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雑誌目次

論文

精神医学39巻9号

1997年09月発行

雑誌目次

巻頭言

リハビリテーションを視野に入れた精神医療

著者: 渡嘉敷暁

ページ範囲:P.910 - P.911

 林宗義先生は,「患者の症状を癒したり抑えたりするだけでは臨床家の責任を十分に果たしたとは言えない。精神医療における治療の究極的な目標は,患者を元気にして家に帰し,本人が家族や地域社会と協調して生活・機能できるようにするリハビリテーションにある。」と言っている1)
 我が国においても,1987年に成立した精神保健法に社会復帰施設が法定化されて以来,絶対数はまだ不十分ではあるが,リハビリテーション関連の社会資源は急速に増加した。

展望

躁うつ病(双極性障害)における脳画像

著者: 加藤忠史

ページ範囲:P.912 - P.922

■はじめに
 Kraepelin以来,内因性精神病の中に精神分裂病と躁うつ病の両極の存在を認めるのが一般的である。いかなる視点からこれらを二分するかについては諸説あるが,周期性に全体的な機能の変調を来す躁うつ病と,慢性的に特定の機能系が障害されている精神分裂病,という大枠でとらえられよう。また,生物学的基盤としては,前者では分子・細胞レベルの異常,後者では神経回路網・機能系レベルの異常が想定される。
 これまで,CT(computed tomography),PET(positron emission tomography),SPECT(single photon emission computed tomography),MRI(magnetic resonance imaging),MRS(magnetic resonance spectroscopy)など,様々な方法を用いて,多くの躁うつ病(双極性障害)における脳画像研究が行われてきた。しかしながら,双極性障害における脳画像所見の中には,精神分裂病と共通のものも多く,その意義については議論のあるところである。
 本稿の目的は,双極性障害における脳画像所見について,精神分裂病における所見と比較しながらまとめることを通して,脳画像という生物学的視点から,双極性障害の生物学的基盤をとらえ直すことである。

研究と報告

摂食障害の食行動異常の季節性変動

著者: 山辻仁樹 ,   有井一朗 ,   山下達久 ,   戸梶裕子 ,   名越泰秀 ,   鑪直樹 ,   大橋順子 ,   澤田親男 ,   土田英人 ,   丸田芳裕 ,   賀川玄一朗 ,   角掛奈奈子 ,   崔炯仁 ,   成本迅 ,   西尾洋美 ,   中村道彦 ,   福居顕二

ページ範囲:P.923 - P.929

 【抄録】摂食障害の予防的介入および薬物療法や光療法の適応を考える上で,摂食障害の季節性変動を把握することが有用であると考え,221例の摂食障害患者の不食,過食,嘔吐の発症月を調査し,その月別人数と各月の可照時間の相関により季節性変動を検討した。不食の発症は春(4月)から夏に多く,冬に少なかった。過食の発症は冬(1月)に多く夏(6月)に少なかった。嘔吐は2月と4月に多かった。また嘔吐の発症は過食の発症と0.34か月の時間差を保ちながら連動していた。病型別には,AN-RやAN-B/PよりもBN(特にANの既往のあるBN)の季節性変動が高かった。これらのことから日本においても摂食障害の季節性変動の存在が示された。

Anorexia Nervosa患者の体重増加後における体脂肪分布の変化

著者: 池谷俊哉 ,   切池信夫 ,   中筋唯夫 ,   飛谷渉 ,   永田利彦 ,   山上榮

ページ範囲:P.931 - P.935

 【抄録】anorexia nervosa患者において,Dual Photon Absorptiometry法を用いて,体重増加後におけるbody compositionの変化を測定した。anorexia nervosa患者の総骨塩量,除体脂肪量,体脂肪量は低体重時に減少し,正常体重と正常月経の回復により,正常対照群のレベルまで回復した。骨盤,体幹,上下肢の総軟部組織量は低体重時に,対照群に比し有意に減少していた。そして正常体重に回復後,骨盤,体幹の総軟部組織量は正常対照群レベルまで回復したが,上下肢の総軟部組織量は依然正常域まで回復しなかった。総軟部組織量の増加する大部分が体脂肪であることを考えると,極度のやせを経験したanorexia nervosa患者は,体重が正常範囲内になり体脂肪量が正常域まで回復しても,体脂肪分布が中心性肥満型に変化する可能性が示唆された。

慢性精神分裂病患者の遠隔記憶

著者: 数井裕光 ,   小森憲治郎 ,   数井美貴 ,   山田典史 ,   堀野敬 ,   森隆志 ,   篠原英明 ,   橋本衛 ,   森原剛史 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.937 - P.944

 【抄録】慢性精神分裂病患者21例の過去の出来事の再認能力を検討したところ,分裂病発症前の出来事の再認は良好であったが,発症後の出来事では障害されていた。したがって,再認障害は記銘時の障害によると考えられた。さらに発症後の出来事の正答率と,PANSSの陰性尺度,および,そのいくつかの下位項目とは有意な負の相関を認めた。しかし初発年齢,罹病期間,総入院期間,テレビ視聴時間とは有意な相関を認めなかった。加えて入院中の出来事と外来治療中の出来事の成績は同等であったので,今回認められた遠隔記憶の障害は,世間から隔絶されたという環境によるものではなく,陰性症状としてみられる精神分裂病特有の病態のためであると考えられた。

横紋筋融解症を来した非精神分裂病の4症例

著者: 宮本環 ,   築島健 ,   榊原聡 ,   中村文裕 ,   小山司

ページ範囲:P.945 - P.951

 【抄録】横紋筋融解症は種々の原因により骨格筋が崩壊する精神神経科領域で比較的多い筋疾患である。原因としては悪性症候群,多飲による水中毒,抗精神病薬の大量服用,長時間に及ぶ同一姿勢の保持などが知られている。これまでに精神分裂病を基礎疾患とする報告が多いが,我々は精神分裂病以外を基礎疾患とした4症例を経験したのでその臨床経過や診断,治療について考察し報告する。この4症例の基礎疾患は薬物依存症,痴呆,てんかん,パーキンソン病であり,精神神経科領域の様々な疾患が横紋筋融解症の基礎疾患となることを示唆している。

一酸化炭素中毒間歇型の1症例—画像診断による経時的検討

著者: 中里道子 ,   岡田真一 ,   児玉和宏 ,   山内直人 ,   小松尚也 ,   浜屋達郎 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.953 - P.959

 【抄録】一酸化炭素中毒間歇型の48歳女性の頭部MRI,SPECT所見を経過観察した。被毒直後より40回の高圧酸素療法(HBO)を試みたが間歇型を発症し,さらに86回HBOを継続し,症状は著明に改善した。曝露31日目の頭部MRI T1強調像で両側淡蒼球に高信号域を認めた。曝露103日目のMRI T2強調像で,右側淡蒼球に高信号域,脳室周囲白質に高信号域を認めた。曝露294日目には両側淡蒼球に高信号域を認め,曝露761日目には大脳白質病変は消失したが,淡蒼球病変は残存した。SPECT上,間歇型症状出現時に全般性血流低下が認められ,症状回復に伴い正常化した。SPECTはMRIよりも症状改善の指標として有用であった。

親の養育行動に及ぼす子の性別・出生順位および同胞の数と性別の影響

著者: 門脇真帆 ,   染矢俊幸 ,   高橋三郎

ページ範囲:P.961 - P.969

 【抄録】日本語版EMBU(Egna Minnen av Barndoms Uppfostran)調査票を大学生に実施し,親の養育行動に関するデータを収集した。片親との離死別体験を持たない870名について,きょうだい数が親の養育行動認知に及ぼす影響を分析した。その結果,兄や姉の数が多いほど両親の「情緒的暖かみ」の得点は低下し,弟や妹の数が多いほど両親の「ひいき」の得点は低下することが明らかになった。また弟や妹の数が多いほど両親の「拒絶」の得点が高くなり,兄や弟の数が多いほど母親の「過保護」の得点は低下していた。2人きょうだい502名での,性別・同胞の性別・出生順位の影響については,男の第1子に父親の「拒絶」が,弟を持つ女の子に両親の「情緒的暖かみ」が,姉を持つ弟に母親の「ひいき」が強かった。

短報

悪性リンパ腫によるneurologic paraneoplastic syndromeが疑われた1例

著者: 朝倉聡 ,   高橋三郎 ,   小山司

ページ範囲:P.971 - P.974

 悪性腫瘍において,その直接浸潤や転移によらず,腫瘍存在部位以外の組織を障害することがあり,それはparaneoplastic syndromeとして知られている6)。神経系において障害される部位は,大脳,小脳,脳幹,脊髄,神経筋接合部などほとんどすべての領域に及ぶとされる1)。しかも,神経症状が先行し,腫瘍の発見が遅れることが多いとされている。今回,悪性リンパ腫による本症候群として精神神経症状を呈したと考えられる1例を経験したので報告する。

症状の軽度な精神分裂病患者の前頭葉機能および記憶機能

著者: 稲山靖弘 ,   中嶋真里 ,   徳永陽子 ,   水野貴史 ,   豊田裕敬 ,   左光治 ,   木戸上洋一

ページ範囲:P.975 - P.977

 近年Bogertsら1)が精神分裂病において左半球の海馬を含む内側側頭葉の小さいことを報告したことから,分裂病の側頭葉,辺縁系機能障害との関連が,また湯浅ら14)がSPECTで感情鈍麻など陰性症状の強い分裂病患者にhypofrontalityを認めたことから前頭葉機能との関連が注目されている。これまで精神分裂病における一連の神経心理学的検査により,検査成績が健常人を下回ることが,中でも特に記憶障害,前頭葉機能障害が指摘されている。神経心理学的検査の成績の低下は,分裂病過程の重症度に相関するという報告があるが,これまでの研究ではあらかじめ前頭葉機能障害,記憶機能障害の存在が予想される比較的症状の重い症例が対象に選ばれていた。また,精神分裂病には亜型が存在し,臨床遺伝学的研究から遺伝的異種性も指摘されている。このため神経心理学的異常が,症状の軽度な精神分裂病患者においても検討される必要があると考えられた。
 そこで今回我々は,外来通院または開放病棟に入院している分裂病患者において前頭葉機能検査および視覚,聴覚記銘力検査を行ったので若干の考察を加えて報告する。

てんかん精神病2例の血液生化学所見について

著者: 上杉秀二 ,   大沼悌一

ページ範囲:P.979 - P.982

 筆者らは,てんかん精神病2例のPET所見についてすでに報告した10)。今回,すでに報告した2例について,PETと同じ時期に採血を施行し,生化学的検査を行った。この2例は,発作が頻発した後に数日間のlucid intervalがあり,その後に精神症状が出現する発作後精神病(postictal psychosis)である。幻覚妄想を認める時期[Py(+)]と認めない時期[Py(-)]に各々採血を連日繰り返し行った。幻覚妄想の精神症状の有無と,血液生化学の変化について考察した。

ヒステリー機制により亜昏迷状態が遷延したうつ病と考えられる1症例

著者: 森岡洋史 ,   堀切靖 ,   長友医継 ,   赤崎安昭 ,   岡村久隆 ,   滝川守国

ページ範囲:P.983 - P.985

 亜昏迷を呈する病態として,緊張病性5),うつ病性6,7),ヒステリー性昏迷などが考えられる。
 今回筆者らは,うつ状態で入院し,亜昏迷の軽快,増悪を繰り返したのち,約11か月後に完全寛解して退院した60歳の女性を経験したが,患者は,これまでに同様な症状にて5回の精神科入院歴があり,診断は,類分裂病反応(DSM-Ⅲ),心因性精神病,精神分裂病となっていた。

短期間に急激な性格変化を呈した肝硬変の1例

著者: 加藤温 ,   秋山純一 ,   笠原敏彦

ページ範囲:P.987 - P.989

■はじめに
 肝硬変の精神症状としては,意識障害を中心に数多く報告されている。一方,肝硬変の患者にみられる性格変化に関する報告は少ない。本稿では,著明な性格変化を呈しながら,低アンモニア値であったために,精神科へのコンサルテーションの時期が遅れた1例を報告し,若干の考察を加える。

特別寄稿

エコノモ脳炎と精神神経学—病気の自然史と医学の苦闘

著者: 原田憲一

ページ範囲:P.991 - P.1007

■はじめに
 その脳炎は第一次大戦下のウィーンに忽然と立ち現れ,Economo, C. von15)によって直ちにそれとして捕捉された。その後この脳炎は2,3年のうちに地球全体を席捲したが,まもなく再び忽然と姿を消した。あとにパーキンソニズムと器質性人格障害の大勢の犠牲者が数十年にわたって残された。この脳炎がなお人類の間に潜伏していて時々散発しているかどうか,定かでない。特に我が国ではこの脳炎の伝播時,今いう日本脳炎が各地に流行を繰り返しており,その混淆の中で医師たちは診断に苦闘した。
 エコノモ脳炎の歴史をたどっていると,生物の自然史について思いが及ぶ。ヒトの病気の歴史はヒトという生物種自身の自然史であり(病気を持っていることもヒトの自然であるのだから),また病原体がいる場合にはその目に見えない小さい生物の自然史でもある。目に見えない微生物の自然史は,病気を通してしか私たちに見えてこない。病気の場合もちろん治療,予防の人為的努力が加わるから,そうでない場合の自然史を変えるだろうが,エコノモ脳炎の場合そのことによる変形はほとんどなかった。

私のカルテから

少量のlevomepromazineにより無症候性の好中球減少症を呈した1例

著者: 坂本英史 ,   笠井清登 ,   福田正人 ,   斉藤正彦

ページ範囲:P.1008 - P.1009

 筆者らは入院治療中に無症候性に高度の好中球減少症を呈したうつ病の67歳女性例を経験した。原因薬物は10〜15mg/日という少量のlevomepromazineと考えられたが,本剤による好中球減少症の報告は少なく,また本例のような少量投与による発症例はこれまでに知られていないため,文献的考察も併せて報告する。

動き

「第10回日本サイコオンコロジー学会総会,第2回日本緩和医療学会総会合同大会」印象記

著者: 田中耕司

ページ範囲:P.1010 - P.1011

 第10回日本サイコオンコロジー学会総会,第2回日本緩和医療学会総会合同大会が,1997年3月26〜28日まで,千葉県柏市で開催された。
 日本サイコオンコロジー学会は,International Psycho-Oncology Societyの日本支部として,約10年前に設立された。そして,文化,伝統を大切にしながら,がん患者のQuality of Lifeの高い医療の提供ができる全人的医療福祉の開発を,その研究課題としている。この学会は,医師や看護スタッフのみならず,心理臨床職,ソーシャルワーカー,患者組織などの参加も得て,発展してきた。一方,日本緩和医療学会は,昨年設立されたばかりの学会であり,その目指すところは,治癒不可能な患者の,症状の病理的機序の解明と,実証科学に基づいた症状の緩和方法の確立である。

「第1回日本精神障害予防研究会」印象記

著者: 臺弘

ページ範囲:P.1012 - P.1012

 1997年3月12日,第1回の日本精神障害予防研究会が丸の内のJAビルで開かれた。この会は,前年の3月に沖縄で開催された第16回日本社会精神医学会のシンポジウム「社会精神医学の新しい戦略—精神分裂病の予防の可能性」を契機として,有志によって作られた日本精神障害予防研究会の初めての学術集会で,日本社会精神医学会の前夜に催された。30人ばかりのささやかな会であったが,同志的な集まりとして,爽やかで熱のある雰囲気がうれしかった。世話人代表の小椋力氏(琉球大)は,研究会の当面の目標を当事者と社会が予防を求めるような情勢の促進と関係者の基礎的,実践的な研究の開発に置きたいとし,慎重で楽観的な見通しの大切さを語った。
 演題の第1は,逸見嘉之介(西海病院),早稲田隆,西園昌久(福岡大)の諸氏による「分裂病の再発における早期徴候—再発予防の指標として」で,寛解状態の分裂病者で過去2年間に再発のあった人の再発前駆症状の経験を,症状の種類,経過,再発の契機となった出来事,ストレスについて述べ,その結果をもとにして別の患者群に1年間の前向き症状観察を行った成績を報告した。治療方略は,早期症状と再発切迫症状に注目して治療介入を行うことと家族に前兆の認識を高めることにある。

「精神医学」への手紙

Letter—慢性ウイルス脳炎の診断根拠—岩崎論文への意見と丸井論文の訂正/Letter—レターにお答えして—慢性ウイルス脳炎の診断方法について—岩崎論文の訂正

著者: 丸井規博 ,   岩崎進一

ページ範囲:P.1014 - P.1015

 本誌1997年4月号の岩崎らの慢性脳炎の論文2)を興味深く拝読した。岩崎論文の症例は症状,経過などを総合すれば慢性脳炎がもっとも疑わしい。しかし血清学的に慢性ヘルペス脳炎とする診断根拠に疑問がある。すなわち抗体指数を算出した際のELISA値は吸光度,係数などのいわゆる定性的変数ではなかったかという疑問である。一般に抗体指数を算出するには定量的変数である希釈倍数を用いなければならないとされている4)。しかしELISAでは吸光度や係数で抗体値を示す場合が多いので,Capture(抗体捕捉)IgG ELISAによる判定が重要となってくる1)。これは,プレートに抗ヒトIgG抗体を固着させておき,そのプレートに血清なり髄液中のIgGを捕捉させ,その中でのヘルペスウイルスに特異的な抗体の割合を血清と髄液で比較するものである。この値が髄液/血清比で1を超えると,髄液中のヘルペス抗体は血液脳関門の破壊による血中へのリークではなく髄腔内での産生であると判定される1)
 岩崎論文では従来の固相法ELISAで計算したのか,抗体捕捉ELISAを実施したのか明記されていない。また論文中,髄液細胞増加がなかったとする記載と,あったとする記載があり論旨がわからない。単なるミスプリントなのであろうか?

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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