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雑誌目次

論文

精神医学39巻11号

1997年11月発行

雑誌目次

巻頭言

日本総合病院精神医学会について

著者: 黒澤尚

ページ範囲:P.1138 - P.1139

 日本総合病院精神医学会の設立母体となったのはGeneral Hospital Psychiatry(GHP)研究会である。この研究会は1984年に関東地区のリエゾン精神医学に関心を持つ精神科医が集まり,現在も年2回開催されている。発足当時のメンバーの多くは救命救急センターを含む救急医療でのリエゾンを主とする精神科医であった。1977年から出来始めた救命救急センターには自殺未遂者,せん妄を呈した患者などをはじめとして精神科の教科書に書いてあるすべての精神症状が見られるといっても過言ではなく,一般的な精神科医なら生涯に一度も目にしないような珍しい症状に遭遇することもある。これらの症状への対応で毎日四苦八苦しており手探り状態であった。参考になる文献も少なく,精神科の文献には診断するまでは記載されていても,実際に治療しようとするとあまり役立たないものが多く,実践的でないことに気がついた。これは,なにも救急医療の場のリエゾンに限ったことではなく,精神科全般に共通したことである。精神科の治療を主とした文献でさえ,状態像が記載され,この状態にはこの処方と記載されているのみであり,どのような状態になれば薬を増減するのか,増減するにはどのような方法で行うのかについて記載されたものは少ない。そこで,実際の治療に当たっている会員が自分の手の内を明かそう,学術集会といわれる大きな学会でのいわゆるきれいな発表と違って「資料に整合性がなく辻褄が合わなくても本音で話し合おう」,「出席したら発言をしよう」などのGHP研究会の姿勢は出席者の共感を呼んでいた。そのためか,出席のメンバーの層も広がってきた。

特集 精神科における合理的薬物選択アルゴリズム

薬物選択アルゴリズム研究の現状—有用性と限界

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.1140 - P.1144

■はじめに―治療ガイドラインから アルゴリズムヘ
 精神障害が心身とそれを取り巻く外部環境から多大な影響を受け,身体疾患にもまして全人医療を要請されることは言をまたない。アメリカ精神医学会がDSM-III(1980)で採用した多軸診断法が,日本でも広く受け入れられているのはそのためであろう。精神分裂病や躁うつ病の場合,第1軸に相当する病状の治療は薬物療法を中心に行われる。また,第2軸の人格面や適応機制の問題には精神療法が,第3軸の身体合併症には身体各科の治療が行われる。第4軸の心理社会的因子および環境因子では家族,学校,職場などを視野に入れた心理社会療法が中心になるし,第5軸の患者の社会的機能の障害には精神科リハビリテーション,生活技能訓練や生活支援を含む福祉サービスなどが行われる。精神科治療の基本にこうした包括的な全人医療が欠かせないことをよく承知した上で,最新の精神医学の進歩を取り入れて精神科治療をさらに改善しようとする努力が続けられている。
 その大半は,主に薬物療法と心理社会療法を網羅した教科書または精神科治療学といったものか,疾患別の治療ガイドラインである。例えば,前者には改訂を重ねているKaplan & SadockのComprehensive Textbook of Psychiatry(Williams & Wilkins)があり,主な治療法の歴史から今日の治療指針に至るまで詳細に記述している。また,後者にはアメリカ精神医学会(APA)による治療ガイドラインがあり,うつ病治療の実践ガイドライン1)は1971〜1991年までの169編の文献をもとに作成されている。ごく最近出された精神分裂病(以下,分裂病)治療の実践ガイドライン2)も581編の論文を引用し,脆弱性-ストレスモデルに沿って作成されたものである。急性期,安定化の時期,安定期,難治例についての抗精神病薬の選択アルゴリズムも掲載されていて,アメリカにおける標準的な治療指針を理解するのに役立つ内容となっている。その一方で,こうした教科書,治療解説書や詳細な治療ガイドラインにとどまらず,治療現場ですぐに役立つような実践的なガイドラインやアルゴリズムが検討されている。例えば,最近報告されたAPA関連の分裂病4)と躁うつ病(気分障害)5)の治療ガイドラインがあるが,それらは上記のAPAの実践的ガイドラインとは異なっている。それらは膨大な数の関連文献を総説して作成する従来の治療指針ではなくて,精神科医が日常の診療において専門家からアドバイスを受けたいと思うような場面を想定し,多領域の専門家にアンケート調査を行って,推薦頻度が高かった順に第1・第2・第3選択,ほとんど用いない治療法に分けて解説したものである。最近は日本でも患者と家族への心理教育が注目されているが,それに必要な分裂病と躁うつ病(気分障害)の解説ガイドラインも合わせて掲載されている。

精神分裂病の急性期治療

著者: 久住一郎 ,   小山司

ページ範囲:P.1145 - P.1152

■はじめに
 精神分裂病の急性期治療は薬物療法の導入によって大きく変化したといわれる。数十年にわたるその臨床的経験の蓄積を通して,精神分裂病の薬物治療についてこれまで多くの報告がなされてきたが,実際の臨床場面で有用な薬物治療ガイドラインについては十分に論じられてきたとは言いがたい。これは疾患単位としての精神分裂病が他の精神疾患にもまして複雑,多様,不均質であることや単に薬物療法だけでは解決しえない側面が多々あること,さらには,ドパミンD2受容体遮断という比較的共通した作用機序を有する薬物が次々に開発されてきた歴史的経緯があり,治療薬選択のバラエティーに乏しかったことなどとも関係していると考えられる。
 しかし,最近になって,国際アルゴリズム・プロジェクト(International Psychopharmacology Algorithm Project;IPAP)による精神疾患薬物治療アルゴリズムの米国版が発表されたのに続いて,米国専門家による標準ガイドライン・シリーズの一環として精神分裂病と感情障害の治療ガイドラインが,さらには,アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association;APA)から精神分裂病治療のための実践的ガイドラインが相次いで発表され,精神分裂病に対する薬物療法に関しても,臨床場面で実際に役立つような合理的な薬物選択アルゴリズム作りの機運が高まってきた。我が国でもこれを受けて,日本の現状を踏まえた独自のアルゴリズム作りが現在進行中である。本稿では,精神分裂病の急性期治療に関して,IPAPによる薬物治療アルゴリズム米国版20),米国専門家による標準的治療ガイドライン5),APAによる実践的治療ガイドライン3)を簡単に紹介し,続いて,我が国で作成されている薬物治療アルゴリズムの原案について,その概略を紹介してみたい。

精神分裂病の慢性期治療

著者: 越野好文

ページ範囲:P.1153 - P.1159

■はじめに
 精神分裂病の慢性期の薬物治療に関しては,急性期の治療が成功した後の維持療法と,初期治療への反応が不十分で慢性化した難治例の治療が主な問題点となる。これに加え長期の薬物療法に伴う遅発性ジスキネジア(TD)をはじめとする遅発性症候群や持続性パーキンソン様症状などの副作用への対策も重要な課題である。
 近年,薬物療法のアルゴリズムに関心が高まり,その1つであるInternational Psychopharmacology Algorithm Project(IPAP)は,世界各国で疾患別の治療アルゴリズムを作成し,合理的な薬物選択,治療指針および副作用情報のよりどころを提供することを目指している。1995年にZarateら29)の精神分裂病に対するIPAPアルゴリズムが発表された。これを受けて,我々は我が国の実状に即した慢性期分裂病の維持療法と難治性病像の薬物療法アルゴリズムを作成した。

双極性障害の治療ガイドライン

著者: 樋口輝彦 ,   本橋伸高

ページ範囲:P.1161 - P.1168

■はじめに
 ここ数年,精神疾患の治療,特に薬物療法に関するガイドラインが検討され,発表されるようになった。躁病に関してだけでも,1994年に出版された“Treatment of Patients with Bipolar Disorder”(APAにより作成されたガイドライン)1),1995年に出版された“Algorithms for the Treatment of Bipolar,Manic-Depressive Illness”(International Psychopharmacology Algorithm Project;IPAPの米国版)2),1996年のJCP(Journal of Clinical Psychiatry)誌上に掲載された“Treatment of Bipolar Disorder”3)の3つがある。これらは,それぞれ作成された経緯や背景は異なっているが,いずれも米国中心で行われたという共通性がある。しかし,その後,例えばIPAPは欧州版を準備しているし,少し古いがWHOでも取り組まれた経緯があり,今や全世界的規模で治療のガイドライン作成の機運が高まっていると言っても言いすぎではなかろう。現在,我が国でもIPAPの日本版の作成が進行中であり,また厚生省の厚生科学研究の一環としてガイドラインの作成が行われている。ここでは,先行して出版された上記3つのガイドラインのうち,主としてIPAPの米国版を中心に紹介し,他のガイドラインとの類似点,相違点を明らかにすることでそれぞれのガイドラインの特徴を明確にしたい。

我が国における大うつ病(非精神病性)に対する薬物療法の現状分析—薬物療法研究会の調査結果から

著者: 久保田正春 ,   篠原学 ,   加賀美真人 ,   塩江邦彦 ,   神庭重信

ページ範囲:P.1169 - P.1173

■はじめに
 近年,精神科におけるevidenceを重視した薬物療法のガイドラインを作ろうとする試みが欧米を中心として盛んであり,すでにアメリカではIPAP(International Psychopharmacology Algorithm Project)という研究グループがアルゴリズムを完成している1)。我が国においても,気分障害と精神分裂病に関しては,精神科薬物療法研究会が日本版アルゴリズムを作成中である。この作業を行う上で我が国の実状を把握するために,第1段階として,現場の精神科医が実際にどのように薬物を選択しているかを調査した2)。その中で,日本の現状はアメリカのアルゴリズムで提唱されている治療の流れとはいくつかの相違があることが明らかとなってきている。ここでは,大うつ病(非精神病性)について,薬物療法研究会が行った調査の概要と結果を示し,IPAPのアルゴリズムの指針との相違を明らかにしてゆく。

Augmentation therapy

著者: 山脇成人 ,   堀口淳 ,   横田則夫

ページ範囲:P.1175 - P.1179

■はじめに
 Augmentation therapy(AT)とは,薬物治療中の患者に対して,その使用薬物の治療効果の増強を目的に,新たな薬物を追加する治療法を意味するが,治療薬同士の併用によるcombination therapyとは厳密な区別ができないので,本稿では両者を含めてATとして述べる。
 我が国では多剤併用が過度に行われているとの批判が多い。一方,抗うつ薬治療抵抗性うつ病や妄想性うつ病,あるいは精神分裂病の興奮や抑うつに対しては,欧米でもATが広く行われている。しかしながら,複数の二重盲検比較試験でその有効性が確立されているものは少ない。治療アルゴリズムには,評価が確立された治療法がまず採用されるべきであり,そのためにはATの有効性が証明されている必要がある。ただしATの多くは難治性の病像に対して行われるため,その証明には単剤治療よりも困難が多いことも事実である。このような現状では,有効性が明確にされているものから,系統的にATを行うことが重要である。
 ATの利点と欠点とを考えると,利点として治療期間の短縮,治療効果の増大,治療的ニヒリズムの克服がある。一方,欠点としては,真の治療効果が何によってもたらされたのかが不明確になることや,薬物の相互作用による有害作用の出現,有害作用の発現時に原因が特定しにくい,経済的な負担の増大などが挙げられる。不必要な多剤併用を避けるためには,ATを考える前にまず既存の治療が十分に行われたか,治療抵抗性の原因がないか—診断の誤り,身体疾患の存在,薬剤性の精神障害ではないか,社会心理学的要因が潜在してはいないか—の検討が不可欠である。
 本稿では以上の観点に立脚して,気分障害と精神分裂病のATについて現在の知見を概説する。

我が国の精神科医療における長期大量多剤投与とその副作用

著者: 風祭元

ページ範囲:P.1181 - P.1187

■はじめに
 1人の患者に同時に複数の種類の薬物を処方投与するのは「多剤投与polypharmacy」と呼ばれる。「併用combination」という用語もほぼ同じ意味で用いられる。多くの有効な薬物が開発され,また,患者の病態も複雑になっている現在,多剤投与はすべての臨床科で広く行われている。
 我が国の精神科領域の処方において,他の国と比べて非常に高い頻度でpolypharmacyが行われていることはすでに多くの精神科医から指摘されている。現在,精神科病院の入院患者中もっとも数の多い精神分裂病患者に対する処方を考えてみても,多くは数種類の抗精神病薬,副作用軽減のための抗パーキンソン薬,緩下剤,夜間の良眠を得るための睡眠薬,さらに他の種類の向精神薬(抗うつ薬,抗不安薬,抗てんかん薬など)が同時に処方されているのが多い現状である。
 精神科治療における合理的な薬物選択のための「薬物選択アルゴリズム」の作成プロジェクトが欧米を中心に国際的に進められているが,「もっとも適切な1種の薬」を選ぶガイドラインと,我が国で広く行われているpolypharmacyとは相容れないところが大きい。筆者はかねてから我が国の精神科領域における多剤併用の非科学性と弊害,特に長期の大量多剤併用処方によって起こる非可逆的副作用に大きい問題があることを主張してきた。
 本稿では,まず,我が国で行われた多剤併用に関する実態調査のいくつかを紹介し,また長期多剤併用患者にみられる副作用についても触れる。なお,多剤併用は,精神神経科領域における様々な疾患の治療に当たって広くみられるが,ここでは主として精神分裂病患者に対する処方について論ずる。感情障害,てんかん,神経症,老年性精神障害などに対する多剤処方も様々な問題があることはいうまでもない。

研究と報告

—卵性双生児の双極性感情障害不一致例—臨床経過を分けた非遺伝的要因に関する考察

著者: 大森哲郎 ,   小山司

ページ範囲:P.1189 - P.1196

 【抄録】一卵性双生児の双極性感情障害不一致例を報告した。双生児の一方は,双極性感情障害を20代に発症し,十数年にわたって躁うつ両病相を反復した。双生児の他方は,前思春期に一過性に原因不明の衰弱状態に陥ったが,その後はまったく問題なく過ごしている。両者は,生育環境を共有し,形成された性格傾向は類似している。また,成人後の環境要因も一方の発病初期を除いては大きな開きはない。我々は,経過を分けた最大の要因として,素因のある個体が環境要因によって発病し再発を繰り返すと,脳内になんらかの可塑的変化が刻印され,それが再発準備要因となって以降の病相発現を促すという可能性を提案する。

児童期発症精神分裂病の頭部MRI所見—前駆期に強迫症状を有する群と有さない群との比較を中心に

著者: 飯田順三 ,   松村一矢 ,   青山富貴子 ,   井上眞 ,   岩坂英巳 ,   平尾文雄 ,   橋野健一 ,   田原宏一 ,   崎山忍 ,   木寺克樹 ,   松本寛史 ,   辻本博一 ,   川端洋子 ,   岸本年史

ページ範囲:P.1197 - P.1201

 【抄録】発症年齢が15歳以下で,DSM-IVにて精神分裂病と診断された患児のうち,頭部MRI検査が施行された22例を前駆期に強迫症状を有する群10例と強迫症状を有さない群12例に大別し,この両群の頭部MRI所見を線分法により比較検討した。この結果,(1)側脳室前角比を示すIndex Iと第3脳室比を示すIndex IIにおいて強迫(+)群は(-)群より有意に拡大していた。(2)PANSS症状評価との相関関係については,Index IとIndex IIにおいて総合精神病理との間に有意な正の相関がみられた。(3)年齢,発症年齢,前駆期間,罹病期間とMRI所見との間に有意な相関はみられなかった。(4)男児が女児よりも脳室拡大の傾向がみられたが有意差は認められなかった。

簡便なリチウム投与量予測式の作成と有用性の評価

著者: 寺尾岳 ,   鈴木尊志 ,   吉村玲児 ,   大森治 ,   白土俊明 ,   山本純史 ,   渡辺治夫 ,   新開隆弘 ,   上野麻理子 ,   高橋法人 ,   行正徹 ,   阿部和彦

ページ範囲:P.1203 - P.1207

 【抄録】簡便で有用なリチウム投与量予測式を作成するために,リチウム服用患者70名を対象に,治療形態,性,年齢,体重,腎機能,抗うつ薬使用の有無,リチウム投与量,リチウム濃度を調査した。そして,リチウム投与量を従属変数,他の要因を独立変数としてステップワイズ法による回帰分析を行ったところ,リチウム投与量=100.5+752.7×[希望するリチウム濃度]-3.6×[年齢]+7.2×[体重]-13.7×[BUN]という回帰式が得られた。この式の決定係数は0.63であり,同様の手法で作成されたZetinらの予測式における決定係数0.45と比較すると,より精度が高いと考えられた。また,Zetinらの予測式は7つの項から成り立っているのに比較して,今回の予測式は5つの項から成り立っており,より簡便と考えられた。さらに,この式の有用性を検討するために,別のリチウム服用患者23名を対象に,式の予測誤差を検討したところ,平均予測誤差は-49mgとわずかで,17名(74%)の患者は予測投与量と実際の投与量の違いが±200mgの範囲内におさまっていた。他方,同じ対象にZetinらの予測式を用いた場合には,平均予測誤差は-330mgと有意に大きく,予測投与量と実際の投与量の違いが±200mgの範囲内におさまっていたのは10名(43%)にすぎず,今回作成した予測式の有用性が示された。

森田療法による対人恐怖の治癒過程—臨床認知心理学的見地からの解析

著者: 梅野一男 ,   玉井光 ,   田代信維

ページ範囲:P.1209 - P.1216

 【抄録】森田療法は神経症の治療に有効であり,特に対人恐怖(社会恐怖の亜型)の治療に有効性が高いが,その治癒過程の理論的裏付けが乏しい。そこで我々の精神機構モデルに加え,Maslowの5段階欲求理論を援用して,その治癒過程の分析を試みた。
 自助組織「生活の発見会」で森田理論を学習し,実生活場面で実践し,神経症を克服している社会恐怖(DSM-IV)と診断された80症例(男性40例,女性40例)を対象とした。
 思春期から青年期に対人関係において,「所属と愛情の欲求」(45例)か「自我尊厳の欲求」(35例)の挫折を契機に発症していたが,8〜13年間悩んだのち,「生活の発見会」に入会していた。入会後,約5年で1段階高次の欲求レベルに到達し,他人に対する恐怖や恥は軽快するか,完治していた。また対人恐怖は認知的評定から意志決定への過程に問題があり,不安回避行動とマイナス欲求が,認知的評定に影響を与えていることが示唆された。

パニック障害と自殺企図を示した人格障害患者の特徴

著者: 児玉和宏 ,   熊切力 ,   岡田真一 ,   山内直人 ,   高橋徹 ,   野田慎吾 ,   小松尚也 ,   村上敦浩 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.1217 - P.1224

 【抄録】当初パニック障害(DSM-III-R)と診断され,後に自殺企図を行った人格障害患者3例の臨床精神医学的特徴について検討した。3例においてパニック発作は難治であり,経過中に抑うつが出現した。家族背景において,実父母の自殺もしくは自殺企図,夫のアルコール依存症,弟の覚醒剤乱用などの問題があった。抑うつと自殺企図の直接の関連は強いとはいえなかった。人格障害における衝動コントロールの悪さは自殺企図と関連していた。パニック障害患者であっても,家族背景が複雑で,パニック発作が難治であり,他の精神症状が出現したり,人格障害と診断されるときには,自殺・自殺企図の危険に常に留意する必要がある。

短報

長期にわたり精神病様症状の持続した若年発症ハンチントン病の1剖検例

著者: 金井晶子 ,   河西千秋 ,   杉山直也 ,   小田原俊成 ,   井関栄三 ,   小阪憲司 ,   武市早苗

ページ範囲:P.1225 - P.1228

■はじめに
 ハンチントン病(Huntington's disease;HD)は,優性遺伝,成人発症,舞踏病様運動,精神症状,人格変化,痴呆を特徴とする緩徐進行性の変性疾患である。1993年に第4染色体短腕(4p16.3)のHD遺伝子(IT 15)にCAG repeatの延長が同定されて以来10),CAG repeat数と臨床症状との相関や線条体をはじめとする神経病理所見との対応の有無が検討されている。我々はHDでこれまでに記載のない体感幻覚・作為体験からなる精神病様症状が長期にわたって持続し,明らかな痴呆を示すことなく経過7年で突然死したが,剖検と遺伝子解析により診断の確定した若年発症の女子HD例を経験したので報告するとともに,HDの病態機序に関して若干の考察を行う。

Carbamazepine投与後にAsterixisを呈した老年期感情障害の1例

著者: 天野浩一朗 ,   宮崎知博 ,   高松淳一 ,   弟子丸元紀 ,   住吉司郎 ,   宮里哲也

ページ範囲:P.1229 - P.1231

 Asterixis(姿勢保持不能症)は,手関節を背屈させ伸展位を保持させた時,手関節に認められる不随意な掌屈運動とされている。asterixisは,肝疾患だけでなく,尿毒症や動脈硬化性の心疾患,抗てんかん薬や造影剤の副作用としても生ずることが報告されている3,5,8)
 今回carbamazepine(以下CBZ)投与後に,asterixisを呈した老年期感情障害の1症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

強迫観念に関係する考想可視を呈した症例

著者: 宍倉久里江 ,   宮岡等 ,   上島国利 ,   宮岡佳子

ページ範囲:P.1233 - P.1235

■はじめに
 考想可視は自己の思考内容が文字になって見えるという特殊な幻視である1)。日本では豊田8)によって症例が記載されているが報告は多くない。本報告では,持続する強迫症状の経過中に,強迫観念の内容を表す文字が外的空間に見え始めた青年期症例の症状の特徴や診断について考察する。なお,プライバシー保護のため,症例には精神医学上の特徴を変えない範囲で修正を加えた。

幻覚・妄想を伴ったインスリン依存型糖尿病の2症例

著者: 中里道子 ,   児玉和宏 ,   佐藤甫夫 ,   佐藤真理 ,   宮本茂樹

ページ範囲:P.1237 - P.1239

 インスリン依存型糖尿病(Insulin-dependent diabetes mellitus;IDDM)は,血糖値測定,インスリン自己注射,食事療法など,長期にわたる身体管理を要する慢性疾患である。ケトアシドーシスや低血糖などの急性合併症,網膜症,腎症などの慢性合併症を予防するためには,厳格な血糖値コントロールが必要とされる。
 IDDMに精神障害を伴う場合,精神症状の管理が身体合併症の予防や長期的な予後にとって,極めて重要である。精神障害を伴ったIDDMに関する報告は少なく,精神分裂病の合併は極めてまれであると言われている。近年,幻覚・妄想を伴ったIDDMの2症例を経験した。この2症例では,小児科,精神科の協力体制が治療上有効であり,精神症状が著明に改善し,血糖値のコントロールも安定し,糖尿病の長期予後も良好に保たれている。

私のカルテから

Carbamazepineにより全外眼筋麻痺を伴ったせん妄を呈した1症例

著者: 中山浩 ,   石元康仁 ,   生田琢己

ページ範囲:P.1240 - P.1241

 carbamazepineは使用頻度の高い抗てんかん薬であるが,重篤な精神神経系の副作用を示すことはそれほど多くない。今回我々はcarbamazepineによる,全外眼筋麻痺を伴ったせん妄と考えられた1症例を経験したので報告する。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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