精神科領域における“Trinuride”の使用経験
著者:
原俊夫
,
原常勝
,
斎藤昌治
ページ範囲:P.873 - P.879
I.はじめに
最近の精神科領域における薬物療法の進歩はめざましいものがあるが,抗てんかん剤も数多くの新しい製品が実用に供されるようになつてきた。てんかんの中でも,大発作や小発作には,従来使用されているBarbitur酸誘導体,Hydantoin誘導体,Oxazolidin誘導体などが,かなり高い有効率を示しているが,一方いわゆる精神運動発作や,周期性不気嫌症を初めとするてんかん性精神障害などには多くの期待がもてなかつた。
精神病院に収容せざるをえないようなはなはだしい精神障害,あるいは性格変化などを示すてんかん患者に対しては,単なる抗けいれん作用のみでなく,向精神薬的な性格をもつた薬剤の出現はつねに期待されていたのである。
精神運動発作に特効的な作用をもつとされて脚光をあびたPhenurone(Phenylacetylurea)は,たしかにその有用性を認められはしたが,その使用にあたつてつねに危険な副作用,ことに肝機能障害を考慮しなければならぬ点で,長期間の投与は容易ではない欠点をもつている。ところで,このPhenylacetylureaのさらにEthyl誘導体であるPhenylethylacetylurea(Pheneturide)が,その作用は前者に似て,しかもそれより副作用が少ないという理由で欧州各国ではさかんに使用され始めた。
Pheneturideは,すでに1948年に合成され,その抗けいれん作用は実験的に調べられていたが16),その明らかな作用はGeneve大学の実験治療研究所(Prof. Ed. Frommel)において証明された1)2)5)。
彼らは動物実験で化学物質(ストリキニン,コラミン,メトラゾール)や,電撃によつて誘発されたけいれんに対するPheneturideの発作は,PhenobarbitalやDiphenlyhydantoinに比べて,はるかにすぐれていること,またPheneturideにはPhenobarbitalにみられるような,cumulative metabolismはみられず,抗アセチールコリン作用,抗ヒスタミン作用など自律神経系に対する特性を有することを明らかにした。また,その毒性は多量に投与したとき以外はあらわれず,致死量に近い量を投与した場合にのみ,傾眠ないし昏睡を惹起することを認めた。
通常の用量では,Phenuroneと同様に,むしろある種の興奮をひきおこす傾向をもつているが,このことはのちにGold-Aubert6)によつてPheneturideが,右旋性と左旋性の光学異性体に分離され(Pheneturideは光学二重性のラセミ体である),d-体が興奮作用を,1-体が鎮静作用を有することが証明されるにおよんで理論的解明が与えられたのである。d-体と1-体の等量混合物は,多少d-体の賦活作用が慢性であるという3)。この実験的な成績を臨床的に応用したSchweingruber & Ketz12)の報告によると,d-体は全身性発作,ことに混合型のてんかんに対しては臨床的にも脳波の上にも増悪の傾向がありむしろ禁忌であるが,精神運動発作に対しては1-体あるいは混合体と同様に卓効があつたという。
Frommelらは,Phenturide単独のほかに,PheneturideとPhenuroneを5:1の割合で混合したもの(Sapos社M551)も実験的に使用したが,Sorel & De Smedt13)は,PheneturideにDiphenylhydantoinとPhenobarbitalを混合して使用するのが,臨床的にはもつともよい効果がみられるとのべ,以後この合剤も広く用いられるようになつた。すなわち,Hydantoinは作用機序を異にするため,その併用は抗けいれん作用を増大させ,Phenobarbitalの添加は精神刺激作用を緩和して,しかも抗けいれん作用も増悪するという考えからである。
われわれが今回使用した「トリヌライド」は,やはりPheneturideにDiphenylhydantoinとPhenobarbitalが加わつたもので,小玉商事のご好意によつて提供されたものである。
「トリヌライド」1錠中にはPheneturide 200mg,Diphenylhydantoin 40mg,Phenobarbital 15mgが含有されている。
ちなみに,Phneturide(Phenylethylacetylurea)の化学構造式は下記のごとくである。