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雑誌目次

論文

精神医学35巻11号

1993年11月発行

雑誌目次

巻頭言

複雑さ,コンピュータ,精神医学

著者: 丹羽真一

ページ範囲:P.1138 - P.1139

 精神現象を取り扱う科学の分野は,他の分野の人々からなかなか同類とは認めてもらいにくい。しかしそれは現象の側に原因があるのであって,精神現象を扱う側に責任があるのではないと思える。というのも精神現象は極めて複雑で,それを扱える方法論の確立が困難なことに原因があり,複雑な現象を扱う方法論が確立していないのは精神現象を扱う科学に限らないからである。それにもかかわらず精神現象を扱う一分野である精神医学も他の分野からは科学的でないとみられがちであるので,精神医学の側に原因があるのではないと思いつつも複雑さを扱えるようにするためにはどうしたらよいかについてぼんやりと考えてみた。

展望

向精神薬条約の国際的現況

著者: 加藤伸勝

ページ範囲:P.1140 - P.1150

■はじめに
 向精神薬(幻覚剤,覚せい剤,睡眠薬,抗不安薬)の乱用が,世界的に社会問題化していることから,その乱用および不正取引の防止と,向精神薬が医療および学術上の目的以外に使用されることのないように国際的に協力することを目的として,向精神薬条約が締結された。
 我が国は,1961年にこの条約に署名を行ったのであるが,その批准はずっと遅れて,1990年6月にようやく条約に加盟した。

研究と報告

カプグラ症状および関連症状を呈した1症例についての認知心理学的研究

著者: 畑哲信 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.1151 - P.1158

 【抄録】 カプグラ症状,フレゴリ症状,二重身を次々に呈した症例を報告した。いずれの症状も妄想的症状である,および知覚レベルでの異常に基礎づけられる程度が大きいという共通した特徴を持ち,妄想的誤認症状としてまとめることができた。妄想的誤認症状は分裂病に出現することが多いとされるが,本症例の症状の特徴および事象関連電位検査の結果は分裂病を示唆するものではなく,血漿ホモバニリン酸濃度検査でも中枢ドパミン活性の亢進を示唆する所見は得られなかった。脳波検査やWAIS-Rの所見からは器質性障害が関与している可能性が示唆された。本症例の症状成立機構について,Holzmanらによる思考障害評価尺度(TDI)で測定した思考障害の特徴および事象関連電位の結果をもとに考察した。今後,こうした検査を多数の症例に適用し,妄想的誤認症状の生物学的基礎を解明していくことが重要であると考えられた。

高齢発症の挿話性精神病

著者: 古茶大樹 ,   濱田秀伯 ,   三村將

ページ範囲:P.1159 - P.1165

 【抄録】 80歳を越える高齢に初発し挿話性経過をとった精神病を,精神病理学的検討を加えて報告した。各挿話は,妄想気分を伴う錯乱状態で始まり,意識清明な体系妄想に移行し,臥床がちな消耗状態を経て回復するが,5回の挿話を繰り返した後に2年4カ月の経過で残遺状態に陥った。このような精神病について内因精神病の可能性を検討し,疾患分類上は分裂病の非定型群ないし非定型精神病に含まれる可能性を論じ,その病像や終末像が年齢に応じて変化することを述べた。

英国と日本の不安障害の治療の比較—質問紙による予備的研究

著者: 藤田憲一 ,   古賀良彦 ,   竹内博人 ,   武正建一

ページ範囲:P.1167 - P.1174

 【抄録】 不安障害の治療につき日英の精神科医にcase vignetteを含む質問紙により調査を行い,以下の結果を得た。
 (1)日本では不安障害のいずれの下位カテゴリーについても薬物が治療の中心となっており第一選択とされる率が高く,特にBZsが用いられる頻度が非常に高かった。1回の診察時間は30分以下のものが非常に多く,治療の間隔は2週以下のものがほとんどを占めた。(2)英国では第一選択に薬物が用いられることが少なく,行動療法,認知療法,家族療法が治療の中心となっていた。また不安障害の各カテゴリーごとに選択される治療が異なっていた。薬物は抗うつ薬が用いられることが多く,BZsは極めて少なかった。診察時間は30分を超えるものが多く,治療間隔も2週を超えるものが多かった。

公立単科精神病院への措置入院患者の長期予後に関する研究

著者: 阪本淳

ページ範囲:P.1175 - P.1182

 【抄録】 研究の目的は,新規に措置入院になった患者の長期予後を追跡し,社会適応状況などを調査することにある。当院に新規に措置入院となった37例の診療録を基にして措置入院となる特有な要因について分析を試みた上,5年後の予後を調査し,対照患者群との間で社会適応状況などについて比較検討した。措置入院患者は男性,精神分裂病で活発な幻覚妄想状態にあり,初回未治療,次いで入院歴はあるが治療中断の患者が多かった。対照群との間で入院日数には有意差がなく,措置入院患者に特有な治療困難性は示されなかった。2回目以降の入院で措置入院が減った結果は治療的動機づけの重要性を示唆している。5年目の比較では,対照群との間で,外来通院を継続する比率,再入院の頻度,地域資源の利用および就労状況などに有意差はなく,入院形態によって社会適応状況には差がなかった。精神分裂病の患者で外来通院が多かった結果は,治療関係の構築が治療継続に重要であることを示した。

分裂病症状の長期経過的な変遷—内因性精神病の経過力動に関する研究2

著者: 岩井一正 ,   石原さかえ

ページ範囲:P.1183 - P.1190

 【抄録】 一級症状を核とした分裂病特徴的な妄想幻覚症状について,それらの出現形態の長期推移を病歴調査した。調査対象は,分裂病症状を初発から平均約15年観察しえた24例である。操作的な評価基準を用いて,分裂病症状を〈妄想〉,被影響体験などの自己所属性の障害を包括総称した〈受動体験〉,それに〈幻覚〉の3カテゴリーに分類して経過を追跡した。Janzarikが指摘した,妄想から幻覚への長期的な流れは本対象でも確認できた。すなわち,妄想,幻覚とも経過の各段階に広く観察されるものの,妄想は特に初期段階に,また幻覚は晩期経過段階に雛型的に出現する。受動体験は,この大きな重点推移の過程の中で,妄想よりも幻覚と密接な連関を持って出現した。

抗精神病薬減量による精神分裂病の再発における再発の要因および予測因子に関する研究

著者: 堀彰 ,   永山素男 ,   石井澄和 ,   大杉圭子

ページ範囲:P.1191 - P.1197

 【抄録】 病状の安定している通院中の精神分裂病患者10例を対象にして,抗精神病薬を徐々に減量する過程で,精神症状の評価,生活上の出来事の調査,血漿prolactin,cortisol,HVA,MHPG濃度の測定を行い,prospectiveに再発の要因および予測因子について検討した。(1)対象患者のすべてが減量中に再発し,最終減量から再発までの期間は平均10週間であった。しかし,再発直前に生活上の出来事が集積することはなかった。(2)再発直前の減量時(最終減量前)とそれ以前の減量時(減量実施中)の抗精神病薬投与量,血漿prolactin濃度に差はなかった。(3)最終減量前と減量実施中における精神症状と各種物質濃度を比較した。BPRS総得点,思考障害,引きこもり減退,妄想性対人障害,血漿cortisol,HVA濃度に関しては両時点の間に差はなかった。しかし,不安抑うつ得点,血漿MHPG濃度に関しては両時点の間で差があり,それぞれ最終減量前に有意な増加が認められた。

成人ダウン症候群の頭部MRI,CT所見—特に早期老化についての検討

著者: 村田哲人 ,   越野好文 ,   大森晶夫 ,   村田一郎 ,   西尾昌志 ,   前田正幸 ,   木村浩彦 ,   石井靖 ,   浜田敏彦 ,   梅澤有美子 ,   伊崎公徳

ページ範囲:P.1199 - P.1207

 【抄録】 20〜46歳の成人のダウン症候群(DS)29人を対象に頭部MRI,CT検査を施行し,早期からの異常な老化について臨床的特徴も併せて検討した。脳萎縮・脳室拡大など加齢に伴う全般的な形態的変化は乏しかったが,基底核石灰化および深部白質病変は加齢に従って有意に増加した。またMRI T2強調画像での淡蒼球・被殻の低信号は40歳代に多く,高齢者に発症しやすいとされるジスキネジア,あるいはパーキンソン症状の出現に関連していた。これらMRI,CTでの局所性の変化は,脳萎縮など全般的な形態的変化に先行する早期からの異常な老化を反映する可能性が示唆された。

初老期以降発症の躁状態と潜在性脳梗塞の関係—MRIを用いての検討

著者: 藤川徳美 ,   山脇成人 ,   東方田芳邦

ページ範囲:P.1209 - P.1214

 【抄録】 初老期以降発症の躁状態と潜在性脳梗塞silent cerebral infarction(以下SCI)の関係についての検討をMRIを用いて行った。対象は50歳以上にて発症した躁状態患者の12例である(以下manic group)。年齢,性別,症例数を一致させた若年発症の感情障害患者(以下control group)を対照として用いた。卒中発作の既往,局所神経症状を持つ患者は対象から除外した。manic groupには,MRI上66.7%にSCIの合併を認め,controlgroup(16.7%)に比べ合併率は有意に高く,manic groupの約半数は,SCIに伴う器質性の躁状態と思われた。SCIに伴う躁状態では将来,脳卒中発作を起こす危険性が高いため,この時期に抗血小板療法などの脳血管障害に対する治療を開始することは,脳梗塞の早期治療という意味で重要だと思われた。SCIを伴う患者では右前頭葉病変,基底核病変が多く,同部位が躁状態発来の一部に関与している可能性があると考えた。

短報

HIV脳症の1症例

著者: 杉山直也 ,   西岡直也 ,   桜井向陽 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1215 - P.1218

■はじめに
 現在,後天性免疫不全症候群(以下AIDS)についてはあらゆる方面で取り沙汰され,全世界的な最大関心事の一つとなっている。我々は,急性精神病像にて発症し痴呆を主症状とするHuman Immunodeficiency Virus(以下HIV)脳症を経験したので,報告する。我が国ではこの種の症例の報告はまだみられないが,今後は増加することが懸念されるため,HIV脳症に対する精神医学的対策が必要であることを強調したい。

B型慢性肝炎のインターフエロン治療中に躁状態を呈した1例

著者: 高橋滋 ,   大西直樹 ,   塚本憲史

ページ範囲:P.1219 - P.1221

 インターフェロンは胃癌などの悪性腫瘍に対する治療薬として使用され,B型およびC型慢性活動性肝炎の治療へも適応が拡大された。インターフェロンの副作用としては,発熱,関節痛,頭痛などのインフルエンザ様症状,食欲不振などの消化器症状,白血球減少,血小板減少などの血液障害が知られている。また精神症状としては,意識障害6,7)。抑うつ状態8),神経衰弱症候群1)などが報告されている。
 今回インターフェロン治療中に躁状態が出現し,炭酸リチウム治療により改善をみた慢性活動性B型肝炎の症例を経験したので報告する。

資料

産褥期の抑うつ状態に影響を及ぼす要因の探索—Zung自己評価式抑うつ尺度を用いて

著者: 伊藤光宏 ,   管るみ子 ,   高橋留利子 ,   白潟稔 ,   萩原真理子 ,   本田教一 ,   太田聖一 ,   佐藤章

ページ範囲:P.1223 - P.1229

■はじめに
 産褥期は,妊娠と分娩によって変化した母体が,妊娠前の状態に回復するまでの不安定な時期であり,この時期は精神医学的にも様々な障害が出現しやすい。この時期の一過性の抑うつ状態の頻度は高いといわれており11,17),産婦の健康管理において重要な問題である。また産婦の精神状態の悪化は,児にも影響することから8,23),母子精神保健の面でも大きな問題である。
 これまでも産褥期の一過性の抑うつ状態については多数の報告がなされている。しかしながら,その頻度や成因については一致した結果をみておらず,対策面でも不十分といわざるをえない。そこで我々は,産褥期の抑うつ状態に影響を及ぼす要因を探り,さらに対策を検討するために,抑うつ状態のスクリーニングに使用されるZung自己評価式抑うつ尺度(ZSDS)25)を産婦に施行し,同時に母体側要因,新生児側要因を調査した。得られた各要因のZung評点を比較検討し,若干の考察を加えたので報告する。

InSkaと志向性理論

著者: 金吉晴 ,   角田京子 ,   藤縄昭

ページ範囲:P.1231 - P.1236

■はじめに
 志向性尺度Intentionalitäts-Skala(InSka)4)は,精神分裂病におけるアパシーApathieの中心概念と考えられた志向性Intentionalitätの障害の測定のために,Heidelberg大学のChristoph Mundtが作成した評価尺度である。周知のようにMundtは1989年よりJanzarikの後任としてHeidelberg大学精神科の主任教授の地位にあり,同学派の精神病理学の伝統を受け継ぐ一方で,数理統計的な手法をも取り入れた研究を行っている。近年の精神医学においては操作的-経験的方法と理念的-解釈的方法との相違が浮き彫りになっているが,その中でとりわけ注目されるのが,ドイツ精神病理学の牙城であったHeidelberg大学の動向であろう。Mundtはその期待に応えるかのように,教授就任講演10)において両者を架橋する研究への意欲を見せており,その具体的な現れがInSkaであると考えられる。
 InSkaは1985年に初めて考想されたが,その最終版が決定されたのはMundtの教授就任以降である。筆者らはかねてよりこれに興味を抱いていたが,最近になって直接Mundt教授と対話,文通する機会に恵まれ,InSkaの日本語訳への快諾を得た。尺度ということに興味のない方でも,個々の項目を参照することによって,現象学的素養を持った精神病理学がどのような臨床現象を重視しているのかを知ることができると思う。なお翻訳に当たっては,日本語訳からのドイツ語への反訳を行い,それをMundt自身が原文と照合するという手続きをとった。以下にInSkaとともに,その基礎となるMundtの理論的な立場を紹介する。

動き

「世界精神保健連盟(WFMH)'93世界会議」印象記

著者: 井上新平

ページ範囲:P.1238 - P.1239

 上記世界会議が,1993年8月23日から27日までの5日間,千葉市幕張で開催された。会議の規模は,65の参加国,3,000名を越える参加者,900以上の演題数であり,まさに世界的規模であった。「21世紀をめざしての精神保健:テクノロジーと文化,そしてクオリティー・オブ・ライフ」のテーマでもたれた本世界会議は,いろいろな意味で画期的であったという評判である。第一に,久しぶりでアジアで開催されたこと,第二に,主催国の日本の運営能力が抜群であったこと,第三に,一般市民にも公開され精神保健のPRになったこと,第四に,精神保健の各要素がバランスよく討議されたことなどであった。
 事務局は,島薗安雄組織委員長,浅井邦彦事務局長のもと,9委員会と顧問団が組織され,総勢150名以上のメンバーで構成された。準備は,4年前にニュージーランドのオークランドで日本開催が決定された直後から始まり,入念が上にも入念に行われたと仄聞している。

「精神医学」への手紙

Letter—Clonazepam断薬を契機に生じた悪性症候群の1例

著者: 今泉寿明 ,   鈴木時彦

ページ範囲:P.1243 - P.1243

 clonazepam(CZP)の退薬症状(withdrawal symptoms;WS)を論じた竹内文一氏らの本誌掲載論文3)に関連して,類似する自験症例を示し双方の診断について考察する。
 症例は67歳の女性。60歳でうつ病相を初発,複数の気分安定薬に抵抗し数週間の病相を反復する双極感情障害Ⅰ型,rapid cycler。抗精神病薬は重篤なパーキンソン症状を惹起するため,躁病相極期にかぎり用いていた。66歳より1ithium(Li)600mg/日,valproate(VPA)600mg/日を併用したが効果は不十分であった。ある躁病相で,Li,VPAに気分安定薬としてCZP 4.5mg/日を追加したところ,10日目頃から流涎・失調を来した。20日目にCZPを中止,薬物療法を再構築すべくLi,VPAも同時に中断したところ,翌日から流涎・失調は軽快した。断薬5日目,粗大振戦・筋強剛・上半身の発汗・38℃台の発熱・せん妄・CPK上昇(1,744IU/l)が出現した。この時,薬物の血中濃度はすべて検出限界値未満であった。悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome;NMS)と診断,全身管理とdantrium,bromocriptine投与によって3週間後には完全に回復した。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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