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雑誌目次

雑誌文献

精神医学35巻1号

1993年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神病質からパーソナリティー障害へ

著者: 辰沼利彦

ページ範囲:P.4 - P.5

 差別用語をなくせといったら,なにを今更と言われるに違いないが,とかく精神科の用語はその性質上,差別感や侮蔑感をもって使われることが多い。しかしそれだけでなく,実際に専門家といわず,素人といわず,すべての人達に過去において(そして一部は現在でも)精神障害に対する偏見があったことは確かであり,精神科用語にそれが反映していなかったとは言えない。それを正すためもあって日本精神神経学会では用語委員会が検討を重ねてはきたが,まだ十分とは言えない。新しい言葉を造るのは容易ではないが,特殊な専門家だけが必要とするような言葉ならともかく,一般の人も接するような診断名,症状名などは,なるべく誤解されないような,そしていやな感じのない言葉に置き換えるのが良い。言葉を改めることはそれによってみずからの姿勢を正すことにもなる。

展望

摂食障害—最近の動向

著者: 末松弘行

ページ範囲:P.6 - P.17

■はじめに
 摂食障害の患者は,主として精神科,心療内科,内科,小児科,産婦人科などを訪れる。その患者数は近ごろ増加し,各学会でも注目される主要なテーマの1つになっている。そこで,今年の関連学会で摂食障害を取り扱った演題の全一般演題数に対する割合を調べてみた。そうすると,心身医学会では364題中65題(18%),精神分析学会では66題中12題(18%)で,約5分の1から6分の1を占め,児童青年精神医学会でも109題中13題(12%)であった。また,心身医学会では,公開市民フォーラムの演題の1つとなっており,児童青年精神医学会では,症例検討4例のうちの1例として取り上げられている。その他,行動療法学会や内分泌学会でも演題が出されている。
 さらに,摂食障害は,いまや,全世界的なテーマであって,世界各地で国際学会が持たれるようになっている。例えば一昨年(1991年)秋には,ベルギーのLeuvenでEuropean Council on Eating Disordersがあり,昨年(1992年)春には,New YorkでInternational Conference on Eating Disordersがあった。この学会は隔年に開催されていて今回が第5回であった。今年(1993年)もヨーロッパやアメリカでいくつかの国際会議が開かれる予定である。また,国際的な専門誌として,International Journal of Eating Disordersが1981年から刊行されている。我が国でも食行動異常研究会などの会合が持たれている。また,厚生省の研究班の1つとして,神経性食欲不振症調査研究班があり,現在は筆者がその班長を務めている。
 これらで取り上げられている内容としては,診断基準,疫学,病因,病態生理,病態心理,治療法などである。本誌はclinical psychiatryの雑誌であるから,ここでは,これらの中から診断基準や治療に関するトピックスに重点をおいて述べる。

研究と報告

日本語版Parental Bonding Instrumentを用いた養育体験と性格傾向と精神症状との連関の研究

著者: 古川壽亮

ページ範囲:P.19 - P.25

 【抄録】 日本人青年165人を対象に,Parental Bonding Instrument(PBI),Maudsley Personality Inventory(MPI),General Health Questionnaire(GHQ)を施行し,精神現症と性格傾向と養育体験との連関を分析した。(1)PBIによって評価された養育体験は,MPIで測定された性格傾向に有意に影響していた。女性では母親のcareが少ないほど,また母親のoverprotectionが強いほど,神経症傾向が強かった(p<0.01)。男性では,母親のoverprotectionが強いほど,神経症傾向が強かった(p<0.001)。(2)MPIの諸得点は,GHQ得点の分散の約16%を説明できた(p<0.001)。(3)PBIで測定された養育体験と,GHQ得点との間では,性別を考慮しても,有意な関連はみられなかった。これは,従来PBIを用いて臨床人口で確かめられてきた所見と異なり,一方,一般人口で行われた研究の結果と合致する。このことは,臨床人口で得られてきた所見にはBerkson biasがかかっていた可能性を示唆している。

草むらテストにおける精神分裂病患者の全体的描画特徴

著者: 横田正夫

ページ範囲:P.27 - P.33

 【抄録】 先の研究において「草むらに落とした500円を捜している自分」を描かせる草むらテストの部分的特徴について検討した。本研究ではこのテストの描画の全体的特徴について検討するために,分裂病患者30名と正常者50名の描画計80枚を,正常者8名に全体的特徴に関する評定尺度24項目で評定きせた。それらの評定値をもとに項目について因子分析を行ったところ5つの因子が抽出されたが,分裂病患者と正常者の間で有意な因子得点の差が認められたのは2つの因子(非統合化—統合化,充満—空虚)においてであった。すなわち,分裂病患者の描画が非統合化と空虚によって特徴づけられた。さらに,それらの2つの因子を構成する主な項目によって分裂病患者と正常者の間の判別を試みたところ,それぞれ90.0%,81.3%の正判別率が得られた。このように,草むらテストの臨床的有用性が示された。

うつ病患者の受療行動に関する研究

著者: 塚崎稔 ,   太田保之 ,   楠本四郎 ,   麻生忠史 ,   村崎修 ,   中根允文

ページ範囲:P.35 - P.42

 【抄録】 長崎市立市民病院精神科外来を初めて受診して本格的に治療を開始したうつ病患者92例の受療行動を分析した。初回の受療行動が治療に結びついたのは9例(9.8%)にすぎず,全患者の延べ受療行動回数は286回にも上っていた。特に多かったのは,一般診療科の延べ105回,家族・同僚の延べ63回であった。精神科を受診しながら,すぐ治療に結びつかなかった患者は10例であり,複数の精神科を受診した患者は3例もいた。受療行動の中途から,伝統的治療者へは延べ9回訪れていた。つまり,精神的な病気であるという説明を受けながらも多くのうつ病患者が精神科以外の診療科や相談者を頻回に訪れていること,精神科や一般診療科で医学的判断を受けながらも伝統的治療者への指向も同時に存在すること,社会的能力障害度が中等度に至るまで本格的な治療を始めないことなどが確認された。

一卵性双生児の双極性感情障害の一致例

著者: 森平淳子 ,   南光進一郎 ,   塚本一

ページ範囲:P.43 - P.48

 【抄録】 双方ともに双極性感情障害を呈した一卵性双生児の症例を報告した。感情障害の亜型である双極性でも診断が一致し,またうつ状態の臨床像も著しく類似していたことは,感情障害の発病に遺伝的要因が強く関与することを示唆する。しかし,発病は妹が姉より10年早く,また姉には軽躁状態しか認められなかったのに対して,妹には躁状態が認められる点では異なっていた。この違いを来した要因は,発育段階での性格形成の違いに加えて結婚生活などの成人後の環境の違いであると考えられた。本症例の検討から,診断的には一致していても,個々人の発達における環境的要因が発病年齢,経過,重症度に大きく影響することが示唆された。感情障害のみならず機能性精神障害の発病には遺伝と環境が関与することが従来から主張されているが,重症度や経過にも環境要因が大きく関与することが確認された。

事象関連電位(P300)の日内変動に関する研究

著者: 向洋江 ,   北村敬一郎 ,   二俣秀夫 ,   橋本琢磨 ,   前田義樹 ,   浦田克己 ,   川崎康弘 ,   前田珠美 ,   山口成良

ページ範囲:P.49 - P.54

 【抄録】 健常成人12名(男子8名,女子4名,年齢22〜38歳,平均25.5歳)を対象とし,聴覚刺激によるoddba11課題を用い,P300の日内変動について検討した。記録部位はFz,Cz,Pzの3部位とし,測定時刻は8:00,11:00,14:00,17:00,20:00,23:00の計6回とした。記録前に1週間の準備期間を設け,この期間中は就寝および起床時刻の統一を図るなどして被験者全体における睡眠覚醒リズムを揃えた。結果は,P300潜時は14:00に延長する傾向を示したが有意性は認められなかった。P300振幅は8:00より時刻と共に減少し,17:00で最小となり,その後増加する有意(p<0.05)の日内変動が認められた。以上の結果よりP300の臨床応用には特にP300振幅の日内変動による影響を考慮する必要性が示唆された。

摂食障害患者の視床下部-下垂体-性腺系の異常とBody Fat

著者: 中西重裕 ,   切池信夫 ,   池谷俊哉 ,   中筋唯夫 ,   飛谷渉 ,   越智宏暢 ,   川北幸男

ページ範囲:P.55 - P.61

 【抄録】 摂食障害患者にみられる視床下部-下垂体-性腺系の機能異常と体脂肪量との関係を明らかにするためにanorexia nervosa(AN)4,anorexia nervosa+bulimia nervosa(AN+BN)6例,bulimia nervosa(BN)7例のbodycompositionをDual Photon Absorptiometry(DPA)にて測定するとともにLH-RHテストを施行した。LH基礎値,FSH基礎値および⊿LH値において,AN群とAN+BN群はBN群に比して低値を示した。LH基礎値,FSH基礎値,⊿LH値と体重,%SBW,BMIとの間に正の相関を認めたが,DPAで測定した総軟部組織量(TSM),体脂肪量(TFM),体脂肪率(%Fat)との間にはこれらより強い正の相関を認めた。しかし除体脂肪量(LBM),骨塩量(TBM)との間にはなんら相関を認めなかった。以上の結果より,摂食障害患者において体脂肪量が視床下部-下垂体-性腺系の機能異常と密接に関係していると考えられた。

一過性全健忘の3症例—SPECT所見を中心に

著者: 中村有 ,   川勝忍 ,   生地新 ,   篠原正夫 ,   十束支朗 ,   駒谷昭夫

ページ範囲:P.63 - P.69

 【抄録】 一過性全健忘の3症例を経験し,133Xe吸入法によるSPECT検査を施行した。症例1は59歳女性,症例2は70歳女性,症例3は58歳女性で,健忘の持続時間はそれぞれ4時間,3時間,6時間であった。発作回復後それぞれ16日,40日,4日目のSPECT検査で,症例1では軽度の,症例2,3では明らかな両側側頭葉内側部の血流低下を認めた。症例2の約11カ月後の再検査では同部位の血流は回復していた。一過性全健忘の記憶障害に,両側側頭葉内側部の血流低下が関係していると考えられた。

抗てんかん薬の免疫系に与える影響

著者: 稲本淳子

ページ範囲:P.71 - P.77

 【抄録】 抗てんかん薬の免疫系に与える影響について研究するため,10年以上抗てんかん薬を服薬している患者のうちインフォームド・コンセントの得られた131例を対象として免疫系の検査を行った。T cellあるいはB cellの低下は73%に認められたが,helper T cell低下や,helper T cell/suppressor T cellの低下,あるいはPHA(phytohemagglutinin)に対するリンパ球幼若化テストの低下を来すことは約10%と少なく,免疫グロブリン値の異常も15%と少なかった。T cell,B cellともに低下するものは21%あり,helper T cellも相関して低下していた。この時phenytoinの血中濃度は有意に高かった。以上の結果より,抗てんかん薬はnull cellを増加させるが,機能的には細胞性免疫,液性免疫の低下を引き起こすことは少なく,T cellとhelper T cellが相関して低下するとT cellsubsetsのアンバランスを来し,B cell系を障害するものと考えられた。

短報

低ナトリウム血症の回復期に三相波様突発波がみられた1例

著者: 伊藤陽 ,   松井望 ,   不破野誠一 ,   松井征二 ,   浅間道子 ,   浅間弘恵

ページ範囲:P.79 - P.82

■はじめに
 三相波(triphasic waves)は,Foleyら4)が最初に記載して以来,肝性脳症にかなり特異的な脳波所見とされているが,その他にもエーテル麻酔,けいれん性疾患,うっ血性心不全,尿毒症,甲状腺中毒症などで類似の波型がみられることがあり6),両者の異同については議論がある。ところで低Na血症に伴ったこのような異常波については,まとまった報告は極めて稀で,調べえたかぎりでは丸山ら8)の水中毒に低Na血症を伴った症例で,三相波を認めたという報告があるにすぎない。今回我々は治療によって血清Naレベルが回復した段階で,三相波様突発波を認めた症例を経験したので,この波型の特徴と,血清Naレベルおよび意識障害との関係について報告する。

ゾテピンを含む抗精神病薬療法中に光過敏性を呈した精神分裂病の1例

著者: 寺井克幸 ,   和田有司 ,   小林克治 ,   山口成良

ページ範囲:P.83 - P.86

 Zotepine(以下ZTP)による脳波異常の報告は数多いが4),光過敏性を呈した症例は筆者らの知るかぎり報告されていない。今回筆者らはZTPを含む抗精神病薬の多剤療法中に,光ミオクローヌス応答photo-myoclonic response(以下PMR)を呈した精神分裂病の1症例を経験したのでここに報告する。

リチウムとバルプロ酸の併用が有効と思われる病相頻発型双極性障害2例

著者: 本橋伸高 ,   南海昌博 ,   小山恵子 ,   渥美義賢 ,   塩江邦彦 ,   假屋哲彦

ページ範囲:P.87 - P.89

 双極性感情障害の患者はリチウム製剤の導入以来病相予防が容易になった。しかし,リチウムに反応を示さない患者群が知られており,その中には病相が頻発する型が含まれている。近年抗けいれん薬であるカルバマゼピンの感情障害に対する有効性が報告され,その単独またはリチウムとの併用が病相頻発型にも効果があるとされている。さらには,同じ抗けいれん薬であるバルプロ酸の単独またはリチウムとの併用が感情障害の治療や予防に有効であることはヨーロッパで示されてきた2,8)が,最近アメリカでも使用されるようになり,特に病相頻発型に有効であることが報告され注目されている1,3)。しかしながら,我が国での報告はごく限られたものである。今回,リチウムとバルプロ酸の併用により比較的長期にわたり病相予防が有効な2例を経験したので報告する。

古典紹介

M. フリードマン「パラノイア学説への寄与」—第1回

著者: 茂野良一 ,   佐久間友則 ,   大橋正和

ページ範囲:P.91 - P.98

■軽症パラノイア型についてÜber milde Paranoiaformen
 これから述べる論文の中で,私はパラノイア性妄想形成の心理学的基盤に関する私の研究1)を,特に「軽症mild」パラノイアに関する心理学的見地および臨床的見地から,再度取り上げてみたい。
 というのも,現在臨床的パラノイア学説が置かれている困難な状況の下では,これから述べるあらゆる論議に先立って,この症例を要約するのが適当であり,何らかの専門用語を用いるよりも了解を得やすいと思われるからである。

動き

「日本精神病理学会第15回大会」印象記

著者: 井原裕

ページ範囲:P.100 - P.101

 今日,精神医学は分岐点にさしかかっている。技術の進歩とあいまって生物学的研究はめざましい進歩を遂げ,各分野で画期的な成果を挙げつつある。しかし,そこでもたらされた知見は,十分な検討を受けぬまま放置されており,精神疾患の理解にとって何を意味するのか,いまだに明らかでない。このような状況を背景に,理論精神医学あるいは基礎精神医学としての精神病理学は,現在ますます重要性を増しつつあるようにみえる。
 日本精神病理学会第15回大会(小出浩之会長,岐阜大)は,1992年10月1日,2日の両日,岐阜市にて開催された。初日には,「精神病理学の意義と展望」と題されるシンポジウムが,永田俊彦氏(順天堂大),新宮一成氏(京大)の司会のもと行われたが,このテーマは,精神病理の未来を占う意味でも極めて的確な選択であったといよう。

「第12回日本精神科診断学会」印象記

著者: 本多裕

ページ範囲:P.102 - P.103

 第12回日本精神科診断学会は1992年10月24日秋雨の降りしきる中,神宮球場のすぐ前にある日本青年館ホールにおいて行われた。1981年以来精神科国際診断基準研究会として発展してきた精神科診断学の学術集会が今回から学会としての名称と体裁を整えたもので,慶応大学精神科教授の浅井昌弘会長のお世話で開催された。参加者は全国から約100人であったが内容は大変充実し,熱心な討論が繰り広げられた。

「精神医学」への手紙

Letter—クモ膜のう胞の精神症状について

著者: 仙波純一 ,   秋山正則

ページ範囲:P.54 - P.54

 クモ膜のう胞は剖検で稀ならず発見されるが,ほとんどが無症状で経過するとされる1)。実際,クモ膜のう胞の精神症状について報告されることは稀である。また植田ら2)や野崎ら3)の報告をみても,その症状は多彩かつ非定型なものが多いようである。我々は,定型的な精神分裂病に巨大なクモ膜のう胞を合併した症例を経験したので,本欄を通じて報告し,両者の合併率が意外に高い可能性への読者の関心を促したい。
 症例は入院時28歳の男性。4年前から,顎関節の異常体感を訴えたり,突然プロテニスプレーヤーになると言って会社を辞めるなどの唐突な行動が多くなる。皇族が自分のプレーを監視している,自分のせいで湾岸戦争が始まったなどの注察・誇大妄想が出現し,その後次第に無為自閉的な傾向が強まったため入院となる。抗精神病薬投与により,約8カ月で徐々に自発性が回復し退院となった。たまたま,MRIで左中頭蓋窩に約5×5×4cmのクモ膜のう胞が発見された。本症例は脳波異常や神経学的症状を呈さず,また症状や経過を見ても定型的な精神分裂病と診断される。クモ膜のう胞はルーチンのCTでは見逃されやすいので,今後MRI検査が一般的になれば,定型的な精神分裂病との高い合併率が求められる可能性がある。正確な合併率が求められれば,クモ膜のう胞と精神症状との関連について新たな見解も提起されることになるであろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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