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雑誌目次

雑誌文献

精神医学36巻1号

1994年01月発行

雑誌目次

巻頭言

内因・外因・心因

著者: 太田龍朗

ページ範囲:P.4 - P.5

 精神科領域における診断分類は,学派や国状によって様々であるが,近年,アメリカ精神医学会のDSMにみられるような構造化された評価法によって行われる診断や分類が多くなり,本邦でもこれらの応用が盛んになりつつある。しかしながら,これらの方式は他科の医療従事者や,ましてや一般の人々に精神の病いを説明するには複雑すぎていささか困難を伴う。その点ではつい先頃まで看護学の教科書などには残っていたヨーロッパ流の原因別分類は理解しやすく,聞く側の言葉で表すことができる点で借り物の感じがなく,説明が素直なものになる。近頃多軸診断的な分類法の中にもintrinsicとかextrinsicといった用語が用いられることがあるのも,こうした状況によるものであるし,古典的な欧風の分類法が見直されている証左でもあろう。

特集 精神科治療の奏効機序 [精神分裂病の治療]

定型的抗精神病薬

著者: 倉知正佳 ,   鈴木道雄 ,   柴田良子 ,   谷井靖之

ページ範囲:P.6 - P.10

■はじめに
 定型的抗精神病薬とは,クロールプロマジンやハロペリドールなど従来から用いられている抗精神病薬のことで,これらに共通する特徴として,①薬理学的にドパミン(DA)受容体遮断作用があり,②幻覚,妄想,自我障害などのいわゆる陽性症状には奏効するが,自発性欠如や感情鈍麻などの陰性症状への効果は乏しいことが挙げられる(Crow,1980)。
 これらの薬物の奏効機序として問題になるのは,①脳内のどのDA系への作用が治療効果に関連するかということと,②DA受容体遮断を通じて,その機能状態に変化がもたらされる,主に陽性症状に関連する神経回路12)はどこかということである。これらの問題を解明していくためには,DAニューロンだけでなく,後シナプスのニューロンや脳各領域の機能変化,さらに患者での所見も考慮した検討が必要と思われる。そこで,ここでは,このような観点から主な所見を概観することにしたい。

非定型抗精神病薬

著者: 松原繁広 ,   松原良次 ,   久住一郎 ,   小山司 ,   山下格

ページ範囲:P.11 - P.15

 近年,抗精神病作用を示すにもかかわらず錐体外路系副作用の出現が少ないことにより特徴づけられる,いわゆる非定型抗精神病薬が注目されており,またその開発も活発である。その背景には,副作用に関する利点に加え,錐体外路系副作用を伴う古典的な,すなわち定型的抗精神病薬の有効性の限界が明らかになってきたこと,Kaneら1)の綿密な臨床研究により,非定型抗精神病薬のプロトタイプであるclozapineが,定型的抗精神病薬の代表であるchlorpromazineと抗コリン薬の併用投与に比し陽性症状のみならず分裂病のいわゆる“陰性症状”に対しても有意に優れた効果を示すことが報告されたこと,などがあるように思われる。
 我々3)は先に,本誌第33巻において非定型抗精神病薬の薬理学的特徴について述べた。本稿ではその後の我々の研究結果を踏まえ論じてみたい。

[感情障害の治療]

三環系抗うつ薬,その他

著者: 小山司 ,   石金朋人

ページ範囲:P.17 - P.21

■はじめに
 抗うつ薬の奏効機序として,モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬の抗うつ作用,三環系抗うつ薬のモノアミン再取り込み阻害能,さらに四環系抗うつ薬のアドレナリンα2受容体遮断能が見いだされたことから,臨床的に有効な抗うつ薬が共通してシナプス間隙におけるモノアミン利用度を増強するという,薬理学的知見が重視されてきたことは周知のとおりである。一方,1970年代の後半に入って,モノアミン再取り込み阻害能やMAO阻害能を有しないiprindoleなどの非定型抗うつ薬の出現により,従来の抗うつ薬の奏効機序に関する学説に再検討が迫られ,受容体研究の進展と相まって,抗うつ薬反復投与後にみられる脳内モノアミン受容体の機能変化が重要視されるようになった。
 抗うつ薬の反復投与によって生じる受容体変化として,現在までにアドレナリンβ受容体数の減少(downregulation),β受容体に共役しているノルアドレナリン(NA)感受性アデニル酸シクラーゼ(AC)活性の低下(desensitization),セロトニン(5-HT)5-HT2受容体およびドーパミン(DA)D1受容体のdownregulation,の4つの所見が知られている。これらの変化のうち,β受容体のdownregulationあるいはdesensitizationは,ほとんどすべての三環系抗うつ薬,四環系抗うつ薬のmianserinとmaprotiline,MAO阻害薬のみならず,上述したiprindoleの反復投与によってもほぼ共通して認められ,さらに臨床的な抗うつ効果発現の時間的経過に一致することから,最近まで抗うつ薬の奏効機序を解明するうえで最も重要な知見と考えられてきた。

MAO阻害薬

著者: 村崎光邦

ページ範囲:P.23 - P.26

■はじめに
 最初の近代的抗うつ薬として名乗りをあげたMAO阻害薬9,10)は,独特の適応症を有して捨てがたい臨床的有用性を示しながらも,その副作用のために三環系抗うつ薬に取って代わられて,完全にその地位を奪われて久しい。ところが,ここへ来て可逆的で選択的なMAO-A阻害薬(reversible inhibitor of MAO-A,RIMA)の開発が進められるに及んで,にわかに脚光を浴び,我が国にも新しい波が押しかけようとしている12,13)。ここではこうした流れに触れながら,MAO阻害薬の作用機序について解説しておきたい。

抗躁病薬リチウムの作用機序—細胞内シグナリング系への作用を中心にして

著者: 東田道久 ,   野村靖幸

ページ範囲:P.27 - P.31

 リチウムの躁状態に対する効果は,1949年にオーストラリアのCadeにより報告されており,その後,1967年デンマークのSchouらが各種実験データーを重ね,躁病治療薬としての地位を確立した。今日では炭酸リチウム錠として広く用いられ,感情障害に対する治療効果を挙げている。
 リチウムは,水素,ヘリウムに続く原子番号3の原子であり,1価の陽イオンとして生体内に存在する。したがって,言うなれば,薬物としては最も簡単な構造を有する物質であるにもかかわらず,治療の用量範囲においては末梢作用がほとんどなく,中枢作用のみを現す極めてユニークな物質であるといえよう。これは,後に詳述するが,イノシトール供給系の末梢と中枢とにおける違いに起因するものと考えられている1)。また,加えて,中枢作用も正常人ではほとんど現れず,躁病的状態下においてのみ薬効が認められる点も極めて好都合な薬剤といえる。しかしながら一方で,リチウムは1価の陽イオンであることから,用量が増え中毒域になるとNaやKなどの生理的なイオンの動態に影響を及ぼすことにより,振戦・運動障害,心電図異常などの副作用をもたらすことがあり,しかも中毒に対する特異的な解毒薬もなく,体内からの排出を待つしかない点では,危険な薬物でもあり,劇薬,要指示薬に指定されている。

高照度光照射療法とビタミンB12療法

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.33 - P.36

■はじめに
 近年,時間生物学研究の進展により,人の時計機構の解明が進んでいる。特に1980年代に入ってから人の時計機構がそれまで知られていた動物のそれと本質的には異ならないことが次第に明らかにされてきた。それと関連して時計の計時機構や同調機構そのものの障害による疾患が存在する可能性も示唆されてきている。
 このような研究は高照度光照射療法とビタミンB12とが,季節性感情障害や睡眠・覚醒リズム障害の治療に有効であるという可能性が示唆されてから一段と進展している。しかしながら,その有効性にはまだ疑問が持たれる点があり,今後一層臨床研究を重ねなければならない。本稿ではその問題点を指摘した上で,現在提唱されている作用機序について解説する。

rapid cyclerの薬物治療

著者: 假屋哲彦 ,   佐藤佳夫

ページ範囲:P.37 - P.41

 感情障害の中には,頻回に病相を繰り返すタイプが存在することが知られていたが,三環系抗うつ薬の出現により,治療中の躁転を含めて病相の不安定化と頻発化を生ずる場合のあることが気づかれるようになった20)。さらにリチウム(lithium;Li)の導入により,病相再発予防効果という点で治療の進歩がみられたが,Liは,双極型感情障害の約30%ではあまり効果を示さないことが知られている16)。そしてLiの病相予防効果を検討する中で,1974年,DunnerとFieve9)によりrapid cyclerという概念が用いられた。すなわち彼らは,Li療法施行直前の1年間に4回以上の病相の出現をみる躁うつ病者では,Liが病相予防に奏効しにくいことを報告し,年4回以上の病相を持つものをrapid cyclerと呼んだ。その後,このrapid cyclerの概念とそれに関与する因子についての検討が多くなされるようになった6,12,33,34)。一方,rapid cyclerが難治であり,Liやカルバマゼピン(carbamazepine;CBZ)などの気分安定薬(mood stabilizer)が使用されることが多く,気分安定薬の併用療法も有効であることが報告されてきた。しかし,これらのrapid cyclerの薬物治療の奏効機序に関しての詳細はいまだ不明な点が多い。本稿では,rapid cyclerの治療に用いられる薬物の薬理作用に注目しながら述べることにする。

[神経症圏障害の治療]

ベンゾジアゼピン系抗不安薬

著者: 田中正敏

ページ範囲:P.43 - P.48

■はじめに
 ベンゾジアゼピン(benzodiazepine;BDZ)系の抗不安薬が臨床に応用されて,30余年が過ぎた。抗不安薬としては画期的な薬物であり,今でも最も汎用されていることは間違いないが,しかし薬物乱用や依存性や副作用としての健忘などが問題にされるようにもなってきた。現在はBDZ系抗不安薬の作用機序は生化学的知見についてもっともよく知られているのでそれについて述べる。

Panic disorderの薬物治療

著者: 田所千代子 ,   上島国利

ページ範囲:P.49 - P.53

■はじめに
 Panic disorder(以下PD)は本邦での慣習的な病名では,急性の不安発作ないしは頻発する不安発作を有する不安神経症にほぼ匹敵するものといえよう。一般に神経症とはその根本に不安があり,その不安は何らかの心理社会的背景を持ち,状況依存性に発生したものとみなされてきた。しかしながら,PDはなんら原因なく突然不安が発作的に生ずることを大きな特徴としており,通常の状況反応的な不安発作とは異質なものであることが示唆される。また,従来の抗不安薬に十分反応せず,三環系抗うつ薬や高力価のbenzodiazepine系抗不安薬(以下BZs)が奏効するといった臨床的治療的側面を有し,特定の薬物などによりpanic attack(以下PA)が誘発できることから,PDは不安の生物学的なメカニズムを考える上での臨床モデルともいえよう。

強迫性障害の薬物治療

著者: 中嶋照夫 ,   多賀千明

ページ範囲:P.54 - P.58

■はじめに
 強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder;OCD)に対し行動療法と薬物療法の有効性が明らかになった。薬物療法,特にclomipramine(CMI)をはじめとしたセロトニン再取り込み阻害薬(serotonin reuptake inhibitor;SRI)の有効性が証明されたことにより病態の神経生物学的メカニズムが議論されるようになった。そしてセロトニン受容体アンタゴニストであるmetergolineやアゴニストであるm-chlorophenylpiperazine(m-CPP)を用いた強迫症状誘発試験から,セロトニン仮説が提唱されている。治療薬剤に関してもSRIの中からセロトニン再取り込み阻害作用を特異的に有する選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor;SSRI)が開発され,その有効性が証明されつつある。
 今回このようなOCD研究の現状を踏まえながら,薬物治療効果判定のための症状評価,各種薬剤の治療成績,さらに病態因としてのセロトニン仮説について紹介し,SSRIの奏効機序について考察したい。

摂食障害の薬物療法

著者: 山上榮 ,   切池信夫 ,   永田利彦

ページ範囲:P.59 - P.63

■はじめに
 摂食障害は大別して神経性食欲不振症(Anorexia nervosa,以下AN)と神経性過食症(Bulimia nervosa,以下BN)とに分けられるが,その他,非定型のANやBN,心理的障害に関連した過食や嘔吐,特定不能の摂食障害,非器質的原因による成人の異食症,心因性の食欲不振症などが記載27)されている。その病態は多岐にわたっており,神経症から精神分裂病類似の症状を呈する者までかなり広くとらえられている。最初はANで発症した例が,経過中に次第にBNに移行する例,体重抑制のために意図的に嘔吐し,下剤や利尿剤などを乱用する例,過食で嘔吐を伴う例など様々である9,10,25)。摂食障害の発病には,種々の因子が関与しているため,単独の治療では成功しないことが多い。摂食障害について薬物を用いる場合も同様で,他の治療法との組み合わせが必要である。薬物の効果判定についても,対象の選択をよほど厳格にしないと,二重盲検比較試験を実施しても,統一した成果が得られないことになる。本稿ではこうした点を加味しつつ,現時点における薬物療法の有効性やその限界について解説する。

悪性症候群の薬物治療

著者: 西嶋康一 ,   石黒健夫

ページ範囲:P.65 - P.68

■はじめに
 悪性症候群は,高熱,筋強剛などの錐体外路症状,多彩な自律神経症状,意識障害などからなる向精神薬の治療中に出現する副作用である。1960年代Delayら2)によって「向精神薬の副作用のうちで最も重篤だが,最も認識されていない稀な病態」として紹介された。事実,当時の死亡率は20%以上であったが,1980年以降その死亡率は徐々に低下し,現在は10%以下になっている26)。その最も大きな理由は,悪性症候群の知識が普及し,早期に適切な対応がなされるようになったことによる。さらに,最近はいくつかの有力な治療薬が登場したことも,その予後の改善に影響を与えていることは否定できない。これまでに悪性症候群に対してはいろいろな薬物が試みられてきたが(表),本稿では,ある程度その報告例が多く,その有効性が確認されているものについて解説し,合わせてその薬理学的奏効機序について述べることにする。

電気けいれん療法の奏効機序—うつ病とパーキンソン病について

著者: 樋口久 ,   菱川泰夫

ページ範囲:P.69 - P.73

■はじめに
 電気けいれん療法(以下ECTと略す)については,1940年頃から精神分裂病だけではなく,様々な精神疾患に対する有効性が検討されてきた。現在では,ECTのうつ病に対する治療効果は広く認められており,妄想や希死念慮が強くて急速な治療効果発現が求められるうつ病患者に対しては,極めて有効な治療方法である5)。一方,最近になって,パーキンソン病などドパミン(以下DAと略す)系ニューロンの機能不全による疾患に対してもECTが有効であるとの報告がある1,3,7)
 ECTがうつ病に対して有効であることから,うつ病のモノアミン仮説に従い,髄液中や血中のノルエピネフリン(以下NEと略す),セロトニン(以下5-HTと略す)およびその代謝物濃度のECTによる変化を調べる研究がなされてきた。また,モノアミンニューロンの活動により放出量が変化することが知られている,成長ホルモン(以下GHと略す)やプロラクチン(以下PRLと略す)などのホルモン放出に及ぼすECTの影響も検討されてきた。動物実験においては,ECTによる脳内の神経化学的変化と抗うつ薬の薬理作用との類似性を検討する研究もなされてきた12)。動物実験においては,ECT反復施行による脳内β-NEレセプターの感受性低下などの一定の知見が得られているものの,臨床生化学的研究や臨床神経内分泌学的研究では一様な結果は得られていない。
 本稿では,うつ病とパーキンソン症候群に対するECTの作用機序について,現在までの臨床研究の結果を踏まえ,動物実験の成績を参考にして考察を加えたい。

研究と報告

慢性有機溶剤乱用者の中枢神経障害—画像診断による検討

著者: 岡田真一 ,   山内直人 ,   児玉和宏 ,   坂本忠 ,   平井慎二 ,   内田佳孝 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.75 - P.82

 【抄録】 有機溶剤乱用患者13例(男性11例,女性2例)を対象に画像診断(MRI,SPECT)を施行した。上肢の失調,歩行障害などの神経症状を呈した3症例のうち2症例にMRIで局所性の信号異常が認められた。異常所見は,大脳深部白質,内包後脚,橋腹側,小脳白質のT2延長病変であり,原因として脱髄が推測された。局所信号異常を呈した2例はいずれも13歳から吸引を開始しており,また吸引開始時年齢と動作性IQの間には,相関係数r=0.84で有意な相関を認め,開始時年齢の重要さが示唆された。SPECTの視察的判定で対象11例中,血流低下が両側前頭葉で2例,右前頭葉で2例,両側小脳半球で2例認められ,正常は6例であった。脳血流半定量値とamotivational syndromeの指標としたSANS第三項目:意欲・発動性スコアの関連を検討した結果(N=9),左前頭葉血流とSANS第三項目スコアとの間に負の相関が認められた。

摂食障害における31P-MRS

著者: 加藤忠史 ,   高橋三郎 ,   塩入俊樹 ,   村下淳 ,   犬伏俊郎

ページ範囲:P.83 - P.87

 【抄録】 摂食障害患者5名について,脳の31P-MRS(磁気共鳴スペクトロスコピー)測定を行った。内訳は,anorexia nervosa(AN)1名,AN+BN(bulimia nervosa)3名,特定不能のeating disorder(ED)1名である。年齢の一致した正常被検者13名における平均値±2SD以内を正常値としたところ,異常値を示したものは正常者では13名中2名であるのに対し,患者では全例が何らかの異常値を示した。患者群ではリン酸ジエステル(PDE),クレアチンリン酸,無機リン酸のピーク面積,β-アデノシン3リン酸およびリン酸モノエステルの化学シフトに異常値がみられた。治療前の患者ではPDE(リン酸ジエステル)が有意に高く,治療後には正常値以下に低下していた。これらの結果は,神経性無食欲症における脳萎縮の原因として,神経細胞の変性が関係していることを示唆するかもしれない。

人物に特異的な既視感を訴えた脳炎性健忘症

著者: 山下光 ,   吉田高志 ,   米田行宏 ,   森悦朗 ,   山鳥重

ページ範囲:P.89 - P.95

 【抄録】 単純ヘルペス脳炎と思われる急性脳炎によって健忘症状群を呈した症例(41歳女性)を報告した。感冒様症状の後,精神症状が出現,前院に入院した。本院転院時には顕著な前向性記憶障害を呈していたが,他の知的機能は正常であった。逆向性記憶障害,作話は認められなかったが,人物に特異的な既視感を訴えた。健忘症状は急速に改善し,本院入院4週間後に退院した。20カ月後の調査では日常での忘れやすさがやや残っていたが,十分に主婦業をこなしていた。入院時のMRI(T2)では両側海馬および周辺領域に高信号域が認められた。20カ月後(T1)には両側海馬に限局した萎縮が確認された。記憶障害の強さとその回復を考える上では,海馬の損傷と,その周辺領域の損傷の程度という2つの要因が重要であることを本症例は示唆している。人物に特異的な既視感については,顔刺激の情報処理過程の特異性が関与している可能性を考えた。

恐慌性障害の症例研究:4—恐怖症状についての検討

著者: 塩入俊樹 ,   村下淳 ,   加藤忠史 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.97 - P.101

 【抄録】 恐慌性障害においてみられる恐怖症状について,恐慌性障害の166症例を基に検討した。対象患者群を恐慌性障害のDSM-Ⅲ-R診断基準におけるC項目の恐慌発作中発現する13症状の中から「死の恐怖」および「気が狂ったり,何か制御できないことをしてしまうという恐怖」の2つの「恐怖症状」の有無により2群に分類した。上記の「恐怖症状」を持たない患者群では恐怖症状を持つ群に比べて空間恐怖の合併率が有意に低かった。さらに「恐怖症状」の有無とDSM-Ⅲ-R診断基準の重症度との間には有意な相関が認められた。また上記の「恐怖症状」を2つとも持つ群で他の恐慌発作中に発現する各症状の出現率が低い傾向が認められた。最後に「恐怖症状」を持たない群のみをDSM-Ⅲ-Rの重症度により分類してみると,発汗,嘔気または腹部の不調および知覚異常の項目の出現率が重症群において有意に高かった。このことから,恐怖症状の有無が恐慌発作時に出現する症状の種類に関連があることが示唆された。

短報

カルバマゼピンとハロペリドールの体内薬物動態における相互作用

著者: 岩橋和彦 ,   折野耕造 ,   洲脇寛 ,   中村和彦 ,   星越活彦 ,   細川清

ページ範囲:P.103 - P.105

 抗てんかん薬(AED)のカルバマゼピン(CBZ)は三環構造を持った薬物で,てんかん患者のみならず双極性障害(躁状態)や精神分裂病(興奮状態)の患者にも使用されている2,4)。現在までこのCBZの投与量と血中濃度あるいは臨床効果との関連に論及した研究は少なくなく,他のAEDや類似構造を持った抗精神病薬,抗うつ薬,あるいは抗生物質との薬物間相互作用についてもいくつかの報告が出ている2,4〜6)。それらの報告によると,CBZによる肝臓の薬物代謝酵素の誘導にてCBZと併用したハロペリドール(HP)やイミプラミンなどの代謝が促進され,それらの血中濃度が低下し薬理作用が減弱するという。またCBZ単剤使用でも血清内濃度/投与量の比は投与開始してしばらくは上昇するがその後低下していくことも知られており,これもCBZの薬物代謝酵素の自己誘導により生ずる現象と考えられている1)。しかしながら,これらの報告では,どのような機序で薬物間の相互作用が起きるのかについては詳しく言及されておらず,さらにCBZ自身が併用した薬物の影響を受けるのかどうかについては,あまり調べられていない。そこで我々はHPとCBZを併用している患者とHPを併用していないCBZ服用患者を対象として血中HPおよびCBZ濃度を測定し血中濃度における両薬物間の相互作用を調べ,それについて酵素化学的に考察したので以下報告する。

マスメディアの情報により自らパニック障害を疑って受診した患者

著者: 越野好文 ,   村田哲人 ,   大森晶夫 ,   村田一郎 ,   西尾昌志 ,   坂本和雅 ,   伊崎公徳

ページ範囲:P.107 - P.109

■はじめに
 DSM-Ⅲ1)によりパニック障害(PD)は疾患単位として確立された。しかも治療効果の優れた薬物のあることが確認され2,5,12),本症に対する精神科医の関心は次第に高まってきている。しかし,精神科以外の医師や一般の人々のPDへの認識はまだ十分とはいえない。今回,我々は多くのPD患者が精神科に相談することなく,精神科以外の診療科の受診を続けていることを見いだしたので,精神科医以外の医師への啓蒙が必要なことを強調するために報告する。

動き

「日本精神病理学会第16回大会」印象記

著者: 大久保圭策 ,   植田昭一

ページ範囲:P.110 - P.111

 日本精神病理学会第16回大会は,松本雅彦京都大学医療短期大学部教授の会長のもとで,1993年9月30日と10月1日の2日間,京都は岡崎の京都会館において開催された。プログラムは,3つの会場に分かれての一般演題65題のほかに,木村敏教授(京大),W. ブランケンブルク教授(マールブルク大)を迎えての特別講演,気鋭の研究者による「幻覚vs妄想」と題されたパネルディスカッションとぜいたくな内容で,非常に盛会であった。

「精神医学」への手紙

Letter—登校拒否と社会状況

著者: 高岡健 ,   栗栖徹至

ページ範囲:P.112 - P.112

 文部省の学校基本調査は,近年,登校拒否が毎年増加する傾向にあることを示している。当初,この調査は年度間に通算50日以上欠席した児童・生徒のうち,(1)特に身体的な病気がない,(2)家庭の中に通学に困難を生じるような経済的な問題がない,(3)非行にはっきり結びつかないもの,を集計していた。その後,1991年度からは通算30日以上の登校拒否についても調査するようになり,1992年度は30日以上欠席した小学生が13,702人,中学生が58,363人,50日以上欠席した小学生が10,436人,中学生が47,482人という報告がなされている。
 ところで,文部省がこの調査を開始した1967年以降,登校拒否の数はいったん減少に向かっており,1972年から1975年にかけては“谷間”を形成していた。この減少と“谷間”の理由を問うことが,1975年以降にみられる増加の理由を考える上で重要といえる。“谷間”の背景にいかなる事情が介在していたかということについては,これまで定説がない。わずかに,若林ら2)がいわゆるオイルショックとの関連性を示唆しているだけである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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