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雑誌目次

雑誌文献

精神医学42巻5号

2000年05月発行

雑誌目次

巻頭言

精神科遺伝研究の流れ

著者: 米田博

ページ範囲:P.446 - P.447

 科学技術庁の私的懇談会「脳科学の推進に関する研究会」が数年前に発表した20年間の長期脳研究計画,いわゆる「脳科学の時代」プログラムでは,脳研究を大きく3つの領域,すなわち(1)脳を知る,(2)脳を守る,(3)脳を創るに分けて,それぞれについて5年ごとの目標を定めている。このうち脳を守るでは,脳の病気の克服を目指し,1つは脳の発達障害と老化の制御,もう1つは神経・精神障害の修復と予防を2本柱として,20年後にはヒトの老化を制御し,人工神経・筋を開発し,さらに精神障害の治療・予防を課題としている。さらに細かく研究目標をみると,それぞれに特異な戦略があるのは当然としても,共通したキーワードとして遺伝子が浮かび上がってくる。
 これまでの精神科領域の遺伝子研究をみると,1987年Egelandらが感情障害のDNAマーカーを用いた連鎖解析を行い,11番染色体上に感情障害の遺伝子が存在していると報告した。この報告がなされる以前から,精神分裂病とHLAとの連鎖など遺伝マーカーによる研究は行われていたが,単発的なものにすぎず研究の進展はさほど望めるような状況ではなかった。しかしPCR法などの遺伝子操作技術の進展によって,比較的容易にDNAの解析が行われるようになったこともあり,Egelandらの報告は大きな注目を集めた。残念ながらその後Egelandの報告はfalse positiveであることが明らかにされたが,その後多くの研究者が広範囲に遺伝子の解析を進めるきっかけとなった。またちょうどその頃第1回世界精神科遺伝会議が開催され,全体の雰囲気は,近い将来(20世紀中?)にも精神分裂病と感情障害の遺伝子が単離されるのではないかとの期待感が高まっていた。しかし今年で20世紀も終わろうとしている。いまだこれといった内因性精神病の遺伝子は単離されていない。世界精神科遺伝会議も隔年開催から毎年開催されるようになったが,当初の熱気は薄らいできている。Egelandの報告から10年以上,我々は時間と研究費と人的資源をむだにしてきたのか。

特集 精神疾患の発病規定因子

分裂病の発病規定因子—最新の知見とポイント

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.448 - P.448

 分裂病の原因解明は,精神医学における今世紀最大の研究課題の1つであった。しかし,新しいミレニアムを迎えた今もなお不明である。遺伝子解析により分裂病の異種性が明らかにされ,健常者群との比較で分裂病群の原因に迫る研究方法には限界が見えてきた。分裂病が明確なフェノタイプでないとすれば,分裂病群に単一の原因を求めるのは困難であろう。むしろ,分裂病を規定する症状群を標的に,その発症脆弱性を解明するほうがより現実的であり,少なくとも臨床に還元できる研究成果を期待できるのではなかろうか。そこで,この発症脆弱性に生物・心理社会的因子が働いて特有の分裂病症状が発現するプロセスに焦点をあて,発病規定因子をテーマに取り上げた。
 そうした成因論とは別に,分裂病概念はこの四半世紀の間にかなり理解が深まって,その輪郭もしだいに見えてきた。その是非は別として,WHOや米国精神医学会(APA)では操作的な診断基準が定着し,分裂病は主に特有の症状群で診断されるようになった。精神病理学では,症状群の背後にある超現象領域に認知障害や情報処理障害を想定し,その基礎に脳障害を推定する見方が広がっている。また,家族研究と長期予後研究で明らかになった多くの成果は,見事にCiompiの長期展開モデルに集約された。さらに,その鍵概念となった発症脆弱性(Zubin)をめぐって,慢性ストレスが脆弱性を形成するという新しい作業仮説のもとに生物学的な研究が進んでいる。Ciompiが目指した生物学的アプローチと心理社会的アプローチの統合が,しだいに浸透しているようである。そうした動向は治療面にもみられ,例えば米国精神医学会の「分裂病の治療ガイドライン」では薬物療法と心理社会的な介入を取り入れた包括的な治療計画comprehensive treatment planに力点が置かれ,患者・家族のための分裂病概念も登場している。

精神分裂病の症状の理解—基本症状と3症状群を中心に

著者: 畑哲信

ページ範囲:P.449 - P.455

基本症状の概念
 1.精神分裂病の基本症状
 精神分裂病の概念はおおよそKraepelinとBleulerらによって作られた。それまで症状のレベルで並列的に記述されてきた精神疾患の中から,症状と経過,あるいは症状の精神病理学的理解に基づいて,1つの疾患単位を打ち立てたわけである。Kraepelinの場合,早発性痴呆と呼ばれるように,特有の症状を持ち,進行性に荒廃状態に至る特有の経過を示すという疾患概念を示していた。Bleulerにおいては,精神分裂病は,連合弛緩をはじめとする特有の症状によって特徴づけられる疾患とされた。Bleulerはそれを基本症状としてまとめている。
 疾患単位という場合,特定の病因が明らかにされていることが想定されるが,精神分裂病については,なにか病因が明らかにされていて,それに基づいた概念ではない。Bleuler自身,精神分裂病を1つの疾患単位として打ち立てることを試みたわけだが,これが病因に根ざした疾患単位ではないという点は明らかに述べていて,「精神分裂病の概念が後に(病因の究明によって)解消されねばならぬ運命にある」3)可能性についても述べている。基本症状についても同様で,これはあくまで病態レベルで精神分裂病を説明する概念であって,精神分裂病の病因とのかかわりについては明らかにされていない。

分裂病の生物学的脆弱性

著者: 沼知陽太郎

ページ範囲:P.457 - P.462

精神分裂病の脆弱性について
 精神分裂病(分裂病)の病態と関連する生物学的指標の大部分は,健常者からの量的な偏奇として現れ,通常は分裂病の全例が異常値を示すことはない。また,発病様式,症状,経過,予後,治療反応性などからも,分裂病が複数の病態から構成される異種的な疾患であることが推定されている。したがって,分裂病で認められた生物学的変化を解析するに当たっては,得られた結果が分裂病の状態(state marker),脆弱性(vulnerability marker),あるいは両者(mediating vulnerability indicator)のいずれを反映するか判別することが極めて重要な作業となってくる。
 分裂病を特有の症状群からなる「分裂病エピソード」と規定し,その基盤として「脆弱性Vulnerability」という概念を最初に提唱したのはZubin & Spring25)である。彼らは分裂病の成因として生態学,発達,学習,遺伝,内部環境,神経生理の6領域の仮説を展望し,そのいずれも単一では脆弱性になりえず,それらの相互作用によって分裂病エピソードへの脆弱性が形成されるとした。さらにZubinは(a)脆弱性はschizotrope(分裂病エピソードを持つ人)に固有のもので,Falconerのいう準備状態liabilityのように健常人にもみられるものではない,(b)脆弱性を持つ個体に十分なストレッサーが加わった時に分裂病エピソードが現れる,(c)大半のエピソードは一過性に経過して回復する,(d)回復しても,次のエピソードへの脆弱性が長期にわたって残る,としている19)

精神分裂病の発症とライフイベント—ストレス—脆弱性モデルに基づく心理社会的研究と生物学的研究との統合

著者: 酒井佳永 ,   大島巌

ページ範囲:P.463 - P.471

はじめに
 精神分裂病において,ライフイベントや家族のかかわりなどの心理社会的要因が,その発症,経過,予後に影響を及ぼすことは経験的に知られていた。こうした心理社会的要因の影響は,1960年代後半から様々な実証的研究によって明らかにされてきた。さらに近年では,遺伝的要因や神経生理学的な異常などの生物学的要因が精神分裂病の発症に及ぼす影響を明らかにする研究が盛んになるにつれて,ライフイベントなどの心理社会的要因が精神分裂病の経過に及ぼす影響を,生物学的要因と共に研究枠組みに組み入れた研究も行われている。この理由の1つとして,ストレス—脆弱性モデルに基づき,生物学的アプローチと心理社会的アプローチの統合が模索され始めたことが挙げられるだろう。
 精神分裂病の発症,経過,症状の重症度とライフイベントとの関連を実証的に検証した研究は数多く存在する。本論文では,ライフイベントを中心に,心理社会的要因と精神分裂病の発症との因果関係を洗練された方法論を用いて検証した研究を概観するとともに,生物学的な脆弱性と心理社会的要因の,精神分裂病の発症に対する交互作用的な影響を検証した最近の研究を検討する。
 なお,精神分裂病におけるライフイベントの研究は,その初発と再発への影響を明確に区別したものが少ないため,本論文では,初発と再発の双方とライフイベントとの関連を取り上げることとする。

感情障害の発病規定因子—最新の知見とポイント

著者: 樋口輝彦

ページ範囲:P.472 - P.472

 感情障害の発病に関しては脆弱性とストレスがキーワードである。脆弱性を規定する要因には遺伝,病前性格,神経情報伝達系の機能異常,ホルモン調節系の機能障害などが想定される。一方,ストレスは心理的ストレスと身体的ストレスに分けられる。
 本特集では,このうち最近めざましい進歩のみられる行動遺伝学研究,ストレス脆弱性の研究,画像診断とうつ病の病態を取り上げる。病前性格の検討はKretschmerの循環気質に始まり,下田の執着性格,Tellenbachのメランコリー親和型へと結実していったのは周知のことであるが,これに加えて躁病の病前性格であるマニー親和型の研究も進展し,病前性格研究は幅を広げていった。しかし,病前性格研究はあくまでも精神病理学研究の土俵の上で行われるにとどまり,生物学的研究の視点は方法論上の問題もあって,手つかずの状況にあった。しかし,最近のDNA研究の進展は相関研究という形で病前性格研究に新たな視点を持ち込んできている。本特集において,神庭は躁うつ病の発病規定因子を総説しているが,その中心課題は心理学的概念である性格を遺伝子という生物学的概念で裏打ちする試みである。

うつ病の発病規定因子—ストレス脆弱性をめぐって

著者: 渡辺義文

ページ範囲:P.473 - P.480

はじめに
 過去30年に及ぶ生物学的うつ病研究は,モノアミン枯渇薬レゼルピンによるうつ状態の誘発,抗うつ薬のモノアミン再取り込み阻害作用やモノアミン受容体脱感作効果,モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬の抗うつ効果などを根拠とする,モノアミン神経系の異常に着目した研究が主流であった。この研究の流れはモノアミン神経系の異常を中心としたうつ病の病態の追求が主眼であり,そこに大きく欠落していたのは,うつ病がリズム異常を背景とした周期性のみならず,心理・社会的ストレスによって誘発されるという発病脆弱性(後に「ストレス脆弱性」として詳述する)を有するという遺伝的素因の視点であった。事実,これまでの抗うつ薬の薬理学的研究の多くは正常動物を対象として行われ,うつ病の動物モデルの開発もその多くが正常動物を用いたものであった。約25年前に遺伝的素因を考慮した,「うつ病患者は生来的にモノアミンの合成・遊離が少なく,代償的に後シナプス膜モノアミン受容体の感受性が増大しており,この状態でストレスが負荷されるとモノアミン遊離が促進し,後シナプス膜モノアミン受容体は過剰反応して破綻を来し,うつ状態に陥る」とするモノアミン受容体過感受性仮説が提出されたが,当時はストレス研究に見るべきものが少なく,残念ながら今日まで研究の発展をみていない。
 モノアミン神経系を中心とした研究の流れに遅れて,ストレスによるうつ病の誘発,うつ病における視床下部—下垂体—副腎(HPA)系の機能異常を根拠とする,HPA系を中心としたストレス脆弱性仮説が提唱され,ストレス研究の発展に伴い多くの研究成果が蓄積されつつある。最近ではモノアミン神経系やHPA系の異常から,よりダイナミックな神経可塑性の異常にまで研究が広がりを見せつつあり,今後の研究の発展が大いに楽しみな状況となっている。
 本稿ではうつ病の発病規定因子としてのストレス脆弱性を中心に,「脳内ストレス適応反応,その破綻状態と考えられるうつ状態」,「ストレス脆弱性を有する動物モデル」という流れで我々の研究を紹介するとともに,広くうつ病研究の現況を概説したい。

病前性格は気分障害の発症規定因子か—性格の行動遺伝学的研究

著者: 神庭重信 ,   平野雅己 ,   大野裕

ページ範囲:P.481 - P.489

はじめに—気分障害の生物学的構造
 気分障害の脆弱性は遺伝子と環境により構築される‘脳構造’に内在化されるものである。この比較的永続的な成分(static成分)は,神経回路網,脳細胞とその構成物質の階層に局在すると考えられる15,16,18)。遺伝子の問題は後で扱うことにして,ここでは“環境”について若干の考察を加えておく。static成分にかかわる環境としては,主として脳の発達時期の環境(すなわち養育環境)が重要であると考えられることが多い。しかし脳の可塑性が作動し続けるかぎりにおいて,過度の心理社会的侵襲が度重なるならば,なんらかの病的な可塑性31)が発達後に生じても不思議はない。また,心理社会的侵襲が,液性因子などを介して,神経細胞を傷害することは事実であろうし,特定の神経細胞の死と再生にすら影響を及ぼす可能性も認められつつある。むろんこれらの環境因子が脳に与える影響の種類と程度は,ゲノム上の数多くの遺伝子との相互作用のもとに決定されるのであろう。さらにつけ加えるならば,老年期に初発する気分障害では,老化が招く多種類の異質な脆弱性も当然予想される。私たちは,このような複雑で異種なstatic成分を気分障害に認めないわけにはいかない。
 一方,病相は,このstatic成分の上に,発症の引き金をひく因子により引き起こされる‘脳機能’の,一般的に,短期的・可逆的な変化(dynamic成分)が加わって生まれるものである。ここでいう発症の引き金をひく因子は,心理社会的環境因をはじめとして,内分泌障害,薬物やアルコールなどの物質,季節変動など多彩である。したがってその作用点は脳構造のあるゆる階層にわたりうる。

老年期うつ病の発病規定因子

著者: 宇野正威

ページ範囲:P.491 - P.498

はじめに
 高齢者の絶対数の増大に伴い,老年期うつ病の診療に携わる機会が非常に多くなった。地域に住む高齢者のうつ状態の有病率は,その疫学的研究に使用された評価方法の違いから差が大きいが,老年期にうつ病有病率が特に高いというわけではないようである6)。しかし,老年期うつ病は,診断上は痴呆性疾患との鑑別の観点から,そうして治療上は難治性で予後もよくない症例を多く含むことから,うつ病の中でも特別な問題を抱えており,外来にて長期に追跡する必要のある症例が多い。すなわち,前者についてはうつ状態を長年追跡するうちに次第に痴呆症状が前景に出ることもあるし,もともとの痴呆性疾患がその初期にうつ症状を呈する場合もあることである。後者については,老年期うつ病は他の身体的疾患との合併で出現することが多く,またdisabilityを進行させるため,生活の質を著しく落としやすい。さらにうつ状態自体が他の身体疾患の発症率を高め,その生命予後を悪くすることもあることである8)。このように老年期うつ病は心身の両面にかかわることが多いので,高齢者の精神的健康だけでなく,身体的健康を保つためにも,どのような要因がうつ状態を発症しやすくするかを明らかにし,うつ病発症の予防に努める必要がある。
 うつ病発症には,発症の年齢にかかわらず,遺伝的要因,身体的要因(特に,脳器質要因)および心理・環境的要因がかかわる。しかし,老年期うつ病では,若年発症のうつ病に比べ,遺伝的要因の関与が低いとされている。50歳以前に初発したうつ病患者の近親者の発症危険率は16〜20%であるのに比し,50歳以降に発症した患者の場合8〜10%と報告されている。ただし,高齢になると親,同胞の病歴を正確にとりがたいこと,および遺伝的要因が脳病変などを通じて間接的に影響している可能性もあるので,その要因を無視はできない5,6,8)。高齢になると脳の老化をはじめ身体的変化が生じるため,身体的要因に一次的原因が求められる場合が増してくる。しかし,脳の器質的な障害が主因であるとしても,心理・環境的要因の関与も常に視野に入れておく必要がある。また,その発症経過から心因がはっきりしているようであっても,その背景に脳の機能低下が重要な要因になっていることも多い。

強迫性障害の発病状況—治療的観点から

著者: 本村啓介 ,   山上敏子

ページ範囲:P.499 - P.507

はじめに
 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder;以下OCD)は一般人口の1.3〜2%にみられる精神疾患であり10),反復的,持続的な思考,衝動,心像(強迫観念)と,それに反応して起こる反復的行動(強迫行為)を呈する。発病に関与する状況要因としては,学習理論の見地から外傷的な条件付け体験や強いストレスを与える生活史上の出来事が挙げられ,また生物学的要因としては,画像研究から眼窩前頭回路の発達および機能異常が,薬物療法の経験からセロトニン放出の調節障害が唱えられている。OCDの発病状況は症例により様々であるが,治療においては,行動療法(暴露反応妨害法)と薬物療法(clomipramine,fluvoxamineなど)が大半の症例で効果を上げている。その一方で,発病状況と臨床像や治療効果に何らかの関連があることがわかれば,より適切で予見性を持った治療が可能になると考えられる。そのような目的で,今回国立肥前療養所で治療中のOCDの症例の発病状況について調査し,その結果について検討した。

アルコール依存症の発病規定因子—分子生物学的立場から

著者: 西岡直也 ,   松下幸生 ,   樋口進

ページ範囲:P.509 - P.515

はじめに
 アルコール依存症の発症には環境因子,遺伝因子,心理因子などがかかわる。そのためにアルコール依存症はこの病因異質性が発症のメカニズム解明をいっそう困難なものにしている。各因子に関してアルコール依存症に特徴的なものを見い出そうとする努力が続けられているが,本稿では,分子生物学的な研究からアルコール依存症の発病規定因子を整理し,依存成立にどのようにかかわるのかという問題について言及する。ところで,アルコール依存症の臨床的特徴は,何であろうか? 次の2つにまとめられるであろう。すなわち,(1)アルコールを調節して飲めなくなった状態(コントロール障害),(2)アルコールが切れると離脱症状(禁断症状)が出る,ということであろう。こうしたことが,どのようにして形成されるのかが解明されれば,治療の助けとなるであろう。
 ところで,アルコールを飲む人のすべてがアルコール依存症にならないのはどうしてか?という素朴な疑問がある。これはアルコール依存症に陥りやすい形質,あるいは逆説的ではあるが,アルコール依存に陥りにくい形質は何かという疑問に置き換えられる。
 まず,第1にアルコールを飲まなければ,アルコール依存症にはならない。そこで,アルコールを飲む能力(?)が問題になる。つまり,アルコールの代謝能力である。
 次に問題になるのが,アルコールに対する依存性である。これにはいくつかの要因が考えられる。1つは,病前性格である。飲酒行動にかかわるであろう衝動性や強迫性,新奇希求性といった気質にかかわる問題である。もう1つは,飲酒を繰り返すことにより形成されてくる精神依存や身体依存の問題である。依存の成立のしやすさに個人差があるのかという問題である。
 アルコールの問題は多臓器に渡っているが,この問題を解くカギとして肝臓と脳に注目するのがよいと思われる。すなわち,アルコールを処理する能力,アルコールを欲しがる,あるいは頼りたがる気質,性格,アルコールによって生じる薬理作用の出やすさ,について検討を進めていくことが,アルコール依存成立の機構解明に結びつくと考えられる。

研究と報告

10年以上家を出られなかったパニック障害の1症例

著者: 池田政俊 ,   竹内龍雄

ページ範囲:P.517 - P.525

【抄録】 10年以上家を出られなかったパニック障害の症例を報告し,治療過程や症状長期化の要因について考察した。患者は44歳時にパニック障害を発症し,広場恐怖と心臓病恐怖が強く,ついには寝たきりの状態となり,排泄もベッド上で行うありさまとなった。
 55歳時入院治療を開始した。薬物療法で発作は消失し,入院当初はADLの向上も順調に進んだ。しかし途中から不安階層表を用いた行動拡大訓練はなかなか進まなくなった。背後に夫婦関係の問題があると考え,定期的な三者面接を行い,患者の感情の言語化を促し夫に受け入れるよう求めた。その結果,約1年後に退院し家庭生活に移行することができた。家族力動の変化が改善の一因と考えられた。

広汎性発達障害の診断補助尺度としての小児行動質問表(CBQ)の有用性に関する研究

著者: 長田洋和 ,   加藤星花 ,   長沼洋一 ,   瀬戸屋雄太郎 ,   久保田友子 ,   渡邊友香 ,   立森久照 ,   栗田広 ,   太田昌孝

ページ範囲:P.527 - P.534

【抄録】 28項目からなる小児行動質問表(CBQ)の広汎性発達障害(PDD)診断の補助尺度としての有用性を,CBQで未回答が2項目以下であったPDD群197人,非PDD合併精神遅滞(MR)群86人のデータで検討した。全283人でのCBQのαは0.82で,十分な信頼性が示された。CBQ総得点(0〜28)は,PDD群(平均14.08)でMR群(平均7.19)より有意に高く,PDD対MR区分に関する,感度と特異性からカットオフは11点とされた。PDD診断のオッズ比が有意な16項目からなる短縮版(CBQ-16)のαは0.77であり,カットオフ7点で,より良好な感度,特異性を示した。さらに検討が必要だが,CBQとCBQ-16は,PDD診断の補助尺度として一定の有用性があると思われた。

短報

高齢発症で複雑部分発作重積を呈したてんかんの1例

著者: 高田敏行 ,   堀士郎 ,   辻正保 ,   吉田伸一 ,   中西雅夫

ページ範囲:P.535 - P.538

はじめに
 複雑部分発作重積(Complex Partial Status Epilepticus;CPSE)は,以前はpsychomotor statusあるいはtemporal lobe statusと言われていたものであり,1956年にGastautら2)により最初の記載がなされた状態像である。CPSEを呈する症例は多くの場合,てんかんの既往が認められるが5,7),一方,てんかんの既往がなく脳血管障害,脳腫瘍,脳炎などの中枢神経疾患の1症状として出現することもある6)。今同,我々は特定できる中枢神経疾患やてんかんの既往がなくCPSEに至った高齢発症の部分てんかんの1例を経験したので報告する。

フェノチアジン系抗精神病薬とハロペリドールの併用により著明な好酸球増多症を来した精神分裂病の1例

著者: 横田聡 ,   明石拓爾 ,   谷口さやか ,   秋山一文 ,   松本順正 ,   宮前文彦 ,   河田隆介 ,   木村五郎 ,   谷本安 ,   片岡幹男

ページ範囲:P.539 - P.542

はじめに
 抗精神病薬による末梢血異常の1つに好酸球増多症がある。クロザピンによるものがよく知られているが,その多くは好中球減少を伴うとされている1,5)。一方,稀ではあるが,クロザピン以外の抗精神病薬によって好酸球増多症が引き起こされることも報告されている2,3,8,9)。今回,我々はフェノチアジン系の抗精神病薬を服用中の精神分裂病患者において,ハロペリドールの追加服用を契機に顕著な白血球増多と好酸球増多症を来した1症例を経験し,その好酸球増多を経時的に追跡しえたので報告する。

私の臨床研究45年

生物—心理—社会的統合モデルとチーム精神医療(第5回)—病棟のチーム医療と退院困難な慢性分裂病患者に対するチーム・アプローチ

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.543 - P.547

精神分裂病治療の条件
 現在の時点で精神分裂病の治療には次の条件を合わせ提供することが必要であると考えられる。
 (1)精神症状に対する適切な薬物療法。

「精神医学」への手紙

精神医学界における環境ホルモン対策研究を望む

著者: 藤川徳美 ,   佐伯俊成

ページ範囲:P.548 - P.549

 水銀(水俣病),カドミウム(イタイイタイ病),塵肺などの従来の環境汚染物質は,比較的高用量の体内蓄積により臓器障害や神経障害を来すものであるが,近年注目されている環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)は,極微量の体内蓄積にて性ホルモン系をはじめとする内分泌系に作用し,標的臓器における機能異常を来すものである。
 環境ホルモンは生物に対して女性ホルモンあるいは男性ホルモンのレセプター,あるいはレセプター結合以降の細胞内伝達系に作用して当該ホルモンの作用を撹乱する。環境ホルモンは弱いエストロゲン作用を発揮する場合と,逆にアンタゴニストとして働く場合があり,今までダイオキシン,ビスフェノールAなど50種類以上の物質が同定されている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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