我々現行のデイケアは行動改善(特に感情表出,次いで自己表現とコミュニケーション技術)に成果があった。しかし,これら行動改善の中には,基底体験の改善,消失と相関するもののほかに,両評価の不一致例も少なくない。それには直接,患者の精神病理を反映する例や一過性の付帯的要因による影響などの例が含まれていた。このような経験からも,デイケア評価には他覚評価と自覚評価手段の併用が必要であり,そのモデルとしたFBFとBOSは簡便,容易で,医師以外のスタッフでも評価が可能であり,患者への心理的負担も軽い。とりわけFBFプロフィールは患者の病理を知ることができ,治療的働きかけの上でも示唆が大きい。

抗コリン剤長期連続投与の見直し—抗精神病薬の長期服用精神分裂病患者における抗コリン剤中止の試み

著者: 竹内隆 ,   古賀茂 ,   森山成彬 ,   金長壽 ,   斎藤雅

ページ範囲:P.1189 - P.1197

 【抄録】 精神分裂病患者に抗精神病薬を投与する際,薬物性の錐体外路症状の出現を予防する目的で,併用された抗コリン剤は,中止の機会を失ったまま漫然と継続投与されていることが多い。我々は,入院中の慢性精神分裂病患者48名を対象として抗精神病薬に併用されている抗コリン剤を中止し,以下の結果を得た。①再投与が必要とされた患者は9名(18.8%)であった。②再投与が必要となった患者9名に13件の症状が現れ,内訳はアカシジア6件,抗コリン剤の退薬症候群と思われるもの4件,パーキンソニズムの増悪2件,ジストニア1件であった。③中止群・漸減群の2群に分けて検討すると,再投与が必要となったのは中止群33.3%,漸減群7.4%であり,漸減群で再投与率が低かった。以上により,抗コリン剤の中止は試みる価値があり,方法は漸減が望ましいことが明らかになった。

悪性症候群3例の123I-IMPによるSPECT所見

著者: 西嶋康一 ,   的場正樹 ,   高野謙二 ,   石黒健夫 ,   中村恵 ,   永野満

ページ範囲:P.1199 - P.1207

 【抄録】 3例の悪性症候群に,123I-IMPを用いたSPECTを継時的に行った。その結果,2症例において,その病相期の検査のearly imageで,右の基底核領域でtracerの集積が少ないのに対して左で集積が増加するという左右差を認めた。また,残りの1例では,その病相期に2回検査を行い,やはり基底核領域で,1回目は最初の2症例と同じくearly imageで右に対して左でtracerの集積が増加するという左右差を認め,2回目の検査ではdelayed imageにて左に対して右でtracerの著明な集積の増加を認めた。そして,これらの異常所見は,悪性症候群から改善した後の検査では認められなかった。以上より,悪性症候群の病相期では,基底核領域に何らかの障害が生じていることが直接示されるとともに,123I-IMPによるSPECTは悪性症候群の病態を探る上で有用な検査であることが示唆された。

夏季の外来通院中に悪性症候群を発症し,DIC,急性腎不全を合併した3症例—DIC合併条件についての考察

著者: 谷口典男 ,   籠本孝雄 ,   松永秀典 ,   乾正

ページ範囲:P.1209 - P.1216

 【抄録】 夏季の外来通院中に悪性症候群を発症し,DIC,急性腎不全を合併した3症例を経験した。治療は,DIC,急性腎不全を中心に進め,CPKが133, 120(IU/l)に達した1例には,血液透析を導入せざるをえなかったが,3症例とも救命に成功した。
 本3症例のDIC,急性腎不全の合併には,夏季高温多湿下の外来通院中に発症していること,高熱が1週間近く持続していること,食事水分摂取などが不十分であること,比較的低力価の抗精神病薬を中心とした服薬を入院直前まで継続していることなど,発症に至るプロセスに共通点があった。
 DICを伴う悪性症候群の発症に関して,Barkin3)は,高熱に加えて低血圧,アチドーシス,低酸素血症が促進的に働くことが必要であると示唆している。今回の3症例は,入院の時点でこの条件をほとんど満たしていた。

Cutis verticis gyrata-mental retardation syndromeにepilepsyの合併した3例

著者: 野間口光男 ,   長友医継 ,   松本啓 ,   瀧川守国 ,   河野一成 ,   山本征夫

ページ範囲:P.1217 - P.1223

 【抄録】 1単科精神病院入院患者340名中,cutis verticis gyrata(CVG)-mental retardation(MR)syndromeにepilepsyを合併した3名が認められた。これらの3例においては,①30歳以上の男性である,②CVGは30歳前後に発症している,③CVGにMRおよびepilepsyを伴っているが家族にそれらを認めない,④満期正常分娩である,⑤頭蓋の骨形成異常が認められる,⑥てんかん発作のコントロールが不良である,⑦脳波に異常波の出現がある,⑧CTスキャンで大脳皮質の萎縮が存在する,が認められた。また,3例中2例において,①同胞に流産がある,②斜視が認められる,③低出生体重児である,という共通点が認められた。

精神分裂病患者の記憶機能—Selective Reminding Testによる検討

著者: 松井三枝 ,   倉知正佳 ,   湯浅悟 ,   葛野洋一 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.1225 - P.1230

 【抄録】 日本語版Selective Reminding Testを作成し,分裂病患者についての検討を行った。対象はDSM-Ⅲ-Rで精神分裂病と診断された21名と健常対照者21名。平均年齢は分裂病患者群26.3±5.5歳,健常対照者群25.9±3.2歳で,分裂病群の平均罹病期間は4.4±4.4年,抗精神病薬の平均投与量はchlorpromazine換算で283.1±253.8mg/日であった。また,Positive and Negative Syndrome Scale(PANSS)を改変した尺度で症状評価を行った。その結果,分裂病患者では,1)総再生数と再認数が健常者よりも少ないことから,記憶過程における符号化の障害が示唆された。2)さらに,分裂病患者では長期記憶貯蔵と長期記憶検索の差異が大きいことから,記憶過程における検索時の障害も加わっていることが示唆された。3)分裂病患者では記憶課題において再認よりも再生障害のほうが大きかった。4)記憶成績低下は陽性症状と関連したが.陰性症状とは関連しなかった。

恐慌性障害の症例研究・2—その経過と薬物療法

著者: 塩入俊樹 ,   花田耕一 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.1231 - P.1238

 【抄録】 DSM-Ⅲ診断基準が導入されて以来の10年間に恐慌性障害(panic disorder)と診断された,自験例166症例について,その経過と薬物療法の有効性にっいて検討した。①精神科受診前にまず内科を受診した者が全体の約65%を占めた。②発症から当科を初めて受診するまでの期間が1年以内の者は約60%であった。③他科における治療期間は約半数の者が3カ月以内であった。一方,精神科に通院する場合,大多数の患者が2年間は通院を続けていた。④処方される薬剤は,benzodiazepine系の抗不安薬が全体の67.2%を占め,その中ではcloxazolamとalprazolamの頻度が高かった。抗うつ薬の使用は全体の17.2%にすぎない。⑤恐慌発作が消失した者は約45%で,その約9割の患者は1カ月以内に消失していた。⑥恐慌発作の消失率は,alprazolamを使用した場合,他の薬剤に比し有意に高かった。

Anorexia nervosa患者の体重増加に伴うbody compositionの変化について

著者: 池谷俊哉 ,   切池信夫 ,   中西重裕 ,   中筋唯夫 ,   飛谷渉 ,   永田利彦 ,   越智宏暢 ,   川北幸男

ページ範囲:P.1239 - P.1243

 【抄録】 anorexia nervosa 12例について冶療による体重増加前後においてDual Photon Absorptiometry(DPA)により体脂肪量(率),除体脂肪量,総骨塩量を測定し健常女性10名の結果と比較した。anorexia nervosa群の体脂肪量(率),除体脂肪量,総骨塩量のそれぞれの平均値は0.6kg(1.8%),33.0kg,1.80kgとなり,健常対照群のそれぞれの平均値13.2kg(28.3%),32.8kg,2.07kgに比して,体脂肪量(率)と総骨塩量において低値を示した。治療により体重が平均約7.6kg増加した時,除体脂肪量は平均2.5kg増加し健常対照群と異ならなかった。一方,体脂肪量は平均5.1kg増加し体重増加の約2/3は体脂肪量の増加であったが,健常対照群に比しなお低値を示した。しかし総骨塩量は体重増加後も増加しなかった。
 これらの結果に若干の考察を加えた。

短報

書痙および職業性けいれんのclonazepamによる治療

著者: 宮本洋 ,   小泉準三

ページ範囲:P.1245 - P.1248

 職業性けいれんを含むいわゆる書痙は,書字,ひげ剃り,手術など手指を使用する特定の作業の際に現れる運動調整の欠如と筋けいれんに特徴づけられる機能性の障害である。書痙の病因は不明であり,心因から神経生理学的な障害まで様々な仮説が立てられている6)。それらの仮説に基づいて,biofeedback療法をはじめ,精神分析療法,自律訓練法,条件制止法あるいは薬物療法などの様々な治療法が試みられている10)。一方,clonazepamはbenzodiazepine系の薬剤であるが,抗けいれん剤としても使用されるほか,tardivedyskinesiaなどの不随意運動21),強迫性障害9),気分障害2),恐慌性障害19)などの精神障害の治療にも使用されている。しかし,書痙の治療にclonazepamが使用されたという報告は,我々の知るかぎりほとんどない。
 書痙および職業性けいれんの2症例にclonazepamによる治療を試みたところ,症状の改善がみられたのでこの症例について報告し,若干の考察を加える。

滞続言語を呈した外傷性痴呆の1例

著者: 南川博康 ,   高野守秀 ,   田中渡 ,   橋本篤孝 ,   花田雅憲

ページ範囲:P.1249 - P.1252

 滞続言語(stehende Redensarten)は,1927年,Schneiderにより最初に記載された常同性の言語活動であり10),一般的にはPick病の特異的症状であると記載され3),側頭葉病変との関連で論じられている6)。しかしPick病以外にも本症状がみられた報告がある1,2,4,5)。今回我々は,頭部外傷後10数年にわたって滞続言語と思われる言語症状を呈した1例を観察した。主病巣が右半球にあることも珍しいと思われるので,若干の考察を加えて報告する。

古典紹介

アンビュラトリイ・スキゾフレニア・第2回

著者: 東孝博 ,   柏瀬宏隆

ページ範囲:P.1253 - P.1258

(3)アンビュラトリィ・スキゾフレニア
 これらの患者は,その身内の者にとっても精神科医にとっても,入院加療が必要な段階になることはめったにないし,能力が低く,しかも遍歴癖があり,物事や人との関係に行きあたりばったりで,なかなか訳者注2)生産的独立的ではないとはいえ,『正常な』人間と同じように『自立してやっている』(to walk about life)ので,彼らは『気むずかしい人』(difficult people),『問題児』(problemchildren)として世の中を渡り歩いている。大人であれ若者であれ,彼らは依存的で無責任であり,(心気的訴えや,年中風邪をひいているような,ささいな慢性の病気がちな傾向はしばしばみられるけれども)心身ともに健全そうに見えるほどたくましい。このような人々は,現実的な意味でも,比喩的な意味でも,あるいは外観的にも内面的にも,自由気ままに振る舞っている。それゆえ私はこれをアンビュラトリィ・スキゾフレニア(ambulatory schizophrenias)と呼びたいのである。
 これらの分裂病についての念入りな詳しい調査について簡単に述べる。しかし,このことは極めて難しい。彼らは次のような多くの理由から,精神科医の診察室にはめったに来ないからである。まず第1に,彼らは一般の人々からも医師からも,単なるひ弱な人間,『貧弱な人格』(poor personalities),『精神病質人格』などと(これらの言葉が何を意味しようとも)考えられてしまう。第2に,多少とも裕福な人達,すなわち,有閑階級の人達だけが,精神科医の注意を引くことになる。第3に,彼らがたまたま問題を起こした時にのみ,精神科医に押し付けられる。私が『押し付けられる』と言うのは,彼らがすでに実際のトラブルの過中にある時には,何かしてあげることは非常に困難だからである。その時には彼らは,あまりにも進行しているか,精神科医の治療的管轄外にさえあるからである。というのは,しばしば彼らは性的倒錯者であり,例えば,服装倒錯者かフェティシストか,またはその両方であり,病的レベルに固着しすぎていて,そのレベルを取り除けない。あるいは彼らは犯罪者,大抵は殺人者であり,精神科医は精神鑑定人の役割を演じることができるだけなのである。

動き

「ヨーロッパ宿泊療法研究会」印象記

著者: 菅原道哉

ページ範囲:P.1260 - P.1262

 1992年4月9,10日,パリで開かれたヨーロッパ宿泊療法研究会“Quels hébergements thérapeutiques en Europe-Journée Européennes d'Etudes et de Formation”に参加する機会を得た(図)。
 フランス共同治療的宿泊施設,アパート,集団宿泊施設協会(Association Frangaise de Foyers,Appartments et Longements Thérapeutiques et associatifs,ASFFALTA)の会長Dr. Gilles Vidonと,治療的中継アパート研究団体(Groupe d'Etudes et de Recherche sur les Appartements Relais Thérapeutiques,GERART)の会長であるMr. Patrick Halmosが中心となり,Dr. Bernard Jolivetが会長を務めた。会場は有名なGeorge Vホテルの筋向いにあるCentre Chaillot Gallieraであった。いずれの発表も1人30〜40分報告,討議も30分と十分な時間で,熱気ある活発な意見が交わされた。

「精神医学」への手紙

Letter—Schneiderの一級症状をめぐって—「ごく控えめに」か「間違いなく」か

著者: 佐藤裕史

ページ範囲:P.1216 - P.1216

 DSM-Ⅲ-Rの精神分裂病の診断基準がSchneiderの一級症状を重視し,従来の米国の力動的精神医学から記述現象学的な診断に重点の移った観のあることはかねてより指摘されている。日本では戦前からの伝統に従い,精神医学の教科書にはDSMやICDと共に今も一級症状が記載され,医学生にとっては試験の「ヤマ」であり続け,精神科の研修医は今も『臨床精神病理学』を読んでいる。
 このようにこの偉大な精神病理学者の分裂病論はその輝きを保っているが,件の一級症状を邦訳1)でみると,「このような体験様式がまちがいなく存在し,身体の基礎疾患が何も発見されない場合に,我々は臨床的に,ごく控えめに,分裂病だということができよう」とある。ドイツ留学経験のある精神科医が「一級症状がすべて揃っても分裂病の診断は『ごく控えめに』できるのみであると原著にあり,決して必要十分条件ではない」と言うのを筆者は聞いたことがある。では,一級症状には従来信じられているほど疾病特異性はないのだろうか。原著の該当する箇所2)は,“sprechen wir klinisch in aller Bescheidenheit von Schizophrenie.”となっている。この“in aller Bescheidenheit”は,辞書ではwith all due modesty,「いくら遠慮しなくてはならないとしてもやはり」とあり,数人の独文学者の意見でも,一級症状が揃えばまず分裂病に間違いないと原著者は考えていたように読める。すなわち,今日の再評価通り,当初より一級症状の特異性は重視されていたと思われるのだが,どうだろうか。

Letter—発作性「90度の傾斜視」例

著者: 今岡健次 ,   青山泰之

ページ範囲:P.1248 - P.1248

 本誌第34巻第1号「90度の傾斜視」について,本邦では初めてとの村田氏らの論文1)を読ませていただき,一昨年11月に経験した同様の症例を想起し,ここに報告させていただきました。
 66歳の男性が,1990年10月26日に腹痛にて外科入院。麻痺性イレウスの診断のもとで保存的治療を受け,11月22日退院。この間の10月31日から11月10日までの期間,発作性の90度の傾斜視を繰り返し生ずる。ほかに神経学的,神経心理学的異常所見は認められず,長谷川式DRスケールで31.5点であった。頭部CT(単純+造影),脳波所見は正常(3時間30分の脳波記録中,1度発作性傾斜視生ずるも記録上異常なし)。発作頻度は日に1〜5回,必ず覚醒直後に生じ,短い昼寝の後は生じないこともあり,持続時間は数秒〜10分程度で,瞬間的に元に戻る。必ず,前方への90度の傾斜視である。この様子について,「自分はベッド上に臥床しているが,まるで立ち上がって周囲を見渡していたような光景が見える。例えば,横の壁が足元に見えたり,天井も上にあるのではなく前に見え,点滴の滴下も下の方(自分に向かって)へ落ちてくるのではなく,自分と平行に足元へ向かって落ちているように見える。体は自由に動くが,起きようとすると転ぶような気がするので起きられない。」と語る。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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