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雑誌目次

論文

精神医学34巻6号

1992年06月発行

雑誌目次

巻頭言

カルテはだれのもの?

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.568 - P.569

 カルテ(診療録,medical records)が患者のためのものであることは分かりきったことである。では,だれのものか?とあらためて問われると,一瞬答えに窮する。カルテと患者はどういう関係にあるのか? カルテを患者は自由に閲覧する権利を持つかどうか,といった問題が伏在しているからである。
 神奈川県は1990(平成2)年3月,全国でも先進的な個人情報保護条例を施行した。個人の情報を保護するということは,表裏一体として「自己情報の開示」を必要とする。プライバシーを守るということをきちんと実行するためには,自分以外の人が自分に関してどんな情報を握っているかを,本人が知る権利を認めねばならない。県の機関が持っている個人情報の開示を,その個人本人が希望し,必要に応じて訂正を求める権利を条例で定めたのである。

展望

自閉症の内的世界

著者: 杉山登志郎

ページ範囲:P.570 - P.584

■はじめに
 1980年代後半は,自閉症研究における第3の転換点といわれた。周知のように,自閉症研究は,1943年のKannerによる11名の早期幼児自閉症の記述に始まった。Kannerの論文から20年余りの間,自閉症は非常に稀な後天性の情緒障害であると考えられ,その病態の中心は自閉的対人関係の引きこもりであると考えられた。またこの時期,自閉症と児童分裂病とは同義語となっていた。しかし追跡研究が進むにつれて,第2の転換点が訪れた。1960年代後半になって,自閉症は先天性の発達障害であることが明らかとなり,また彼らが様々な認知障害を有することが示された36)。ここで,Rutterによる認知・言語障害説が登場し,自閉症の病因的中心は社会性の障害(自閉性)ではなく,言語コミュニケーションの障害であるという,コペルニクス的転換がなされたと信じられた63)。またKolvinら54)の詳細な研究は,自閉症と児童分裂病とが明らかに異なった病態であることを示した。ところがこの認知・言語障害説はその後のさらに20年間の研究の中で,再び修正を余儀なくされていった。受容型発達性言語障害との比較からは,言語障害がそれのみでは自閉症のような社会性の障害を引き起こさないことが示され10,16),また正常知能自閉症の研究からは,知能と社会性がある程度独立のものであること,言語能力や論理的思考力が,普通者に比して劣らない症例においてもなお,彼らの社会的適応が決して良好でないことが示された82)。こうして1980年代後半には,自閉症の病因的中心は言語コミュニケーションの障害から,自閉性すなわち社会感情の障害に基づく対人関係の障害へと逆戻りした。さらに自閉症が当初考えられていたほど稀な病態ではなく,広範な裾野を持った普遍的な症候群であることも明らかになってきた。
 Kannerの最初の記述から今日まで,半世紀余りの間,自閉症は常に変わらず児童精神医学のメインテーマであり,量質ともに膨大な研究が行われてきた。自閉症に関する関心は,我が国でも,海外においても強まりこそすれ減弱する様子はみられない。国際誌に記載される自閉症に関する論文は年間約150本余りに上り,専門誌(Journal of Autism and Developmental Disorder)を除いても,この数年以内に,筆者が知るかぎりだけでもいくつかの特集5,72,96,97)が組まれ,また展望33,86)が著わされている盛況である。ここで総括的な展望を行うことは,まさに屋上屋を重ねると言わざるをえないであろう。そこで,この小論では自閉症の内的世界という点に絞って展望を試みてみようと思う。自閉症児,者には世界がどのように体験されているのであろうか?自閉性と呼ばれる社会感情の障害を形作る中心はどのようなものであろうか?言うまでもなく,この問題は自閉症の本態そのものをめぐる問題であり,いまだに明確に答えられてはいない。自閉症の精神病理に関する研究は,自閉症研究の第1段階において精神分析的な立場からなされ,それ以後中根63)の労作を唯一の例外としてほとんど顧みられることがなかった。だが約半世紀の自閉症研究を経て,今日我々は,彼らの内的な世界を垣間みるに足る十分な資料がある程度そろっているのではないだろうか。自閉症の内的世界を中心としたために,この小論では自閉症研究の大きな一部分(例えば生化学的研究,治療研究など)には触れていない。これらの不足部分については,他の特集を参照されたい。

研究と報告

精神分裂病患者の離職—要因,予測因子,予後

著者: 片山成仁 ,   宮内勝 ,   安西信雄 ,   池淵恵美 ,   熊谷直樹 ,   佐野威和雄 ,   中嶋義文 ,   中島亨 ,   濱田龍之介 ,   本多真

ページ範囲:P.585 - P.590

 【抄録】 東大病院精神神経科デイホスピタルを終了後にいったん就労し,離職経験のある41名の精神分裂病患者を対象に,離職率,離職要因,離職の予想因子,離職の影響について調査,検討した。
 その結果,精神障害に基づく離職には,①対人過緊張から同僚に対して被害的となり疲れ果ててしまう。②職業能力,意欲が低く,職業遂行不能となる。③精神症状の増悪から,妄想的,空想的となる。との3つのパターンがあった。また増悪または対人過緊張がみられる時は高率に離職することが分かった。診断の下位分類によって離職の仕方に差はみられなかった。離職後に精神症状が悪化することは少なく,医師患者関係も変わらず,就労意欲も保たれる場合が多いことが分かった。

精神分裂病の予後とその背景因子—非入院患者を包括した東北大学外来症例195名の分析

著者: 吾妻淳一 ,   岩舘敏晴 ,   斎藤弘之 ,   二木文明

ページ範囲:P.591 - P.597

 【抄録】 入院経験の有無にかかわらず,非入院患者も包括して当科通院の精神分裂病患者195名について,当科初診から5年後および最終受診時の精神症状と社会適応性を調査し,あわせて精神分裂病の経過に影響を与えていると考えられる各背景因子と転帰との関連について検討した。発病年齢の高い患者,男性よりも女性のほうが社会適応性は良好であった。経過型では,波状型,混合型,単純型の順に症状と社会適応性が良好であり,服薬と通院は不定期よりも定期,婚姻状況では非婚姻者よりも婚姻者,就労状況では無職の者よりも定職者がそれぞれ症状と社会適応性が良好であった。当科で初めて治療を受けた110名のうち外来のみで支えた非入院群が41名(37.3%),入院群が69名(62.7%)で非入院群が約4割に迫る結果となった。入院群と非入院群を比較すると,各背景因子は有意な差を認めなかったが最終時症状は非入院群のほうが入院群よりも良好であった。

同一個人を対象とした多施設間でのERP測定結果の比較—P 300成分に関する検討

著者: 佐々木司 ,   平松謙一 ,   林田征起 ,   岩波明 ,   市川郁夫 ,   塚原靖二 ,   中込和幸 ,   斉藤治 ,   穴見公隆 ,   本田秀夫 ,   福田正人 ,   丹羽真一 ,   伊藤憲治

ページ範囲:P.599 - P.607

 【抄録】 異なった施設間での事象関連電位(ERP)データの比較可能性を検討するため,測定方法を日本脳波筋電図学会の標準的測定法を基にできるだけ統一して,同一被検者のERPを5つの施設で測定し,P 300成分の一致度を検討した。対象は健常成人男性5例で,ERP課題にはoddbal1課題(鍵押し課題)を用いた。その結果,同一被検者におけるP 300成分の出現の有無については,視察的にいずれの施設でも一致した結果が得られた。さらにP 300頂点潜時と振幅値のバラツキおよび施設間の一致度を,分散分析とその結果を基に計算した級内相関係数を用いて検討した。その結果,潜時・振幅ともに施設間のバラツキは被検者間のバラツキよりも小さく,級内相関係数でみても比較的良好な施設間の一致度が得られた。今後より高い一致度を得るために必要な条件についても検討を行った。

精神分裂病患者の聴覚性文章記憶と視覚性図形記憶

著者: 松井三枝 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.609 - P.613

 【抄録】 精神分裂病患者の文章記憶と図形記憶について,再生と再認双方を検討した。対象はDSM-Ⅲ-Rで精神分裂病と診断された16名と健常者16名。①文章課題として天気予報の話題で情動性の少ないニュートラルな短文を作成し,テープ・レコーダーで記憶文章を各対象者に聞いてもらい,その後,再生テストならびに再認テストを行った。②図形課題としてBenton視覚記銘検査図版10枚の10秒提示の即時再生ならびにmultiple choiceによる再認テストを行った。その結果,文章記憶課題では意味再生率と形式再生率ともに分裂病群のほうが健常群よりも有意に小さかったが,再認率には有意差がなかった。図形記憶課題では,再生において分裂病群のほうが健常群よりも正答数が有意に少なく,誤謬数が有意に多かったが,再認成績では有意差は認められなかった。以上の所見からいずれのモダリティにおいても情報処理過程における検索時の問題が示唆された。

精神分裂病患者の家における感情体験

著者: 横田正夫

ページ範囲:P.615 - P.625

 【抄録】 精神分裂病患者の家における感情体験を調べるために,分裂病患者37名,正常者34名に感情体験検査を実施した。この検査では,各被験者に,家の中の10場における20感情のそれぞれの体験の有無を判断させた。感情の出現率の検討から,分裂病患者は緊張の場で脱緊張,弛緩の場で緊張を体験し,感情が場にそぐわないことが示された。場に関連した感情の分化度の検討から,分裂病患者では正常者に比べ場によって感情が分化していないことが見いだされた。以上のことは,数量化Ⅲ類を使用した場と項目の全体的関連についての分析の結果,感情の未分化なためでなく,場の未分化なためであることが示唆された。したがって,分裂病患者の感情障害は,感情の体験構造の歪みにあるのではなく,感情表出のための場が分化していないことに存すると考えられた。

抗精神病薬大量投与中の精神分裂病患者にみられた熱射病の1例

著者: 白石弘巳 ,   長島薰 ,   仲谷誠 ,   一瀬邦弘 ,   栗田慶子 ,   栗田正文 ,   融道男

ページ範囲:P.627 - P.635

 【抄録】 Phenothiazine系の抗精神病薬などを大量に服用中,真夏日の午後戸外に出た後,突然40℃を越える高熱,意識障害,発汗障害を呈し,熱射病を合併した38歳の男性精神分裂病患者の1例について報告した。この症例では,横紋筋融解症の病態が認められたが,救命救急センターに移送し,急性腎不全やDICの併発は未然に防ぎえた。
 分裂病患者の高温環境下での不適切な行動や,向精神薬の使用が熱射病罹患の危険因子になることを述べた。特に,抗精神病薬による抗ドーパミン作用が視床下部の体温調節中枢を抑制し,末梢への抗コリン作用や抗α交感神経抑制作用による修飾も加わり,熱射病の発症に関与すると考え,悪性症候群との関連について考察を行った。精神分裂病患者に抗精神病薬を投与する場合,悪性症候群のほか,熱射病の合併にも十分な注意が必要であることを指摘した。

摂食障害患者における骨塩量減少とその発症機序について

著者: 切池信夫 ,   池谷俊哉 ,   中筋唯夫 ,   中西重裕 ,   川北幸男

ページ範囲:P.637 - P.643

 【抄録】 Anorexia nervosa 11例,anorexia nervosa+bulimia nervosa 18例,bulimia nervosa 7例と健常女性10名についてdual photon absorptiometry(DPA)により第2〜4腰椎および全身の総骨塩量を測定し,骨塩密度と臨床諸要因との関連について検討を加えた。anorexia nervosa群とanorexia nervosa+bulimia nervosa群の第3腰椎,第2〜4腰椎の骨塩量ならびに骨塩密度と全身の総骨塩量は,正常体重bulimia nervosaや健常対照群に比し低値を示した。そしてこれらの患者の第3腰椎の骨塩密度は,体重とは正の相関を,罹病期間と無月経の期間とは負の相関を示した。そしてDPA施行6カ月前の日常生活における活動性が高かった群が低かった群より有意に高値を示した。さらにCa代謝に関連する主なホルモンのうちエストロゲンが全例において異常低値を示した。以上の結果より,摂食障害患者にみられるosteoporosisの発症機序について若干の考察を加えた。

老年期の機能性精神疾患と多発性脳梗塞およびその危険因子についての検討

著者: 藤川徳美 ,   藤田康信 ,   安常香 ,   柴田庸子 ,   東方田芳邦 ,   山脇成人

ページ範囲:P.645 - P.649

 【抄録】 初老期以降に精神症状で発症した患者にMRIを施行し,多発性脳梗塞の合併率およびその危険因子に焦点を当て研究を行った。対象は,50歳以降に抑うつ状態,躁状態,幻覚妄想状態,神経症症状で発症した42例の患者で,全例にMRIを施行した。ストロークの既往のある患者,痴呆ならびにアルコール症の患者は対象から除外した。方法はMRI所見をT2病変5個以下の正常・軽度異常群と6個以上の多発性脳梗塞群に分類し比較検討した。結果は,全42例中32例(76%)に中等度以上の多発性脳梗塞を認め,脳血管障害が精神症状発症の原因となったと考えられた。危険因子について正常・軽度異常群と多発性脳梗塞群で比較すると,各々高血圧は2/10(20%)と9/32(28%),糖尿病は1/10(10%)と2/32(6%),高脂血症は5/10(50%)と16/32(50%),凝血学的異常は0/10(0%)と13/32(41%),アポ蛋白異常は2/10(20%)と16/32(50%)であり,凝血学的異常,アポ蛋白異常は多発性脳梗塞の危険因子になると考えられた。

子どもの強迫神経症に関する1考察—森田理論の立場から

著者: 清水健次 ,   松本英夫 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.651 - P.659

 【抄録】 DSM-Ⅲ-Rに基づいて,15歳以下の児童期に発症したと診断される12例の子どもの強迫神経症を対象にして検討した。巻き込みの程度に着目して症例を観察し,森田理論から説明を試みたところ,巻き込みがないかあっても軽度であり,森田理論で説明可能である群と,巻き込みを中等度以上認め,森田理論で説明できない群の2群に大きく分類された。そこで前者をA群,後者をB群として詳細に比較・検討した結果,以下の特徴が明らかになった。①森田理論で説明可能なA群は受診に至る経過がB群に比べて長く,発症の契機を有するものが多い傾向があった。②A群はB群に比べ第1反抗期を有するものが多かった。成人と同様な森田機制で説明されるA群には今後,森田療法に準じた対応が有効である可能性が示唆された。

短報

アルツハイマー病患者に併発した悪性症候群の1例

著者: 須貝佑一 ,   長尾佳子 ,   竹中星郎

ページ範囲:P.661 - P.663

■はじめに
 俳徊と暴力行為が頻回なため,少量のhaloperidolを使用した男性アルツハイマー病患者に流誕と微熱,発汗,嚥下困難,姿勢異常の増悪がみられ,約1週間持続した。生化学的検査より悪性症候群と考えられた。アルツハイマー病の経過は約6年で,すでに姿勢異常や言語崩壊もみられる病後期の段階で,臨床症状のみからは通常の錐体外路系の副作用と区別し難く,悪性症候群とは断定しにくい症例であった。痴呆患者の増加に伴い向精神薬を使用する機会も多くなっているものと推察されるが,痴呆患者に併発した悪性症候群の報告は意外に少ない。本症例のような軽症の病態が潜在していることも考えられ,症例を呈示して注意を喚起したい。

精神症状を呈した筋緊張性筋ジストロフィーの1例

著者: 寺島康 ,   小泉準三 ,   白石博康 ,   鈴木利人 ,   川上倖司

ページ範囲:P.665 - P.667

■はじめに
 筋緊張性筋ジストロフィーは1909年初めてSteinert9)らによって報告され,筋緊張,筋萎縮を主症状とし,常染色体優性遺伝性疾患で骨格筋のほかに内分泌系,心血管系,消化管系,神経系などに異常を来す疾患として知られている。1923年にAdieら1)が精神遅滞を伴った筋緊張性筋ジストロフィーを発表したのに始まり,Thomsen12)は本疾患99例中36例に精神遅滞,自発性減退,感情障害などの精神障害を伴っていたと報告し,現在では筋緊張性筋ジストロフィーの精神症状として精神遅滞,非協力的な性格傾向が認められるとされる4,5,8)が,幻覚,妄想などの精神症状を伴うとの報告も散見される2,7,13)。筆者らは幻覚,妄想などの精神分裂病様の症状が認められた本症の1例を経験したので若干の考察を加えて報告する。

動き

「第12回日本社会精神医学会」印象記

著者: 緒方周

ページ範囲:P.669 - P.669

 第12回の日本社会精神医学会が1992年3月13日と14日の2日間,長野県の松本市で行われた。昨年,この会は新潟であり,2年続いて信越地方での開催である。九州生まれの小生にとって,寒さを覚悟して重装備での参加であったが,最高気温18度という陽気で,いささか面くらった形での松本入りであった。その気候の影響であろうか,学会当日は多数の参加者があり,熱気あふれる学会となった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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