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雑誌目次

論文

精神医学4巻5号

1962年05月発行

雑誌目次

展望

幻覚研究の歴史的展望—B.身体病理学的方面

著者: 金田良夫 ,   宮坂松衛 ,   柏瀬芳世 ,   伊達実 ,   丸山弘毅 ,   森靖博 ,   小川潤子 ,   梅垣和彦 ,   石黒健夫 ,   高橋良 ,   仮屋哲彦 ,   小林健一 ,   融道男 ,   小林暉佳 ,   長尾佳子

ページ範囲:P.279 - P.301

Ⅰ.幻覚の臨床脳病理学的研究
 精神病理学的にみた幻覚論の複雑さから知られるように,幻覚という「精神—感覚性」(psycho-sensory)の特異な異常現象が,多かれ少なかれ脳の全体的機能の変容のあらわれであることはもちろんである。しかしながら脳の局在的病変によつて,脳部位に多少とも特異な形の幻覚が発生できることも古くから知られている。最近でも脳腫瘍やてんかんのさいの種々な幻覚の局在論的意義が認められ,のちにのべるようにいくつかの局在論的特徴が現今的研究段階で引出されており,Wagner25)は幻視について,いままでの全体論的及び局在論的見解を綜説したうえで,全体論的にだけ考えるには局在論的見解を支持する症例があまりにも多すぎるとのべている。幻覚のように脳局在論的な追求の比較的しやすい精神現象について,脳の生理学的研究の発展と照しながらこの面からの追求を続けるのは,幻覚だけでなくまだほとんど知られていない一般精神現象の脳内発生機構の解明に重要な糸口を示すものと思われる。
 脳内局在病変における幻覚についても,発生と内容に関して患者の一般的な精神的基礎がなんらかの役割を演じるのはもちろんである。Gloning7)らは幻覚の脳病理学的展望の初めに,幻覚の形式と内容を規定する条件として,1)病変の局在,2)脳の全体的状態(意識状態など),3)背景的印象(夢の内容を規定するような),4)精神力動的要素(性格,体験などを)あげたうえで,個々の形の幻覚を論じている。われわれは一般的な精神的条件の役割は精神病理学的展望にゆずり,ここではおもに感覚性の方面から幻覚の形と病変の局在の関係を展望したい。しかしのちにのべるように,たとえば側頭葉性幻覚における多種類の錯覚幻覚の併在,dreamy stateの合併など,個々の幻覚にともなういくつかの精神面からの特色は局在論的に幻覚をみるさいにも不可欠で,ふれないわけにはいかない。またここで問題にする幻覚をEyのいうように実在と信じられる狭義の幻覚と,実在と信じられない「幻覚症」(hallucinose)とにはつきりと区別して論じるわけにはいかないが,「幻覚症」を「精神病的状態に深くくみ入れられることなく,また人格を障害せず,実在の確信をもたれず,孤立した部分的な形で,ごく短い継続をもつてあらわれる精神—感覚性異常」とするEyら2)の見解にしたがえば,これからとりあつかう脳の局在的病変による幻覚は大部分が彼の「幻覚症」に近いものであることを,総括的にあらかじめことわつておこう。

研究と報告

妄想の表現としての造形活動—1分裂病者の造型作品について

著者: 阿部完市

ページ範囲:P.303 - P.308

 約50年にわたつて,妄想をもちながら社会生活を維持しえた妄想患者について,その造型活動を中心として考察をこころみた。
 その造型活動の代表的なものは,一種の宇宙理論である「宙針理論」という,分裂性心理をかなり具象的に表現している発明妄想と,常同的手法の連続をみせる仏像彫刻,その他,この「宙針理論」と仏教信仰とが混然一体となつて作製された造型物(「星と雲を頂く城」),それより以後,発生してきた被害妄想に的来する「宙針地蔵」の製作である。
 そして,これらの製作過程ないし作品には,妄想着想,事物の平板化,単純化,有形化,呪術的思考の形成,また,世界像,万有への本態をえがきだそうとする強い衝動,常同症,感情ないし創造力の鈍化,自閉思考,被害妄想などの分裂性心理に特有な多くの因子が認められた。

脳波の周波数分析からみた飲酒反応の研究

著者: 向笠寛

ページ範囲:P.309 - P.313

I.はじめに
 アルコールの中枢作用についての研究は,数もあまり多くなく,明確さを欠くところが少なくない。これを脳波の周波数分析の立場からながめて,健康人飲酒者と異常酩酊者との間にどのような差異があるかということを主眼にして,以下のような実験を行ない,興味ある結果をえたので報告することとする。なお本研究は今後の実験をすすめるうえの,予備的意味で実施したことをつけ加えておく。

「笑い」を精神症状とする2症例について

著者: 大原健士郎 ,   藍沢鎮雄 ,   清水信

ページ範囲:P.315 - P.320

I.はじめに
 「笑い」は精神症状として,とくにとりあげて論ぜられる場合は少なく,精神疾患の1つの辺縁症状として言及されるのがつねである。これまで「笑い」については哲学的,心理学的な諸説がある。すなわちDarwinによれば,笑いは人間において初めて明瞭な情動表出が可能なものである,とのべ,Hobbesは優越感を感じたときに笑いがおこるとし,その他Kant, Lippsらの緊張解除説,Bergsonの不適応反応説など数多くの説がある。一般に「笑い」はYoungらの指摘するごとく,社会的な性質を有するものであり,また身体的刺激により生ずる単純な表出の場合から,知的な思考過程を経て初めておこる高等,複雑な情動表出にいたるまでいろいろの段階を含むものである。大脇は,情緒興奮をひきおこす心理的要因として,間接的には持続的な欲求および態度,気質,性格,健康を,直接的には強度の欲求阻止,葛藤,緊張の解消をあげているが,上野らは,これらが情動表出,ことに笑いの表出といかなる関連性を有するかははなはだ複雑で,簡単な形式規定はとうてい不可能であると結論している。また,山田は,笑いをつぎのごとくに分類した。まず第1は,嬉しさ,の笑いであり,これは笑いの原型ともいうべきもので,この種の社会化されない笑いは猿でもみられる。第2は,おかしさ,の笑いであり,これには機知,滑稽,諧謔の笑いが含まれている。これはふつうにはコミックとユーモラスとに分けられるが,後者は同情を含み,前者は含まないことで区別されている。笑いに関する理論の多くは,このおかしさ,の笑いである。第3の笑いは,演技としての笑いで,これはもつとも社会化された笑いである。
 正常人における笑い,の哲学的,心理学的な研究はさておき,われわれが,ここで問題としたいのは,病的な笑いが,いかなる疾患において発現し,その中枢機制がいかなるものであろうか,という点である。これらの問題に関しては後述するごとく,数多くの症例がいろいろな立場から報告され,いまだに解明されない点も多い。このことは,とりもなおさず「笑い」が複雑な反応系を経て表出されることを意味するであろう。
 われわれは,ここにてんかんの1症状としての笑いの1例と,脳の器質的変化を否定しえないとしても,心因性に笑いの発作が誘発される1例を報告し,考察してみたい。

精神分裂病患者に対するTetrabenazine(レギュリン)の使用経験

著者: 三浦岱栄 ,   高橋進 ,   田村忍 ,   斉藤正道 ,   三浦貞則

ページ範囲:P.323 - P.328

Ⅰ.まえがき
 いわゆる精神安定剤の出現以来,精神科領域の薬物療法は画期的な進歩をとげたが,あらゆる精神症状の軽快はまだ望めない段階にあり,さらに新たなる薬物の導入が期待されるところである。
 最近Hoffmann-La Roche社研究所のPletscherらによつて,種々のBenzoquinolizlne誘導体の薬理作用を検討中,とくにTetrabenazlne(2-oxo-3-isobutyl-9,10-dimethoxy-1,2,3,4,6,7-hexahydro-11bH-benzo-[a]-quinolizine)がReserpineと同様組織内SerotoninおよびNoradrenaline遊出作用をもち,すぐれた鎮静作用を有することが明らかにされた。その後の臨床実験により,抗精神病剤として優秀な治療効果をもつことが証明され,現在スイスのRoche社から"Nitoman"の販売名で市販されている。

Dimethylaminoethanol(DMAE)の大量療法および併用療法

著者: 江熊要一 ,   小林直人 ,   高野清一 ,   台弘

ページ範囲:P.331 - P.339

Ⅰ.まえおき
 精神科領域における薬物療法の発展はめざましいものであるが,どの薬物においてもその効果は明確であるとはいいがたい。とくに,無気力,自発性減退などの症状に対して精神賦活効果をめざす場合の薬物療法は,精神安定剤よりもはるかに不満足な成績しかあげていない。われわれは,より効果的な新しい薬物を求めるかたわら,現在手持ちの薬物の適用法をくふうすることによつて,さらに効果を高め確実なものにしようと努力している。
 このような場合にしばしば用いられる方法には,薬物の大量使用と,他剤との併用がある。これらは常套的手段であつて,あまり知恵のない方法にみえるかもしれない。しかしのちにのべるごとく,向精神薬物の場合には,実はなかなかに意味するところの深い方法なのである。

動き

精神医学領域におけるPhysical Therapyの趨勢(1)—第3回世界精神医学会議に出席して

著者: 広瀬貞雄

ページ範囲:P.341 - P.347

 昨年6月Montreal(Canada)で開かれた第3回世界精神医学会議The 3rd World Congress of Psychiatryについては,すでに慶大の三浦教授が本誌(3巻・7号,1961)に,東大の秋元教授が日本医事新報(1945号,1961, 8, 5)にそのあらましを報告されたが,私はまずこの会議において私の関係した身体的治療Physical Therapyについてやや詳しくのべ,ついで会議の前後に訪れた欧米のPhysical Therapyの趨勢についてふれたいと思う。
 私は,この学会に出席するためにPsychosurgeryに関する演題を申し込んだところ,Plenary Session総会講演のinvited speakerの1人として選ばれ,6月8日午後に行なわれたPhysical Therapiesの部門でKalinowskyやFreemanらとならんで30分間ずつ講演をする機会を与えられた。Plenary SessionはMental Hospitals;Neurophysiology;Child and Family Psychiatry;Psychotherpy;Physlcal Therapies;Social Psychiatry;Concepts and Methods;Psychopathologyの8つの主題からなり,それぞれの主題を4人ないし6人の演者が分担したのであるが,その内容はそれぞれのテーマに長年たずさわつている人たちの現在までの総決算ともいうべきもので,英,仏,独,スペインの4カ国語に同時通訳された。Physical Therapyに関しては,Plenary SessionのほかにGeneral Programmeとして5題の講演が行なわれただけで,Panel Discussionは行なわれなかつたが,目下問題の中心となつているPsychopharmacologyはJ. Delay司会のもとにPanel Discussionの主題としてとりあげられた。

紹介

P. Broca:“Perte de la parole”—論文発表百周年を記念して

著者: 藤井薫

ページ範囲:P.348 - P.349

 Brocaの失語に関する最初の報告が上記の表題でBulletins de la société d'anthropologie. 2:235-238. 1861. に発表されたことはよく知られている。しかしながらわが国ではこの報告を実際に読む機会は少ないと思われる。Brocaがこの報告をするまでの事情についてはH. Head:A phasia and kindred disorders of speech,1926. やA. Ombredane:L'aphasie et l'ćlaboration de la pensée explicite. 1951. に比較的詳しく書いてある1)が,私は数年前からBrocaの原著を読んでみたいと思い,探していた。Brocaの発表の百周年にあたる本年(1961)になつて,その掲載誌が新潟大学解剖学教室にあることを知り,一読することができた。わが国ではまだこの百周年についてふれた論稿2)をみないようなので,これを記念するために訳出して紹介するしだいである。

国際表現精神病理学会内規

著者: 近藤喬一

ページ範囲:P.349 - P.351

R. ヴォルマ教授より野村教授宛私信 1961年10月21日,ブザンソンにて
拝啓
 私どもの会も2年の歳月を経て,いままでに4つの国際的な集い(ヴェローナ,カタニア,モントリオール,リエージュ)を組織して現在では会員も26ヵ国,280名を数えます。なお180名の新規候補者が手続き中であります。しかしながら貴国の代表は非常に寡いのです。事実上の本会の構成人員はつぎの方々です。

海外文献

精神神経領域の性染色体異常—Polani, P. E.: Sex chromosome aberrations in relation to neuropsychiatry

著者:

ページ範囲:P.313 - P.313

 Turner症候群,Klinefelter症候群と,性の異常とはいえないがXXX-女性と3つの状態が知られている。Turner症候群では卵巣実質がなく,卵胞を欠く問質が索条として認められるにすぎないから,女でも無月経で二次女性徴を欠く。体はずんぐり,大動脈縮窄・賢異常・項部webbingその他の奇形あり。その大部分は核の性ではクロマチン(-)。染色体数45個,性染色体XO。ごく少数はクロマチン(+)で,中に2型あり。ひとつは染色体45個と46個との細胞がいりまじつたモザイクで,性染色体はそれぞれXOとXX。他は染色体46個,性染色はX1本,もうひとつのエキストラは第3番染色体に一致するがたぶんXとisochromosomeであると思われる。ク(-)のTurnerは女5,000〜10,000に1名の頻度。つぎにKlinefelter症候群は別抄のように染色体数47本。性染色体XXY,ク(+)。その他に染色体46(性染色体XX)と47(性XXY)とのモザイクで少数例発見されている。さらに染色体数48本,性XXXYというのが4例見出され,染色体数49,性XXXXYが1例報告されている。ク(+)のKlinefelterは男500に1例といわれるが精薄者で調べるとさらに5〜10倍多い。またモンゴリズムとKlinefelterとの合併(染色体数48本,第21番が3本,性はXXY)がある。ク(+),精薄のKlinefelter10例を精査したら2名がモンゴールだつたという報告もある。XO,XXYはガメート形成間のnondisjunctionのために発生するのであろう。またXXという異常配偶子がXという正常配偶子と接合するとXXXという女が生まれる。XXX-女史はすでに10例報告されている。精薄収容所では0.7%の頻度という。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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