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雑誌目次

雑誌文献

精神医学4巻12号

1962年12月発行

雑誌目次

展望

精神疾患の疫学—Psychiatric Epidemiology

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.891 - P.901

I.はじめに
 精神疾患の疫学または精神医学的疫学は,古くはKraepelinのジャバ,中米などにおける研究に始まつているが,他の身体疾患の疫学に比べてより困難な問題を含んでいる。たとえば身体疾患よりも不安定な疾患概念,診断規準,事例発見の困難性,因果関係の決定の困難性などがある。したがつて精神医学的疫学の確立のためには,それ以前の疾患単位や発生要因などを追求しなければならず,ことに文化・社会精神医学,予防精神医学preventive psychiatry,コミュニティ中心の精神医学community-cenfered psychiatry(community psychiatry)などとの問題とも重複してくる。
 したがつて現在,世界各国で要望されているのは,異なつた疾患分類や概念,事例発見の異なつた条件において,各国の有病率や発生頻度を比較することではなく,精神医学的疫学の方法論を検討し,統一された概念と方法によつてえられた資料を比較することにある。したがつて精神医学的疫学の科学化のためには,生物学的,遺伝学的,社会学的,心理学的方法などのすべてを動員することによつて精神疾患の発生要因を多元的に考察することが必要となる。
 具体的な方法論としては,つぎのごとき資料や調査法があげられる。(D. R. Reid**
 生物統計の利用,精神疾患の程度測定,精神障害の有病率調査,個人的素質の測定,精神障害分布に関連する素質的および環境的要因の研究,地域調査の技術的側面,疾病管理における疫学的実験。
 もともと疫学は急性伝染病の発生予防という目的から生じた領域であるが,それがしだいに他の慢性疾患にも適用されるようになつた。結核や梅毒に本質的にendemicであるが,伝染性をもち,死因や疾病の原因としてなお高い比率を示している。また,外傷は伝染性を有しないが急性のものであつて,より散発性で地方的な分布をきたしている。急性伝染病は別として,精神疾患は結核,梅毒のように伝染性はないが慢性であり,外傷とは非伝染性の点で共通するが急性ではない。しかし公衆衛生の領域では慢性の非伝染性疾患,たとえば癌や高血圧などをも疫学の対象としている点で,精神疾患も当然その対象となると考えられる。
 ひるがえつて精神医学の側での疫学的研究についてみると,E. Kraepelinの門下のうちから,主として遺伝学的立場からの研究が行なわれ,Rodin,Weinberg,Luxenburger,Brugger,Schultzなどが,1920年代から1930年代にわたつて,精神疾患の発生頻度や有病率に関する研究を行なつた。そのもつとも古いものはJost(1896)およびKoller(1895)であり,それは入院患者の家族と健康者の家族内の精神疾患の頻度の比較研究であつた。精神医学的疫学の発展についてはのちにのべるが,日本ではとくにドイツ精神医学の影響で遺伝負荷の研究として,昭和13〜4年ごろから発表されている。この詳細についてものちにのべる。
 重松によれば疫学的研究における要因は,宿主要因(host factors),病因(agent factors)および環境要因(environmental factors)よりなる多元要因が必要であり,医学的生態学medical ecologyといわれる面をもつているという。
 精神疾患においてもhost factorsとしての主体的特性(年,年齢,種族など),精神的および身体的症状,先天的抵抗力(遺伝,素因など)後天的抵抗力(既往疾患など)については,古くからとりあげられているが,agent factorsとしては梅毒,アルコールその他,頭部外傷,放射線などがとりあげられるにとどまり,environmental factorsとしては,主として社会的要因ことに地域分布,人口密度や移動,文化的条件,生活程度,社会的変化(戦争,不景気など)が社会学や文化人類学の立場からとりあげられている。
 つぎに精神疾患の疫学の方法論についてのべてみよう。

研究と報告

真性てんかんの性格特徴(その5)—外来通院患者の社会適応状況について

著者: 後藤彰夫 ,   遠藤美智子

ページ範囲:P.903 - P.909

 (1)同愛記念病院外来通院中のてんかん患者57例についてその社会的適応状況を調査することにより,てんかんの性格特徴を社会生活面から検討してみた。
 (2)社会適応状況については,患者と家庭との関係,患者と社会との関連(学歴,勤務状況,信仰心など)に分けて調査した。
 (3)社会適応を困難ならしめる要因は,てんかん発作よりもむしろ痴呆や性格変化にある。その性格因として,前にのべた融通性の欠如,くどさ,執拗,緩慢,粘着性,易怒爆発性のほかに,「自分本位—独断的—一方的」なる特微が重視された。
 (4)この「自分本位—独断的—一方的」なる特徴は,てんかん患者の精神の流れが融通性を失い転導性に乏しくなり緩慢でくどく粘着性をおびてくる一連の過程にともなつておこつてくるてんかん性の性格変化である。これは患者の社会生活をいちじるしく障害するとともに,一方では病気に対する公正な判断を誤らせるためにepileptischer Optimismusといつた状態や極端な劣等感や他力本願的な宗教への依存などを生みやすい。
 (5)てんかん患者の長期の規則的な服薬治療と日常生活の規制にあたつては,この性格特徴に十分な配慮が必要である。

脳腫瘍を疑わせたヒステリーの1例

著者: 三浦岱栄 ,   小此木啓吾 ,   鈴木恵晴

ページ範囲:P.911 - P.914

Ⅰ.まえがき
 われわれは,非常に多彩な身体症状を呈し,入院当初においては脳腫瘍を強く疑わせ,その後の諸検査および入院中の観察や精神療法過程を通して,これらの身体症状の出没・推移が,心理的体験によつて著明に規定されている事実が明らかになつた女子ヒステリー患者の1例を報告する。

特異な精神発作のみられた侏儒症の1例

著者: 兼谷俊 ,   渡部光

ページ範囲:P.917 - P.921

Ⅰ.緒言
 侏儒症については,従来より多くの報告があるが,最近私どもは,特異な精神発作を有し,かつ,遺伝が濃厚に認められた興味ある侏儒症の1例を経験したので,ここに報告する。

各種抗精神病薬の尿呈色反応

著者: 矢野正敏

ページ範囲:P.923 - P.928

I.はじめに
 かつて大阪大学佐野勇助教授1)は分裂病者の尿に常温ミロン反応とウロビリノーゲン反応がしばしば陽性なることをのべていた。私はこれを追試するうち,一部の分裂病患者のことに初期において本反応が陽性に出ることがあるが,慢性化すると漸次消失する場合が多い。しかるにクロールプロマジン大量投与を続けていると,ミロン反応は煉瓦紅色よりむしろ紫色をおびてきて特異な色調を呈することを知つた。そのうち過塩化鉄と塩酸をパカタール,クロールプロマジン稀釈水溶液に加えると紅色,服用者の尿に加えると鮮明な紫紅色を呈することを知り,一応の報告を志しているうち1957年にいたつて,Forrestらはフェノチアジン核を有する薬物の摂取により尿に一連の呈色反応を生ずることを発表した。すなわちクロールプロマジン尿(5容)+5%FeCl3(1容)+10%H2SO4(4容)2)で紫色を,プロマジン(Sparin)尿3)で紅色,メバジン(Pacatal)尿で赤橋色に傾き,レセルピン,ナイアシン,バルビタール,メプロバメートは反応せず。ただしアスコルビン酸のごときものを大量投与すると緑変し,アスピリンで紫色になるとのべている。Lin4)は過塩化鉄浸漬硫酸松脂紙をフェノチアジン系薬物服用者尿に点滴して紫変することを発表し,Forrest5)6)はまたベスプリン尿に三塩化酢酸と硝酸ウラニル加濃塩酸を混じて紫色を呈することを500人の患者で検して,98%まで一致するとのべ,コンパジン,トリラフォン,ダルタールの服用者尿に三塩化酢酸とHg(NO32を加えて紫色を呈することをみている。Vesell7)は,コンパジン尿にFeCl3とHClを加えて紫色を,Forest8)はチオリダジン尿にFeCl3と硫酸を加えて紫色を呈することをのべている。彼9)はさらに,イミプラミン服薬者尿に0.2%重クロム酸カリ,30%硫酸,20%過塩素酸,50%硝酸を等量混和して注加すると緑青色に着色するとのべている。Heyman10)は硝酸第二水銀と硝酸ウラニルと過硫酸アンモンに浸した紙にフェノチアジン尿を滴下し,過酸化水素と濃塩酸を加えて紫変することを知つた。Levine12)らはForrest反応を評し,尿中排泄胆汁分解物やインジカンなどが紫色調を呈するため,肝障害や便秘のある患者の尿はフェノチアジン尿と区別できないと発表し,この研究に一応の終止符をうつた感があつた。フェノチアジン大量服用者が時に肝障害を生ずることは確かであるが,インジカンや胆汁分解物の尿排泄時のこれら試薬による呈色はフェノチアジン大量服用尿に比してきわめて弱く,臨床症状を参考にすれば明瞭に区別できる。またイミプラミン尿の緑色反応は特異な色調であり,まぎらわしい反応はきわめて少ない。よつて,抗精神病薬服薬者にしばしばみられる服薬拒否や秘かに棄薬が医師看護員の気づかぬ問に行なわれていることを臨床症状と対照して発見するには有意義な検査法である。C. L. Hueny13)はプロマジンが尿に排泄される場合,原薬物と多少,構造式の変化をきたして排泄され,その変化に個人差があるとのべているが,これらの薬物服用者尿の尿中排泄薬物の定性と半定量,服薬最と排泄薬量の関係を知ることもできる。よつて,私はForrest反応を追試し,これに批判を加え,さらに最近発表された新薬に新しい特異呈色反応を発見したので,ここに報告する次第である。

Ospolotの臨床使用経験

著者: 佐野勇 ,   谷向弘 ,   武貞昌志 ,   西村健 ,   西沼啓次 ,   小池淳

ページ範囲:P.931 - P.934

I.はじめに
 てんかん発作に対してこんにちまでに用いられてきた薬剤には,Barbitur誘導体,Hydantoin誘導体,Oxazolidin誘導体,Pyrimidin誘導体,直鎖系誘導体などきわめて多くの種類があり,それぞれ作用に特長があつて臨床発作型に応じて適宜選択し,あるいは配合して使用されているが,精神運動発作に確実な効果を期待しうる薬剤はなかつたといつても過計ではない。最近Bayer社より市販されたOspolot(N-(4'-Sulfamylphenyl)-butansultam(1-4))はとくにこの精神運動発作型(側頭葉てんかん)に良効が報告されている。われわれは吉富製薬Bayer薬品部より本剤の提供を受け,各種のてんかん患者に試用する機会をえたのでその臨床使用経験について報告する。

重症てんかんに対する新抗てんかん剤Ospolotの使用経験

著者: 佐藤時治郎 ,   樹神学 ,   吉田邦夫 ,   松尾忠茂 ,   一条貞夫

ページ範囲:P.937 - P.946

I.はじめに
 1912年にPhenobarbitalが抗てんかん剤として使用され始めてから,現在までの約半世紀の間に,抗てんかん剤はその種類を増し,われわれ臨床医の治療的要請にこたえてきた。1960年の和田の報告1)によれば,50%以上の発作抑制は,実に83%にのぼつている。しかし一方,和田ものべているように,精神運動発作あるいは混合型は,けいれん型に比してその治療成績が悪く,かつ前者は後者に比して,性格変化あるいは精神障害をより多くともないやすい1)-4)。このようなてんかんは,従来の抗てんかん剤を使用しても,なお十分に発作が抑制されない,いわゆる難治てんかんの中で,もつとも問題となるてんかんということができよう。われわれが,実際患者の診療にさいして,もつとも困惑するのは,このように幾年かにわたつて種々の抗てんかん剤を,いろいろに配合して治療につとめても,なお発作が抑制されない難治てんかんに対して,どのような治療をするかということである。Helferichら5)が初めて合成したN-Aryl-Sultam結合の中から,FriebelおよびSommer6)は抗けいれん作用を示す誘導体が多く存在することを見出し,それらの薬理学的特性を種々明らかにしたが,OspolotもかかるSultam誘導体であり,下記のごとき構造式を有する。本剤のラッテのLD50は500mg/Kg。電気けいれん試験,Cardiasol試験において,相当の抗けいれん効果を示し,なかんづくマウス経口投与において毒性が低く,高い薬用指数を示す7)8)。臨床的には側頭葉てんかん,あるいは精神運動発作型に卓効を有し,しかも副作用が少ないことが強調されており,すでにドイツにおいては1957年ごろより使用され始め,1960年には好結果が報告されている6)9)10)
 今回われわれは吉富製薬バイエル薬品部の好意により,Ospolotを試用する機会をえ,主として難治の精神運動発作型を対象として投与し,好結果をえたのでここに報告する。

いわゆるてんかん精神病の薬剤治療—新抗てんかん剤Ospolotのこころみ

著者: 桜田高 ,   高世光弘 ,   本間俊行 ,   荒井紀久雄 ,   秋浜雄司

ページ範囲:P.949 - P.953

Ⅰ.まえがき
 近年,とくにここ1〜2年の間に新しい構造式をもつ数種の抗てんかん剤の出現をみ,てんかんの薬物治療はさらに一段と発展しかつ進歩を遂げようとしているかにみえる。しかしながら,概して少数ではあるが,てんかん者にその治療過程においてときおり遭遇する精神面の障害,とくにいわゆるてんかん精神病といつた状態に対する治療にはやはり多くの問題が残されている5)
 もちろん最近,上述のごとき症例にLevomepromazineやChlordiazepoxideがこころみられてある程度の効果がえられていることが報告されており,またわれわれも実際に経験しているところである。かかる状況下においてわれわれはこのたび,新抗てんかん剤Ospolot(Bayer)を使用する機会をえたのであるが,種々の被検者のうち,いちじるしいいわゆるてんかん性精神障害のために治療に困難をきわめてきた3例の効果には注目すべきものがあつた。これはある意味ではてんかん精神病の薬剤治療の可能性を示唆するものと思われるので,つぎにその症例を中心にして治療経過を報告する。

資料

肢体不自由者の精神医学的研究—877名の実態調査・面接成績を中心として

著者: 和田豊治

ページ範囲:P.955 - P.965

Ⅰ.いとぐち
 近年,日々促進されつつある社会福祉対策の実施にあたつて,社会-個人の相関の把握,そしてその問に派生する種々の問題の調整のために,精神医学が導入されてきている。しかしもともと更生を対象とする社会福祉の領域は広く,個人はもとより社会環境の面でも種々の問題をはらんでいるはずの身体障害者に関する社会精神医学的研究は意外に少ない。もちろん,身体障害者の中でも,盲・聾・小児マヒなどの個々の面については,ある程度の追究がなされている。しかしその一方,無選択の被検者集団を対象とした実態調査は予想に反して僅少なことも目につく。かかる見地から,つとにわれわれは身体障害者の生活実態や精神面に関心と興味をいだいていたのであるが,たまたまそれを調査・追究する機会をえた。
 すなわちわれわれは昭和32年・33年の2年による巡回診査・更生相談に参加し,県内の身体間にわたり,青森県当局主催の身体障害者福祉法障害者のうちの肢体不自由者に接することができた。当時,県内の身体障害者数は推定約13,000,そのうち肢体不自由者が約5,600とみられていたが,該巡回相談において精神医学的見地から実際に調査・面接しえたのは877名であつた。これらの被検者は整形外科医による診査・相談のために集まつたものであるが,その間にわれわれは精神衛生面の相談を担当すると同時に,以下にのべるような本研究を実施した。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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