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雑誌目次

論文

精神医学34巻12号

1992年12月発行

雑誌目次

巻頭言

教科書記載のある神話からの解放

著者: 藤井薫

ページ範囲:P.1272 - P.1273

 本年6月に,厚生省から「医師国家試験出題基準・平成5年版」4)が発表された。収載項目の精選とともに,全診療科の各論を医学各論の中に再編した抜本的改定であるとうたっている。
 「昭和64年版」3)の精神科各論にあった精神分裂病総論(大項目)—性格と体型(中項目)—分裂気質とやせ型体格(小項目)や,これに対応する躁うつ病総論(大項目)—性格と体型(中項目)—循環気質とふとり型体格(小項目)などが消えた。

特集 精神科領域におけるインフォームド・コンセント

精神科医療とインフォームド・コンセント

著者: 高柳功

ページ範囲:P.1274 - P.1276

■研究の背景
 インフォームド・コンセントが,日本の医学界で広く知られるようになったのは,たかだかここ数年にすぎない。
 インフォームド・コンセントという概念は,第二次大戦下の人体実験に対する深い反省から出発している6)。ヒポクラテスの誓いに表現される医師としての聖職意識のみによっては,大戦下の忌まわしい数々の事件が防ぎえなかったという事実が,医学がインフォームド・コンセントという新しい地平を必要とした最も大きな理由である。新薬,新しい治療法が時として悲惨な結果をもたらしたという科学技術への失望も一つの大きな契機となっている2)。インフォームド・コンセントの骨格が,アメリカで形成されたのが1950年代,今日の概念がほぼ整ってきたのが1970年代である7)

インフォームド・コンセントの歴史—その法理と医学的側面

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.1277 - P.1283

 昔から“「医」は「威」であり,「衣」である(長尾藻城:噫医弊)”といわれたという。「衣」はつつむ,かばうの意と権威の衣の意にも通じる。ヨーロッパの医の倫理の歴史は,紀元前5世紀の「ヒポクラテスの誓い」に遡り,彼の名と共に繰り返し語られてきた。
 「ヒポクラテスの誓い」19)には良医の条件,医道のあり方が説かれており,「能力と判断の限り患者に利益するとおもう養生法をとり,悪くて有害と知る方法を決してとらない。頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない,同様に婦人を流産に導く道具を与えない。―いかなる患家を訪れるときも,それはただ病者を利益するためであり―女と男,自由人と奴隷のちがいを考慮しない。他人の生活について秘密を守る,その誓いを守り続ける限り,いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう……」と述べられている。今日まで語り継がれている赤髭医師の心境は正にこの誓いのとおりであり,これこそは善意のパターナリズムの真髄ともいえる。それゆえ,医師は神のごとく,かつまたカリスマ的存在者であることが長く求められてきたのである。

精神医療におけるインフォームド・コンセントの法的側面

著者: 丸山英二

ページ範囲:P.1285 - P.1291

 本稿はインフォームド・コンセント(医師の説明に基づく患者の同意)の法理について,その一般的理論を概説したのち,精神医療におけるその適用を論じようとするものである。そのさいに扱われるのは,法的要件を定めるものとしてのインフォームド・コンセントの法理である。すなわち,本稿の議論は,法的責任(主として民事責任=損害賠償責任)が課されることを回避するために充足することが求められる要件に関するものに限られる。それゆえに,本稿で述べる要件が満たされても,医学倫理上望ましい医療がそこから生まれるとは限らない。換言すれば,本稿で求められる要件の充足は,望ましい医療の必要条件にすぎず,十分条件ではない,ということになる。

精神障害者にとってのインフォームド・コンセントの意義

著者: 白井泰子

ページ範囲:P.1293 - P.1300

■インフォームド・コンセントに関する基本的視点
 1.医プロフェッションの職業上の義務としてのインフォームド・コンセント
 “疾病構造の変化”や“医療の不確定性の増大”,“価値観の多様化”など医療をめぐる諸要因の変化により,自らの健康の維持・向上あるいは慢性疾患との二人三脚を前提とした生活設計などヘルス・ケアにおける自己管理の重要性がこれほどまでに自覚された時代はこれまでなかった。このような時代において個々人が自らの健康状態や病気の治療に対して自己管理能力を発揮するためには,「患者及び保健プロフェッショナルの相互尊重と参加に基づく共同意思決定」16)によって行われる対処行動としての治療あるいは健康維持活動という発想に立つことが必要となる。それゆえ,インフォームド・コンセントは,まず第一に,こうしたプロセスを実現させるために医師をはじめとする医プロフェッションに課せられた職業上の義務として考えられるべきである。
 インフォームド・コンセントの原理のよって立つ基盤は,①患者個人にとっての福利(personal well-being)と自己決定(あるいは自律性)の増進であり,②(患者・医療者の)相互尊重と参加とに基づく共同意思決定の過程を経たものを有効な承諾とみなす,という考え方である。インフォームド・コンセントは,“十分な情報(治療者からの説明)を受けた上での,患者の自由で自発的な意思決定”(informed choice)であり,Annasら2,3)の指摘にもあるように,“医師の提示する治療法に対する患者の拒否権”に裏打ちされた権利と解すべきである。それゆえこの原理は,“医師-患者関係における信頼の形成と,より良いコミュニケーション確立のための手段”という発想とは全く次元を異にする原理であることに留意しておかなければならない。

精神科医からみたインフォームド・コンセント—アンケートより読みとれるもの

著者: 亀井啓輔

ページ範囲:P.1301 - P.1310

■はじめに
 1990年1月に日本医師会生命倫理懇談会は,「説明と同意」についての報告を公表している。そこに用いられているアンケートは,精神科医療を主たる対象としていない。精神科医療については,一般と異なる条件を持っていることでもあり,厚生科学研究の一分野として「精神科領域における告知同意のあり方に関する研究」を受け持つ班として,新たに精神科医療に関する説明と同意についてのアンケートを,精神科医のみを対象として,1990年12月に実施した。
 1988年7月精神保健法が施行され,入院形態として任意入院を取り入れて告知同意の重要性が強調された。しかし,入院時の処遇や行動制限の様態の告知,入院生活にかかわる患者の諸権利の告知とその同意が主で,必ずしも,病名,治療内容,効果副作用,予後等についての説明を義務づけるまでには至っていないで,各自の裁量に任せられているのが実情である。
 今回のアンケートでは,「説明(告知)と同意」と銘打って,いわゆるインフォームド・コンセントに近い問いかけを行い,説明という言葉の中の内容を,一応回答者の受け止め方に任せることとした。もちろん,23の質問の中には,精神分裂病の病名告知のこと,インフォームド・コンセントという言葉を用いてのものも含まれている。結局は,精神科医療領域にかかわるインフォームド・コンセントを,実務に携わっている精神科医が,現状では,どう考え,どう対応しようとしているかという傾向を考える上での資料とする意図で行われた。
 回答を要請した対象者は,国公立病院,公的病院,大学病院,民間病院,その他センター研究所などから適宜選び,656通送付したのに対し,364(55%)の回答を得た(表)。以下各項目で,数字から読みとれることを研究班の討議の資料とした。特に各質問項目に,自由なコメントを付することを要望したことで,各回答者の自由な見解なり感想なりが述べられて,極めて興味深く参考となった。これらを踏まえて以下7項目に分けて概観することにする。

国連原則と我が国の精神科医の意識

著者: 山上皓

ページ範囲:P.1311 - P.1316

 精神科領域におけるインフォームド・コンセントの重要性が,欧米諸国において盛んに論じられるようになって久しい。イギリスでは,すでに1983年の精神保健法の改正に際し,第4章として「治療の同意」についての規定を設け,精神科治療において患者の人権に十分な配慮がなされるよう,細かな手続きを定めている。筆者は偶々,昨年ブロード・ムア特殊病院を訪ねた際にある精神科医の診察場面を見る機会を得たが,その時の服薬に関する問診の経緯から,同国におけるインフォームド・コンセントの原則の徹底ぶりに,強い印象を受けたことがある。
 ひるがえって我が国の現状をみると,精神科医療におけるインフォームド・コンセントをめぐる論議は,まだようやくその緒に就いたばかりであり,1988年の精神衛生法の改正によって改善がみられたとはいえ1),医療の現場がなおパターナリズムの強い影響下に置かれていることは,我々の行ったアンケート調査からも容易に読み取ることができる。

同意能力と治療拒否権

著者: 高柳功

ページ範囲:P.1317 - P.1323

■はじめに
 医療は医師,あるいは医療スタッフと患者の良い人間関係の上にのみ成立する,とよくいわれる。このことは,とりわけ医師と患者の良い人間関係が,医療の結果に大きく影響することを示しており,実際,臨床的にも良い人間関係がないところに,良い治療効果は生まれないことは広く経験される事実である。これは精神科医療でも例外ではなく,医師と患者の信頼関係が,精神科医療の基本となる。
 幻覚や妄想のために疎外されたり,陰性症状のために,社会的に引きこもったりする患者が,治療者にだけは心を開き,回復のきっかけをつかむことは,臨床的にもよく経験することである。
 医師と患者の信頼関係を作り,発展させるためには,病状や治療方針,今後の見通しについて,医師が十分説明し,患者が理解,納得して同意するという治療過程がなによりも大切である。これは病覚がなく,現実検討が不十分な患者であっても求められるところである。
 しかし,精神科医療では,しばしば病状のため意思疎通が困難であったり,被害感情ゆえに過度に防衛的であったり,しばしば人間関係を保つことが困難となり,治療も難しくなることがある。治療拒否対医療の確保という,一見矛盾した命題に対処しなければならないことも稀ではない。このように考えると,精神科領域は,インフォームド・コンセントに関して最も困難な分野の一つであろう。

研究と報告

行動療法が著効した,読字強迫を伴う強迫神経症の1例

著者: 寺尾岳 ,   大森治

ページ範囲:P.1325 - P.1330

 【抄録】 読字強迫を呈した38歳男性の強迫神経症患者に対し,clomipramineを主体とする薬物療法を行ったが十分な改善を認めなかった。このため,曝露-反応妨害法を取り入れた読書訓練を考案し行ったところ,著明な改善を認めた。このことから,読字強迫を伴う強迫神経症に対して薬物療法により十分な改善が得られない場合,行動療法の併用は試みる価値があると考えられる。

SPECTとEEGで初期病変を観察しえたCreutzfeldt-Jakob病の1剖検例

著者: 谷井靖之 ,   金英道 ,   倉知正佳 ,   川口誠

ページ範囲:P.1331 - P.1338

 【抄録】 症例は65歳の男性。1990年7月頃から視覚障害が出現。8月上旬より急速に痴呆症状が進行したため8月27日当科入院。入院時所見としてSPECTでは左頭頂部に限局した明らかな脳血流低下が認められ,脳波所見では同部位に対応するT5領域にphase reversalを示す鋭波が周期的に出現していた。終夜脳波の解析では,徐波成分のパワーに左右差を認めた。同時期に施行したCTおよびMRI所見では特記すべき所見を認めなかった。右上肢から始まったミオクローヌスはまもなく全身に広がり,脳波所見も周期性同期性放電(PSD)に移行していた。終夜脳波の解析では徐波成分のパワーの左右差がより著明になっていた。呼吸器系の合併症にて10月26日死亡。全経過4カ月。剖検所見では左頭頂葉皮質に最も強い海綿状変性を認めた。これらの所見から,Creutzfeldt-Jakob病にみられるPSDの形成過程初期には,大脳皮質の機能低下が関連していること,さらには早期診断や病態把握にはSPECTおよび終夜睡眠脳波が重要であることが示唆された。

単純ヘルペス脳炎を合併したループス精神病の1例

著者: 小松尚也 ,   児玉和宏 ,   岡田真一 ,   森山稔弘 ,   山内直人 ,   佐藤甫夫 ,   高林克日己 ,   得丸幸夫 ,   金井輝

ページ範囲:P.1339 - P.1345

 【抄録】 SLEによる精神障害(ループス精神病)の診断の下に治療を開始したが,経過中の精神症状と画像所見がループス精神病として典型的でなかった症例を報告した。本症例は身体症状および血清学的・免疫学的検査からSLEと診断されうるが,精神症状としては,多幸的,脱抑制などの性格変化,記銘力,知的能力の低下がみられ,痴呆状態と考えられた。また,頭部MRIでは大脳半球白質内に多発する点状の高信号域と,シルビウス裂周辺を中心とする広範な高信号域の2種類の病変が認められ,当科におけるループス精神病の頭部MRI所見,および他のSLEの頭部MRI所見の報告と比較し,典型例でないと判断された。器質性疾患の合併が疑われたため,諸検査を進めたところ,髄液中の単純ヘルペスウイルス抗体価の上昇が認められた。精神症状,画像所見と併せて,本症例はSLEに単純ヘルペス脳炎が合併したものと判断された。

甲状腺疾患の精神症状

著者: 津村哲彦

ページ範囲:P.1347 - P.1352

 【抄録】 甲状腺疾患による精神障害は,19世紀から観察研究されている。しかし,現代においてもなお,精神症状を伴う甲状腺疾患が見逃されていることも事実である。筆者は,甲状腺精神病4例を紹介し,甲状腺疾患の精神症状について検討した。
 甲状腺疾患に伴う精神症状は,長い経過の中で様々な症状を呈しうるために,種々の診断が下される場合もあり,特徴的な精神症状はなく,様々な精神症状のために見逃されることも少なくない。また,慢性化すれば,人格変化を生じてしまうため,早期に発見して対処しなければならない。
 甲状腺機能は,全身の様々な代謝に影響すると考えられ,臨床現場において種々の精神科疾患の治療の際に考慮に入れておくことも,今後の精神科臨床において重要なことと思われる。

短報

インターフエロン-α-2a投与により幻覚妄想状態を呈したC型慢性肝炎の1例

著者: 山口聡 ,   黒岩千佳

ページ範囲:P.1353 - P.1355

 インターフェロン-α-2a(以下IFNと記す)は,1977年米国ロシュ社による遺伝子組換え技術を用いたIFN量産化により生産されるようになり10),本邦では1991年12月にC型慢性肝炎に対する使用を厚生省が認可して以来,各施設にて現在積極的に治療に使用され,その成果が確認されつつある状況である。しかし,その副作用7)として初期にはインフルエンザ様症状のほかに,長期間歓投与後には中枢神経系,心血管系,腎,自己免疫疾患などの多臓器にわたるものが報告されている5)。精神症状はCantellら2),Madajewiczら6),Rohatinerら11),Smedleyら12)による傾眠,精神錯乱,知覚異常,運動性障害,見当識障害,幻覚,抑うつ状態あるいはうつ病の悪化などの報告があり,また本邦では廣田ら4)がB型慢性肝炎に投与後の精神症状を報告している。さらに脳波検査では異常所見を高率に認めるという報告がある12)。今回,我々はC型慢性肝炎治療のためIFNの投与により,著しい精神症状を呈した症例を経験したので,ここに若干の考察を加えて報告する。

ゾニサミドが著効を示したmigrational anomaly(遊走異常)を伴う難治性部分てんかんの1例

著者: 門司晃 ,   梅野一男 ,   森本修充 ,   田代信維 ,   内野晃 ,   蓮尾金博

ページ範囲:P.1357 - P.1360

 ゾニサミドは本邦で開発された新しい抗てんかん薬で,難治性てんかんにもその有用性が期待されている薬剤である。migrational anomaly(遊走異常)とは神経芽細胞の移動(neuronal migration)の過程で生じる,まれな先天異常であり,schizencephaly(裂脳症),lissencephaly(滑脳症),pachygyria(脳回肥厚症),polymicrogyria(小脳回過剰症),cortical heterotopia(異所性灰白質)などが含まれる。この先天異常は種々の精神神経学的症状を合併することが知られていたが,病理学的分野からの報告がほとんどで,臨床面からの報告はまれであった8)。ところが近年MRIの普及に伴い,詳細な脳内構造の検索が可能になり,非観血的な確定診断ができるようになったため,臨床的な視点からの報告もcortical heterotopiaを中心に行われるようになった1,3,11,13)。今回我々はMRIにてmigrational anomalyを認めた難治性部分てんかんの患者にゾニサミドを使用し,著しい発作抑制効果を認めたので報告する。

紹介

英国における地域での青年力ウンセリング・サービス—英国青年カウンセリング協会(NAYPCAS)に所属する施設の紹介を通して

著者: 青木省三

ページ範囲:P.1361 - P.1365

 思春期・青年期の精神医療サービスには,個人精神療法,集団療法,家族療法など様々なメニューが必要であり,しばしば1人の患者にこれらの複数のものが必要となる。それらのメニューの1つとして,筆者らは青年たちの集う「たまり場」について報告してきた1〜3)。ここでいう「たまり場」とは,青年にとって安全で保護された「場」であり,同時にその中では何もしなくてもよいという自由が保障されている「場」を指している。このような「たまり場」が地域の中にあれば,かなりの不登校の青年たちが,引きこもった時間を彼らの成長にプラスなものに変えられるのではないかと思うし,実際に地域の中の居場所づくりは全国的に進みつつあるという印象を受ける。しかし,この地域の中の居場所や「たまり場」は依然として手探りの状態であり,その運営方法や経済的問題などには今後の課題が多いように思う。
 筆者は1988年と1990年から1991年とにかけて,英国の思春期・青年期精神医療サービスを勉強する機会を得たので,地域の中にある小規模なサービス,特に「たまり場」的なものについて調べてみた。その結果を若干,紹介してみたい(なお,青年期治療ユニットについては別に報告した5))。

動き

第2回International Conference「Schizophrenia 1992」に参加して

著者: 名嘉幸一

ページ範囲:P.1366 - P.1367

 1992年7月19〜22日,カナダのバンクーバーで「Schizophrenia 1992:Poised for Change(精神分裂病1992-変化への態勢を整える)」と題する第2回International Conferenceが開催された。当conferenceはカナダ・ブリティッシュコロンビア(以下B. C. と略)州精神保健協会主催,B. C. 州厚生省とB. C. 大学精神科の共催によるものであった。
 会議には,世界37カ国から1,500名の関係者が参加した。プレナリースピーカーやシンポジスト,一般演題の発表者の構成からみる参加国を列挙してみると,カナダ,アメリカ,イギリス,アイルランド,スコットランド,アイスランド,スウェーデン,ベルギー,フランス,ドイツ,オーストリア,オランダ,スペイン,スイス,イタリア,ソ連,ウクライナ,ポーランド,イスラエル,ユーゴスラビア,トルコ,ハンガリー,チェコスロバキア,オーストラリア,ブラジル,アルゼンチン,メキシコ,そしてアジアからはインド,日本,台湾,中国,韓国といったところであった。最大の参加国はもちろん開催国カナダであるが,全体としてヨーロッパ勢が大勢を占め,中南米,アジアからの発表者はわずかであった。

「第16回日本神経心理学会総会」印象記

著者: 田辺敬貴

ページ範囲:P.1368 - P.1369

 ちょうど筆者が大学を卒業した1977年,東京大学の豊倉康夫教授と京都大学の故大橋博司教授を中心に数十名の有志が集まり懇話会として発足したと聞く本会は,年々発展し現在会員数1,500余名の学会となっている。第16回の本学会は,1992年9月17,18日の両日,千葉大学平山惠造教授会長のもと,千葉の幕張にある海外職業訓練協力センターOverseas Vocational Training Association(OVTA)にて開催された。今回は平山会長の発案で,約400名が宿泊可能な当施設でイブニングセミナーという新しい試みがなされた。
 数年前より100題を超すようになった一般演題数は今年は130題を数え,650余名の多数が参加し,本会では恒例となったカセットやVTRによる生のデータを混じえ,A,B 2会場に分かれ,活発な討論がなされた。一般演題では,とりわけ記憶障害の演題数増加が目立ったが,加えてここ数年来の傾向である変性疾患による巣症状への関心も目を引いた。前者に関しては,TulvingやSquireらの記憶理論による新しい展開ないしは見直し,一方後者に関しては,近年の形態的のみならず機能的画像診断法の進歩により,Alzheimer病をはじめとする脳変性疾患においても生前に臨床解剖学的対応が可能になったことが,大きな要因として挙げられる。脳科学が飛躍的進歩を遂げた現在,先人の主張あるいは意見を今の我々の目であらためて見直すことも,我々に課せられた義務,本当の意味での温故知新ではなかろうか。

「精神医学」への手紙

Letter—Tiapride追加により悪性症候群を生じたアルツハイマー型老年痴呆の1例

著者: 今泉寿明 ,   伊藤榮彦

ページ範囲:P.1338 - P.1338

 症例は85歳,男性。1989年から徐々に認知障害,暴力行為が出現し当院へ入院となった。idebenone,vinpocetineにhaloperidol 2mg/dayを加え,約1年半にわたり逸脱行動はおおむね管理されていた。1992年初め頃から再び暴力行為が散発するようになり,上記処方にtiapride(TPD)50mg/dayを追加,9日目に75mg/dayへ増量した。TPD開始後27日目(増量後16日目)から,鉛管様筋強剛,発熱(最高39.1℃,おおむね37℃台),上半身の発汗,血圧上昇,昏睡から傾眠レベルで変動する意識障害,CPK上昇(1,951IU/l,MM型99.2%)が出現し,悪性症候群(SM)と診断された。経口薬をすべて中止し,補液,抗生剤,dantrolene40〜80mg/day静注にて対応したが軽快せず,6日目に肺炎を併発して昏睡が続き,11日目に死亡した。
 アルツハイマー型老年痴呆に合併したSMは,本邦では2例の既報告がある1,2)。本例ではSMの症状は典型的であり,診断に困難はなかった。SMの原因と推定されるTPDは,sulpirideと同じくbenzamide系化合物に属し,強力なdopamineD2受容体遮断作用を有し,特に老齢者の攻撃的行為,精神興奮を標的に広く用いられている。精神科以外の医師は,抗精神病薬の投与に強い抵抗を感じるのが常であるが,構造,作用上は抗精神病薬に準ずるTPDについては比較的安易に用いる傾向がある。現状では,老齢者のSMは抗精神病薬の使用頻度を反映して低く,TPDによる老齢者のSMも現在までに2例の報告があるのみである1)。しかし,今後,TPDの広範な使用を反映して症例が増加する可能性があり,特にSMに通暁しない精神科以外の医師への啓蒙が必要と考えられる。

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精神医学 第34巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

KEY WORDS INDEX

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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