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雑誌目次

雑誌文献

精神医学34巻7号

1992年07月発行

雑誌目次

巻頭言

「分類の思想」について

著者: 藤縄昭

ページ範囲:P.680 - P.681

 精神医学がその発祥の時から,疾病分類学Nosologyであったことは,特にフランス精神医学史をひもとけば,どなたにも納得のいくことであろう。なにも精神医学に限らない,医学は事実の集積の上に成り立つので,分類がきわめて重要である。つまりいろいろな病態を科学的に取り扱う際には,常に病態を分類して(Classification),それに適切な命名をすること(術語体系Nomenclature)が必要となる。
 そもそも,「分類学」なるものは,博物学の中に誕生し,近代以前にはその代表者は洋の東西を問わず本草学であった。そして,西洋の博物学は大航海時代から目に見えて発達し,その中から全世界にわたる植物,動物,人種,人間文化,気象現象,大洋などなどの博物学がどんどんと成長していった。近代以後には,西欧ではLinnaeusが「生物分類学の祖」といわれるようになった。彼の主著は“Species Plantarum”(1753)であるが,その植物分類は生殖器官,すなわち花の形態をクライテリオンとしている。Linnaeusの分類体系の特色は各植物に(1)属名,(2)種名(1と2を組み合わせて二名法の学名ができた),(3)文献・標本・図版の引用,(4)産地,を与えたことである。そうすることで,彼に続く分類学の著作に必要な,分類の条件を明らかにした。その二名法の反映が精神医学では,例えば早発痴呆Dementia praecoxといった命名法にも現れている。しかしLinnaeusの提出した植物分類の大綱は,あまりにも機械的な「規格分類」に偏っていて,極端な人為分類とされ,一時は蘭・独で広く,英・米でも一部の学者に支持されたが,結局は100年足らずの寿命であった。Linnaeusの分類に変わって用いられたのは「系譜(系統)分類」(進化論を背景に持った自然分類)である。

展望

社会復帰の新しい流れ—究極のリハビリテーション

著者: 竹村堅次

ページ範囲:P.682 - P.693

■はじめに
 本誌に病院精神医学・医療を展望しつつリハビリテーションの可能性を依頼に応じて投稿,掲載18)されてから早くも10年の歳月が過ぎようとしている。それ以前に私が寄稿したのは病院におけるリハビリテーション研究の問題19)と題する論文(1978)でさらに5年さかのぼるが,その研究素材はそれ以前の少なくとも10年くらいのリハビリの経過から得たものであるから,今では全体として四半世紀以上を回顧しながら主題である社会復帰の新しい流れを論ずることになろう。
 流れという表現を実際に川の流れにたとえてみるならば,現在の社会復帰の流れは21世紀を目前にして正に大河となって海に注ぐ形を想定してもよいのではないか。その理由は以下に述べるが,まず日本における社会復帰の論議ないし活動ははじめどの辺にあったのか,その源流に触れておく必要を感ずる。日本精神神経学会が正式に社会復帰をテーマにしたのが1962年のことであるが,シンポジウムの内容は具体性を帯びてその影響を周囲に及ぼすには程遠かったと思う3)。一方,有志による病院精神医学懇話会(後の病院精神医学会さらに病院・地域精神医学会に改組)の始まりは1957年(昭和32年)と古いが,この頃の精神病院の実態は閉鎖的環境で,リハビリテーションと呼ぶことのできるような動きはほとんど全く認めることはできず,わずかに心ある人々によって院内の作業療法が細々と続けられていたにすぎない。病棟の開放率は国立公立でも15%,私立では8%程度にすぎなかった9)。この時代の国の施策は予算上措置患者を増やす方策が出ており,病院ブームに拍車をかける結果にもなり,開放療法のための経済面の施策は見込みがなかった。むしろ厚生省社会局の立案は,長期在院者の増加を見込んでのいわゆる収容型中間施設の目論見であり,これは生活保護患者の救護施設の緊急整備となって具体化した。

研究と報告

分裂病様症状を呈する慢性単純ヘルペス脳炎の1例

著者: 丸井規博 ,   福士正彦 ,   川西健登 ,   梶龍児

ページ範囲:P.695 - P.702

 【抄録】 これまで報告がないと思われる慢性単純ヘルペス1型(HSV-1)脳炎の1例を提示した。症例は初診時27歳,現在29歳の男性。10代後半に頻繁に口内炎に罹患,19歳時に2日間の高熱・嘔吐があった。その5カ月後,友人に髪の形を笑われたことをきっかけに家庭内に閉居し始め,母親に密着する幼児的な生活へと至り,様々な強迫行為と祖父への暴力のため我々の病院に入院した。当初,破瓜型分裂病を疑い治療を開始したが,CT,MRIにより左側頭葉優位の大脳萎縮,SPECTにて左側頭葉,島回付近の血流低下が確認され,血清・髄液でのHSV-1抗体価の異常高値が明らかになった。抗体指数の値も中枢神経系内にてHSV-1抗体が産生されていることを示しているため,本例は慢性HSV-1脳炎の診断がほぼ確定的と考えられた。本例の経験から,一見分裂病様の慢性経過,無熱性,神経症状の欠如した症例においてもウイルス脳炎を考慮する必要があることを示した。

MELASの1自験例—急性外因反応型と思われた多彩な精神症状を中心に

著者: 布施木誠 ,   五味渕隆志 ,   水澤英洋 ,   岩本浩之

ページ範囲:P.703 - P.710

 【抄録】 Mitochondrial myopathy, encephalopathy lactic acidosis and strokelike episodes(MELAS)の1症例を報告した。本症例は17歳時に頭痛,嘔吐で発症し,19歳時よりけいれん発作を頻回に起こすようになったため,当初てんかんが疑われ神経内科に入院し,頭部CTにてcortical atrophyおよび両側後頭葉,側頭葉に低吸収域,血中乳酸,ピルビン酸の高値,筋生検にてragged red fiberを認め,MELASと診断された。
 精神症状としては知能低下,情動失禁などの感情障害,性格変化,失書などの巣症状といった脳血管性痴呆に類似の症状のほかに,一過性の意識障害の重畳が認められた。経過中に幻視,空笑,人物誤認,妄想様観念が出現したが,それらは軽い意識障害を背景にした急性外因反応型の症状としてとらえられた。またミトコンドリア脳筋症に生じた精神症状を文献的に展望し,精神分裂病様症状,躁うつ病様症状,急性外因反応型などがみられることを指摘した。最後に本症例の診断および治療上の注意点について簡単に指摘した。

特異な精神症状を呈したMELAS型ミトコンドリア脳筋症の1例

著者: 上田ゆかり ,   元村直靖 ,   野々村安啓 ,   岡村武彦 ,   米田博 ,   堺俊明 ,   古玉大介 ,   篠田恵一 ,   大澤仲昭

ページ範囲:P.711 - P.716

 【抄録】 MELAS型ミトコンドリア脳筋症の1例を報告した。23歳時より発作性嘔吐および強直間代けいれん発作が計4回出現し,3回目および4回目の発作消失数日後より,急激に意識変容と精神運動性興奮を伴った幻覚妄想状態を呈し,抗精神病薬投与にて速やかに静穏化した。血液生化学検査において,乳酸,ピルビン酸値の上昇,頭部CTにて両側基底核に高吸収域,MRIにて同部に低信号域を認め,さらに筋生検のゴモリトリクローム染色にてragged red fiber,チトクロームCオキシダーゼ染色にて欠損線維が認められた。
 本症例の近親者にミトコンドリア脳筋症を思わせる臨床症状を呈したものは見当たらないが,弟の頭部CT,MRIにて軽度ながら発端者に類似した所見が認められ,保因者の同定にCT,MRIの有用性が示唆された。
 本症例の精神症状は症状性精神病として位置づけられると思われるが,性格,知的レベル,環境などの要因も精神症状発現に関与していると考えられた。

精神分裂病患者の病前行動特徴(第6報)—小中学校時代の通知表に表現された病前行動特徴に対する教師の対応

著者: 増井寛治 ,   岡崎祐士 ,   原田誠一 ,   佐々木司 ,   高橋象二郎 ,   高桑光俊 ,   飯田茂 ,   本田秀夫

ページ範囲:P.717 - P.723

 【抄録】 筆者らはこれまでに精神分裂病患者の小中学校時代の通知表を資料とする学校記録法により,病前の性格や行動を調べ,陰性症状類似の行動特徴がすでに教師によって観察・記載されていたことを報告した。今回は学校生活で病前行動特徴に直面した教師の対応を通知表の記載から調べた。対象は分裂病患者とその同胞22対の小中学校時代の通知表で,1学年分の平均枚数は17.8枚であった。通知表の性格・行動欄の否定的評価の全記載を取り出し,教師のそれに対する対応を指摘,変化・改善の評価,対極行動の指示,努力の評価,家庭へ要望など8つに分類した。対象ごとに各対応の出現頻度を調べ,患者-同胞間で対応のあるt検定を行った。その結果,両群ともに否定的行動の指摘と対極を指示する対応が多く,患者群は同胞群より対人関係や性格の面で否定的「指摘」を多く受けていた。分裂病の病前行動特徴に対する対応のあり方は学校精神保健上の検討が必要な課題と思われる。

自傷および他害などの問題行動に炭酸リチウムが有効であった重度精神遅滞の2症例

著者: 西村浩 ,   忽滑谷和孝 ,   篠崎徹 ,   笠原洋勇 ,   牛島定信

ページ範囲:P.725 - P.732

 【抄録】 気分障害を伴わず,自傷および他害などの問題行動に対しlithium carbonateが有効であった重度精神遅滞の2症例を報告するとともに若干の文献的考察を加えた。第1例では問題行動の減少,日常生活能力に対する指導上の困難さの軽減,歯科治療に伴う困難さの軽減および意味不明ながら発語の増加などの改善を認めた。これらの改善に伴って,家族側の自宅外泊に対する態度も協力的になるなど副次的効果も得られた。第2例では衝動性が軽減して他患とのトラブルがなくなり,診察にも応じるようになり医療保護入院から任意入院に切り替えることができた。また家族との外出時のトラブルもなくなったため,入院26年目に初の自宅外泊が可能となった。また日常生活能力に対する指導にも応じるようになり,簡単な挨拶などの発語も認められるようになった。我が国では精神遅滞に対しlithium carbonateを投与した報告例は少なく,不明な点が多い領域であり,その効果および作用機序などについてもまだ結論を得るに至っておらず,今後このような報告を集積してゆく必要があると考える。

Dantroleneが有効であった遅発性ジストニアの1例

著者: 宮本歩 ,   北脇公雄 ,   鯉田秀紀 ,   長尾喜八郎

ページ範囲:P.733 - P.737

 【抄録】 dantroleneが有効であった抗精神病薬による遅発性ジストニアの1例を報告した。症例は25歳の精神分裂病患者で,抗精神病薬の投与を開始して3年7カ月後に頸部に限局した持続性の遅発性ジストニア(retrocollis)を併発した。carbamazepine,抗精神病薬の中止,tiapride,sulpirideは効果なく,clonazepamに若干の効果を認めたものの,dantroleneのみ有効であった。dantroleneの薬理機序より,本症例における遅発性ジストニアの発症には末梢神経神経終末の筋小胞体または中枢神経神経終末のCa2+貯蔵部位からのCa2+の異常遊離が関与していることが示唆された。

側頭葉てんかんと反復夢

著者: 兼本浩祐 ,   河合逸雄

ページ範囲:P.739 - P.744

 【抄録】 複雑部分発作を持った15歳以上の36人の側頭葉てんかんの患者に夢の内容に関する問診を行ったところ,5人の患者で同一の夢を繰り返して見ることがあるという報告が得られ,さらに,そのうちの3人においては,反復夢の内容は,①明け方近くに,鮮明な内容を伴って反復するREM期の悪夢,②成人後,他の発作症状が増悪するのと同期して出現,③既知感,腹部不快感などの前兆と内容において重なるといった発作症状との密接な関連を示唆する特徴を示していた。これらの特徴から,夜驚,心的外傷後睡眠障害といった類縁現象との異同を論じた。

幻覚妄想状態を呈した優性遺伝型ミオクローヌスてんかんの4例

著者: 足立直人 ,   大沼悌一 ,   明石俊雄 ,   久野武 ,   中山宏

ページ範囲:P.745 - P.750

 【抄録】 幻覚妄想状態を呈した優性遺伝型進行性ミオクローヌスてんかん(PME)の4例について,その精神症状を中心に報告した。
 これらの幻覚妄想は意識清明で著しい知的機能低下のない状態で生じ,被害関係妄想,嫉妬妄想,自責罪業妄想,発明妄想などの多彩な形をとったが,その内容はいずれも単調で体系化しなかった。幻覚妄想はいずれも比較的短期間で消退した。その理由としては,向精神薬が奏効したことに加え,気分や状況の変化により改善したことや知能低下の進行に伴い妄想の維持が困難になったことなどが考えられた。
 幻覚妄想の生成機序は多要因によると思われるが,なかでも全般性の脳器質変化とそれに基づく軽度の知能低下,性格変化の影響と,精神機能における遺伝的脆弱性の存在が考えられた。またいわゆる“てんかん性”とされる要因の可能性は少なかった。

抗てんかん薬服用患者の骨塩密度—QDRによる検討および骨塩密度と血清Ca,P,Al-p値との関連

著者: 久保田文雄 ,   中島政美 ,   宮永和夫 ,   曽田雅之 ,   高橋滋

ページ範囲:P.751 - P.756

 【抄録】 Quantitative Digital Radiographyによりてんかん患者の腰椎および大腿骨頸部の骨塩密度を測定し,同時に血清カルシウム(Ca),リン(P),アルカリフォスファターゼ(Al-p)を測定した。対象は長期服薬患者45例(男21例,女24例)および正常対照者62名(男30名,女32名)で,患者はフェニトイン,バルビタール酸系薬剤およびアセタゾラミドを5年以上服用しているものを選んだ。患者群の骨塩密度は男女ともに両部位で有意に減少していた。減少要因の検討から薬剤の種類が関係すると考えられた。骨塩密度と血清Ca,P値の間では正の,Al-pの間では負の相関がみられ,Ca,PおよびAl-pのうち2つ以上の異常を示した患者群では骨塩密度は男女ともに両部位で有意に減少していた。このことより,骨塩密度と血清Ca,P,Al-p値の異常は密接な関係があることが示唆された。抗てんかん薬服用患者では骨萎縮の可能性があるため,骨塩密度の検討を要するものと考えられた。

新しい抗てんかん薬clobazamによる難治てんかん発作の治験

著者: 渡辺雅子 ,   八木和一 ,   清野昌一

ページ範囲:P.757 - P.766

 【抄録】 clobazam(CLB)は,1,5位にN原子を持つ1,5-benzodiazepineである。1978年にGastautが難治のてんかん発作に対する抑制効果を報告して以来,現在では難治てんかんに対する付加的な抗てんかん薬として,欧米諸国で臨床治療に用いられている。我々は,計140例の難治てんかん症例を対象として,CLBを付加投与し効果と安全性を検討した。
 対象の14.3%において発作が消失し,40.7%において発作頻度が50%以下に減少した。CLBは全般および部分発作の両者にわたる広い効果スペクトルムを持ち,とりわけ単純および複雑部分発作,全般性強直発作,非定型欠神に対して抑制効果があることが分かった。
 本剤は抑制効果耐性を生じやすい。その出現率は46.8%,耐性出現時はCLB投与開始33日(中央値)であり,発作型による耐性出現に明らかな差はなかった。重篤な急性副作用は認められなかった。

短報

ゲルマニウムとセラミックスを捺染した特殊な下腿用サポーターによる睡眠感の改善

著者: 志水隆之 ,   阪本栄 ,   志水彰 ,   白石純三

ページ範囲:P.769 - P.771

 セラミックスを皮膚に接触させると,体温により遠赤外線を放出し,皮膚・皮下温を上昇させ6),疼痛などの症状の改善に有効である1,2,6)と言われている。我々の行った予備実験では,セラミックスに一定の割合でゲルマニウムを細粉・混合すると,皮膚・皮下温の上昇は,さらに著しかった。この点に注目し,この特殊な混合物を捺染した布地を用いて製作した腹巻,特殊な下腿用サポーター(ただし,足背部は覆わない)などを,腰痛,下肢の疼痛,手足の冷えなどをよく感じる被験者76名(平均年齢49.6±11.3歳)に着用させたところ,これらの症状の改善に加えて,睡眠感の改善を意味する感想が,特に,下腿用サポーターを着用した際に多く認められた。この事実に注目し,この特殊な加工を施した下腿用サポーターの着用が,睡眠感に及ぼす効果について検討したので報告する。

精神科入院自殺既遂例の検討—自殺状況と前兆について

著者: 津村哲彦

ページ範囲:P.773 - P.776

■はじめに
 自殺の問題は,結果が取り返しのつかない重大な事態だけに重要な問題であり,特に,入院中の場合には,我々治療スタッフの目が届くだけにやりきれないものである。過去において精神科患者の自殺についての検討は数多くなされているが,自殺問題を検討する場合,自殺未遂者まで入れると自傷行為や狂言との区別が難しく範囲が不明瞭になり,通院患者では情報が整わず,自殺既遂者は何も語ってくれないという調査自体の限界を伴うものである。入院患者の場合,管理された環境の中で生じることであるだけに繰り返し検討されなければならない問題と思われる。
 今回,当院精神科における過去25年間の自殺既遂例についての事故報告書に基づいて検討した結果と,海外の文献は文化・宗教的な問題もあるため,過去の我が国の研究を参考に,入院中の自殺の状況と前兆についてまとめた。

特別講演

自由を失う病とその治療

著者: 臺弘

ページ範囲:P.777 - P.784

■この論文の由来
 精神科医療に長く携わってきた者は,特に分裂病の長期転帰を追い続けてきた者は,自分の目指している目標は何なのか,またその間に行われるいろいろな治療法はどこに集約,あるいは統合されるのかを問わないではいられない。いろいろな治療がなぜ必要になるのか,そのことはどのような意味を持つのか,どうして様々の協力者との共同作業が必要になるのか,そしてそのような努力の求められる病気とは,またそれを持つ人たちとはどのような相手なのか,これらの問題が頭から離れない。精神医学の諸分野の研究はそれぞれに目覚ましいが,そして我が国では「××の立場から」という発言は少なくないが,各分野を連ねるための考察は不思議なほどに少ない。精神障害の理解と治療には,生物的―心理的―社会的―人間学的なアプローチが必要であることが常識のように説かれていても,「―」で繋げることの意味が論じられたことはまれである。筆者はこれまで「精神病理と生物学」15),「精神分裂病の生物学的研究と精神病理」16),「三つの治療法」17)という論文を書いて,諸分野の統合に含まれている意味について論じた。そして「精神病は不自由病である」というテーゼが問題を連結する鍵概念になると述べた。しかし自由概念は多義的で政治・社会的意味が強く,土居のいうように日常語でもある。そこで精神医学にかかわる自由問題をあらためて論ずる意味があるのではないかと考えてこの論文を書いた。
 分裂病長期転帰の代表的な研究の1つであるローザンヌ・スタディに携わったCiompi, Lはその後biological-socio-psychologicalなアプローチの統合を企てて,「感情論理」affect logicという統合理念を説いている2,3)。そこには拙著「分裂病の治療覚書」17)内の所論に通ずる指摘が少なくない。転帰を長期にわたって調べようとすると,どうも筆者と同じように統合的な理論がほしくなるものらしい。Brenner, HD1),Ciompi, Lらのベルンの人たちは“The Role of Mediating Processes in Understanding and Treating Schizophrenia” 1987というシンポジウムの中で,連関過程とシステム・アプローチを主導的なテーマにしている。アメリカのStrauss, JS11)が提唱している「新力動的精神医学」なるものも似たような発想の上にある。我が国に限らず精神医学ではダイナミックな考え方というと精神病理にお株を奪われた観があるが,元来これは科学史の上では生物学に由来する思潮であることを思い返したい。

動き

「第6回日本精神保健会議」印象記

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.786 - P.787

 (財)日本精神衛生会が主催するこの会は今年で6回目になった。毎年3月末に近い土曜日,東京有楽町のマリオン・朝日ホールで開かれるのが恒例になった。今年は3月28日に「障害者の社会参加」をテーマに掲げて開かれた。参加者は患者,家族,保健関係者など600名を数え,盛会であった。
 島薗安雄氏(精神衛生会理事長)の開会の言葉,広瀬省氏(厚生省精神保健課長)の挨拶に始まり,フォーラム「障害者の社会参加—精神障害者の福祉と就労をめぐって」が行われた。大谷藤郎氏(藤楓協会理事長)と松友了氏(精神衛生会常務理事)の司会のもと,4人の発言者と2人の指定発言者が演壇に立った。

「第14回日本生物学的精神医学会」印象記

著者: 松浦雅人

ページ範囲:P.788 - P.789

 日本生物学的精神医学会第14回大会は,1992年3月26〜28日の3日間,鹿児島大学松本啓教授を会長として鹿児島市民文化ホールにおいて開催された。一般演題はすべて口演発表で171題とこれまで以上に多く,3会場で並行して発表が行われた。また,第1日目に恒例となった若手プレシンポジウムの前に,今回初めて一般演題の発表が行われた。第2日目の午後には例年と同様,特別講演とシンポジウムが行われた。今回の参加者は約500名で,本学会は発表数も参加者も年々増加の一途をたどっている。
 若手プレシンポジウムは,「精神疾患モデル」をテーマに,野村総一郎氏(立川共済病院),長友医継氏(鹿児島大)の司会で行われた。山村研一氏(熊本大)は,マウスで単離した遺伝子を授精卵に導入し,それが組み込まれたいわゆるトランスジェニックマウスについて,具体例を挙げて説明した。増井晃氏(滋賀県立精神保健センター)は,モデル動物で神経細胞移植法の現状を報告し,森本清氏(岡山大)は神経可塑性研究にキンドリングモデルが有用であることを,実験てんかんモデルを例に報告した。田島治氏(杏林大)は,強制水泳によるうつ病の動物モデルに,in vivo brain dialysisを応用することの有用性について,三国雅彦氏(国立精神・神経センター)は,躁うつ病の視床下部一下垂体—副腎皮質系機能の脱抑制モデルについて報告した。西川徹氏(国立精神・神経センター)は,フェンサイクリジン精神病が,分裂病類似の陽性症状と陰性症状を発現することから,分裂病の動物モデルと新たな治療薬の可能性について報告した。最後に指定討論として,鈴木國文氏(京都大)が精神病理学の立場から,精神疾患の動物モデルに関する疑問と限界について意見を述べた。重要なテーマであり,個々の発表は興味ある内容であったが,司会者が意図したほど討論が深まらなかった点が惜しまれる。

「第1回日本精神保健政策研究会」印象記

著者: 松下昌雄

ページ範囲:P.790 - P.791

 1993年7月の精神保健法の見直しにあと約1年少々と迫った本年1月25日に,「日本精神保健政策研究会」の第1回研究会が東京(神田駿河台・全電通ホール)で開催された。研究会に先立って,当日午後2時より発会式兼第1回総会(議事)が開かれ,役員に秋元波留夫会長,島薗安雄,懸田克躬,南裕子副会長,加藤伸勝運営委員会委員長などが選出された。なお,事務局は東京医科歯科大学難治疾患研究所社会医学部門内(事務局代表・山上皓)に置かれた。
 総会議事に引き続いて第1回研究会が開かれ,まず島薗安雄副会長の司会で,秋元波留夫新会長(共同作業所全国連絡会顧問)の基調講演「精神保健政策の基本課題」が行われた。演者は,アメリカ,ドイツの例を詳細に引用しつつ精神保健政策は国家的優先課題である旨を強調し,さらにリハビリテーションの諸問題について熱弁を振われたあと,具体的提言として,1)精神保健にかかわる国家予算の増額,2)精神保健と福祉を統合した法の整備,3)“中央精神保健審議会”の設置を強く要請された。

「精神医学」への手紙

Letter—“moral treatment”考

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.723 - P.723

 “moral”といえば,moral treatmentとmoral insanity(Prichard,1835)とが浮かぶ。この“moral”がどういう意味か。かつてわたしたちがT. P. Rees:“Back to moral treatment and community care”(1957)を訳したさい,“moral treatment”を“道徳療法”と暫定訳した(これからの精神病院シリーズ・1,松沢病院医局病院問題研究会,1959)。そののち神谷美恵子氏は“mora1”はむしろ“心理的”の意であろうと書いておられたし,わたしの『差別の論理』(勁草書房,1972)でもこの点は指摘した。吉益脩夫の“背徳症”はmoral insanityから出ているが,これは“情動狂”と訳すべき内容のものであることは武村信義『精神病質の概念』(精神医学文庫,金剛出版,1983)も詳述している。だが,“背徳症”は姿をひそめているものの,“道徳療法”あるいは“人道療法”などの訳はいまもみられる。
 この“moral”の意味をもっともはっきり述べているのはAlexander Walk:“Someaspects of the moral treatment of the insane up to 1854”(J Ment Sci 100:807,1954)で,“the word‘moral’was taken in its much broader sense of‘psychological’as opposed to physical”とはっきり述べている。Prichardの例については“many of his cases were frank manic-depressives”といっている。もともと“moral”の語はcustomを意味するラテン語のmos,morisから出ている。『研究社新英和大辞典』(第4版,1960)にも“moral”の訳として“4(物質的・肉体的でない)精神的な”とある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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