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雑誌目次

雑誌文献

精神医学37巻11号

1995年11月発行

雑誌目次

巻頭言

大きな動きを

著者: 河崎茂

ページ範囲:P.1130 - P.1131

 精神保健法は,平成5年の改正に引き続き,本年7月より精神保健福祉法の名称のもとに改正された。思えば,最近毎年のごとく改正されているように感じている。障害者基本法が成立し,精神障害者に対する我が国の福祉施策の遅れを早急に取り戻すことの絶対必要を唱えてきたが,精神障害者の社会復帰の促進とその自立と社会参加をすすめるために従来の足らざるを補い,精神障害者保健福祉法の充実を図ったものであるとの認識を持っている。
 しかし,実質的な充実がこの度の制度改正で配慮されたのか,そのための予算確保ができたのか,保健福祉と名称されたがその財源は利用者に転嫁されて,「山吹の花」に終わることになるのではないかを危惧する。

展望

血管性痴呆およびアルツハイマー型痴呆概念の誕生—100年前の医学史回顧—その1.血管性痴呆

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.1132 - P.1146

■はじめに
 今日,血管性痴呆およびアルツハイマー型痴呆は老年期の二大痴呆症としてそれぞれまとまりのある疾患概念として受け入れられている。しかし,この二つの痴呆症が今日のような形で私たちに明らかにされたのはそれほど昔のことではない。それは今からちょうど100年前,すなわち19世紀の終わりから20世紀の初めの十数年間においてであった(表1)。
 100年前の世紀転回期にはここで述べようとする二大痴呆症のほかにも,精神医学の領域で大きな発見や飛躍がいくつも起こった。Kraepelin, E. の早発性痴呆もFreud, S. の精神分析学説も1900年を挟む数年の間に現れた。そして痴呆症の発見には,それに先行,同伴した臨床神経学と神経科学,特に神経病理学の発展が不可欠であった。今日知られている多くの基本的神経学症状とその検査法(例えば,深部腱反射やバビンスキー反射)は1870年から1900年までの30年間に明らかにされている(McHenry29))し,病理組織学的研究法(例えばヘマトキシリン-エオジン重染色法,ニッスル染色法やホルマリン固定法)もほぼ同じ時代に急速に発展した(川喜多20))。
 今日なお解決できていない老年期痴呆症の問題を考える上で,100年前のこの二大痴呆症発見の歴史を知ることは,私たちに新鮮な勇気を与えてくれるに違いない。当時議論され,今日なおそのまま残されている問題もあるし,先人たちが考え迷った軌跡から私たちが学ぶべきことは少なくないであろう。
 まず本号では血管性痴呆概念成立について述べ,次号においてアルツハイマー型痴呆の発見について述べる。

研究と報告

摂食障害と結婚(2)—結婚後に発症した25例について

著者: 切池信夫 ,   松永寿人 ,   永田利彦 ,   飛谷渉 ,   西浦竹彦 ,   宮田啓

ページ範囲:P.1147 - P.1153

 【抄録】結婚後に摂食障害を発症した25例について,28歳以上の結婚歴のない独身の摂食障害患者21例と患者背景,発症状況,臨床像,経過などを比較した。既婚例は独身例に比して初発および調査時年齢が高く,罹病期間が短い,高学歴の傾向を示したが,臨床像において同じ傾向を示した。そして既婚例の摂食障害を発症した状況や契機について,夫婦関係や結婚生活の危機が14例(56%),離婚やその後の生活上の問題が5例(20%),妊娠が2例(8%),その他養父母の死,生活の不規則,結婚の反対,うつ状態などを各1例(4%)ずつ認めた。一方,独身例においてはダイエット12例(55%),就職6例(27%),その他失恋,家庭不和,親への反抗などが1例(5%)ずつであった。このように既婚例と結婚歴のない独身例とでは発症状況や契機において異なり,これらの結果に若干の考察を加えた。

精神分裂病症例の脳CT所見における性差について

著者: 大沼徹 ,   木村通宏 ,   高橋正 ,   岩本典彦 ,   新井平伊

ページ範囲:P.1155 - P.1159

 【抄録】精神分裂病101例の頭部CT像を用い,その脳形態学的特徴における性差について検討した。男性分裂病群と男性対照群,女性分裂病群と女性対照群の比較では,どちらも分裂病群においてこれまでに報告されているような形態学的特徴を認めた。また,分裂病群内では男性群において女性群に比し側脳室下角の拡大が目立つことが示唆された。一方,対照群では脳形態学的特徴における性差は認めなかった。今回の結果から,これまでに報告されているような脳形態学的特徴が,分裂病群では男女を問わず存在すること,そして男性分裂病群ではその特徴の一部がより強調されている可能性があることが示唆された。

慢性精神分裂病患者におけるリズム形成の特徴—打楽器を用いた試み

著者: 塩入俊樹 ,   江川久美子 ,   村下淳 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.1161 - P.1169

 【抄録】精神分裂病を対象にした音楽療法の試みは,すでに多施設によってなされてきており,その中で「分裂病性音楽」の存在については疑う余地はない。しかしこの問題に関して客観的指標を用い,正常者群との比較を行った報告はない。そこで今回慢性分裂病患者のリズム形成について打楽器を用いた簡易なリズムテストを行い,正常被検者群と比較し以下の結果を得た。分裂病群では,①リズム形成時間が短く,1拍子系のリズムが多い。②リズムパターンの変化に乏しい。③約半数の者に特徴的な音型が認められ,特に崩壊音型を示す者では思考障害が著明であった。④リズム模倣課題では,特に3拍子系の模倣が困難で,リズム中に休止が入るものの達成率も低かった。また,両手を使用してのリズム模倣課題が著しく劣っていた。⑤旋律のついた課題曲によるリズム打ちでは,マーチ曲のみで達成率が高かった。
 以上の結果は,分裂病ではリズム形成に障害があることを示唆させた。

Clomifene citrate-HCG療法および黄体・卵胞混合ホルモン剤が有効であった周期性精神病の1例

著者: 高橋徳恵 ,   四宮雅博 ,   井上令一 ,   桑原慶紀

ページ範囲:P.1171 - P.1175

 【抄録】症例は発症時11歳の女子で約30日に1回,初経開始後は月経周期に一致して昏迷のみを繰り返した。入院時検査所見では基礎体温は不規則で正常な下垂体,性腺系ホルモンの分泌動態を認めず,LH-RH負荷試験は視床下部障害型の反応で,無排卵性月経が示唆された。そこで排卵誘発法を開始し,clomifene citrate-HCG療法を2周期以上にわたって連続施行したところで病相の消失に著効を奏した。しかし同法の継続は将来種々の問題を発現する可能性があり,estrogen・progesterone混合ホルモン剤投与に切り替えたが同剤も病相予防に著効した。以上2通りの方法が病相予防に有効であったことから,周期性精神病の病因にはestrogen,progesteroneの中枢に対する作用が関与していることが示唆された。

遷延性抑うつ状態が先行したCreutzfeldt-Jakob病の1剖検例

著者: 小林聡幸 ,   青沼架佐賜 ,   塩原順子 ,   巽信夫 ,   吉松和哉 ,   佐野健司

ページ範囲:P.1177 - P.1183

 【抄録】2年間という長期にわたる抑うつ状態の後に発症したCreutzfeldt-Jakob病(CJD)の症例を報告した。本例は,2年間にわたって軽うつ状態が持続し,遷延性うつ病の診断で,入院となった。入院治療により3か月ほどで軽快し,退院を考えた矢先,痴呆様の症状が現れ,以後,急速に意識障害が進み,ミオクローヌス・周期性同期性放電がみられ,無動無言状態となった。神経病理学的にもCJDと診断された。CJDの初発精神症状として,抑うつはまれではないが,通常,初期症状は数週間とされている。本例の抑うつ状態は,CJDの初期症状である可能性も否定はできないが,内因性うつ病との合併の可能性が高いと考えられた。

睡眠時無呼吸症候群の鼻腔持続陽圧呼吸の治療コンプライアンスならびに陽圧レベルに関与する因子についての研究

著者: 井上雄一 ,   上田かおる ,   清水修 ,   津嶋譲治 ,   高田耕吉 ,   九里友和 ,   松尾泉美 ,   挾間秀文

ページ範囲:P.1185 - P.1192

 【抄録】睡眠時無呼吸症候群(SAS)症例26例のうち,鼻腔持続陽圧呼吸(nasal CPAP)長期使用が可能であった13例と,CPAPの使用を短期間で中止した13例について,そのコンプライアンスに影響する因子ならびにSAS抑止に必要な陽圧レベル(適正CPAP圧)を規定する要因について検討した。
 CPAP長期使用群は,コンプライアンス不良群に比べて,肥満度ならびにCPAP使用前の日中の傾眠症状と高血圧の頻度が高く,MSLT潜時が短かった。また,夜間覚醒時間の割合が少なく,動脈血酸素飽和度の下降度が著しかった。適正CPAP圧は,肥満度,混合型無呼吸頻度,SaO2下降時間と正の相関を示した。
 nasal CPAPコンプライアンスには,肥満傾向の有無,SAS重症度および使用動機づけを高める自覚症状の存在が重要であると考えられた。

リエゾン精神医学診断へのDSM-Ⅲ-R適用―Axis Ⅲ〜Ⅳをめぐって

著者: 谷口典男 ,   武田雅俊 ,   西村健

ページ範囲:P.1193 - P.1197

 【抄録】リエゾン精神医学診断へのDSM-Ⅲ-Rによる適用を試みた。対象は,大阪府立病院に1983年12月より1985年11月までの2年間,他科診療科入院中に依頼のあった184例である。コントロール群としては同病院精神科病棟に1986年1月から1986年12月まで入院治療をした126例を用いた。リエゾン症例においてAxis ⅠとAxis Ⅱによる診断が全例可能であった。リエゾン症例の特徴としては器質性精神障害の占める比率が高く,これはAxis Ⅲに脳循環,脳代謝に影響を与えやすい身体疾患が多かったためと思われた。またAxis Ⅳの心理的社会的ストレスの強さ尺度は,精神症状への身体生理学的ストレスを評価するのには十分でなく,意識障害レベルをも含めた心身両面からのストレス評価が必要と思われた。

特異な妄想性人物誤認を呈した1例

著者: 加藤忠史 ,   大東祥孝 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.1199 - P.1205

 【抄録】うつ病から双極性障害,さらに精神分裂病という診断の変遷をたどり,てんかん発作も出現するという非定型な経過の中で,特異な妄想性人間誤認症状を呈した,22歳の女性の症例を報告した。この人物誤認は,人物に対する些細な類似点について,何らかの家族関係があるという妄想意味を付与する妄想知覚であり,妄想体系に組み込まれず断片的で,自分と関係のない家族関係にもみられた。その他の特異な精神症状(同一人物の同定の失敗,持ち物や声の否認),てんかん発作および右半球焦点のspike & waveがみられたこと,反響言語,記銘力障害などの脳の器質的障害を疑わせる臨床所見などから,何らかの神経心理学的認知障害が関連している可能性も疑われた。

短報

短期精神病性障害と診断されたHIV陽性在日外国人女性の1症例

著者: 古川良子 ,   小田原俊成 ,   前田正 ,   梶原智 ,   石ケ坪良明 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1207 - P.1210

■はじめに
 当教室では,1993年に凝固製剤による感染と考えられるHIV脳症の1例を報告した5)のに続き,今回急性精神症状を呈したHIV陽性外国人入院患者を経験した。本症例は抑うつ状態に続いて急性錯乱状態を呈したが,輸液,安定剤投与により速やかに症状改善をみた。HIV感染者の増加に伴い,今後精神科領域においてはHIV脳症のみならず,このような症例が増加することが予想される。HIVに対する精神科的対策の必要性を強調したい。

高カルシウム血症を伴った多発性骨髄腫のせん妄に骨吸収抑制剤が効果的であった1例

著者: 篠崎徹 ,   志真泰夫 ,   松本武敏 ,   西村浩

ページ範囲:P.1211 - P.1213

 悪性腫瘍はしばしば高カルシウム血症(高Ca血症)を合併し,特有の臨床症状を呈する5,6)。今まではこの高Ca血症が直接死因となることが多く,高Ca血症の是正は患者のQOL(quality of life)の面からも重要である7)。今回,多発性骨髄腫に伴う高Ca血症からせん妄を呈し,骨吸収抑制剤であるpamidronate disodium injection(Aredia)の投与を試み,せん妄の改善をみた1例を経験したので報告する。さらに,末期患者におけるせん妄に対しても向精神薬中心の治療だけでは不十分であることを述べた。

フルニトラゼパムが奏効した悪性症候群の1例

著者: 左光治 ,   清水章 ,   圓尾和子 ,   黒田健治 ,   米田博

ページ範囲:P.1214 - P.1216

 悪性症候群に対する治療薬としてダントロレン,プロモクリプチン,ジアゼパムなどが有効であるという報告があるが4,8),近年の傾向としてはダントロレン,プロモクリプチンで治療するのが一般的である8)。また病態に関しても研究が進み,ドーパミン受容体遮断仮説2,6),ドーパミン・セロトニン不均衡仮説7),GABA欠乏仮説4)などが提唱されている。しかしいずれもが仮説の域を出るものではなく,本格的な病態解明には至っていないのが現状である。
 今回我々は悪性症候群患者に対してベンゾジアゼピン系のフルニトラゼパムを使用することにより良好な経過の得られた症例を経験した。本症例の経過から,悪性症候群に対してGABAニューロンの賦活が何らかの治療効果を及ぼしたものと考えられた。本症例の臨床経過を報告し,悪性症候群の病態とGABAの関係について考察を行った。

反復性短期うつ病における尿中メラトニン代謝産物の日内リズム異常

著者: 中島聡 ,   山田尚登 ,   大井健

ページ範囲:P.1217 - P.1219

 Angstらは,20歳代の青年を対象とした前方視的研究Zurich Studyから,DSM-Ⅲ-Rの大うつ病の重症度の診断基準は満たすが抑うつを示す期間が短いため大うつ病の診断基準を満たさない一群があることを見い出し,反復性短期うつ病(Recurrent Brief Depression;RBD)という新しいうつ病の亜型の存在を提唱した2)。以来,諸外国ではRBDに関する疫学的研究が数多く行われており,DSM-Ⅳには“今後の研究のための基準案”の中に含められ1),ICD-10ではF38.10反復性短期うつ病性障害(Recurrent Brief Depressive Disorder)の診断基準が付け加えられている11)。これまでに,諸外国においてこの疾患に関する疫学的研究が数多く行われているが3〜7),本邦においてはわずかの症例報告がなされているだけである8)。また,RBDでは抑うつエピソードが1月に1回以上の頻度で反復することから,その背景に生体リズム異常が示唆されるが,この疾患の生物学的観点からの研究はこれまでほとんどなされていない。
 今回我々はRBDの診断基準を満たす1例を経験し,日内リズムの生理学的指標として尿中メラトニン代謝産物6-sulphatoxymelatonin(6 SM)を測定し,病相と6SM分泌の日内変動の異常との間に興味深い関係を見いだしたので報告する。

紹介

近世京都岩倉村における「家庭看護」(上)

著者: 跡部信 ,   岩崎奈緒子 ,   吉岡真二

ページ範囲:P.1221 - P.1228

■はじめに
 岩倉(京都市左京区)は日本における精神病者の家庭看護発祥の地として高く評価されてきた。そして,その歴史については,江戸時代から精神病者が大雲寺に参籠しはじめ,参籠人の飲食物や宿泊の世話をする茶屋ができたこと,そしてこれらの茶屋が,近代に家庭看護を実践する「保養所」の母体となったことなどが指摘されてきた1)
 しかし,これまで前近代における岩倉での精神病者療養の歴史は十分に解明されてきたとはいいがたく,伝説,伝承などをそのまま採用している部分も少なくなかった。明治39(1906)年に岩倉を視察したロシア人医師スチーダ2)によって「日本のゲール」と評された家庭看護には,いったいどのような前史があるのだろうか。
 さいわい私たちは近世の岩倉を知る手がかりとなる実相院文書3)をはじめ,いくつかの史料を目にすることができた。本稿ではそれらの史料に基づき,岩倉と精神病者との関わりについてその成立と発展の過程をたどっていきたい。そしてさらに,近世における精神病者の療養がどのようなものであったのか,その実態の一端を明らかにしたい。

資料

救命救急センターに勤務する医師の精神健康—性格と対処行動様式の観点から

著者: 村岡真理 ,   永島正紀 ,   小島卓也 ,   矢崎誠治 ,   長尾健 ,   宮岡等

ページ範囲:P.1229 - P.1233

■はじめに
 医療スタッフの精神健康は提供する医療の質をも左右する重要な問題である。しかし,本邦では医師の精神健康に関する研究は極めて少ない3,4,7,8)
 救命救急センター(以下,救命センター)に勤務するスタッフのストレスは,性格傾向,ストレス対処様式,ライフイベント,ソーシャルサポートなど個人的な要因と,職場の業務内容,人間関係など職場側の要因が挙げられる。これらの問題の解決にはストレッサーとしての救命センターという特異な環境的要因と,そこに勤務する個人がどのようにストレッサーを処理していくかという個人の要因を明らかにしていくことが必要である。
 これまで我々は救命センターにおいてリエゾン活動を行う精神科医の立場から,救命センターに勤務する医師の精神健康について検討を行ってきた7,8)。今回は,個人の側の要因について検討するためにセンターに勤務する医師の性格傾向とストレス対処行動様式を取り上げ,ストレスとの関連を調査した。

私のカルテから

早期の精神科介入が奏効したと思われる心的外傷後ストレス障害の1例

著者: 森村安史 ,   永野修

ページ範囲:P.1234 - P.1235

 6,000人以上の死者を出す大惨事となった阪神大震災では,被災者の「こころの問題」についても一般に議論され,心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder;PTSD)の発症が心配された。
 今回筆者らはボランティアの看護婦らによってフォローされていたPTSDの症例を診察する機会を得た。さいわい筆者らの危機介入によって病状の改善をみた。避難所での往診という診察の形式上,観察期間も短く,フォローも不能であったため症例報告としては不十分のそしりを免れないが,今後の研究の一助と考え,報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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