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雑誌目次

論文

精神医学34巻3号

1992年03月発行

雑誌目次

巻頭言

再び「エッセイとコンピューター」について

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.236 - P.237

 今から24年前の本誌の巻頭言に,「エッセイとコンピューター」(10:522,1968)という記事を書いたことがある。それは要するに,エッセイイズムがすぐれて直観的な体験に基づく論旨を,独自のキーワードを駆使して魅力的な仮説として展開する―例えば「関与しながらの観察」や「二重拘束説」―のに対して,コンピューティズムは臨床的,実験的事実を数量化し,高度の数理統計学を駆使して,因子分析,相関係数,クラスター分析などの結果から,ある仮説を導き出す方法である。エッセイイズムは優れたレトリックによって楽しく読ませ,納得させるが,その実証性については必ずしも定かではない。コンピューティズムは,本来「質」的な現象を量化することによって,数量的な分析に根拠を求めるが,質を量化する過程が常に批判の対象となる。

研究と報告

精神分裂病患者の描画における重なり表現の欠如

著者: 横田正夫

ページ範囲:P.238 - P.245

 【抄録】 精神分裂病患者の描画の空間表現の歪みと認知障害との関連を調べるために2つの実験(実験Ⅰ・Ⅱ)を行った。実験Ⅰでは,分裂病患者45名と正常者40名を対象に,空間的な前後関係の表現を求める2課題,二次元的図課題(円課題)と三次元的図課題(カップ課題)を与えたところ,いずれの課題においても分裂病患者では正常者より重なり(空間統合)表現の出現率が乏しかった。実験Ⅱでは,空間統合の促進条件の検討のために,分裂病患者20名と正常者30名を対象に,空間的な前後関係の表現を求める新たな三次元的図課題(四角柱課題)と描画要素の描画位置を規定する2つの二次元的図課題(分離円課題,重なり円課題)を与えた。分裂病患者における重なり表現の出現率は,実験Ⅰの二次元的図課題に比べると,実験Ⅱの三次元的図課題では増加し,二次元的図課題では減少した。このことは,分裂病患者の二次元的図における重なり表現困難を示し,患者の図と地の関係把握(認知)障害を示唆した。

精神疾患入院患者の診断別在院期間の年次推移

著者: 藤田利治

ページ範囲:P.247 - P.257

 【抄録】 入院から退院までの期間を「在院期間」と呼び,ある時点の在院患者での入院時点からその時点までの期間を「継続在院期間」と呼ぶことにする。本報告では,厚生省「患者調査」を用いて,1974年以降の在院期間および継続在院期間の年次推移を傷病小分類別に推計した。
 「精神分裂病」「精神薄弱」「てんかん」では退院までの在院期間は経年的にやや短期化したにもかかわらず,在院患者の継続在院期間は長期化の一途をたどった。「その他の精神病」と「神経症」では在院期間の変化を伴わない入院患者数の増加とその結果としての在院患者数の増加がみられ,継続在院期間の長期化が進行した。「躁うつ病」では入院患者数および在院患者数とも経年的に増加したが,在院患者での継続在院期間の著しい長期化は認められなかった。「老年期および初老期の器質性精神病」と「その他の非精神病性精神障害」では入院患者数の増加が極めて激しく,継続在院期間が短い在院患者割合が相対的に増加した。「アルコール精神病」と「アルコール依存」では入院患者数および在院患者数に大きな変化はなかったが,継続在院期間の長期化が進行した。

非定型ピック病の1剖検例

著者: 小田原俊成 ,   小阪憲司 ,   藤井俊一

ページ範囲:P.259 - P.264

 【抄録】 非定型的な神経病理学的所見を呈したピック病の1剖検例を報告した。症例は74歳,女性。物忘れで発症し進行性の痴呆を呈したが,人格変化や滞続言語は認められず,アルツハイマー病と診断された。しかし,アルツハイマー病としても若干非定型的な点も認められた。神経病理学的には前頭葉眼窩面および側頭葉の限局性脳萎縮,同部位に強調される神経細胞の脱落,皮質下白質の高度なグリオーシスからピック病と診断された。しかし,海馬付近に限局した多数の神経原線維変化の出現やマイネルト基底核,青斑核の強い病変に加え,両側の錐体路変性など,通常ピック病にはみられない特異的な所見が認められた。

短報

Brotizolam投与後出現した健忘を主症状とする異常行動の2症例

著者: 森川恵一 ,   松原六郎 ,   村田哲人 ,   貴志英生

ページ範囲:P.265 - P.268

■はじめに
 Brotizolam(レンドルミン®)は,西ドイツのべーリンガーインゲルハイム社が開発したthienotriazolodiazepine系の睡眠導入剤である。作用は,既存のbenzodiazepine誘導体と類似であり,生物学的半減期は7時間とされている。金ら8)は,本剤を不眠症患者に投与し,終夜睡眠ポリグラフィーの自動解析の結果,入眠の改善,中途覚醒の減少,徐波睡眠の増加がみられたと報告している。近年,triazolam6,7,14)をはじめ,benzodiazepine誘導体の記憶障害との関連4,17)が注目されてきている。今回,我々は,brotizolam投与後,健忘を主症状とした異常行動を呈した2症例を経験したので,ここに若干の考察を加えて報告する。

診断困難であった脳炎後小児てんかんの1例

著者: 高浜浩輔 ,   辻昌宏 ,   浦上裕子 ,   岡田滋子 ,   井上令一

ページ範囲:P.269 - P.272

 8歳時に視力障害で発症し,以後けいれん発作を含む多彩な臨床症状・経過と興味ある脳波所見を示した小児例を報告する。

紹介

メキシコにおける喫煙,アルコール,薬物の問題—精神保健の動向として

著者: 角川雅樹

ページ範囲:P.275 - P.282

■はじめに
 先に筆者は,「メキシコにおける精神保健の動向」と題して,ラテンアメリカの一国メキシコにおける精神保健の問題について,その概要を紹介した7)
 その後,メキシコでは精神保健全般について全国的な実態調査が行われ,最近になって,その詳細が段階的に発表されている。今回とりあえず,これまでに報告された喫煙,アルコール,薬物について,すなわち「依存」の問題を中心として,以下に紹介することにしたい。

動き

[海外留学体験から]—日独の治療態度の相違—その文化的背景と相互理解

著者: 児玉佳也

ページ範囲:P.283 - P.286

 ドイツ精神医学の輸入をもって日本の精神医学は始まり,そしてドイツの精神医学は今なお世界中に大きな影響を及ぼしています。私は1989年から1991年にかけて2年間というごく短い間ではありますが,ドイツに暮らし,精神医療の現場を見聞する機会を得ました。そこには私の憧れや想像とは違ったいくつかの意外な発見がありました。
 外国人として異国に一人暮らして,日本人とドイツ人との違い,異質性に気がつくのは当然です。まず両者の異質性について私の実際のカルチャーショックを例に挙げ,考えてみたいと思います。

「第32回日本児童青年精神医学会」印象記

著者: 小林隆児

ページ範囲:P.288 - P.289

 一昨年,京都にて国際児童青年精神医学会が開催され,本学会がその中心的役割を果たし成功裏のうちに幕を閉じた。その翌年の学会ということで会員の積極的な参加が得られるかどうかを心配する向きもあった。プログラムの全体を見た第一印象は,どうもあまり練り上げた研究発表は多くないなというものであった。
 演題をテーマ別に多かったものから順に挙げてみると,自閉症12題,登校拒否12題,臨床統計8題,心身症7題,摂食障害7題,心理7題,障害児・発達7題,症例・治療6題,抑うつ6題,入院治療5題,青年期4題,地域・社会4題,精神分裂病3題,強迫3題,学校精神保健3題,発達2題であった。この傾向はほぼ例年と変わらないように思われたが,難民の子供とその家族への援助(猪俣丈二氏ら)や帰国子女の問題(佐々木干治氏ら)など新しい課題への取り組みも報告されていた。しかし,一昨年の国際学会で世界中からの報告を聞いていると,本学会が取り組まなければならない課題は実に広範囲にわたっていることをあらためて認識させられたが,その点からすればまだまだ我が国の学会が取り組んでいる領域はかなり限定されたものになっていることを痛感したのである。

シンポジウム 境界例の診断と治療

「境界例」概念をめぐって

著者: 藤縄昭

ページ範囲:P.291 - P.292

 一昨年度の,第19回東京都精神医学総合研究所シンポジウムは1990年12月1日,野口英世記念会館で行われ,その主題は「境界例の診断と治療」であった。近年,「境界例」問題は精神医学の今日的なトピックの1つとして,いろいろな学会のシンポジウムで取り上げられ,また多くの訳書,著書が出版されている。これだけ多く語られるのだから,境界例概念はすでに,我が国の精神科臨床において市民権を得,臨床家の共有財産となっているように思われるが,ことはそう簡単でない。境界例概念を全然使わずに診療している精神科医もあれば,意識的に拒否している人もある。境界例概念に親和性のある人でも,繰り返しいろいろな角度から,この概念を議論しなければならないほど,混乱もしている。都精神研のシンポジウムでは,否定的意見を述べる人はいなかったが,多面的な角度から議論していただけるように演者を選んで企画されたものの,それでもなお多くの問題を残したままに終わった。
 境界例の問題は,最近のトピックであるといったが,実は我が国においても30年来議論されてきた古くて,しかも新しい問題である。その事情は小此木啓吾教授がまとめてくださった。境界例概念の発祥の地である,アメリカにおけるその概念の変遷は都精神研の皆川邦直氏のレビュウに詳しい。今日ではDSM-Ⅲ(-R)が普及するとともに,その中で公認された「境界性人格障害」が通用するようになり,「境界例」概念についても疑問を持つ人は減り,一見市民権を得はじめているように思える。しかし,文献的にみて,その症例報告を丹念に読むと,必ずしも均質な病態として把握されていないように思われるところがあるし,著者によってはそれぞれに,自分の「境界」概念を持っておられるように見える節がある。とくに,詳しい症例研究を基礎に,ご自身の見解を発展しておられる研究と,症例を多く集めて統計的手法を借りながら,境界例の特徴を導き出そうとしておられる研究において,それぞれに対象となっている「境界例」は同じでないように見える。

境界例の概念とその変遷

著者: 小此木啓吾

ページ範囲:P.293 - P.300

■はじめに―“borderline”の多義性
 精神医学におけるborderlineの概念はまことに多義的であり,時代的にも幾多の変遷がある。まずそれぞれの流れを概観すると次のようである。
 第1に,1980年代から現在,最も広く流布しているのは,DSM-Ⅲのパーソナリティー障害の1型として挙げられた,境界パーソナリティー障害の診断基準にのっとって,臨床的に症例を診断し治療する流れである。DSM-Ⅲの中に境界例が位置づけを得たことによる影響は多大であるし,また,この診断基準に該当するような症例が,診断場面に急速に増加したのもまた事実である。

操作的診断と境界例

著者: 三宅由子

ページ範囲:P.301 - P.309

■はじめに
 精神科疾患における診断分類の問題は,繰り返し議論されてきた10)。それは精神障害とは何か,どうとらえるのが妥当60)かという,容易には答の出ない問題と深く結びついている。精神科で扱われる障害の多くは,客観的な検査や病理をもたらす器質的変化を証明できるものがなく,通常の医学モデルに則った疾患単位を定義することができない。ここで取り上げる境界例やパーソナリティ障害もそこに含まれる。このような状況の中でどんな診断分類が有用かを考える場合,ふたつの側面を考慮する必要がある。そのひとつは臨床場面における診断であり,もうひとつは研究に用いるための診断である。この両者は,あまりにかけはなれていては意味がないが,先に述べたような疾患単位を決めることのできない状況の下では,この両者を分けて考えることが混乱を避けるためには有用であるように思う。医学研究は最終的には臨床に戻ることが期待されて当然だが,その過程では研究上必要とされる分類と,臨床場面で役立つ分類がいつも一致するとは限らない。
 臨床診断は治療方針を立てるためになされる。臨床家が臨床診断のために必要な情報を患者から収集する際には,その人独自のある枠組を持っている。その枠組は個々の治療者が教育を通じて獲得し,その後積み重ねた経験の総体である。したがってそれは最終的には一人ひとりの治療者に固有のものであり,またそこに個々の治療者の独自性が発揮される。臨床場面ではある臨床家が境界例と呼ぶ病態と,別の臨床家の境界例が異なっていても,あまり問題ではない。しかしそこで新しい知見が得られた場合,その事実を人に伝え一般化し,それについて研究するためには,診断に客観性や再現性を持ち込むことが必要になる。

イギリスにおけるいわゆる「境界例」研究について—症例を中心に

著者: 衣笠隆幸

ページ範囲:P.311 - P.317

■はじめに
 本稿においてはイギリスにおける「境界例」について,臨床症例を中心に考察を加えてみたい。そのためには,いくつかの問題点がある。
 1.アメリカにおける「境界例」の定義上の不統一(詳細は他の論文に譲る)7〜9)
 「境界例」の研究は主としてアメリカで行われてきたものであるが,歴史と共にその定義が異なり,現在も統一をみていない。その1つは1950年代の「境界例」研究で,これは神経症と分裂病の境界にある潜伏性分裂病の研究である。この意味の境界例研究は現在はあまり活発には行われていない。

境界例の今日的課題

著者: 皆川邦直

ページ範囲:P.319 - P.330

■境界例概念の変遷
 我が国では井村37)が,Hochらの偽神経症性分裂病32〜34),Zilboorgのambulatory schizophrenial29,130)と,Knightの境界状態55,56)を中心に境界例概念を紹介した。続いて武田は,境界例(境界線症例)116)の臨床記述をしたが,Shenken105)の考えをも参照して,仮性神経症型,妄想反応型,混合型(中間型)3型に分類した。
 ところでHoch,Zilboorg,Bychowsky5,6)らは境界例を分裂病概念の内側ないし辺縁にあるものとしてとらえていたといえるが,この流れはKetyらの境界分裂病50,122),ならびに分裂病型パーソナリティ障害110,111)に至るといえよう。我が国では武田,小此木-岩崎94),三浦-小此木ら74〜77),笠原-藤縄ら12,43),安永124),神田橋41,42),河合47),船橋-村上ら13,44,84)などの研究を含めることができる。

討論:境界例問題の現在

著者: 林直樹

ページ範囲:P.331 - P.336

■はじめに
 境界例は精神医学の分野で特別に活発な議論が展開されている領域の1つである。しかしその議論は錯綜,混乱していて,その落ち着き先は現在もなお定まる気配がないというのが正直な印象であろう。それはまた現代という時代の影響を色濃く受けている存在であり,この時代を象徴するものになっている観がある。本稿ではこのような境界例概念が現在抱えている混乱や矛盾,そしてその課題について,これまでに展開された境界例に関する議論に沿いながら討論を進めたい。

「精神医学」への手紙

Letter—ヒステリーは減少したのか?

著者: 小川雅美

ページ範囲:P.264 - P.264

 近年ヒステリーの減少が指摘されているが,ヒステリーは本当に減っているのであろうか。ある意味ではそうであり,ある意味では違うと答えるのが正解のようである。すでに発表した武蔵野赤十字病院での統計資料1)によれば,ヒステリー(ICD-9で診断)は1986年11月から1989年4月までの2年6カ月間に初診した患者の2%(2,357名中47例)に上り,内科,脳外科などの他科からコンサルテーションを受けることの多い(47例中32例が紹介)重要な疾病である。
 特徴としては30歳以下の若年者が圧倒的に多く(76.6%),発病初期の段階(33例が発病から3カ月以内に受診)で,多くが他科経由で精神科を受診しており,短期間に症状の消失する軽症例がほとんどであること(65%は3カ月以内に軽快)である。転換型ヒステリーもさることながら心因性健忘などの解離型ヒステリーが多いのも特徴である(43.1%が解離型)。ところが入院中心の精神科専門施設である多摩中央病院の資料によれば,ヒステリーの頻度はより少なく,慢性例,難治例が多い。またヒステリーが部分症状で診断的には心気症,人格障害(境界例)の症例が多い(詳しい統計資料は現在集計中である)。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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