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雑誌目次

雑誌文献

精神医学42巻11号

2000年11月発行

雑誌目次

巻頭言

精神「癒」学への道

著者: 山中康裕

ページ範囲:P.1130 - P.1131

 「精神医学」とは,もちろんPsychiatry(Psychiatrie,psychiatrie)の訳語である。昔は「精神病学」とされたこともあるが,その頃はその名のとおり,精神病の分類学がほとんどであった。「精神病学」はもちろんのこと,「精神医学」でも,その名を冠したほとんどの教科書が,治療学には全くと言っていいほど紙数をさいていないのが,初学者の私にはとても不思議なことだった。医学とは分類学のいいで,治療学ではないのか?と。ところで,サイカイアトリィの,前半部の原語プシケーが精神やこころを表すギリシア語なのは言うまでもないことだが,後半部の原語イアトレイアとは,その原義は「癒し」であって,本来は,「精神癒学」であるべき(ちなみに類語のイアトロスとは「医師」の意味)なのに。
 よって,「精神療法」がその主流にこなくてはならないはずなのだが,全国80に及ぶ大学の「精神医学教室」の主任教授は,あいも変わらず,いわゆる生物学を主とするアプローチをとっている人々が占めている。いやそれどころか,精神療法家はおろか,精神病理学者にしても,ほんのごく少数派である。最近,いくつかの精神医学教室の教授選考にかかわる何らかの相談を受けることがあったが,異口同音に言われるのは,精神療法や精神病理の論文の評価が難しい,ということであった。翻ってその基礎となるペーパーも,生物学的方法論をとる人々には,欧文和文を問わず,書きやすいときている。確かに,神経生理や神経化学,あるいは組織病理または分子生物学あるいは精神薬理などは,教授選考にかかわる他科の教授たちにとって,彼らがほぼ同様の方法論や思考法をとっている分,それだけわかりやすいわけだが,精神療法や精神病理は,彼らにとって,まるで小説か哲学論文の類いに見えるらしく,とんと見当もつかないらしい。大体,従来の教授選考のありかた自体が,こうした悪状況をさらに悪化させて再生産を繰り返してきたわけだから,生物学中心の教授が選ぼれるのは必然なのである。むろん,だからと言って,筆者は生物学の先生方ではだめだ,と言っているわけではない。一芸に秀でた人は,他にも秀でて,むしろいい治療者でもある学者も時に見られるからである。筆者はその好例を何人か知っている。

展望

精神科救急医療の現状と今後の方向—1地方の取り組みが提示する問題点と視点

著者: 酒井明夫 ,   鈴木満 ,   及川暁

ページ範囲:P.1132 - P.1141

はじめに
 現在,全国で精神科救急医療の整備が進められているが,その経過の中で明らかになってきたことが二つある。一つは,システム作りには地域差を考慮しなければならないということ,言い換えれば,各地域での精神科救急医療システムには,個々の医師—患者関係にも比せられる個別性や独自性が要求されるということであった。都市部と地方という大きな単位を取ってみても,その人口や人口構成,面積,産業基盤などが大きく異なり,自ずと精神科救急医療が対処すべき対象についても大きな差異が生じてくるのである。
 もう一つは,こうした個別的なシステム形成の試みが,地域の特殊性を越えて,「精神科救急医療とは何か」という一般的な問題を提起していったことである。後者の意義はとりわけ大きく,精神科救急にとどまらず,精神医療とは何かという問題までも考えさせる地点に我々を導いたように思われる。
 本稿での我々の意図は,自分たちが直接かかわり,体験したことを基盤にして「精神科救急の現状と今後の方向」を考えることである。したがってその方法は,全国的な動きを俯瞰的にとらえるというよりは,岩手県における精神科救急医療への取り組みとその現状を中心にしながら,大都市圏など他の地域との類似と差異を浮き彫りにし,その中で精神科救急に必然的に伴うと思われる問題点を抽出していくことである。問題点の中には,きわめて特殊な,地域性を反映したものとともに,一般的なものも数多く含まれている。これらの問題点を検討しながら,その解決につながるような視点を模索していきたい。

研究と報告

1矯正施設内における覚せい剤精神病

著者: 秋山一文

ページ範囲:P.1143 - P.1151

【抄録】 1刑務所で直接診察・治療した覚せい剤精神障害の20例について,症状と経過を中心に後方視的に調査した。刑務所内精神科初診時の年齢が半数で41歳以上であり,覚せい剤使用開始から同初診時までの年数も半数以上で10年を上回っていた。精神病状態を示した者は17例であり,残りの3例は不眠,身体的不定愁訴を示した。精神病状態を示し12年以上の覚せい剤乱用歴のある8例は覚せい剤の最終注射から3か月間以上も症状が遷延してから刑務所内精神科を初診していた。そのうち4例では抗精神病薬治療に抵抗してさらに5か月以上も症状が持続し(遷延・治療抵抗群と名付けた),別の3例では同治療または自然経過によって症状が軽快した後に自然再燃を認めた。上記の遷延・治療抵抗群のうち3例でアカシジア,遅発性錐体外路症状を認めた。覚せい剤の最終注射からまもなく受診した9例でも,ほとんどが10年以上の乱用者で,症状軽快に2〜3か月を要する例もあった。5例に有機溶剤の乱用歴があり,そのうち2例では有機溶剤のみの乱用時から幻聴が出現しており,その後の覚せい剤の乱用開始以後も精神病状態は持続した。

女性覚せい剤乱用者における摂食障害の合併について(第1報)

著者: 松本俊彦 ,   宮川朋大 ,   矢花辰夫 ,   飯塚博史 ,   岸本英爾

ページ範囲:P.1153 - P.1160

【抄録】 女性覚せい剤乱用者102例を対象として,摂食障害合併の実態とその臨床的特徴を調べた。その結果,摂食障害合併は21例(20.6%)に認められ,その病型は神経性大食症,排出型が最も多く17例であった。合併例の特徴としては,吸煙摂取による使用,ダイエット目的での使用が多くみられ,手首自傷・大量服薬の既往を持つ症例が多かった。初診3か月後の覚せい剤使用状況は摂食障害の有無で差はなかったが,他の物質乱用への移行が多く,移行の背景には,体重コントロールへの固執に基づく一種の薬物探索行動が推測された。また,合併例の大半は入院中に食行動異常を呈して治療中断の原因となっていた。

母体および新生児におけるロフラゼプ酸エチルの血漿中濃度変化について

著者: 増村年章 ,   足立卓也 ,   臼井直行 ,   中野義宏 ,   三橋直樹

ページ範囲:P.1161 - P.1165

【抄録】 我々は,不安症状に対して出産前日までロフラゼプ酸エチルを服用していた妊婦および新生児の出産時と産後のロフラゼプ酸エチル血漿中濃度を測定する機会を得た。出産時の母体血漿中濃度は186.1ng/mlであり,臍帯静脈血中濃度は215.3ng/mlと母体の濃度の1.16倍であった。母体の産後3日,7日,32日の血漿中濃度はそれぞれ143.3,112.4,20.4ng/mlであった。一方,児の血漿中濃度は138.3,139.7,3.7ng/mlであった。児の7日目の濃度が3日目と変わらなかったのは,生後3日より12日まで母乳による授乳が行われており,本薬剤が乳汁より児へ移行したためと考えられた。これらの結果より,ロフラゼプ酸エチルは従来のベンゾジアゼピン系薬物と同様に高い胎盤通過性と乳汁移行性があり,妊産婦に対する投与には注意する必要があると考えた。

破瓜型分裂病との鑑別が問題となったアスペルガー症候群の1例

著者: 堀有伸 ,   松浪克文

ページ範囲:P.1167 - P.1174

【抄録】 20代半ばに幻覚妄想状態を呈して初めて精神科を受診し,当初は精神分裂病と考えられたが,後の経過からアスペルガー症候群と診断された男性症例を報告した。症例は当初幻覚や被害関係念慮などの症状を訴えた。薬物によって諸症状は速やかに改善したが,対人的には引きこもる傾向があった。その後,患者は受容的な入院環境において積極的な対人交流を求めるようになり,それに伴ってアスペルガー症候群に特徴的な社会的相互作用の質的異常が明らかになった。本稿では分裂病症例との異同について患者の示す対人相互作用などに着目しながら考察した。

フェニトイン長期投与により小脳萎縮を呈したと思われるてんかんの1症例

著者: 早川正樹 ,   植田勇人 ,   三山吉夫

ページ範囲:P.1175 - P.1180

【抄録】 フェニトイン(PHT)投与中に,小脳萎縮を呈したと思われるてんかんの1症例を経験した。本症例の経過報告とともに,PHTと小脳萎縮発生との関係や小脳失調を呈したてんかん患者に対する抗てんかん薬(AED)の使い方を考察した。すなわち,①急性中毒症状の出現と精神活動に注意し,単剤療法と適切な投与量を常に検討する。②PHTは血中濃度が中毒値以下でも小脳失調を主体とする不可逆的変化を生じることがある。てんかんの治療上,AED使用においては日常生活能力を低下させないよう心がけ,場合によっては主剤とみなされるAEDの変更が必要となる。

著明な情動不穏を認めたMarchiafava Bignami病の1例

著者: 森山泰 ,   三村將 ,   加藤元一郎 ,   崎原健生 ,   原常勝 ,   鹿島晴雄 ,   浅井昌弘

ページ範囲:P.1181 - P.1186

【抄録】 Marchiafava Bignami病(MBD)の1例を報告する。本例では明らかな脳梁離断徴候を認めず,不機嫌・抑うつなどの精神症状を呈した。精神症状は発症後4か月から9か月まで持続し消退したが,症状が顕在化していた間,脳波の徐波化などが認められ,通過症候群に基づく症状と考えられた。本例の特徴は,経過が詳細に追跡できたことのほか,SPECTにおいて前頭・側頭部の血流低下を認め,精神症状の改善とともに正常化したことである。このことから,同部位の機能障害が本例の精神症状形成に関与している可能性が高いと思われた。また本例のMBD発症機転としては,重症アルコール性肝障害による代謝性の要因が関与している可能性があると考えられた。

「こころの健康ドック」—地域住民か気軽にこころの健康相談ができるシステム作りを目指して

著者: 本多正喜 ,   浅見隆康 ,   武井満 ,   大島茂 ,   鈴木庄亮

ページ範囲:P.1187 - P.1194

【抄録】 我々は精神保健では予防が重要と考え,地域住民が気軽に専門家に相談できるシステム作りを模索して,関係機関と連携して「こころの健康ドック」と名づけた事業を試行した。まず質問紙健康調査票THIを用いて人間ドック受診者をスクリーニングし,独自の基準で「こころの健康ドック」を受けることが必要とされた者のうち,希望した者に精神科医が面接相談を行った。実際に相談を受けると,予想に反して精神症状に関する訴えは少なく,むしろ職場での人間関係や家族に関する内容が多く寄せられ,相談してきた者はこの事業の目的と実施に賛同していた。ただ今回の実施方法には限界も見いだされ,それらについては今後の課題と考えている。

短報

多彩な精神症状を呈した心不全精神病(Dekompensationspsychose)の1例

著者: 石川正憲 ,   水上勝義 ,   遠藤憲一 ,   西功 ,   白石博康

ページ範囲:P.1197 - P.1200

はじめに
 1940年Luegら4)は心不全において独特の精神病症状が出現しうることを報告し,心不全精神病Dekompensationspsychoseと呼んだ。しかしながらその後の報告は少なく,近年では本症の報告例は見当たらない。今回我々は拡張型心筋症の経過中,拒絶,昏迷,加害妄想など多彩な精神症状を呈した心不全精神病と考えられる1例を経験した。興味ある症例と思われるので報告する。

若年発症のPick病の1例

著者: 山田朋樹 ,   鎌田享介 ,   山口公 ,   小田原俊成 ,   井関栄三 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1201 - P.1203

 Pick病(Pick's disease;以下PD)は,特異な臨床像と前頭・側頭葉に限局した葉性萎縮を特徴とする神経変性疾患であり,アルツハイマー病と並んで代表的な初老期痴呆症とされてきた。しかし,近年PDを含む包括的疾患概念である前頭側頭型痴呆が提唱され,PDの疾患単位としての位置づけを再検討する必要に迫られている。今回,33歳という若年で発症し,急速な経過で痴呆が進行したPDの1臨床例を経験したので報告する。

睡眠薬の大量服薬を契機として顕在化した解離性同一性障害の1例

著者: 山根秀夫

ページ範囲:P.1205 - P.1207

 解離性同一性障害は近年北米の精神医学界の影響を受け,本邦でも報告数は増加傾向にある。今回,睡眠薬を大量服薬した後,一過性の逆向性健忘を来し,その後四重人格を呈した症例を経験した。
 そこで,本症例における治療的かかわり,発症要因について若干の考察を加え報告する。なお,本稿では,DSM-IV1)により診断をしている。

ループスアンチコアグラント陽性で多発脳梗塞性うつ病を呈した1例

著者: 勝瀬大海 ,   高橋恵 ,   桂城俊夫 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.1209 - P.1212

 近年,多発性脳梗塞の危険因子として,抗カルジオリピン抗体(ACA),ループスアンチコアグラント(LA)が注目されている1,5)。これらは抗リン脂質抗体症候群(APS)においてみられる自己抗体である。LAとは,リン脂質結合性の蛋白質のプロトロンビンやβ2グリコプロテイン1などに対する抗体であることが示唆されており8),アンチトロンビン凝固制御系,プロテインC凝固制御系などを阻害し,血液凝固反応を充進させ,血栓症を誘発すると考えられている8)。今回我々はLA陽性で抗リン脂質抗体症候群の1症状としての多発性脳梗塞による器質性うつ病にて入院し,次々と起きた身体合併症のコントロールに苦慮した症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。

横紋筋融解症を発症した精神分裂病の1例—その特異なシンチグラフィー所見

著者: 山田淳 ,   新田信幸 ,   甲野智也 ,   高田秀樹 ,   長谷部夏子 ,   嶋中昭二 ,   浅野裕

ページ範囲:P.1213 - P.1215

はじめに
 精神科領域でも横紋筋融解症は稀なものではない。基礎疾患としては精神分裂病が多く,抗精神病薬の副作用,水中毒,悪性症候群などが原因となる。我々は水中毒から横紋筋融解症を発症した慢性期精神分裂病の症例に対してクエン酸Gaによるシンチグラフィー(以下シンチ)を施行し,その集積像に特徴ある所見が得られたので報告する。

精神医学における日本の業績

満田久敏の業績

著者: 堺俊明

ページ範囲:P.1217 - P.1223

満田久敏の業績と評価
 満田久敏先生(以下,満田)の業績は,臨床遺伝学的研究に基づく“精神疾患の疾病学的分類”,すなわち,各種精神疾患の境界域を再分類することにある。したがって,非定型精神病はこれらの業績の一部である。満田は昭和42年(1967)に,研究成果をまとめて,「精神医学における臨床遺伝学―疾病学的分類の問題“Clinical Genetics in Psychiatry-Problems in Nosological Classification”」7)という英文のモノグラフを医学書院より刊行した。この業績により,満田は海外において“Kraepelinの再来”と評価されたという。

私のカルテから

Trazodone服用中にみられた切迫性尿失禁の1症例—α1遮断作用との関連について

著者: 多田幸司 ,   武藤真理子 ,   渡邉芽里 ,   小島卓也

ページ範囲:P.1224 - P.1225

 尿意を感じてからトイレに行く間に失禁してしまう切迫性尿失禁は高齢者に多くみられるが,脳血管障害や核上性の脊髄疾患などの中枢神経系障害に伴って出現することもある5)。女性では薬剤起因性の尿失禁が抗精神病薬やα1遮断薬の副作用として起こることが知られている1)が,これは腹圧性ないし切迫性尿失禁の形として現れる。今回,我々はα1遮断作用が強く,抗コリン作用が少ない塩酸trazodoneによって切迫性尿失禁を来したと思われる症例を経験したため報告する。

動き

「第96回日本精神神経学会」印象記

著者: 武田雅俊

ページ範囲:P.1226 - P.1227

 20世紀最後を飾る日本精神神経学会は,2000年5月10〜12日までの3日間,佐藤光源会長,浅野弘毅副会長,岡崎伸郎事務局長を中心とした東北大学医学部神経精神医学教室の教室員・同門会の方々のお世話で,仙台国際センターにおいて開催された。仙台では,これまでに1929(昭和4)年と1953(昭和28)年の2回の精神神経学会が開催されており,ほぼ半世紀ぶりに仙台での開催ということもあり,約1,300名の参加者を得て,大きな盛り上がりを見せた。
 基本テーマとして「心の世紀における精神医学・医療と福祉」を掲げ,今世紀締めくくりの学会としてまことに有意義であったと思う。日本精神神経学会はこの半世紀の間に大きく揺れ動いてきたが,仙台大会が成功裏に終了したことを会員の1人として喜び,また,会長をはじめとした東北大学神経精神科の方々,関係者の方々の並々ならぬご尽力に敬意を表したい。

「第15回日本老年精神医学会」印象記

著者: 千葉茂

ページ範囲:P.1228 - P.1229

 2000年7月5日(水)と6日(木)の両日にわたり,第15回日本老年精神医学会が小阪憲司会長(横浜市立大学医学部精神医学講座・教授)のもとで開催された。開催前日の横浜は大雨と落雷に見舞われたが,会期中は好天に恵まれた。会場の神奈川県立県民ホールは,横浜港や山下公園,中華街に近接する近代的建造物であった。今回は,学会として日本老年精神医学専門医制度を立ち上げた直後の節目となる学術大会であった。学会参加者も過去最高の500余名にのぼり,活発な討論が行われた。
 学会のプログラムとしては,79題の一般演題,2つのシンポジウム,ランチョンセミナー,および総会が行われた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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