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雑誌目次

論文

精神医学36巻5号

1994年05月発行

雑誌目次

巻頭言

グリージンガー雑考

著者: 黒川正則

ページ範囲:P.450 - P.451

 「精神病は脳病である」という命題は,グリージンガーの名とともに現代に伝えられてきた。しかし数年まえの本欄で諏訪 望氏が指摘されたように,グリージンガー自身の文章はそれほど直線的ではなく,またヤンツァリク氏もこの一文は後世による「疑わしい還元」であると述べている。
 1845年,28歳を迎えたばかりのグリージンガーは「精神疾患の病理と治療」を著わし,その第一章で「生理学的,病理学的な観察事実は,脳のみが正常ならびに病的な精神活動の場でありうることを示している」と述べた。そのような記述が「精神病は脳病」の原型であったと思われる。

特集 精神疾患の新しい診断分類

[特別講演]ICD-10 歴史,特徴とその応用をめぐって

著者: ,   大久保善朗

ページ範囲:P.452 - P.457

■作成までの経過
 ICD-10作成までの経過を表1にまとめた。ICD-10の作成は,さかのぼると1964年に始まっている。1965年からの10年の間は,毎年1回会議が開かれ,分類に伴う様々な問題についての討議が行われた。1971年には人格障害に伴う分類の問題について東京で会議が開催された。当時の東京の会議では神経質概念が問題になった。
 その後,我々の活動は少し停滞し,1970年代の後半から1980年代の初めの間は,米国精神医学会(American Psychiatric Association;APA)に一歩遅れをとった。周知のようDSM-Ⅲは画期的な分類の手法であり,それが刺激となって1980年代に入り,我々は活動を再開した。まず40回ほど会議を開き,世界のこの問題に関する文献をすべて調べた。1981年には,その後極めて重要な意味を持つことになったコペンハーゲンでの会議が開かれた。この会議の結果を踏まえて,ICD-10の草案が固まり,その草案が世界中に配布された。そして,前最終段階の草案が作成され,臨床実地試験を行い1992年には臨床ガイドラインが出版された。

ICDの歴史と現況

著者: 河合誠義

ページ範囲:P.459 - P.462

■はじめに
 我が国の疾病や死因に関する公式統計は,統計法で規定された疾病分類により分類されている。この疾病分類は,ICDに基づいて作成されており,現在の分類は,ICD-9に基づいている。今般10数年ぶりにICDが大幅改正され,ICD-10が新しくWHOから勧告されたことにより,我が国では,現在の疾病分類をこれに基づいて改定することとしている。

我が国におけるICD-10の使用に向けて

著者: 浅井昌弘

ページ範囲:P.463 - P.469

■はじめに
 1995年1月から日本ではWHOの第10回修正国際疾病分類(ICD-10)3)を用いることになった。ICDは精神障害だけではなくすべての身体疾患の分類を含むものであり,日本では過去15年間にわたって疾病統計から医療保険の適応病名に至るまでICD-9による分類が用いられていた。精神障害については日本の慣用分類をICD-9に適宜に当てはめて実用的に使用してきたのである。
 しかし,ICD-10はICD-9とはかなり大きく変化しているので,ICD-10を円滑に使いこなすためにはICD-10の種々の特徴についてできるだけよく理解しておく必要がある。個々の精神障害の名称や分類法がどのように変更されたかについては,すでに出版されている単行本3,9,10)に詳しく新しいICD-10が記載されているので,ここではICD-10が目指す国際性の意義に触れ,次いで日本におけるICD関係の出来事を振り返り,精神障害のICD-10には種々の版があることを述べてから,ICD-10へ移行する際に生じうる実際的な諸問題2)の概観を試みることにしたい。

DSM-Ⅳ作成の基本原則

著者: 高橋三郎 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.471 - P.478

■DSM-Ⅲ-RからDSM-Ⅳへ
 世界保健機関による国際疾病分類第10版(ICD-10)の施行(1992)に伴い25),DSM-Ⅲ-RもDSM-Ⅳに改定されて1994年春にはいよいよ施行される。国際交流を促進し,研究を推進するためには,この両者はできるかぎり近いものにすべきであるが,DSM-Ⅳの各精神障害カテゴリーの診断基準と症状の記載を作成する委員会は重要な決定をいくつか行わなければならなかった。すなわち,ICD-10における定義が,DSM-Ⅲ-Rと比べてかなり違ったものとなっているものも多々あるからである。例えば,DSM-Ⅲ-Rでは,華々しい精神病症状が1週間続くこと,全体としての持続期間は6カ月以上であることが精神分裂病の時間基準とされていたが,ICD-10では,華々しい症状が1カ月あるだけでよい。
 DSM-Ⅳ作成にあたり,診断基準と症状の記載を決定する手順は,どのカテゴリーにとっても同じ手順がとられた。いくつかの重要な問題点を決定し,それを解決するために多数の文献を見直し,診断基準にいくつかの選択肢を作成し,それぞれの選択肢を臨床試行によって評価するという一連の手順である。発表された診断基準を使用するだけの立場にある我が国の臨床家はえてしてこうした手順が長い時間をかけて行われたことを忘れがちである。

臨床診断基準に求められるもの—初期診断と疑診

著者: 中安信夫

ページ範囲:P.479 - P.486

■はじめに
 アメリカ精神医学会は1993年,DSM-Ⅳ最終草案12)を提出した。本特集の目的は先年提出された国際疾病分類第10改訂版:ICD-10(1992)(その第Ⅴ章:精神および行動の障害)13)とともにこのDSM-Ⅳを紹介することにあるとのことであるが,編集委員会から筆者に与えられたテーマは「精神疾患の操作的診断に関するいくつかの疑問」というものであり,要は批判的立場で一言述べよという要請と思われた。これにはたぶん,筆者5〜7)がこれまで2度にわたってDSM-Ⅲ(-R),ことにその精神分裂病の診断基準を批判してきたことが与かっていようが,筆者としてはすでにこれまでの論稿にて批判を尽くしたつもりであり,改定されたDSM-Ⅳを見ても「いったいいつまでこの愚挙をなすつもりなのか」と,もはや怒りを通り越して嘆息するしかないというのが唯一の思いである。ただ,求められたことでもあり,今回はやや趣を変えて「臨床診断基準に求められるもの」という観点から一文を草したいと思う。ただし,その内容はこれまでの主張からそのエッセンスを抜き出して強調するだけのものとなることをあらかじめお断りしておきたい。

[座談会]精神疾患の新しい診断分類—ICD-10およびDSM-Ⅳ

著者: ,   ,   中根允文 ,   山下格 ,   高橋三郎 ,   融道男 ,   田崎美弥子

ページ範囲:P.487 - P.497

 1992年にWHOがICD-10(International Classification of Diseases:国際疾病分類第10版)を発表し,また一方,APA(American Psychiatric Association:米国精神医学会)もDSM-IV(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders第4版)出版の準備を進めている。そこで本誌では,Dr. Sartorius,Dr. Mezzichの両氏を囲んで,中根允文,高橋三郎,山下格の各氏に「精神疾患の新しい診断分類」についてお話し合いいただいた。

[資料]我が国におけるICD-10 DCRの実地試行

著者: 高田浩一 ,   岡崎祐士 ,   中根允文

ページ範囲:P.499 - P.504

■はじめに
 ICDシステムにおいても,症候学的によりhomogenousな対象群を必要とするような研究のためには,一般用とは別に研究用の操作的診断基準を提供することが必要であるとの考えから,ICD-10第Ⅴ章に対応する研究用診断基準(DCR-10)が作られることとなった。Feighnerらの基準,SpitzerらのRDC,DSM-ⅢやDSM-Ⅲ-Rなどの一連の診断基準がこのDCRに影響を与えたことは明らかである。DCRの前書きにも「ICD-10の『臨床記述と診断ガイドライン』を作成した専門家により,多国間での臨床実地試験の結果と,多数の専門家からの助言や,WPAなど種々の国際的専門家集団,とりわけ米国精神医学会におけるDSM-ⅢやⅢ-R作成委員会などの意見を取り入れて作成された」とある1)
 今回,WHOが企画した国際的多施設共同研究としてのDCR-10の実地試行の主な目的は,①DCRが様々なタイプの精神障害を,どの程度的確に記述できているかを評価する。使い勝手の良さ,診断の確信度,および症状を完全に網羅しているか否かを評価する。②DCRとICD-10の「診断ガイドライン」との一致の度合をチェックする。③診断の評価者間信頼性および診断に寄与する他の基準が存在するか否かの評定を行う。以上の3点である。
 なお,今回の実地試行で使用されたのは,DCR草案第2版(1990年5月)で,ICD-10の1990年5月草案に適合するように開発されたものである。日本での実施に際しては,DCR草案第2版の長崎大学医学部精神神経科学教室の訳による日本語版(1990年11月)2)が用いられた。

[資料]ICD-10による外来初診患者統計—従来診断との異同

著者: 大久保善朗 ,   南海昌博 ,   松島英介 ,   伊沢良介 ,   岩脇淳 ,   車地暁生 ,   渋谷治男 ,   融道男

ページ範囲:P.505 - P.509

■はじめに
 厚生省は1995年からICD-10を公式な疾病統計として用いることを決めている。新しい疾病分類の適用を円滑に行うためには,慣用的に用いられている従来診断との異同についてあらかじめ明らかにしておく必要がある。我々の施設では,WHO協力センターとして当初よりICD-10のWHO実地試行に参加した経緯もあり,早くから患者統計にICD-10を使用してきた。そこで今回,ICD-10「臨床記述と診断ガイドライン(以下,臨床ガイドライン)」1)を用いた外来初診患者統計の資料をもとに,従来診断とICD-10診断の異同について検討したので報告する。

研究と報告

定期的病棟訪問(御用聞き)によるリエゾン活動の有用性に関する実証的検討

著者: 松口直成 ,   辻丸秀策 ,   中沢洋一

ページ範囲:P.511 - P.514

 【抄録】 従来の紹介状を介した精神科コンサルテーションと「御用聞き」的リエゾンをそれぞれ実験的に施行し,両方法の効果の違いを同一施設において比較することにより,「御用聞き」的リエゾンの有用性を検討した。1年間を6カ月に分け,前半は依頼があった時病棟に赴く方法,後半は定期的に病棟を訪問する御用聞きを行った。御用聞き施行により,問題発生1週間以内の早期依頼率の増加傾向,著明改善率の増加および改善率全体の増加傾向,3日以内の早期改善率の有意な増加がみられた。これまで御用聞きシステムの有用性は,他科スタッフの利用度や意識調査の経年的な変化からretrospectiveに推察されていたが,今回の結果から「御用聞き」的リエゾンの持つ有用性が具体的に明らかにされた。

総合病院精神科における夜間・休日の相談,診療の実態

著者: 中村満 ,   猪川和興 ,   倉持穣 ,   松島英介 ,   小杉真一 ,   上條吉人 ,   構木睦男 ,   守屋裕文

ページ範囲:P.515 - P.521

 【抄録】 救命救急センターを併設する総合病院である東京都立広尾病院の神経科当直医の役割を調査するために,夜間・休日の相談・診療依頼の記録を分析した。1988年10月から1990年9月までの2年間の夜間・休日の相談・診療依頼は延べ927件で,これらは次の3群に分けられた。第1群は当科通院患者からの依頼で,比較的緊急度が低い電話相談が主であった。第2群は当科非通院患者からの依頼で,比較的緊急度が高く,即時に当科受診に至る場合や他施設に依頼する場合が多かった。第3群は他科病棟入院患者に関する依頼で,せん妄などの意識障害が多く,これらに対しコンサルテーション・リエゾン・サービスが行われていた。以上より総合病院精神科の夜間・休日当直体制の実態の一端が明らかとなった。さらに,今回の結果を踏まえて,精神科救急医療についての若干の考察を行った。

美容形成術希望者の心理特性に関する実態調査の統計的検討

著者: 幸田るみ子 ,   福山嘉綱 ,   西脇淳 ,   石郷岡純 ,   三浦貞則

ページ範囲:P.523 - P.529

 【抄録】 美容形成術希望者全員に,リエゾン精神医学の活動の一環として,精神科診察および心理検査を施行し,美容形成外科患者の社会的背景・心理特性を把握するための実態調査を行った。この結果,以下のことが認められた。①年齢は20歳代後半と40歳代の患者が多いが,男性では10〜20歳代の若年層が比較的多かった。②手術が2回目以上の者が全体の約半数を占め,特に再修正の手術を希望する者が多かった。③対象者180名中63名(35%)の患者に,何らかの精神医学的問題(醜貌恐怖症,うつ病など)が見い出された。④精神医学的な病態が認められた群では,YG性格検査上に情緒的な不安定傾向,思考的内向性の高さが認められた。⑤男女間の心理特性は,男性は女性に比較し神経質・易怒的であり,社会的内向傾向が高かった。
 今後も,美容形成外科領域への精神医学的コンサルテーションや,術前の十分な心理社会的な評価が必要と思われた。

非痴呆老人脳アミロイドβタンパク沈着の精神医学的意義—老年期精神病の1形態学的背景

著者: 池田研二 ,   羽賀千恵 ,   藤嶋敏一 ,   加瀬光一 ,   水谷喜彦

ページ範囲:P.531 - P.537

 【抄録】 非痴呆者の大脳皮質にはアミロイドβタンパク沈着(AmD)が種々の程度に認められ老齢化とともに出現頻度と程度が増大するが,その精神医学的検討はなされていない。多数の非痴呆例の海馬を通るメセナミン銀染色半球切片の検討を通して抽出されたAmDが中等度に出現する6症例と高度に出現する7症例の病歴を再調査した結果,中等度群中1/6例,高度群中5/7例に精神症状が確認され,その内容はせん妄状態(4例),幻覚・妄想状態(2例,うち1例は経過中にせん妄状態あり),うつ状態(1例)であった。この結果はAmDが出現しないかごく少数であった対照群(12例)と比較して際立っており,精神症状を伴う中等度〜高度AmD群が70歳以上の高齢者で構成されていたことから①AmDは老年期精神病の器質的要因の1つとなりうる,②これらの症例の一部はsubclinicalな段階のアルツハイマー型老年痴呆にあり,精神症状は初期症状であるという2つの可能性を指摘し,実際には広範,高度のAmD症例群はアルツハイマー型痴呆の発生母体であるとともに老年期精神病にとどまる症例群が混在していると考えられた。

Anorexia nervosaおよびBulimia nervosa患者における強迫症状について—Maudsley Obsessional-Compulsive Inventoryによる評価

著者: 松永寿人 ,   切池信夫 ,   永田利彦 ,   吉田充孝 ,   山上榮

ページ範囲:P.539 - P.546

 【抄録】 DSM-Ⅲ-Rで診断されたanorexia nervosa 13例(AN群),bulimia nervosa 14例(BN群),強迫性障害患者14例(OCD群)と健常対照者14例(C群)に強迫症状評価尺度であるMaudsley Obsessional-Compulsive Inventory(MOCI)邦訳版,不安症状の評価尺度であるManifest Anxiety Scale(MAS),抑うつ症状評価尺度であるZungのSelf-rating Depression Scale(SDS)を施行した。AN群およびBN群はMOCI総得点,「確認」,「清潔」,「優柔不断」,「疑惑」の各下位尺度得点において,OCD群に比し低値を示したもののC群より高値を示した。またMOCI得点で13点(13/12)をcut off pointとした時,AN群6例,BN群7例が13点以上の高得点を示した。さらにMOCI総得点と「確認」,「清潔」,「優柔不断」の下位尺度得点が,SDSやMAS得点と有意な正の相関を示し,MOCI総得点が13点以上の高得点群は低得点群に比して,SDS,MASの得点で有意な高値を示した。以上のことから摂食障害患者の強迫症状が抑うつや不安症状と密接に関連していることが示唆された。

短報

抗精神病薬長期投与中,急性水中毒を発症し,横紋筋融解症を来した精神分裂病の1例

著者: 松本好剛 ,   山崎浩 ,   名越泰秀 ,   松本浩司 ,   谷直介

ページ範囲:P.547 - P.549

 水中毒は精神科領域での頻度が高く,重症例では意識障害,けいれん発作などの症状を呈し,時に死亡する症例もみられる重篤な病態である。また最近になり水中毒に横紋筋融解症が続発し高ミオグロビン血症から腎障害に至る症例が少なからず存在することが報告されるようになった。今回我々は,その発症から治癒まで比較的克明に経過を追跡できた症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

私のカルテから

少量の抗精神病薬投与中にみられたNRHS(neuroleptic-related heat stroke)の1例

著者: 森岡英五 ,   吉成央 ,   羽原俊明 ,   松山まどか

ページ範囲:P.550 - P.551

 以前より抗精神病薬服用者に,時に熱射病がみられることはよく知られている1,2)。しかしその報告例のほとんどが抗精神病薬の大量服薬例である1,4)。今回我々は少量の抗精神病薬を維持している症例で,農作業中,熱射病を起こし,急性腎不全にて人工透析に至った症例を経験したので報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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