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雑誌目次

論文

精神医学42巻2号

2000年02月発行

雑誌目次

巻頭言

21世紀の精神科医療—パターナリズムを超えて

著者: 伊藤哲寛

ページ範囲:P.116 - P.117

 北海道で昨年実施された医師信頼度調査によると,医師の85%が患者との信頼関係が保たれていると回答したのに対して,医師を信頼していると回答した患者は34%にすぎなかった。この調査は一般科医師に対するものであり,患者への共感を仕事の根底に置く精神科医の場合にはこのような大きな医師・患者間の乖離はないかもしれない。しかし,医師の倫理が確実に存在することを前提にして,提供される医療の大部分を医師の裁量に任せてよしとする時代は終わりを告げたといってよいであろう。
 倫理といえば,北大精神医学教室を主宰されていた諏訪望先生を思い出す。先生は無教会主義のクリスチャンであったが,絶対的道徳律の存在を確信しているかのように,いつも毅然としていて近寄り難い存在であった。当時,地方都市の医局関連病院に定期的に出向き謝礼を得ていた臨床の教授が少なからずあったが,そのような行動ともまったく無縁であった。学生運動が盛んなころ医学部長を務められた時期があったが,医学生や青年医師たちの激しい抗議に対して誠実に耳を傾け,信頼を失うことはなかった。同じころ無給医会運動に参加していた筆者は,医局での昼食時,医の倫理も時代とともに変わる相対的なものであり,社会的な仕組みの変化によって医師の行動は変わりうるというごく当然なことを恐る恐る言ってみたが,笑って相手にされなかった。その諏訪望先生も1999年10月6日,87年の生涯を閉じられた。倫理に裏付けられた温かい包容力に期待するパターナリズムの世紀は確実に終わった。

展望

境界性人格障害のロールシャッハ・テスト研究

著者: 堀口寿広

ページ範囲:P.118 - P.125

はじめに
 境界性人格障害は自己像,対人関係,気分の不安定さを示し,医療,相談機関において多くの専門家が取り組んでいる課題である。Hochら17),Widiger34),Murray27)はロールシャッハ・テストの有用性を否定したが,これまで多くの研究者がロールシャッハ・テストを用いて境界例と呼ばれる人々の心理学的な特徴を描出しようとした。日本でも多くの研究が行われており,学会などでの境界例の疑われる症例報告まで含めると,その量は膨大になると思われる。
 しかしながら,これまでの研究では,対象者は境界例の様々な概念に基づいて選ばれ,ロールシャッハ・テストの施行・解析方法も異なっており,結果をそのまま相互に比較することはできなかった(表1)。境界例のロールシャッハ・テスト研究はこれまでもまとめられたことがある4,5,21)が,その後DSMにおいて境界性人格障害という1つの共通した臨床概念が形作られ,さらに研究が進んでいる。そこで本稿ではこれまでの研究に加えて,近年の境界性人格障害のロールシャッハ・テスト研究を概説し,今後求められる研究を検討した。

研究と報告

精神障害者ケアガイドラインの評価と実施の条件—全国試行担当者調査によるプロセス評価

著者: 大島巌 ,   長直子 ,   高橋清久

ページ範囲:P.127 - P.136

【抄録】 精神障害者の地域ケアを進める新しい理念・原則および方法を示した「精神障害者ケアガイドライン」の受け入れ可能性と実施条件を明らかにするために全国試行調査を実施し,プロセス評価を行った。全国の253機関623人が対象になり,担当者がガイドラインの実践度と実施困難度などを評価した。実践度は比較的良好だが一部項目で実施率が低い。一方,実施の困難度は高い。因子分析では,「ネットワーク作り困難因子」「体系的実施困難因子」「利用者本位実施困難因子」の3因子が抽出され,それぞれ異なる条件に規定されて困難が発生することがわかった。また各因子とも実践度が高い時に困難が低い。以上からガイドラインの導入・定着の条件を考察した。

炭酸リチウムが奏効した周期性緊張病の1例

著者: 岡部ゆり子 ,   佐々木司 ,   原藤卓郎

ページ範囲:P.137 - P.140

【抄録】 幻聴を伴う昏迷状態を年に数回,20年以上にわたり繰り返した1例を報告する。様々な神経遮断薬が長年投与されたが効果は得られなかった。脳波では全般両側性のδ波混入とbuild-upが,MRIでは側脳室の拡大が認められた。また状態悪化時にTSHの軽度上昇が観察された。興奮やその他の躁的異常行動は認められなかったが,炭酸リチウムが再発予防に著効を示した。神経遮断薬の減量は状態を悪化させなかった。精神病像とともに昏迷状態や緊張病状態を反復する患者の薬物療法を考えるうえで興味深い例と考えられた。

神経性大食症と腫瘍壊死因子-α(TNF-α)

著者: 中井義勝 ,   濱垣誠司 ,   高木隆郎 ,   栗本文彦

ページ範囲:P.141 - P.144

【抄録】 腫瘍壊死因子-α(TNF-α)は,種々の免疫活性や代謝作用を有するサイトカインである。神経性大食症(BN)女性患者20例と健常女性(N)20例を対象に,血漿TNF-αおよびその可溶性受容体sTNF-R IとsTNF-R II濃度を鋭敏な測定系を用いて測定した。同時に体脂肪量および血漿leptinとcortisol濃度を測定した。血漿TNF-α濃度はBN群(4.7±0.5pg/ml)ではN群(1.6±0.1pg/ml)に比し有意に高値であった(p<0.01)。血漿sTNF-R II濃度は,BN群(2,080.0±107.55pg/ml)ではN群(1,569.5±84.0pg/ml)に比し有意に高値であった(p<0.01)が,血漿sTNF-R I濃度は両群間で有意差がなかった。BN患者に高TNF-α血症の存在することを報告し,その意義について考察した。

短報

妄想的に不眠を訴えた初老期うつ病の1例

著者: 都甲崇 ,   高橋恵 ,   大谷健 ,   小島克夫 ,   遠藤桂子 ,   小阪憲司

ページ範囲:P.145 - P.148

 高齢者は不眠を訴えることが多く,その出現頻度は自覚的な睡眠評価に基づく疫学調査によると15〜50%とされている8)。高齢者の不眠の原因としては,加齢による生理的変化,身体疾患の罹患,痴呆やうつ病などの精神医学的要因や社会生活の変化などの環境要因が考えられるが,加えて,客観的所見を欠くにもかかわらず妄想的に不眠を訴える例もあり,その診断,治療は困難であることも少なくない。今回,我々は妄想的な不眠の訴えに対して睡眠ポリグラフィ(polysomnography;PSG)を含めて検討し,治療を行った初老期うつ病の1例を経験した。我々の知るかぎり本邦でこのような症例の報告はなく,貴重な症例と思われたので,若干の考察を加えて報告する。

精神分裂病における東大式エゴグラムTEGの検討

著者: 野瀬巌 ,   前田正治 ,   内村直尚 ,   前田久雄

ページ範囲:P.149 - P.152

はじめに
 エリック・バーンが1950年代後半から提唱し始めた交流分析は,精神内界を簡潔明瞭に説明しているため精神分析の口語版ともいわれているが,その交流分析の中の構造分析にエゴグラム理論は属している。当初のエゴグラムは直観的な判断をもとにして作成されるため,信頼性,妥当性の面で不十分な点があったが,東大式エゴグラム(以下TEGと略す)は,多変量解析によってエゴグラム理論を裏づけしている2)ため,これらの問題点は解消されている。
 ここで,TEGプロフィールの略号に簡単に説明を加えておく。TEGプロフィールの中のCPは批判的な親(critical parent;CP),NPは養育的な親(nurturing parent;NP),Aは大人の自我状態(adult;A),FCは自由な子ども(free child;FC),ACは順応した子ども(adapted child;AC)である。TEGはこの5つの観点から自我状態を把握しようとするものである2)
 現在TEGは,医療機関はもとより会社の適性部門判定にまで広く使用されるようになってきている。これは自我状態を5つの尺度に分けて点数化しただけでなく,それらがどのように相互作用を及ぼしているかについて,標準偏差で修正し各々の尺度を結んだ形で簡易に判断できるところにある2)と思われる。我々精神科医にとっても,被験者に負担を感じさせず施行できるため外来で気兼ねなく勧めることができ,さらに一般の方でも理解しやすいため,その結果を面接の際の導入に使用したり認知療法に役立てたり,簡易で便利な検査法と思われる。エゴグラムは,もともと精神科的疾患の診断に使用する目的で作られたものではないが1),TEGはかなりの精度で心理状態をとらえることができるため,TEGプロフィールに患者の精神症状がどのように反映されているか検討してみる価値はあると思われる7)。今回,我々は精神分裂病と診断された患者の初診時におけるTEGと精神症状との関係について検討を試みたが,解析にTEGの長所が生かせるよう若干の工夫を加えてみたので,その結果を報告し考察を加える。

資料

解離性同一性障害入院患者の臨床特徴

著者: 福島春子 ,   胡桃澤伸 ,   金光洙 ,   田中究 ,   小林俊三 ,   安克昌 ,   前田潔

ページ範囲:P.153 - P.157

はじめに
 解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder;DID)の特徴は1人の人間の中に2つ以上の独立した異なる同一性(交代人格)が存在することである。交代人格は,それぞれ独自の感情と行動のパターンを持ち,ある同一性が優勢な時には,その同一性が個人の行動を支配する2)
 多重人格現象は,18世紀末Gmelin, E9)が症例報告をして以来,19世紀にJanet, P.9,17,24),Binet, A.18,20),Prince, M.15),James, W.12)など多数の報告がある。しかし,20世紀に入ると,多重人格の症例報告は激減し,もはや多重人格は存在しないとまで考えられた22)。だが,北米では1970年以降,多重人格が再び注目されるようになり,1980年DSM-III1)で正式に診断名として採用されてから,症例数が爆発的に増加した。1990年代には,トルコ23),オランダ5,6,25),ベルギー26),ハンガリー26)など様々な国で,DIDの症例報告が相次いだ。オランダのBoonら5)は,精神科入院患者でDIDと診断されていなかった患者全体の3〜5%がDIDであった,と報告している。
 日本では,DIDは今なお稀な病態であると考えられている11)。日本における症例報告は,1996年以前には10例しかない10)。しかし,近年,日本でもDIDの症例報告が増加している4)
 今回我々は,DIDの診断,臨床症状,精神病理,経過,治療に焦点をあて,その臨床特徴を調査し報告する。

シンポジウム 新しい精神医学の構築—21世紀への展望

脳科学からみた精神医学の未来

著者: 伊藤正男

ページ範囲:P.159 - P.163

 間近に迫る21世紀には精神医学領域に大きな変化が起こるだろう。20世紀前半の物理化学の時代から,後半の生命の時代に移り,次の世紀には脳とこころの時代への移行が予測されるからである。半世紀にわたり基礎研究室の中で地道に成長してきた生命科学が実効を発揮するようになり,人間への全面的な医学的応用が図られるようになった。さらに脳科学の目覚ましい進歩により,これまでかたくなに拒まれてきたこころの聖域への接近も次第に可能になるだろう。
 脳科学には大きく分けて3つの領域がある(図1)。第1に,「脳を知る」のスローガンに示されるように,脳の構造と機能を科学的に解明する研究領域であり,自然科学の新しい大きな複合領域である。第2に,脳神経系の種々の病気,老化,薬物中毒などの深刻な問題を解決すべく「脳を守る」をスローガンとする臨床病理学的な研究領域である。第3は,脳に似たコンピューターやそれを搭載したロボットを作ろうと試みる「脳を創る」情報科学的研究領域である。これらの3つの領域の相互に密接な相互作用の上に,脳科学の効果的な発展とその成果の社会への急速なフィードバックを可能にしようとするのが,「脳の世紀」,「脳科学の時代」として提唱されている日本の脳科学推進計画である。精神医学を含む「脳を守る」領域の研究は「脳を知る」,「脳を創る」領域の研究から大きな促進的な影響を受けると同時にこれらに対して大きなインパクトを及ぼすだろう。これまでの我が国ではこのような学際的な総合が大きく欠如しており,その観点からも未来へ向けての重要な試みである。

精神医学とニューロサイエンス—人称性の観点から

著者: 木村敏

ページ範囲:P.165 - P.170

はじめに
 精神医学の古来の論点であった「こころ」と脳の関係について,研究者とその研究対象双方の人称性という観点から考えてみたい。
 科学は,いうまでもなく客観的真理を求める。わたしにとって真であるものが他の人にとって真でない場合,それは科学的真理とはいえない。科学的真理は単に私的・一回的・主観的ではない普遍妥当性を要求し,純粋に公共的であろうとする。この場合,公共的と客観的が同義となる。そこでは,一定の手続きさえ公共的に取り決めれば,だれが実験しても,だれが観察しても同じ結果が得られるという意味で,研究者どうしの完全な交換可能性(再現可能性・追試可能性)が要求されるから,研究者の私的な一人称性の入り込む余地はない。一人称とは,「わたし」あるいは「われわれ」のかたちで,一回的で再現不可能・交換不可能な主体についてのみ用いうるものだからである。
 次に研究対象についてみると,対象の均質性・等質性が,科学における客観性・普遍妥当性の前提となる。客観性は数量化と統計処理を要請し,それは対象の均質性・等質性を前提にしてはじめて可能だからである。医学のように人間が研究対象となっている場合も,ほかならぬこの理由から,元来多様で不均質な存在である人間からその個別性を最大限に消去して,これを「被験者」とか「症例」とかのかたちで公共的に三人称化しなくてはならない。だからこの場合にも,対象となっている患者や被験者の「わたし」の一人称性は排除されるし,相手の一人称性を前提としてはじめて成り立つ研究者・対象間の相互二人称性,あるいは「われわれ」というかたちでの複数一人称性も当然問題となりえない。

児童青年精神医学の課題—行為障害,注意欠陥・多動性障害の予防と早期治療

著者: 皆川邦直

ページ範囲:P.171 - P.178

はじめに
 戦争の傷痕の残る昭和20年代に多かった青少年の凶悪犯罪は,昭和30年代以降に減少したが,この1〜2年,増加傾向に転じた。薬物使用のために少年院に送致される少年が使用することの最も多い薬物は,以前はシンナーであったが,この数年,覚醒剤になっているという。
 登校恐怖症は戦後まもなく米国のJohnsonによって報告されて,我が国でも1957年頃から登校恐怖症の児童生徒が精神科を受診,入院するようになった。文部省ではこの問題を不登校(最近までは学校嫌い)と呼ぶ。そして中学生の不登校は増加し続けている。また最近では都内の小学校で児童が教室内を歩き回るなどの問題行動のために授業が成立しないクラスもあるという。
 このように先進国では都市化と経済成長が進むにつれて,子どもたちに精神発達上の諸問題が生じるが,それはなぜか。この疑問に1つの回答を示したのは英国の児童精神科医・児童分析医のJohn Bowlby2)で,次のように述べている。
 「多くの後進国では,家族は一般的に大集団で,三代あるいは四代にわたる世代が,一緒に生活していることがある。必要とあれば,祖母,おば,姉が直ちに母親の代理役を果たすことができる。その上,もしも,家の稼ぎ手に不幸が起こると,経済的援助の手が容易にさしのべられる。……したがって本当に深刻な愛情喪失児の問題は,このような大家族集団が存在する社会には発生しない。これは西欧の近代化された社会においてこそ問題になる。このような地域に住む若い男女は,他の地方からの移住者が多く,……大多数の家族は地域社会との結びつきを失い,緊急の場合に隣人を助ける伝統は社会から消失する」。

脳科学の進歩と感情障害の研究

著者: 山脇成人

ページ範囲:P.179 - P.183

はじめに
 東京都精神医学総合研究所が開設されてからの25年の間に,我が国は経済大国として物質的豊かさを享受してきたが,バブルの崩壊によって豊かさの陰に隠されていた「心の問題」が一気に吹き出し,皮肉にもこれが精神医学へのニーズ増大という結果につながっているように思える。医療をめぐる環境も大きく変化し,技術革新による先端医療が進歩する一方で,インフォームド・コンセントに代表される倫理性の問題や患者の精神的側面も配慮した全人医療が求められている。21世紀の医療に求められる課題としては。
 (1)少子・高齢化が進む中で,痴呆や老年期精神障害が増大するにもかかわらず,少ない子どもには不登校,いじめ,薬物乱用などの問題が急増し,その対策が求められる。

「脳科学の時代」と精神分裂病研究の課題

著者: 岡崎祐士

ページ範囲:P.185 - P.194

はじめに
 精神分裂病(以下分裂病)研究における最大の隘路は,その病変が未だ不詳であることと筆者は考えている。分裂病概念はアルツハイマー病(AD)よりも約10年早く脳病理の存在を想定され,早発性痴呆として提起された。しかし,幾多の努力にもかかわらずADのような特異的脳病変は見いだされず,1960年代まで「もはや形態学的研究では分裂病には接近できない」という諦めが支配する時代(松下31))を経験しなければならなかった。それだけにIngvarとFranzen19),あるいはJohnstoneら21)の脳画像法による分裂病脳病理再発見の報告は,精神医学界に衝撃を与え,脳病理解明の期待を抱かせた。その後の20年余の研究は分裂病の脳病理をどこまで明らかにしたのであろうか。
 この20年の分裂病脳病理研究の特徴は,脳画像研究(形態,機能)の進歩が神経病理・神経化学的研究を再活性化したものと言える。神経心理学的,精神生理学(認知神経科学)的,症候学的分裂病研究においても脳画像研究知見との関連が意識され実施された。遺伝医学的研究も1980年代後半に分裂病をはじめとする精神疾患に適用されるようになったが(Sherringtonら44)),ゲノム研究の大部分が末梢血DNAによるものであり,脳における遺伝子発現の検討はまだ極めて少なく,分裂病における遺伝子研究と脳病理研究とのリンクは今後の焦眉の課題である。
 一方,分裂病が患者個人のみならず,家族や社会に与える損失が論じられるようになった。アメリカ合衆国における分裂病の直接医療費は米国では年間1兆円強(Andreasen4)),社会的損失を含めた試算は年間3.8兆円との報告がある。我が国の人口を米国の1/2とし,種々の条件の違いを無視して推計すれば直接医療費約5,000億円,社会的損失を含めると1.9兆円程度となる。実際,筆者が入院分裂病患者(約20万人)のみの医療費から推計した年間入院医療費のみで7,000億円弱であった。
 このような社会的要請は,脳科学委員会の戦略目標(1997)において,10年後にアルツハイマー病,20年後には分裂病や躁うつ病の予防法確立というタイムテーブルが提起されていることと無縁ではないであろう。
 分裂病研究者は,脳の病理とその成因の解明を通じて,分裂病治療の革新と予防の展望を切り開く責任を負っている。ここでは分裂病研究の課題を,主に脳病理の解明の現状に絞って検討したい。

精神医学研究の在り方—国立精神・神経センターの現状に触れつつ

著者: 高橋清久

ページ範囲:P.195 - P.202

はじめに
 筆者に与えられた課題は精神医学研究の在り方という誠に難しい課題である。これは大変間口が広くまた奥が深い課題であり,そのすべてを網羅して,規程枚数内で書くということは困難であるが,筆者が,日頃考えていることの一端を披露し,読者のご批判を仰ぎたい。

私の臨床研究45年

生物—心理—社会的統合モデルとチーム精神医療(第2回)—依存的薬物精神療法の開発とそれがもたらしたもの

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.205 - P.209

インスリン精神療法から薬物精神療法へ
 前回の序章の中で,インスリン・サブコーマ療法を活用しての精神療法とそれにかかわる看護スタッフの役割について述べた。そしてまた,その際に,使命を感ずるあまりに,からだを張って看護に当たるのを職業行為として一般化するわけにはいかないとも記した。他方,インスリン精神療法終結後,せっかく良い効果が上がっていた症例の中で,依存欲求をめぐる現実的葛藤が再現し状態が逆転してしまうものも現れた。このような患者にはプロマジン型フェノサイアジン系薬物を使い保護的にケアすることでなんとか行動化などを鎮静する方法をとった。つまり,持ち越された治療的退行を解消し人格の統合を図るには比較的長く続く新たな治療的対象関係を準備することが必要であると思われた。
 そこに,カナダのMcGill大学への留学から帰ってきた教室の寺島正吾さんが,「君と同じような考えの人がいるよ」と言って,ある別刷を下さった。それは,Azima, H. と,精神分析家でありまた多文化間精神医学を提唱したことで有名なWittkower, E. D. の共著によるAnaclitic therapy employing drugs1)と題する論文だった。その後,Azimaらのその他の論文も入手することができたが,彼らの方法は従来の持続睡眠療法を精神分析を併用することで修正したものであった。それは,①催眠剤とクロールプロマジンによって傾眠を導く,②自由連想,夢,空想を誘導する,③それらを解釈する,④ある時期,徹底的な保護的看護を行うといったものであった。それらは人格発達のごく初期の母親との共生的関係,あるいはその象徴的関係の再現を目標としたものであった。それで,彼らはこの治療を“anaclitic”(依存,依託)と名づけた。

私のカルテから

ビペリデン減量や中止で不眠が出現した精神分裂病の2例

著者: 広瀬茂宏

ページ範囲:P.210 - P.211

 抗精神病薬治療中に出現する錐体外路症状を治療あるいは予防する目的で,抗コリン剤が併用されることが臨床では多い。抗コリン剤の長期投与が遅発性ジスキネジアを誘発する可能性については,異論もある1,6)ものの,漫然と抗コリン剤を長期間投与し続けることは一般に勧められてはいない9)。また,抗コリン剤投与の見直しで,不要な例が多かったという報告7,8)もある。そこで,抗精神病薬治療中にビペリデンを減量あるいは中止したところ,不眠が出現した精神分裂病の2例を報告する。これらにはアカシジアをはじめとする錐体外路症状は伴っていなかった。

動き

「第18回日本痴呆学会」印象記

著者: 水上勝義

ページ範囲:P.212 - P.213

 第18回日本痴呆学会は,熊本大学医学部神経精神医学教室教授宮川太平会長のもと,1999年10月7,8日に熊本市産業文化会館で開催された。痴呆というテーマのもと,基礎から臨床にいたるあらゆる分野の研究者が一堂に会し,その研究成果が発表される本会では,我が国における痴呆研究の最前線を一望することが可能である。参加者は309名であったが,今回は学会員に加えて,老人病院や老人福祉施設関係者などの会員以外の方たちの参加も多く,これも痴呆の解明,治療法の開発に対する本学会への期待の高まりを反映しているといえよう。
 プログラムは特別講演,会長講演,シンポジウム,一般演題で構成された。特別講演では,石井毅氏(相模台病院)が「わが国のアルツハイマー病研究について」という題で講演された。組織化学的に老人斑のアミロイドが酸性粘液多糖に似た染色性を示すことを見いだし,脳幹部,視床下部の諸核における神経原線維変化の分布を検討し,神経原線維変化とアミン作動性神経細胞との関連について報告し,さらに老人斑における免疫反応を見いだした,氏自身の研究史を中心に本邦におけるアルツハイマー病研究の歴史が紹介された。会長講演では,宮川会長が「アルツハイマー病の血管要因」と題し,アルツハイマー病脳でみられるアミロイド沈着が組織学的に微小血管と密接に関連する,いわゆるアミロイドの血管由来説を支持する光学顕微鏡および電子顕微鏡による詳細なデータを示された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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