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雑誌目次

論文

精神医学42巻10号

2000年10月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学の臨床教育について

著者: 西村良二

ページ範囲:P.1014 - P.1015

 精神医学の臨床は,たいへんに魅力的で,やりがいのある人間的な営みです。人間を観察すればするほど,ますます人間を理解したいとの想いに誘われるのは無理もありません。しかし,私がはじめて精神医学の授業を受けた時の失望感はいまだに忘れられません。医学生の頃,私が受けた臨床科目のうちで最低の成績だったのは,実は精神医学だったのです。精神医学の症候論の講義などは,まったく退屈で,最低の気分でした。「人間を深く理解したい」という青年特有の,非常に大きな期待を抱いて授業に臨んだだけに落胆してしまったのでした。
 そうした私が臨床精神医学へと導かれていったのは,精神医学の成績が最低だったので,「なにくそ」と努力したせいではありません。精神医学を選択した動機は別にあるのですが,それはともかく,精神医学の臨床に自分を捧げようという決心を後悔したことは,現在までにあまりありません。

特集 職場の精神保健 現代の職場の抱える精神医学的問題

職場のストレス—今日的課題からストレス対策に向けて

著者: 倉林るみい

ページ範囲:P.1016 - P.1022

はじめに
 あれは確か1990年代初めの出来事だった。あるイタリア人青年から突飛な質問を受けて往生したことがある。「日本では,いったん入社すると,一生雇ってもらえるんでしょ。クビにならないんだったら,どうしてそんなに残業なんかするんですか……」日本の終身雇用制と日本人の長時間労働は,当時すでに世界的に有名だったらしい。
 あれから10年,21世紀を迎える現在,日本の職場環境は大きな変革期にあるようにみえる。
 わが国の伝統的な雇用システムであった年功序列制と終身雇用制が崩れつつある。これに代わって,能力制・成果主義や裁量労働制が採用され,在宅勤務も稀ではなくなった。また,常勤者が減り,従来からのパートタイマーに加えて,嘱託社員・契約社員・派遣社員など,さまざまな雇用形態が出現している。高齢化社会を控えての高年齢労働力,さらに現在子育てのために離職を余儀なくされている女性労働力の活用という点でも,雇用の形態はさらに多様化していく可能性がある。景気変動による雇用情勢への影響も看過できない。また,技術革新,ことに通信情報技術の急速な進歩も,職場の変化に拍車をかけている。
 こうした状況下で,職場のストレスの問題は,現在どのように展開しているのだろうか。
 周知のように,1998年には31,755人という未曾有の自殺者数を記録した。前年比35%増である。男性では自殺者の45%が40〜59歳の働き盛り年代で占められていた。労働者の自殺や精神障害に関する労災保険給付の請求は急増し,ことに自殺に関する損害賠償請求訴訟は高い社会的関心を集めるに至っている。なお本稿に頻出する「労働者」という用語は,ブルーカラー層に限らず,勤労者一般を指すものと解されたい。
 本稿では,個々の症例からの展開という臨床医学での手法をあえて用いないことにしたい。産業精神科医の役割は,職場での精神疾患罹患者の診断や治療にとどまらず,健康者,半健康者,疾病罹患者などすべての勤労者のこころの健康増進のサポートにあると考えるからである。しかし,そのために,職場のストレスの現状が,本稿を通じて具体的に伝わらないことも懸念される。職場のストレスの総論というテーマ柄,基礎的な事項にも触れねばならないことを考慮するとなおさらである。そこで,まず某企業で産業医を務める精神科医に与えられたある具体的な課題を紹介することで,本稿をひもといていきたい。

テクノストレス症候群

著者: 藤垣裕子

ページ範囲:P.1023 - P.1027

はじめに
 本稿では,コンピュータ関連技術にかかわる作業者における精神保健上の問題について考察する。はじめに,産業保健の現場で得られた,対象作業形態の特性に起因するメンタルヘルス上の問題と考えられるケースを紹介する6,10)

退職と精神保健

著者: 近藤信子 ,   河島美枝子

ページ範囲:P.1029 - P.1034

はじめに
 退職は勤労者にとって経済的な生活基盤や社会参加の場,そして生きがいを失う人生の重大な出来事である。特に勤労者の精神的な問題に起因する退職は個人的問題にとどまらず,職場や家庭そして社会に影響を及ぼすと考えられる。今,職場では急激な産業構造の変化を背景に,さまざまな職業性ストレスが勤労者の精神的健康に影響を及ぼしている。筆者らは企業におけるカウンセラーとしての経験に基づいて,職場における退職の実態や問題点,対応などについて勤労者の精神保健の観点を中心に紹介する。

職場不適応

著者: 廣尚典 ,   田中克俊 ,   長谷川恵美子 ,   島悟

ページ範囲:P.1035 - P.1040

はじめに
 「職場不適応」あるいは「職場不適応症」という用語は,精神医学において必ずしも市民権が得られているわけではない。「職場不適応」というのは,職場という環境における「ヒト」と「環境」との適応不全状態を指し示す言葉である。しかしながら「学校」という環境における「学校不適応」なる用語や,「家庭」という環境における「家庭不適応」などという用語は存在しない。学校への不適応現象の例は不登校であろうし,家庭への不適応現象の例は家庭内暴力であろう。昨今問題となっている「引きこもり」は社会との全般的不適応状態とも言えよう。「職場不適応」や「職場不適応症」なる用語は,後述するように,職場の健康管理を担当する産業医が,就業上の問題を呈する従業員に対する精神医学的対応を考える過程でカテゴリー化したものであるが,前者は状態像,後者は診断カテゴリーと考えられる。
 本論では,「職場不適応」および「職場不適応症」の概念の歴史的変遷を紹介しながら,近縁の病態に触れ,筆者らの考えの一端を提示する。

出勤拒否

著者: 広瀬徹也

ページ範囲:P.1041 - P.1044

はじめに
 この不況の時代で出勤拒否は減少し,精神医学的にひと頃よりも問題にならなくなったかと思われたが,限りある項目の中でこのテーマが選ばれたことは依然問題となっているとみてよいであろう。筆者の関係している某大企業でも最も扱いに困り,経過が長引くのはこう呼ばれている一群である。
 同名の論文3)で筆者はこの呼称について論じたが,今日でも正しいとはいえない出勤拒否が用いられるのはなぜであろうか。病気のための欠勤であれば誰もこう呼ばないであろう。病気でないのに休む以上は本人の意志が働いているとみるのは当然ともいえ,そのあたりを言い表すのにこの言葉が適当と思われるのではないだろうか。しかし,素人はともかくとして,このような例の治療に携わったことのある精神科医療者なら,それが正確な呼称でないことは一様に認めていることであろう。その中核症状は出勤恐怖であると考えているが,より広い病態をも含めるなら出勤困難症が適当かもしれない。出社困難症4,8)という用語が比較的新しいが,会社員以外の例もあることを考えると出勤困難症のほうが適当であろう。

業務上の心理的負荷による精神障害と自殺,その労災認定

著者: 篠田毅

ページ範囲:P.1045 - P.1051

はじめに—いわゆる過労死と労災認定
 昭和50年代の終わりから60年代,日本型経営方式と会社人間は一体となって経済大国一日本株式会社を形成していた。しかしその裏面では,長時間労働や過大な責任から,循環器障害によって急性死する勤労者が増加した。遺族による労災認定請求事案が増加し,業務上の過重負荷による過労死が社会問題になった。労働省労働基準局は,1987年「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準8)」を改正し,さらに1995年と1996年に再改正して8),被災勤労者と遺族に労災補償の道を拡げた。1988年,過労死弁護団全国連絡会議が結成され,「過労死110番」が設置された。1995年度以降,全国で毎年500件前後の請求があるが,認定率は13〜19%程度であり,1999年度においても20%に満たない。
 一方,業務上の心理的負荷による精神障害と自殺にかかわる労災認定については,1984年,東北新幹線上野駅工事に従事した設計技術者の反応性うつ病と自殺未遂の事案が労災認定された。そして1984年2月この事例の業務起因性の判断理由が示され,それ以後は事務連絡「反応性欝病等の心因性精神障害の取扱いについて7)」に基づいて労災認定がされてきた。
 1990年バブル景気の終焉以後,2000年現在までいまだに産業経済界は構造変換期の長期不況下にあり,企業の再構築が進む過程で,勤労者は失業か過重労働かを迫られている。総務庁の発表によれば,1999年度平均の完全失業率は4,7%,2000年3月の完全失業率は4.9%,男性は5.2%で過去最悪である。労働省の発表によれば,有効求人倍率は0.53倍で,会社の事業不振や人員整理による非自発的失業と長期失業がことに中高年齢層世帯主において増加している。失業率と連動して自殺率も増加している。1998年度は人口10万人当たり25人を超える状況にあり,年間の自殺者は3万2千余人である。近年ことに,仕事上,経済上の理由で自殺する35歳以上の中高年齢層の勤労者が増加している。

自殺の労災補償—自殺の現状と電通事案最高裁判決を通して

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.1053 - P.1057

はじめに
 過労死弁護団が1997年頃から「自殺過労死110番」を都道府県で開設し始め,マスコミ報道も勤労者の話題に関して「過労死」から「過労自殺」へと焦点が移行してきている。最近は自殺の労災認定に関して,労働基準監督署,基準局で業務外と労災認定が否定されても,企業側に損害賠償が請求され裁判所で民事訴訟として争われ,その結果として自殺が業務上認定されることが多くなり,社会問題となっているのである。過労自殺は,最近では労災補償の対象であると同時に企業に対する損害賠償訴訟の対象であり,現在,過労自殺訴訟で係争中の事案は,十数件あるとも言われている。筆者は,警察庁統計から我が国の自殺の動向と有職者の自殺動機について述べ,7年ぶりに自殺訴訟が終結した電通事案について報告すると同時に昨年,公表された自殺の労災認定に関して述べる。

職場における精神保健福祉ネットワーク

著者: 大西守

ページ範囲:P.1059 - P.1062

今,なぜネットワークが重視されるのか
 職域においても身体疾患中心の健康管理から,メンタルヘルスを視野に入れた保健活動が求められるようになった。ところが,バブル経済崩壊後の深刻な経済情勢は,一連の職場でのメンタルヘルス活動に水を差す結果をも招いている。もちろん,表立って職場のメンタルヘルス活動の縮小を口にする企業・組織は少ないが,産業精神保健にかかわる人員の削減や増員の見直しといった話はよく耳にされる。また,教育・研修の予算削減もよくやられることで,職場で実施されてきたメンタルヘルス関連の講演会・研修会の回数も少なくなったのではないか。こうした時代だからこそ職場のメンタルヘルス活動の重要性が叫ばれるゆえんでもあるが,職場のメンタルヘルス活動のより効率的な方法が求められている10)
 ところが,こうした状況にあるにもかかわらず産業精神保健の関係者は十分期待に応えていないように思われる。その要因はいくつか考えられるが,1つには専門家が陥りやすい罠として疾病性(病気や治療)を重視するあまり,職場関係者が実際に困っている事例性への配慮に欠けることが挙げられる。これは従来の専門教育の弊害の1つだろう。例えば,精神疾患が疑われ職場で混乱が生じているケースに対して,精神分裂病云々といった診断名をつけることよりも"困惑している関係者に適切なアドバイスを与え,いかに精神医学的な治療ベースに結びつけるかが優先事項となる。つまり,直属上司の責任で精神科に連れていけとか,逆に「連れてくれば,診る」といった産業医・産業看護職の姿勢では職場関係者のニードには応えることはできない。

精神科クリニックにおける職場のメンタルヘルス活動への取組み

著者: 楢林理一郎 ,   三輪健一

ページ範囲:P.1063 - P.1068

はじめに
 職場におけるメンタルヘルスのテーマが社会的に関心を集めるようになってきたのは,筆者の記憶では,およそ1980年代の前半からではなかったかと思われる。もちろん,戦後早い時期から先駆的な精神科医によってこのテーマは研究,実践されてはいた3)ものの,社会的な認識は決して高くはなかった。しかも,1970年代には,精神科医の間からも,産業精神保健が企業の合理化の論理のもとに職員の排除に利用される恐れがあるのではないかとの批判がなされ,しばらくの問,企業における精神保健のはらむ危険な側面のみが強調され,真摯に取り組む者が沈黙を強いられる時代もあった4)
 1980年代に入り,エリートサラリーマンの相次ぐ自殺がマスコミの話題となったり,とりわけ1982年の日航機の羽田沖墜落事故において,機長が精神障害で判断能力を欠いていたことが報道されるなどの一連の動きの中で,企業における職員の精神的健康管理の問題がようやく一般の注目を集めることとなった。また,自殺企図とその結果の障害を残したうつ病の技師の事例に対し,1984年に初めてのうつ病の労災認定がなされたこともこの時代のひとつの特徴的な動きであったといえよう。しかし,このような状況も長くは続かず,ごく一部の企業を除いて,関心は次第に下火となった。

産業精神保健—課題と方向

職場における精神保健

著者: 荒井稔

ページ範囲:P.1069 - P.1074

はじめに
 現在の職場の状況としては,10年間に及ぶ景気の低迷が持続し,それに由来する業績の悪化が経営者や管理職を不安に陥れている。さらに,インターネットなどの情報技術革新による仕事の仕方が急速に変化し,職場文化が改革されることによって,不適応を示す一般就業者も増加傾向にある。また,これまで日本の企業文化を支えていた「みなし家族主義」が解体し,欧米の個人主義的価値観を持つ就業者が増加することによって,社会的支持機能が衰え始めている。このような年功序列制や終身雇用制の終焉といった会社風土の変化によって,就業者の会社に対する帰属意識は変容し,よくもあしくも職場の個人に占める意味が変質しつつある。会社に対する「甘え」が許されなくなる傾向は,健常者にも不安を与え,精神健康を阻害する背景となっていることを踏まえつつ,小論では,職場における精神健康に関する諸問題のうち,重要と思われる点について,現在・過去・未来の順に若干の展望を行いたい。

精神障害者が職場で抱える問題

著者: 中村豊

ページ範囲:P.1075 - P.1080

はじめに
 詳しくは他の筆者が触れられるところであろうが,職場(企業)といっても多種多様である。すなわちその規模(大中小企業),業種(製造業,非製造業),勤務形態(事務作業,現場作業)など,それぞれの職場によって,その物理的,対人的環境条件はさまざまである。したがって精神障害を引き起こす誘因の内容とその程度も,各企業,各職場によって実に多様である。
 特に近年わが国の多くの企業においては,いわゆる情報技術(lnforniation Technology;IT)化が急速に浸透し,そこに働く人々は,それに対応するために,かつてない精神的負荷を負っている。さらに最近の社会情勢から,わが国を吹き荒れるリストラ(restructure)の風に直面し,彼らは不安に曝されながら,毎日を過ごしているのである。このような情勢の中にあって,職場で働く人々の中に,さまざまな病的レベルの精神障害者が発生することは,容易に推定できる。また,職場の中の精神障害者―彼らは「病のなせる業」の故に能力の低下や,時には問題行動を起こすことがある―に対する仕事仲間の「目」が,過去以上に厳しさを増していることも事実であろう。
 長年職場の人々と身近にかかわってきた一精神科医として,現場から問題を提起された精神障害者への援助活動の経験をもとに,彼らの抱える問題や職場関係者の対応などについて,いささかの所感を述べたい。

産業精神保健医の役割—労働安全衛生法,産業精神保健医とは

著者: 吉川武彦

ページ範囲:P.1081 - P.1085

これまで産業精神保健はどのように機能してきたか
 公衆衛生における予防の概念に従って,疾病の発生予防(第1次予防),疾病の早期発見・早期治療(第2次予防),疾病からの回復・再発予防と社会復帰(第3次予防)に当たるものとして,産業精神保健を精神障害の発生予防,精神障害の早期発見・早期治療,精神障害のリハビリテーションとして考える向きが多かった。したがってそこで行われる産業精神保健活動は,従業員で精神障害に罹患したものを早く発見するという精神障害者の早期発見や早期治療に当たる第2次予防を中心にして行われてきたといえよう。
 その延長上にあるのが,早期発見のためのマニュアルづくりであったり,採用時における精神医学的面接の強化が行われるなどの産業精神保健活動であった。その一方で,第3次予防に当たる精神健康障害を負ったものの職場復帰をめぐる検討も盛んに行われてきた。職場復帰までの段階づくりや受け入れる職場の配慮事項の検討などが行われてきたのもこのためであった。また復職判定の手続きなども検討され判定委員会が設置されるなど,第3次予防に関する産業精神保健活動が盛んに行われるようになってもいた。

研究と報告

分裂病患者の糖尿病治療コンプライアンスに影響する要因—Health belief modelを用いた検討

著者: 萬谷智之 ,   宮岡佳子 ,   宮岡等 ,   泉正樹 ,   金川英雄 ,   野田文隆 ,   内富庸介

ページ範囲:P.1087 - P.1094

【抄録】 精神科および内科外来通院中の糖尿病を合併している分裂病患者22例を対象として横断的調査を行い,(1)HbA1C,経口糖尿病薬・食事療法・運動療法のコンプライアンスと関連する要因についての単変量解析および重回帰分析を用いた統計学的検討,(2)対象を過去に糖尿病教育入院をした群と,していない群の2群に分けて,病識,知識,保健信念,治療コンプライアンスを比較した検討を行った。その結果,(1)HbA1C,各治療コンプライアンスと糖尿病罹病期間,保健信念,同居者の有無といった要因との有意な関連がみられ,(2)糖尿病教育入院の経験がある群のほうが病識,知識,保健信念は良い傾向を認めたものの,治療コンプライアンスの差はみられなかった。

高校生における睡眠相後退症候群の疫学調査

著者: 中谷英夫 ,   棟居俊夫 ,   金田学 ,   柳下杏子 ,   越野好文

ページ範囲:P.1095 - P.1099

【抄録】 睡眠相後退症候群(DSPS)は青年期に発症することが多いが,この年代を対象とした疫学的調査は少ない。今回我々は高校生を対象にDSPSの有病率を推定する調査を行った。石川県下の高校生から偏りなく抽出した1,072人を対象とし,調査には思春期・青年期の睡眠障害に関するMontefiore睡眠障害センター版質問紙の日本語版(伊藤彰紀,粥川裕平,太田龍朗訳)を使用した。無記名式アンケートのためDSPSの診断確定は不可能であるが,粥川らの定義したpossible DSPSは1.4%であった。また,最近問題となっているDSPSと不登校との関連についても検討した。

短報

Clomipramine減量中に離脱症状を呈し,fluvoxamine投与により改善した1症例

著者: 竹内暢 ,   内村直尚 ,   諸隈琢 ,   辻克郎 ,   安元眞吾 ,   前田久雄

ページ範囲:P.1101 - P.1103

はじめに
 うつ病患者の治療には,現在種々の薬物が使用されている。本邦でも三環系,四環系抗うつ剤,抗不安剤,睡眠導入剤に加え,選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるfluvoxamineの発売以来,その選択はますます広がりつつある。SSRIは本邦での発売以前よりマスメディアで大々的に取り上げられていたためか,現在では精神科のみならず,心療内科,内科でも比較的高頻度に使用されている。またSSRIは従来の抗うつ剤より抗コリン作用が弱く,副作用が少ないため,他の抗うつ剤から変更を試みる症例も少なからず経験する。
 今回うつ病患者において,clomipramineの減量中に離脱症状を呈しfluvoxamine投与により改善した1症例を経験したので,報告する。

23歳まで未治療であった3Hz棘徐波結合を伴う定型欠神発作の1例

著者: 陶山満雄 ,   角南健 ,   井澤志名野

ページ範囲:P.1105 - P.1107

はじめに
 定型欠神発作は小児期に発症し,6歳前後にそのピークがある。適切な治療により,患者の2〜3割は思春期以前に,7〜8割は30歳までに,発作が消失するといわれる1,7)
 未治療で成人まで経過する例は極めて稀であるが,今回われわれは23歳まで治療を受けず,定型欠神発作を反復していた症例を経験したので報告する。

精神医学における日本の業績

下田光造の精神医学—その基本姿勢と目標としたもの

著者: 新福尚武

ページ範囲:P.1109 - P.1114

はじめに
 我が国の精神医学は,ヨーロッパ留学から帰った呉秀三が東京大学教授としてかの地で修めた新しい精神医学を紹介移植したことに始まるが,それが1901年で,それからちょうど1世紀の歴史を持つ。その間多くの優れた精神医学者が出たが,その中で特に目立つのが下田光造で,欧米人の研究や学説を凌駕する数々の独自の業績を挙げた。しかし我々は,その業績もさることながら,それを生み出した研究姿勢,透徹した論理,そしてみずからも努め,精神健康の目標ともした人格像に目を注ぎたいと思う。
 結局,彼はただの脳病理学者にも,ただの臨床家にも,ただの精神療法家にも満足できなかった,真の意味での精神医学者であったが,その生き方の中に現代の精神医学に見失われがちな「真人」の追求があったように思う。特に足場の定まらない,若い研究者はそのあり方に示唆されるものが多々あるのではないかと思う。

私のカルテから

Lithiumによるfluvoxamine増強効果がみられたうつ病の1例—臨床精神薬理学的見地からの検討

著者: 上田展久 ,   山田恭久 ,   吉村玲児 ,   中村純

ページ範囲:P.1116 - P.1117

 治療抵抗性のうつ病に対して,抗うつ薬にlithiumを追加投与することにより,約50%程度の症例で抑うつ症状が改善することが報告されている2,5)。lithiumの抗うつ薬増強作用に関するメカニズムについては,抗うつ薬の慢性投与がセロトニンのpost-synaptic desensitizationを起こし,それに対して後から追加投与したlithiumがpre-synapseのセロトニン伝達を増強するとの仮説がある1)。また一方で,ノルアドレナリン神経系に優位に作用する抗うつ薬に対してもlithiumは増強作用を持つことから4),lithiumによる抗うつ薬の増強作用をセロトニン神経系に対する増強作用のみに帰結することはできない。ところで,最近我々は選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)であるfluvoxamineの抗うつ作用(特に抗不安作用)とノルアドレナリンの主要代謝産物である血中3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)の低下が相関を示すことを見いだし,fluvoxamineの抗うつ作用の一部はノルアドレナリン神経系への影響も介している可能性があることを指摘した6)
 今回,我々はfluvoxamineにlithiumを追加投与した症例について,Iithiumによるfluvoxamineの抗うつ効果増強作用の一部にはノルアドレナリン神経系への影響も関与しているとの仮説を立て,血中MHPG濃度を経時的に測定したので若干の考察を加えて報告する。

動き

「世界精神医学会・50周年記念国際会議」印象記

著者: 小林聡幸 ,   加藤敏 ,   恩田浩一 ,   山下晃弘

ページ範囲:P.1118 - P.1120

 第1回の世界精神医学会(WPA)は,1950年,J. Delay会長,H. Ey運営委員長のもとパリのソルボンヌ大学大講堂において開催された。このたび,その50周年を記念して2000年6月26日から30日,パリ大会議場Palais des congrèsにおいて,記念国際会議が催された(会長J. Garrabè氏)。メイン・テーマとして「臨床から研究へ:精神医学再考」と掲げられたこの学会は,WPAにとっての記念の会議であるばかりでなく,フランス精神医学界の記念の色彩を持ち,フランスのしたたかさを強く感じさせられた。
 学会の公用語は英語とフランス語で,口演は大きいもので600席,小さいもので30席までの13会場で催され,6会場には同時通訳がついた。シンポジウム141,ワークショップ13,一般演題47セッションに加えて,廊下では,ポスターセッションと,国際表現病理芸術療法学会による患者の作品展が持たれた。このような学会の全貌をとらえるのは困難だが,我々が見聞きした範囲での印象を報告したい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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