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雑誌目次

雑誌文献

精神医学38巻6号

1996年06月発行

雑誌目次

巻頭言

世界の子どもは,今

著者: 山崎晃資

ページ範囲:P.572 - P.573

 近年,我が国では,合計特殊出生率が1.5を下回り,子どもの数が減少し続けている。ある推計では,この状態が700年続くと日本の人口は消滅するといわれている。それにもかかわらず,不登校・いじめ・自殺・児童虐待などの子どもの心の問題が急増し,多様化し,しかも低年齢化する傾向にある。毎日のように報道される「いじめ」による子どもの自殺は,私たちの心を暗くし,どうしようもない虚しさを感じさせる。現代に生きる子どもたちには,夢とか希望はないのであろうか。もしそうであるならば,子どもたちから夢や希望を奪い去ったのは誰なのだろうか。
 世界に目を転ずると,急増する人口問題,難民,児童虐待,ホームレス,ストリート・チルドレンなど,日本の現状からは想像もできない問題が山積している。暴力,虐殺,飢え,家族との離別などに苦しむ世界の子どもたちを見ていると,日本の子どもたちをめぐる問題が,ある意味で,極めて奇妙な現象のように思えてくる。平和と繁栄を謳歌する日本の子どもたちの実にささやかな問題とも思えるし,一方,目の前で親を殺害されるルワンダや国家の基盤を失ったボスニア・ヘルツェゴビナよりも,本当はもっと根の深い問題を抱えているのかもしれないとも思える。

展望

ACOA—看過ごされてきた領域

著者: 中山道規 ,   佐野信也

ページ範囲:P.574 - P.586

■初期の研究
 1.1970年代までの研究
 Nylander43)は229症例を対象として,『アルコール依存症(以下ア症と略記)の父親の子供たち』というタイトルの研究報告を1960年に刊行し,ア症者の子供たちは親からの十分なケアや顧慮を受けていないものが多いということを詳記した。ア症者の営む家庭に生まれ育つ子供たち(Children of Alcoholics;COA)は,心的不全や社会適応問題による症状をしばしば呈し,しかも通常それらは身体症状の形で現れるため,彼らが医療機関を訪れ広範な身体医学的検査を受けることはあっても,本来必要なメンタル・ケア・サービスを提供するクリニックへの来所に至ることは稀であることをもNylanderは指摘している。彼はストックホルムのChild Guidance Clinicsを訪れた2,000例を超えるケースをプロスペクティヴに追跡研究し,10年目11),20年目44)の転帰報告も行っている。
 Nylanderの研究を承け,その後20年間の『ア症の父親の子供たち』の社会適応や健康状態を調査したRydelius49)の報告では広範な文献総覧も行われている。1970年代までの研究報告のRydeliusの総括によると,アルコール乱用のある家庭で育った子供は,種々の心身の障害や学校不適応の問題を発現させうる養育怠慢neglectにさらされる危険群と考えられ,長じてからは反/非社会性と関連するア症に陥ることも稀ではないということになる。

研究と報告

摂食障害患者の人格障害について

著者: 松永寿人 ,   切池信夫 ,   永田利彦 ,   西浦竹彦 ,   宮田啓 ,   飛谷渉 ,   山上栄

ページ範囲:P.587 - P.595

 【抄録】anorexia nervosa(AN)患者8例,bulimia nervosaの診断基準を併せて満たしていたanorexia nervosa(AN+BN)患者8例,bulimia nervosa患者(BN)9例に,SCID-Ⅱ邦訳版およびPDQ-R邦訳版を施行した。その結果,14例(56.0%)が,いずれかの人格障害の診断基準を満たしていた。その内容は,境界性および強迫性人格障害が最も高頻度で,それぞれ5例(20.0%)ずつが診断され,次いで自己愛性,回避性,依存性人格障害などが4例(16.0%)であった。cluster Bの人格障害については,AN+BN,BN群において高頻度に認め,これらの患者は過食や嘔吐,自殺企図を高頻度に認めた。PDQ-R邦訳版による人格障害の評価では,SCID-Ⅱでの人格障害診断との比較で,kappa(κ)係数やspecificityは十分の値は得られなかったものの,sensitivityは平均0.95となり,診断を目的とした面接基準の代用にはならないが,人格障害のスクリーニングテストとしての有用性が示唆された。

心因性健忘に関する1考察—特に限局性健忘とスプリッティングについて

著者: 藤井洋一郎 ,   山内正美 ,   北上富常 ,   小林弘幸

ページ範囲:P.597 - P.603

 【抄録】我が国と米国とでは心因性健忘に関する理解がいくぶん異なっている場合があり,その点に留意しつつ,本論では主として限局性健忘について論じる。まず,本邦で限局性健忘として報告されてきた症例は逆向性のものばかりに限られていることを指摘し,いくつかの点について考察を加える。次に前向性の健忘について論じ,このような症例の中には境界例的な印象を与えるものがあり,その場合縦割れ分割と横割れ分割の両方の特性を備えた分割があることを示した。

精神分裂病の家族負因と症状特性

著者: 小林愼一

ページ範囲:P.605 - P.612

 【抄録】225名の慢性分裂病の発端者について家族負因とPANSSによる症状特性との関連を調査し,また家族負因を有する38名中24名の発端者について,その第1度親族のPANSSによる症状評価を行った。その結果家族性分裂病にはPANSS類型の陽性型の発端者が多く,陽性尺度2項目との関連が認められ,散発性分裂病には陰性型の発端者が多く,陰性尺度1項目との関連が認められた。発端者と親族のPANSS類型の一致率は陽性型が陰性型より高率であり,発端者と親族のPANSS尺度の相関分析では陽性尺度3項目と陽性尺度総合点で正の相関関係が認められたが,陰性尺度では有意な相関関係は認められなかった。以上の解析結果に基づき家族負因と陽性症状との関連を示唆した。

躁病の初発年齢に関する予備的研究

著者: 吉村玲児 ,   阿部和彦

ページ範囲:P.613 - P.618

 【抄録】early-onset maniaとlate-onset maniaの特徴を比較する目的で1982年7月から1994年7月までの間に産業医科大学神経精神科へ初回躁病相で入院した患者28例を早発群(49歳以下)と遅発群(50歳以上)の2群に分けて,入院カルテをもとに後方視的に検討した。その結果は,(1)両群間において臨床症状に差はみられなかったが,遅発群では早発群に比べて有意に(2)身体合併症が多い,(3)血中コルチゾールが高値,(4)CT上異常所見が多い,といった特徴が認められた。以上の結果はlate-onset maniaは,一部には加齢による脳の脆弱性や身体合併症などが関与する不均質な疾患の可能性があるという従来の説を支持した。

Flashback現象に続いて全生活史健忘の出現をみた覚醒剤中毒の1例

著者: 松岡孝裕 ,   横山富士男 ,   山内俊雄

ページ範囲:P.619 - P.625

 【抄録】Flashback現象が全生活史健忘の出現に重要な役割を演じていたとみられる,覚醒剤中毒の精神鑑定例を報告した。症例は19歳の男性。15歳時より3年間覚醒剤を使用し,常用時には強い緊迫感とともに幻聴が出現していたが,中止後も飲酒した際に同様の異常体験が出現していた。今回,逮捕拘留中に深刻なストレスが加わり,覚醒剤常用時と同様の異常体験が再び出現したが,その後茫乎とした様子となり全生活史健忘が発症した。健忘は20日間で回復した。
 今回出現した異常体験は,過去の体験との類似性などからflashback現象によるものと考えられたが,これにより状況の認識が妄想的にゆがめられて,緊迫した恐怖体験が形成され,ヒステリー機制が発動し,全生活史健忘が発症したものと考えられた。

インターフェロン投与により健忘症状を呈した1例—定量SPECTと神経心理学的考察

著者: 佐々木信幸 ,   深津亮 ,   古瀬勉 ,   土肥道子 ,   牧野憲一 ,   高畑直彦

ページ範囲:P.627 - P.634

 【抄録】C型慢性肝炎に対するインターフェロン(IFN)投与により健忘症状と軽躁状態を呈した1例に対し,定量SPECT,血清,髄液中のIFN定量,神経心理学的検査,縦断的脳波検査を行い詳細に経過を観察した。脳波の徐波化の改善にIFN中止から4週間以上かかっていること,血清,髄液中からIFNが検出されなかったこと,IFN中止後も健忘症状が悪化したことなどから,IFNの中枢神経毒性はIFNの間接的作用が疑われた。SPECTでの左頭頂葉の血流低下は構成障害と,右側頭葉の血流増加は軽躁状態と関連していると考えられた。健忘症状から軽躁状態への移行はWieckの通過症候群に合致した。

短報

うつ病相と躁病相に一致して口部不随意運動が出現した躁うつ病の1例

著者: 森則夫 ,   小薗江浩一 ,   鈴木勝昭 ,   岩田泰秀

ページ範囲:P.635 - P.637

 口部不随意運動は様々な病態のもとで出現する。よく知られているのは抗精神病薬の慢性投与による遅発性ジスキネジアと,加齢に伴う,いわゆる老人性ジスキネジアである1,3,5,6)。この2つは症候学的にはほぼ同一であり,一般に精神的緊張で増強し,発語,咀しゃくなどの随意運動時に軽減することが知られている1)。先に大月ら4)は,うつ病相にほぼ一致して口部不随意運動が増悪,寛解を繰り返す退行期うつ病の3例を報告した。筆者らが調べえた範囲では,その後,同様の報告はみられていない。我々はうつ病相のみならず,躁病相にも,ほぼそれらに一致して口部不随意運動が出現した躁うつ病の老年女性例を経験したので若干の考察を加えて報告する。

Primary progressive aphasiaの1臨床例

著者: 日野博昭 ,   中野光子 ,   井関栄三 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.639 - P.641

 初老期または老年期の変性性痴呆疾患であるAlzheimer病やPick病の経過中に失語を認めることは珍しくはないが,近年,失語症で発症し,緩徐進行性の経過をたどり,長期にわたり痴呆を呈さない症例が注目されている。Mesulam7)はこのような6症例をまとめて報告し,いずれも画像上左シルビウス裂周囲に限局性萎縮を有しており,slowly progressive aphasia without generalized dementia(後にprimary progressive aphasia8);PPA)の概念を提唱した。
 その後,同様な症例が多数報告されるようになったが,長期経過中に痴呆化する例が多く,また剖検後の病理診断ではPick病やAlzheimer病などの変性性痴呆疾患であることが多いことから,現時点ではPPAは変性性痴呆疾患の1つの経過を示すものとの考え方が優勢となっている。今回我々は病初期より失語を呈したが,約5年間経過した現在も明らかな痴呆を認めない臨床例を経験したので,その症例を呈示し,若干の考察を加える。

悪性症候群様の症状を呈し,Sjögren症候群の関与が疑われた1例

著者: 安部秀三 ,   馬場淳臣 ,   水上勝義 ,   小泉準三 ,   酒井敏子 ,   白石博康

ページ範囲:P.643 - P.646

 今日精神科領域において発熱,昏迷状態,筋固縮を呈する病態として悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome)がよく知られている。そのほとんどが抗精神病薬の治療中に出現し,時には死に至る重篤な病態であるため,早期の鑑別診断や適切な治療がその後の予後を大きく左右する要因に挙げられる。今回筆者らは発熱,昏迷状態,筋固縮,高CPK血症など悪性症候群様症状を呈しながら,その前7年間抗精神病薬は服用しておらず,検査所見などから自己免疫性疾患,特にSjögren症候群の呈した神経精神症状が疑われた1例を経験した。悪性症候群の鑑別診断に際し,示唆に富む症例と思われたのでここに報告する。

資料

乳幼児を育てる母親の精神保健—電話相談事例の検討から

著者: 小野善郎 ,   桑原義登 ,   吉益文夫

ページ範囲:P.647 - P.650

 子どもを出産した母親では,産褥期にはマタニティー・ブルーズや産後うつ病,産褥精神病などがしばしば認められ,母子精神保健の重要な問題として知られている。また,乳幼児期の子どもと母親をめぐる問題としては,近年,児童虐待が注目されているが,さらに,現代の核家族化,女性の就労形態の変化や少子化などによる家庭環境・育児環境の変化を背景として,育児に対し不安やいらだちを感じたり,様々な困難に悩む母親も増加してきている。深津ら1)は,妊娠・出産しながらも母親として適切に機能できず,育児の役割を果たすことについて苦痛や困難を訴えたり,子どもを虐待する母親たちを「育児困難を訴える母親」と定義し,そのような母親の問題のタイプとして,身体的虐待や保護の怠慢・養育拒否など児童虐待に相当する行為や母親の抑うつ感や不安感などを挙げている。
 このような子どもを育てている母親に対する支援策として,厚生省は1988年より都道府県中央児童相談所および政令指定都市児童相談所において「家庭支援相談等事業」を実施することとし4),和歌山県においては1991年10月1目より和歌山県中央児童相談所(1995年10月1日より「和歌山県子ども・障害者相談センター」に統合)において「子どもと家庭のテレフォン110番」を開設した。

私のカルテから

大柴胡湯でいびきが消失した1例

著者: 稲永和豊

ページ範囲:P.652 - P.653

 漢方薬の中には昔から不眠に用いられていたものがあるが,その使用に当たっては「証」に基づいて処方を考えるよう教えられている。このような考え方に従って大柴胡湯を10名の患者に使用したところ大きないびきと浅くまた中断される眠りが,その9名において,中等度以上の改善を示した。1名では効果を確認できなかった。この経験は睡眠障害の中で最も危険だと考えられている睡眠時無呼吸症候群3〜6)の治療に対して示唆するところがあると考え,その1例を報告する。

「偽りの快晴」—自殺したうつ病の1例

著者: 市田勝

ページ範囲:P.654 - P.655

 山では天候判断の誤りが遭難に直結し命取りとなりうる。悪天候の前に一過性の晴天がみられることがあり,「偽りの快晴」3)や「疑似晴天」2)と呼ばれる。この時に頂上への思いに引かれ,登山を続ければ遭難の危険が大となる。うつ病経過中にも「偽りの快晴」が起こりうる。患者のうつ状態が急速に軽快し,明るさと元気を取り戻した時,患者も家族もそして主治医も,それが本格的な晴天と信じたくなるのが人情ではなかろうか。本稿では「偽りの快晴」と呼べる一過性の軽快の後に自殺に至ったうつ病の1例を粗描し,若干の考察を加えたい。

動き

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(11)

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.657 - P.675

 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを日的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。第16期から島薗安雄先生に代わって小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命されましたので,精神医学研連の委員に次の方々になっていただきました。すなわち,浅井昌弘(慶應義塾大学医学部),小島操子(聖路加看護大学),後藤彰夫(葛飾橋病院),鈴木二郎(東邦大学医学部),早川和生(大阪大学医学部),町山幸輝(群馬大学医学部),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,今期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

「第16回日本社会精神医学会」印象記

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.676 - P.677

 標記学会が琉球大学医学部小椋力教授会長のもとで1996年3月15,16日,沖縄県宜野湾市にある沖縄コンベンションセンターで開催された。上京していた筆者は羽田から沖縄に入ったのであるが羽田空港の掲示板には札幌2℃,東京10℃,那覇23℃と出ていた。同じ日本といってもずいぶん違うものだと思った。この気象の違いは生活やものの考え方にも影響を及ぼすであろう。これまで社会精神医学のとらえ方が人によってまちまちといううらみがないわけではなかったが,今回は違っていた。会長講演「沖縄における歴史・文化と精神医学,医療」,シンポジウム1「精神障害に対する態度,偏見と文化」,2「社会精神医学における戦略-精神分裂病の予防の可能性」,ミニシンポジウム「沖縄におけるシャーマニズムと精神医学」に小椋会長の意図と意気込みが明確に現れていた。社会精神医学の発展に求められる地域特殊性と地球的普遍性の両立を通じて本質に迫るというものである。社会精神医学を語るには沖縄という舞台もよかったし,会場の沖縄コンベンションセンターは琉球の花笠を形どったといわれる屋根の建物だったが,参加者の心を審美的にする働きをしていたように思う。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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