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雑誌目次

論文

精神医学37巻5号

1995年05月発行

雑誌目次

巻頭言

阪神・淡路大震災

著者: 鈴木二郎

ページ範囲:P.454 - P.455

 まず阪神・淡路大震災で痛ましくも亡くなられた方々のご冥福をお祈りし,ご家族を亡くされたり,ご住居を失われた被災者の皆様に心からお見舞いを申し上げたい。
 1995年1月17日午前5時46分淡路島や阪神地方を襲った震度7,直下型の兵庫県南部地震は,死者5,431人,行方不明3人(2月26日現在),負傷26,815人,家屋倒損壊109,464棟(2月8日現在),避難所生活者最大時30万人以上の被害をもたらした。時間にしてわずか10秒ほどであったが,打ち続く余震と大火災を含めた自然災害の猛威には言葉もない。

展望

運動の精神的効果—不安と抑うつを中心に

著者: 玉井光 ,   阿部和彦

ページ範囲:P.456 - P.466

■はじめに
 身体活動や運動が身体病の一次および二次予防に効果的であるという科学的な証拠が1970年代以降に登場し始め,例えば冠動脈疾患,糖尿病,高血圧などの疾患の発生頻度を著しく軽減するという論文が相次いで発表された。
 身体面への運動の効果に次いで,最近の10年間には,運動の精神面への効果や運動後の爽快感の意味するところを検証しようとする多くの試みが主に米国を中心になされてきた。この背景には,米国の全人口の10〜20%が軽度から中等度の抑うつ,不安,その他の感情障害に苦しんでおり,うつ病患者の15%ほどは自殺によって死亡し,年間およそ163億ドルをうつ病治療に要し,42億ドルの自殺関連費用を計上しているという事情がある43)。感情(気分)関連疾患の一次および二次予防に運動が有力な処方の1つとして浮上してきた背景には,このように運動を医療経済上の効率の面からとらえ直そうとする狙いもあるようである。
 本論文ではこれまでの運動の主として気分・感情を中心とした精神面の効果の知見について以下のように展望したいと思う。
 1.健常者のメンタルヘルス,特に不安や抑うつに対する運動の効果
 2.運動が自己概念や人格に与える影響
 3.不安や抑うつ症状を有する患者群に対する運動の効果
 4.運動に伴う脳内の神経化学的変化
 5.将来的な研究の展望
 これらについて,肯定的見解のみならず否定的見解も含めてまとめて展望してみることにする。なお,運動をアメリカスポーツ医学協会(ACSM)の分類1)に基づいて,有酸素持久運動(ジョギング,水泳,歩行,自転車など),筋力耐久運動(ウエート・トレーニングなど),柔軟屈曲運動(柔軟体操など)の3種に区分するが,ほとんどの研究で有酸素運動が採用されているので,本論文では特記のないかぎり運動を有酸素運動として取り扱うことにする。
 (注:歩行,ジョギング,自転車,水泳,エアロビクス・ダンスなどのように,必要な酸素が呼吸により十分摂取可能で,エネルギーを常に脂肪組織内の中性脂肪から補充でき,長く持続できる運動を有酸素運動という1)。)

研究と報告

病的多飲水患者の疫学と治療困難性—多施設におけるスクリーニング調査および「看護難易度調査表」による検討

著者: 中山温信 ,   不破野誠一 ,   伊藤陽 ,   松井望 ,   若穂囲徹 ,   砂山徹 ,   藤巻誠 ,   中村秀美 ,   松井征二 ,   稲月まどか ,   中野靖子 ,   吉田浩樹 ,   小熊千秋 ,   北村秀明 ,   永井雅昭

ページ範囲:P.467 - P.476

 【抄録】この報告では,慢性の精神障害者における水分の過剰摂取を「病的多飲水」と呼ぶことにした。そして病的多飲水患者の早期発見を目的として,体重測定,多飲水関連行動,臨床症状からなる新しいスクリーニング基準を作成し,新潟県内の10施設においてスクリーニング調査を行った。その結果,248名が病的多飲水患者と診断され,病的多飲水の期間有病率は1,000人当たり120人となった。これらの病的多飲水患者の臨床特徴の1つは,死亡率が高いことで,それは中等症以上の病的多飲水患者の8.8%であった。また病的多飲水の重症度が増すに従って閉鎖病棟に入院している患者が多く認められた。次に,新たに作成した「看護難易度調査表」によって病的多飲水患者を評価したところ,病的多飲水患者には,看護困難で,治療困難な症例が多いことが定最的に示された。

治療抵抗性感情障害に対するサイロキシン(T4)の治療効果

著者: 鈴木克治 ,   久住一郎 ,   井上猛 ,   土屋潔 ,   松倉真弓 ,   越前谷則子 ,   松原良次 ,   大森哲郎 ,   松原繁廣 ,   小山司

ページ範囲:P.477 - P.484

 【抄録】近年,感情障害治療における甲状腺ホルモンの有効性に関する報告が諸外国で散見されるが,我が国ではまだまとまった報告がみられていない。今回,我々は,治療抵抗性の双極性感情障害にサイロキシン(T4)を併用して著明な改善の得られた7症例を報告した。rapid cycler群(3例)では病相予防効果または病相の程度(振幅)の減少が,遷延性うつ病群(4例)では抑うつ症状の改善が認められた。サイロキシン投与前,検査上なんらかの甲状腺機能低下所見が6例で認められ,投与後,T4またはfree-T4値の上昇が全例に観察された。したがって今後,甲状腺機能を1つの指標として治療抵抗性感情障害にサイロキシン投与を試みていく価値があると考えられた。

月経周期に伴う自覚的睡眠感の変動—OSA睡眠調査票を用いて

著者: 本間裕士 ,   香坂雅子 ,   川合育子 ,   伊藤ますみ ,   福田紀子 ,   本間研一 ,   本間さと ,   宮本環 ,   小山司

ページ範囲:P.485 - P.491

 【抄録】月経周期に伴う自覚的睡眠感の変動を恒常環境下で調べるため,健常女性11名に温度・湿度を一定に保った住居型実験室で5週にわたり週3目間生活させ,検討に不適切な5名を除く6名についてその間に記載させたOSA睡眠調査票を月経期,卵胞期,黄体前期,黄体後期に分けて検討するとともに,同一被験者の通常生活下での記録とも比較した。結果は,実験室では第1因子(眠気の因子)で月経期より卵胞期,第3因子(気がかりの因子)で黄体後期より卵胞期が有意に睡眠感が良かったのに対し,通常生活下では有意差は認められなかった。このことから,外的要因によってマスクされやすいが,月経周期に伴い自覚的睡眠感が変動することが示唆された。

123I-IMP SPECTによるアルコール性コルサコフ症候群の局所脳血流量の検討

著者: 中村誠 ,   加藤元一郎 ,   野村総一郎 ,   中澤恒幸

ページ範囲:P.493 - P.499

 【抄録】アルコール性コルサコフ症候群6例(コルサコフ群),コルサコフ症候群や痴呆などの臨床的に明らかな脳障害を示さないアルコール依存症6例(非コルサコフ群),健常人4例に対して,123I-IMP SPECTにより局所脳血流量(rCBF)を測定した。コルサコフ群,非コルサコフ群とも対照群と比較して脳全体でびまん性に血流量が有意に低下しており,コルサコフ群とアルコール依存症群との間では有意差を認めなかった。しかし,コルサコフ群をWAISの結果から総IQ(full IQ:FIQ)が90以上の“定型コルサコフ”群とFIQが89以下の“重症コルサコフ”群に分類し,それぞれのrCBFを比較すると,“定型”群では視床のrCBFが非コルサコフ群より有意に低値であった。これらの結果は,アルコール性コルサコフ症候群の多様性を反映する所見と考えられ,本症候群がいくつかのタイプに分類できることが示唆された。

パーキンソン病および躁うつ病が多発した1家系

著者: 武井明 ,   佐藤譲 ,   千葉茂 ,   宮岸勉

ページ範囲:P.501 - P.507

 【抄録】同一地域出身で,母親が姉妹(第Ⅰ世代)といういとこ同士2組(第Ⅱ世代)が結婚した1家系において,その子供9名(第Ⅲ世代)中4名にパーキンソン病または躁うつ病(パーキンソン病は59歳男性,56歳女性;躁うつ病は70歳男性,68歳女性)が認められた組と,7名(第Ⅲ世代)中1名にパーキンソン病(64歳男性)が認められた組について報告した。同一家系内にパーキンソン病と躁うつ病(またはうつ病)が発生したという報告は極めて少数ながらみられ,この両疾患が遺伝的に近縁である可能性を示唆しているが,本家系も同様な観点から極めて興味深い。

月経前にbinge eatingが増悪した過食症の2症例

著者: 藤本香織 ,   井上猛 ,   傳田健三 ,   笠原敏彦 ,   小山司

ページ範囲:P.509 - P.513

 【抄録】月経前にbinge eatingが増悪した過食症の2症例について報告し,文献的考察を行った。症例1は17歳の女性でインスリン依存性糖尿病を合併していた。初診時には月経前のbinge eatingの増悪は明らかではなかったが,入院後,月経周期に伴うbinge eatingの増悪が顕著にみられ,眠気,抑うつ気分も月経前に増悪した。症例2は22歳の女性で,薬物治療により症状軽快したが,その後,長期間なかった月経が再開してから,月経前にのみbinge eatingが出現するようになった。月経前の食欲の亢進(特に炭水化物)は健康女性でも報告されていることから,月経前の食欲の変化,女性ホルモンの影響が,binge eatingの増悪因子となった可能性が示唆された。

短報

歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症の1家系

著者: 宮永和夫 ,   米村公江 ,   高木正勝 ,   秋山正則 ,   近藤郁子

ページ範囲:P.515 - P.518

 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentato-rubro-pallido-luysian atrophy;DRPLA)とは,痴呆,不随意運動,けいれん(ミオクローヌスを含む),運動失調を伴う遺伝性疾患で,1958年Smithらが報告したのに始まり8),近年多くの例や家系が本邦でも報告されてきている1,2)。本疾患の報告は当初神経病理所見に基づいて行われていたが,最近ではMRIに基づく報告もみられるようになった。今回我々は臨床症状とMRI検査より発端者をDRPLAと診断した後,その家族調査を行い,さらにDNA解析の結果,3例のDRPLA患者と1例の保有者を同定できたので若干の考察を踏まえ報告したい。

食欲抑制剤(mazindol)投与が精神症状発現に関与したと思われる1症例

著者: 伊藤耕一 ,   林美朗 ,   西信之 ,   牧雄司 ,   浅野裕 ,   菊入剛 ,   荻野秀二

ページ範囲:P.519 - P.521

■はじめに
 近年成人病の増加に伴い,その原因としての肥満症に対する関心が強まっている。今回我々は肥満症の治療として中枢性食欲抑制剤(mazindol)投与中に多弁,多動,易刺激性,気分高揚などの精神症状を呈した症例を経験した。我々の知るかぎり,我が国では精神神経科領域における同様な症例の報告はなされていない。そのため,ここに報告するとともに若干の考察を加えた。

C型慢性活動性肝炎でインターフェロン治療中にパーキンソン症状を呈したアルコール依存症の1例

著者: 鈴木裕樹 ,   宍戸壽明 ,   阿部浩之 ,   白潟稔 ,   堀越立 ,   星野修三 ,   穴沢卯三郎 ,   丹羽真一

ページ範囲:P.523 - P.525

 近年,B型慢性肝炎やC型慢性肝炎にインターフェロン製剤(IFN)が投与され,すでにその効果は確認されている。しかし,IFNは著効例がみられる反面,種々の副作用が出現することが知られている1,3〜6,8,10〜12)。その中で,中枢神経系の副作用としては,意識障害,知能低下,傾眠,精神錯乱,知覚異常,見当識障害,幻覚,不安,抑うつなどが報告されている1,7,8,11,12)
 今回我々は,抗精神病薬を服用しているアルコール依存症者で,C型慢性活動性肝炎の治療のためIFNの投与を受けたところ,パーキンソン症状が出現した1例を経験した。慢性肝炎の治療のためにIFNを投与してパーキンソン症状が出現したという報告はまだ少ない。アルコール依存症者は肝障害を合併することが多く,C型肝炎ウイルス(HCV)マーカー陽性の肝障害に罹患すると病状の悪化の速度が速く,予後が悪いことが報告されており9),IFN治療の適応となる患者が多いことが推測される。このため,若干の考察を加えて報告する。

特別寄稿

スガモ・プリズンにおけるB,C級戦犯者の拘禁性精神病

著者: 臺弘 ,   市場和男

ページ範囲:P.527 - P.537

■はじめに
 年をとった精神科医はだれでも忘れ難い患者を持つものである。それらの人々に接して受けた深い印象は長く残り,その経験はどのような本にも増して,病気や患者に対する見方や考え方に影響を及ぼす。ここに報告する11人の症例はそのような人々であって,半世紀に近い以前に,B,C級戦争犯罪容疑でスガモ・プリズンに収容されていた間に精神障害を発して,都立松沢病院に転送された患者たちである。スガモ・プリズン11)とは,第二次世界大戦終了後に,占領軍によって東京池袋の旧東京拘置所が接収されて,戦犯容疑者の収容に当てられていた当時の呼び名である。ポツダム宣言10条に戦争犯罪人の処罰の項目があり,それに基づいて,B級戦犯とは戦勝国の俘虜や市民の殺害や虐待行為の責任者,C級戦犯とはそれらの犯罪を実際に行った者とされ,両者は合せてB,C級戦犯者と呼ばれるようになっていた。戦争責任についてのA級戦犯容疑者の1人である大川周明も松沢病院に入院し治療を受けたので,補遺としてこの報告の一覧表につけ足してある。
 敗戦直後の混乱期に,言語や文化を異にする米軍の支配下で行われた戦犯裁判は特殊な拘禁状況を作り出し,そこにみられた拘禁性精神病には特に新しい病像がみられたわけではないにしても,集団として共通の特殊状況に置かれた人間の反応の在り方について,教えるところがあるであろう。症例はスガモ・プリズンでみられた精神障害のすべてを含むものではないが,刑務所での収容と裁判を困難にするような重症例は,精神鑑定の意味を兼ねて,米軍の361兵站病院(墨田区両国の同愛病院を接収)を経て,占領軍総司令部(GHQ)の命令により,終戦連絡中央事務局を通じて都立松沢病院に送られることになっていた。このような事情から,ここには一応の代表例が集められていると考えてもよいであろう。この11人中の8人は横浜の第8軍軍事裁判被告で,総数1,037人のうちの0.7%を占める。

動き

精神医学関連学会の最近の活動(No. 10)

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.539 - P.556

 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。今期(第16期)から島薗安雄先生に代わって小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命され象したので,精神医学研連の委員に次の方々になっていただきました。すなわち,浅井昌弘(慶慮義塾大学医学部),小島操子(聖路加看護大学),後藤彰夫(葛飾橋病院),鈴木二郎(東邦大学医学部),町山幸輝(群馬大学医学部),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,今期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

「精神医学」への手紙

Letter—柏瀬宏隆氏のレターに思う—疏と疎について/Letter—柏瀬宏隆氏のレターに思う—「疏通性/疎通性」の問題によせて

著者: 西丸四方 ,   岡田靖雄

ページ範囲:P.560 - P.561

 本誌(第37巻第2号224ページ)に柏瀬氏が「疏通か疎通か」について論じておられる。私もしばらく前には疎隔と疏通とを区別していたが,出版社では常用漢字では疎にまとめてあるからそうしようとのこと,初めはそぐわない気がしたが,広辞苑には両方並べてある。
 戦後変わったのかと古い説文解字(AD 100)を見ると「疏は通也」としてあって疎のことはない。しかし史記(BC 4)には「苗は疎に植えよ」としてある。高田忠周という説文会の親方の大系漢字明解には「疎は疏の俗」としてあり,康煕字典(1716)にもそう書いてある。藤堂明保の字引には束はたばねる,疏や流のツクリの下縦三本は水(羊水),上部は胎児の頭で,出産の時にするっと赤ん坊が通ることらしい。束はタバになってエトランジェ,よそ者をよせつけぬことか,マバラに一人ずついることか。疎は疏と画数は同じなのでめんどうなので一つにしてしまったのか。1989年の日本精神神経学会「精神神経学用語集」では疏通と疎隔が区別されていてさすがはと思うのだが,この用語集にも誤りはあり,かんしゃく発作tempertantrum(L)としてあって,ラテン語だというらしいが,このいかにもラテン語らしい言葉は,temperはラテン語にはなく,temperoぐあいよくかきまぜるからtemperamentum気質ができ,tempus時間と関係があるらしい。血,粘,黒胆,胆を時間をかけてかきまぜてうまく気質をこね上げるというのである。Oxford English Dictionaryというばかでかい辞書にもtantrumは語源不明としてある。ある本にはウェールス語だとしてあるが,Kauderwelschチンプンカンプン語は,辺境未開地ウェールス語を七面鳥のゴロゴロ言う鳴声みたいだと,妙な言葉を皆ウェールス語としてしまったので,タンタルムは擬声語でタンタラタンとかんしゃくを起こして物を投げることであるというのであろう。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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