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雑誌目次

雑誌文献

精神医学40巻5号

1998年05月発行

雑誌目次

巻頭言

森田療法診療所の一つの曲がり角

著者: 藤田千尋

ページ範囲:P.462 - P.463

 市街地の片隅で,森田療法専門の小さな診療所の生活を長年続けていると世間との交流も限られてくるが,それでも,この数年の間に仲間が精神科診療所を開いたという話も伝わってくる。しかも,そのうちの何人かは自由診療のスタイルを取り入れているという。
 これは私の勝手な憶測にすぎないが,彼らの採ったこの選択が,一つは現行の医療保険制度に基づく精神医療環境に明るい未来像が描けないことによるのかもしれないし,また,一つには社会の変動に伴う様々な病理現象で悩む患者やその家族の不安に対して,自由診療がいくらかでも彼らに得心のゆく対応ができると考えたからかもしれない。

特集 アジアにおける最近の精神医学事情

国際的視点から見たアジアの精神医療と精神医学—現状と21世紀への展望

著者: 新福尚隆

ページ範囲:P.464 - P.472

■はじめに
 筆者は,1981〜1994年まで,WHO(世界保健機構)西太平洋事務局(フィリピン,マニラ市)において,精神保健および薬物依存に関するプログラムの担当官として勤務した。その間13年間にわたり,中国,韓国,ベトナム,フィリピン,オセアニア諸国などでの精神保健サービスの展開を目の当たりにする機会に恵まれた。また1994年6月に,帰国後,神戸大学医学部国際交流センターの教官として,インドネシア,シンガポールなどを訪問し,それらの国々の精神医療施設を訪問するとともに,厚生省の研究班「日本と海外の精神医療状況の比較」に参加し,日本の精神医療についても若干の知識を得ることができた。
 筆者がこうした経験を通じて得たアジアの精神医療や精神医学に関する情報や考え方を要約して紹介したい。もともと,膨大な内容を扱っており,舌足らずの点が多いが,ご容赦いただきたい。また,記述の少なからぬ部分は,個人的記憶に基づいている。細かな点で,記憶違いの箇所もあると思われる。後日間違いをご指摘いただければ幸甚である。
 ここでは,日本から,周辺のアジアの国々を見るという立場でなく,できれば国際的視点から,日本も含めたアジアの国々の精神医療や精神医学の現状,問題点,これからのあり方を考えるという立場をとってみたいと思う。

アジアにおける最近の睡眠研究と医療事情

著者: 大川匡子 ,   内山真

ページ範囲:P.473 - P.477

 睡眠や夢については古来から神秘的な現象として多くの人が関心を持っていたが,睡眠が科学として取り上げられるようになってからまだその歴史は浅い。神経科学は最近著しい進歩を見せ,細胞および分子レベルでその成果を上げているが,現在のところ最も基本的な問題である睡眠の機能や役割についてもいまだ十分に解決されていないのである。一方で睡眠障害とこれによる日中の眠気や覚醒度の低下が社会的問題として取り上げられるようになり,臨床医学としての睡眠研究の重要性がますます大きくなってきた。最近では様々な睡眠障害の病態が少しずつ明らかにされ,新しい治療法が開発され,これに伴って,新しい診断分類が用いられるようになってきた。このように睡眠科学は基礎から臨床,社会生活までかかわる広い領域にわたっている。
 このような状況の中で,アメリカでは次々と研究施設や睡眠障害専門外来が設けられ最近では国立睡眠研究所が設立された。次にヨーロッパでもこのような施設が開設されるようになり,睡眠研究と睡眠医学の重要性が社会的にも広く認知されるようになってきた。それは現代社会が睡眠を慢性的に犠牲にするような生活様式になった結果として,健康に対して様々な悪影響が生じたからである。このような状況は近代文明が発展した西欧先進国でみられ,やがて日本をはじめとするアジア諸国にも波及してきた。最近ではアジア地域にも睡眠障害が増加する傾向がみられ,それとともに睡眠についての研究報告が多くみられるようになってきた。1994年にはアジア睡眠学会が結成され,その第1回大会が日本睡眠学会の定期学術集会と合同して,東京で開催された。ここでは最近の我が国の睡眠研究の動向と,これまで2回開催されたアジア睡眠学会に参加した各国からの発表をもとに,アジアの各国の睡眠障害と研究動向を紹介する。

アジアにおける最近の児童精神医学研究と医療事情

著者: 山崎晃資 ,   白瀧貞昭

ページ範囲:P.479 - P.486

■はじめに
 アジアは,東の日本,西のトルコ,南のインドネシア,北のモンゴルまで,実に35か国からなっている。アジアは,1990年代には世界人口の60%を占め,子どもの数が最も多い地域である。「1996年世界子供白書」5)によると,アジアの国々の合計特殊出生率は,イエメン7.60,オマーン7.20,アフガニスタン6.90,ラオス6.69,サウジアラビア5.90などが高く,香港1.32,日本1.48,韓国1.65,タイ1.74,シンガポール1.79,中国1.80などが低い。国民1人当たりのGDP(USドル)は,日本40,800,シンガポール28,020,香港23,800,イスラエル16,660,クエート16,020などが高く,他方,ネパール200,バングラデシュ240,カンボジアとベトナム280,イエメン310などが低い。
 このように,アジアは世界で最も人口が多い地域で,人口・社会・経済指標の落差が極めて大きいために,児童精神医学研究と医療事情をアジアとしてひとまとめに論じることはできない。ここでは,中国,韓国,台湾,シンガポール,インドネシア,インドなどの状況を中心に述べることにする。いずれも,日本児童青年精神医学会の国際交流基金によって招聘したアジアの児童精神科医の講演記録をもとに,「1996年世界子供白書」5)と「1997年世界人口白書」6)によって一部の資料を修正したものである。

アジアてんかん医療事情

著者: 清野昌一

ページ範囲:P.487 - P.492

■てんかんの呼称—中国と日本
 てんかん・癲癇という呼称の源は,唐代の古書「黄帝内経太素」に求められる。そこでは「癲疾」と「驚狂」の2項目すなわち,癲と狂とを区別していたという。「癲疾」は大発作を起こす先天病で,癲と癇とは10歳をもって分けた。同じく唐代の「千金方」の中には,「癇」をさらに「痙」と区別し,癇の発作では身体が軟らかく意識が保たれているが,痙では強直反張して意識を失う,とした。中国のてんかん疾病観を総説したLaiCW(1991)によると,てんかんは大発作と同義であり,てんかんだけを取り上げた医学書は中国には今日もない。伝統的医書にはてんかん治療の指針として,(1)医師は頻繁に患者を診ること,(2)発作症状は目撃者の陳述をもとに記載すること,(3)発作が反復するなら治療を変えること,(4)発作の誘発因子の有無を念頭に置くこととある。
 日本ではてんかんを「くっち」と呼んだ。西洋と違って,その原因を超自然的な神秘に求めず,食物,環境のせいにした。また癲と癇の区分は明確でなく,混同していた。江戸時代になると岡本一抱は,「癲ハ物狂ヒ,即チ気チガヒナリ,癇ハ今時云フテンカンノ事」と書き残している。てんかんを脳に結びつけて考えるようになったのは,文化2年(1805)に刊行された「医範提綱」からである。明治以降,癲癇という呼称がepilepsyの訳語として定着した。それは最古の医書「黄帝内経太素」の定義とあまり違わない結果となった4)

東アジアにおける対人恐怖の発見とその治療

著者: 北西憲二 ,   李時炯 ,   崔玉華 ,   中村敬

ページ範囲:P.493 - P.498

 最近の東アジアの神経症研究と治療に最も重要な事項は,韓国,中国における対人恐怖の発見とその治療に関することであろう。対人恐怖はいうまでもなく,日本の精神科医森田が最初に記述し(1909年)6),その治療法を確立した(1919年)症候群である。そして対人恐怖症は日本の代表的な文化結合症候群(culture-bound syndrome)として理解されてきた。しかしDSM-IIIの社会恐怖の項目の採用(1980年)1),韓国で李時炯が対人恐怖を発見し(1982年),その臨床や治療の報告(1987年)4),中国での社交恐怖への注目(1986年)や森田療法の導入(1990年)11)は,比較文化精神医学の常識を揺るがす事態であった。日本の精神科医のみならず多くの比較文化精神医学者や文化人類学者は,対人恐怖が日本の社会文化構造と密着した神経症であると理解し,またそのような観点から対人恐怖を論じてきたからである2)
 それは対人恐怖を主たる治療対象とする森田療法に関しても同様なことがいえよう。森田療法は日本独自の精神療法で,日本の社会文化構造との親和性を指摘されてきた。森田療法の中国への導入は,このような限定した理解に疑問を突き付けるものである。森田学派である筆者の立場からいえば,昨今の東アジアにおける動向は日本で見いだされた森田神経質と森田療法の再発見であるともいえる。

アジアにおける最近の精神科医療体系

著者: 浅井邦彦

ページ範囲:P.499 - P.505

■はじめに
 アジアにおける精神医療は,各国の歴史や社会・経済・文化的背景によって異なっていることは言うまでもない。本稿では,代表的諸国として中国,台湾,韓国,フィリピン,タイ,マレーシア,ベトナムを取り上げた。日本精神病院協会で厚生省の委託事業として毎年実施しているJICA(国際協力事業団)研修会に参加された各国の指導医のカントリー・レポートなども参考に,実際に筆者が訪れた国々を中心として紹介したい。なお,中国については,筆者の病院と中国衛生部との覚書に基づいて,1986年より毎年2人ずつ当院に留学(1年または6か月)し,研修している医師に直接聞いた資料に基づいている。

研究と報告

セネストパチーの臨床類型についての1考察—症例を通して

著者: 高橋徹 ,   吉松和哉

ページ範囲:P.507 - P.516

 【抄録】歯科治療を契機に口腔内の体感異常が出現し,その後全身に異物の異常侵入,移動感などを訴えた退行期セネストパチーの1例を最初に報告した。本例は,体感異常が軽減していく一方で心気的訴えの増加が認められ,経過をみていく中で,うつ病圏のセネストパチーであると考えられた。さらに青年期,老年期,壮年期のセネストパチー3症例を報告した。これまで狭義セネストパチーとされてきた症例の多くは,分裂病圏とうつ病圏の2つの異なる病態に分類することができることを論じ,本例と過去の文献,報告例を踏まえて,4群に分ける狭義セネストパチーの臨床的類型分類を提示した。さらにその妥当性,各群の症状や経過,治療上の注意点などを検討した。

精神科病院外来における無告知投薬の現状

著者: 森山成彬 ,   中澤武志 ,   木村光男 ,   中尾智博 ,   斉藤雅

ページ範囲:P.517 - P.524

 【抄録】無告知投薬の実情を把握するために1民間精神科病院外来での調査を行った。外来患者の約1%に実施され,精神分裂病患者に対する抗精神病薬と,アルコール依存症者への抗酒剤がおよそ6対4の比率であった。年齢は18歳から87歳まで,投薬期間も数か月から20年までと,多様であり,高齢者と女性を除くと,いずれも大過なく就労を果たしていた。投薬者はほとんどが母親か妻であり,無告知投薬に対する家族の反応は,大別すると7割が「大助かり」,残りが「仕方がない」であった。無告知投薬をインフォームド・コンセントと患者のQOLの両面から論じ,これを克服するための法的・社会的対策を考察するとともに,この種の投薬をする臨床医を一方的に糾弾することの非を強調した。

女性有職者の飲酒行動—生物学的・心理的要因と飲酒量との関係

著者: 中村敏昭 ,   柿木昇治 ,   樋口進

ページ範囲:P.525 - P.530

 【抄録】女性有職者を対象に,生物学的要因である2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2),心理的要因である抑うつ傾向,刺激希求性の各因子が飲酒行動,主として飲酒量に及ぼす影響について検討した。ロジスティック回帰分析結果によれば,女性の飲酒量の約1/3はALDH2の遺伝的多型により説明されうることが示され,抑うつ傾向,刺激希求傾向の影響はほとんどみられなかった。女性の飲酒行動においても,心理的要因よりもむしろALDH2のような生物学的要因が強い影響を持つことが示唆された。今後の研究でさらに,対象者数の増加,ALDH2遺伝子型の導入,他の心理的要因の評価などが必要であることを考察した。

非活性型アルデヒド脱水素酵素ALDH2*2を有するアルコール依存症の特徴—個々の臨床特徴とアルコール代謝酵素について

著者: 中村和彦 ,   岩橋和彦 ,   市川正浩 ,   三船和史 ,   洲脇寛

ページ範囲:P.531 - P.537

 【抄録】DSM-III-Rでアルコール依存症と診断された53例を,ALDH2*1/ALDH2*1のアルコール依存症(1群)47例,ALDH2*1/ALDH2*2のアルコール依存症(II群,アルコール代謝が弱い)6例とに分け,両群の家族歴,既往歴,薬物・アルコール関連症状,合併症,社会障害,自己意識,SADDなどについて比較検討した。その結果,社会性障害は,飲酒運転での逮捕,有罪,別居,離婚がII群に多くみられ,臨床症状はパラノイアまたは幻覚,痴呆,離脱せん妄がII群に多くみられた。このようにALDH2*2というアルコールの過量飲酒に適さない遺伝素因を持つII群は特徴的な臨床像を呈し,subtypeとして区分できる可能性が示唆された。

短報

Alprazolamが奏効した季節性感情障害の1症例

著者: 神出誠一郎 ,   山田尚登 ,   加藤進昌

ページ範囲:P.539 - P.541

■はじめに
 季節性感情障害(seasonal affective disorder;SAD)は,冬期に抑うつ・活動性低下・過眠・過食などの症状を示し,夏期には寛解するといった臨床的特徴を示す5)。治療には主に光療法が用いられてきたが,近年,alprazolam(ALP)が奏効する症例が報告された8)。今回我々は,光療法にて十分軽快せず,ALPの投与にて完全寛解したSADの症例を経験した。本症例では睡眠相後退症候群(delayed sleep phase syndrome;DSPS)を合併しており,本稿は,SADに対するALP療法に加え,SADとDSPSとの関係に関しても考察を加えた。

服薬および症状自己管理モジュールを用いた心理教育の効果

著者: 池淵恵美 ,   納戸昌子 ,   吉田久恵 ,   中澤美枝子 ,   高橋倫宗 ,   森一和

ページ範囲:P.543 - P.546

 心理教育(psychoeducation)は,精神障害者およびその家族に対して,病気の性質や治療法・対処方法などの,療養生活に必要な正しい知識や情報を提供する心理療法的な配慮を加えた教育的援助アプローチの総称であるが,Goldman3)は心理教育の目的を,精神障害を持つ人に対し疾患の受容を促し,さらに治療とリハビリテーションへの意欲を高め,疾患への対処技能の強化を目指すこととしている。この心理教育は近年我が国においても普及しつつある1)が,これはインフォームドコンセントの土壌の中で良い治療転帰を得ようとする試みといえよう。なお,今回報告する服薬自己管理モジュールと症状自己管理モジュール5)は心理教育と生活技能訓練を組み合わせて実施するところにその特徴がある。本研究は症例数が少なくまだ予備的研究の段階であるが,両モジュールの効果を検証することを目的に実施したので報告する。
 両モジュールについて,簡単にその実施内容を説明したい。両モジュールとも,正確な知識の伝達とともに,問題解決技能訓練や実地練習を通じての対処技能の形成を重視している。服薬自己管理モジュールは,4つの技能領域,すなわち①抗精神病薬について知る,②正確な自己服薬と評価の仕方を知る,③薬の副作用を見分ける,④服用に関する相談からなっている。症状自己管理モジュールは,①再発の注意サインを見つける,②注意サインを管理する,③持続症状に対処する,④アルコール,覚醒剤,麻薬などの使用を避けるの4技能領域からなっている。

資料

三大学病院外来における強迫性障害患者実態調査

著者: 多賀千明 ,   宮岡等 ,   永田利彦 ,   西村伊三男 ,   金山秀彦 ,   中村道彦 ,   中嶋照夫 ,   松永寿人 ,   西浦竹彦 ,   切池信夫 ,   山上榮 ,   坂井俊之 ,   宍倉久里江 ,   太田有光 ,   上島国利

ページ範囲:P.547 - P.553

■はじめに
 近年,強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder;OCD)の病因論として,基底核障害仮説やセロトニン機能障害仮説が提唱され脳器質論が再考されている11)。この1つの論拠として強迫症状に対する選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor;SSRI)の有用性が示され,さらにそのSSRIによる治療が世界各国で注目を集めている。また一般人口におけるOCDの有病率は従来0.05%と考えられていたが,米国国立精神衛生研究所(NIMH)の行った調査によると6か月有病率は1.3〜2.0%,生涯有病率は1.9〜3.0%であり7,10),恐慌性障害や精神分裂病の有病率の約2倍であることが明らかにされている。このように,決して少なくないOCD患者の治療や予防について一層の研究を進める必要があるが,我が国においては有病率の報告や多数例を対象とした臨床研究は極めて少ない。今回我々は三施設におけるOCD外来患者を対象として調査を行い興味ある知見を得たので報告する。

転換性障害の臨床的検討

著者: 大門一司 ,   野口俊文 ,   山田尚登

ページ範囲:P.555 - P.557

 ヒステリーは古代ギリシャ時代より存在しており,その概念は時代と共に変化してきた。DSM1,2)の影響により,ヒステリーは身体症状を呈するものを転換型,精神症状を呈するものを解離型として明確に類型化されている。
 前回我々は,滋賀医科大学附属病院精神科神経科外来を受診し,解離性障害と診断された症例の病歴を調査検討した4)。その結果,解離性障害の臨床的特徴として,
 (1)女性に多い
 (2)35歳までの発症数が全体の77%を占める
 (3)心理社会的ストレッサーでは,病気および経済的負担と職場関係の頻度が高い
 (4)77%の症例が発症してから1か月以内に治療機関を受診している
 (5)初診時は社会的,職業的,または学校の機能が中等度に障害されている
 (6)外来通院を継続し治療終結した症例が31%であるのに対して,初回,もしくは途中で外来通院を中断している症例が65%を占めるといった所見を認めた。

動き

「日本子どもの虐待防止研究会第3回学術集会」印象記

著者: 池田由子

ページ範囲:P.558 - P.559

 1996年4月13日,小林登氏により大阪で「日本子どもの虐待防止研究会」の発足が宣言されてから1年あまり経った。地域差はあるものの各地に児童虐待防止のネットワークも構築され,専門家の相互理解や協力体制も進み始めた。1997年12月11〜13日,パシフィコ横浜において松井一郎氏を会長として第3回学術集会・横浜大会が開催されたのでその印象を報告する。
 大阪大会は定員800の会場に2倍近い申し込みがあり,入場をお断りする場面もあったが,今回は海の見える新しい会場に医療・保健・福祉・司法・教育・心理の各職種の専門家やかつて被害を受けたサバイバーのグループなど,約1,500人が集まり熱心な討論を繰り広げた。学会のほか,市民フォーラム,展示,各地の児童虐待防止グループの交流会なども引き続き,実り多い4日間であった。11日には理事会で従来の5委員会のほかに,制度改正,学術調査研究,国際活動,学術誌発行などの委員会が新設され,次期大会長は和歌山医科大学小児科の小池通夫氏と決定した。

「第15回青年期精神医学交流会」印象記

著者: 岡達治

ページ範囲:P.560 - P.560

 第15回青年期精神医学交流会は,横浜市立大学小児精神神経科,竹内直樹先生のご尽力により,1997年11月22日横浜市健康福祉総合センターで行われた。この交流会は各先生方の熱心な臨床報告に基づいて,自由で新鮮な討論が行われるという,学会とはまた性質の異なった経験交流の場である。筆者自身も以前交流会で報告する機会を得たことが,今も思春期青年期臨床を続ける励みになっている。それは交流会を始められた先生方と後の世代となる我々の共通の思いであろう。さて今年も多彩な報告と討論が行われたが,それぞれ演者にとって切実な臨床経験であることが伝わり興味深かった。演題は14題,発表討論で25分と時間配分に余裕があるのがうれしい。
 「自分らしくなれる」ことは思春期青年期のキーワードであろう。正田せつ子氏「学生相談室を訪れた症例」は,女子学生のやや無理な留学の決意にとまどいながらも,それが本当の無理にならないよう柔らかく対応されており,学生相談らしく好感が持てた。自分らしくなることは本当に難しい。それは他者とかかわる自分を創る苦しさでもある。時にその歪みは精神医学的症状として顕在化する。乾真実氏「全生活史健忘の一例」,松永裕紀子氏他「解離性障害を呈したインシュリン依存型糖尿病の一例」は,解離症状を呈した女子中高校生の症例であったが,症状出現によってやっと彼女らのメッセージが治療者や家族に届き始めたと感じられた。思春期やせ症の治療経験,和田良久氏他「マラソン大会での敗北を契機に発症した前思春期神経性食思不振症の男子例」も,男女の違いはあれ同様の思いがした。家庭内暴力・自傷行為は思春期危機が最も先鋭化した現れであり,治療者をうろたえさせる。岩田卓也氏「中学女子境界例の一例の精神療法過程」は,入院による治療枠の設定が治療的に働いたことが述べられ,大畑美齢氏他「失神から飛び降り未遂に至るまでの行動を“問題視”された盲学校女生徒の症例」は,視力障害を持つ生徒への環境調整的手法が報告されたが,水野昭夫氏「往診という治療手段—その意味,有効性」は,危機介入の位置づけが不明確に感じられた。さて青年期の引きこもりは,上記の激しい行動障害と比べると一見正反対のようでも,本質的に表裏一体の関係にある。ただその治療には従来の精神医学的思考に,プラスアルファが求められる。井利由利氏他「虚構と現実の境界が曖昧な一青年男子の事例」は「茗荷谷クラブ」での治療実践から,篠原道夫氏「いわゆる『起立性調節障害』の思春期男子と心理療法プロセス」は,プレイルームでの相互交流過程から,阿部理恵氏他「休学中の思春期症例への“自己決定”までの治療的アプローチ」は,箱庭療法を媒介としてそれが語られた。西川瑞穂氏他「一女性にみる“近親相姦とカニバリズム”」はショッキングな題名であるが,謎めいた近寄り難い雰囲気を漂わせる青年期女性が,象徴的に自分を語り始めた過程が印象的であった。精神病的自閉の世界も基本的にはこの延長にあるのだろう。櫛田麻子氏他「多様な恐怖症状を呈し長期間病室に閉じこもった一症例」は,境界分裂病患者の長期病室閉じこもりに根気よく対応した治療者が心強かったし,高田広之進氏他「親子3人で楽しく話せるようになるまで」は,病者の息子について朴訥に語る両親を暖かく見守る姿勢に共感できた。濱崎由紀子氏「両親の夫婦関係が思春期心理に及ぼす影響—フランスでの統計学的調査から」。日本での更なる調査を期待する。

「第1回精神病早期介入に関するイギリス国際会議」印象記

著者: 小椋力

ページ範囲:P.561 - P.564

 精神病の早期発見・早期治療が注目されるようになった。ここで取り上げる早期介入(earlyintervention)は,基本的には早期発見・治療と内容的にほぼ同一であるが,介入の場合,薬物療法を主とした狭義の治療のみならず,家族,学校,職場,地域に対する働きかけなども含んでいる。
 標記国際会議が,1997年6月2,3日の両日,イギリスのStratford-upon-Avonで開催された。この地はロンドンから北西に急行列車で2時間前後の距離にあり,文豪William Shakespeareのゆかりの地として有名である。歴史のある落ち着いた町であったが,新しいテーマ「精神病の早期介入」のもとに,講演と討論が熱気あふれる中で展開された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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