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雑誌目次

雑誌文献

精神医学42巻6号

2000年06月発行

雑誌目次

巻頭言

産業保健スタッフと精神科専門医との連携

著者: 中村純

ページ範囲:P.560 - P.561

 労働者のこころの健康問題(メンタルヘルス)への対策に関心が高まっている。ILOも仕事上のストレスを職場における最も重要な健康阻害要因の1つと位置づけている。仕事上のストレスに起因する疾患としては,精神疾患以外に循環器疾患,消化器疾患,筋骨格系疾患,事故などが挙げられるが,本人はもとより労働の場における管理者,上司,同僚など本人を取り巻く人々の対応や社会復帰に関する問題は,他の障害とは比較できないほどの困難性を有している。
 我が国ではこの数年不況が続いており,倒産やリストラによる失業者が増加している。そして,雇用不安時代が生みだす悲劇の連鎖の中でも,最悪の結末は間違いなく自殺である。1998年度の自殺者数は過去最高の32,863人であり,前年に比べて実に8,472人も増加した(前年度比35%増)。しかも50歳代の男性の自殺者が最も多い。これは失業率が3.6%から4.6%に上昇したことと関連があるともいう。年末に交通事故による死者が1万人を超えるかどうか毎年話題になるが,自殺者の増加はこれをはるかに超えており,その対策は重要な課題である。なかでも就業者の自殺数は年間1万数千人で,そのおよそ70%はうつ病・うつ状態と推定されている。労働者の1%以上(およそ66万人)が国際疾病分類による「精神および行動の障害」を有し,精神障害による長期休業者は全労働者の0.2%から0.4%と推定されており,ほとんどの事業所において長期休業理由の第1位となっているのが現状である。

展望

パニック障害と全般性不安障害—最近の知見

著者: 前田久雄

ページ範囲:P.562 - P.573

はじめに
 DSM-IVによる不安障害(anxiety disorder)は,パニック障害や全般性不安障害だけでなく,特定の恐怖症,社会恐怖,強迫性障害,急性ストレス障害,外傷後ストレス障害などを含んだ広い概念として用いられている4)。いずれも不安や恐怖が病態の中核となっていることに依拠している。浮動性不安を特徴としたDSM-IIまでの不安神経症は,DSM-III以後,パニック障害(panic disorder;PD)と全般性不安障害(generalized anxiety disorder;GAD)とに分離され今日に至っている。
 1964年にKlein45)が急性不安発作がイミプラミンにより抑制されることを,さらに1967年にPittsとMcClure61)が不安神経症患者に乳酸ナトリウムを静注すると不安発作が誘発されることを報告したことを契機として,不安発作の生物学的機序に関する関心が次第に高まっていった。先に述べたように,DSM-III(1980)で不安神経症がPDとGADとに分けられ,不安発作がパニック発作(panic attack)と呼称されるようになって,パニック発作の生物学的研究は一挙に隆盛を究めるに至った。GADは,当初,残遺カテゴリーとして残されたにすぎなかったが,臨床実態に則して診断基準が改定されてゆくとともに,その疾患単位としての位置付けもかなり確かなものになってきた。一方では,本来の浮動性不安を主症状とする本障害においても,PDでの生物学的知見との異同を検証する形の研究が盛んになってきている。
 ちなみに,アメリカの一般人口中の期間(12か月)および15〜54歳の生涯有病率(DSM-III-R)は,PDで2.3%と3.5%,GADでは3.1%と5.1%となっており,いずれも女性に多い43)

研究と報告

性暴力被害者のPTSDの危険因子—日本におけるコミュニティサーベイから

著者: 安藤久美子 ,   岡田幸之 ,   影山隆之 ,   飛鳥井望 ,   稲本絵里 ,   柑本美和 ,   小西聖子

ページ範囲:P.575 - P.584

【抄録】 性被害とPTSD症状に関するコミュニティサーベイを東京都下在住の2,400人を層化無作為抽出して行った。回答者の84%に何らかの性被害の経験があった。IES-Rを用いてPTSD症状を測定したところ性被害体験者の15.6%がPTSD high risk(PH)群となった。ロジスティック回帰分析を行ったところ,被害の種類だけを独立変数とすると侵襲性の高い被害ほどPHとなるオッズ比は高くなる傾向がみられたが,その他の要因をコントロールした後は被害の侵襲性だけでなく「12歳未満と20歳以降に受けた被害」「6か月以内のライフイベントの数」などの様々な要因が関連していることが明らかにされた。

10年以上にわたって挿間性意識変容状態を反復した肝外短絡血管による肝性脳症の1症例

著者: 赤川祐典 ,   穂積慧 ,   増田豊 ,   阿部政二郎 ,   菱川泰夫 ,   清水徹男

ページ範囲:P.585 - P.590

【抄録】 肝機能障害により,せん妄,興奮などの多彩な精神症状が出現することはよく知られており,とりわけ,挿間性の意識障害を繰り返す病態を呈するものには,肝硬変などの肝障害がある。しかし,肝機能障害や門脈圧亢進を伴わない場合は,他の病因による精神障害との鑑別が困難である。我々は,10数年間にわたり挿間性の意識変容状態を呈した症例が肝外短絡血管を有し,その血管遮断により,意識障害の反復がみられなくなったことから,この症例の診断が門脈・大循環性脳症(portal-systemic encephalopathy)と判明した症例を経験した。そこで,本症例の臨床症状,特に精神症状の経過と特徴を検査結果とともに考察を加えて報告する。

うつ病患者における再燃・再発の危険因子

著者: 田所千代子 ,   宮岡等 ,   上島国利

ページ範囲:P.591 - P.597

【抄録】 うつ病患者52例の寛解退院後2年間の経過を遡及的に調査し,非再燃・再発群(A群),再燃・再発群(B群)に二分し再燃・再発の危険因子を検討した。B群の再燃・再発時期は寛解退院後6か月以内が86.4%を占めていた。抗うつ薬の1日平均投与量は退院時,退院後1か月,2か月もB群が有意に低用量となっていた。CGIによる精神症状,初発年齢,過去のうつ病相数,性別,病前のGAF尺度得点などは両群間で有意差は認められなかったが,退院時のハミルトン抑うつ尺度の病識項目得点がB群で有意に高値であった。再燃・再発の防止には寛解退院後少なくとも6か月は抗うつ薬の急激な減量は避けるべきであり,患者には再燃・再発を念頭に置いた服薬指導,疾病への理解を促すことが重要と考えられた。

大うつ病における精神神経免疫内分泌学的研究

著者: 定塚甫 ,   定塚江美子 ,   鈴木清 ,   斉藤麻里子 ,   竹内哲 ,   西風脩

ページ範囲:P.599 - P.604

【抄録】 大うつ病において,筆者らが行ってきた20年間の研究の延長として,免疫学的および内分泌学的研究を行った。免疫学的にはすでに明らかになっているNK細胞活性とこれと最も関係の深いIL-2の測定を行った。また,内分泌学的には,近年脚光を浴びてきているDHEAおよびDHEA-S,さらには血清コルチゾールの測定を行った。その結果,免疫学的にはNK細胞活性の低下,内分泌学的にはDHEAおよび血清コルチゾールの低下が認められた。反面,IL-2の上昇が認められた。大うつ病においては,免疫学的には初期防衛機構であるNK細胞活性の低下,内分泌学的には生体の修復機構の低下が推測された。

単純性肥満症にみられるBinge eating disorderのパーソナリティ特性

著者: 吾妻ゆかり ,   児玉和宏 ,   野田慎吾 ,   佐藤理穂 ,   岡田真一 ,   山内直人 ,   村野俊一 ,   斎藤康 ,   佐藤甫夫

ページ範囲:P.605 - P.610

【抄録】 単純性肥満症患者103例を,DSM-IVの研究用基準案に従って,Binge eating disorderと診断されない63例(61%)〔BED(-)群〕と診断される40例(39%)〔BED(+)群〕に分けて,臨床像・パーソナリティ特性を比較検討した。BED(-)群は,肥満の発症年齢が高く,BMIが低い,30代に多く,ロールシャッハ・テストでは,現実検討は保たれていたが,状況を安易に受け入れる傾向が強かった。BED(+)群は,肥満の発症年齢が低く,BMIが高い,20代に多く,テストでは,欲求や情緒が抑えられ現実検討が低く,境界型人格構造の特徴を示した。肥満症におけるBEDの認識が重要で,精神科のかかわりが必要と思われた。

短報

病院看護職における適応障害について

著者: 堀正士 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.611 - P.613

 日頃様々なストレスにさらされている看護職のメンタルヘルスは,その勤務内容から考えても重要な問題である。Freudenberger1)が,心的エネルギーの過度の要求の結果起こる身体・情緒的症状を「燃え尽き症候群」として指摘して以来,我が国でも主に看護職を対象にこの病態に関して研究が行われ,メンタルヘルスの改善に貢献してきた。
 しかし,その研究は調査票を用いた数量的研究であり3),実際に不適応を起こした症例を検討すればさらに有効な知見を得られると考えられる。そこで,今回は不適応を起こす背景を明確にするために,病院看護職で適応障害を呈した症例の臨床的特徴を明らかにし,若干の考察を加えて報告する。

治療により軽快したエイズ関連痴呆の1例

著者: 青木勉 ,   中村朗 ,   飯塚登

ページ範囲:P.615 - P.618

 AIDS(後天性免疫不全症候群)はヒト免疫不全ウイルス(HIV)によって引き起こされる免疫不全により,日和見感染症,悪性腫瘍や,HIV脳症といわれる神経症状や精神症状を引き起こすことが知られている。
 今回我々は,記憶障害で初発し,後にHIV感染が判明し,治療により脳波・MRI・SPECT・MMSが改善したエイズ関連痴呆の症例を経験したので報告する。

神経性無食欲症における空腹感と満腹感

著者: 中井義勝 ,   黄俊清 ,   木下富美子

ページ範囲:P.619 - P.621

 神経性無食欲症(anorexia nervosa;以下AN)における摂食異常は身体イメージの異常とともに,その病因および治療を考える上で重要である1)。しかしANにおける空腹度や満腹度を検討した報告は数少ない。細胞内低血糖を惹起する2-deoxy-D-glucose(2-DG)を投与すると,健常人では空腹度が増加するが,ANでは満腹度が増加することを以前報告した7)。したがって,ANの体重回復後に空腹度,満腹度がどのようになっているかは興味ある課題である。2-DGは高価であり,被験者への侵襲も大きい。そこで,今回はインスリン低血糖が空腹度および満腹度の測定に有用であるか否かを検討し,有用であることを明らかにした。またこれを用いてAN患者の低体重時と体重回復後で空腹度と満腹度を測定し,健常人と比較したので報告する。

制汗スプレー剤の習慣的吸入により精神病性障害を呈した1例

著者: 渡邉温知 ,   道又利 ,   酒井明夫 ,   大塚耕太郎 ,   氏家憲一 ,   星克仁 ,   安田重

ページ範囲:P.623 - P.625

 薬物の依存,乱用は我が国においても大きな社会問題であり,特に近年は低年齢化や大衆化といった傾向が著明である。こうした状況に対して,種々の法律による取締りや啓蒙活動がなされている。しかし,最近注目を浴びたいわゆる「合法ドラッグ」の問題をはじめとして,既成の法律に規定された範囲を超えて,依存・乱用の対象が拡大し多様化する今日の状況においては,対応に苦慮する場面も多い。今回我々は,制汗デオドラント剤の習慣的吸入により精神病様症状を呈し,入院治療を行った女性例を経験した。制汗剤の使用による精神病性障害の例は極めて珍しく,現代の依存・乱用の多様化を考察する上で有用であったため,若干の検討を加えて報告する。

紹介

妄想発展に神経解剖的素質はあるか?—症例ワーグナーへの追加

著者: ,   岩脇淳 ,   中村俊規 ,   仙波純一

ページ範囲:P.627 - P.634

はじめに
 チュービンゲン大学精神科でもっとも有名な症例のひとりは教頭Wagner(ワーグナー)である。Wagnerは1913年の11/11から12/24までの6週間,Gauppの鑑定を受けるためチュービンゲン大学病院に入院した。その後,彼は1938年4月の死に至るまで精神病院に在院した。Wagnerは世界的にも最も大量かつ詳細な症例記録を残し,学問的にも最も精力的に討論された個人症例の1つである。Gaupp自身もWagnerについての著作をしばしば公刊し,英訳も出されている。
 私はここで改めてこの症例について報告したいと思うが,それは紛失したと思われ,今まで調べられていなかったWagnerの脳が,デュッセルドルフ大学フォークト脳研究所の脳標本の中から見つかったからである。その脳は左の海馬傍回に,限局性であるが明らかな皮質発達障害を示していた。同様の所見は分裂病患者にも記述されているものであり,今日の辺縁系の生理学によれば,分裂病および分裂病様症状の広範なスペクトラムの素地となる病理組織的な基盤と考えることができる。

私の臨床研究45年

生物—心理—社会的統合モデルとチーム精神医療(第6回)—社会復帰段階のチーム・アプローチ—精神科デイケア

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.635 - P.639

精神分裂病治療の追跡調査と精神科デイケアの開設
 私どもは前任大学で精神分裂病の転帰についての追跡調査を行ったことがある(村田・西園,1973)1)。その結果によると,当時,開発された抗精神病薬で効果があったと思われた患者でも予想以上に転帰が悪いことが明らかになった。退院後2年以内に半数近く(48.0%)が再入院しているし,さらに同調査で,退院後,外来通院しているものではその後の再入院は少なく,他方,通院しなかったものではその後の再入院は多いことも認められた。つまり,精神分裂病の治療ではアフターケアが必要であることが明らかになった。その上,私どもはこの調査にあたって2人1組であらかじめ同意を得た上で家庭訪問を行ったのであるが,本人はもちろん,家族が近隣の人々から身を隠すように生活しているのを垣間見た。目指す患者の家に近づいたらかなり遠くに車を置いて訪ねたのであるが,その家が農村であった場合など,近所の人がその家に現れて,「見知らぬ人がお出でになっているが,何事ですか」と尋ねられることもあった。都会でも患者の母親は私どもを救世主のように迎え入れてくれるのに,障子の向うにいるはずの父親は決して会おうとしない家もあった。分裂病患者のアフターケアにはまず,安らげる居場所を確保することと,近隣から孤立している家族への共感と援助が必要なことを痛感した。

私のカルテから

精神分裂病様症状を示した多発性クモ膜嚢胞の1例

著者: 林敬子 ,   藤川徳美 ,   山岡信明 ,   寺井英一 ,   滝沢韶一 ,   児玉秀敏

ページ範囲:P.640 - P.641

 近年精神症状を伴うクモ膜嚢胞の症例報告がなされるようになり,脳波異常など器質的な側面が指摘されている4,5)。今回我々は左側頭部と右小脳後部にクモ膜嚢胞を有し,意識消失や左下肢の錐体路症状を認め,精神分裂病様症状を呈した症例を経験した。精神分裂病の遺伝負因を持った精神症状を伴うクモ膜嚢胞の症例報告は本症例が初めてであるため,文献的考察を加え報告する。

動き

精神医学関連学会の最近の活動—国内学会関連(15)

著者: 大熊輝雄

ページ範囲:P.643 - P.663

 日本学術会議は,「わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的」として設立されています。その重要な活動の1つに研究連絡委員会(研連と略す)を通して「科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること」が挙げられています。この研連の1つに「精神医学研連」があります。第16期,第17期と小生が皆様のご推薦により学術会議会員に任命されており,現在は精神医学研連の委員に次の方々になっていただいております。すなわち,木村敏(河合文化教育研究所),小阪憲司(横浜市立大学医学部),鈴木二郎(東邦大学医学部),高橋清久(国立精神・神経センター),樋口康子(日本赤十字看護大学),山内俊雄(埼玉医科大学),山崎晃資(東海大学医学部)と大熊輝雄(国立精神・神経センター)であります。精神医学研連はその活動の1つとして,第13,14,15,16期にわたり,精神医学またはその近縁領域に属する40〜50の学会・研究会の活動状況をそれぞれ短くまとめて本誌に掲載してきましたので,第17期も掲載を継続することにしました。読者の皆様のお役に立てば幸いであります。

「第20回日本社会精神医学会」印象記

著者: 生地新

ページ範囲:P.664 - P.665

 2000年3月2日と3日の両日,新装された日本都市センター会館(東京都千代田区平河町)で,第20回日本社会精神医学会が開催された。東京は,福祉の先進地であると同時に,財政赤字のために福祉が危機に直面している地域でもあり,都市化が極限にまで進展し,国際化も急激に進んでいる地域である。このような特徴を持つ東京で20世紀最後の社会精神医学会が開催されたことは,岐路に立つ日本の精神医療と精神医学を考えるために時宜にかなっていたと思われる。
 今回は,会長が都立松沢病院院長の風祭元先生,副会長が都立中部総合精神保健福祉センター所優の江畑敬介先生であり,東京都の精神医療,精神保健の専門家の力が結集されて,気持ちのよい学会運営がなされているというのが会場に入った時の第一印象であった。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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