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雑誌目次

論文

精神医学39巻4号

1997年04月発行

雑誌目次

巻頭言

歴史をまなぶことの意味または無意味について

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.344 - P.345

 精神科医療史への志をたてた(といえる)のは,1963年夏に松沢病院の栄養士鈴木芳次さんにみせられた呉秀三・樫田五郎『精神病者私宅監置ノ実況』(内務省本)に,“我邦十何万ノ精神病者”云云のことばをみいだしたときであった。翌年にこのことばは精神衛生法改悪反対運動の旗印となった。しかも,この私宅監置調査にくわわった1,2の先輩と金子準二さんとをのぞいては,この論文をしる人はいなかった(このことは日本の精神病学の病根の深さをなによりもしめすものであろう)。歴史の光をあてることで日本の精神科医療の構造がうかびあがってくる,医療改革運動の基礎にも医療史探究がおかれなくてならない。わたしたちの歴史探究は実学的方向をもつものであった。
 日本の精神科医療・精神医学の歴史では,わすれられているもの・無視されているものがおおすぎた。呉・樫田論文はもとより,島村俊一「島根県下狐憑病取調報告」(1892〜93),関東大震災時の精神科医の活動もそうである。内務省資料には1927年以前の精神科総病床数は記録されていないが,それはほぼ推定できた。

展望

精神分裂病ハイリスク児

著者: 岡崎祐士

ページ範囲:P.346 - P.362

■はじめに
 今日,精神分裂病(以下分裂病)の成人早期の臨床的成立(発症)に至る源流は人生早期に発するという見解が受け入れられつつある。この分裂病の人生早期起源説の背景には過去20年間のいくつかの知見がある。①分裂病成因説の大枠としての脆弱性ストレスモデルの普及,②分裂病の脳構造異常の進行性の証拠が明らかでなく発症前からの存在を示唆する知見の集積,③分裂病罹病危険性を高める胎生期・周産期・小児期の危険因子の報告,④発達早期の脳侵襲の影響が罹病危険期になって発現するという神経発達論的成因仮説の提唱,⑤遺伝子変異が分裂病罹病危険因子の1つである可能性の示唆,などである。しかしなお,分裂病の源流はいかなる性質のものか,1つか複数か,人生早期のどの時期かなど詳細は不詳である。
 分裂病の人生早期起源説の延長線上に,分裂病ハイリスク児にも一定の関心が注がれるようになった。分裂病への罹病危険性が一般人口中よりも高いと想定されるハイリスク児を人生早期から罹病まで縦断的に視野に収めた研究によって,分裂病の臨床的成立に至る過程の解明が期待されるからである。分裂病ハイリスク児研究は,分裂病の病態の構造を解明するだけでなく,一次発症予防の可能性をも探ろうとする展望を持っている。
 本稿では,分裂病ハイリスク児研究の知見を主とし,前分裂病者の病前特徴研究の知見を加えて,分裂病罹病に関連する小児期の特徴を記述することにする。小児期は狭く限定せず,必要に応じて出生前や思春期の知見にも言及したい。

研究と報告

幻聴に対する認知療法的接近法(第1報)—患者・家族向けの幻聴の治療のためのパンフレットの作成

著者: 原田誠一 ,   吉川武彦 ,   岡崎祐士 ,   亀山知道

ページ範囲:P.363 - P.370

 【抄録】筆者らは,幻聴に対する治療をより有効にすることを目的として,患者・家族向けに「幻聴の治療のためのパンフレット」を作成した。現在,日常診療場面でパンフレットを患者や家族に手渡して読んでもらい,治療の1手段として利用している。
 このパンフレットは10項目から成っており,各項目の表題は以下のとおりである。(1)「正体不明の声」が生じるわけ:4つの条件=不安,孤立,過労,不眠。(2)「正体不明の声」の精神科での呼び名(幻聴または幻声)と,そのいろいろな現れ方。(3)幻聴のルーツ=本人の気持や考え。(4)幻聴がもたらす悪影響①:不愉快や誤解。自分の気持が誰かに伝わり,つつぬけになっているという恐怖感。(5)幻聴がもたらす悪影響②:いろいろな偶然の出来事が,皆自分と関係があるかのようにみえてくる。(6)幻聴の治療法の基本。(7)幻聴に対処するための生活上の注意。(8)幻聴への精神安定剤の効果。(9)幻聴の受け止め方=幻聴は実際の他人の声ではない。(10)幻聴への態度=気にかけず,相手にしない。

精神分裂病患者の脳波基礎律動—亜型別および治療反応性の観点から

著者: 岡田吉郎 ,   島崎正次 ,   四宮雅博

ページ範囲:P.371 - P.380

 【抄録】未服薬の精神分裂病患者33例の脳波基礎律動を定量分析し亜型別,治療反応別に分類し健常対照群30例と比較するとともに,各群の治療前後の比較を行い検討した。
 緊張型では,未服薬時,徐波および速波帯域のパワー値が左前頭部で高く,服薬後は徐波帯域の減少と右半球優位の速波帯域の増加を認めた。破瓜型は未服薬時は緊張型と類似していたが,服薬後は徐波帯域の増加,α2帯域の減少を認めた。妄想型は他の2型に比べ有意な所見に乏しかった。治療反応群は未服薬時に徐波帯域のパワー値が高く,治療後には徐波,α帯域の減少,β1帯域の右半球中心の増加を認めた。治療抵抗群では治療後,徐波帯域の増加,β2帯域の減少を認めた。
 上記脳波所見は,PET,SPECTなどで報告されている異常所見との関連を示唆するものと考えられた。

放火を繰り返し系統的健忘を呈した1例

著者: 坂西信彦 ,   下地明友 ,   宮川太平 ,   平田耕一 ,   藤田英介 ,   三村孝一

ページ範囲:P.381 - P.387

 【抄録】姑に対する否定的感情から放火を繰り返し,その後系統的健忘を呈した症例を報告した。Ribotの法則を用い詐病との鑑別を論じた。意識障害期,無知受動期,記憶回復期を各々2回繰り返したが,おおむね山田の臨床経過分類に沿っていた。本邦の系統的健忘7報告例と比較検討したが,本例は慢性持続葛藤期間が17年間と長く,発症年齢が39歳と高く,喪失した記憶の範囲も17年間と最長であった。反社会的行為を伴ったものは本例のみであった。健忘の対象となった中心人物は姑と考えられた。17年間にわたる姑へのうっ積した否定的感情が放火という行動に至らしめたが満たされず,精神的他殺としての系統的健忘という別の形で表出したと考えた。

遅発緊張病と考えられた1症例

著者: 渡邊伸弥 ,   安部川智浩 ,   本間裕士 ,   鈴木衣穂子 ,   岩崎俊司 ,   松原繁廣

ページ範囲:P.389 - P.394

 【抄録】70歳で緊張病症状と幻聴をもって発症した1男性例を経験した。意識障害,痴呆はなく,Schneiderの一級症状を伴っていた。脳波,MRI検査,髄液,内分泌学的検査,その他の身体的検査,および心理学的検査において特に重要と思われる所見はなく,精神的・状況論的にも本例の精神症状と了解関連を有するような要因は認められなかった。これらより,本例は老年期に初発した分裂病性内因性精神病,ことにいわゆる遅発緊張病と考えられた。本例がどのような転帰をとるのか,観察期間が短いため不明であるが,抗精神病薬に対する反応は良好で,現在のところ明らかな欠陥症状は認められていない。症例の呈示と若干の文献的考察を行った。

就学援助により改善のみられた思春期発病精神分裂病の1症例

著者: 武田隆綱 ,   渡辺泰雄 ,   渡会昭夫

ページ範囲:P.395 - P.401

 【抄録】筆者らは,高校進学および就学を徹底的に援助することで改善した中学発病の精神分裂病の1症例を経験した。症例は中学1年生時に発病し,1年半の不登校の後,再登校したが適応は不良であった。社会復帰の見通しが立たないまま群馬大学精神科デイケアに紹介され,筆者らが治療するようになった。高校進学をテーマに悪化を繰り返していることから,患者の当面の課題は高校進学および卒業と考え,勉強の直接指導を含む就学援助を行ったところ高校に進学し,さらに卒業に至った。その後は就労し長期にわたって安定している。本症例の経験から,思春期発病精神分裂病患者の中には,徹底的な就学援助により改善する症例が存在することが示唆された。

『心理的距離テスト』の試み—摂食障害45例,他の非精神病性疾患45例,正常対照群286名の比較

著者: 野本文幸

ページ範囲:P.403 - P.413

 【抄録】摂食障害患者における親への心理的な構えの特徴を明らかにする目的のために筆者が考案した『心理的距離テスト』を,全例女性の,摂食障害患者45例,他の非精神病性疾患患者45例,正常対照群286名に実施した。この3群の結果を比較検討したところ,摂食障害群は他の2群とは,父親との距離でも母親との距離でも有意差が認められた。これらの結果から,摂食障害では親との心理的距離の感じ方に問題があることが明らかになった。

プレアルコホリック教育プログラムとその教育効果

著者: 久冨暢子 ,   水谷由美子 ,   長島八寿子 ,   樋口進

ページ範囲:P.415 - P.422

 【抄録】何らかの飲酒問題を持ちながら,48時間を超える連続飲酒およびアルコール離脱症状を経験していない大きな一群を,我々はプレアルコホリックと定義した。久里浜病院を受診したプレアルコホリックに対して,彼らの飲酒行動を修正する目的で,独自の教育プログラムを作成した。本論文は,このプログラムの紹介とプログラム開始2年後に実施した予後調査の結果をまとめたものである。
 予後調査結果から,簡単な治療介入により彼らの飲酒パターンを効果的に変えられることが明らかになった。少ないエネルギーで飲酒習慣を変えることができた大きな要因は,単に教育効果によるものだけでなく,彼らがプレアルコホリックであるという事実に関係しているものと推察された。

カキ中毒により痴呆様症状を呈した1症例

著者: 下島圭三 ,   長友医継 ,   滝川守国 ,   有川和宏 ,   中原啓一

ページ範囲:P.423 - P.427

 【抄録】患者は64歳女性,貝の生食後に食中毒を起こし,記銘力障害,見当識障害が後遺障害として残った。検査ではMRIのT2強調画像でのみ大脳白質がびまん性に高信号を示したが,それ以外に特異的な所見は認めなかった。神経精神医学的検査では振戦,能動性の低下,言語の渋滞が認められた。そこで大脳白質の脱髄様の障害を疑い高圧酸素療法を施行したところ臨床症状は劇的に改善し,画像上も著明に改善された。食中毒後に記銘力障害を残したという報告は,カナダのムール貝以外はほとんどみられないが,この報告ではドーモイ酸が原因物質とされた。提示した症例では原因物質は特定できなかったが,白質の炎症所見に対し高圧酸素療法は有用と思われた。

短報

Ceftriaxoneが奏効したpenicillin過敏性の進行麻痺の1例

著者: 藤本香織 ,   高丸勇司 ,   森田伸行 ,   安田素次

ページ範囲:P.429 - P.431

■はじめに
 進行麻痺は,Treponema Pallidumの感染によって,脳実質が直接に障害される重篤な疾患である。penicillinによる駆梅療法が確立されて以来その発生は著明に減少したが,近年再び梅毒の発生が増加していることが指摘され,改めて注目されている。今回我々は,知的機能低下,人格変化,種々の神経症状を主徴とする,典型的な進行麻痺の症例を経験した。この症例においてはpenicillin過敏性があり,一般的な治療薬剤であるpenicillin Gが使用できなかった。そこで第三世代セフェム系抗生物質であるceftriaxoneの点滴静注を施行したところ,臨床症状,検査所見の著明な改善を認めた。penicillinに代わる治療法についての若干の考察を加え報告する。

精神運動発作を呈し慢性ウイルス脳炎を疑える1例

著者: 岩崎進一 ,   切池信夫 ,   木岡哲郎 ,   吉中宏隆 ,   井上幸紀 ,   山上榮

ページ範囲:P.433 - P.435

 ウイルス脳炎では様々な病態が報告されているが,その確定診断は脳の生検以外にはない。しかし,検査技術の発達に伴い,以前より脳炎の診断を下すことは容易になりつつある。脳炎は急性脳炎がほとんどであるが,慢性の経過をとる場合もある。また,脳炎とそれによって生じたてんかんの症状が混在する場合,鑑別診断が困難なことがある。今回,間欠的な持続する発熱・頭痛・嘔気と,それに伴い数分間の意識障害を呈し,CT,MRI,脳波,髄液所見などより慢性ウイルス性脳炎を疑った症例を経験した。本例について若干の考察を加えて報告する。

資料

阪神大震災被災救急患者の精神科的問題について—ICU収容例を中心に

著者: 松山雅 ,   切池信夫 ,   永田利彦 ,   井上幸紀 ,   西浦竹彦 ,   高直義 ,   橋本博史 ,   山上榮

ページ範囲:P.437 - P.440

■はじめに
 1995年1月17日に起こった兵庫県南部沖地震(阪神大震災)は阪神間に甚大な被害を及ぼし,死者数約5,500人という近年に例を見ない大災害となった。電気,水道,ガスの供給が停止し,阪神間の病院の機能が麻痺状態となったため,大阪市中心部にある本院にも,重症の被災者が多数運び込まれた。救急外来において,全身状態の良い者はそのまま外科,内科病棟に収容されたが,骨折,筋挫滅症候群など重篤で,全身状態の管理が必要な者は,直接ICUに収容された。そしてICUからせん妄などの精神科的問題を生じた例については往診依頼が続出した。そこで今回,ICUや救急病棟に収容された患者を中心に,受傷状況,身体状態,精神症状,その対応などについて検討を加えたので報告する。

動き

「第1回哲学と精神衛生に関する国際会議」印象記

著者: 和田信

ページ範囲:P.442 - P.444

 去る1996年2月末より,スペインはアンダルシア地方,地中海を望むベナルマデナにおいて「第1回哲学と精神衛生に関する国際会議」が開催された。冬の真っ只中というのに,コスタ・デル・ソルの海岸は全くの別天地,青い海に青い空が映え,岸辺では椰子の木の風にそよぐ姿が爽やかであった。
 ロンドンの英国精神科医師会(The Royal College of Psychiatrists)の呼びかけで発足したこの会議には,ヨーロッパ諸国のみならず,北南米,オーストラリア,ニュージーランド,日本などの各国からも多数の精神科医,心理学者,哲学者ほかの参加があり,国際会議の名にふさわしい多彩な顔触れを揃えての幕開けとなった。

「第14回青年期精神医学交流会」印象記

著者: 郭麗月

ページ範囲:P.445 - P.445

 1996年11月16日,風が少し肌寒く感じられる晩秋の一日,第14回の交流会が国立療養所天竜病院の松本英夫先生のもと,浜松駅前のプレスタワー17階で催された。180度に近い展望で遠州灘と浜松市街が見渡せる素晴らしい会場であった。ただし演題発表の間はスライド使用の都合でカーテンが閉められていたのが残念であったが,眺望を忘れさせるほどの白熱した討議が続いた。
 この会もすでに14回を重ねたのかという感慨は,初期からこの会を支えてこられた三重県立小児診療センターあすなろ学園の清水將之先生が懇親会の挨拶でも触れられたところである。お互いの顔が見える範囲の参加者数,1題の発表時間をゆっくりとる,なるべく若手の(古手は発表するなということではなく,初心を忘れないフレッシュさを保つという意味で)先生方の発表,高邁な理論のための理論ではなく日々の臨床に基づいた平易な言葉でのざっくばらんな議論などがいつのまにか定着したこの会のモットーといえるであろう。今回もこのモットーが生かされ,松本会長のもとにいろいろな立場の方が集まり,手作りで会を催されたことが参加者に伝わってきた。主催者側の先生方に心より感謝したい。

「精神医学」への手紙

Letter—パニック障害に合併した高コレステロール血症の治療

著者: 北村秀明

ページ範囲:P.448 - P.448

 パニック障害患者は冠動脈疾患による死亡率が高い2)とする報告がある。発作的な死の恐怖におびえる患者に対し,我々精神科医は生命を脅かす病気ではないと保証して治療に当たってきただけに,これら研究成果に対して一抹の戸惑いがある。血清コレステロール値を検討したBajwaら1)は,大うつ病患者と比較してパニック障害患者の血清コレステロール値が高いと報告し,その理由として,予期不安などのため亢進したノルアドレナリン系の影響を考えた。しかし,山田ら3)はこの相対的高コレステロール血症はパニック障害の重症度と相関せず治療後も変化しなかったことから,パニック障害に特異的な内因性の要因を想定している。
 最近筆者は高コレステロール血症(最高364mg/dl)を合併した35歳の男性パニック障害患者を治療した。パニック発作はalprazolamとimipramineによりコントロールされたが,高コレステロール血症はパニック発作消失後11か月を経ても持続し,血清コレステロールは高値のままであった。実父が心筋梗塞で死亡したという背景も考慮して,食事療法とコレステロール合成酵素阻害剤による薬物療法を開始したところである。本症例のように冠動脈疾患の家族歴があり,血清コレステロールが絶対的高値を示すような場合には,遺伝的に受け継いだ脂質代謝異常も考えられるので,患者にその旨を説明して,初期の段階から,パニック障害の治療と並行して高コレステロール血症の治療も行うべきと考える。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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