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雑誌目次

論文

精神医学41巻8号

1999年08月発行

雑誌目次

巻頭言

過眠症と過眠性障害者

著者: 本多裕

ページ範囲:P.800 - P.801

・居眠りと日常生活
 居眠りに対し日本人は比較的寛容である。電車の中での居眠りは日本独特の光景といわれているが,外国のようにすりや強盗の被害に遭う危険も少ない平和国家のシンボルでもある。しかし,商談中とか大切な会議中に眠りこんでしまうと社会的信用を失うし,自動車,貨物船,航空機などの乗り物や大きな機械設備などを運転中に居眠りすると重大な事故につながる。体の睡眠・覚醒リズムを無視した勤務計画を立てると作業中に起こる眠気のために集中力が低下し事故などが起こる。大型タンカーのエクソン・パルデー号座礁による海洋油汚染やチャレンジャー号の打ち上げ失敗など大きな教訓がある。
 過眠と不眠は表裏の関係にあり,夜間の睡眠不足や不眠が続くと日中の眠気,集中力低下,気力の低下などの原因となる。最近のオーストラリアでの調査によると,一般人口の14%が,日中の眠気に悩まされているという。南ヨーロッパでは午後2〜3時間眠るシェスタという習慣がある。日本でも午後短時間の昼寝をすると作業能率が上がり,夜の睡眠も改善するという最近の研究報告がある。作業能率を上げ,仕事の成果を改善するためにも,午後昼寝をする時間と設備を職場に備えることが望ましい。

展望

精神疾患における双生児研究の歴史と今後の方向

著者: 米田博 ,   横田伸吾

ページ範囲:P.802 - P.809

はじめに
 双生児には,一卵性と二卵性がある。一卵性双生児は1個の受精卵が卵割の際に2つに分かれ2個体となったものであり,双生児間の遺伝的な構成は全く同じである。そこで,一卵性双生児間の形質の違いは環境の違いによるものと考えられる。一方,二卵性双生児は2個の受精卵から生まれてくるので,遺伝的構成の相似度は同胞と同じく約50%であり,双生児間の形質の違いは遺伝と環境の両方の違いによると考えられる。したがってある形質の発現が遺伝と関係がなければ,一卵性双生児と二卵性双生児の形質の類似度は同じになるはずである。また環境と無関係であるならば,一卵性双生児の間で形質の違いはないはずである。双生児研究(twin study)は,このような考えに基づいて,精神障害の発現が遺伝によるものか,環境によるものかを調べる重要な研究手法となっている。
 このような双生児研究のアイデアは,進化論で有名なDarwimの甥に当たるGaltonによって提出されたが,当時はまだ双生児の卵性についての十分な知識はなく,双生児研究の基礎はSiememsによって確立された。その後精神医学領域では,内因性精神病を中心に多くの双生児研究が行われてきたが,双生児研究が行われる以前から,家系研究や家族歴研究によって精神疾患の家族内集積,例えば,精神分裂病は発端者の同胞で一般集団よりも約10倍の高い頻度で出現することが知られていた。しかしながら精神疾患の家族内集積性は,遺伝的な要因による世代間の伝達,あるいは家族内の環境要因の共有によるという2つの可能性があり,家系研究や家族歴研究ではこの問題を解決することはできなかった。双生児研究はこの素因(nature)と環境(nurture)の問題を分離するために行われるようになった。

研究と報告

一般者を対象とした精神分裂病に関する疾患教育プログラムの作成(第1報)—分裂病の1次・2次予防への寄与を目指すパンフレットの紹介

著者: 原田誠一 ,   岡崎祐士 ,   増井寛治 ,   高桑光俊 ,   佐々木司 ,   高橋象二郎 ,   飯田茂 ,   影山隆之

ページ範囲:P.811 - P.819

【抄録】 筆者らは,分裂病に関する様々な情報を青年期の一般者に伝え,分裂病の1次・2次予防の実現に寄与することを目指して,精神分裂病に関する疾患教育プログラムを作成した。筆者らは,教材用のパンフレットを独自に作成して疾患教育を実践し始めた。パンフレットの表題は「心の病を予防するためのパンフレット-心の健康を守り育てるための9項目の説明」,9項目の内容は以下の通りである。(1)心の病について知っておく利点。(2)心の病とは?-代表的な心の病「分裂病」のアウトライン。(3)分裂病でよくみられる「空耳」について。(4)分裂病でよくみられる「空耳」の内容と影響力。(5)分裂病でよくみられる「勘ぐり」について。(6)分裂病が起こるきっかけになりやすい生活環境-ストレスによるピンチ。(7)ピンチに陥った時の上手な対応法-逆境の受け止め方,しのぎ方。(8)ピンチに陥らないために役立つこと-「転ばぬ先の杖」になりうる事柄。(9)心の病が出てきた時の対処法と精神科の治療の説明-利用できる社会資源の紹介。

女子高校生における摂食障害傾向と環境要因との関連

著者: 小林由美子 ,   松岡恵子 ,   栗田広

ページ範囲:P.821 - P.829

【抄録】 都市部と郡部の女子高校生306名に,Eating Disorder Inventory-91(EDI-91)と環境要因に関する質問紙を施行した。EDI-91の因子「摂食異常」「やせ願望・体型不満」の合計点を摂食障害傾向得点とし,環境10要因(「居住地域」「親密度・支持機能」「競争志向・圧迫感」「攻撃性」「積極的な学内活動」「学業・将来への不安」「学校ストレス」「親密な友人関係」「外見重視」「女性の自立・社会参加」)との関連を調べた結果,摂食障害傾向得点と関連していたのは「外見重視」と「学業・将来への不安」であった。これより女子高校生の摂食障害傾向は評価希求の現れと考えられ,女子高校生において「やせていること」が社会的評価基準として浸透していることが示唆された。

痴呆または健忘障害を合併したアルコール依存症者の予後調査

著者: 三富陽子 ,   松下幸生 ,   中根潤 ,   町田順子 ,   吉本笑子 ,   池田保夫 ,   樋口進 ,   白倉克之

ページ範囲:P.831 - P.837

【抄録】 国立療養所久里浜病院に入院した83例の痴呆または健忘障害を合併したアルコール依存症者の断酒予後について検討した。83例中79例より回答が得られ,8例の死亡が確認されたため,71例を対象として,飲酒状況や健康状態,退院後の入院の有無などについて検討した。飲酒状況に関しては,途中の再飲酒を含めると調査時点で64.8%が断酒していた。予後に影響すると考えられる要因のうち,入院中の外泊回数,退院後の精神科通院の有無などが治療効果に関与する可能性が示唆された。痴呆または健忘障害を合併したアルコール依存症者の断酒予後は,比較的良好であり,このような一群の患者もアルコール依存症医療における治療対象となりうることを示唆した。

精神障害を理由に保護された事例への警察官の対応—1年間の保護事例と警察官へのアンケート結果から

著者: 瀬戸秀文 ,   藤林武史 ,   松永昌宏 ,   吉住昭 ,   國政允 ,   阪本克彦

ページ範囲:P.839 - P.846

【抄録】 佐賀県下全警察署において1年間に精神障害が疑われ保護されたものおよびその対応について調査した。また救急医療体制への希望などのアンケート調査も行った。その結果,保護数は626件(痴呆46件,泥酔316件,アルコール依存112件,精神障害152件)であり,痴呆と泥酔を除く264件で,対応は措置の通報27件,家族戻し119件,保護解除84件,精神科へ搬送17件であった。アンケートでは60%が1年間に精神障害者へ対応し,多くが困難さを感じていた。精神科救急医療体制には,現場に来る医療スタッフ,常時対応の精神科医療機関,措置の通報体制整備など対策を望んでいた。精神科救急医療システムの構築に際しては上記の結果を考慮することが必要である。

摂食障害患者における完全主義傾向

著者: 田中秀樹 ,   永田利彦 ,   切池信夫 ,   河原田洋次郎 ,   松永寿人 ,   山上榮

ページ範囲:P.847 - P.853

【抄録】 Frostらの作成したMultidimensional Perfectionism Scaleの邦訳版を作成し,神経性食思不振症(制限型)患者21例(AN-R群),神経性食思不振症(過食/排出型)患者21例(AN-BP群),神経性過食症(排出型)患者30例(BN-P群),健常対照者82名(C群)に施行した。“ミスへの過度のとらわれ”,“親からの高い期待”,“親からの批判”の3つの下位尺度ではBN-P群のほうが,従来,完全主義的と考えられてきたAN-R群より高得点であった。一方,“自身の高目標”の下位尺度では,摂食障害全般に病型にかかわりなく対照群より有意に高得点を示し,“整理整頓好き”の下位尺度では,過食の有無にかかわらず,神経性食思不振症群では高得点を示した。以上のように,完全主義を多次元的にとらえることによって,各病型ごとの特徴をより明確に把握できる可能性が示された。

摂食障害患者における不安障害のcomorbidityについて

著者: 岩崎陽子 ,   切池信夫 ,   松永寿人 ,   永田利彦 ,   山上榮

ページ範囲:P.855 - P.859

【抄録】 摂食障害患者に対し,半構造化面接を行い,不安障害のcomorbidityを検討した。77例の摂食障害患者の49%に,不安障害のcomorbidityを認め,摂食障害の中でもanorexia nervosaのbinge eating/purging type(ANBP)群で71%,bulimia nervosa(BN)群で58%と高いcomorbidityを認め,これはanorexia nervosaのrestricting type(ANR)群の24%に比し,有意に高率であった。comorbidityを認めた不安障害の病型は,強迫性障害が全対象中の27%と最も高率であり,社会恐怖,全般性不安障害がそれぞれ18%と続き,恐慌性障害は14%であった。
 これらの結果を欧米の報告と比較して若干の考察を加えた。

大うつ病性障害寛解後1年間の経過と再燃・再発の予測因子

著者: 山本由起子 ,   五十川浩一 ,   穐吉條太郎 ,   葛城里美 ,   古田真理子 ,   河野佳子 ,   藤井薫

ページ範囲:P.861 - P.865

【抄録】 大うつ病性障害症例の寛解後1年間の再燃・再発率および再燃・再発に関連する因子について調査,検討した。1年間の追跡が可能であった症例55例のうち再燃・再発が認められたものは17例(31%)であった。再燃・再発群は非再燃・再発群と比較して,過去にうつ病相の既往があるもの,配偶者がいないものが有意に多かった。性別,精神病像の存在,気分障害の家族歴,初発時年齢,入院時年齢,入院時17項目ハミルトンうつ病評価尺度得点,退院時17項目ハミルトンうつ病評価尺度得点,今回のエピソードの日数,教育年数については両群間に有意差はなかった。これらの結果は,過去にうつ病相の既往のあることや配偶者のいないことが大うつ病性障害再燃・再発の予測因子となることを示唆している。

短報

がん患者への構造化された精神科的介入の有効性について

著者: 保坂隆

ページ範囲:P.867 - P.870

はじめに
 新しい学問・臨床領域であるサイコオンコロジーの中で,がん患者への心理社会的介入が注目されている3,7)。筆者は,日本人に適した形態の精神療法的アプローチを検討して,個人および集団を対象にした「構造化された介入」を考案し,その効果と限界について報告した5)。それによれば,回数を5回に設定した場合,個人でも集団でもこのような介入は情緒の改善に効果的であった。しかし,個人介入を行った場合には,より個人的な話はできても,同じ病気を有した他の患者との情報交換や情緒交流ができないという制限があることもわかった。がん患者に対する集団介入は,同じ病気を持った患者同士で支援し合うことが可能になったり,孤立感を軽減するのに役立ったり,具体的な問題を解決するのにすぐに役立つ情報交換が可能になったり,さらに,医療者の人的・時間的な効率の良さにつながる方法であると思われる。そこで,今回は新たな「乳がん患者のための構造化された精神科的介入プログラム」を考案し,乳がん患者の抑うつをはじめとする陰性の情緒状態の改善に対する有効性を検討したので報告する。

電気けいれん療法が著効したせん妄の1例

著者: 北村秀明

ページ範囲:P.871 - P.873

 抗うつ薬と比較して電気けいれん療法(以下ECT)には,効果発現が早く,抗うつ薬に対する反応が不十分な一部の難治性うつ病に有効であり,循環器系へ影響が少ない,といった特徴があり,うつ病治療においてはなお重要な治療法の1つといえる。一方,躁病,悪性症候群,カタトニア,パーキンソニズムなど,単極性うつ病以外の精神神経障害に対しても,ECTは有効であるとする研究が蓄積している2)
 本研究は,たった1回のECTが,抗うつ薬によるせん妄を合併した単極性うつ病患者の抑うつ症状と意識障害の両方を速やかに改善したことを報告するものである。ECTにはその施行後に発生するもうろう状態などの副作用がある一方,せん妄に対する即効作用が報告されている5,6,8,9)。筆者が知るかぎり同様の症例はかつて報告されたことがなく,うつ病とせん妄の病態生理,ECTの作用機序の理解に新たな視座を与えるものと考えた。

ステロイド投与中に可逆性の痴呆症状を呈したSLEの1症例

著者: 水挽貴至 ,   堀正士 ,   鈴木利人 ,   白石博康 ,   室かおり ,   小山哲夫

ページ範囲:P.875 - P.877

 1942年Grehleは,痴呆は不可逆的であると唱えたが,1960年代に正常圧水頭症に伴う痴呆がシャント手術によって治癒しうることが強調されて以来,この概念が疑問視されるようになった5)。1980年Cummingsら1)は可逆性痴呆の概念を提唱し,さらに1984年Varneyら9)は,ステロイド起因性の可逆性痴呆を報告している。今回我々はステロイド治療に伴い可逆性の痴呆症状を呈したSLEの1例を経験した。我々が調べえたかぎりでは,本邦では同様の報告は見当たらず,興味深い症例と思われたので報告する。

横紋筋融解症が疑われ,代謝性アシドーシスを呈したシンナー中毒の2症例

著者: 竹林実 ,   津久江一郎 ,   前岡邦彦 ,   若宮真也 ,   加賀谷有行 ,   堀口淳 ,   山脇成人

ページ範囲:P.879 - P.882

 シンナー依存症の患者はしばしば過量吸引により急性中毒に陥ることがあり,酩酊状態や幻覚・妄想状態などの精神症状が生じることはよく知られている8)。一般的にはシンナー中毒はその主成分がトルエンであるため,トルエン中毒として理解されることが多い4)。しかし,シンナー成分の50〜70%はトルエンであるが,トルエン以外にもメタノールやキシレンなどの種々の有機溶剤が含まれている。今回,我々はシンナー依存症の患者でシンナーの過量吸引により,精神症状と同時にメタノール中毒と思われる代謝性アシドーシスと,横紋筋融解症が疑われた2症例を経験したので報告する。

紹介

英国における精神病質をめぐる論争—殺人を犯し特殊病院に入院中の精神病質の2症例を通して

著者: 堀彰

ページ範囲:P.883 - P.889

はじめに
 英国の法律は「精神病質」(psychopathic disorder)という用語を定義し使用している点で特徴がある。Butler報告18)は精神病質という用語は19世紀後期のドイツに源を発し,初めはすべての人格障害を含む用語として使用されたことを指摘している。米国で最初にこの用語が反社会的行動を示すものに限定され,次いで英国にも同様な用語として導入された。すなわち1959年精神保健法(Mental Health Act 1959)に精神病質という用語が取り入れられ,精神欠陥法(Mental Deficiency Act)で使われていた「背徳症」(moral insanity)と「道徳欠陥」(moral defect)という古い用語に取って代わった。精神病質という用語の意味に関する論争にもかかわらず,この用語は1983年精神保健法17)(Mental Health Act 1983,MHA 1983と略す)にも使用され続けている。
 何が精神病質を構成しているのか,どのように精神病質患者を処遇し治療すべきかに関しては激しい論争がある。1992年のReed報告9,21)は英国保健省,内務省および関連団体に対して合同専門委員会を設立し,精神病質のために選択できる治療法,どこに精神病質患者を収容すべきか,治療を必要とする犯罪者を処遇する方法を検討するよう勧告した。この勧告の後に,保健省・内務省の合同専門委員会10)は精神病質の本質,病因および治療に関する知識が不足していることに注意を喚起し,精神病質が刑事裁判制度,健康社会事業および地域社会に提起する重要な問題を指摘し,英国精神医学会は精神病質に関する2冊の単行本11,24)を出版した。合同専門委員会は様々な場において多様な事業を提供することが必要であり,それらについて適切に評価することを勧告している。
 筆者は1995/1996年の1年間,ロンドン大学の司法精神医学の大学院課程に留学し,そこでの症例に基づいて,これまでに「精神障害における暴力の原因と予防法について」19)および「英国における触法患者に対する法律体系と病院ネットワーク」20)を報告した。本稿では特殊病院で観察した殺人を犯した精神病質の2症例について報告し,英国での精神病質に関する論争を概観し,精神病質に関する合同専門委員会の報告を紹介する。

スペインにおける対人恐怖の1事例

著者: 角川雅樹

ページ範囲:P.891 - P.895

はじめに
 筆者は,臨床心理学とスペイン語学を専門とし,数年前よりスペインのサラマンカ大学で,メンタルヘルス岡本記念財団の援助により「森田療法セミナー」を実施,また,同大学客員教授として,医学部などで講義を担当している。
 1998年3月に1か月ほど同地に滞在したおり,サラマンカ大学の学生に対するカウンセリングを依頼され,何例かを継続して診る機会があった。その時接した学生の中に,対人恐怖と目される女子学生がいて,特に関心を抱いた。滞在中,週に1回のペースで都合4回面接,現在もE-mailにて現地との連絡をとっており,次回のセミナーなどでサラマンカに出向くおり,再び接触する予定となっている。
 近年,日本で伝統的に多くみられ,神経症の日本的特性として論じられることの多い対人恐怖が,DSM-IIIのSocial Phobiaとも関連し,日本以外の国々,特にヨーロッパやアメリカ,カナダ,中国や韓国においてもみられる,との報告2〜5,10)がなされてきている。
 筆者はかねてから,メキシコやスペインなどのスペイン語圏でもみられるとの感触を持っているが,今回,日本で紹介するのに適切なケースに遭遇し,必要な資料も集めることができたので,以下にまとめてみた。

動き

「第21回日本生物学的精神医学会」印象記

著者: 大森哲郎

ページ範囲:P.896 - P.897

 第21回日本生物学的精神医学会は,1999年4月21日から23日まで,杜の都仙台において開催された。会長は東北大学医学部精神医学教室佐藤光源教授であり,学会基本テーマとして「精神疾患の発症脆弱性」が掲げられた。参加者は630名余りと学会史上でも2番目の盛会であったと聞く。
 本大会では学会構成に非常な創意工夫が盛られ,これまで行われることの多かった会長講演と欧米研究者による特別講演は見合わされ,代わって従来は1つだけ組まれるシンポジウムが3つ組まれていた。3つのシンポジウムは,それぞれ精神分裂病,感情障害,覚醒剤精神病と別個の疾患を対象としていたが,それぞれの発症脆弱性という共通問題に関して,神経画像,臨床遺伝,精神病理,神経生理,分子生物などの様々な研究方法論からの最新の所見が紹介され討論された。そして,大会初日に開かれたいわば第4のシンポジウムである若手プレシンポジウムでは「精神医学への神経科学的アプローチ—遺伝子解析から高次脳機能評価まで」と題して,様々な研究方法論についてあらかじめ展望されているという仕組みとなっていた。このようにユニークな学会構成がとられたためか,いつにもまして内容の濃い学会であった。なお,大会基本テーマが,佐藤会長の多年にわたる卓越した業績と関連することは,本誌の読者には申すまでもないであろう。

「第4回日本神経精神医学会」印象記

著者: 三山吉夫

ページ範囲:P.898 - P.899

 第4回日本神経精神医学会が,さる1999年5月12,13日の2日間,慶応義塾大学医学部精神神経科学教授浅井昌弘会長のお世話で,同大学の由緒ある北里講堂において開催された。発足して4年目で会員数は700名足らずの学会であるが,神経精神医学の基本的姿勢である精神と神経の関連を掘り下げていこうとする研究者の集会にふさわしく,シンポジウム,一般演題36題について活発な討論が行われ盛会であった。会長による「神経精神医学における精神症状論について」の講演は,精神症状の詳細な観察と正確な記述が精神医学の基本であることを,会員一同改めて認識させていただいた。精神症状を観るとき,その成因,病前傾向,発症誘因,発症速度,症状内容,経過期間,経過様式,転帰,治療,日常・社会生活機能(障害)などの組み合わせを検討しながら考察する診断学の基本を述べられた。脳器質性疾患の場合は,脳の局在部位との関係,疾患特有な精神症状の有無などを検討し,困難な作業とされる身体疾患と精神症状の特異的関係を見いだす努力が要求されるとも述べられた。精神病理学者としての心眼に接し,精神療法的対応やキメ細かいケアの実施には,精神症状に及ぼす生物—身体—心理—家族—社会—環境などの諸要因を総合的に評価した診療の重要性を強調され感銘を受けた。

「第13回日本精神保健会議」印象記

著者: 本木下道子

ページ範囲:P.900 - P.901

 会議は「結婚と離婚のメンタルヘルス」をテーマにして,1999年3月13日に東京・有楽町朝日ホールで開催された。
 主催した日本精神衛生会は,1902(明治35)年創設の精神病者慈善救治会に始まり精神保健思想の啓蒙と普及を目的とした団体で1950(昭和25)年に財団法人となっている。この会では,精神保健福祉の関係者を中心に当事者とその家族ならびに一般の市民も参加しての精神保健会議を年に1回開催し,その時点での重要課題をテーマに現状分析と将来への提言を話し合っている。今回は13回目で,厚生省,東京都,朝日新聞(東京)とNHKの厚生文化事業団,安田生命社会事業団の後援と多くの精神保健関連の団体と学会の協賛を得て開催された。

「精神医学」への手紙

コトバと「実証による精神医学」について—土居健郎先生へ

著者: 臺弘

ページ範囲:P.902 - P.903

 「コトバの問題」についての土居さんの巻頭言(本誌第41巻第6号)を共感をもって拝見した。その主旨には私は全面的に賛成である。ただし土居さんが「精神状態はコトバによってしか表現できない,主観はそれによって客観性を獲得する」と言われるのは説明が不十分である。ここでは近頃の「実証に基づく精神医学evidence-based psychiatry」に関連して,〈コトバによる実証性〉を吟味する必要がある。この巻頭言の後半で臺の簡易精神機能テストについて述べられている部分は,この吟味の不足によるものと思われる。コトバの達人である土居さんから,コトバによる客観性の曖昧さや限界と非言語的証拠のもつ実証性について教えていただければありがたいと思って,この手紙を書いた。
 古語にあるように「書不尽言,言不尽意」だけでなく,話し手はコトバの奥の意味までも表出する。面接に必要な「ストーリ」の理解は話し手と聞き手の合作である。治療の成否は症例理解の実証性を支える。ただしコトバは理論的には人を欺く可能性も常にもっている。さらに感情や象徴の機能はむしろ非言語的な表現によって深く広く伝えられる。描画その他による表現法や絵画と舞踊と音楽の芸術活動はコトバには現せないその基盤にもかかわるものである。私は動物の感情表現や認知行動障害までも理解の対象に入れている。例えば,慢性覚せい剤中毒実験のサルに〈幻覚〉が出たと言われた時,それを見た一同は声を呑んで賛同した。行動の文法(構造)で幻覚?のような症状までが理解されるとは,私には目をみはる思いであった。百聞は一見にしかずとはよくも言ったものである。ヒトの「主観」はコトバによって「客観化」されるのではなく,広い「合意・通用性」を得るにとどまる。主観的症状はコトバによる傍証や非言語的な回路を通じて解明される過程で,逐次に実証性を得てくるというべきであろう。客観性が一義性・論理性・普遍性をもつのに対して,臨床における主観的症状は多義的・象徴的・個別的であるから,診断・治療に当たっては,客観性をもつ知見の探求と一緒に,主観性についても行動の構造や力動の中に実証性・検証性を高める操作が必要となろう。それはコトバの重要性を軽んじるどころか,強化して理解を深めることである。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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