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雑誌目次

論文

精神医学36巻4号

1994年04月発行

雑誌目次

巻頭言

「生活の場」という視点

著者: 佐々木雄司

ページ範囲:P.338 - P.339

 最近,「生活の場」という概念にとり憑かれている1)。またそれと連動してCommunity Mental HealthのCommunityとは何だろうとあらためて考え始めた。直接の契機となったのは,1992年春から,獨協大学の専任教員となったことである。転勤常習犯の私にとっても,この2年間の体験は,二重の意味で強烈で新鮮であった。一つは,文科系大学での初勤務という“文科ショック”。他の一つは,保健センターでの学生への支援上の問題である。前者を要約すると,医療は,一般社会からみれば特異な世界なのかもしれないことの再認識。そしてこのことは,医学,特に公衆衛生・精神衛生が国民すべてのものになるためには,もっと工夫せねばならないとの反省に連なる。これらについては触れる機会も別にあろうが,本小論は,以下述べる後者である。
 実は,私にとって強烈な“転勤ショック”は2回目である。1回目は1966年9月,臨床精神医学つまり「医療の場」から,新設の東京都立精神衛生センターに転じた時である。いくつかの“驚き”の中の最たるものは,投薬治療ができない,つまり狭義の“治療者”になれないことであった。以来四半世紀,東京・埼玉の精神衛生センター,東大・琉球大の精神衛生学教室と,「精神衛生」を表看板とした世界に埋没してきた。では,今回の大学保健センターへの転身は,何を意味し,いかなるショックをもたらしたのであろうか。

展望

妄想研究の現状

著者: 阿部隆明 ,   宮本忠雄

ページ範囲:P.340 - P.352

■はじめに
 妄想は古来,狂気の中心現象であり,しばしば精神疾患と等置されてきた。しかし,妄想そのものが研究の対象となるのはくだって19世紀からであり,その頃には,Jaspersに帰せられる妄想の3標識がすでに指摘されていたという。さらに,欧米全域を通じて本格的な妄想研究が始まるのは,やはり1910年前後で43),ドイツ語圏には3つの主要な方向が相次いで出現する。Jaspers以降のハイデルベルク学派が主観的体験としての妄想を詳細に記述したのに対し,Gaupp,Kretschmerらのチュービンゲン学派は妄想の形成過程を多次元的に分析し,性格,環境,体験の力動関係を抽出した。またFreudに発する精神分析学派は,性愛的葛藤の抑圧や投射による妄想成立のメカニズムを問題にした。ちなみに,フランスでも,この頃に臨床単位としての妄想病が丹念に記述され,これと並行して現代の疾病分類の骨格がほぼ完成した。
 これらの研究の消息をたどると,ハイデルベルク学派は,K. Schneider,von Baeyerを経て,Blankenburgらの現象学的人間学派の妄想論につながり,1つの頂点に達した。またチュービンゲン学派の構想は,Pauleikhoff53)の30歳代の妄想幻覚病などにその影響をみてとれるように,実践的な有用性ゆえ広く受け入れられ,今日の妄想の臨床に大きく貢献しているが,この構想の性質上,それ以上の理論的深化はみられない。精神分析学派の妄想論もFreud以降本質的な発展はなく,フランスのラカン派の精神病論が注目される程度である。

研究と報告

ラピッドサイクラーの臨床的特徴と治療抵抗性

著者: 冨高辰一郎 ,   中平進 ,   加茂康二 ,   加茂登志子 ,   坂元薫 ,   平澤伸一 ,   田中朱美 ,   田村敦子

ページ範囲:P.353 - P.357

 【抄録】 12例のラピッドサイクラー(RC)の臨床的特徴の調査を行い,その中の10例について抗うつ剤の減量ないし中止とリチウム,カルバマゼピンなどの投与を行いながら平均2.8年間prospectiveに観察を行った。積極的な治療開始時点でRCの継続期間が2年未満の4例はその後RCではなくなっていたが,RC継続期間が2年以上続いていた6例はRCのままだった。
 以上の結果からRCは積極的な治療開始時点でのRC継続期間によって治療抵抗性が異なると思われた。今後のRC研究においてはRC継続期間を重視する必要があると思われた。

恐慌性障害の症例研究:5—ライフ・イベントについて

著者: 塩入俊樹 ,   加藤忠史 ,   村下淳 ,   濱川浩 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.359 - P.365

 【抄録】 恐慌性障害にみられるライフ・イベントについて,DSM-Ⅲ-R診断基準によって診断された恐慌性障害の201症例を基にPaykelのライフ・イベントスコアを用いて検討し,以下の結果を得た。
(1)ライフ・イベントについては全体で116名,57.7%の者に認められ,女性にやや多い傾向があった。重症度は極端に重篤なものは少なく,中等度から軽症のものまで広範囲に渡っていた。(2)ライフ・イベントの内容は女性では,患者自身の身体疾患(27.6%),家族や親類などとのトラブル(15.5%)の順になっていた。また女性特有のものとして,子供の誕生(5.2%)や転居(5.2%)が挙げられた。一方,男性では,仕事に関するもの(29.2%),身体疾患(25.7%)との順であった。(3)ライフ・イベントを持たない群において,“めまい感”,“しびれ感”,“胸部不快感”の3項目の出現率が有意に高かった。(4)ライフ・イベントの重症度の平均値は,男性で11.2±3.6点,女性で10.7±3.8点と,やや男性で高い傾向があった。(5)恐慌発作時の各症状とライフ・イベントの重症度との間には有意な相関はなかった。(6)ライフ・イベントの重症度と恐慌発作時の症状項目数との間には,女性群のみ有意な正の相関が認められた(r=0.40,p<0.05)。

「Frégoliの錯覚」を呈した精神分裂病の1例

著者: 堀孝文 ,   松坂尚 ,   今井公文 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.367 - P.373

 【抄録】 「Frégoliの錯覚」を呈した精神分裂病の15歳女子例を報告した。13歳頃から洗浄強迫が認められ,その後「F」という青年に対しての妄想知覚を認め,次第に「F」を迫害者として定位するようになった。ついには「F」が様々な人になりすまして本人の周囲に出没し,「Frégoliの錯覚」を呈するに至った。本例は「Frégoliの錯覚」の典型的な例と考えられた。本例において洗浄強迫は,単に汚れに触れることを回避していたのみならず,人間同士の「触れ合い」を回避するという,患者と世界の間における患者のあり方を現していると考えられた。本例は「自己の個別化の危機」が根底にあり,「汝」の他者性の不成立の結果,個々の「汝」を認識できなくなった事態と,未開人の思惟形式に特徴とされる融即の判断(jugement par participation)が「Frégoliの錯覚」の発展に深くかかわったものと考えられた。

Klüver-Bucy症候群を主徴として単純ヘルペス脳炎が再発したと思われる1生存例

著者: 児玉芳夫 ,   川村智範 ,   渡辺雅幸 ,   一ノ渡尚道

ページ範囲:P.375 - P.382

 【抄録】 妊娠を契機として,Klüver-Bucy症候群を呈し単純ヘルペス脳炎が再発したと思われる1生存例を報告した。症例は25歳の女性で,23歳時に単純ヘルペス脳炎を発症し,acyclovirが投与され,約9カ月で治癒したが,通院終了から11カ月後,妊娠3カ月目で,微熱,言語障害,支離滅裂な言動が出現し,再入院となった。Klüver-Bucy症候群が,人間においてみられるのは稀であり,症状も動物実験でみられたような完全型は少ないが,本症例では同症候群の部分型と思われる臨床症状と髄液所見,脳波所見から,単純ヘルペス脳炎の再発と考え,acyclovir,Ara-Aを投与し,約8カ月目で寛解に至った。

非24時間睡眠覚醒パターンを呈した季節性感情障害の1例

著者: 佐々木司 ,   上村秀樹 ,   原田誠一 ,   藤井恭一 ,   風祭元 ,   本多裕

ページ範囲:P.383 - P.387

 【抄録】 うつ病相に非24時間睡眠覚醒リズムが持続的に出現し,気分障害とリズム障害とが強い関連を示した季節性感情障害の男性1症例を報告した。本症例は,病相の季節性のほかに,発症年齢(19歳),過眠や時に過食など非定型的感情病症状をうつ病相で伴う点などから,Rosenthalらの報告した季節性感情障害のほぼ典型的な症例に当てはまると考えられた。光療法は,非24時間睡眠覚醒リズムの開始前の短期間のみ効果が認められた。本症例では,感情障害の成因にリズム障害が強く関与していることが示唆された。なお頭部MRI検査では,側脳室下角に左側の拡大によると思われる明らかな左右差が認められた。

Manchester Scale日本語版の信頼度と妥当性の検討

著者: 武川吉和 ,   堀彰 ,   綱島浩一 ,   石原勇 ,   宇野正威 ,   村上弘司 ,   西村康 ,   井野恵三 ,   平井利幸 ,   梶村尚史 ,   高山豊 ,   早川東作

ページ範囲:P.389 - P.394

 【抄録】 難治性精神分裂病の調査に用いるため,Krawieckaらが開発したManchester Scale(MS)の日本語版を作成した。12名の精神科医が,主治医と非主治医で2名1組となり,精神分裂病(ICD-10-JCM)の入院患者60例を対象として同席面接法により評価した。その結果,MSの各項目の得点および総合点において主治医と非主治医の得点の間に有意差は認められず,両者の得点の間には有意な相関が認められた。また,総合点と各項目の得点の間に有意な相関が認められ,α係数は十分に高かった。さらに,総合評価尺度(Global Assessment Scale)を外的基準として,MSの各項目の得点および総合点との相関を求め,いずれとも有意な相関が認められた。以上より,MSの日本語版は,評価者間信頼度,内的整合性,妥当性とも十分に高く,また簡便に施行できることから,多数例の精神分裂病の調査研究にとって有用な尺度と考えられた。

自己瀉血による高度な貧血を示したMünchhausen症候群の1例

著者: 佐々木恵美 ,   水上勝義 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.395 - P.401

 【抄録】 自己瀉血を繰り返し,高度な貧血を示したMünchhausen症候群の1男性例を報告した。本例はAsherのいう「明らかな無意味さ」という特徴と虚言を認め,意図的に貧血や皮膚炎などの症状を産出し,入退院を繰り返したことから,Münchhausen症候群と診断した。従来自己瀉血による貧血(factitious anemia)は大半が精神科以外から報告されており,精神医学的な考察は未だ十分になされていない。また,factitious anelniaを呈したMünchhausen症候群の報告も極めて稀である。Münchhausen症候群とfactitious anemiaの共通の心理的特徴について文献的に若干の考察を行い,本例における攻撃性と被虐性を中心に考察した。さらに,本症候群の治療にはまず医療者側の陰性感情に留意し治療関係の確立に努め,できるかぎり早期から支持的精神療法を中心とする精神科的なアプローチを行うことが重要であることを指摘した。

短報

急速交代型双極性障害における心理社会的側面と家族療法

著者: 加藤忠史 ,   塩入俊樹 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.403 - P.406

 Dunnerら4)が,リチウム療法に反応せず,年に4回以上の病相を繰り返す双極性障害の症例を,急速交代型(rapid cycler,以下RC)と呼び,これらの症例が生物学的に異質の疾患単位を形成するのではないかという視点を示して以来,主として薬物療法的観点から多くの研究がなされてきた1,5,7,8,13)。我々は,これまで経験した双極性障害の症例について遡及的調査を行い,RCにおける心理社会的要因を調べるとともに,これらの症例に対して行った心理教育(psychoeducation)的な家族療法についての経験を紹介する。

大学生の睡眠覚醒障害に関する検討

著者: 堀口淳 ,   助川鶴平

ページ範囲:P.407 - P.410

 筆者らはこれまでに種々の対象群に,睡眠覚醒障害に関するアンケート調査を実施し,本誌を中心に報告1〜7)してきた。若年層を対象とした同様の報告はなく,そこで今回は大学生を取り上げ調査研究したのでここに報告する。

高校生における生きがい尺度と母親の好ましくない態度との関連について

著者: 吉田勝也

ページ範囲:P.411 - P.414

 「どのようにすれば心身共に健康な生活ができるか」という課題に取り組むために,筆者は,生きがい尺度を作成6)し,中学生と高校生を対象に研究を進めている。本研究では「生きがいとは,はっきりとした目標や充実感を有し,人間関係が良好である状態」と定義している。
 ところで,精神科臨床において母子関係と精神病理の密接な関連はよく知られている。しかし,一般生徒の日常生活における生きがい感に母親の態度がどのように影響しているかに関する実証的研究はあまりみられない。そこで,本研究の目的は,生きがい尺度と母親の態度との関連性を検討することである。

紹介

感情障害に対する心理教育的アプローチ—UCLAにおける行動的家族療法の実際

著者: 上原徹 ,   横山知行 ,   後藤雅博

ページ範囲:P.415 - P.421

■はじめに
 精神障害の患者や家族に対する心理教育は,生物学的病因論と心理社会的援助論を統合する形で生まれてきたアプローチである。現在分裂病に対しては,英米圏を中心に本邦でもこのアプローチが行われ,その効果も実証的に検証されつつある。しかし,感情障害に対する心理教育の試みは意外なほど少ない。その理由として,感情障害は分裂病に比べて生物学的モデルで説明できる部分が多く,病相はより短期間で,予後が良好とされてきたことが挙げられるだろう。ところが近年の予後研究は,感情障害の予後は必ずしも楽観できるものではなく,難治遷延例が稀ならずみられることを示している6)。このような難治遷延例については,薬物療法の検討,合併身体疾患の問題,配偶者との関係,社会的な援助体制などを視野に入れた多元的な治療的アプローチが必要となる6)。その家族レベルでの治療的介入法として,心理教育的アプローチは考慮されるべき方法の1つであろう。
 今回筆者の1人は,双極性感情障害に対する心理教育的家族療法を精力的に行っている施設の1っであるUCLAにおいて,その研修に参加する機会を得た。本稿では彼らの理論的基盤と具体的な手法を紹介し,感情障害に対する家族介入全般についての概説を加えた。また,本邦において感情障害に対する心理教育を導入するに当たって,その可能性と問題点についても簡単に触れた。

動き

精神医学関連学会の最近の活動(No. 9)

著者: 島薗安雄

ページ範囲:P.423 - P.439

 日本学術会議の重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略します)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。今期(第15期)の精神医学研連の委員には,次の方々になっていただきました。すなわち大熊輝雄(国立精神・神経センター),笠原嘉(藤田保健衛生大学医学部),後藤彰夫(葛飾橋病院),樋口康子(日赤看護大学看護学部),町山幸輝(群馬大学医学部),森温理(東京慈恵会医大),山崎晃資(東海大学医学部)と島薗安雄(財団法人神経研究所)であります。精神医学研連は前2期に引き続いて,精神医学またはその近縁領域に属する50〜60の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて,掲載することにいたしました。読者の皆様のお役に立てばうれしく存じます。

「精神医学」への手紙

Letter—levomepromazine投与中に夜間,下背部痛を生じた1例

著者: 寺尾岳

ページ範囲:P.441 - P.441

 症例は,37歳男性。抑うつ状態のため,1991年2月より日立健康管理センタで加療されている。1993年5月,抑うつ状態が増悪したため,amoxapineを100mg/日へ増量し,levomepromazine(以下,LPと略す:夕食後と就寝前に分割投与)50mg/日とalprazolam 0.4mg/日を加えた。その結果,抑うつ状態は軽快したものの,7月下旬に「明け方4時頃に,背中の下のほうがギューツと締めつけられるように痛くなり目が醒めるようになった。痛みのために立ち上がって,しばらくすると痛みが消える。今まで飲んだことのない薬(筆者注:LPであることを確認した)が始まってからこういうことが起こるようになったので,この薬のせいと思いこれだけをやめてみたら痛みはなくなった。その後,念のため再び飲んでみたら痛くなりました。」と訴えた。この時点で,LPによる痛みと内科的疾患による放散痛の両者を疑った。後者に関して,内科医による診察と腹部エコー,消化管内視鏡検査など諸検査を行ったが異常を認めず,LPのみを中止して6カ月間経過を追ったが痛みの再発は認めていない。
 本症例において,LPと下背部痛の関連は明らかである。杉原ら1)も,LP投与中に痛みを主とした異常知覚が夜間に出現した9例を認めている。杉原ら1)は痛みの生じる機序に関し,LPの抗ヒスタミン作用と貧血や肥満による末梢循環不全の関与を推定している。本症例において,痛みが臥床時に出現し起立により消失したことは,臥床により圧迫された下背部の末梢循環不全が同部位のLP停滞を惹起したため,痛みが同部位に生じた可能性を示唆している。うつ病患者にLPを就寝前投与することは比較的多いと思われるが,このような患者が下背部痛や腰痛を訴えた場合,整形外科的病態あるいは内科的病態による痛みやうつ病の身体症状としての痛みのほかに,LPによる痛みも念頭に置く必要がある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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