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文献詳細

雑誌文献

精神医学4巻10号

1962年10月発行

文献概要

研究と報告

精神分裂病に対するLevomepromazine大量療法

著者: 桜井図南男1 西園昌久1 能登原典子1 北原尊雄2

所属機関: 1九州大学医学部神経精神医学教室 2小倉日明病院

ページ範囲:P.741 - P.754

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I.はじめに
 1952年にPhenothiazine系化合物であるChlor-promazineが精神科領域の治療に導入されて以来,さまざまの精神治療薬が提供され,それらは薬物学的には,1)Phenothiazine核をもつたものからの誘導体,2)Phenothiazine核そのものの変換をこころみたもの,3)Phenothiazine系化合物とはまつたく無関係に新たな構想でえられたものの3群に分けられる。
 現在用いられている精神分裂病に対する精神治療薬は,主としてPhenothiazine系化合物であるが,側鎖の違いによつて,すなわち誘導体の種類によつて多少の臨床薬理作用を異にするものである。すなわち,精神分裂病の症状は便宜的に1)感情鈍麻,疎通性欠如などの情動障害,2)幻覚,妄想などの異常体験,3)自閉,意欲鈍麻などの行動異常(精神運動障害)の3つに分けられるが,これら精神分裂病の症状に対するPhenothiazine誘導体の作用にも,誘導体の種類によつて,若干の違いと特徴とをもつものである。たとえば,一般に広く用いられているChlorpromazineはこれらの症状のいずれにも同じようにある程度の作用をもつことが認められるが,Perphenazineには意欲鈍麻の解消,すなわちActivationの作用が強く,それはChlorpromazineよりも強力であるといわれる。一方,Levomepromazineは情動障害の改善の作用が特徴的で,Phenothiazine系化合物のうちでもつとも強いようである。なお,幻覚,妄想などの異常体験に対しては近ごろ,Phenothiazine系化合物ではないが,Tetrabenazineの作用が注目されつつある。
 さて,日常臨床でこれらの薬物のどの程度の量を使うのがもつとも適当であるかは問題のあるところで,従来は多くの場合,社会保険の治療指針が指示している投与量,あるいはそれをいちじるしく超えない程度のものが使用されてきたが,その後の臨床経験によれば,ある程度の大量投与が,その効果を高める場合があること,あるいは時には大量投与が必要である場合もあることなどが報告されてきた。たとえば,私たちの教室における経験によると,Perphenazineは錐体外路性の刺激症状や,パーキンソン様症状を副作用としてあらわしやすいことから,それらの副作用があまり強くはあらわれない1日投与量30mg程度の量を従来使用してきていたのを,アーテンを使用して副作用をおさえながら,比較的大量60〜70mg程度まで増量することによつて,精神分裂病に対する効果をいちだんと高めることができた事実がある。このような経験から,Perphenazineとは臨床薬理作用が対照的なLevomepromazineを大量投与した場合にどんな効果をもたらすかは,はなはだ興味をおこさせる事柄である。
 精神分裂病に対するLevomepromazine(以後L. P. と略記)の作用についての研究にはわが国では野村8)三浦7),藤間3),金子4),江副2),岡本9),松本6),高塩12)氏らの報告があり,外国ではLambert5),Payne10),Achaintre1),Sigwald11)らの報告がある。野村らは1日最高75〜150mgのL. P. を17例の分裂病患者に投与し,興奮,不眠,拒絶にもつとも効果があり,幻覚,妄想にも有効で接触性の改善が大多数に認められ,自発性の増加もみられたという。三浦らは1日投与量150mg程度でC. P. と似た作用があることを報告し,藤間らは陳旧性分裂病に100〜200mg/日のL. P. を投与し60%の有効率をあげたという。金子らの報告によると9例の精神分裂病患者に1日最高300〜500mgのL. P. を投与して有効1例,やや有効5例,使用中有効1例,無効2例であり,C. P. の2/3量で同じくらいの効果があるという。江副らは緊張病性興奮状態を鎮静する効果があり,急性症状に対して100〜150mg 1〜2週間で十分であり,陳旧例には50〜75mgの維持量の連用が適当であるとのべている。岡本らは200〜300mgのL. P. を数例の分裂病患者に使用しC. P. 同様の作用があつたという。松本らは12例の分裂病患者にL. P. 1日最高150〜225mgを用い,著効5例,有効5例,無効2例でC. P. に勝るとも劣らない成績をあげ,使用量はC. P. の2/3が適当といい,症状についてはとくにL. P. の特徴と思われるものは報告していない。高塩らは19例の陳旧性分裂病に最高150mgを使用し,著効2例,有効4例,やや有効4例,無効9例であり,不安感,心気念慮が速やかに消失すると報告している。LambertらはL. P. が薬理作用,副作用ともC. P. に酷似し,とくに不安症状に効果があり,28例の精神分裂病に1日量100〜400mg,なかには800mgのL. P. を投与し,C. P. と同様の効果をあげたと報告している。Payneらは陳旧性分裂病86例を含む慢性精神病100例に対し,1日最高600mgのL. P. を投与し,社会的寛解1例,著効18例,有効38例,無効41例,悪化1例の結果をえたことを報告している。AchaintreはL. PがC. P. の無効例にも効果があること,投与量は一般にはC. P. の2/3でたり,1日300〜400mgで効果があるが,時に800mgでよい効果をあげたことを報告している。SigwaldはL. P. をC. P. と比較して,9例中前者が後者より明らかにすぐれていたもの3例,同程度のもの4例,劣つていたもの2例とし,使用量はだいたいC. P. の1/3量少なく用いることができるとのべている。
 以上のように内外の文献をみてみると精神分裂病に対してC. P. と同様の鎮静作用をもつことが確認され,使用量はC. P. より少なくてすむことがのべられている。しかし使用量がどの程度がもつとも適当であるかはさきにのべたPerphenazineの例もあつて,再検討を要するところであり,また,これらの報告ではいずれもL. P. の独自の作用というものにはふれられていない。これらの事実を考慮して私たちはここにL. P. の大量投与を精神分裂病にこころみてみた。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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