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雑誌目次

論文

精神医学40巻9号

1998年09月発行

雑誌目次

巻頭言

時間精神医学のすすめ

著者: 永山治男

ページ範囲:P.914 - P.915

 精神医学は人を個としてみると同時に,対人関係の中にあるいは社会的存在として環境との関連において理解する。しかし,ここでいう環境は通常,人間社会あるいは人為的な環境に限定されているようである。自然環境は見過ごされ,あるいは正面から取り上げられることは稀である。自然が身体・精神・心理に与える影響についての研究は極めて少ない。
 生命はその誕生の古から地球環境の中にあり,少なくとも現在のところ地球なくして我々の存在は考えられない。地球環境は我々の生物学的・心理学的・社会的存在の根源にあり,我々の身体・思考・感情・生き方に深く関与している。

研究と報告

Etizolam依存の1治療例

著者: 佐藤晋爾 ,   堀孝文 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.916 - P.922

 【抄録】対人恐怖の治療中に,7年間にわたりetizolamに依存し,最大内服量30mg/日に達した41歳の1女性例について報告した。本例では耐性が形成され,離脱症状も認めた。漸減療法により離脱症状は軽度なものにとどまり,抗不安薬依存の治療において漸減療法が適当であると考えられた。本例では血中のetizolamが消失した後も離脱症状を認め,同剤の中間代謝物や従来は同剤には存在しないとされてきた蓄積性との関連を検討した。またSPECTで前〜側頭葉の血流低下を認め,薬物依存と脳血流異常の関連を検討してゆくことが,今後の課題と考えられた。

頭頂葉症候群で発症したクロイツフェルト・ヤコブ病の1臨床例

著者: 石川裕子 ,   岡田真一 ,   熊切力 ,   野垣理穂 ,   小松尚也 ,   内田佳孝 ,   野田慎吾 ,   山内直人 ,   児玉和宏 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.923 - P.929

 【抄録】頭頂葉症状にて発症したクロイツフェルト・ヤコブ病の1臨床例を報告した。患者は初診時49歳,右利き,男性。当初の約9か月間は,構成失行・視空間障害・Gerstmann症候群などの両側頭頂葉症候群と軽度健忘失語などを認めたが,全般痴呆はみられなかった。WAIS-R TIQ 59(VIQ73,PIQ 50),MMSE 22点。画像上,MRIでは軽度の頭頂葉萎縮,18F-FDG-PETでは左優位の両側頭頂-側頭葉の糖代謝低下を認めた。しかしその後,6か月で全般痴呆に移行し,さらにミオクローヌス,把握反射,錐体路徴候などの神経症状を認め,脳波上PSDを認めた。経過2年4か月で,現在は失外套状態である。

Sleep-related headbangingの1成人例

著者: 本間裕士 ,   香坂雅子 ,   伊藤ますみ ,   福田紀子 ,   小林理子 ,   榊原聡 ,   小山司

ページ範囲:P.931 - P.937

 【抄録】律動性運動障害のうち,sleep-related headbanging(睡眠時頭打ち)の21歳の男性患者についてポリグラフィおよびビデオ所見を含めて報告した。headbangingは,ほとんどがstage REM,一部はREM睡眠の前後のstage 1または2で,腹臥位の状態で出現していた。出現前後で脳波,心拍数,筋電図に異常を認めず,睡眠段階が変動することも少なかった。明らかな睡眠構築の乱れも伴わなかった。睡眠覚醒移行障害としての律動性運動障害の思春期,成人期例は極めて稀で,現在まで20例前後の報告しかなく,特にREM睡眠を中心に出現する一群の病態については現時点ではよくわかっていない。

義父による性的虐待を受けたPTSDの1例—staff-patient法を通して

著者: 宮本洋 ,   行平美香 ,   坂本香織 ,   堀正士

ページ範囲:P.939 - P.944

 【抄録】小児期から青春期にかけて義父による持続的で悪質な性的虐待を受け,転換性障害を中心として様々な精神症状を示した症例に対する治療を試みた。この症例は,自らの内界に対する防衛が非常に固く,しばしば治療担当者と感情的対立を生ずるなど対応は困難を極めていた。これに対して,本人が防衛を固めにくい人物に協力を求め,防衛の間隙を突く形で治療を進めた。協力を求めたのは,別の入院患者(staff-patient)とリハビリ担当職員である。こうして本人の心的葛藤の浄化に効果を得た。

精神分裂病者を持つ家族の感情表出と疾病理解との関連

著者: 兼島瑞枝 ,   長崎文江 ,   古謝淳 ,   山本和儀 ,   仲本晴男

ページ範囲:P.945 - P.949

 【抄録】精神分裂病患者と過ごす家族の感情表出(EE)と患者の再発率が関連することが指摘され,EEを用いた家族研究が行われている。筆者らは家族介入の一助とするため,精神分裂病患者の家族の感情表出と疾病理解との関連を検討した。EEの評価はFMSS(Five Minute Speech Sample)を用い,疾病理解の評価は筆者らが作成した評価尺度を用いた。評価尺度には疾患名,病因,症状,治療についての項目が含まれており,4段階で評価した。対象は慢性精神分裂病患者の家族25名であった。FMSSによる評価の結果,high EEが12名(48.0%)で,その下位分類では「批判」7名,「情緒的巻き込まれすぎ」5名であった。「批判および情緒的巻き込まれすぎ」でhigh EEと評価された者はいなかった。high EE群の家族はlow EE群と比べて疾患についての理解に乏しく,病気の原因を心理社会的要因に帰属することや家族のかかわりが重要であるという項目で肯定的な回答をした者の割合が有意に低かった。

精神分裂病の症状構造—PANSSを用いた因子分析的研究

著者: 山科満 ,   林直樹 ,   五十嵐禎人 ,   大塚直尚 ,   黒木規臣 ,   安西信雄 ,   風祭元

ページ範囲:P.951 - P.957

 【抄録】精神分裂病患者174名を対象として精神症状を陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)を用いて評価し,因子分析を行った。その結果,精神分裂病の精神症状を構成する5因子として,陰性症状,妄想/現実曲解,興奮/緊張病症状,認知・思考障害,抑うつ/不安が見いだされた。精神分裂病の症状をこれらの5つの症状群に分類することは,評価尺度にPANSSを用いて因子分析を行った先行研究の結果にほぼ合致しており,ある程度の普遍性があるものと考えられた。また,この分類は,伝統的な精神分裂病の症状論や臨床経験から検討を加えた結果,一定の妥当性のあることが示された。

頭部CT画像における脳溝のフラクタル解析—アルツハイマー型老年痴呆における臨床症状との関連について

著者: 廣田卓也 ,   野口俊文 ,   大橋嘉樹 ,   由利和雄 ,   石倉佐和子 ,   山本大輔 ,   青木太 ,   木下利彦

ページ範囲:P.959 - P.963

 【抄録】アルツハイマー型老年痴呆(SDAT)患者14名を対象として頭部X線CTスキャンを施行し,CT画像上に認められた脳溝の形態についてフラクタル解析を行い,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)から得られた臨床的重症度との関連を検討した。その結果,フラクタル次元(FractalDimension;FD)はHDS-Rスコア(HDSRS)=10.3を変曲点とする,下に凸な2次曲線に高い相関を示した。このことから,SDATにおける脳実質の変性は,その過程において,その機構に,ある1つの大きな変化を持つ可能性が示唆された。また,同時にフラクタル解析が十分な臨床的実用性を持ち,data reductionとしても優れた形態学的解析法であることを報告した。

一過性の精神症状を呈した48, XXYYクラインフェルター症候群の1例

著者: 斎藤信太郎

ページ範囲:P.965 - P.970

 【抄録】一過性の精神症状を呈した48, XXYYクラインフェルター症候群の1例を報告した。IQは36と中度の精神発達遅滞があった。身体所見として高身長,猫背,視力低下,下肢静脈瘤,矮小睾丸が認められた。精神症状としては被害妄想,困惑状態,自傷行為,衝動行為などが一過性にみられた。染色体分析で性染色体X,Yの過剰と12番常染色体の腕間逆位(pericentric inversion)を示す48, XXYY,inv.(12)(p 13.1q14.2)が判明した。
 染色体数の異常と常染色体の構造異常とを合併するクラインフェルター症候群の症例報告は過去に2例しかない。48, XXYYクラインフェルター症候群で常染色体の構造異常を合併するのは本例が最初である。48, XXYYクラインフェルター症候群に特有な所見とされている攻撃的性格はなかった。

情緒障害を伴う脳梗塞後遺症患者に対するaniracetamによる治療—Xe-CT,MOSESを用いた検討

著者: 森和彦 ,   寺本勝哉 ,   平山壮一郎 ,   長尾正嗣 ,   原田能之 ,   柏木紀代子 ,   入澤卓 ,   長尾邦雄 ,   藤川徳美 ,   山下英尚 ,   横田則夫 ,   堀口淳 ,   山脇成人

ページ範囲:P.971 - P.977

 【抄録】情緒障害を伴う脳梗塞後遺症患者25例に対しaniracetamを投与し,MOSESによる症状評価とXe-CTによる局所脳血流測定を行い,これらの関係を検討した。その結果,aniracetam投与後,MOSESでは総合点および情緒障害と失見当の下位尺度が有意に改善した。また,Xe-CTでは右半球,右MCA領域,左被殻の血流が有意に増加した。しかし,MOSESの点数と大脳半球全体の血流量の変化との間には有意な相関関係はなかった。以上の結果から,脳梗塞後遺症の患者の場合,aniracetamの投与による精神症状の改善は,脳血流量の増加のみによってもたらされた結果ではないことが示された。

短報

高度のるいそうと,手指の廃用症候群を呈した神経性無食欲症の1例

著者: 藤村聡 ,   山本玉雄 ,   岡村雅美 ,   大津聡子 ,   堤岳彦 ,   春名克純 ,   永田武 ,   岡村武彦 ,   山本和利 ,   福井次矢

ページ範囲:P.979 - P.981

 重症な神経性無食欲症の症例報告は本邦でも多いが,BMI(Body Mass Index)7.6(身長156cm,体重18.5kg,標準体重の-64.7%のやせ)までのるいそうを示した生存例は報告されていない5,6)。今回,我々は幸運にも救命しえた症例を経験し,さらにこれまで報告されてきたほとんどすべての合併症を有し,かつ我々の調べるかぎり過去に報告のない手指の廃用症候群の合併を認めたのでここに報告する。

クモ膜下出血により死亡した神経ベーチェット病の1剖検例

著者: 伊藤直人 ,   森川将行 ,   飯田順三 ,   平尾文雄 ,   東浦直人 ,   岸本年史 ,   橋野健一 ,   南尚希 ,   中井貴 ,   中村恒子 ,   南公俊 ,   山田英二

ページ範囲:P.983 - P.985

 高血圧を伴った神経ベーチェット病で,剖検によって死因がクモ膜下出血と診断された,まれな1例を経験したので報告する。クモ膜下出血の出血部は神経ベーチェット病の病変の中心である橋底側の動脈で,経過中に高血圧を併発していることもあり,神経ベーチェット病と高血圧およびクモ膜下出血との関連が示唆された。

交通外傷後に躁うつ病性経過を呈した1男性例

著者: 安宅勝弘 ,   加藤敏 ,   丸山裕司 ,   倉持弘

ページ範囲:P.987 - P.989

 交通事故における頭部外傷は,その脳損傷の程度および精神症状の幅が非常に多岐にわたる。今回,我々は交通外傷後,一般病院入院中に躁状態を呈し精神科入院に至り,退院後うつ状態を呈した症例を経験した。この経過を提示し,交通外傷後の躁うつ病について,英米圏で近年注目されつつある2次性躁病secondary maniaの概念,および独語圏からはK.Conradの症状性精神病を参照しながら,その疾病論的な位置づけについて考察してみたい。

ステロイドの局所投与後に幻覚妄想状態を呈した角膜移植術後の1症例

著者: 石塚卓也 ,   高木一郎 ,   野崎裕介 ,   辻昌宏 ,   江渡江 ,   一宮洋介 ,   新井平伊 ,   田中稔

ページ範囲:P.991 - P.993

■はじめに
 ステロイド投与による精神症状は,気分障害,幻覚妄想状態,せん妄,意識障害など多岐にわたる。その投与法としては経口投与,点滴静注によるものが多い。しかし局所投与に関しては,関節腔内投与により精神症状を来したという報告はあるものの9),結膜下の投与により精神症状を認めたという報告はない。このため本症例は臨床上貴重なものと思われ,その精神症状の発現について若干の考察を加えたい。

覚醒剤中毒後遺症としてみられた自閉,無為,情意鈍麻にリスペリドンが著効した1例

著者: 松本好剛 ,   横山尚絵 ,   谷直介

ページ範囲:P.994 - P.996

 5年以上の覚醒剤長期乱用と症状遷延,再燃例の発生には密接な関係があることが報告されている5)。また向精神薬投与後,症状が消失しても,一部には無為,感情鈍麻,一般的な労働意欲や挑戦意欲の低下amotivational syndrome(動因喪失症候群)を来し,一見して自閉,無為,情意鈍麻を主とする慢性分裂病とほとんど差がない状態に移行する例もしばしば見受けられる2,6)。今回我々は同様の症例を経験し,従来の薬剤が比較的効果を発揮しにくかった陰性症状に有効であることが指摘されている4)リスペリドンを使用し,症状の著明改善を認めたので報告する。

悪性症候群後に遷延する意識混濁時の神経心理学的所見と脳波所見

著者: 岡田俊 ,   十一元三 ,   村井俊哉 ,   扇谷明

ページ範囲:P.997 - P.1000

■はじめに
 悪性症候群(以下NMSとする)における意識障害は,Levenson6)の診断基準でも小症状として取り上げられているが,その回復過程に関する報告は少ない。我々は,NMS発症後数か月以上にわたり意識障害が遷延化した症例を経験した。脳波検査(以下EEGとする)とMini-Mental State3)検査(以下MMSとする)を経時的に施行し,MMS得点および定量的脳波解析の結果について検討を行った。

駆梅療法の奏効した進行麻痺例の神経心理学的検討

著者: 鉾石和彦 ,   小森憲治郎 ,   池田学 ,   立花直子 ,   牧徳彦 ,   根布昭彦 ,   田辺敬貴

ページ範囲:P.1001 - P.1003

 進行麻痺の1例に抗生剤による治療を施行し,治療前後で精神症状,画像所見,神経心理学的所見を比較し,興味深い知見を得たので報告する。

特別講演

精神の感情中心モデルと,精神分裂病の統合的理解にとってのその重要性

著者: ,   岡崎伸郎

ページ範囲:P.1005 - P.1014

 本論の題が示すように,以下に提示する精神の統合モデルは感情に中心を置いたものである。これから見てゆくようにaffectあるいはemotion,feeling,moodは,精神の心理・社会力動的側面と生物学的側面との実際的かつ理論的な架け橋である。
 本論は以下の3つの部分から構成される。

シリーズ 日本各地の憑依現象(6)

群馬のオサキ憑き

著者: 後藤忠夫

ページ範囲:P.1015 - P.1018

■オサキとの出会い
 私は1955(昭和30)年,高崎市にある病院で一人の患者と出会った。60歳近い女性である。7月の暑い日,郊外にある饅頭屋に行った。その帰り道激しい頭痛がし,家に帰ると寝込んでしまった。翌日,オサキが愚いたと言い出した。饅頭屋はオサキモチで,そこでオサキが憑いてきたという。6匹のオサキが身体に憑いていると言い,家族に連れられて来院したのである。この時,オサキとは何であるかわからず,私は病院に働く人,近隣の人に聞いて歩いた。この日以来私はオサキと付き合い,今日に至っている。この間に私の知りえたものの一部を以下に述べる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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