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雑誌目次

論文

精神医学36巻6号

1994年06月発行

雑誌目次

巻頭言

卒前教育について思うこと

著者: 小島卓也

ページ範囲:P.562 - P.563

 包括的な医療の必要性が指摘される中で,精神科以外の科に進む学生は精神医学的な知識や態度をこれまで以上に身につけることが必要となっている。しかし卒前教育において精神医学を学生に教えることについては,難しい面が多々見受けられる。学生達へのアンケートや感想文を基にして彼らが感じていることをまとめると以下のようになる。1)わかりにくい,とっつきにくい,専門用語がわからない,2)検査値をみて診断できない,3)精神症状を把握しにくい,4)面接が難しい,頼るべき手掛かりがない,5)診断が曖昧,退院の基準などもはっきりしない,6)正常と異常の区別がはっきりしない,7)病因・病態のメカニズムがはっきりしていない場合が多い,8)自分で病気だと思わない人をどうやって治療できるのか,などである。

特集 精神医学と生物科学のクロストーク

分裂病病因に関するトランスミッター研究の現況

著者: 内村英幸 ,   田原孝

ページ範囲:P.564 - P.570

■はじめに
 1976年にSeemanとSnyderの2つの研究グループが,3H-haloperidol結合に対する各種の抗精神病薬の阻害作用力価と臨床用量がよく相関することを報告した。この結合阻害力価としてのIC50値は,血漿中の遊離薬剤濃度とほぼ一致していた。これらの報告以来10年間は,ドパミン(DA)仮説が分裂病病因の中心課題であった14)。特に分裂病死後脳の尾状核,淡蒼球,側坐核で,D2受容体(D2R)が増加しているという多くの報告がなされた30)。抗精神病薬の影響についても論じられてきたが,服薬していない新鮮分裂病患者のD2Rに関するPET所見はまだ一致した見解に至っていない。
 実際の臨床治療では種々の抗精神病薬が使用され,その臨床効果は各々異なっており,D2R遮断作用のみで作用機序を説明するのは無理である。さらに,薬物抵抗性の難治例や陰性症状を主とする欠陥状態は,薬物効果の限界を示しており,その病態はほとんど解明されていない。しかし,1990年代に入って新たな展開がみられてきており,分裂病の病因というより病態に関与する神経伝達物質関連についての現状について述べることにしたい。

カテコールアミン系の分子生物学

著者: 永津俊治

ページ範囲:P.571 - P.578

 カテコールアミン(CA)はカテコール核を持つ生体アミンの総名称で,ドーパミン,ノルアドレナリン(ノルエピネフリン),アドレナリン(エピネフリン)の3種がある。脳のドーパミン神経(ニューロン),ノルアドレナリンニューロン,アドレナリンニューロンの3種のニューロン,および末梢交感神経のノルアドレナリンニューロンでCAが生合成されてシナプス小胞に貯蔵され,神経終末より神経伝達物質としてシナプス間隙へ放出されてシナプス後部細胞の受容体と結合して神経伝達が起こる。副腎髄質のアドレナリン細胞とノルアドレナリン細胞で生合成されたアドレナリンとノルアドレナリンはホルモンとして血液へ放出される。脳のドーパミンニューロン,ノルアドレナリンニューロン,アドレナリンニューロンは細胞体が脳幹部に局在して,脳全体に分布しているが,3種のCAニューロンは異なる脳内分布をしており,脳の神経回路網で,シナプス後部のドーパミン受容体,α受容体,β受容体を介して働き,運動,感情,学習,生体リズム,血圧,生殖,内分泌などの種々の重要な脳機能を調節している。末梢の交感神経ノルアドレナリンニューロンは全身の血管,心臓,平滑筋組織,腺組織などに分布しており,副腎髄質よりホルモンとして分布されるアドレナリン,ノルアドレナリンと共に,α受容体,β受容体を介して,心臓などの全身の臓器に作用して,血圧や血糖の調節,ストレス反応などの重要な生理調節に働いている。
 CAはパーキンソン病,精神分裂病,感情障害などの神経精神疾患の病態に深く関連している。

精神分裂病の眼球運動

著者: 小島卓也 ,   松島英介

ページ範囲:P.579 - P.585

■はじめに
 「眼は口ほどにものを言う」と諺にあるが,これは視線やその動きが心の状態を敏感に反映することを物語っている。人間がものを見る場合,対象が網膜に映し出されるが,形や色彩を鮮明に知覚するためには網膜上の中心窩付近,視角にして約2.5度に像を結ばなければならず,眼球を素早く回転させる必要がある。したがってこの注視点の動きを記録することにより,分裂病者の精神内界や視覚性の認知機能障害の特徴を客観的に把握できると思う。

随意的眼球運動の神経機構

著者: 彦坂興秀

ページ範囲:P.587 - P.591

■眼球サッケードの発生装置
 眼球運動に関係する脳の領域はたくさんある。大脳皮質の様々な部位を電気刺激すると目が反対側に動く。四肢の運動は中心前回にある運動野あるいはその周辺の限局した領域の刺激でのみ起こるのとは対照的である。眼球運動が誘発される領域は,大脳皮質では,前頭眼野や頭頂連合野,それに補足運動野の一部,皮質下では,視床の髄板内核,大脳基底核の黒質網様部と尾状核,などである。これらの領域から発した神経情報は,主に,上丘に収束し,それから脳幹網様体の水平性と垂直性の眼球運動発生装置に送られる。では,上丘はどのような機能を担っているのだろうか。
 上丘は,系統発生のもとをたどると視蓋と呼ばれ,例えばカエルでは中枢神経の最高位に位置している。虫を見て,それに頭と体を向け,ひと飲みにするというカエルにとってもっとも基本的な行動は,この上丘によって支配されている。サルや,おそらくヒトでも,上丘はこのような意味で重要である。上丘は層状の構造をしている。浅層には網膜から直接の線維投射があり,中間層からは脳幹網様体や脊髄に視蓋脊髄路という太い線維束が下りている。視野のどこかにものが現れると,それとは反対側の上丘浅層のある一群のニューロンがそれに応答して発火する。これに引き続いて,動物は,そして私たちも,その視覚対象に目や頭を向けるだろう。この時起こる眼球運動はサッケードである。このような眼球や頭の運動が起こるのは,この時,視覚性に応答した浅層の細胞のすぐ下の中間層のニューロンが激しくバースト状に活動して,その情報が脳幹や脊髄に送られるためである。

精神分裂病における身体因と心因

著者: 町山幸輝

ページ範囲:P.593 - P.598

 ここ20年の間に精神分裂病の成因に関する科学的知見は著しく集積された。それらすべてを統合して1つの仮説にまとめることは極めて難しい作業である。したがって,ここでは私自身が関与した2つの研究分野,すなわちモデル分裂病としての慢性覚醒剤中毒および分裂病患者剖検脳の形態計測,で得られた知見に基づいて,その成因についての私見を述べることにする。

精神分裂病の病因研究に関する私見

著者: 中井久夫

ページ範囲:P.599 - P.607

■はじめに
 精神分裂病の病因研究に私が関心を持つとすれば,それは,治療との関連においてである。
 しかし,病気の原因というものは,我々が素朴にこれと指摘できるものとは限らない。むしろ,そちらのほうが例外である。病気というものは通常,長い事件の連鎖あるいはパターンあるいは布置である。その中で不可欠な因子があれば,我々は,これを病気の原因という。感染症でも一発必中というのは狂犬病かラッサ熱ぐらいしか思い当たらない。
 私が分裂病の治療に当たるようになってから,感じた疑問はかなり実際的なものである。
 まず私は,分裂病というものがかなり特殊な病態なのか,それともかなり広く分布していて,その頂点が臨床的分裂病となっているのか,どちらであろうかと考えた。かつて,結核の場合は後者であって一次複合を肺に持つ者は持たない者より多かった。私は後者ではないかと考えた。その理由の一つは,これほど広範囲に広まって,しかも一般人口のあるパーセントだけが発病する病態だからである。もう一つ,もし遺伝性があるなら,どうして淘汰されてしまわないのかという「Huxleyの問題2)」をも考えた。つづまるところ,多くの人が分裂病にならずに済んでいるのはどうしてかということになるのかもしれない。
 私の考えはすでにあちこちに書いたし,憶測の憶測の水準にとどまっていることは承知している。しかし,もう機会もそれほどないであろうから,あらましを述べておきたい。

精神疾患の分子遺伝学的研究

著者: 米田博

ページ範囲:P.609 - P.613

■はじめに
 近年分子遺伝学的研究手法の急速な進展によって精神疾患の原因遺伝子を明らかにしようとする試みがなされるようになった。ことに家系,双生児,養子研究などの臨床遺伝学的研究から発症に遺伝要因が関与していると考えられる精神分裂病(以下,分裂病),感情障害,アルコール依存症,アルツハイマー病などについては,最近数年間で多くのデータが蓄積され,重要な知見も得られている。そこで,ここでは分子遺伝学的研究の基本的な手法ならびにその成果を紹介したい。

精神分裂病研究のストラテジー—脳画像解析を軸として

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.615 - P.619

■はじめに
 疾病の研究を,症候学,病態生理,病因の3段階に分けるとすると,分裂病のように本態が不明な疾患については,特に病態生理学的な研究が重要と思われる。その際,それぞれの所見が意味するところを,全体の相互関連の中で明らかにしていくことが必要である。また,その病態生理学的所見を共通項として,動物実験を行うこともできよう(図)。このような総合的アプローチにおいては,学説の統合ではなく,学説の根拠となっている所見に自ら再検討を加えながら,病態モデルの構成をめざすことが実りのある態度と思われる。当教室では,このようなストラテジーのもとで,分裂病の臨床的・基礎的研究を行っているので,ここでは,その概要を述べることにしたい。

[討論]精神医学と生物科学のクロストーク—生物学的精神医学のストラテジーを求めて

著者: 内村英幸 ,   永津俊治 ,   小島卓也 ,   彦坂興秀 ,   町山幸輝 ,   中井久夫 ,   米田博 ,   倉知正佳 ,   中沢恒幸 ,   融道男

ページ範囲:P.621 - P.624

 司会(融) クロストークというのは,レセプターが他のレセプターや膜成分との間で起こす相互の応答を表す用語ですが,ここではこれを広く解して,生物学的精神医学,基礎医学,精神病理学という離れた研究領域の間の正や負の応答—クロストークを通して,新しいシグナル・トランスダクションが生ずることを期待しています。お招きしたシンポジストは,基礎医学を専攻されている神経生化学者の永津先生,神経生理学者の彦坂先生,精神病理学を専攻されている中井先生,それに生物学的精神医学を専攻されている内村先生,小島先生,町山先生,米田先生,倉知先生です。以上8名のシンポジスト,指定発言者の発表が終わりましたので,これから総合討論に移りたいと思います。はじめに生物学的精神医学領域以外のシンポジストから,ご意見やご提言をいただきたいと思います。彦坂先生どうぞ。
 彦坂 サルの生理学的研究で,頭頂連合野の後のMT野を壊すと動きの知覚がなくなるというのがありますが,分裂病では動きの知覚が悪くなると聞きましたので,眼球運動を含めて精神生理学的な検査を多面的に行うことにより何か見つかってくるのではないか。それを遺伝学と組み合わせて考えていけば行動と遺伝との連関がとらえられるのではないか,と思います。

研究と報告

精神病患者のがん手術に対するインフォームド・コンセント

著者: 永山建次 ,   鈴木茂 ,   新居昭紀

ページ範囲:P.625 - P.632

 【抄録】 精神病患者4例のがん治療に際してのインフォームド・コンセント(IC)経験を報告し,手術に関する彼らの同意能力について考察を加えた。我々の経験から判明したことは,①精神科への入院や精神病治療に関するICは不成立でも,がん手術に関するICが成立する例があるので,両者は別個に扱われるべきである。②慢性分裂病患者や躁うつ病患者は,身体的治療に関してある程度の同意能力がある。各疾病が持つ特性に合わせた形のICが工夫されなければならない。③痴呆患者に対しても,信頼関係の樹立というIC思想の原点に立つならば,残された感情能力を尊重し,ICに努める姿勢が治療者側に求められる。④同意能力の判定は,客観的な基準を設けて形式上の矛盾を解消しようとすれば,個別適用の場面で困難や安易さが生じる。他方,実際適用上の判定困難例や矛盾の存在に固執すると,客観的・形式的基準が作成できなくなる。このパラドックスには精神医療にとって本質的なものが含まれており,安易な解消を望むべきではない。

精神分裂病者における身体の周辺空間の分節化

著者: 横田正夫

ページ範囲:P.633 - P.640

 【抄録】 精神分裂病患者が身体の周辺空間をどのように分節化しているかについて調べることを目的にし,予備調査として,分裂病患者20名と正常者19名に,上から見たような刺激身体図の描かれている用紙を与え,その身体図の前後の範囲を直接描き加えるように求めた。その結果,半数の分裂病患者が前後の範囲を領域として表すことに失敗した。そこで,本実験では,分裂病患者29名,正常者22名に,刺激身体図を中心にそれを囲む円を新たに描き加えた用紙を与え,それに区切り線を入れることで身体の前後右左の範囲を表させることにした。その結果,区切られた範囲は,分裂病患者では,正常者に比べ前後右左のいずれにおいても狭く,しかも正常者と異なり,それら4方向で身体を中心とした360度全体を被うことができなかった。このことは分裂病患者では,身体の前後右左が断片化し,身体の周辺空間の分節化が不十分であることを意味する。

Klinefelter症候群患者に認められた心因性視力障害に対する治療的試み—テストステロン補充療法の効果について

著者: 武田雅俊 ,   金山巌 ,   佐藤寛 ,   高橋励 ,   赤垣裕介 ,   西村健

ページ範囲:P.641 - P.648

 【抄録】 35歳時より心因性に視野・視力障害の寛解増悪を繰り返したKlinefelter症候群患者について,精神療法,行動療法,ホルモン補充療法を試みた。視力障害は,精神療法・行動療法のいずれによっても回復したが,しばらくたつと再び症状が出現した。このような症例にホルモン補充療法を試みた。持続性男性ホルモン製剤の投与により,今までにない意欲的な言動や自己主張性が認められるようになり,行動にも攻撃的な面が認められるようになり,急速に視力障害から回復した。本症例は,Klinefelter症候群に特徴的とされる受動的・依存的な性格傾向を備えていたが,性ホルモン値・ゴナドトロピン値が正常化するに従い,その言動に変化が認められ,今回の視力障害回復の一因になったと考えられる。

幻覚妄想状態を呈したNoonan症候群の1例

著者: 清水聖保 ,   松村裕 ,   三好功峰

ページ範囲:P.649 - P.654

 【抄録】 Noonan症候群で精神病様症状を伴ったまれな症例を報告した。症状は,42歳頃,注察妄想,関係妄想で始まり幻聴,自閉などを示した。本例における精神病様症状は,知能発達遅延,性格傾向そして身体的発達障害(特に性的未発達)による適応困難と,職場での適応の破綻から一気に急性精神病症状を呈する形での症状の出現を認めたものと考えられた。

短報

Clonazepam中止後,悪性症候群様の症状を呈した1症例

著者: 大倉勇史 ,   佐々毅 ,   松島英介 ,   融道男

ページ範囲:P.657 - P.660

 clonazepamは他のbenzodiazepine系の薬剤とは違った性質を持ち,抗けいれん薬として使用されるだけでなく,抗躁薬,抗パーキンソン薬としての作用も認められている。また,離脱症状としては,けいれん発作が知られているが11),今回私たちはclonazepamの中止により離脱症状に続き悪性症候群様の症状を呈した双極性感情障害の1症例を経験したので報告したい。

透明中隔嚢胞を合併したMarfan症候群の1例

著者: 西村浩 ,   町田勝彦 ,   中川種栄 ,   篠崎徹 ,   笠原洋勇 ,   牛島定信

ページ範囲:P.661 - P.664

■はじめに
 Marfan症候群は常染色体優性の遺伝形式で中胚葉系先天異常を伴う症候群で,高身長,長四肢,クモ状指,関節の過伸展,水晶体亜脱臼や近視など眼科的異常,高口蓋,大動脈根部の拡大,僧帽弁逸脱,側彎症・後彎症・偏平胸・漏斗胸といった脊柱変形などの異常を示す。またGilles de la Tourette症候群との合併,染色体異常の合併,過呼吸発作・四肢麻痺・構音障害など多彩な精神・神経症状を呈す報告など精神・神経疾患との関連も考えられる。我々は頭痛ならびに頭重感を主訴として診療各科を転々としていた,透明中隔嚢胞を合併し特異な臨床例と考えられたMarfan症候群の18歳男性例を報告する。

紹介

上海市における司法鑑定制度および“公安病院”見聞記—アルコール・薬物依存症を中心に

著者: 飯塚博史

ページ範囲:P.665 - P.667

 1993年6月,上海第二医科大学王祖承教授のご援助のもとに,上海市における公安局管轄の精神病院を一日見学する機会を得,かつ当地における司法鑑定制度についても教示を得たので,ここに報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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