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雑誌目次

雑誌文献

精神医学37巻1号

1995年01月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学教育の場としてのコンサルテーション・リエゾンの役割

著者: 一ノ渡尚道

ページ範囲:P.4 - P.5

 医学の専門化が進む中で,各診療科間の密接な協力関係の重要性はますます高まりつつある。従来,他の診療科間では,必要に応じて自然な形で相互の密接な協力関係ができあがってきた。ところが精神科の多くにおいては,他の診療科との協力関係は残念ながら,円滑に行われてきたとは思えない。その理由を他科の医療従事者たちの精神医療に対する偏見のせいにすることは簡単ではあるが,私にはむしろ,我々精神科医の側により多くの問題があったように,自己反省も含めて思われる。
 この20年ほど前から,精神科コンサルテーション・リエゾンの重要性が指摘されるようになり,多くの総合病院や大学病院において活発な臨床活動が行われるようになった。そのお陰で現在では,総合病院における精神科コンサルテーション・リエゾンの必要性は,他科の臨床医にも次第に認知されるようになってきた。

特集 分裂病者の社会復帰—新しい展開

我が国における共同作業所,グループホームなどの地域施設の動向

著者: 吉住昭

ページ範囲:P.6 - P.11

■はじめに
 国際障害者年の10年を終え,精神科の領域においてもノーマライゼーションやQOLという言葉がようやく一般的に語られる状況にはなってきた。しかし以下に述べるようにいまだ理念と現実の間には大きな溝がある。ここでは,共同作業所やグループホーム・援護寮・福祉ホームなど主として民間の施設やその活動について述べるが,それにとどまらず精神保健法の改正など最近の動きにも触れる。さらに,上記の施設のニーズや,現在それらの施設を利用している者の状況や地域との関係についても述べる。

授産施設と小規模共同作業所を核とした地域活動

著者: 東雄司

ページ範囲:P.13 - P.17

■はじめに
 精神科地域リハビリテーションにとって,慢性分裂病者のための生活の場とともに,働く場,活動の場を確保することは極めて重要な課題である。ことに日常,何らかの形で働くことは,当事者たちにとって単に収入を得るだけでなく,長い期間の療養により失われた自信の回復と社会参加による生活の質の向上のためには最良の手段であるからである。
 しかしながら,精神保健法内の授産施設についてはまだしも,福祉関係者,精神障害者の家族らの手による草の根運動の成果ともいうべき小規模共同作業所に至っては,精神科医にすら,十分認知されているとは思えない。今回,地域におけるこのような社会資源の活動の一端を紹介するとともに,その役割などに触れてみたい。

グループホームを核とした地域精神保健活動—保健所の立場から

著者: 横田美貴 ,   市橋千重 ,   石神文子

ページ範囲:P.19 - P.25

■はじめに
 全国的にみると,精神障害者の社会復帰施設は,精神保健法施行を機に徐々に増えている。地域の作業所とともに,精神保健法に基づく施設の設の設立がようやく始まったばかりではあるが,これまで精神障害者の在宅生活にかかわりを続けてきた支援者にとっては,その一つ一つが,光り輝いて見えるくらいに貴重なものなのである。
 施設の増加,スタッフの増加が実践を急速に拡大,積み上げていくことになり,今回のテーマであるグループホームについても,報告者にとってわずか1年6か月の運営体験にすぎないが,地域精神保健活動に意義ある役割を担ってゆくであろうと確信を持てたので,報告する。

グループホームの展開—民間病院の活動から

著者: 澤温

ページ範囲:P.27 - P.31

 グループホームは本年4月に施行された改正精神保健法第10条2項に規定されている精神障害者地域生活援助事業のことであるが,この規定は1992年7月に厚生省から出された精神障害者地域生活援助事業(精神障害者グループホーム)実施要綱の中で定められている。
 ここではグループホームの意味するもの,さわ病院でのグループホーム運営の歴史,さわ病院のグループホームの特徴,民間病院でグループホームを運営する上での問題点,グループホームの今後の方向性について述べる。多くの点は以前に述べたのでできるだけ重ならないように論述したい。

クラブハウス方式の地域活動

著者: 寺谷隆子

ページ範囲:P.33 - P.36

■当事者参加の市民活動―地域支援活動
 精神病院に入院している35万人のうち,住居や仕事をはじめ地域生活自立のための支援さえあれば,30%が退院可能と言われている。
 地域の受け入れ体制の不備が,1人の人間として当たり前に街に暮らすことを,阻んできたのである。地域活動は,こうした心病むことによって失った教育,仕事,家庭,友人,住居など,本来豊かであったはずの社会生活を取り戻すことにほかならない。

デイケア活動の評価—予後調査より

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.37 - P.43

■精神科デイケア活動の目標―居場所性と施設特異性
 精神科デイケアの目標とするところは,主として精神分裂病者の社会復帰にあるが,病前の社会適応度,分裂病による障害度あるいは患者の家族や社会的支持などといった患者側の要因と精神科デイケア側の治療あるいは訓練的要因によってその内容はいろいろとなってくる。両者の関係で精神科デイケア施設の種類を挙げると表1に示すとおりであろう。精神科デイケアは,主としてWHOのdisability,social handicapを改善することを目的にプログラムを組み活動するのであるが,それも,施設の種類の区別を超えて愚者に心の安らぎを提供することでは共通する。入院した精神分裂病患者は,超長期在院し社会との接触を断たれた人たちを除いてほとんどは早期の退院を希望する。ところが,精神症状が軽快して退院したからといって自宅が居心地のよい所とは限らない。陰性症状のため,すぐには社会復帰できない場合,患者の社会を恐れる迫害的構えと家族の過剰な期待や逆に脱価値化が織りなすEE的態度とによって家庭では特有の居づらさが体験されている。
 デイケアに導入することに成功すると患者たちは,デイケアに居心地のよさを発見する。分裂病者にとって心地よい居場所を提供することは,患者が自己存在を肯定される世界を認知することになり,社会とのつながりを可能にする出発と考えられる。ほとんどの保健所デイケアが週1回程度の“憩いの場”的ケアであっても患者には好ましいものとして受け入れられ,それがそれ以上の病状悪化や絶望の淵に追い込むことの予防になっているのもそのような理由からであろう。しかし,精神科デイケアには,入院治療の代行,あるいは,早期退院した患者の治療,つまり,医学的・精神医学的モデルに比重があり,これに訓練的プログラムを併用する大学精神科や精神病院の施設もあれば,退院から社会への移行的ケア,なかんずく職業訓練的プログラムに比重を置く,精神病院,公的精神科デイケアなどの施設もある。つまり,施設によって活動プログラムに共通するもの以外に施設特異性があるのである。また,デイケアではスタッフのチーム活動のもとで運営されるのが普通であるが,それも精神科医が関与する質と量とによってチーム活動の内容も変わってくる。したがって,精神科デイケアの効果を論じる時にはどのような障害を持つ患者にどのような活動プログラムを行ったかが問題になるのである。

生活技能訓練(Social Skills Training)の展開

著者: 宮内勝

ページ範囲:P.45 - P.50

■精神障害者のリハビリテーションの中での生活技能訓練の位置づけ
 「分裂病者の社会復帰―新しい展開」というテーマの中に生活技能訓練(social skills training)を位置づけて,生活技能訓練に再検討を加えようと思う。時代はまさにトータル・リハビリテーションを志向しており8),生活技能訓練はその中に含まれるべき有用な精神障害者支援の1技法である。1技法と断るのは,生活技能訓練のみで精神障害者のリハビリテーションを果たせると理解されたくないと同時に,精神障害者のリハビリテーションの中にはぜひ生活技能訓練を取り入れることを推奨したいからである。
 生活技能訓練の技法については,我々は3つの訳本2,5,15),いくつもの論文1,3,12,18〜20,24,29)で紹介してきた。したがって,技法については本論では割愛する。ここでは,Mueserら28)の定義だけを紹介しておく。すなわち,生活技能訓練とは以下の8つの要素を含むものとする(池淵恵美訳)。

再発予防とExpressed Emotion(EE)

著者: 大島巌 ,   伊藤順一郎

ページ範囲:P.53 - P.58

■はじめに
 精神分裂病など慢性疾患患者の家族関係の1側面を,家族が患者に対して表出する感情によって把握したExpressed Emotion(EE)は,精神分裂病者の再発を予測する最も主要な社会心理的因子として評価が確立してきた2,6,16)。それとともに,英国の脱施設化と地域ケアの定着という実践的な課題を持って進められたEE研究は,その後,再発予防のための様々な家族支援のプログラムの発達を促した4,16)。また,効果的な家族支援を提供するための,EE形成要因やEEの概念的実質に対する検討も進められている6,16,18)。本稿では,EEと再発の関連性について概観した後,EEの形成要因に関する最近の知見と,そこから導かれる再発子防に有効な家族支援法に対する示唆をまとめることにする。

地域ぐるみの心理教育

著者: 後藤雅博

ページ範囲:P.59 - P.64

■はじめに―心理教育とは
 近年,欧米で精神分裂病のリハビリテーション・プログラムの1つとして,家族あるいは患者と家族双方への心理教育的アプローチpsychoeducational approachといわれるものが再発の防止に効果があるとされてきており,日本でも各地でその導入が試みられている。このアプローチは単純に言えば,専門家と家族,患者が病気についての知識を共有し,かつ対処技能の向上を図ることで再発にっながるような不適切な行動を防止しようというものである1,3,5,6,12)
 このアプローチは心理教育的家族療法psychoeducational family therapyとして紹介されてきた1)。しかし家族を治療するのではなく,家族にもまた援助が必要であり,かつ適切な援助さえあれば家族は最も有効な治療協力者になる力がある,という観点に立つことと,また再発防止に焦点を当てている点で従来の家族へのアプローチとは相違している。

精神障害者の職業リハビリテーション制度の現状と課題

著者: 舘暁夫 ,   岡上和雄

ページ範囲:P.65 - P.71

 憲法27条(勤労の権利)を引用するまでもなく,職業を通じて生活を維持し,社会参加し,自己実現(生きがい)を図ることは障害の有無にかかわらず,我々の基本的人権の一部である。例えば,国連は1975年の「障害者の権利宣言」において,「能力に応じて,職業を獲得し,かつ維持し,有益で生産的かつ有利な職業に従事する権利」を障害者の権利として掲げ,加盟各国にそれらの確保を要請した。ここでいう「障害者」に精神障害者が含まれているのはいうまでもない。
 国内では,労働権保障のための小規模作業所運動が民間により,熱心に取り組まれる一方で,精神障害者に対する行政の職業・雇用対策は他の障害よりも遅れて始まった。職業リハビリテーションの基本法である旧「身体障害者雇用/足進法」の制定は1960年であったが,それは一部の身体障害者を対象にした,雇用率といっても雇用義務を伴わない内容の簿いものであった。その後,1976年に雇用義務,雇用率,雇用納付金制度が規定され,実質的なものとなったが,依然対象は身体障害者に限定されていた。1981年の「国際障害者年」も精神障害の人権擁護,「障害」理解を進め,法改正に力があった。精神障害者がその対象に加えられるのは,1988年の「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以後,雇用促進法と略称)成立によってである。同法により,まだ十分とはいえないが,遅れていた精神障害者の職業リハビリテーションも制度的には,他の障害と肩を並べる位置に達しようとしている。

アメリカにおける分裂病者の社会復帰活動の最近の動向

著者: 遊佐安一郎

ページ範囲:P.73 - P.77

■はじめに
 ここではアメリカの最近の動向を報告するわけだが,筆者はニューヨーク州で長年にわたり精神保健にかかわってきているので,その変遷を肌で感じてきている。そこで,ニューヨーク州での動向が一応アメリカの動向の代表的な1例だという前提でレポートをする。
 最近のニューヨーク州精神保健局のメイン・スローガンは「地域に根ざした総合的なケアのシステム(A Comprehensive Community-Based System of Care)」である1)。これは入院回避,短期入院と退院促進,そして総合的な外来ケアシステムを含む,「持続的重症精神病患者」(severe and persistant mental ill)のための総合的な地域での治療・ケアシステムの発展を意味する。「持続的重症精神病患者」の大半は,長期入院患者で,そのほとんどは分裂病圏の患者である。最近,ニューヨーク州に限らずアメリカでは中間期,慢性期の入院患者のほとんどは,すなわち重症の分裂病患者のほとんどは州立病院に入院しているので2),分裂病者の社会復帰に関するデータは州立病院に関するデータに包括されるだろうという前提で話を進める。
 ニューヨーク州立病院は過去35年間に著しい脱入院化を経験してきている。1955年には93,000人だったニューヨーク州の入院患者数は1991年には12,000人にまで減少している。さらに,紀元2000年には7,000人程度にまで減少すると予測されている(ちなみに現在のニューヨーク州の人口は約1,800万人で日本の約1/6に当たるので,日本での精神科入院病床数は人口約350人に対して1の割合だが,ニューヨーク州で7,000床ということは人口約2,600人に対して1の割合である。)これも,分裂病患者の社会復帰を促進する「地域に根ざした総合的なケアのシステム」の発展を反映している。収容型ではなく,短期の入院病棟に加え,集中的外来と社会的サポートに工夫を凝らした治療プログラムが発展してきている。すなわち最近の分裂病を含む慢性精神疾患治療の焦点は患者の社会復帰,リハビリテーションなのである。そのために様々な地域での治療・ケアプログラムが作られてきている。
 ここでは,ニューヨーク州の「地域に根ざした総合的なケアのシステム」の最近の発展の紹介を通して,そして最近の社会復帰に関する臨床的アプローチの発展のいくつかの例を用いて,最近の米国の分裂病者の社会復帰に関する政策とケアのシステムの発展をかいまみてみる。

研究と報告

空想的な視覚表象が長期にわたり継続した2症例

著者: 武井茂樹 ,   濱田秀伯

ページ範囲:P.79 - P.85

 【抄録】空想的な視覚表象が長期にわたり継続し,病像の前景を占めた2症例を報告した。視覚表象はいずれも青年期に生じ,その内容は空想的,願望充足的なもので,初期には断片的であったものが次第に体系化し,1つの物語に発展した。この視覚表象は感覚的に生き生きとし,持続性,不随意性を有するが,内部の主観空間に現れ,実体性を欠くことから仮性幻覚とみられる。主体に対する支配性,束縛性を有する点からは,フランスでいう仮性幻覚に近く,特に統覚性自動表象ないし影響症候群に相当すると考えた。診断は精神分裂病と思われるが,視覚表象の出現機序について,病態,誘因,認知神経科学などの側面から考察を加えた。

ランダム性生成課題による精神分裂病者の思考障害の検討

著者: 伊藤宗親 ,   太田克也 ,   小川俊樹 ,   恩田寛

ページ範囲:P.87 - P.94

 【抄録】精神分裂病の思考障害を,思考機能の評価に有用とされるランダム性生成課題を用いて検討した。ランダム性生成課題とはでたらめな系列を生成する課題であり,従来の「数」を用いた課題に加え,新たに日本語の「かな」を用いた課題を行い精神分裂病群((n=12)と健常者群(n=16)との間で比較を試みた。その結果,従来の研究と同様に「かな」を素材としたランダム性生成課題でも,精神分裂病群に保続反応が有意に多く産出された。このことから,保続という思考形式の障害が精神分裂病群に特徴的であることが示された。また,その生成時間の比較から,かなランダム性生成課題において精神分裂病者は生成時間が長くなることが示され,これも陰性思考形式の障害である生産性の低下によるものであると考えられた。そして,ランダム性の質的な検討の結果,精神裂病者においては濁音ど清音以外の「かな」が有意に産出され,有意味語を多く産出することが示された。

短報

発作性不随意運動の群発に伴い精神病状態を呈した1例

著者: 村井俊哉 ,   扇谷明

ページ範囲:P.95 - P.97

 運動開始時に不随意運動を呈する疾患としてParoxysmal kinesigenic choreoathetosis(PKC)が知られているが2),脳波異常を伴う例が多いことなどから,てんかん性の疾患である可能性が指摘されている3),一方,PKCに精神病症状を伴うとの報告はこれまでにはみられない。
 今回我々は,ほぼ3か月の経過の中で,主として運動開始時に発作性不随意運動が頻発し,同時期に精神病状態を呈し,てんかん性脳波異常が確認され,カルバマゼピンが著効を示した1例を経験したので報告する。

資料

東京都の精神科救急医療と入院患者の地域特性—松沢病院救急病棟での経験から

著者: 永山紅美子 ,   林直樹 ,   入谷修司 ,   竹野良平 ,   金子嗣郎

ページ範囲:P.99 - P.105

■はじめに
 従来より,精神科救急医療においては地域との協力と調和が重要な課題であることが指摘されている。つまり,精神科救急医療が地域精神保健活動と緊密に連携することが精神医療の継続性を保ち,地域の中での患者の回復を促進するものだと考えられている。このため精神科救急医療を評価する上で,どのような地域の患者を対象とし,その地域特性にどのように対応しているかは重要なポイントであると考えられる。このような観点から,我々は,東京都の精神科救急体制のもとで東京都中部を受け持つ松沢病院の救急病棟に1986年1月から1992年5月までに人院した患者1,893例に対して,その居住する地域や事例化地点などの患者の地域特性と入院治療とのかかわりについて病歴による調査を行った。このような調査による検討は精神科救急医療と地域精神医療との連携を進める上で必要なものであり,1つのケーススタディとして有益だと考えられる。

動き

「日本精神病理学会第17回大会」印象記

著者: 下地明友

ページ範囲:P.106 - P.107

 日本精神病理学会第17回大会は,大宮司信北海道大学医療技術短期大学教授の会長のもとで,1994年9月21日と22日両日,札幌は北海道大学学術交流会館とクラーク会館で開催された。プログラムは,3つの会場に分かれて,一般演題73題に加え,山下格教授(北星学園大)を迎えての特別講演,そして,「宗教・信仰と精神病理」と題されたシンポジウムという構成であった。
 「臨床精神病理学の方法をめぐって―症例検討・学説・統計」と題された山下教授の特別講演では,方法の定義の自己点検の要請と「学説」というものへの疑義が出された。拝聴しつつ,私は土居健郎氏の言葉を想起していた。名著「新訂方法としての面接」で,氏は,臨床自体が1つの基礎科学であること,真の意味での臨床研究の重要性に医学研究者が目覚めていないこと,と結論している。日常の臨床の中で,「患者自身に語っていただく」ことを中心にすえ,臨床的治療的分類として抽出されたものが「若年性周期性精神病」であるということを納得しながら,その背景に控えているものは,治療の鉄則Primum non nocere(害を与えないことが第一だ)であることを,私は連想していた。

「精神医学」への手紙

Letter—carbamazepineによる味覚障害

著者: 横山尚洋

ページ範囲:P.110 - P.110

 carbamazepine(CBZ)による味覚障害については諸外国で数例の報告はあるが,日本ではあまり知られていない。CBZによって生じたと思われる味覚障害の症例を経験したので報告する。症例は41歳男性で,調理関係の仕事に従事し味覚には敏感である。20歳ごろから年に数回程度の複雑部分発作があったが未治療で経過していた。41歳時に調理中に発作を起こし火傷を負ったため入院した。頭部MRIでは異常を認めず,脳波で左側頭葉に棘波が認められ側頭葉てんかんとの診断でCBZ400mg/日の投与が開始された。4週間後に味覚消失(ageusia)を訴えるようになった。調理の際,味が全くわからなくなり非常に困ったという。スープの塩加減なども全くわからず嗅覚によって見当をつけて味をつけた。砂糖,梅干し,辛子などの味もしないとのことであった。検査で塩,甘,酸,苦の味覚消失が確認された。この時のCBZの血中濃度は9.8μg/mlであった。CBZの投与中止後数日で味覚は速やかに回復し,約10日後には正常になった。
 薬物による味覚障害は患者からの訴えが少なく軽いものは見落とされることが多く報告例は多くはない。CBZによる味覚障害については高度のものは少なく,予後はよく投与中止後に速やかに回復するようである。本例の場合はCBZ投与との因果関係が強く考えられること,味覚障害が高度であったこと,職業が調理師という味覚の機微を必要とする仕事であり,早期に発見されたことが特徴であろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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