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雑誌目次

雑誌文献

精神医学35巻2号

1993年02月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学における診断

著者: 武正建一

ページ範囲:P.114 - P.115

 操作的診断基準(DSM)についてはこれまでにも再三取り上げられていて,何を今さらと思わないでもないが,従来の精神医学的診断に基礎を置いてこの提案を眺める立場に対して,それとは異なるであろう世代にとってのこれからはどうであろうかと考えるとやはり気になる事柄である。

特集 加齢に関する精神医学的な問題

人口の高齢化と精神医学的研究

著者: 稲永和豊

ページ範囲:P.116 - P.116

 人口の高齢化,それも他の国々にみられない急速な高齢化を経験する我が国では,種々の医学的,社会的な問題が起こることが予測される。今回取り上げたシンポジウムの内容は精神医学的な問題のほんの一部にしかすぎない。このような問題に関連して世界的な動きとしてどのような研究課題があるかを知るためには,1992年6月28日〜7月2日にフランスのニースで開かれた第18回CINPの様子をみればよい。この会議においては21世紀を迎えての最も重大な課題はアルツハイマー病とその関連疾患に関する精神医学的な研究であろうという意見が出ている(Congress News,7月2日)。
 このトピックスに関するセッションが9つも開かれたことからも明らかである。例えば「加齢に関連した認知障害」「加齢とアルツハイマー病におけるSPECT(single photon emission computed tomography)」「記憶の機能:精神薬理学的な見通し」「アルツハイマー病の治療に関する新しい戦略」「成功した脳の加齢」「コリン作動系と神経の可塑性」などシンポジウムの題目をみただけでもいかに多くの課題があるか明らかである。

痴呆の病態生理と動物モデル

著者: 池田久男

ページ範囲:P.117 - P.125

 本論文は第14回日本生物学的精神医学会(会長松本啓,鹿児島市,1992)におけるシンポジウム「加齢に関する精神医学的な問題」で発表した内容を補足したものである。このシンポジウムでは生理的ならびに病的高齢者脳の病理学や生化学については他演者の発表があるので,ここでは臨床ならびにモデル動物作成の面から,痴呆の病態生理について検討を試みたいと思う。
 痴呆は知的機能の障害であり,器質性脳症候群の中核症状である。痴呆は,①一度獲得された知能が,②後天的に生じた器質性脳損傷の結果,③持続的に障害された状態と定義される。この定義により,生来性や周産期の脳障害に基因する知能発達障害(精神発達遅滞),非器質性の痴呆類似の状態(偽痴呆),および比較的短期間に症状の消長がみられる意識障害から痴呆は臨床的に区別される。

老人の生化学

著者: 播口之朗 ,   中村祐 ,   武田雅俊 ,   西村健

ページ範囲:P.127 - P.133

■はじめに
 老年期には,意識障害,痴呆,うつ状態などの精神医学的症状が出現しやすく,とりわけ,痴呆が「加齢に関する精神医学的な問題」として注目されている。生理的老化において痴呆類似の精神状態や衰退現象がみられるが,これらの背景には身体的因子,心理・社会的因子,自然環境因子などの多元的因子が存在している。これらの因子が複雑に関与していることが老年期精神障害の特徴であるが,なかでも加齢に伴う身体的因子が最も重要な背景になっていると考えられる。基本的な身体的背景は生物学的老化の過程であり,生化学的知見により多くの老化のメカニズム(フリーラジカル説,遺伝子説,DNA複製エラー説,突然変異説,免疫異常説,有害物質蓄積説,ウイルス説など)が提唱されている。本稿においては主として脳の老化にっいて述べるが,脳の老化は全身の老化の1事象としてとらえる必要があると考えられる。

脳病理の現状と課題

著者: 三山吉夫

ページ範囲:P.135 - P.143

■はじめに
 加齢の脳病理については古くて新しい課題が今日もなお続いており,多方面からのアプローチがなされている。そのすべてについて記載する能力を筆者は持ち合わせていないし誌面の都合もある。ここでは精神老化に関連した脳病理についての現状と今後の課題について述べる。

睡眠と体温リズム

著者: 坂本哲郎 ,   中沢洋一 ,   内村直尚 ,   土山祐一郎

ページ範囲:P.145 - P.152

■はじめに
 年齢により睡眠は質的にも量的にも大きく変化する。新生児は一日の3分の2は眠って過ごし,そのうち半分はレム睡眠によって占められるが,幼児期から小児期にかけてレム睡眠は著明に減少する。また,新生児は多相性の睡眠を示すが,徐々に一相性となり思春期から青年期になると睡眠は夜間に集中し総睡眠時間も6時間から8時間と一定してくる。その後,50歳を過ぎる頃から夜間の中途覚醒が漸増し,睡眠時間は減少傾向を示す。老年期の夜間睡眠の特徴は徐波睡眠,特に段階4の著明な減少,段階1の増加,中途覚醒の増加,全睡眠時間と睡眠率の減少,レム睡眠の減少とレム潜時(入眠から最初のレム睡眠が出現するまでの時間)の短縮などである。一方,高齢者では時に昼寝をするようになり,一日の睡眠経過は不規則な多相性睡眠の兆候を示し,一日の総睡眠時間はかえって増加する傾向を認める。
 さて,この地球に存在するほとんどすべての生物は動植物を問わず固有のリズムを有することにより環境に適応している。ヒトにおいても様々な生体現象がサーカディアン・リズムを基本として変動するが,こうした生体リズムもまた加齢とともに変化する。一方,近年の時間生物学の発展により睡眠と深部体温リズムとの間には密接な関係があることが明らかにされてきた。
 本特集では高齢者における睡眠や睡眠・覚醒リズム,深部体温リズムの変化について検討するとともに,睡眠と体温リズムの関係や睡眠,特に徐波睡眠の機能的意義を通して高齢者にみられる睡眠の変化の機序についても考察を加える。

プリオン遺伝子

著者: 立石潤

ページ範囲:P.153 - P.157

■はじめに
 クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)およびその遺伝的亜型といわれるゲルストマン・ストロイスラー病(GSS)の患者脳からは感染性のあるプリオン蛋白(PrP)が抽出される20)。これはニューギニアのクールーや羊のスクレイピーと,それが他の動物に伝播したものにも認められるが,他の疾患にはみられない特異的な蛋白質である。そのためこの疾患群を“プリオン病”と呼ぶこともある。
 プリオン病はかつては“遅発性ウイルス感染症”の代表的な疾患といわれ,実験動物にも伝播させることができるが,ウイルスは発見されず,感染症としての臨床,病理所見にも乏しい。さらにGSSやスクレイピー好発動物にPrP遺伝子の異常が発見され,遺伝病としての性質が最近,注目されてきた。したがって感染病と遺伝病の境界に位置する疾患で,発病年齢と症状の点からは初老期〜老年期痴呆に含まれる病群である。

研究と報告

炭塵爆発により集団発生した一酸化炭素中毒患者の15〜17年後の状態—入院患者について

著者: 立津政順 ,   三村孝一

ページ範囲:P.159 - P.167

 【抄録】 1963年の三池鉱爆発により発生した839人のCO中毒患者のうち,1979年3月から翌年10月まで,後遺症のため入院中の全患者67人の実態を明らかにする目的で調査がなされた。それによると,知的機能障害65例(記銘59,記憶障害45などからなる),健忘症状群43,神経心理学的症状36,神経症状60,情意障害67(欲動減退64,感情鈍化61など)などがみられた。症度は高度26,中度27,軽度14で前二者が著しく多い。無力—弛緩状,うつ状態,訴えに積極性を伴う自覚症状は,B労組の者に少なく,A労組の者に多い(p<0.05)。会社との間で前者は協調・優遇,後者は対立・冷遇の関係にある。うつ状態と神経症状態,無力—弛緩状との関係は密で相伴って現れる傾向が大(p<0.05)。分裂病状態は,障害の最高度例,CT像で著明な前頭葉障害例に多い(p<0.01)。後遺症の基本は,知的機能障害,欲動減退,感情鈍化からなる。在宅患者に比べ入院患者では,初期昏睡時間が12,特に24時間より長い例が多い(p<0.001)。

単極性・内因性うつ病の慢性化について—特にメランコリー親和型性格(Tellenbach)に注目して

著者: 中西俊夫 ,   磯部文男

ページ範囲:P.169 - P.176

 【抄録】 DSM-Ⅲ-RのMajor Depression,melancholic typeの診断基準を満たす外来通院うつ病者で,2年以上症状が続いた者17名と,性・年齢がマッチし1年以内に寛解した者17名をretrospectiveに調査・比較した。慢性化を予測する因子としては,発症から初診までの期間が長いこと,病前性格におけるメランコリー親和型(Tellenbach)の程度が強いこと,経過中のストレスとなる出来事が多いことの3点が明らかになった。一親等親族でのうつ病の家族歴,初診時のハミルトンスケールの得点などでは両者の間に有意差はみられなかった。神経症性うつ病を別にすれば,病前性格においてメランコリー親和型の程度が強ければ,単極性・内因性うつ病は慢性化しやすいと考えられる。

一卵性双生児のうつ病の女性不一致例

著者: 横山知行 ,   飯田眞

ページ範囲:P.177 - P.183

 【抄録】 うつ病を発症した女性一卵性双生児の不一致症例について,その生育史と病前性格の形成,また両者の結婚後の家族状況を中心に報告した。本症例では双生児両者の生育史と病前性格が類似していたため,うつ病不一致の要因は二人の生活環境の違いが顕著となった結婚後の家族状況に求められた。二人の結婚後の家族状況の比較検討から,発病を免れた相手方(A)の家族状況の特徴として,①強力な庇護者の存在,②良好な夫婦関係が保たれていたこと,③変化の少ない生活環境が得られていたことが明らかになった。これらの点がAのうつ病発症について抑止的に働いた可能性について,うつ病の家族研究やEE研究を踏まえながら考察を加えた。また,Aが発病を免れた状況はBの治療モデルとして有用であり,ひいてはメランコリー型性格者が安定する状況であると考えられることを指摘した。

神経性無食欲症における聴性脳幹反応(ABR)—低体重とABR所見との関連について

著者: 宮本洋 ,   佐久間健一 ,   熊谷一弥 ,   小泉準三

ページ範囲:P.185 - P.189

 【抄録】 神経性無食欲症患者は正常者に比較して,ABRの振幅比が有意に低い値を示し,また脳幹が視床下部の摂食中枢と神経伝導路上密接な関連があることから,脳幹機能の障害が同症の病態生理に何らかの関与を有する可能性についてはすでに報告した。しかし,低体重状態がABR波形に与える影響については不明であった。そこで,本論文ではABRを施行した神経性無食欲症の患者を,検査時点において低体重であった群と体重を回復していた群とに分類し,そのABR波形について比較検討した。その結果,両群のABR所見の間に有意の差がないことが確認された。したがって,神経性無食欲症におけるABRの低振幅比が体重減少に由来する二次性の所見ではないことが示唆された。

分裂病様症状で経過し痴呆を呈した特発性大脳基底核石灰化症の1例

著者: 坂西信彦 ,   辰野剛 ,   梶田修明 ,   井口喬

ページ範囲:P.191 - P.196

 【抄録】 長期に分裂病様症状で経過し,パーキンソン症状,痴呆が発症し放射線学上大脳基底核石灰化症が発見され,精査を受け特発性大脳基底核石灰化症と診断された1症例を報告する。偽性(偽性)副甲状腺機能低下症,家族性大脳基底核石灰化症,Fahr病との関連について考察したが,これらの疾患の定義はいまだ混沌としており,今後さらに症例を集積し遺伝形式を含めた検討が必要と考えた。放射線学上のCT値より大脳基底核石灰化症が分裂病様症状の契機となりうる可能性を示唆した。またIMP-SPECTにおける前頭葉部血流低下の所見から大脳基底核石灰化症による痴呆は脳血管性痴呆と同様の機序により生ずる可能性を示唆した。

短報

インターフェロン療法中に躁状態を呈した慢性C型肝炎の1症例

著者: 渡辺朋子 ,   安克昌 ,   生村吾郎 ,   大家学 ,   中井久夫

ページ範囲:P.197 - P.199

 1992年4月よりインターフェロン(IFN)がC型肝炎治療の健康保険適応となり,IFN投与症例が全国的に増加した。IFNの副作用には,発熱,全身倦怠感,食欲低下,頭痛,関節痛などのインフルエンザ様症状が知られているが,近年,精神症状の発現が注目されている2〜4)
 今回我々は,IFN投与中に躁状態に至った慢性C型肝炎の症例を経験したので報告する。

慢性疲労症候群と診断された5症例の精神医学的側面

著者: 清水將之 ,   松本美富士 ,   古川壽亮 ,   奥村和賀美

ページ範囲:P.201 - P.203

■はじめに
 近年,内科学や臨床免疫学の領域において慢性疲労症候群(以下,CFSと略す)と呼ばれる病態が関心を集めており,日本でも1991年8月に厚生省が研究班を発足させた4)。米国防疫センター(CDC)は研究を推進するためのworking case definitionを設定して,現在世界的にこの定義枠を使用して研究が進められている3)。CFSをめぐる論議において,しばしばうつ病との鑑別が論議されているが,いまだ明確な見解が提示されていない。最近,我々はCFSと診断された症例を観察する機会を得たので,若干の考察を加えた。

介護環境の変化によりADLの改善が認められた中年ダウン症候群の2例

著者: 小野善郎 ,   東雄司

ページ範囲:P.205 - P.207

 中年期以降のダウン症候群者ではアルツハイマー病の神経病理学的所見を高率に認め,特異的な老化,すなわち早期老化現象が知られている3,4)。しかし,臨床的な痴呆の合併率については報告者によって異なり,病理学的所見との間には解離がある7,8)。一方,多くの中・高年ダウン症候群者は高齢の親によって家庭で介護されており,社会的接触をほとんど持たずに生活している。そのため,精神機能や活動性の低下は,早期老化によるものとしてだけでなく,このような独特な介護環境に起因することも考慮する必要がある。我々は老父母によって長らく家庭で介護されてきた中年ダウン症候群者が,施設入所により介護環境が著しく変化したことを契機に,ADLの改善を認めた症例を経験したので報告する。

古典紹介

M. フリードマン「パラノイア学説への寄与」(第2回)

著者: 茂野良一 ,   佐久間友則 ,   大橋正和

ページ範囲:P.209 - P.216

 症例5 アンナ・N夫人,左官屋の妻,40歳。
 遺伝負因が存在する。患者は,非常に肥満した,快活で感情の高揚した人物で,今までに精神的な異常はなかった。彼女には子供がなかったが,結婚生活はこれまでの14年間を通じて平穏無事であった。最初の障害は,名前の混同によって彼女の夫の元にあるいかがわしい女性から一通の手紙が届いた去年の夏に起こった。その手紙の中で彼は情事を続けるよう求められていた。彼が自分からその手紙を妻に見せたところ,最初は彼女もその取り違いをおもしろがっていた。しかし,その後数週間はずっとその出来事に疑いを抱き,それについて多くを語らず不機嫌であった。9ヵ月後に借家人の一家が引っ越してきたが,彼らには里子に出した幼い私生児がおり,また彼らの所にはふしだらな女性が出入りしていた。このことが火のついた嫉妬にますます油を注ぐことになった。患者は,夫がその私生児の父親ではないか,そして妻である自分にはそのことが隠され続けているのではないかと疑った。それについて彼女は激しく感情を昂ぶらせ,夫に自分の罪を告白すべきだと始終しつこく要求して夫を絶え間なく徹底的に苦しめた。他方,彼女は玄関の間などを通り抜ける時にはいつも,その借家人一家の動静をうかがうために窓や廊下の戸口の所で見張りをした。そしてやがて彼女は時間の大部分をそれに費やすようになった。

動き

「宇宙環境精神医学研究会」印象記

著者: 渡辺登

ページ範囲:P.218 - P.219

 昨年9月に米国スペースシャトル,エンデバー号で毛利衛宇宙飛行士が8日間にわたり無重力環境を利用した34テーマの宇宙実験を実施した。テレビでの宇宙からの授業は,宇宙開発が身近かであるとの印象を与えたであろう。宇宙飛行はサイエンス・フィクションだけの世界では,もはやなくなっている。
 そんな折,第2回宇宙環境精神医学研究会が1992年10月4日に慶應義塾大学病院の大会議場で開催された。宇宙環境での精神医学に興味を持つ人々が多数参加し,3つの演題を熱心に聞いていた。それら演題について,簡単に紹介したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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