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精神鑑定—その歴史的変遷と諸課題
著者: 山上皓1
所属機関: 1東京医科歯科大学難治疾患研究所犯罪精神医学
ページ範囲:P.1030 - P.1042
文献購入ページに移動精神鑑定とは,裁判所(あるいは検察庁,警察署)の委嘱による,被告人ないし被疑者の精神状態についての専門家の判断・報告を指し,刑事訴訟法第165〜174,223〜225条にその規定がある。
我が国における精神鑑定の歴史は古く,旧法(治罪法,明治15年施行)の時代からしばしば行われていたことは,榊俶と呉秀三の鑑定書集にもうかがうことができる。精神鑑定を学問的に基礎づける司法精神医学は,黎明期の精神医学においては極めて重要な領域として位置づけられていたのであるが,今日では昔日の面影はなく,多くの難題を抱えながらあえいでいる。生物学的精神医学の発展など,時代による必然的な変化によるところもあるが,我が国の場合,それに加えて,昭和40年代に生じた保安処分制度新設をめぐる精神医学界の葛藤が,大きく影を落としていることが問題である。事実,この闘争を契機として,精神医学界に精神障害と犯罪をめぐる話題をタブー視する風潮が生じ,その研究や,精神鑑定さえ敬遠されるような時代が,ごく最近まで続いてきた。その一方において,精神障害が問題となるような重大事件は変わることなく数多く生じている。近年,精神鑑定が繰り返される中で,鑑定人間の見解の相違が甚だしく,このことが精神鑑定や,精神医学そのものへの懐疑を世に広めているかの感があり,憂慮すべきことである。
近年ようやく我が国の精神医学界に,精神障害と犯罪をめぐる問題を直視しようとする雰囲気が生じており,司法精神医学の復興の時として歓迎したい。遅れている我が国の司法精神医学教育と,精神鑑定および精神障害犯罪者処遇をめぐる諸問題の改善のため,いくぶんでも寄与しうることを願って本論を記すものである。
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