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雑誌目次

雑誌文献

精神医学41巻7号

1999年07月発行

雑誌目次

巻頭言

心の医学と精神医学

著者: 中嶋宏

ページ範囲:P.680 - P.681

 最近東京都衛生研究所ホームページの中に東京都[心の健康センター]ホームページを見つけました。初めにWHOの「ヘルスプロモーションに関するオタワ宣言」の一文,[健康は生きる目的ではなく,むしろ生きるための基盤であり,健康は身体的能力であると同時に,社会的個人的資源である]を引用してありました。これは,今日の精神医学が大きく変換しつつあることを示しており,今や精神医療は単なる精神障害者のための医療のみならず,リハビリテーションも含めた社会復帰と総合的な福祉へのサービスを意図しているとみられます。
 このような精神医療福祉がより良い地域社会の発展に貢献していくためには,個人の精神的な悩みを治療するだけでなく,医療に携わるすべての人(専門医,医師,看護婦(士),精神保健福祉士をはじめ,すべての医療従事者)が,地域の住民参加を得ながら,地域全体の心の健康を促進していくことが重躯要です。

展望

サイコオンコロジー—現状と課題

著者: 内富庸介

ページ範囲:P.682 - P.696

はじめに
 サイコオンコロジー(Psycho Oncology)は,がんの診断技術や治療成績の向上,そしてがんの情報開示など医療を取り巻く社会状況の変化に伴って発達してきた。
 我が国でも,患者のquality of life(QOL)や自己決定権を尊重する風潮が高まり,医師と患者がコミュニケーションなしにがん治療を進めることは困難になってきている。本稿では,サイコオンコロジーの代表的研究を概観し,情報開示を前提としたがん医療を目前に控えた日本におけるサイコオンコロジーの今後の展望を記す。

研究と報告

チトクロームP 450 II D6遺伝子変異と悪性症候群—CYP 2 D 610のホモ接合体である悪性症候群症例の検討

著者: 河西千秋 ,   金井晶子 ,   下田義和 ,   藤巻純 ,   鈴木京子 ,   杉山直也 ,   大西秀樹 ,   石井紀夫 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.697 - P.702

【抄録】 悪性症候群は向精神薬による副作用の1つであるが,その発症に分子遺伝学的要因が関与している可能性がある。我々は悪性症候群に罹患歴のある4人の患者において,PCR法,RFLP法を利用してチトクロームP450 IID 6遺伝子変異を同定した。変異のタイプはCYP2D610変異で,ホモ接合体であった。チトクロームP450 IID 6は数多くの向精神薬の代謝に当たるが,10変異アレルのホモ接合体の個体では,酵素活性が低下し基質薬物の代謝が遷延することが知られている。今回の4例においては,チトクロームP450 IID 6の基質となる抗精神病薬により悪性症候群が惹起されていることから,チトクロームP450 IID 6遺伝子変異が悪性症候群の1つの発症危険因子になっている可能性がある。

Risperidoneにより「挿間性無動状態」を繰り返した精神分裂病の1例

著者: 澤原光彦 ,   渡辺昌祐 ,   元木郁代 ,   吉田昌平 ,   青木省三

ページ範囲:P.703 - P.710

【抄録】 Risperidone(RIS)により特異な「挿間性無動状態」を繰り返した1症例を報告する。
 〔症例〕精神分裂病解体型,27歳の男性。他の抗精伸病薬でakathisiaとparkinsonismが出現し入院した。入院後,RIS投与により挿間性無動状態を繰り返した。
 〔症状特徴〕平常時に寡動と抑うつはなく,突発的急速に動作が完全停止し,無動状態に振戦と筋固縮,眼球上転は欠如,biperiden筋注が著効した。症状頻度はRIS用量依存的で投与中止後は完全消失した。zotepineの併用が無動状態を誘発する傾向を認めた。
 〔経過〕発作性知覚変容体験が先行し,初期には混在していたが後に知覚変容を伴わない独立した「無動状態」に移行した。
 以上の特異な症状と経過の記述を行い,数少ない過去の類似の症状記載と対比し,考察を加えた。

日本語版Client Satisfaction Questionnaire 8項目版の信頼性および妥当性の検討

著者: 立森久照 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.711 - P.717

【抄録】 標準化された患者満足度の測定尺度として,国際的に使われているClient Satisfaction Questionnaire 8項目版を日本語に翻訳し(CSQ-8J),その信頼性と妥当性を検討した。1か月間に,33の精神科医療施設から退院した患者で調査対象となった364人のうち,CSQ-8Jにすべて回答していた290人を分析対象とした。CSQ-8J全項目間のα係数は0.83であった。CSQ-8J総得点と7項目の妥当性調査項目との間にいずれも中程度の正の相関(r=0.36〜0.49)があった。本結果は,CSQ-8Jの十分な内的一貫性と一定の基準関連妥当性があることを示している。

心理・社会的要因が知的評価スケールに及ぼす影響—老人性痴呆疾患センターでの検討

著者: 小川栄一 ,   佐々木直美 ,   川邊浩史 ,   柿木昇治 ,   菊本修 ,   好永順二

ページ範囲:P.719 - P.725

【抄録】 社会保険広島市民病院神経科・老人性痴呆疾患センターに来院した患者595例に改訂長谷川式簡易知能評価スケール(改訂長谷川式),Mini-Mental State Examination(MMS)およびN式精神機能検査(N式)を施行し,知的評価スケールと学歴,同居形態,家庭内での役割との関連を検討した。すべての知的評価スケールにおいて,「低学歴」,「子どもと同居」,「家庭内での役割なし」の群で有意に知的機能が低いという結果を得た。この結果より,知的機能の低下を防止するためには,①若い時に高い教育を得ていること,②子どもと同居せず自立すること,③生活の中で自己のするべき役割があること,が重要であることが示唆された。

常用量のtrazodoneによりセロトニン症候群を呈した躁うつ病の1例—脳萎縮・梗塞の関与

著者: 笹川嘉久 ,   松山哲晃 ,   佐々木史 ,   高丸勇司 ,   岩崎俊司 ,   松原繁廣

ページ範囲:P.727 - P.732

【抄録】 72歳の男性。躁うつ病にて通院中,尿路感染症を契機に意識障害を呈して入院した。入院後trazodoneの投与を開始し,さらに75mgから125mgに増量した数時間後,腹痛,下痢が出現,翌日より興奮,見当識・記憶障害の悪化,悪寒,振戦,上下肢のミオクローヌス,深部腱反射の亢進が認められた。trazodone中止,cyproheptadine投与後,これらの身体症状は約1日間で消失,意識障害も約10日間で改善した。本症例では,高齢,脳器質的障害,意識障害という脳の脆弱性および脳機能の低下が存在しており,これらが常用量のtrazodoneによるセロトニン症候群の発症に関与した可能性があると思われた。

短報

髄液に目立った所見がなくacyclovirが著効を示した急性非ヘルペス性ウイルス性脳炎の2例

著者: 原田誠一 ,   高津成美 ,   亀山知道

ページ範囲:P.735 - P.738

はじめに
 筆者らは,髄液所見が正常〜軽度異常にとどまった急性ウイルス性脳炎の2症例を治療する機会を得た。2例とも起因ウイルスは単純ヘルペスではないと推定されたが,acyclovirの早期投与が著効を示した。本症例は,一部の非ヘルペス性のウイルス性脳炎の治療においてもacyclovirの早期投与が有効である可能性を示すものである。

48時間の睡眠・覚醒リズムを1年以上呈した躁うつ病の1例

著者: 大橋正和 ,   横山知行

ページ範囲:P.739 - P.742

 最近我が国においても,社会構造の急速な多様化および複雑化に伴い,種々の睡眠・覚醒リズム障害が増加している。我々は,躁うつ病の治療中に48時問の睡眠・覚醒リズムが1年以上続いた症例を経験したので報告したい。

摂食障害の軽快に引き続き精神分裂病を発症した1症例

著者: 山本晋 ,   松原良次 ,   工藤静華 ,   鈴木克治 ,   嶋中昭二 ,   設楽雅代 ,   小山司

ページ範囲:P.743 - P.745

 摂食障害と精神分裂病との関係については,精神分裂病において奇妙な摂食パターンを示すことがあるが,逆に摂食障害と診断された後に精神分裂病が顕在化する症例は比較的稀とされている。我が国ではこれまで高柳ら6)以後いくつかの報告1〜5,7)があり,摂食障害の疾病論的位置づけや摂食障害と精神分裂病との関連についての研究が行われてきた。現在のところ統一された見解は得られていないが,両者が親和性ないし同一の発病基盤を持つ可能性は示唆されている。今回我々は当初神経性無食欲症の典型的な症状を呈し,7年後,急激に摂食障害が軽快し,その直後に精神分裂病症状が顕在化した1症例を経験した。本症例と過去の報告例とを比較検討し,若干の検討を加えて報告する。

特有な幻聴が持続する有機溶剤乱用の1例

著者: 安藤久美子 ,   太田克也 ,   車地暁生 ,   花村誠一 ,   金野滋 ,   融道男

ページ範囲:P.747 - P.750

はじめに
 通常,幻覚剤のフラッシュバックはDSM-IVの例示にもあるように幻視が主体である。今回,有機溶剤乱用中のみでなく中止後にも多彩な症状を再燃し続けた症例を経験した。本症例で再燃した幻聴はフラッシュバックであるととらえられたので報告する。

暴力を伴う精神分裂病の強迫症状に対するClomipramineの効果について

著者: 須田潔子 ,   林直樹

ページ範囲:P.751 - P.753

 精神分裂病の部分症状として,しばしば治療困難かつ予後不良な強迫症状が出現することが古くから知られている4)。その中に,強迫症状の完結のために他者を巻き込み,思い通りにならないと他者に激しい暴力を繰り返す「他者巻き込み型」と記述される症例が存在する7)。その執拗さと暴力のために,患者は身近な対人関係に破綻を来し,病棟生活においてすら周囲は対応に苦慮することが少なくない。今回我々は,抗精神病薬による維持療法に加えて,clomipramine(以下CMI)の追加投与により,精神分裂病の強迫症状およびそれに由来すると考えられる激しい暴力行為を改善させることができた2症例を経験したので,ここに報告する。

試論

解離性同一性障害(多重人格障害)の症状形成モデル試論—個人内同一性間健忘としての多重人格症状

著者: 若林明雄

ページ範囲:P.755 - P.762

 多重人格という現象は,18世紀頃から記録が残されているように,古くから知られている精神症状ではあるが,比較的まれな現象とされていた。しかし,1980年頃から多重人格障害(Multiple Personality Disorder)という診断名の症例が,アメリカを中心に集中的に報告され,精神医学の領域において一大トピックスをなすに至った。一方,このような多重人格という診断の異常なまでの流行に対して,Fahy4)のように,多重人格障害の診断の増加に懐疑的ないしは批判的な研究者も存在していた。そのような中で,1994年に公刊されたDSM-IVでは,多重人格という表現は削除され,従来の多重人格障害に相当する診断名は‘解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder)’に変更された。しかし,その症状の病因については,未だ明確なことはわかっていない。
 そこで本論では,多重人格症状形成のメカニズムについて従来主に検討されてきた精神病理学的な観点に加えて,認知心理学的な記憶障害研究や神経生理学的研究などの面からも検討を行い,その症状形成に至るプロセスを考察することを目的とする。

動き

精神医学史の東と西—名古屋国際シンポジウムから

著者: 中谷陽二

ページ範囲:P.764 - P.765

 近年,精神医学が歴史離れしすぎたことへの反動か,精神医学史の重要性が見直され,また一方では20世紀の100年間の精神医学をどう総括するかという問題意識が高まりつつあるように思われる。そうした折,精神医学史の国際シンポジウムが,名古屋市立大学で濱中淑彦会長のもとで開催されたことは時宜にかなう試みであった。1999年3月20日,21日の両日,ポスター発表の7題を含む40題の研究発表がなされた。「History of Psychiatry on the Threshold to the 21st Century-Two Millennia of Psychiatry in the West and East」と銘打っていることから想像されるように,過去2000年の流れの縦糸に比較文化の横糸を編み,さらに来るべき21世紀を展望するというところに主要な狙いがあった。
 GalenやParacelsusといった古典から,PinelやESquirolによる近代精神医学の誕生を経て,Kraepelinから現代までという非常に長いタイムスパンから研究対象が取り上げられた。精神医学史の本流である症状学,疾病学と並んで,精神療法,行動療法,精神外科,心身医学など,治療観の変遷に焦点を絞った発表,あるいは優生学や第二次大戦後の脱病院化の背景という社会文化的側面からの発表など,関心の方向も多彩であった。精神医学からの多数のシンポジストに加えて,歴史学,社会学からの参加者もあり,その意味で学際的な交流の場でもあった。海外からの発表は16題(ポスター4題を含む)で,ヨーロッパ・アメリカ以外からは,韓国からの2題,中国からの1題があった。

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(14)

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.767 - P.788

 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。第16期,第17期と小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命されており,現在は精神医学研連の委員に次の方々になっていただいております。すなわち,木村敏(河合文化教育研究所),小阪憲司(横浜市立大学医学部),鈴木二郎(東邦大学医学部),高橋清久(国立精神・神経センター),樋口康子(日本赤十字看護人学),山内俊雄(埼玉医科大学),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15,16期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,第17期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

「精神医学」への手紙

阪神・淡路大震災による高齢単身被災者へのグリーフワーク活動

著者: 福島春子 ,   安克昌

ページ範囲:P.792 - P.792

 震災で生活基盤を失った人たちへ,どういう精神的ケアを提供すればよいのだろうか。震災から4年経った現在,仮設住宅から災害復興住宅へ,被災者の転居が進みつつある。復興住宅の入居者は,高齢単身者が多い。震災後の住環境に馴染めず,地域社会で孤立感を深めている人が多い(毎日新聞,大阪夕刊,1998年12月26日)と懸念される。
 Rapllael2)は災害の時間的経過を,警告期,衝撃期,ハネムーン期,幻滅期,再適応期の5段階に分類した。復興住宅入居者の課題は,「幻滅」から「再適応」に向かうことである。彼らは仮設住宅から復興住宅への転居に際して,馴染みのない近隣や,日常生活の多様な変化,行政との軋轢などのストレスに直面している。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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