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雑誌目次

雑誌文献

精神医学39巻12号

1997年12月発行

雑誌目次

巻頭言

脳の世紀と精神医学への期待

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.1250 - P.1251

 大学医学部・病院の機構改革と再編,研究活性化・民間活力の導入,外部評価による客観的な研究評価の試みなど,社会全般での規制緩和,特に「官」のスリム化という大きな流れに沿った改革の動きが急である。科学技術基本計画は「柔軟かつ競争的な研究環境」を掲げ,1997年の科学技術白書は「開かれた研究社会の創造」を主題として,いまや制度改革は行政各分野に共通する大前提になっている。小さな単科大学にすぎない滋賀医科大学でも,講座制をどうするか,任期的定員をどう考えるか,カリキュラム改革,診療科の再編などなど,枚挙にいとまがない課題が次々に取り上げられ,活発な議論が起こっている。こういう時にたまたま大学にいる巡り合わせになったのはいったい喜ぶべきか嘆くべきかよくわからないが,とにかくゆっくり考えている暇もなく走り回っているのが実情である。しかし,若手の講師や助手層を対象とした討論会にはかなりの出席者があるし,そこでの議論も活発である。自分では若いつもりでも,どちらかというと突き上げられる立場になった身からみると頼もしく,次世紀に向けての展望も見えてくる気がして,とりあえずは活性化の滑り出しはまあまあかなとうれしく思っている。

展望

経過からみたTourette症候群の臨床特徴

著者: 太田昌孝 ,   金生由紀子

ページ範囲:P.1252 - P.1264

■はじめに
 Tourette症候群(DSM-IV3)ではTourette's disorder,ICD-1068)ではCombined vocal and multiple motor tic disorderまたはde la Tourette's syndrome。以後はTSと略す)は,多様な運動チックと1つ以上の音声チックが1年以上続くチック症である。1825年にItardが第1例を報告したが,1885年にGilles de la Touretteが9例について詳細な報告を行ったので,彼にちなんでGilles de la Tourette症候群と呼ばれるようになった。その後,進行性であり,痴呆や精神病になり予後が不良であるという誤った考えが半世紀以上にわたって信じられていた。
 1950年代頃から実証的な研究が始まり,1960年代にハロペリドールが有効であることが発見されるとともに,様々な神経生物学的研究が行われるようになり,最近では,遺伝,脳画像,神経薬理などの分野の研究が特に盛んである。同時に,臨床特徴に関する知見も蓄積されてきており,チック症状のみならずしばしば合併する症状についても長期の経過が明らかになってきている。この合併症状については,治療的な観点からも,遺伝学的研究をはじめとして病因・病態を究明しようとする観点からも注目が高まっている。
 本論では,まずTSの概念と診断基準は経過や予後に密接に関連しているので,それらの変遷について検討する。次いで,TSにおけるチック症状と合併しやすい精神医学的状態とについて,どのような経過で推移するかを検討し,最後にTSの転帰と予後の予測について検討する。

研究と報告

慢性症状を呈するアルコール依存症,覚せい剤後遺症と精神分裂病の相違—社会適応度に注目して

著者: 飯塚博史 ,   矢花辰夫 ,   高橋秀雄 ,   奥平謙一 ,   中島克己 ,   岸本英爾

ページ範囲:P.1265 - P.1273

 【抄録】現在では当該薬物を使用していないにもかかわらず,継続して精神症状を呈しているアルコール依存症(9人)および覚せい剤依存(11人)の症例について,社会適応度という側面から,精神分裂病(18人)の症例と比較検討を行った。精神症状,社会適応度の測定にはそれぞれBrief Psychiatric Rating Scale,Social Adjustment Scale-IIを使用した。社会適応度に関しては精神分裂病とアルコール依存症で不良であり,覚せい剤依存ではそれらに比較して有意に良好であった。さらに,対社会的緊張感と現実の行動の間に,それぞれの疾患において特徴的なギャップが認められることを指摘した。

ボルナ病ウイルス感染と精神分裂病

著者: 岩橋和彦 ,   渡辺金朗 ,   中村和彦 ,   藤原淑恵 ,   磯島玄 ,   洲脇寛 ,   中屋隆明 ,   中村百合恵 ,   高橋宏和 ,   生田和良

ページ範囲:P.1275 - P.1279

 【抄録】ボルナ病ウイルス(BDV)感染と精神分裂病の関係を検討する目的で,精神分裂病(DSM-IV)入院患者67例を対象に,Western blot法によるBDV抗体,およびPCR法によるBDVのRNA産物の検索と,これら陽陰性群問での患者特性,投与薬剤の比較検討を行った。その結果,健常者群21人中1人(5%)のみにBDVのRNAを検出したのに対し,精神分裂病患者群67例中30例(45%)で,抗BDV抗体もしくはBDVのRNAを検出し,これら陽陰性群間で,総入院期間のみならず,遺伝歴,輸血や結核の既往,身体合併症,薬物投与量,肥満度において有意差は認められなかった。これらの結果をもとに,精神分裂病罹病に院内感染ではないボルナ病ウイルス感染が関与している可能性を考察した。

挿間性意識障害の反復と門脈大循環短絡血行路を伴った肝性脳症の1症例

著者: 関根篤 ,   舘岡正子 ,   湊浩一郎 ,   菱川泰夫

ページ範囲:P.1281 - P.1285

 【抄録】門脈系の短絡血行路が原因となって高アンモニア血症を合併し,1週間程度の持続を持つ一過性の意識障害のエピソードを反復して呈した肝脳疾患の1症例を経験した。この症例の病態は,Sherlockら(1984)が命名した肝性脳症(portal-systemic encephalopathy)に属するものと判断した。本症例では,意識障害に基づく見当識障害と異常行動が,軽度の痴呆によるものと誤診されて,治療がなされていた期間があった。軽度の意識障害を見逃さないためには,丹念な問診と行動観察を反復することが重要であると思われた。また,脳波検査は,この患者の意識状態をモニターするうえで非常に有用であった。症状の経過から肝脳疾患が疑われる場合には,躊躇せずに血中アンモニア値を測定することが必要である。

精神科外来における成人病とMRI上の脳障害の分析—第1報:患者群の内訳と成人病の頻度

著者: 苗村育郎 ,   菱川泰夫 ,   林雅人

ページ範囲:P.1287 - P.1295

 【抄録】本研究は今日の精神科における成人病と器質的脳障害の関係の全容を明らかにすることを目的とする。本稿はその前半であり,秋田県南部農村地帯の総合病院の精神科外来受診者を,症候学的に15群に分類するとともに,主要な成人病の分布を論じた。計2,657名の患者の内訳では,神経症群(N;17.1%),分裂病群(S:13.3%)とともに,アルコール群(AL;15.5%),痴呆群(DZ;10.9%),中高年の神経衰弱状態(AI;10.7%)の多さが目立った。後者の3群内では高血圧の頻度が高く,それぞれ46%,65%,49%であり,また不眠症群(I;5.2%)でも51%であった。高脂血症の頻度は,中高齢の女性の多い群で高く,DZ群,AI群,抑うつ群(D;4.2%)ではそれぞれ48%,67%,52%であった。AL過飲歴は,男性患者全体の40%,50歳以上では57%,痴呆男性では60%に認められた。また,軽度以上の痴呆と見なされた患者は全体の21%に達していた。以上の結果は,成人病に関連した脳器質症候群が精神科外来の大きな問題であることと共に,今後の痴呆予防のあり方を示唆するものと思われた。

痴呆性老人専門病棟を持つ精神病院の患者の実態—アルツハイマー型痴呆と血管性痴呆の比の検討を中心に

著者: 新里和弘 ,   黒木規臣 ,   新井哲明 ,   藤嶋敏一 ,   加瀬光一 ,   入谷修司 ,   池田研二 ,   風祭元

ページ範囲:P.1297 - P.1302

 【抄録】痴呆性老人専門病棟を併設する精神病院において,患者の実態について診断を中心に考察した。痴呆性老人専門外来を受診した患者537名,痴呆性老人専門病棟に入院した患者272名に対して,頭部CT撮影を施行し,必要に応じてSPECT検査も併用しICD-10に準じ診断を確定した。その結果,アルツハイマー型痴呆が,血管性痴呆に対して,外来患者で3.4倍,入院患者で2.8倍という結果を得た。この値は今までに我が国で報告された疫学調査の結果に比較して極めて高いものであるが,欧米での報告にほぼ一致する値であった。我々の得た結果は痴呆性老人専門病棟を持つ精神病院の特殊性を反映したものとしてだけでは説明困難であり,画像診断を取り入れた,より正確な疫学調査の必要性を指摘するものである。

発症後長期にわたり顕著な行動障害を呈した右尾状核の虚血病変の1例

著者: 仲秋秀太郎 ,   吉田伸一 ,   鈴木美代子 ,   新畑敬子 ,   濱中淑彦 ,   中村光

ページ範囲:P.1303 - P.1309

 【抄録】頭部CTで右尾状核に限局した虚血病変がみられ,発症後4年半にわたり著明な行動障害を示した症例(男性,31歳)を報告した。行動障害は脱抑制(急性期)から無為(慢性期)へと変化した。また,本症例は日常生活の決まりきった行動以外には柔軟に対処できなくなった。頭部SPECTでは右尾状核と右前頭葉底部の血流低下を認め,行動障害と前頭葉の機能低下との関連が示唆された。一方,神経心理学的検査では知能,記憶や“前頭葉機能”の障害は軽度だったので,検査成績と日常生活の行動障害との関係は単純ではないと考えた。さらに本症例の行動障害をSupervisory AttentionalSystem(Shalliceら,1991)の障害の観点から検討した。

Flumazenil投与により意識障害の改善と脳波変化が認められた急性薬物中毒の1例

著者: 神部佳子 ,   粥川裕平

ページ範囲:P.1311 - P.1316

 【抄録】Flumazenil(FZ)はbenzodiazepine(BDZ)薬物中毒の治療に有効とされている。我々は,大量服薬により意識障害を呈した症例に対してFZを投与し意識障害の改善とともに,脳波上,低振幅のβ波からα波主体の背景活動に変化した症例を経験した。この変化は,FZのBDZレセプターへの選択的結合によると推定された。本症例では,三環系抗うつ薬(TCA)は中毒量に達していたが,中毒重症度指標とされている心電図におけるQRS間隔の延長は認められなかった。BDZとTCAの混合服薬患者に対するFZの投与は,けいれんを惹起する「危険」があり,禁忌とされてきた。本症例のように,てんかんやけいれんの既往がない場合,初期における大量投与を避け心電図所見を確認し,慎重に投与すれば「安全」であると判断され,それは最近の報告でも支持されている。

精神分裂病の思考障害と事象関連電位

著者: 岡島由佳 ,   桑門大 ,   磯野浩 ,   岩波明 ,   上島国利

ページ範囲:P.1317 - P.1323

 【抄録】精神分裂病患者の思考障害を,Harrow思考障害スケールを用いて評価し,事象関連電位との関係を検討した。対象はDSM-IVの診断基準を満たす精神症状の安定した抗精神病薬服用中の分裂病患者19例(男性12例,女性7例)であった。事象関連電位の課題は標準的なoddball課題と,Courchesneらのnovel課題を用いた。oddball課題の標的刺激に対してPz優位のP300が出現したが,novel課題のnovel刺激に対してはCz,Pz優位のP300が出現し,P3bに加えてCz優位のP3aが出現していると考えられた。非思考障害群と比較して思考障害群において,oddball課題のP300振幅が有意に減衰していた。以上の結果より,分裂病患者の思考障害とP3b振幅減衰は密接な関係を持つことが示唆された。

短報

インターフェロン治療によって精神症状を繰り返し発現した覚醒剤使用経験者の1症例

著者: 伊東勉 ,   高橋克朗 ,   太田保之

ページ範囲:P.1325 - P.1327

 インターフェロン(IFN)の副作用として不眠,不安,うつ状態,躁状態,幻覚妄想状態など多彩な精神症状が報告されている3,8〜12)。また精神分裂病5)や神経症11)などの精神科既往歴のあるC型慢性活動性肝炎患者にIFNを投与して,症状の再燃や増悪を来した症例も散見されている。今回,我々は覚醒剤使用経験のあるC型慢性活動性肝炎患者において,2回のIFN療法施行中に精神症状を繰り返し発現した1症例について報告する。

資料

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の薬物相互作用について—SSRI時代の夜明け前に

著者: 下田和孝 ,   染矢俊幸

ページ範囲:P.1329 - P.1336

 感情障害をはじめとする精神疾患に対する新たな薬物治療の手段として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI:図)が欧米では主流となりつつある。これは主にSSRIが三環系抗うつ薬ないしはモノアミン酸化酵素阻害薬に比較してコリン系・心血管系への副作用が少ないといった点が主な理由である。我が国でもparoxetine,sertraline,fluvoxamineといったSSRIの臨床治験が進行中であり,近い将来,臨床現場にお目見えするであろう。しかしながら,SSRIの使用経験の長い欧米では,SSRIと他の薬物との相互作用に関する知見が蓄積されており,「SSRI時代の夜明け前」にある我が国の精神科医はそういった情報を頭に入れておくことが必要である。
 薬物を代謝する主要臓器は肝臓であり,cytochrome P450(CYP)系をはじめとして,肝臓にはCYP系に属する各酵素,glucuronyltransferase,sulfotransferaseなどの薬物代謝酵素が存在する。しかし,薬物相互作用に関与するとされる酵素のほとんどがCYP系に属することから,薬物相互作用の発現にCYP系が重要であることがわかる。本稿ではCYP系に関する基礎知識,SSRIのCYP系酵素の活性への影響を概説した後,日常の精神科臨床でSSRIと併用される可能性の高い薬物との相互作用について紹介してみたい。

医学および精神医学における説明と了解

著者: ,   高橋潔 ,   川合一嘉 ,   濱中淑彦 ,   高林功

ページ範囲:P.1337 - P.1346

■意義と背景
 哲学と医学の関係は古代以来,変化しつつ連綿と続いている。現実科学Realwissenschaftの実践である医学,とりわけ精神医学の実践は,この関係にさらに特殊な次元を拓いている。哲学と様々な個別科学との関連は繰り返し確認されてきた。しかしこの関連は,発展ということに目を向けるとき,その真の原因たりうるのだろうか,それとも単にこの発展に付随するにすぎないものなのだろうか。Baconの科学哲学は,自然科学や医学の進むべき道を実際に示しえたのだろうか。むしろ科学の発展の精神世界への反映がこの哲学ではなかったのだろうか。
 医学および精神医学からは,さらに次のように問えるだろう。治療実践は,公刊された学問的見解に,どれほど一致しているのだろうか。医学の実践と理論はそれぞれ多元的で段階的であって,その結びつき方は様々である。例えば,自然科学的な疾患概念が医者と患者の実存的な交流を閉め出すわけではない。

私のカルテから

初老期から精神症状と循環器症状を示しapathetic hyperthyroidismに至った1例

著者: 奥田正英 ,   大塚康史 ,   佐藤順子 ,   水谷浩明 ,   岩田金治郎

ページ範囲:P.1348 - P.1349

 老年期に身体疾患が合併するとしばしば非定型的な精神症状を示すことが知られている。内分泌疾患でも同様であり,甲状腺機能亢進症ではapathetic hyperthyroidismとして知られる状態を示し,定型的な眼球突出,頻脈などの内分泌症状や神経過敏性などの精神症状を示さず,循環器症状が前景化すると言われている1〜3)。今回我々は,50歳ころから長期間にわたり,一方で妄想や興奮などを伴う躁状態の精神症状を示し,他方で洞機能不全症候群でペースメーカー埋め込み手術を受けるなどの循環器症状を示し,入院時にはapathetic hyperthyroidismを呈した症例を経験したので報告する。

動き

「第31回日本てんかん学会」印象記

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.1350 - P.1351

 第31回日本てんかん学会は,1997年9月18,19日の両日にわたり国立京都国際会館で開催された。新築されたばかりの京都駅の威容には多少びっくりしたものの,京都駅から会場までのアクセスがたいへん便利になったのはありがたかった。今年6月に開通された地下鉄を使うと駅から国際会館駅まで一直線で行くことができ,そこからの歩く時間を入れても約30分で会場に入れるのである。
 学会開催の前日に台風20号が中国地方に上陸した。このため,空の便がかなり混乱して参加者の足が心配されたが,幸い学会運営には大きな支障はなかったようである。今回の学会は,この3月に急逝された故河合逸雄会長(国立療養所宇多野病院)の遺志を継ぎ,伊藤正利副会長(滋賀県立小児保健医療センター)はじめ運営委員会,学会事務局,プログラム委員会など多くの関係者のご尽力で準備されてきたので,きっと天国にいる敵河合会長の計らいで支障なく運営できたのであろう。

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精神医学 第39巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

KEY WORDS INDEX

ページ範囲:P. - P.

精神医学 第39巻 著者名索引

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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