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雑誌目次

雑誌文献

精神医学37巻9号

1995年09月発行

雑誌目次

巻頭言

医療と人権—ハンセン病の場合

著者: 大谷藤郎

ページ範囲:P.906 - P.907

 医師をはじめ医療従事者は,憲法にいう人権とか基本的人権の意味をよく理解しておくことが必要である。私は,そのことを自分のような昔の旧帝国憲法下の外見的な人権思想の下で育った戦中派とか,それ以前の戦前派だけの戒めかと思っていたが,新憲法下で新しい教育を受けて戦後に生まれ育った世代,現在の日本人の多数を占める若い人々も,やっぱり理解不足で,同じことを言わなければならぬと最近痛感している。
 人権とは基本的に,お互いの人格を認め,人間の尊厳を認めるということであろうが,社会の近代化が進むにつれて,具体的には自由権から出発して参政権,社会権とだんだんと複雑になってきた。こういうふうに法律学的に難しくなってくると,我々理系の教育で育ったものは難しく考えることが苦手で,それらを分析的にはっきりと勉強して理解しておこうとすることからついつい逃避してしまう。しかしこれは大変危険なことである。自分が勉強して理解することまでできなくても,少なくとも疑問を感じた時には思想家・法律家に意見を求めるという意欲は持っていなくてはならない。そうでなければ自分と一番かかわりのある患者さんの人権を侵害しても,その自覚さえないということが起こりうる。

展望

精神科デイケア治療論の今日的課題

著者: 池淵恵美 ,   安西信雄

ページ範囲:P.908 - P.919

■はじめに
 精神科デイケアの運営については,我が国に精神科デイケアを紹介した国立精神衛生研究所(現:国立精神・神経センター精神保健研究所)の加藤,石原らによる成書46,83)があり,最近では,尾崎71)のデイケア論や,宮内57)によるデイケアマニュアルなどが出版され,優れた総説も発表されている8〜10)。しかし,精神科デイケアの現場では,「何を目的に,どのようにデイケアを運営すべきか」をめぐって混乱があるように思われる。1994年11月に行われた精神障害者リハビリテーション研究会で,精神科デイケアについての検討が行われたが,デイケアによって治療目標や実践される治療内容に,隔たりが大きいことが改めて認識された。
 このようなデイケア治療論の混乱は,米国においても同様に見い出される。Hodgeらは,「部分入院(partial hospitalization)の将来―再評価」と題する論文33)で,「米国でデイケア設置施設が増えてはいるが,デイケアが果たして有用であるのか,外来での濃厚なケアとの比較を検証する必要がある。デイケアの特異的な適応や効果が明確ではない」と述べている。この論文はその後,複数の反論が寄せられるなど反響を呼んだ14,15,74,78)。米国においては,伝統的な入院治療や外来治療と比較してデイケアの有効性がほぼ確立されている28,51)。しかしながら,Hodgeらの論文に限らず近年発表された総説24,58,72,95)で,デイケアが十分に活用されていないとの報告が目立つ。その理由として,デイケアの適応,治療目標,治療技法の選択,利用期間などが不明確なままに実施されていることが指摘されている。

研究と報告

大量のバルプロ酸ナトリウムによる急性中毒—昏睡状態と呼吸不全を来した1例

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.921 - P.925

 【抄録】大量のバルプロ酸ナトリウムとフェノバルビタールを飲み込み,数時間の経過で昏睡状態と呼吸不全に陥った女性例を報告した。摂取後,18時間後の血中濃度は,バルプロ酸ナトリウムが993μg/mlとフェノバルビタール117μg/mlに達していた。経過の中で,血小板減少,アミラーゼの上昇,腎機能障害が出現したが,肝機能障害は認められなかった。昏睡から回復した後,一過性の視力障害を訴えたものの,全く後遺症なく回復して退院した。大量のバルプロ酸ナトリウムによる急性中毒の文献例の展望を行った。

完全寛解したCotard症候群(不全型)の2例—全経過16年の1例と短期に経過した1例との対比を通じて

著者: 山科満 ,   広沢正孝 ,   荒井稔 ,   永田俊彦

ページ範囲:P.927 - P.934

 【抄録】Cotard症候群(不全型)を呈し,完全寛解したうつ病圏の女性の2症例を経験した。1例の治療は薬物療法が中心で,病相は16年に及んだが,もう1例では電撃療法,精神療法などで4か月で寛解した。2症例とも病前性格は執着気質に属し,精力性と自己中心性,および「内省回避」といったマニー型の要素が共通していた。長期経過例は老年期に入って「自己治癒」の機転を経て寛解したが,その背景に身体の老化,治療環境の変化,家庭における居場所の獲得などの要素が関与していた。短期経過例では電撃療法が奏効し,さらに病前性格の同調性が支持的精神療法に反応する基盤となったことと,発症前の喪失体験の程度が比較的軽かったことなどが寛解を可能にしたと思われた。

解離の発生と利用について言語化した1例

著者: 市田勝

ページ範囲:P.935 - P.941

 【抄録】解離の発生と利用を詳述した1例を報告した。初診時26歳の既婚女性で,多彩な身体症状と解離状態を呈した。解離には,防衛的・適応的な自己催眠様状態と破綻的・不適応的な混乱状態がみられた。前者は「ボーツとして,話しかけられても気がつかないが,料理や運転はそのまましている」というもので,対人的接触を犠牲にして,情動の暴発を抑え,習慣的行動を能率的に遂行していた。「いじめにあって身につけた。考えてしまうのをやめようと努力したらこうなった。感情的なものを麻痺させる。このほうが楽。一点を見つめていると入ってしまう」と述べ,半ば意図的に誘発し利用する側面もうかがわれた。自己催眠様状態は解離の原初的形態であろうと考えた。

Panic Disorderの臨床症状についての検討—207名の患者群におけるクラスター分析の試み

著者: 村下淳 ,   塩入俊樹 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.943 - P.949

 【抄録】207名のpanic disorder(PD)患者群に関してpanic attack(PA)時に認められる13症状と予期不安および空間恐怖を加えた合計15項目の臨床症状についてクラスター分析を行った。
 結果は上記15症状は大きく3つに分類された。
 第1群:呼吸促迫,窒息感,発汗,嘔吐・嘔気,紅潮・冷感。
 第2群:死の恐怖,気が狂ったり何か制御できないことをしてしまうという恐怖,しびれ感やうずき感,胸痛ないし胸部不快感。
 第3群:めまい感,心悸亢進,離人感,身震いおよび振戦,空間恐怖,予期不安。
 以上より,PDが呈する多彩な臨床症状には,各々の症状同士の間に様々な関連性が存在しており,PDにおける症状を階層的にとらえる必要性を示唆させた。

気分障害における123I-IMP SPECT所見—半定量的局所脳血流値と抑うつ症状との相関

著者: 飯高哲也 ,   中島亨 ,   荻久保哲哉 ,   福田博文 ,   鈴木良雄 ,   岡崎篤 ,   前原忠行 ,   白石博康

ページ範囲:P.951 - P.958

 【抄録】気分障害患者26名を対象として123I-iodoamphetamineとSPECTを用いて半定量的局所脳血流値(rCBF)を測定し,ハミルトンうつ病評価尺度得点(HDS)との相関関係を調べた。方法は早期画像の冠状断で前頭葉,側頭葉を中心に19個の不整形ROIを設定した。HDS得点とrCBFの相関は全例では帯状回で正,抑うつ期では左側頭葉で負,右視床で正の相関があったが寛解期では相関はなかった。左右差との関係は全例では前頭葉と眼窩回で,抑うつ期では側頭葉,前頭葉,眼窩回でいずれも左半球のrCBFの右に対する相対的低下がHDS得点と正の相関を示した。抑うつ期の20例でHDS得点を従属変数,rCBFを独立変数として重回帰分析を行った。その結果,左前頭葉(後半),右視床,右前頭葉,帯状回は正,左側頭葉,右基底核,左前頭葉(前半)は負の偏回帰係数を示した。気分障害では左半球の血流低下が強く,左前頭前野,左側頭葉,帯状回などが主要な障害部位と考えられた。

高齢者の睡眠時無呼吸に対する睡眠薬の影響—ゾピクロンとフルラゼパムの比較

著者: 井上雄一 ,   高田耕吉 ,   星野映治 ,   九里友和 ,   上田かおる ,   挾間秀文

ページ範囲:P.959 - P.966

 【抄録】高齢者の睡眠時無呼吸(SAS)に対し,ゾピクロン7.5mgとフルラゼパム15mgを各5夜連続して服用させ,ポリソムノグラフィ所見の変化につき検討した。
 軽症SAS群では,ゾピクロン服用中に無呼吸指数が減少したのに対し,フルラゼパムでは逆に増加傾向を示した。しかし,中等〜重症群では,両薬服薬中ともに無呼吸指数が有意に増加した。ゾピクロン服薬中の軽症SAS群では,特にstage Ⅰでの無呼吸頻度が減少し,無呼吸型としては中枢型無呼吸の減少が顕著であった。
 高齢者の軽症SASでは,ゾピクロン投与により覚醒-睡眠移行期の無呼吸が減少する可能性があると考えられたが,中等症以上の症例にはその投与は避けるべきと判断された。

感情障害の10年後転帰

著者: 太田有光

ページ範囲:P.967 - P.974

 【抄録】感情障害159症例の10年後転帰を,分裂病,神経症症例を対照として調査した。電話または直接面接によって評価が可能であった症例は,感情障害44例,分裂病23例,神経症34例であり,経過中に再燃,再発は認めたとしても,調査時に寛解に達していた感情障害症例は29例(65.9%)であり,神経症23例(67.6%)とほぼ同程度で,分裂病6例(26.1%)よりは著明に良好であった。感情障害の中では,初診時,大うつ病反復性,双極性障害と診断されたものが寛解に至りやすい傾向にあった。また,初診時,大うつ病単一エピソードと診断された症例の転帰が良好であることの予測要因として女性,発症6か月前までの3年間の就業期間が長い,病相発現前の平均GAS得点が高いことが指摘された。

社会恐怖と恐慌性障害の合併例—その臨床的特徴について

著者: 多田幸司 ,   菊地美穂 ,   茂木雄二 ,   坂井禎一郎 ,   高野明夫 ,   小島卓也

ページ範囲:P.975 - P.979

 【抄録】DSM-Ⅲ-Rを用いて社会恐怖と恐慌性障害の合併例と診断される7症例の臨床的特徴を調べ,それを恐慌性障害を伴わない社会恐怖17例(S群)および社会恐怖を伴わない恐慌性障害27例(P群)と比較した。その結果,合併例では恐慌性障害の発症年齢がP群に比べ有意に若かった。また,現在の機能水準も合併例が最も低く,大うつ病の合併率も合併例で最も高いことが明らかになった。合併例では受診の動機が恐慌発作である場合が多く,恐慌性障害と診断される症例において社会恐怖症状の有無を調べることは治療の選択や予後を知るうえで重要なことと思われた。

短報

脳室造影が一時的な治療的効果を及ぼした透明中隔嚢胞の1症例

著者: 柳井美香 ,   橋本篤孝 ,   花田雅憲

ページ範囲:P.981 - P.983

 透明中隔嚢胞で精神症状が生じる可能性があることは知られているが,その治療に言及した報告は少ない。今回,検査のための脳室造影により治療的効果が得られた症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

123I-IMP SPECTで脳血流低下を認めた非24時間睡眠覚醒リズム症候群の1例

著者: 高橋誠 ,   小田野行男 ,   高橋直也 ,   横山知行 ,   飯田眞

ページ範囲:P.985 - P.987

 非24時間睡眠覚醒リズム症候群は,正常な24時間周期の環境下において睡眠覚醒などの概日リズムが25時間前後の自由継続状態(フリーランニング・リズム)を呈するものであり9),その治療には高照度光療法2,3)やビタミンB12投与4,8)が有効とされている。本疾患の生物学的要因としては,生体リズムの同調障害が推定されており,睡眠脳波,メラトニン分泌リズムなどの臨床的検討が行われているが,画像診断の上からこの疾患を取り上げた報告は見当たらない。今回我々は,高照度光療法で改善した非24時間睡眠覚醒リズム障害の患者に対して,この療法の前後に123I-IMPSPECTを施行した。ここで得られた所見は,本疾患の病因および光療法の効果を反映するものと考えられるので,ここに報告し,若干の考察を加えたいと思う。

抗うつ薬投与中に音楽性幻聴を呈したうつ病の2例

著者: 寺尾岳 ,   上野麻里子

ページ範囲:P.989 - P.991

 音楽性幻聴を生じやすい要因として,女性であること,高齢であること,聴力障害があること,劣位半球に脳腫瘍や脳梗塞などの病変が存在することを,Berrios1)は指摘した。さらに最近では,三環系抗うつ薬投与中に音楽性幻聴を認めたとする症例報告2,4,5)が散見される。しかしながら,このような症例のほとんどが聴力障害を合併した高齢女性であり,三環系抗うつ薬が音楽性幻聴の主要因であったのか否かは明らかでない。
 最近筆者らは,抗うつ薬開始後に音楽性幻聴を呈したうつ病患者2例を経験した。いずれも男性であり,Berrios1)の指摘した要因をまったく有さない点で,三環系抗うつ薬の副作用としての音楽性幻聴を強く示唆するものと考えられた。このうちの1例3)はすでに報告したが,さらにもう1例を経験したこと,本邦においてこのような報告はないことから,若干の考察を加え2症例として報告する。

多彩な精神症状と小児様人格変化を呈した皮膚筋炎の1例

著者: 小林一弘 ,   松本晃明 ,   村上直人 ,   落合智香 ,   大原健士郎

ページ範囲:P.993 - P.996

 膠原病においては多彩な精神症状が認められることはよく知られている。しかし,多くは全身性エリテマトーデス(SLE)における報告であり,皮膚筋炎についての報告は極めて少ない。今回,我々は,アルドラーゼ,CPK,IgGの高値を呈し,幻覚妄想状態,意識障害,興奮,多弁,多動,脱抑制状態,小児様人格変化などを呈した皮膚筋炎の男性例を経験したので報告する。

資料

分裂病の主観的欠陥体験評価尺度(SEDS)日本語版

著者: ,   岩脇淳 ,   太田克也 ,   渡辺昭彦 ,   成島健二

ページ範囲:P.997 - P.1003

■SEDS翻訳に当たって
 ここに紹介するのはPeter F. Liddleが1988年に開発した分裂病の主観的欠陥体験の評価のためのスケール(SEDS)である。今日,分裂病の症候論は陽性症状,陰性症状の二分法に準拠しており,前者は主として患者の主観的陳述から把握される異常体験,後者は主として観察者の判断に基づく表出・行動障害を意味している。これらに対して患者自身が異常と判断する体験にはまだ十分な注意が払われていない。Huber4)は分裂病の本質を非特異的な欠陥にあると考え,分裂病の患者は急性期を除く多くの期間にその欠陥を自覚できるとした。彼は自覚された欠陥症状が典型的な分裂病症状の基礎にある情報処理障害を表現していると推測し,それらを基底症状basic symptomと呼んだ。他方,英語圏では分裂病における自覚症状は,Chapman2)による早期兆候の研究に始まって現在に至っており,主観体験Subjective experienceと呼ばれることが多い。基底症状も背景の理論から離れて現象だけをとらえれば,主観体験に含まれるといえよう。
 分裂病の主観体験の評価法はこの10年間にいくつか考案された。Sullwold12)のフランクフルト式愁訴質問紙はドイツ語圏で一時期最も注目され,日本語版での研究9)も公表されているが,被検者が質問の意味を誤解する恐れがあることや,100を超える膨大な数の設問に回答しなければならないことなどから,現在はあまり利用されていない。Grossら3)はボン式基底症状評価尺度Bonn Scale for the Assessment of Basic Symptoms(BSABS)を編纂したが,これもまた100以上の項目からなり,実用的とは言いがたい。これに対して英語圏では10数の質問項目からなる質問表がいくつか公表されている1,5,11)。これらは短時間で施行でき,質問内容も比較的平易であるため信頼性も高いと思われる。しかしそのために評価される症状が非特異的になりすぎる傾向がある。

動き

「第9回日本精神保健会議」印象記

著者: 春原千秋

ページ範囲:P.1004 - P.1005

 毎年春に行われている日本精神衛生会主催の日本精神保健会議は,今年で9回目を迎えたが,例年通り1995年3月4日,東京・有楽町の朝日ホールで開催された。
 折悪しく当日の東京地方は悪天候で,前夜から大雪警報も出ていたため,例年に比べて参加者が少なかったが,それでも熱心な聴衆300名余が参集した。

「第91回日本精神神経学会総会」印象記

著者: 渡辺瑞也

ページ範囲:P.1006 - P.1007

 第91回日本精神神経学会総会は,1995年5月17日から19日の3日間にわたって,長崎大学精神神経科学教室の中根允文教授の会長のもとに,長崎市公会堂・長崎市民会館において開催された。同地での開催は,学会専門医制問題をめぐって大きく揺れ,後の学会改革の端緒となったあの有名な1968年長崎学会以来27年ぶりであり,当時の開催にかかわられた教室員は今や中根会長唯お一人しか残っておられないと聞き,この四半世紀余の時の流れの重さに改めて思いを深くした。
 中根会長からのご報告では,会員,非会員合わせて約1,200名の参加数であったとのことである。例年語られることではあるが,精神科医療を担う医師の基幹学会として会員数約8,000名を有する本学会としてはもう少し多くの会員に参加していただきたいものと思う。

「精神医学」への手紙

Letter—無作為割り付け臨床試験以外のevidence—1事例実験デザイン/Answer—レターにお答えして—1事例実験デザインの適応とRCTの妥当性の範囲について—原井レターへのお返事

著者: 原井宏明 ,   古川壽亮

ページ範囲:P.1010 - P.1011

 古川論文1)は最近の臨床研究の大切さ,統計的検定によるp値で価値判断することの誤りを指摘している点で共感した。しかし,無作為割り付け臨床試験(RCT)と症例研究に対する意見には疑問がある。RCTの欠点と,治療と結果の間の因果関係を知りたいときRCT以外に1事例を用いた巧みな実験デザインがあることを示したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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