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特集 薬物依存の臨床
フェンサイクリジンの脳に対する作用—興奮性アミノ酸伝達遮断作用を中心として
著者: 西川徹1 橋本篤司1 谷井靖之2 海野麻未1 岡高恵1 柏淳1 岩間久行1 高橋清久1
所属機関: 1国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第3部 2現,富山医科薬科大学医学部精神神経医学教室
ページ範囲:P.891 - P.900
文献購入ページに移動フェンサイクリジン(1-(1-phenylcyclohexyl) piperidine;PCP)は,米国における代表的依存性薬物の1つであり,精神分裂病(以下分裂病と略す)と類似した精神障害を引き起こすといわれる21)。1950年代に麻酔薬として開発されたPCPは,呼吸や循環器系の抑制が少なく,当初は優秀な解離性麻酔薬として期待を集めた。しかし,麻酔からの覚醒時に一過性の精神異常状態が頻繁に出現するため,臨床応用は断念された45)。その後10年あまりの間に,PCPは依存性薬物として知られるようになる。これを象徴するのは,1973年にWashington, DCで起こった出来事であろう。精神衛生センターに,分裂病患者の入院が突然それまでの3倍に達したという報告が入り,詳しい調査が行われたところ,大規模なPCPの乱用の実態が明らかになった34)。幸い我が国では乱用の報告はない。
しかし,この薬物の社会学的意義以上に注目されなければならないのは,特異な脳内神経伝達機構への作用である。すなわち1982年に,PCPが中枢のN-methyl-D-aspartate(NMDA)型興奮性アミノ酸受容体を強力に遮断することが発見され23),分裂病型の精神異常状態に新しい薬理学的モデルを提供した12,36)。従来は,既存の抗精神病薬の作用に基づいて,脳内のドーパミン(DA)過剰伝達モデル(いわゆるDA仮説)を中心に分裂病症状の研究が行われてきた37)。PCPによる興奮性アミノ酸伝達低下モデルは,これらの研究が抱えていた限界を克服するのに,重要な示唆を与えているように思われる。本稿では,PCPのNMDA受容体レベルにおける作用から,分裂病症状の発現機序と薬物治療の研究の可能性を考えてみたい。
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