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雑誌目次

論文

精神医学42巻1号

2000年01月発行

雑誌目次

巻頭言

サイコバブル?

著者: 計見一雄

ページ範囲:P.6 - P.7

 しっかりした社長さんが取りしきっている中小企業のオフィスで,壁に「ほうれんそう」なる標語が掲げられているのをよく見る。報告・連絡・相談の略である。頼んだ仕事について何の報告もしない,出かけたらそのまま連絡も入らない,自信がないなら相談してくれればいいものを一人で背負い込んで結局後始末は上司がしなくてはならない。そういう部下に閉口している社長さんの顔が見えるようでおかしい。その対策に考えたであろうなかなかの傑作である。
 専門知識のある上司が,半素人を複数雇用して仕事のエキスパートに育てなくてはならない必要に迫られたとき,類似の現象がしばしば出現する。日本海海戦で,我が海軍の水兵たちにロシアの軍艦のシルエットを見せ,その艦名を覚えさせるという砲撃訓練をしたそうだ。その時,シソイ・ウェリーキーだのスウォーロフだのの艦名は舌を噛みそうで,漁師から徴用された水兵さんには不評であった。しかし,ドンスコイなる名前とその艦型は好評であった。「どんとこい」と覚えたからである。

展望

現代の憑依現象

著者: 吉永真理 ,   佐々木雄司

ページ範囲:P.8 - P.18

はじめに
 憑依状態は狂気の歴史の中で最も古くから知られているものであり,多くの精神障害に憑依の状態像がみられることは注目すべきことである。症状発現の背景となる宗教・文化的要因への社会精神医学的な関心,特徴的な意識変容の状態像への精神病理学的な関心,あるいは分類や定義に対する診断学的な関心など,様々な視点からアプローチが行われてきた。
 シリーズ「日本各地の憑依現象」は本誌「精神医学」40巻2号から41巻4号まで連載され,10編の論文が所収された。表にシリーズに掲載された全論文に関して,対象地域,憑きもの信仰の内容,著者の論点を整理した。地域は沖縄,四国,山陰,近畿,中部,北関東,北海道,および韓国と台湾である。いずれの論文においても,地域・事例固有の問題を浮き上がらせた上で,現代的な文脈における憑依現象に関して,問題提起を行っているものである。憑依の発生は世襲的に継承されて生じるか,あるいは当人の資質や状況に応じて偶発的に生じるかに分かれる。前者には当該家族や世帯,すなわち「筋」や「系」をめぐる差別や偏見の問題が起こる。後者では当人の特異的な心身状態が「病」や「障害」として精神医学をはじめとする現代科学的医療と接点を持つこととなる。そしていずれの場合にも,憑依の背景となる信仰や世界観を共有する人々が存在し,新たな「憑依」を生み出す土壌となっている。こうした問題を本論では以下の3点に整理し,それぞれ考察していく。

研究と報告

精神分裂病患者の自己のあり方に着目した治療的対応

著者: 林直樹

ページ範囲:P.19 - P.27

【抄録】 本稿の目的は,精神分裂病患者の自己のあり方に着目した一つの治療的対応を提示することである。この対応では,精神分裂病の病的状態において患者の自律やまとまりが損なわれているという理解の下で,患者の自己評価を保護し自己概念を強化する介入によって,その状態からの回復が援助される。このようなアプローチが奏効したと考えられる例として,被害妄想を抱き周囲の援助を受け入れなかった症例および対人的葛藤に巻き込まれて決断不能の状態に陥る症例を提示した。さらにこの精神分裂病に由来する障害された自己の状態に対して,従来の自己愛や自己評価についての議論を参照しながら,この自律や自己のまとまりの回復を進める心理的介入の有効性について検討を加えた。

自責・加害的な強迫症状—分裂病性強迫への1寄与

著者: 濱田秀伯 ,   村松太郎 ,   山下千代 ,   水島広子 ,   末岡瑠美子

ページ範囲:P.29 - P.35

【抄録】 自責・加害的な強迫症状が病像の前景に立つ神経症と分裂病の4症例を提示し,症候学的な立場から検討を加えた。これらの症例は無力性の人格変化に始まり離人症,対人恐怖,仮性幻覚,自我漏洩症状などを合わせ持ち,自我障害を基盤に進展する。自我障害が進み自我の二重化を生じると,自生思考は異質性を帯びて干渉性の強迫観念に,感覚性を加えて強迫表象に,運動性を獲得して自我漏洩症状へ移行する。強迫行為は主体が異質無縁化する体験の自己所属性を確認し,これを自己に取り戻そうとする自助努力である。筆者は分裂病性強迫の本質を,心的エネルギー低下による主体の無力化,自責的な内省から生じる確認強迫と考えた。

精神分裂病患者の顔から受ける印象の評価

著者: 横田正夫 ,   清水修 ,   青木英美 ,   池田鋭一

ページ範囲:P.37 - P.44

【抄録】 精神分裂病患者の顔から受ける印象を数量的に計測するために性格特微22項目,相貌的特徴20項目を使用し,分裂病患者と正常者の顔写真各15枚を,大学生94名に評価させた。因子分析を行った結果,性格特徴については3因子,相貌的特徴については7因子が抽出された。これら合計10因子の因子得点を分裂病患者と正常者の間で比較したところ,親密感,積極性,形態の3因子に有意な差が認められた。これら3因子の得点を使用した分裂病患者と正常者の間の判別分析において71.49%の正判別率を得,またそれらの因子得点はBPRS得点の上位群と下位群の間でも有意な差が認められた。

分裂病の音楽幻聴(第2報)—33症例からの再確認と要素・言語幻聴との関連

著者: 馬場存 ,   濱田秀伯 ,   古茶大樹

ページ範囲:P.45 - P.52

【抄録】 ICD-10の診断基準を満たした33例の精神分裂病患者に認めた音楽幻聴について,症候学的な立場から検討を加えた。症例の構成は男性24例,女性9例,年齢は21〜64歳(平均37.6歳)である。抽出された音楽幻聴48エピソードの持続期間は多様で,分裂病のいずれの時期にも出現し,9エピソード(18.8%)が診断前に認められた。全エピソードを第1報に示した3つの病期に区分することができ,第1期17(35.4%),第2期5(10.4%),第3期26(54.2%)で第2期の出現した例は少なかった。38エピソードの音源が内部主観空間に定位し,大半が聞き慣れた内容で,聞き覚えのないメロディは3エピソードにすぎない。7例が音楽幻聴の前後に要素幻聴を伴い,一部に記憶表象とみなしうるものもあった。第2期は考想化声を伴い,歌詞を伴う音楽幻聴は被影響性の,歌詞のないメロディには新たに言語性の変化が加わった。分裂病の音楽幻聴は記憶表象から始まる仮性幻覚で,病勢に応じて真性幻覚に移行する可能性を持つ。我々は3つの病期をおよその進展と病態水準を示すものと考えた。

パニック発作—広場恐怖への発展

著者: 大曽根彰

ページ範囲:P.53 - P.61

【抄録】 DSM-IVによりパニック障害(PD)と診断された138例を,障害発症後,広場恐怖を伴わない群(56例)と,広場恐怖を伴う群(82例)に分け,性差,発達歴,病前性格,初回のパニック発作(PA)の症状構成,その発症状況などに注目し,広場恐怖への発展に関与する要因を包括的に調査した。その結果,初回のPAが自宅以外で,人間に不安・緊張を強いる場所や状況,特に車の運転中や電車,バスなどに乗車中だった場合,その後,有意に広場恐怖へと発展していた。そして若い女性において,よりこの傾向が強く,社会心理的要因の関与が推測された。今後は,幼少期の分離不安などの発達歴,PDの経過などの前方視的な調査が必要と思われる。

Anorexia nervosaの回復過程にみられる「多食傾向」について

著者: 花澤寿

ページ範囲:P.63 - P.70

【抄録】 「anorexia nervosaの経過中に現れ,疾患の回復につながる食べすぎ」を「多食傾向」として取り上げ,症例をあげて検討した。通常みられる過食とこの「多食傾向」には,衝動性の程度,持続時間や摂食量,排出行動の有無,「おいしいという感覚」の有無,持続期間などにおいて症候的差異が認められた。提示した症例でみられた多食傾向の出現,それによる体重の増加,身体症状の出現と消失,昼夜逆転と深夜摂食への移行,これらはanorexia nervosaから回復する過程で現れたある程度の必然性を持った一連の症候変化と考えられた。「多食傾向」は,anorexia nervosa患者に必然的に内在する強い食衝動が,疾患の回復に伴い徐々に解放されていく過程と考えられた。多食傾向が出現する可能性を常に考えつつ,患者の症候変化を細かく観察することで,経過の評価,予測がある程度可能となり,患者・家族への心理教育的効果も期待できるという利点が考えられた。

短報

リスペリドンが奏効した遅発性パラフレニーの3例

著者: 高橋恵 ,   桂城俊夫 ,   小野瀬雅也 ,   井関栄三 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.71 - P.74

 遅発性パラフレニーは,操作的診断基準の導入とともに精神分裂病や妄想性障害に組み入れられていたが,近年疾患単位として再び注目を集めつつある1)。遅発性パラフレニーでは,抗精神病薬に副作用を来しやすく,妄想のコントロールが難しいことが多い。セロトニン/ドパミン・アンタゴニストであるリスペリドンは過鎮静や錐体外路系の副作用を起こしにくい抗精神病薬として使用されるようになってきたが,初老期から老年期精神障害者に使用した報告は本邦にはほとんどない。今回我々は,リスペリドンが奏効した3例の遅発性パラフレニーを経験したので若干の考察を加えて報告する。

多飲による水中毒を呈したうつ病患者の1例

著者: 田村達辞 ,   黒崎充勇 ,   高畑紳一 ,   加賀谷有行 ,   堀口淳 ,   山脇成人 ,   梶川広樹 ,   横田則夫

ページ範囲:P.75 - P.78

はじめに
 水中毒は本邦の精神病院入院患者の3〜4%に発生する2)といわれ,精神科臨床医にとっては比較的珍しくない病態といえる。また,精神科領域のほとんどの疾患でみられることが知られており,海外文献を含めた調査1)では水中毒報告例の約10%がうつ病患者であったと報告されている。しかし,本邦での水中毒報告例はほとんどが精神分裂病患者におけるものであり,うつ病患者における水中毒報告例は,我々が知りえたかぎりでは2例と極めて少なく,躁うつ病患者を含めても4例のみである3〜6)。今回,我々は入院加療中に水中毒を発病したうつ病患者の1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

ネモナプリドによる胆汁うっ滞型肝障害

著者: 長嶺敬彦 ,   村田正人 ,   阿部彰 ,   池田まな美 ,   大賀哲夫 ,   岡村功 ,   添田光一郎 ,   本間純子 ,   渡広子 ,   和田方義

ページ範囲:P.79 - P.81

はじめに
 ネモナプリドはベンザミド誘導体であり,D2-ドパミン受容体遮断作用に基づく抗精神病薬である。本邦では1991年より一般臨床に使用され,肝機能障害の頻度は0.1%から5%未満であり,その大多数は血清トランスアミナーゼの軽度上昇である。
 今回筆者らはネモナプリド服用開始後約1か月して,著しい皮膚の黄染と全身掻痒感が出現し,ネモナプリドがその原因と考えられた症例を経験した。文献検索上,ネモナプリドによる胆汁うっ滞型肝障害は見当たらないので,若干の考察を加えて報告する。

Dolittle現象を認めた精神分裂病の1例

著者: 佐藤晋爾 ,   堀孝文 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.82 - P.83

 精神疾患の症状に動物が関係することは,しぼしば経験される。その代表的なものとしては,本邦では“狐つき”などの憑依体験が挙げられよう。一方,近年Deningら1)により「動物が語りかけてくる」という体験を,動物と会話できる獣医を主人公にした童話3)に因んで“Dolittle phenomenon”(以下DP)と名付けることを提唱している。今回,我々も同様の症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

精神分裂病における神経学的徴候—初発群と慢性群の比較

著者: 岡村武彦 ,   豊田裕敬 ,   森本一成 ,   花岡忠人 ,   水野貴史 ,   友田洋二 ,   左光治 ,   米田博 ,   藤村聡 ,   岡村直彦

ページ範囲:P.85 - P.88

はじめに
 近年,精神分裂病(以下分裂病)と中枢神経系の異常との関係が注目されているなかで,臨床神経学的検査で得られる「神経学的徴候」(Neurological Signs;NS)は健常者より分裂病患者に多くみられるとされている6,16)。NSは古くはKraepelinやBleulerの記述にもみられ,分裂病の非妄想型13),陰性症状8),不良な経過5)などと関連すると考えられている。特に,NSに関する今までの研究は主に慢性の分裂病患者を対象とし,慢性化との関連を報告している5,14)。しかし,初発の患者においてもNSを認めるという報告12)や発症前からすでにみられるという報告9)もなされており,慢性化との関連については,現在まで十分検討されているとは言いがたい。
 そこで今回我々は,包括的なNSの検査スケールを作成し,分裂病の初発群,慢性群とを比較することで,NSと慢性化との関連を検討したので報告する。

資料

悪性腫瘍患者にみられた適応障害の特徴—その発症契機,臨床像および転帰について

著者: 河瀬雅紀 ,   川上富美郎 ,   澤田親男 ,   水谷充孝 ,   瀬戸隆一 ,   国澤正寛 ,   冨山幸一 ,   松田幹 ,   福居顯二

ページ範囲:P.89 - P.95

 悪性腫瘍患者は,その診断や治療の経過で,種々の精神的苦痛を経験することはすでに知られている。悪性腫瘍あるいはがんの告知,化学療法や放射線療法などの侵襲性の強い治療,社会的な活動の制約など患者は多くのストレッサーに曝され,不安,恐怖,否認,抑うつ,怒り,絶望など種々の精神症状を呈する16)。そしてこれらの症状が強まり,日常生活にも支障を来すと,適応障害,不安障害,うつ病などと診断されるに至る。例えば,Derogatisら2)は,がん患者の47%が,DSM-III-Rの診断基準に対応する精神障害を呈していることを見いだした。そして,これらの精神障害を呈したがん患者の68%が適応障害であった。また,de Walden-Galuszko3)は,末期がん患者において60%の患者に精神障害を見いだし,18%が適応障害,19%が器質性精神障害であったと報告している。このように,がん患者においては精神障害の中でも適応障害を罹患する頻度が高く,精神科医ががん患者の適応障害に適切に対処し,その発症を予防することは重要である。一方,日本ではがんの告知率はまだまだ低く7),がんであることを知っている患者は20.2%,それとなく知っているだろうと思われるものが43.8%などで,がんの診断と病状についての必要な情報が患者に知らされていない場合が多い。しかし,悪性腫瘍の診断や病状についての必要な情報が知らされていない患者も,がん治療の過程で種々のストレスに曝される。その結果,このような患者もまた,告知を受けたがん患者と同様に適応障害を来すことが予想される。しかし,どのようなストレッサーが契機となり適応障害を来すのか,また告知を受けた患者とそうでない患者の間で,適応障害の発症や病状,経過にどのような違いがあるのかについてはまだ十分には知られていない。
 そこで我々は,京都府立医科大学附属病院に入院中で精神神経科に紹介のあった悪性腫瘍患者のうち,ICD-10診断基準13)を用いて適応障害と診断された症例を調査し,発症の契機や経過などを中心に適応障害の特徴をとらえるとともに,悪性腫瘍についての告知の程度がこれらの臨床的特徴に及ぼす影響についても明らかにすることを試みた。

私の臨床研究45年

生物—心理—社会的統合モデルとチーム精神医療(第1回)—序章:伝統的精神医学と精神分析

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.97 - P.100

 1999年の日本精神神経学会でのランチョンセミナー「私の臨床」を聞かれた本誌編集部から,今後の我が国の精神医療の発達に役立つと思うので,「チームで取り組んだ精神医療」を論じてほしいとお誘いがあった。新しい世紀の始まりにあたり,新しい精神医療の発展を願って参考になればと思い,お引き受けすることにした。今回に引き続き,以下のテーマで論ずる予定である。
 2.依存的薬物精神療法の開発とそれがもたらしたもの
 3.うつ病の精神力動と家族病理
 4.ライフサイクル精神医学
 5.病棟のチーム医療と退院困難な慢性分裂病に対するチーム・アプローチ
 6.社会復帰段階のチーム・アプローチ:精神科デイケア
 7.終章:治療と予防一家族の機能

私のカルテから

水中毒を呈した心気症の1例

著者: 糸川秀彰 ,   畑中史郎 ,   吉益文夫

ページ範囲:P.102 - P.103

 精神科領域で多飲から水中毒を呈する症例は多いが,主に分裂病との関連から論じられ,神経症圏内での報告は稀である。今回我々は,重症心気神経症で長期入院中に,その心気傾向と結びついた多飲から水中毒に至った症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

動き

「第19回日本精神科診断学会総会」印象記

著者: 中根允文

ページ範囲:P.104 - P.105

 1999年9月9,10日の両日,上記学会が北海道大学医学部精神医学講座小山司教授のもと,北海道大学学術交流会館などにおいて開催された。本学会が1981年(昭和56年)に精神科国際診断基準研究会としてスタートして,今や足かけ19年を経たことになる。当初は,DSMシステムやICDシステムといったいわゆる国際疾病分類および診断基準の日本における適応可能性を検討するグループであったが,1990年秋にWPAや日本精神神経学会などと共催する形で精神科診断に関する国際会議を主催したことをきっかけにして,1991年の第11回集会より現在の学会名になった。精神科診断学の重要性を中心に据えた学術発表が徐々に蓄積されるようになり,今回の第19回は同分野において極めて実り多い会合であった。
 まず,精神科診断学にとって基本的なテーマである「診断の一致率の考え方と計算方法」(北村俊則氏,国立精神・神経センター)および「PANSS(陽性・陰性症状評価尺度)の使用法」(藤井康男・宮田量治氏,山梨県立北病院)が,オーバーヘッドや面接ビデオを利用して演習を含みながらティーチングセミナーとして持たれたことは,若手の研究者だけでなく参加した精神科医の多くにとって,有用な企画であったに違いない。最近,多数の学会が何らかの形で教育プログラムを準備するようになったが,同学会は早い時期から,一般に繁用されている評価尺度(Hamilton Depression Scale,BPRSなど)の利用法や,研究論文の読み方,信頼性データの解析法などのプログラムが計画されてきた。このように,口頃からの具体的な疑問を細部にわたって,指導者と討議しながら結論を得ていくという方法は教育的にも重要であろう。

「第22回日本精神病理学会」印象記

著者: 庄田秀志

ページ範囲:P.106 - P.107

 第22回日本精神病理学会は1999年9月30日から10月1日まで,東京の日本都市センターで開催された。大会長は帝京大学医学部精神神経科学教室広瀬徹也教授であり,「精神病理・精神療法学会」という本学会のルーツにちなんで,また今日的な要請から「精神病理と精神療法」というシンポジウムを組んだ趣旨が説明された。学会員数803名,学会参加者408名,一般演題発表数は69題であった。
 土居健郎氏の基調講演「臨床と学問」はこの趣旨にもっともふさわしい内容であった。医学における自然科学主義を強調したベルナールでさえ,「実験医学序説」をていねいに読むと実験優位で臨床観察を怠ることで生じる陥穽をすでに指摘しているとの紹介があった。鴎外の自伝的作品「妄想」の引用もあった。主人公は哲学書を読みあさり「どんなに巧みに組み立てられた形而上学でも,一篇の抒情詩に等しい」という思いに達し,かつて自然科学に期待を持ちながら,そういう研究のできない自分の境遇を嘆いていたらしい。その主人公に多くの気持ちを投射したモダニズムの先駆者鴎外が軍の官職にあって,「脚気論争」を引き起こし,判断を誤ったということは,よく知られている。軍隊に脚気が多く,臨床的には米食が原因ではと取り沙汰されていたが,根拠が非科学的であるという理由で鴎外はその主張を退けた。そのため日清・日露戦争では戦死者の中に脚気による病死者数がかなり入っており,臨床の重要性を示唆する歴史的事実であるという。また氏はFreudの精神分析学の功績を前置きしたうえで,その後派生してきた学派の多さに警鐘をならし,体系化された学は死であると言い切った。笠原嘉氏の特別講演「心理学的精神医学」は,すでに学会活動が定着している「生物学的精神医学」を意識したものであった。精神病理学は「症例をして語らしめる」という記述的な方法論をどう洗練させるかという方向性を持っているが,臨床では精神医学に使える概念を作ることを念頭に置くべきであると強調した。その観点でDSM-IVやICD-10が今世紀最大の業績であると評価しながら,操作的診断が症状の羅列に終わる弱点を持っているため,comorbidityでの概念補強が必要であったと述べた。また今後心理学的精神医学が生物学的精神医学と接点を持つとすれば,共同社会の中での病者のありようが鍵になるであろうこと,その際,こと分裂病に関しては,「現実との生ける接触の消失」「自明性の喪失」など,一次性の非社会性が精神病理学的に記述されてきたが,生物学的精神医学の立場の人たちが分裂病では脳の成熟過程ですでに認知の枠組みの片寄りがあり,行動や他人への合わせ方のおかしさなど自己と他者の社会性関連の問題があると気づいており,すでに病理学の言葉を使い始めていることに触れ,病理学と生物学的精神医学には社会性という問題を通して必ず接点があるはずだと締めくくった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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