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雑誌目次

雑誌文献

精神医学36巻9号

1994年09月発行

雑誌目次

巻頭言

高齢者介護の行方

著者: 三山吉夫

ページ範囲:P.898 - P.899

 1993年10月1日の老人人口は,1,690万で総人口の13.5%となった。年少人口が毎年減少するのとは対照的に老人人口は増え続け,高齢化社会から超高齢化社会へと進んでいる現在,高齢者への関心は医療従事者よりも一般の人のほうがはるかに高いようである。呆け老人がTVのホームドラマに登場することも珍しくなくなってきた。2025年には,後期老年者(75歳以上)が現在の2.7倍となり,全老人人口の半数以上を占めるようになる。さらに寝たきり老人は230万人,痴呆性老人は314万人と厚生省は推計している。国民の老後の生活に対する意識調査では,長生きへの不安を持つものが多く,全体の8割が不安を感じ,その内容は寝たきりや痴呆になる可能性と,その時の介護問題に関する不安がほとんどを占めている。
 現在でも,精神科の老人病棟や老人福祉施設は,平均寿命をはるかに超した老人達であふれている。老人福祉対策が遅れているかの地では,老人ケア110番の看板はあっても,話は聞いてくれるが,即対応はしてもらえない。病者のための老人福祉施設は,申し込んで早くて6カ月,通常は1年待つことになる。老人のデイサービスも市役所に申し込むと「いつになるかわかりませんがそのうち連絡します」と一応に返事されている。施設が空いた時には,すでに本人は死亡していたケースの話も珍しくない,と聞く。痴呆性老人治療専門病棟も常時満床で待ちの状態である。私が大学に引きこもっているせいか,市町村の老人保健福祉計画が見えてこない。それなりに進んでいるとの説明を聞くが,活動のテンポがわかりにくい。国は高齢者保健福祉推進10カ年戦略と言っていたが,時間をかけるわりには肝心なものが見えてこない。国の「21世紀に向けた介護システム試案」もまだ定まっていないようである。政局が不安定なので,親亀の背中に乗った子亀の心境かと察しられる。

展望

遅発緊張病

著者: 古茶大樹 ,   濱田秀伯

ページ範囲:P.900 - P.907

■はじめに
 今世紀初頭にKraepelin11)は『初老期精神病の領域は,現在おそらく精神医学全体の中で最も不明な領域である』と述べた。21世紀を迎えようとしている今日もなお,初老期以降に発症する内因精神病は,その疾病分類,症候学,病因論,発病状況論において解決すべき課題を数多く抱えた領域であることに変わりない。
 その中にあって,遅発緊張病は忘れられた疾患である。遅発緊張病は今日でも存在するのか?存在するとすればどのような形でみられるのか?本論文では,今世紀前半にしばしば取り上げられていた『遅発緊張病』の概念と展開を歴史的に振り返るとともに,今日における症候学的な特徴,その疾病分類学上の位置づけについて展望を試みたい。

研究と報告

単極型躁病の類型と発病状況

著者: 坂口正道 ,   木崎康夫 ,   梅津寛

ページ範囲:P.909 - P.918

 【抄録】 3回以上の躁病相が確認され,抑うつ状態のみられなかった13例の単極型躁病について,病前性格-誘因状況-経過型から類型化し,いくつかの特徴を考察した。症例はⅠ型:循環性格を全く含まない精力-熱中性格者で自ら作り出した負荷状況で発症しやすい(3例),Ⅱ型:熱中性の強い循環性格者で一定の負荷状況で発症しやすい(2例),Ⅲ型:熱中性を含まない循環性格者で身体面の不調など日常的な状況で発症しやすい(3例),Ⅳ型:発揚-軽佻的性格者で誘因は確認されず青年期から種々の適応不全を示す(5例)に4分類された。総じて対人関係上の状況性はほとんどみられず,長期例でも人格水準の低下はなく,予後も良好で,遺伝負因は少ない。このような臨床経過全体の印象から,うつ病とはもちろん両極型の躁うつ病とも異なる比較的独立した単極型躁病の存在する可能性が示唆された。

Blepharospasmの臨床的特徴—精神医学的問題に関連して

著者: 川西洋一 ,   鈴木利人 ,   馬場淳臣 ,   堀孝文 ,   佐々木恵美 ,   水上勝義 ,   白石博康

ページ範囲:P.919 - P.926

 【抄録】 1977年9月から1993年10月までに当科を受診し眼瞼けいれんと診断された15例について,性別,発症年齢,罹病期間,随伴する精神・身体症状,誘因,増悪・軽快因子,転帰,薬物療法および環境調整の効果について診療録の記載をもとに検討した。15例のうちessential blepharospasmと診断された症例が9例,drug-induced blepharospasmと診断された症例が6例であった。essential blepharospasmの症例では,全例で心理的ストレスや環境的因子により症状が増悪軽快し器質的,心理的な両者の影響を考慮して治療することが重要と思われた。またこれらの症例においてhysterical blepharospasmと診断できる症例があり,両者を区別し診断する必要があると思われた。drug-induced blepharospasmの症例においてもessential blepharospasmと同様に治療上心理的側面を考慮した治療が必要と思われた。

うつ病患者におけるメランコリー型とDSM-Ⅲ-R人格障害—両者の相互関係とうつ病病前性格研究における意味

著者: 佐藤哲哉 ,   坂戸薫 ,   上原徹 ,   佐藤聡

ページ範囲:P.927 - P.935

 【抄録】 本研究では,96名の大うつ病外来患者を対象にメランコリー型とDSM-Ⅲ-R人格障害の関連が一連の多変量解析を用いながら調査された。結果は,メランコリー型で把握される人格特徴が,強迫性を含むすべての人格障害でとらえられている人格特徴とかけ離れたものであることを示した。また,DSM-Ⅲ-Rにおける3つのclusterによる人格障害の分類は部分的にしか支持されなかった。メランコリー型の人格記述がDSM-Ⅲ-R Axis Ⅱに収載されれば,この軸の記述は,これまで以上に広範囲の人格特徴の把握を可能とし,うつ病の臨床と研究にこれまで以上に有用性を増すことになるだろう,ということが示唆された。

恐慌性障害の症例研究:6—高齢発症群の臨床的特徴

著者: 塩入俊樹 ,   村下淳 ,   加藤忠史 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.937 - P.942

 【抄録】 この12年間に診療した235例の恐慌性障害の初発年齢分布を調べたところ,48歳を境とする2峰性分布を示すことがわかった。48歳以上の高齢発症群は34名(14.5%)であり,女性の占める割合が有意に高く(女性25名),空間恐怖を伴う者の割合が少なく(34例中5例),また恐慌発作中の症状項目数が少ない傾向があった。恐慌発作時の臨床症状については,高齢発症群では「身震いまたは振戦」は有意に出現頻度が高い反面,「離人感または非現実感」は全く認められなかった。また恐慌発作中のその他の症状については,高齢発症群で身体症状をより多く訴える傾向にあった。初診後の経過は,外来通院が規則正しくなされていた患者は,34例中10例で,そのうち7例が完全寛解し,残りの3例は慢性化していた。治療を中断した者は15例であり,大部分が3カ月以内の中断であった。

多彩な中枢神経症状を呈した慢性トルエン中毒の1例—特にMR,SPECT, PET所見から

著者: 今井公文 ,   水上勝義 ,   白石博康 ,   寺島康 ,   佐久間健一 ,   吉川京燦 ,   宇野公一 ,   有水昇

ページ範囲:P.943 - P.948

 【抄録】 多彩な中枢神経症状を呈した慢性トルエン中毒の1例を報告した。症例は22歳の男性。8年間純トルエンを乱用し,その間人格変化,知能低下,著明な痙性対麻痺,小脳失調などの症状が出現した。MRでは大脳,小脳,脳幹に及ぶ広範な萎縮のほかに,T2強調画像で,大脳白質と橋底部に高信号域を,両側視床に低信号域を認めた。またSPECTとPETでは大脳白質や左視床領域に脳血流の低下や糖代謝の低下を認めた。これらの画像所見は本例でみられた精神神経症状の裏づけとなるものと思われた。

小児崩壊性障害と診断された1症例

著者: 白谷敏宏 ,   井料学 ,   亀井健二 ,   森岡洋史 ,   長友医継 ,   冨永秀文 ,   上山健一 ,   松本啓 ,   留野朋子 ,   河野一成

ページ範囲:P.949 - P.954

 【抄録】 言語の消失,精神的不穏を主訴に受診した9歳11カ月の女児例を報告した。初めて明らかな異常に気づかれたのは7歳の時であり,それまでの発達は一見ほぼ正常に近いものであったと考えられた。その後,言語面の退行,対人・社会性の障害および執着傾向の出現がみられ,本症例はICD-10の小児崩壊性障害と診断された。本障害は現在では自閉症近縁の広汎性発達障害の1型と考えられているが,本患児の表情や態度は,これまでの多くの報告と異なり,むしろ人なつっこく,自閉症とは一線を画するものであった。また,本障害では,発症に先行する心理・社会的ストレスの存在が高率に認められることが指摘されているが,本症例においても患児が4歳の時に両親が離婚しており,障害の発症の契機と心理的ストレスの関係について考察し,この観点から本症例の発症の時期は,母親が異常に気づいた頃よりも遡る可能性があることを示した。

バイオフィードバックおよび森田療法的アプローチが有効であった多汗症の1例

著者: 松永勉 ,   大原浩市 ,   宮里勝政 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.955 - P.961

 【抄録】 28歳の男性の多汗症患者に対し,皮膚電気抵抗およびα波によるバイオフィードバック(以下BF)療法に外来森田療法的精神療法を加えて施行し,良好な治療成績を得た。皮膚電気抵抗によるBF療法によって自発性皮膚抵抗反射の頻度が減少し皮膚基抵抗値が増加したことが,発汗量の減少をもたらしたと考えられた。またα波の出現頻度と振幅を増加させる訓練は,高まった自律神経系の活動性を正常化させ,発汗を抑制する効果をもたらしたと推測された。本症例においては前頭葉—脳幹網様体—視床下部—自律神経系が多汗症の発病に関与していたと考えられた。本症例はその病理発生において森田療法理論の発病メカニズムが妥当性を有したために,森田療法的アプローチの併用が有効であったともいえるが,森田療法は本来,人間存在の自然な在り方を志向するものであり,様々な治療法に併用して用いることが可能であると考えられた。

一酸化炭素の慢性被曝の関与が考えられた初老期発症痴呆の1例

著者: 中島公博 ,   渡部正行 ,   中野倫仁 ,   石垣博美 ,   池本真美 ,   川崎峰雄 ,   高畑直彦

ページ範囲:P.963 - P.968

 【抄録】 一酸化炭素の慢性被曝の関与が考えられた初老期発症痴呆の1例を経験した。症例は51歳女性で人格変化を伴う痴呆と意欲低下,情動鈍麻などの症状によって特徴づけられる。4年にわたる臨床経過と検査結果から,症状は進行性ではなく,脳MRIでの萎縮性変化と多発梗塞巣ならびに脳SPECTでの後頭頭頂葉,側頭葉の集積低下などの所見は経時的変化に乏しかった。また発症以前の家庭状況から,自宅のボイラーの不完全燃焼があり,同時期に一致して患者同様,家族にも頭痛,めまいなどの症状が存在していた。診断としては多発梗塞性痴呆,アルツハイマー型痴呆が疑われたが,積極的に支持する要素に乏しく,一酸化炭素の慢性曝露により,精神神経症状が何らかの修飾を受けた可能性を考えた。慢性一酸化炭素中毒の臨床報告例はなく,臨床例の蓄積が望まれるが,このような視点から検討することも必要ではないかと考えられる。

短報

幻覚妄想状態を呈した多発性筋炎の1例

著者: 狩野直子 ,   森大輔 ,   村山賢一 ,   井上令一

ページ範囲:P.969 - P.971

 多発性筋炎(polymyositis;以下PM)は,筋血管・皮下組織の炎症性変化を特徴とする全身疾患で膠原病の1つと考えられている。同じ膠原病の全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;以下SLE)では20%から30%と高率に精神症状が出現するのに比べ,PMに精神症状が出現することはまれである。今回我々は幻覚妄想状態を呈したPMの症例を経験したので報告する。

頻発性気分障害にバルプロ酸ナトリウムが奏効した1例

著者: 西本雅彦 ,   嶋津良比呂 ,   宮里勝政 ,   野島精二 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.973 - P.975

 躁うつ病患者のうち,寛解期が短く,抑うつ状態および軽躁,躁状態を頻回に繰り返す症例がみられ,薬物治療に難治性のものがある。頻発性気分障害(rapid cycler)4)は1年間に4回以上の感情病相の出現をみる躁うつ病患者である。今回我々は炭酸リチウム(Li),カルバマゼピン(CBZ)が無効な症例にバルプロ酸ナトリウム(VPA)が奏効した症例を経験したので報告する。

ECTにより発作性知覚変容体験が消失した1症例

著者: 長谷部敬美

ページ範囲:P.977 - P.979

 精神分裂病の治療経過中に挿話性,発作性に知覚変容を主とする病理現象が出現することが知られており,山口・中井8),山口9)はこれを知覚潰乱発作として報告した。筆者は強い抑うつ気分,妄想から自殺企図を含めた衝動行為の可能性の高まった精神分裂病患者に対しECT(electroconvulsive therapy)施行,随伴する知覚変容発作および錐体外路症状も同時に軽快した症例を経験したので若干の考察を含めて報告する。なお,ECTは精神症状の悪化に対する薬物療法の限界から選択し,十分な説明を行い患者の同意を得た上で施行した。

特別寄稿

精神医学事始め—石田昇のこと

著者: 秋元波留夫

ページ範囲:P.981 - P.990

■はじめに
 この1月29日に私が88歳になるのを祝ってくださるということで,このように多くの友人,ことに,令夫人にお目にかかる機会をお作りいただいたことを御礼申し上げる。皆さんにお目にかかれるのはまことにうれしいが,原田(憲一)さんから話をしろと命令されたのに困り果てた。大体古希とか喜寿とかいう老人の会では,本人はおとなしく座っているものである。そう言ってお断りしたのだが,秋元は東京の外ではいろんなところで話をしているくせに東京ではあんまり聞いたことがないから,この際,話したらという原田さんのおだてについ乗せられたのが運の尽きで,こういう羽目になってしまった。
 何をお話ししようかと考えたが,今度医学書院から出版された「精神医学逍遙」4)の中で取り上げ,またこれまで私の頭から離れたことのない,石田昇という精神医学者と狂気についてお話しすることにした。この話の題を「精神医学事始め」としたのは,石田先生が我が国の精神医学の事始めの時代,優れたリーダーであったとともに,私の精神医学事始めにとって先生は唯一無二の先達でもあったからである。

古典紹介

幻覚—その機械・局在論的考察と精神運動幻覚の提唱(第1回)

著者: 田中寛郷 ,   濱田秀伯

ページ範囲:P.991 - P.996

幻覚1)
 要約—幻覚の定義—その論理的説明—分類:意識的ならびに無意識的幻覚;要素幻覚,共通幻覚ならびに言語幻覚
 幻覚の発生—幻聴,要素幻覚,共通幻覚—視覚性,聴覚性,言語幻覚—言語機能のメカニズム—言語幻聴の臨床例

私のカルテから

慢性疲労症候群類似の病態を呈した両側前頭洞炎の1例

著者: 大西次郎 ,   横山和正

ページ範囲:P.998 - P.999

 慢性疲労症候群(以下CFS)として診断・治療を受けた病歴を持ちながら,両側前頭洞炎の加療後に自覚症状が消失した1例を経験した。疾患特異的な判断基準のない病態を鑑別する上で興味ある症例と思われたので本欄に呈示する。

動き

「第35回日本神経学会」印象記

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.1001 - P.1002

 第35回日本神経学会は1994年5月18日から20日の3日間,九州大学神経内科後藤幾生教授を会長として福岡市で開催された。九州大学がこの会を主催したのは3回目で,1960年に勝木司馬之助教授が第1回を,1969年に黒岩義五郎教授が第10回を主催し,今回は25年ぶりということになる。ところが,後藤教授が今年の3月に急逝されるという事態となり,萬年徹理事長が会長を代行し,会長講演「神経系と障害因子」については小林卓郎助教授が代読することになったが,学会は最後まで順調に運営された。

「第1回多文化間精神医学会」印象記

著者: 大西守

ページ範囲:P.1003 - P.1003

 「第1回多文化間精神医学会総会」が1994年3月17日,山形市の遊学館において開催された。遠くに雪化粧した山々と清楚な街並との対比が美しい中での開催であったが,発表内容は刺激的だった。同学会は昨年の7月に設立された新しい学会で,12月の神戸でのワークショップ開催に引き続いての,第1回総会開催である。
 会長講演として,西園昌久教授(福岡大学精神科)より「多文化間精神医学に何を問いかけるか」の発表があった。会の目標と存在意義を問う基調講演であったわけだが,transcultural psychiatryの実践にのぞみ,急激なグローバリゼーションが進む現代において,まさに精神科医ひとりひとりのアイデンティティを考えさせる内容であった。Wittkower, EDの指摘を例に,精神文化的ストレスの意味する多様性,精神科医のtrans(超)文化的な視野の必要性が強調された。また,単一民族と考えがちな日本人も,最近の研究では多民族が関与しているという知見が披露され,多文化間精神医学が意外と身近な存在であることが述べられた。

「精神医学」への手紙

Letter—短期間のリチウム投与によって腎炎が惹起されるか?

著者: 福迫博

ページ範囲:P.1006 - P.1006

 症例は40歳女性。35歳時に40℃の発熱と血尿がみられたが,病院は受診しなかった。1993年3月の当科受診時には,多弁,観念奔逸,易刺激性,被害関係念慮などが認められ入院となった。入院後ハロペリドール3mg/日と炭酸リチウム(Li)300mg/日を投与した。1週間後にLiを600mgへ増量したところ,疲労感を訴えたので血液検査を行ったが,異常なかった。Li増量後10日目より徐々に尿量が減少し,2週間目には乏尿(1日尿量450mのとなり,振戦が認められたため導尿を施行したが,尿は排泄されなかった。体温は37.3℃であり,血液検査ではWBC9,600,Cr2.2mg/dl,CRP8.3mg/dlと異常が認められた。Liの血中濃度は0.85mEq/l,尿の細菌培養は陰性,尿沈渣では扁平上皮細胞が多数検出された。Liをただちに中止した結果,翌日の尿量は900mlとなり,4日後には通常の尿量に回復した。PSPは15分値が20%,Crクリアランスは62ml/分であった。
 本症例における乏尿は,Li増量後出現し,Li中止後比較的速やかに消失しているので,Liとの因果関係が示唆される。ただし,Li単独による作用かハロペリドールとの相互作用によるものかは明らかでない。渡辺2)は,腎炎などの既往のない患者にLiを投与して3週間で新たに腎障害を来すことはなく,本症例はLi600mg/日の投与によって血中濃度が0.85mEq/lと高濃度となっていることは,Liクリアランスの悪い状態であったと考えた。そして,5年前の腎炎の既往による何らかの障害が残存していた状態であったのでLi投与によって新たに腎障害を起こしたか,悪性症候群を起こした可能性があることを指摘した。しかし,Aranaら1)は,Li療法初期の患者に通常良性の尿検査所見を伴った血清クレアチニンの急激な上昇を認めることが稀にあり,そのような患者の多くは間質性腎炎であろうと述べている。本症例は腎前性や腎後性の原因は特に認められず,尿沈渣で多数の扁平上皮細胞を認め,CRPが8.3mg/dlと著明に増加していたことから,腎炎を起こしていた可能性もある。しかし,腎生検を施行しておらず確定診断には至らなかった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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