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雑誌目次

論文

精神医学35巻7号

1993年07月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科リハビリテーションへの誘い

著者: 東雄司

ページ範囲:P.688 - P.689

 かつて,我が国の精神科病院でも,マックスウェルジョーンズに従って病棟内を治療共同体(therapeutic community)として構成し,病者の健常な部分へ働きかけて,環境への適応を図り,病状の安定を期待するという考えがもてはやされた時期があった。やがて,長期になりがちな入院患者をいかに退院,社会復帰させるかについて,学会などでも多くの議論を呼んだが,容易に現実のものとはならず,いわゆる中間施設構想も安上がり医療の隠れみのにすぎないとして反対が強く,一般化するに至らなかった。しかし,外来デイケアについては,まず,全国の保健所や一部の独立施設などで実施され,次いで医療費の点数化に伴って大学や精神病院でも積極的に実施するところが多くなったが,和歌山県のように精神科医療機関ではいまだ1カ所も設置されていないところもある。ところで,全国の小規模共同作業所には心身障害者にまじって精神障害者の受け入れも進み,数では保健,医療機関のデイケアに通所するものを上回るようになり,さらにこうした作業所を基盤にして地域家族会や当事者たちの自助グループが結成されている。

展望

定型および非定型抗精神病薬—分裂病治療薬の新しい動向

著者: 八木剛平 ,   神庭重信 ,   稲田俊也

ページ範囲:P.690 - P.701

■はじめに
 非定型抗精神病薬(atypical neuroleptics)という言葉は,ここ数年の間に世界各地の学会や雑誌を賑わせており,分裂病の薬物療法に携わる臨床医にとっても無視できないものになってきた。第1の問題は,「非定型」抗精神病薬(非定型薬と略)は,その対語である「定型」抗精神病薬(定型薬と略)とどこがどう違うのか,第2は,非定型薬の中に既存の抗精神病薬の限界を超えた新しい分裂病治療薬が期待できるのか,ということであろう。本誌の展望欄の主題として,「定型および非定型抗精神病薬」が選ばれたのは,このような理由からと思われる。
 そこでまず本論文の前半においては,抗精神病薬に関する非定型概念の起源と変遷をたどり,今日のいわゆる非定型薬について開発の現状を紹介することにした。ただし現在まで開発が進められている新しい化合物とその候補物質の大部分は,すでにいくつかの総説で紹介されている(八木198951),稲永199120),稲田199319))。またこれらすべてに関する最新の情報を網羅することは,筆者のような臨床医の能力を超える作業である。したがってここでの記述は,臨床試験の結果がある程度まで判明した薬物を中心にした。
 次に本論文の後半では,定型薬に関する近年の知見に基づいて,抗精神病薬に関するこれまでの定説を再検討することにした。非定型概念の成立にみられるように,今日の新薬開発論は——少なくともその一部は——定型薬の臨床的および薬理学的な概念を前提として発展してきた。したがって定型薬に関するこれまでの見解が修正されるとすれば,それは新しい薬物開発論のために寄与するところがあるのではなかろうか。本論文の副題を「新しい分裂病治療薬の動向」ではなく,「分裂病治療薬の新しい動向」としたのはこのような理由からである。
 さらに,これまでの非定型薬の開発における作業仮説と定型薬の臨床効果・奏効機序に関する見解を検討してみると,そこには共通の先入観または固定観念——薬理学的には単数または複数の神経伝達系の制御,臨床的には特定の症状または症候群の抑制——が潜在しているようにみえる。このような薬物療法観と新薬開発論は,結局ある特定の疾病観と治療観の反映ではないか。新しい薬物開発論のためには別の見方も必要ではあるまいか。本論文の最後で筆者らはこの問題を,分裂病の治療史に照らして検討することにした。

研究と報告

マニー型性格を基礎性格とするうつ状態—熱中性に関する精神病理学的考察

著者: 津田均

ページ範囲:P.703 - P.712

 【抄録】 症候学的にはうつ状態のみを呈しているが,基礎性格はマニー型性格と考えられた6症例を呈示し,マニー型性格の病理を考察することにより,マニー型性格者にうつ状態が生起する構造を論じた。これらの症例はいずれも,高度の活動性,社会適応を示しながら壮年期よりうつ状態を呈し,遷延化していたが,絶えざる自立的活動の希求,権威からの圧迫への反逆などに,マニー型性格の特徴が見いだされた。次いで,マニー型性格の病理を,患者と社会規範的なものとの間の関係性についての考察から,自己の自立性の確保が持続的な熱中的活動投企の中に膠着している構造として論じ,うつ状態の生起を,活動による自己達成の背後に,非活動,停滞に伴う自己喪失が出現するという観点から考察した。さらに経過についての分析から,遷延化の様態の理解と治療においても,基礎性格の構造についての把握が不可欠であることに言及した。

神経症圏に対する集中内観法

著者: 川原隆造 ,   木村秀子 ,   長沢宏

ページ範囲:P.713 - P.720

 【抄録】 集中内観法(以下,内観療法)の神経症に対する治療効果をみるために,15名の神経症者(男子8名,女子7名)を対象にした。年齢は20〜53歳で,平均年齢は34.5±10.9歳であった。内観療法後の観察期間は2〜19カ月で,平均観察期間は12.6±5.4カ月間であった。内観療法は吉本の原法に従った。結果の概略は以下の通りである。
 (1)15名のうち12名(80%)は著明な効果(著効)を示し,そのうちの9名は治療を終結することができた。残りの1名は有効で,2名はやや有効であった。(2)病態レベルが深いと,内観療法による治療効果は期待できなかった。(3)内観の深さと治療効果とが必ずしも並行しない症例があった。(4)内観中の身体症状の軽減ないし消失も治療効果をもたらす大きな要因となった。

妊娠悪阻に影響を及ぼす精神的要因に関する調査研究

著者: 高橋留利子 ,   管るみ子 ,   伊藤光宏 ,   白潟稔 ,   本田教一 ,   萩原真理子 ,   太田聖一 ,   佐藤章

ページ範囲:P.721 - P.727

 【抄録】 妊娠中期の正常妊婦を対象につわりの程度,妊婦自身の性格要因,環境要因,夫や家族などの環境要因に関するアンケート調査を行った。つわりの程度は,最低0点,最高24点の悪阻評点として表した。その結果,97%で何らかのつわりの自覚症状が認められ,悪阻評点の平均値は12点であった。妊娠悪阻に関与する質問項目を探索するために,応答を悪阻評点として,説明変数を妊婦自身の履歴に関する質問および妊婦の過去の生活環境・心境に関する質問とした場合と,夫自身に関する質問および妊婦の現在の生活環境・心境に関する質問とした場合でそれぞれ重回帰解析を行った。その結果,「妊婦の年齢が高い」,「妊婦の性格が社交的」,「妊婦の母親の養育態度が無関心」,「夫の性格が引っ込み思案」,「夫の母親との交流がない」の5項目が有意であった。すなわち,これらの項目に該当する例ではつわりが軽いことが示唆された。

恐慌性障害の症例研究:3—DSM-Ⅲ-Rによる診断とICD-10 DCRによる診断との比較

著者: 塩入俊樹 ,   村下淳 ,   加藤忠史 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.729 - P.735

 【抄録】 DSM-Ⅲ-R診断基準によって診断された恐慌性障害の166症例に,第10回改正版国際疾病分類研究用診断基準(ICD-10 DCR)を適用し,以下の結果を得た。(1)DSM-Ⅲ-Rにより恐慌性障害と診断された者のうち,ICD-10 DCRの恐慌性障害の診断にも適合した者は全体の65.1%であった。(2)症状項目数の基準に関しては,DSM-Ⅲ-Rの恐慌性障害の93.4%がICD-10 DCRの基準を満たすが,発作頻度の基準に関しては,69.9%の者しかICD-10 DCRの基準を満たさない。したがって,ICD-10の恐慌性障害の診断基準では,発作頻度の違いがDSM-Ⅲ-Rに比べ診断範囲を狭くしていた。(3)恐慌発作時の示される症状項目中,重症度と有意な相関があったものは,呼吸困難,身震い/振戦,発汗,紅潮/冷感の4症状で,これらは恐慌発作の中心症状とみなしうるが,たまたまこれらのうち3つまでも,ICD-10 DCRの自律神経性症状と指定されたものに含まれている。

救急病院における自殺研究—服薬自殺未遂患者の検討

著者: 先崎章 ,   諏訪浩 ,   渋谷陽子 ,   浦嶋シン子 ,   鈴木孝男 ,   松島英介 ,   守屋裕文

ページ範囲:P.737 - P.743

 【抄録】 3年間に都立広尾病院救急外来を受診した自殺および自殺企図患者255例中,薬物手段群は108例(42.4%)であった。薬物手段群では,①40歳未満の女性で,②神経症・人格異常圏であり,③過去に自殺未遂歴があることが多いという特徴があった。服薬物を内容別にみると,医師から処方された睡眠導入剤を中心とする向精神薬を用いたものが55.6%を占めた。市販薬では,プロムワレリル尿素剤の使用が目立った。精神分裂病圏の場合,幻聴や妄想などの病的体験に基づいて自殺企図したもの(病的体験群)と,社会復帰の過程で病気や将来を苦にして自殺を企図したもの(悲観群)に分けられたが,悲観群が過半数を占めた。躁うつ病圏の場合,訴えの少なさゆえに,精神科に依頼がされないまま退院となった例が4例あった。神経症・人格異常圏の患者の多くで情緒不安定,衝動的,他罰的な傾向を認め,治療者が患者に振り回され治療に苦心することが多く,医療者側の話し合いの場が心要とされた。

デイケア終了者の5年予後調査

著者: 菅原道哉 ,   安藤美由紀 ,   原沢祐子 ,   長浜みちこ ,   石居佳代子 ,   森口祥子

ページ範囲:P.745 - P.752

 【抄録】 デイケア参加群と退院後の外来通院のみの群との間で5年間の社会適応度を調べた。概括的にはデイケア参加群のほうが社会適応度は悪く,従来の報告のようなデイケアによる効果をそのまま認めることはできなかった。しかしデイケア入所時より自発性の乏しい,かつデイケア参加への動機の乏しい人々にデイケアに参加してもらい,終了後1.5〜2年の間社会適応度が改善したことはデイケアの効果といってよい。デイケア試行期間中,スタッフの意気込みも強く,賦活化を求めるあまりその後の外来通院中に自殺者を5人出してしまったことは今後の反省材料であった。

児童期より14年の経過を追った非定型精神病の1例—児童期の病像についての検討を中心に

著者: 武井陽介 ,   福田正人 ,   丹羽真一 ,   松下正明

ページ範囲:P.753 - P.759

 【抄録】 児童期から約14年間追跡した非定型精神病の経過を報告する。本症例の最初のエピソードは9歳3カ月に始まり,強迫症状と抑うつ的な症状を主徴としていた。成人以後,双極性の気分変調が明らかとなり,これに随伴した精神運動性の増減に加えて,多彩な妄想と意識障害を伴う非定型な病相期を呈した。9歳3カ月のエピソードを成人以後の非定型病像と比較してみると,精神運動性の低下,不機嫌・不快気分の存在,強迫行為の出現など,後の病相期と共通の要素が認められ,内因性病相が小児期に未熟な病像をとって現れたと考えられた。本報告では,長期経過を追った上で各時期の病相を比較し,このような見方に基づく知見の蓄積が児童精神疾患の診断と,疾患の病態の理解に寄与する可能性について述べた。

分裂病様症状を呈したMorgagni-Stewart-Morel症候群の1例

著者: 本多直弘 ,   赤埴豊 ,   吉野祥一 ,   福島淳 ,   奥田治 ,   切池信夫 ,   山上栄 ,   川北幸男

ページ範囲:P.761 - P.766

 【抄録】 Morgagni-Stewart-Morel症候群,すなわち前頭骨内面骨過形成(hyperostosis frontalis interna,以下HFI)に内分泌障害および精神神経症状を合併した1例について報告した。症例は42歳,女性。22歳時に閃輝暗点,嘔気,視力障害で初発後まもなく昏迷様状態となり,後に幻覚を伴う精神病状態に移行した。以後精神分裂病としての治療経過中強い記銘減弱や頭痛,さらには肥満や内分泌障害が認められた。現在はこれら合併症状に加え,情意障害と知的機能の障害を主徴とする状態像を呈している。頭部単純X線や頭部CTでHFIを認め,脳波や脳血流シンチをはじめとする諸検査では前頭葉を中心とした脳機能や脳血流の異常が見い出された。長い経過にわたる本例の精神症状が精神分裂病の単なる合併ではなく,前頭葉障害を中心とする器質性脳症候群で生じた可能性を指摘するとともに,精神症状および他の症状とHFIとの関連について文献的に考察した。

高CPK血症と低K血症が合併した急性水中毒症の1例

著者: 竹内康三 ,   外園善朗 ,   福迫剛 ,   平川究緑 ,   大迫政智 ,   藤元登四郎 ,   滝川守国 ,   松本啓

ページ範囲:P.767 - P.770

 【抄録】 多飲によって,意識障害を来し急性水中毒症と診断された精神分裂病患者の1例を報告し,水中毒症の病態について考察した。
 症例は70歳の女性で水道水の多飲後,昏睡状態となりトイレの前に倒れているのを発見された。低Na血症より急性水中毒症と診断され,頭部CT検査にてびまん性脳浮腫が認められた。低Na血症の改善によって脳浮腫と意識障害は速やかに消失した。治療経過中,血清K値の低下と血清CPKの上昇が認められ,血清K値の低下が血清CPKの上昇を伴う筋崩壊の引き金になった可能性が考えられた。水中毒症の病態生理を考察し,水中毒症にしばしば認められる低K血症への留意を強調した。

短報

Tiaprideが著効した皮膚寄生虫妄想の1例

著者: 向井泰二郎 ,   人見一彦

ページ範囲:P.773 - P.776

 腸管あるいは皮膚に実在しないにもかかわらず虫が寄生し,そのために痒みあるいは異常感覚を確信的に訴え,その虫のみの単一主題に限定された妄想を持つ患者は,「皮膚寄生虫妄想」4)などと呼ばれ,初老期から老年期に比較的多く認められるものの,その治療に難渋することが多い12)
 今回我々は,高齢者に発症した「皮膚寄生虫妄想」を経験し,その治療にtiaprideを用いたところ著効を得たので,tiaprideの抗ドーパミン作用などとも関連しながら若干の考察を加える。

遁走を繰り返した全生活史健忘の1症例—その遁走形式の変遷をめぐって

著者: 倉石和明

ページ範囲:P.777 - P.780

 全生活史健忘は,我が国でも大矢1),高橋2),山田ら3)をはじめとしてすでに50例以上報告されている。今回,筆者は遁走が繰り返された全生活史健忘の1症例を経験したので報告し,若干の考察を加えることにする。

脳血流の改善をみた進行麻痺の1治療例—123I-IMPおよび133Xe吸入SPECTによる検討

著者: 向井誠 ,   切池信夫 ,   前久保邦昭 ,   藤江博

ページ範囲:P.781 - P.784

 進行麻痺はTreponema pallidumの感染により,主に脳実質が冒されるものである。梅毒感染後,10〜20年を経て進行性の痴呆を中心とした精神神経症状を呈するが,梅毒の治療にペニシリンが導入されて以来,その発生は激減し,今日では極めて稀な疾患とされている3)
 今回我々は,幻覚妄想状態を前景として発症し多彩な精神神経症状を呈した進行麻痺を治療する機会を得た。本例では頭部CTならびにMRIにおいては明らかな異常を認めなかったが,N-isopropyl-p-[123I]iodoamphetamine(以下IMPと略す)および133Xeを用いるsingle photonemission computed tomography(以下SPECTと略す)において,右前頭葉から右頭頂葉に脳血流低下を認め,これがペニシリン治療により臨床症状の改善と共に著明な改善を認めるなど,興味ある知見を得たので若干の考察を加えて報告する。

紹介

英国精神保健医療の紹介とその法制定の背景

著者: ,   北村總子 ,   北村俊則

ページ範囲:P.785 - P.791

■はじめに
 1983年9月30日に発効したイングランドとウエールズのための新しい精神保健法は,英国における精神疾患患者mentally illおよび精神遅滞者mentally handicappedの医療に関する歴史上画期的な法律である1,2)。この法律が重要な理由がいくつかある。すなわち,この法律は,一般に成功とされた1959年制定の英国精神保健法の単なる部分的な改訂ではなく,人権についてのかつてない重要性と関心を反映した長期にわたる白熱した論議や,患者が治療によりその苦悩から解放されることを願う精神保健従事者の絶えざる努力の結果である。1959年制定の精神保健法自体も,自由入院手続きの採用や,司法的手続きによる入院制度から離れようとする傾向,強制入院中の患者の適否の見直しをする独立した精神医療審査会の設定など,かなり革新的なものであった。Curran3)は,世界各国における精神保健立法の比較分析を行い,1959年以降この革新的な法律をまねる国が多いことを示している。この1959年法は,イングランドとウエールズの精神保健法が依然として19世紀から20世紀初頭にかけて蓄積された諸法律に基づいていた当時,治療楽観主義と社会立法改革の時代に制定された王立委員会による,精神疾患および精神薄弱mental deficiencyに関する諸法律の全面的な見直しによったものである。しかし,その数年後には国際的な人権運動がみられ,その結果として北米における集中的な活動,また国連や欧州人権条約European Convention on Human Rightsといった他の国際的な団体の人権および政治的権利宣言などが続いたのであった。さらに1959年に国連が採択した子どもの権利宣言Declaration of the Rights of the Child,1971年の精神遅滞者権利宣言Declaration of the Rights of Mentally Retarded Persons,および1977年の障害者権利宣言Declaration of the Rights of Disabled Persons(身体,精神障害者を含む)には,精神保健の領域に関連した特別の規定がみられた。北米では精神疾患患者の憲法上の権利を主張する場として裁判所が利用され8),判決に従って改革された法律がアメリカやカナダの多くの州で成立した。国際的な宣言や精神保健法の新たな改革は,障害者といえども,一般市民として,治療を受ける権利を含め同じ基本的権利を持つ,という原則を確認するものであった。
 イングランドとウエールズでは人権運動の高まりの認識の増大,ならびに精神科医療やメディカル・パターナリズムに対する不信の増大とあいまって,多くの有力専門家諸団体による1959年法の再検討が行われるに至った。ますます発言力を増しているMINDおよびその法律理事も改革の必要性を指摘した一連の評論書や論文を刊行している4)

動き

「第15回日本生物学的精神医学会」印象記

著者: 太田龍朗

ページ範囲:P.792 - P.793

 本年第15回大会を迎えた日本生物学的精神医学会は,3月17〜19日の3日間,東京医科歯科大学融道男教授会長のもと,都内アルカディア市ヶ谷(旧私学会館)に約600名の参加者を得て開催された。大津での12回大会(1990年)以来かつての若手会が復活し,若手プレシンポジウムが学術集会に先立って行われるようになったが,本年は17日午後2つの課題「脳研究の新しい展開」と「ストレスの生物学的研究」が取り上げられ,気鋭の7名の研究者によって時代の先端を行く仕事が報告され,活発な討論が行われた。まず前半の課題では横田博氏(第一製薬)が,DNAの競合的再会合(IGCR)の原理を用いると,脳に特異的な構造変化を起こすDNAのクローニングが可能であることを紹介し,内田洋子氏(都老人研)がアルツハイマー病では神経の成長抑制因子活性が低下するため,見かけ上神経栄養因子活性が高くなるように見えることや,アストロサイトの性質が変化してくることなどを報告した。後半の課題では,矢原一郎氏(都臨医研)がストレス蛋白質のHSP90について詳細に紹介し,ストレスによる傷害からの細胞保護のメカニズムを報告,仙波恵美子氏(和歌山医大)はc-fos,c-junなどの細胞性癌遺伝子が,ストレス応答の際各組織によって異なる反応を示すことを,また新谷太氏(慶応大)がサイトカインの1つインターロイキン-1が,ストレス下では視床下部に直接的に働いて,ノルアドレナリンを放出させること,さらに栗生修司氏(九州大)は,拘束ストレス下における血中カルシウム低下症への中枢神経系,自律神経系の関与について述べ,その心理性応答特性に触れ,最後に北山功氏(三重大)は,長年のうつ病動物モデルにおけるストレス反応の研究から,慢性ストレスによってニューロンの機能低下ばかりでなく,変性や軸索終末の退縮が起こることを示された。演題が多く十分な討論ができなかったことが惜しまれるが,今後数を絞ってじっくりと議論できるような配慮が望ましいと思われた。
 かつて若手会は,会場とは別に大学の講義室などで行われ,研究の過程における苦労話や失敗談が気楽に出せる雰囲気があったが,今や洗練された錚々たる研究発表の場となって立派に再生した姿に,権威にとらわれないで自由に交流した時代を懐かしむ当時の発起人のひとりである筆者は,都会で立派になった息子を,田舎でまぶしそうに眼を細める親父のような気持ちを覚えた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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