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雑誌目次

論文

精神医学35巻12号

1993年12月発行

雑誌目次

巻頭言

やわらかな身体の復権

著者: 内村英幸

ページ範囲:P.1250 - P.1251

 最近の子供は,転んでもとっさに手をつかず額を打ってしまうとか,片足飛びができないとか,身体のやわらかい協調的な動きがうまくできないとよくいわれてきた。教師の問題児事例検討会で,小学2年生の子供が話題となったことがあった。衣服の着脱がうまくできない。マンガを書く場合には5本の指のある手を書いているのに,手を出してごらんと言っても,手という意味がわからず,どうしてよいかわからない。椅子に座ってもずり落ちる。首とか肩とかを分離させて動かせない。暖かいとか寒いとか形容詞がつくとその意味はさらにわからない。発達性失行失認と運動協調障害ともいえる現象である。
 この子は,5歳頃までおんぶしても身体をあずけず,母と視線が合わずに一人遊びのみで,自閉的であった。しかし,5歳頃より父母を探し,接触するようになってきたという。IQは130以上もある。身体接触が可能になって情緒的交流もできるようになると,身体の動きも,分節的にひとつひとつ教えるとできるようになってきている。身体接触と他者との共振を通して,自閉的世界から脱出し他者世界に開かれて,やわらかい身体の協調的な動きや身体感覚が生じてきているようで非常に興味深かった。

展望

行動療法とはなにか

著者: 山上敏子

ページ範囲:P.1252 - P.1263

■行動療法は方法の体系である
 もともと行動療法とはなにかということを,心理療法らしく生き生きとわかりやすく端的に定義することは難しいことであった。1959年に,初めて統一した治療概念としての行動療法という名称が提案されたが,その時の行動療法の概念は,現代の学習理論に基づく実験によって基礎づけられたすべての行動変容法21),であった。この概念を,例えば精神分析療法や森田療法などの,他の心理療法が持っている概念と比べると趣が全く異なっていることがわかる。この趣の違いは,行動療法の誕生を他の精神療法の誕生と比較してみることでさらによく理解できる。
 ほかのところですでに説明84)しているところではあるが,精神分析療法にしても森田療法にしても,これらの心理療法は,ある時代に,ある場所に生きた,一人の抜きんでた洞察力を持った臨床家の経験と思索を通した人間観や,人間モデルや,理想的な人間像がもとになって誕生した治療法であり,しかも初めから完成された理論と完成度が高い形を持っていたのである。したがってこれらの治療法の概略はまとまりのある姿として描きやすく理解しやすい。一方,行動療法は,異なる時代に,複数の場所で,複数の研究者によって行われていた,「行動」の出現や変化や維持に関する実験的な研究や観察から導きだされた理論や法則や,また研究や観察の方法が,臨床に応用されて心理的な治療法としての形を持つようになったいくつもの治療方法が,ある時,行動療法という名前のもとに集められて誕生した治療法である。ここには,思索的な人間観がもとになっているのではなく,いろいろな人間「行動」の理解と変容に向けた方法という,心理療法としての方向が明らかにみえる。

研究と報告

救命救急センターで経験された摂食障害の事故例の検討

著者: 高木洲一郎 ,   横田麻里 ,   女屋光基 ,   市来嵜潔

ページ範囲:P.1265 - P.1271

 【抄録】 第3次救急医療で経験された摂食障害の事故例7例を報告した。平均年齢は20歳と若い。事故には行動障害による必然的事故と,過食症の偶発的事故がある。前者は自殺2例,自殺未遂4例で,些細なことで短絡的に飛び降りなど極めて危険な手段で自己破壊行動をとっている。したがって本症の一部は,行動障害にも十分に注意が必要である。事故例の危険因子として,過食とパージングがある,親への依存攻撃が激しいなど感情不安定,社会適応レベルも非常に悪い,過去にも事故歴のあるものが多いなどを認めた。multi-impulsive bulimiaとの関連を論じた。このような重症例は,閉鎖病棟での管理,薬物の管理に配慮しながら強力な鎮静作用を持つ抗精神病薬を投与することなどを考慮すべきであろう。また偶発的事故例として,嘔吐するために用いていたフォークを誤嚥し緊急に開腹手術を必要とした1例を報告した。過食症の事故に対する注意を喚起したい。

男女高校生における神経性過食症の出現頻度

著者: 武田綾 ,   鈴木健二 ,   松下幸生

ページ範囲:P.1273 - P.1278

 【抄録】 神奈川県内の公立高校2年に在学している男女高校生約2,500名を対象に,過食や下剤乱用,自己誘発嘔吐などを含む異常食行動および,体重・体型におけるセルフイメージの調査を実施した。対象となった男女高校生の体重は,標準体重の各々97%,94%であり,男女ともやややせ気味であった。しかも女子生徒は,その体重をなお過大評価する傾向が認められた。過食については「週2回以上」行っている者が男子高校生5.1%,女子高校生5.6%存在し,減量方法としては,自己誘発嘔吐や下剤乱用よりも,激しい運動や食事制限のほうが多かった。DSM-Ⅲ-Rの診断基準に基づいた神経性過食症は,男子高校生0.7%,女子高校生1.9%に存在し,男女間に出現頻度の大差は認められなかった。

分裂病と誤診されていた慢性脳炎の1例—持続性髄液細胞増多を示す慢性脳炎

著者: 丸井規博 ,   深尾憲二朗 ,   岡江晃 ,   扇谷明 ,   水谷江太郎 ,   川西健登 ,   吉岡隆一

ページ範囲:P.1279 - P.1286

 【抄録】 症例は27歳,男性。16歳時に幻覚妄想状態にて発症,激しい興奮・自傷行為があるためほとんど入院にて経過していた。約10年間,精神分裂病の診断は変更されていなかったが,頭部CTにて顕著な大脳萎縮に気づかれたことをきっかけに脳器質疾患の検索が開始され,持続性髄液細胞増多が確認されたため慢性脳炎と診断が改められた。髄液培養により一般細菌,真菌,結核菌による脳炎は否定され,抗体検査からトキソプラズマ,梅毒,ボレリア脳炎も否定された。髄液ウイルス抗体価はELISA法にて数種のウイルスにつき陽性であるが,起因ウイルスは確定できていない。精神病理学的には分裂病と鑑別することは困難であり,回顧的には本例の生来性難聴に注目する以外には鑑別診断の端緒がなかったと思われる症例である。文献的にも検討し,本例は胎内感染・思春期不顕性発症の慢性ウイルス脳炎ではないかと推定した。

Nocturnal paroxysmal dystoniaの1症例—睡眠時の覚醒反応との関係について

著者: 齊藤靖 ,   清水徹男 ,   粉川進 ,   高橋賢一 ,   神林崇 ,   菱川泰夫

ページ範囲:P.1287 - P.1294

 【抄録】 Nocturnal Paroxysmal Dystonia(以下NPD)は,睡眠中に限って生じる発作性の粗大な異常運動エピソードを主症状とする症状群であり,1981年のLugaresiによる記載に端を発する。NPDは現在では睡眠障害の国際分類International Classification of Sleep Disorders(以下ICSD)の睡眠に付随する異常現象parasomniaの1つとして分類されているが,その病因や病態生理はいまだ不明であり,単一の疾患であるのか,異なる疾患群を含むものかも明らかではない。我々は,NPDの1症例につき睡眠ポリグラフ検査を反復して行い,その病態につき検討した。本症例では,何らの異常脳波の出現もみられなかったが,異常運動エピソードの出現に先行して常に脳波上の覚醒反応がみられたことから,異常運動エピソードの発現に覚醒反応が関与している可能性が高いと考えられた。

睡眠・覚醒リズム障害に対するビタミンB12の治療効果—診断と効果判定上の問題点

著者: 岡本典雄 ,   内山恭子 ,   大橋裕 ,   田口博之 ,   西本雅彦 ,   星野良一 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.1295 - P.1302

 【抄録】 静岡県に在住の睡眠・覚醒リズム障害の外来患者20名にビタミンB12の1.5mg/日あるいは3.0mg/日を投与した。患者の内訳は,睡眠相後退症候群(DSPS)16例,長時間睡眠者3例,不規則型1例であった。治療効果を睡眠・覚醒リズムと自覚症状に分けて検討したところ,DSPSではリズム・自覚症状ともに改善を認めたものが4例,自覚症状のみの改善が7例,長時間睡眠者ではリズム・自覚症状ともに改善が2例であり,全体では6例(30%)にリズム・自覚症状の改善が認められた。この結果は,ビタミンB12の有効性を示唆するものと思われた。しかし,睡眠・覚醒リズム障害の診断については他の精神疾患との鑑別や患者の人格の関与の問題,また,ビタミンB12の効果判定における心理・社会的要因の関与などが新たな問題点として指摘された。そこで,心理検査を施行し,症例を提示して,診断と治療効果の判定について検討を加えた。

精神科救急における老人患者の実態

著者: 加藤寛 ,   飛鳥井望 ,   森田剛 ,   米澤洋介 ,   三宅由子 ,   中村陸郎

ページ範囲:P.1303 - P.1310

 【抄録】 都立墨東病院における東京都夜間休日精神科救急を受診した65歳以上の老人患者は救急総件数の2.5%であった。その中の初診者132名について,性比をmatchingした同数の精神科通常外来初診老人患者を対照群として比較検討した。救急群の診断では分裂病圏・妄想性障害とアルコールによる障害が多く,器質性精神障害,神経症性障害が少なかった。また痴呆症状のみで事例化した者はわずかで,多くは他の精神症状を合併していた。事例化に際しては老人といえども激しい精神症状や問題行動を伴った例が多く,警察官関与率,救急入院率の高さなど「堅い救急」の特徴を示していた。今回の調査では生活状況や社会的孤立化傾向と救急事例化の間に明らかな相関性は認められなかった。救急事例化に際しては,通常のサービスを経ることなく受診となった者が過半数を占め,精神科救急が事例化の最初の窓口として,その後の適切なケアにつなげる役割を担っていることがわかった。

長期経過からみた中間領域の位置づけ—内因性精神病の経過力動に関する研究3

著者: 岩井一正 ,   石原さかえ

ページ範囲:P.1311 - P.1318

 【抄録】 二分法のはざまに当たる中間領域に,孤立した1単位を求めず,分裂病症状と感情病症状の重畳関係に基づいて複数の類型を定義し,個々のエピソードを類型評価する方法で長期経過を検討した。対象は独自の経過研究の母対象74例のうち二分法におさまらない経過をとった29例である。感情病と分裂病の間にスペクトル化された5つの類型は,平均約17年の個々の経過の中で,頻回な類型交代を示した。また変遷の方向には,類型ごとに相違がみられた。初回観察の類型から長期的な病像の行方を予測するならば,中間領域の内部に,二分法的切れ目がつけられる。すなわちDSM-Ⅲ-Rになぞらえれば,精神病像を伴う気分障害と分裂感情病障害の間である。しかし経過途中の類型交代を考慮すると,個別類型に寄せられる予後指標の信頼性は相対化される。中間領域では,類型を定型的に眺めるよりも,形態の可変性に注目することが重要である。

短報

MAO阻害薬が奏効した非定型うつ病像を伴う双極性障害の1例

著者: 横山知行 ,   多田利光 ,   飯田眞

ページ範囲:P.1321 - P.1324

 近年,気分反応性,過眠,過食などの逆転した自律神経症状,疲労感,対人関係での過敏性,強い不安感などの症状を特徴とするうつ病にはMAO阻害薬が奏効することが注目されており,このようなうつ病は非定型うつ病と呼ばれている3,7)。我々は,先に著しい不安焦燥,過食,気分反応性,疲労感を特徴とし,これらの症状が三環系抗うつ薬には反応しなかったが,MAO阻害薬で改善を示したことから非定型うつ病と考えられた症例を報告した7)
 今回,我々は,双極性の非定型うつ病と考えられる症例を経験したのでここに報告し,若干の考察を加えたい。

Micrographiaを呈したcarmofur白質脳症の1例

著者: 安田究 ,   神谷輝 ,   中嶋照夫

ページ範囲:P.1325 - P.1327

 悪性腫瘍の治療に使用される抗癌剤は,副作用として重篤な中枢神経系の障害を来すことがあり,なかでもmethotrexateによる白質脳症や5-fluorouracil(以下5-FUと略)による小脳症状などが有名である。日本で開発され1981年に承認されたcarmofur(1-hexylcarbamoyl-5-fluorouracil)は5-FUのmasked compoundであり,優れた抗腫瘍効果と広い抗腫瘍スペクトルを持つため広く臨床で使われているが,1982年に大越ら8)により本剤に起因する白質脳症の症例が報告されて以来,同症の発症例は今なお散見されている。
 Carmofur白質脳症はいったん発症すると速やかに投薬を中止する以外に有効な治療法がなく,重篤な不可逆性の神経症状を呈するため,その早期発見が極めて重要である。同症の初期症状としては,従来から歩行障害,構音障害,健忘などが知られているが4),我々は歩行時のふらつきの後micrographiaを呈して発症に気づかれた1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

精神分裂病様症状を呈した左視床梗塞の1症例

著者: 福良洋一 ,   多田幸司 ,   坂井禎一郎 ,   高橋栄 ,   鈴木健史 ,   小島卓也

ページ範囲:P.1329 - P.1331

 最近になって,精神障害の発現における視床の役割が注目されるようになっている。視床内には多数の神経核が存在し,それらは内側核群,腹側核群,および外側核群に分類される。精神症状の発現と特に関係の深い背内側核は内側核群に属し前頭葉皮質と密接な線維連絡を有している。Carlsson1)は,視床の感覚のフィルターとしての役割に注目し,精神分裂病では興奮性の脳幹網様体・視床路および視床・皮質路が脱抑制され,その結果,過覚醒,知覚異常,異常行動などの精神症状が出現すると推測している。今回,我々は妄想気分,妄想知覚,被害妄想,幻聴などの精神分裂病様症状および知能低下を来した症例を経験した。この症例でCTスキャンおよびMRIで視床内側核部に小梗塞巣を認めたため,視床内側核の障害と精神症状の関係について考察し,報告する。

抗精神病薬の内服治療中に血液検査上多彩な異常所見を認めた精神分裂病の1例

著者: 安部秀三 ,   水上勝義 ,   堀孝文 ,   白石博康 ,   小泉準三

ページ範囲:P.1333 - P.1336

 抗精神病薬の副作用の中で,稀ながら重篤なものの一つとして,血液障害が知られている。そのうち,白血球減少症11),好酸球増多症2,8,14),顆粒球減少症1,13)などについてはこれまでいくつか報告が散見されるものの,汎血球減少症(pancytopenia)についての報告は極めて稀である3〜5,9,12,14)。今回筆者らは,抗精神病薬の内服治療中に白血球減少症,好酸球増多症,汎血球減少症など多彩な血液異常所見を来した1例を経験したので,ここに報告する。

MRIにて側頭葉に病変が認められL-DOPSが有効であった吃音(initiation)の1例

著者: 河田泰原 ,   岡田滋子 ,   塩浜直弘 ,   井上令一

ページ範囲:P.1337 - P.1339

 今回我々は,心理的要因が先行した発語障害で,頭部MRI検査にて側頭葉に異常所見を認め,L-DOPSによる治療が有効であった症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

紹介

メキシコにおける非行少年グループの実態

著者: 角川雅樹

ページ範囲:P.1341 - P.1347

■はじめに
 筆者は先に「メキシコにおける喫煙,アルコール,薬物の問題」と題して,メキシコにおける,「依存」の問題を紹介した3)。そして,この時は,メキシコの全国調査に基づく統計資料を中心に述べた。
 今回は,Banda(バンダ)と呼ばれる,非行少年グループの実態を,ケーススタディとして紹介することにしたい。

「精神医学」への手紙

Letter—精神分裂病圏患者にみられた眼球運動の停止現象

著者: 松井三枝 ,   倉知正佳

ページ範囲:P.1348 - P.1348

 視覚的課題遂行時の開瞼時眼球運動検査中に,これまで報告がないと思われる眼球の停止現象を認めたので報告したい。我々が検査の目的と内容を説明し,同意を得て眼球運動検査を施行した対象者は,これまで132名(精神分裂病圏患者54名,うつ病患者15名,健常者63名)である。課題はベントン視覚記銘検査およびWAISの中の絵画完成課題で,ナックV型アイマークレコーダーを用いて解析した。
 被検者の眼球運動はいずれの課題においても注視点への停留(約200から400msec)と注視点間のすばやい移動(サッケード運動)を示した3,4)。しかし,一部の患者にはその途中で眼球の微動もなく,1〜5.6秒もの間ぴったりと停止する現象が認められた。その内訳はDSM-Ⅲ-Rによる診断で精神分裂病5名,精神病性障害1名,分裂病型人格障害1名で,すべて精神分裂病圏患者(13%)であった。この7名の平均年齢は19.8歳(SD=4.3),平均罹病期間は2.3年(SD=1.5)であった。

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精神医学 第35巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

KEY WORDS INDEX

ページ範囲:P. - P.

精神医学 第35巻 著者名索引

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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