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雑誌目次

論文

精神医学40巻6号

1998年06月発行

雑誌目次

巻頭言

精神療法再考—歴史の教訓

著者: 近藤喬一

ページ範囲:P.572 - P.573

 つい最近のことであるが「日本の心理療法」という表題の一書が刊行され,筆者はその中の森田療法の部分を担当した。また,今回が初めての試みであるが,一般のメンタルヘルスの専門家を対象とした,初心者向けの森田療法セミナーを4月から開講する予定である。この企画は森田療法研究会の主催にかかるものであるが,こうした二,三の出来事が身の回りに起こったこともきっかけになって,近ごろあらためて精神療法のあり方というようなことに思いをめぐらしている。
 筆者は以前,森田療法の成り立ちについての論文を書いたことがある。その成立の前史にかかわる歴史的な事情を調べる過程で,いろいろと考えさせられることがあった。この治療法が我が国で生まれた独自のものであることは,ここであらためていうまでもない。しかし一方で森田は,彼自身の治療体系が確立するまでの約10年間,当時我が国に紹介されたばかりの催眠誘導法をはじめとして,様々な欧米の治療技法の効用を試したことがわかっている。その中にはDuboisの説得療法や,Déjerineのbedrest techniqueを含む治療法がある。これら2つの治療法には,前者が神経症患者に対して,苦しみの本態に関する辛抱強い論証と弁証法的・啓蒙的対話を強調する一方で,後者は医師—患者間の感情的関係の重要性を力説するという違いがある。しかし両者が,転移—逆転移という現象の発見を通じて治療者—患者関係の理論を発展させたFreudが出現するまでは,西欧ではもっとも広く普及した精神療法であったという意味での共通点がある。

創刊40周年記念鼎談・21世紀への課題—精神医学の40年を振り返る(3)

老年精神医学の進歩と将来

著者: 新福尚武 ,   武田雅俊 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.574 - P.584

 小阪(司会) 「精神医学」の創刊40周年を記念して,本年は隔月で「21世紀への課題—精神医学の40年を振り返る」という鼎談を掲載しております。今回は3回目で「老年精神医学の進歩と将来」についてお話し合いいただきたいと思います。今回は大御所として新福先生,中堅ということで私,そして若手として武田先生においでいただきました。
 この3人を選ばせていただきました理由はと申しますと,私が老年精神医学の勉強をし始めた時に,唯一と言っていい老年精神医学の本がありました。これが京大の三浦百重先生編集,金子仁郎先生,新福先生,猪瀬正先生が執筆され,医学書院から発行された「老人の精神障碍」です。これは,日本の老年精神医学の原典というような本で,亡くなられた金子先生,猪瀬先生の流れを汲む武田先生と私が入って,こういう形で話をさせていただくことになりました。

展望

神経症の用語と概念をめぐって

著者: 山下格

ページ範囲:P.586 - P.597

 神経症という言葉は,すでに一般社会用語になっている。しかしDSM-III(1980)やICD-10(1992)の制定以来,国際診断基準から神経症という正式な名称はなくなった。ただ日常診療においては,諸外国を含め,「神経症」はなお広く使用されている。一方,分子生物学をはじめとする諸科学の飛躍的発展によって,あらゆる疾患の概念自体が大きく変わりつつある。
 この状況のもとで,神経症概念について語ることはきわめて難しい。依頼を受けた時は,神経症の生物学的研究の紹介を考えたが,操作的診断基準の使用に伴って神経症の扱いが多様化している状況から,神経症を全体としてとらえるには,操作的診断やそれを利用した疫学調査所見にも触れる必要があると感じた。

研究と報告

対人恐怖症の治療反応性について—森田療法の立場から

著者: 野田寿恵 ,   北西憲二

ページ範囲:P.599 - P.606

 【抄録】入院森田療法での対人恐怖症の治療反応性について,従来の症候論的分類とともに,入院に至るまでの社会適応の変遷から検討した。変遷のパターンは4種類に分類することができた。パターン1は18歳以前に発症し階段状に適応が落ちたもので,治療経過は良かった。パターン2は19歳以上で発症し急激に適応が落ちたもので,ある程度の改善を示した。パターン3はパターン2と同様であるが18歳以下の発症,パターン4は発症前から適応が悪く発症後も変化しないもので,パターン3,4の治療経過は悪かった。このパターン分類は経過および転帰と密接な関係を認めた。治療の場で適応の変遷パターンが再現され,それに基づき治療経過の予測が可能であった。

パニック障害患者の対処行動—転帰の予測因子

著者: 山田久美子 ,   藤井薫 ,   穐吉條太郎 ,   永山治男

ページ範囲:P.607 - P.612

 【抄録】パニック障害(PD)の慢性化や転帰の予測因子を検討するため,対処様式質問票の4項目(援助希求,奇跡願望,否認・抑制,不快気分の発散)を用いた。対象:PD 27名(空間恐怖合併は24名)で,対処行動を調査し,その時点の転帰および2年後の転帰を得た。結果:パニック発作改善群は否認・抑制の対処行動が多く,これが2年後の良好な転帰の予測因子でもあった。空間恐怖改善群は不快気分の発散の対処行動が多かったが,2年後の良好な転帰の予測因子とは同定できなかった。結論:自己治癒的な対処行動を促進する治療技法として,パニック発作には否認や抑制を強化し,空間恐怖には不快気分の解消法を検討し身につけさせるという介入が重要と考えられた。

精神科患者における多飲の臨床的研究—疫学と向精神薬との関連

著者: 小山田静枝

ページ範囲:P.613 - P.618

 【抄録】12施設4,882例の精神科入院患者を対象に新たに作成した多飲行動調査票に基づいて多飲行動評価を行い,多飲の頻度,多飲と関連する臨床的要因について検討した。972例,全例の20%でみられ,多飲は男性および喫煙者に有意に多かった。診断別では精神分裂病圏(21%),精神遅滞(31%),てんかん(32%)で多飲患者の頻度が高かった。薬物療法との関連では,多飲群では有意に抗精神病薬の1日の投与量が多く,ロジスティック回帰分析の結果では複数の向精神薬が多飲と関連していた。199例(4%)において多飲に対する何らかの予防策が行われていた。

孤発性アルツハイマー型痴呆とpresenilin-1遺伝子イントロン多型の関連について—Apo E遺伝子型,アンチキモトリプシン遺伝子型との関連も含めて

著者: 柴田展人 ,   馬場元 ,   島田秀穂 ,   高橋正 ,   大塚恵美子 ,   植木彰 ,   新井平伊

ページ範囲:P.619 - P.622

 【抄録】孤発性アルツハイマー型痴呆(ATD)群43例と対照群49例においてpresenilin-1(PS-1)遺伝子のexon 8の3′末端のイントロン多型をPCR-RFLP法により検討した。Wraggらにより孤発性ATD群で有意に高いと報告された1/1遺伝子型,1対立遺伝子の頻度とも,今回の対象となった孤発性ATD群では対照群より高いという結果は得られなかった。これはApo E遺伝子ε4の保有の有無やアンチキモトリプシン遺伝子型によってATD群を分類し検討しても同じ結果であった。これらの結果から,日本人の孤発性ATD群では1/1遺伝子型が必ずしも多いわけではないことが示唆されたが,多因子遺伝様式が想定される孤発性ATDでは遺伝子型を含めて様々な観点から発症に関する因子を明らかにすることが重要であると考えられた。

間接プライミングを用いた自閉症の言語連想の研究

著者: 十一元三 ,   神尾陽子

ページ範囲:P.623 - P.628

 【抄録】自閉症者10名と言語性IQを一致させた対照群10名に対して,間接プライミングを用いた言語連想検査を行った。検査では刺激語の呈示に続いて,一部の文字が隠された後続語を示し,欠落した部分を補って単語が完成できた場合に得点を与えた。刺激語と後続語の間には,音韻連想関係,意味連想関係,無関係の3種類が含まれ,種類別に成績を比較した。その結果,意味連想では両群に有意差はなかったが,音韻連想では自閉症群が高得点を示し,両群に強い有意差がみられた。さらに,個人内での音韻連想と意味連想の成績の差を指標とした場合,両群がよく判別された。これらの結果より,自閉症では言語に対して音韻的処理が活発であり,この傾向は自閉症にみられる反響言語などの言語的徴候とも関連する可能性が考えられた。また,本結果をもとに,自閉症における言語の意味的処理の障害の可能性について論じた。

ステロイド投与により不機嫌状態が改善したACTH単独欠損症の1例

著者: 久保田統 ,   清水栄司 ,   児玉和宏 ,   堀江篤哉 ,   野口義彦 ,   小松尚也 ,   野田慎吾 ,   岡田真一 ,   山内直人 ,   斎藤康 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.629 - P.636

 【抄録】症例は39歳男性。意欲低下,易疲労性,記銘力障害とともに,易刺激性,易怒性の激しい不機嫌状態のため,妻に対する暴力がみられた。全身強直間代発作後,精神運動興奮を認め,入院先で昏睡状態となった。血清Na 103mEq/lと重度の低Na血症から,副腎機能不全が疑われ,精査目的で転院した。頭部MRIでempty sellaが認められ,脳波は高度びまん性徐波を示し,内分泌検査でACTH検出感度以下を呈したことから,ACTH単独欠損症と診断された。CRF連続負荷試験の結果から,視床下部障害が示唆された。転院直後からステロイドの投与を開始し,第7病日には易刺激性,易怒性が消失し,血清Na,脳波ともに正常化した。その後,ステロイド中断時に血液検査や脳波に異常の認められない不機嫌状態が生じたが,ステロイド補充のみの治療により速やかに改善した。本例は,視床下部障害に伴うステロイド欠乏が不機嫌状態を引き起こしたと考えられるACTH単独欠損症と考えられ,視床下部性あるいは下垂体性の障害部位と精神病像の関連性について文献的考察を加えて,報告した。

短報

自己臭恐怖の症状形成—非妄想性の1例から

著者: 井上洋一 ,   水田一郎 ,   佐藤寛 ,   小笠原将之

ページ範囲:P.637 - P.639

 自分の身体から臭いが出て周囲の他人から忌避されるという特異な訴えを持つ自己臭恐怖は青年期に好発する疾患である。従来は症状の特徴から重症の対人恐怖,森田神経質の特殊型,あるいは関係妄想の存在により分裂病との関連が問題にされてきた。しかしこのいずれにも該当しない中間的性質を持っているために,植本ら1)は思春期妄想症としてまとめている。笠原ら2)は自己臭体験が神経症から分裂病,まれにはうつ病にまで現れうることを指摘し,最も多いのは境界例あるいは重症神経症であるとしている。今回我々は自己臭恐怖と全く同じ構造の症状を訴え,妄想的確信のみを欠く症例を経験した。この症例は発症に至るまでの心的過程を自覚し語ることができた。一般に自己臭恐怖患者は身体の異常に妄想的確信を持ち発症への心理的要素の関与を否定しているために,発症に至るまでの心理については詳しく語られることがない。本症例は自己臭恐怖症の発生の心的メカニズムについて貴重な示唆を与える症例であると考え報告する。

寝言恐怖を呈した強迫性障害の1症例

著者: 中田潤子 ,   岩井晶子 ,   中村曜子 ,   向後祐子 ,   笠原敏彦

ページ範囲:P.641 - P.643

 寝言恐怖4)は「他人に知られたくない考えが睡眠中に寝言の形で口から洩れ出て,周囲の人に聞かれてしまうことに対する病的恐怖」であり,それが妄想的確信にまで至ったものを寝言妄想4)という。しかし,今まで報告された寝言恐怖(妄想)の症例は極めて少なく,そのほとんどは精神分裂病や境界例の病態水準に属するものである1,3〜5)
 筆者らは,強迫神経症の経過中に寝言恐怖を呈し,純粋に神経症レベルの病態水準にとどまったまま経過した1例を経験したので報告する。

精神発作前後の血清prolactin濃度の推移—発作発射の側頭葉内側構造への関与

著者: 原純夫 ,   武井茂樹 ,   横山尚洋 ,   原常勝

ページ範囲:P.645 - P.647

 てんかん発作後の15〜20分後をピークとする一過性血清prolactin(PRL)濃度上昇は,扁桃核からの後発射がventral amygdalofugal pathwayを介して視床下部に拡延し,下垂体-漏斗系に影響する結果とされる11)。全般性強直間代発作では約90%,複雑部分発作では約70〜78%においてみられるのに対して,単純部分発作では約20%にとどまる4)。これはこの発作型に含まれる精神症状を主徴とする単純部分発作(精神発作)は患者の主観的体験に頼らざるをえず,発作を客観的に捕捉することが困難なことと関係している。我々は,精神性発作については外来あるいは入院中の患者からその到来の申告を得た時点から,複雑部分発作については直接観察しえたものが終了した時点から各々,発作後血清PRL濃度を経時的に測定し,両発作における値の推移を比較した。その目的は,精神発作における発作発射の側頭葉内側構造への関与の有無を非侵襲的に検討することにある。

インターフェロン治療終了後も遷延した感情障害を認めたC型慢性肝炎の2例

著者: 門司晃 ,   吉田一郎 ,   田代謙一郎 ,   林要人 ,   田代信維

ページ範囲:P.649 - P.651

 インターフェロン(IFN)治療中には多彩な中枢神経系の副作用が生じ,その中には,不眠,抑うつ,幻覚妄想などの精神症状も含まれている。これまでの報告7,8,11)では,これら中枢神経系の副作用がIFNの中止によって比較的速やかに消退したというものが多いが,IFNの影響が長期間にわたって持続した内容のものも最近になって,少数ながらみられるようになった1〜4,12)。さらに,IFNが非可逆的な影響を残す可能性を指摘する報告もある5)。今回我々は,IFN中止後2年以上も遷延した感情障害を認めたC型慢性肝炎の2例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

デポ剤の維持療法中にビペリデン中断により悪性症候群を発症した1例

著者: 星越活彦 ,   森末連

ページ範囲:P.653 - P.655

 持効性抗精神病薬(デポ剤)は,精神分裂病患者の社会復帰や再発・再燃の予防に有効な治療薬である。今回我々はfluphenazine decanoate(FD)による外来維持治療中に悪性症候群を発症した慢性分裂病の症例を経験した。FDによる悪性症候群の報告2,3,11)は,これまでにもいくつかなされている。しかし,FD投与後におけるfluphenazine血中濃度と副作用の関連を指摘した報告はまだなされてはいない。本症例での悪性症候群の発症原因およびfluphenazine血中濃度の推移について,若干の考察を加え報告する。

シリーズ 日本各地の憑依現象(4)

狐憑き研究史補遺

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.657 - P.660

■島村俊一の狐憑病調査
 憑きものに関心をもつものにとって,本誌の「シリーズ・日本各地の憑依現象」はありがたい。その第2回「山陰地方の狐憑き」3)は島村による現地調査にふれていないので,『東京医学会雑誌』の第6巻(1892年)から第7巻に8回にわたり連載された「島根県下狐憑病取調報告」8)の内容を紹介したい。
 島村は1891年(明治24年)7月8日に出張を命じられて14日に東京を出発。尾道で1名の狐憑病患者をみ,23日松江着。出雲・石見・隠岐の3国をめぐり啓蒙講演もし,8月29日に松江をたって9月2日帰京。その間に人狐憑き29名(男9,女20),犬神憑き(外道憑き)2名(男女各1),狸憑き1名(男),野狐憑き2名(男)の計34名をみた。名称はちがっても同病なので狐憑きと概称すると島村はいう。診断は錯迷狂〔パラノイア〕4,躁狂4,ヒステリー狂およびヒステリー15,酒精中毒症3,続発痴狂1,老人痴狂1,マラリアおよびチフス3,関節炎1,肺癆1,卵巣のう腫1。狐憑きとされた状態像は,躁状8,錯迷5,熱性譫妄5,ヒステリー発作15,腫物1である。患者が狐憑きとみとめられたのは,責めをうけたのちに自白してが10名,他よりただちに狐憑きと目されたのが24名である。

動き

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(13)

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.661 - P.679

 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。第16期,第17期と小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命されており,現在は精神医学研連の委員に次の方々になっていただいております。すなわち,木村敏(河合文化教育研究所),小阪憲司(横浜市立大学医学部),鈴木二郎(東邦大学医学部),高橋清久(国立精神・神経センター),樋口康子(日本赤十字看護大学),山内俊雄(埼玉医科大学),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15,16期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,第17期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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