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雑誌目次

論文

精神医学38巻9号

1996年09月発行

雑誌目次

巻頭言

痴呆性疾患の臨床診断について

著者: 柄澤昭秀

ページ範囲:P.908 - P.909

 20年以上前のことになるが,ある精神科医がピック病と診断した事例が剖検の結果,片側半球の梗塞だったという話を聞かされ大変驚いた。ピック病の臨床症状にはかなり特徴があるので,それを脳梗塞と間違えることはちょっと考えられない。そこでそのカルテを見せてもらった。その記載を読むとその病像はまさに典型的なピック病のそれであり,精神科医であればそう診断するのが当然だとそのことは納得できた。まだCT検査が普及していなかった頃の話であり,今とはもちろん事情が違うが,筆者は今もこの事例のことが忘れられない。それから痴呆性疾患の臨床診断に非常に慎重になった気がする。

展望

日本におけるサイコネフロロジーの現状と今後の課題

著者: 春木繁一

ページ範囲:P.910 - P.920

■はじめに
 日本の透析療法は,すでに30年以上の歴史を持つ。日本透析医学会の報告によると,1995年末現在,15万4千人あまりの患者が透析治療を受けている54)。一方,日本移植学会の報告(1994年末現在の統計)では,日本での腎移植は,これまでに合計9,800回あまりが行われた53)
 さて,「サイコネフロロジー」について初めて耳にする方もあろう。まずは,簡単にその言葉の意味を説明しておく。
 「サイコ」はPsychoであって,文字どおり精神・心理を意味する。この言葉に「ネフロロジー(Nephrology)」がついて「サイコネフロロジー」となった。言うまでもなく,「ネフロロジー(Nephrology)」とは腎臓(病)学の意味である。すなわち,サイコネフロロジーとは「腎臓病ことに腎不全医療におけるリエゾン・コンサルテーション医学・医療活動」を言う。

研究と報告

Thought Disorder Index(TDI)を用いた側頭葉てんかんの思考障害評価—側頭葉てんかん,てんかん性精神病および精神分裂病患者の比較

著者: 畑哲信 ,   福田正人 ,   熊谷直樹 ,   永久保昇治 ,   橋本大彦

ページ範囲:P.921 - P.928

 【抄録】幻覚妄想を有する患者7名を含む側頭葉てんかん(TLE)患者21名と精神分裂病患者35名の思考障害を比較した。思考障害の評価はHolzmanらによるThought Disorder Index(TDI)を用いた。その結果,TLE患者のTDI総得点は,幻覚妄想の有無にかかわらず,精神分裂病患者と同等であった。TDI因子別には,精神分裂病患者では「奇異な言語使用」が,TLE患者では「不統合」が高値であり,それぞれの疾患に推定される脳機能障害との関連が推察された。さらに,TLE患者の中でも幻覚妄想を有する患者は「奇異な言語使用」と「不統合」の両方が高値という結果であり,脳機能障害がより重症であることが推察された。

長期間症状の安定している慢性の精神分裂病患者に対する薬物減量の試み

著者: 鶴田聡

ページ範囲:P.929 - P.937

 【抄録】発症後10年以上経過している慢性の精神分裂病患者のうち,2年間症状が軽く安定しているために抗精神病薬の変更の必要性がなかった患者(A群)と,症状はそれほど安定はしていないが,やはり2年間抗精神病薬の変更の必要性がなかった患者(C群)に対し薬物総量の1/2〜1/3を目標に薬物の減量を行い,減量後の症状変化を2年間追跡し,薬物量を維持したそれぞれの対照群(B,D群)と比較した。非再発例の症状変化と再発例の再発前駆症状は区別し難かった。再発率はA群65%,B群9%,C群70%,D群75%であった。観察開始時の症状と観察終了時の症状を比較検討するとA,C群ともに症状を悪化させずに減量できたとは言い難かった。

実存的苦痛からうつ状態に陥り安楽死を要求した終末期癌患者の2例

著者: 森田達也 ,   井上聡 ,   千原明

ページ範囲:P.939 - P.947

 【抄録】我々は,実存的な理由からうつ状態に陥った終末期癌患者で安楽死を要求した2症例を報告した。いずれも精神医学的な検討の結果,理性的であると判断された。1例では実存的苦痛に対するホスピスケアと間欠的鎮静を組み合わせることで苦痛を緩和することに成功し,1例では,生命予後が極めて不良と予測されたために症状緩和のための鎮静が施行された。我々は,症例の検討を通じて,終末期癌患者のうつ状態の評価,実存的苦痛に対するホスピスケア,症状緩和のための鎮静の,医学的,倫理的必要性と妥当性を検討し,このような患者に対する対応のモデルを提示した。

純粋健忘症状群の1症例における逆向健忘の検討

著者: 平林一 ,   稲木康一郎 ,   平林順子 ,   市川英彦

ページ範囲:P.949 - P.956

 【抄録】解離性椎骨動脈瘤破裂によるクモ膜下出血後に,純粋健忘症状群を呈した1例を報告した。本症例の逆向健忘を検討した結果,以下の点を確認した。すなわち,(1)追想障害に明瞭な時間的勾配が存在する。(2)逆向健忘期間については,その時間経過の感覚も失われる,(3)逆向健忘期間中,同時に獲得したと考えられる意味記憶とエピソード記憶の比較が可能で,後者で障害が著しい。本例の示した病像より,健忘症患者の少なくとも一部の例では,過去の同じ時点で獲得した意味記憶とエピソード記憶であっても,それが分離した形で障害される場合があることを指摘した。

クロナゼパム投与時に遷延性うつ病相からの躁転がみられた双極感情障害の1例

著者: 稲月原 ,   鈴木邦人 ,   茂野良一 ,   稲月まどか ,   伊藤陽

ページ範囲:P.957 - P.961

 【抄録】今回我々は,クロナゼパムによって遷延していたうつ病相から躁転したと考えられる双極感情障害の1例を経験した。この40歳の女性例は,種々の抗うつ薬を十分量,投与したにもかかわらず,うつ病相が2年以上遷延し,強い不安・焦燥感,背中のザワザワ感,restless legs syndrome様の症状を訴えていた。これに対しクロナゼパム5mg/日を投与したところ,速やかにうつ状態が改善し,さらにその2か月後に躁転した。クロナゼパムを4mg/日に減量し,炭酸リチウムを投与することで躁状態は軽快した。クロナゼパムの抗うつ効果に関する研究報告はこれまで数編あるが,このような躁転例についての報告はない。クロナゼパムは抗うつ薬抵抗性うつ病に対して試みる価値のある薬剤であるが,その際には躁転の可能性も考慮すべきことが本例によって示された。

ACE阻害薬と非ステロイド性抗炎症薬併用時に出現したリチウム中毒の1例

著者: 矢島英雄 ,   遠藤五郎 ,   福田和夫 ,   三田俊夫 ,   八重樫泰子 ,   浪岡宏 ,   戸田忠夫

ページ範囲:P.963 - P.969

 【抄録】脳梗塞,高血圧,腰痛症の治療経過中に躁状態を呈したため炭酸リチウム600mg/日を投与したところ,持続する眠気,胃部不快感,嘔気,脱力,失調性歩行,構音障害,両上下肢の振戦,しびれ感などの身体症状を呈し,また血中リチウム濃度が1.84mEq/l(投与中止時の時点では,さらに高濃度と推定される)と高濃度を示し,さらに経過中,腎機能障害を合併した51歳の男性例を経験した。この身体症状はリチウム中毒によるものと考えられた。また,リチウム投与量が平均的な投与量でありながら,血中リチウム濃度が高濃度を示した原因として,併用薬剤である降圧薬のACE阻害薬と非ステロイド性抗炎症薬の関与が推定され,さらにループ利尿薬の関与の可能性も否定できなかった。筆者らが知るかぎりにおいては,本邦ではACE阻害薬が関与したと推定されたリチウム中毒の報告がないため若干の文献的考察を加えて報告した。

遷延した錐体外路症状にthyrotropin releasing hormone(酒石酸プロチレリン)が著効した悪性症候群の1例

著者: 中西重裕 ,   赤埴豊 ,   切池信夫 ,   小宮山雅樹 ,   吉野祥一 ,   福島淳 ,   本多直弘 ,   山上榮

ページ範囲:P.971 - P.974

 【抄録】悪性症候群は向精神薬の重篤な副作用の1つで,ドーパミンニューロンの遮断がその一因と考えられている。今回我々は頭部外傷術後の通過症候群と考えられる不穏状態に,向精神薬の投与により悪性症候群を生じ,向精神薬の中止と全身管理により解熱し,血中CPK値の正常化の後も,振戦,筋固縮,開口障害などの錐体外路症状が遷延し,これらの症状にthyrotropin releasing hormone(TRH)が著効した極めて稀な症例を経験した。TRHは側坐核や線条体のドーパミンニューロンに作用し前シナプスからのドーパミン遊離を促進すると言われており,これらの作用が遷延した錐体外路症状を改善させたものと考えた。

短報

過剰な眠気を主訴とした小発作重積状態の1例

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.975 - P.978

 日中の過剰な眠気を来す代表的な疾患はナルコレプシーであるが,時にてんかん発作が過剰な眠気として訴えられることがあることが指摘されている11)。今回我々は,数時間にわたる「過剰な眠気」を主訴として来院し,この「眠気」を怠け病だと言われてきた患者が,実際には小発作重積状態であった症例を経験した。発動性の低下を主訴とする小発作重積状態は,細川らを中心として本邦でもspike-wave stuporという表題のもとに相当数の症例が報告されてきたが6),これが「過剰な眠気」として訴えられると鑑別診断上の混乱を引き起こす可能性がある。この点を鑑み,報告を行った。

Clomipramineによる治療中に躁状態を呈した強迫性障害の1例

著者: 井原裕 ,   西鳴康一

ページ範囲:P.979 - P.981

■はじめに
 clomipramineの抗強迫効果は,スペインでは1969年の臨床導入以来知られ3),アメリカでも1980年代以後serotonin受容体との関連で研究されている10)。一方,気分障害の抗うつ剤治療の際の躁転はしばしば経験され,佐々木ら7)の調査もあるが,強迫性障害のclomipramine療法中の躁状態の報告は少なく6,12),我々の知るかぎり本邦にはない。
 このたび我々は,双極性障害の既往のなかった強迫性障害患者において,clomipramine療法中に躁状態が惹起された1例を経験した。

緊張病様症状を呈し髄液所見が正常であった脳炎の1症例

著者: 石塚千秋 ,   多田幸司 ,   松浦雅人 ,   鈴木健史 ,   高橋栄 ,   小島卓也 ,   小野真一 ,   高須俊明

ページ範囲:P.983 - P.985

 急性ウイルス性脳炎の診断には髄液の細胞数,種類および抗体価など髄液からの情報が極めて重要である。また,最近では脳炎の急性期にMRIにより限局した病巣が検出されるという報告も増えている1,5,6)。今回,我々は感冒様症状の後,興奮および昏迷状態を呈し,脳波検査で徐波性異常がみられたものの髄液の細胞数は正常範囲にあり,ウイルスの髄液抗体価も低く,早期診断が困難であった症例を経験した。髄液の検査所見は急性脳炎の診断に欠かせないものであるが,本症例のように髄液所見が正常な脳炎の存在を認識することはその初期診断にとって重要なことと考え,ここに報告する。

紹介

感情障害と家族の感情表出(Expressed Emotion)

著者: 三野善央 ,   津田敏秀 ,   田中修一 ,   下寺信次 ,   松岡宏明 ,   茂見潤 ,   井上新平

ページ範囲:P.987 - P.995

■はじめに
 家族の感情表出(Expressed Emotion;EE)と精神疾患の経過との関連についての研究は分裂病を中心に進められ,その関連,ひいては因果関係もほぼ定着したと考えられている16)。その知見に基づいて,家族への心理社会的介入による分裂病の再発予防の実践が試みられている14,23)。一方,感情障害の経過と家族のEEとの関連に関しては,初期のVaughnとLeffの研究29)においてその関連が示されて以来,ほとんど注目を集めてこなかった。しかしながら,感情障害,とりわけうつ病は社会的環境の影響を受けやすい疾患である3)と言われており,EE研究の視点からの取り組みが求められている。
 本論で,うつ病をはじめとする感情障害をEE研究の立場から取り上げる理由は次の通りである。第1に有病率が高いことである。例えば,うつ病の一般人口中での時点有病率は,男性で1.8〜3.2%,女性で2〜9.3%と言われており7),また大うつ病の生涯有病率は3.7〜6.7%に達するとも言われている24)。プライマリケア場面でもその時点有病率は高く21),いかにしてスクリーニングし,有効な治療を行うかという検討がなされている4)。また,うつ病による自殺7)や経済的損失5)も大きな問題となっている。第2には,うつ病は社会的環境の影響を強く受ける疾患である3)と言われており,家族環境の1つの表現形であるEEの影響は無視できないと思われることである。
 本論の目的は,うつ病をはじめとする感情障害と家族のEEに関してのこれまでの研究報告を総括し,それを評価し,今後の研究のあり方,我が国におけるこの領域の研究の可能性を論ずることである。

精神科領域におけるインフォームド・コンセント—現状と課題

著者: 高柳功 ,   江畑敬介 ,   亀井啓輔 ,   加藤伸勝 ,   川瀬典夫 ,   吉川肇子 ,   白井泰子 ,   高木俊介 ,   丸山英二 ,   八木剛平

ページ範囲:P.997 - P.1005

■はじめに
 「インフォームド・コンセント」という用語は,今日,医療界ではごくありふれた日常用語となった観さえあり,あまりにも濫用されすぎて,概念が肥大化しすぎているという指摘さえある。しかし,「インフォームド・コンセントはもともと医療の中核をなすべきもの1)」とのとらえ方は,やはり正しいと言うべきであろう。これからの医療行為にはすべて,インフォームド・コンセントという問題意識がなければならないし,それは精神科医療でも例外ではない。
 周知のごとく,1991年12月,国連総会が「精神病者の擁護及びメンタルヘルスケア改善のための原則」を可決し,精神科医療の重要な原則の1つとしてインフォームド・コンセントを位置づけた。このような状況を受けて,我が国では1990年から厚生科学研究・精神保健医療研究事業の一部としてインフォームド・コンセントの組織的研究が始まったのである。

私のカルテから

Thioproperazineにより急速な改善をみた解離性同一性障害の1例

著者: 山田幸彦 ,   山田貴子

ページ範囲:P.1006 - P.1007

 近年,主としてジャーナリスティックな次元でではあるが,話題になることの多い多重人格障害(Multiple Personality Disorder:以下MPDと略,DSM-Ⅳでは解離性同一性障害:Dissociative Identity Disorder)の病態は,古くから報告されていたものである。ただし,その報告例数は国の内外を問わず極めて少なく2,4,5),日常の臨床の場ではほとんど出会うことのないものであり,その病態自体の複雑さと相まって,一般にその治療は容易ではないものとされてきた。今回,我々は,劇的な人格交代を呈した1例の,18日余に及んだ解離性同一性障害の病態を,thioproperazine(以下TPPZと略)投与により3日間で改善することができたので,その病態,経過などにつき若干の考察を加えて報告する。

動き

「第92回日本精神神経学会総会」印象記

著者: 遠藤俊吉

ページ範囲:P.1008 - P.1009

 第92回日本精神神経学会は,札幌医科大学精神医学教室・高畑直彦教授を会長(小片基副会長)に1996年5月22日から3日間,札幌市文化会館において開催され1,300名近い会員が参加した。北海道での開催は1981年以来15年ぶり3回目である。同会館は植物園近くの落ち着いた雰囲気の場所にあり,大・小ホールを含め5つの会場を使用し,発表はすべて口演により行われた。
 今回は,「多様な認識の地平―精神医学・医療の新たなる展開を求めて」の基本テーマのもと,特別セミナーと公開および国際公開セミナーを含む精神医学の様々なトピックスについて13ものセミナーが行われたことが大きな特徴であった。シンポジウムは従来と同様に精神医療やその体制における今日的課題を中心に5つが組まれていた。また,これも従来と同様シンポジウム関連演題が多かったようであるが,それらを含め一般演題は300題を上回りかなりの盛況であった。プログラム編成にも工夫がこらされていて,シンポジウムと関連演題あるいはセミナーと一般演題,さらにセミナーとシンポジウムが上手に連動され,1領域のものは最小限の移動で連続して聴講することができ大変便利であった。

「第1回神経精神医学研究会」印象記

著者: 佐藤甫夫

ページ範囲:P.1010 - P.1011

 さる5月14日,新横浜グレースホテルにて,第1回目の神経精神医学研究会が開催された。会長を快諾された横浜市大小阪憲司教授のお骨折りにより豪華ホテルでの初会合になった。
 本会は昨年6月,日本精神神経学会,日本神経学会の両学会で活躍されている有志教授14名の呼びかけにより,全国の精神医学教室の教授56名が発起人となって発足した新しい研究会である。精神医学と神経学の接点を特に意識したというより,精神医学の中に脈々と流れている神経学の伝統を大事に育て,発展させてゆきたいという考えが,大方の先生方に共通の認識であったと思われる。今回は,この神経精神医学研究会のスタートを画するものであった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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