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雑誌目次

雑誌文献

精神医学42巻9号

2000年09月発行

雑誌目次

巻頭言

電子カルテ時代の到来

著者: 地引逸亀

ページ範囲:P.900 - P.901

 私どもの大学病院では本年6月1日から全国に先駆けて電子カルテ使用が始まった。昨年来,一部の診療科では先に試験運転が行われていたが,この6月からは全科一斉のスタートである。本学では薬の処方や臨床検査の指示をパソコンに入力して行うオーダリングシステムは,1997年10月からすでに始まっている。このシステムは私の出身校である金沢大学医学部付属病院ではその数年も前から始まっていたので,特に何の抵抗もなかった。しかし日々の外来や入院の診療所見を従来の紙カルテの記載からパソコンに入力して記録する電子カルテに変え,いわゆるpaperlessにするとなると,これは今までの診療スタイルが一変するわけであり,果たして診療がスムーズに進むのか大いに危惧された。この6月は移行期ということで,まだ従来の紙カルテが外来でも入院病棟でも使用できるので大きな混乱はない。しかし本学では近い将来に紙カルテを廃止するのは確実である。そのような電子カルテ時代が到来すると日々の診療とくに精神科診療がどうなるのか,以下に本学の電子カルテ使用の現状を述べ,その問題点やメリット・デメリットについて考えてみたいと思う。

研究と報告

精神障害を疑われた事例への警察官の対応

著者: 瀬戸秀文 ,   藤林武史 ,   松永昌宏 ,   吉住昭 ,   井本誠司 ,   松島道人 ,   國政允

ページ範囲:P.903 - P.911

【抄録】 佐賀県内全警察署において2か月間に,精神障害,アルコール依存,痴呆およびその疑いなど精神科関連の問題で警察官が相談を受け,本人と直接対応した事例について調査した。2か月間に53例(男性37例,女性16例,51.3±17.9歳)であり,問題行動は奇妙な言動33例,酩酊20例,俳徊18例,反応の鈍さ15例,家族以外への暴力14例,器物破損12例,自傷10例などであった。対応は保護37例,警らなど12例,相談4例,その他2例であった。警察官の対応人数は3.1±1.2名であり,対応時間は5時間37分±6時間20分であった。警察官は対応に多くの労力を費やしており,精神科事例かどうかの判断,警察と医療保健福祉機関との連携,個別事例の問題行動や患者関係者の協力の有無などにより困難性は左右されていた。

分裂病の考想可視—6症例による症侯学的検討

著者: 小野江正頼 ,   濱田秀伯 ,   千葉裕美 ,   神山園子

ページ範囲:P.913 - P.919

【抄録】 考想可視を示す分裂病5例,強迫的な書字を呈した1例を取り上げ症候学的な立場から検討を加えた。分裂病の考想可視は視覚領域に生じる言語性幻覚であり,多くは疾患がある程度進行し,考想化声,幻聴,非言語性の視覚表象を生じた後の段階に認められる。文字の細部は不明瞭でも内容は直ちにわかり,束縛性が強く,言語性幻聴に類似の推移をたどる。考想可視は行為を書字化して確認せずにいられない強迫行為に始まり,自我障害の進展に応じて主観空間の仮性幻覚から客観空間の幻視へ移行する。筆者は考想可視を,考想化声よりさらに低い人格水準で,主体が体験の自己所属性をつなぎ止めようとする一種の自助努力と考えた。

年齢誤認を示した慢性精神分裂病患者の10年フォローアップ

著者: 鶴田聡

ページ範囲:P.921 - P.927

【抄録】 長期入院中の慢性精神分裂病患者51例を,年齢誤認の有無の確認とともに,記憶テスト,長谷川式スケール,精神症状などの評価をしながら10年間フォローアップし,年齢誤認の転帰を検討した。死亡例やドロップアウト例を除く40例は,持続的年齢誤認群6例,一時的年齢誤認群9例,持続的非年齢誤認群18例,痴呆化群7例に分けられた。年齢誤認は可逆的な現象であり,その出現・消退は患者の病状や生活態度の変化を伴うことが多かった。持続的および一時的年齢誤認群も痴呆化群と同様に進行的な認知障害を示したが,痴呆化群とは様相が大分違っていた。観察開始時年齢誤認例は観察開始時非年齢誤認例に比し痴呆化群が多かった。

都市近郊新興住宅地で発症したfolie à quatreの1家族例

著者: 森山成彬

ページ範囲:P.929 - P.938

【抄録】 都市近郊新興住宅地で発症したfolie à quatreの家族例を報告した。発端者は所帯主の父親で妄想型精神分裂病に罹患し,その被害妄想が妻と娘二人に伝播していた。親族の介入と外来治療で続発者の3人の感応状態は治癒した。発端者が脊髄損傷による身体障害者であり,家族の結束が強く,親類や地域との交流が少ないことが感応醸成の要因になっていた。国内外の4人以上の感応精神病の報告26例と比較して,感応の時代性と地域性,家族の閉鎖性と結合性,発症状況と治療,さらに,いわゆる集団ヒステリーとの対比や,カルト集団内における共有された妄想的信念との差違について考察した。

うつ病患者における持続・維持療法についての検討(第2報)

著者: 田所千代子 ,   宮岡等 ,   上島国利

ページ範囲:P.939 - P.944

【抄録】 うつ病患者49例の寛解退院後あるいは再寛解退院後(以下退院後と記す)4年間の経過を遡及的に調査し,退院後の抗うつ薬の投与量,投与期間などにつき検討をした。退院後2年から3年にかけ抗うつ薬の投与量が急激に低下していたことより,対象を退院後3年時の投与量にて高用量群と低用量群の2群に分類し以下の結果を得た。両群ともに退院後2年間は十分量の抗うつ薬が投与されており,再燃・再発例は認められなかった。CGI,GAF尺度得点は退院後2年までは変化していたが,3年以降は変化がなかった。性別,発症年齢過去の病相数などは両群間で有意差は認められず,退院後2年間十分量の抗うつ薬を用いた後は漸減中止すべきであると考えられた。

Fluvoxamine追加投与開始後に軽躁状態を呈したうつ病の1男性例

著者: 堀口寿広 ,   崔震圭

ページ範囲:P.945 - P.951

【抄録】 うつ病にて入院中,従来の抗うつ薬による治療に加えfluvoxamineを投与したところ軽躁状態を呈した55歳の男性例について,SSRIによる躁転に関するこれまでの報告を踏まえ,心理行動面での変化を含めて考察した。入院7か月後にsulpiride,trazodoneに加えてfluvoxamine 50mg/日投与を開始したところ,表情ににやつきが現れ,服薬を忘れたり,無断離院,帰院時間の無視などの規則違反が頻発し,パチンコやアルコールへの傾倒がみられた。投与開始後34日で投与を中止したところ6日後には改善した。本症例ではfluvoxamineの追加投与が軽躁状態の発症に関与した可能性が考えられた。

パニック障害と分離不安

著者: 大曽根彰

ページ範囲:P.953 - P.961

【抄録】 DSM-IVにより不安障害と診断された252例にseparation anxiety symptom inventory(SASI)を施行し,幼小児期の分離不安と成人期の不安障害との関係を調査した。その結果,不安障害および分離不安は女性に多く認められ,不安障害発現の基礎に生物学的な性差の存在が示唆された。分離不安は特定の不安障害に特異的な前兆とはとらえられなかった。しかし,パニック障害で,発症後に広場恐怖へ発展する群の女性に,幼小児期の強い分離不安の既往とパニック障害の早期発症が認められ,不安障害間の相関が示唆された。すなわち「パニック障害の分離不安仮説」は,本邦では広場恐怖を伴うパニック障害群の女性だけに成立していると考えられた。

摂食障害を合併したAsperger障害の1例

著者: 佐藤晋爾 ,   水上勝義 ,   山口直美 ,   石川正憲 ,   大野柾江 ,   鈴木利人 ,   白石博康

ページ範囲:P.963 - P.968

【抄録】 摂食障害を合併したAsperger障害の1例を報告した。患者は17歳の女性。10歳時より,強迫性障害や幻視を伴う不穏状態のため入退院を繰り返していた。16歳時,親戚の一言を契機にダイエットを試み,その後反跳性に過食が出現した。入院時,節食,過食行為,家族に対する暴力行為を認めた。入院後,行動療法,認知療法,集団療法を施行したが,体重増加が思うようにいかないことによる焦燥感と病棟内の対人関係の問題から,在宅治療に切り替えたところ状態は改善した。
 本例の摂食障害の発現にはAsperger障害に特有の強迫性,対人関係の問題が関与しているものと考えられた。また,治療についても本障害の特徴に留意した対応が必要と考えられた。

短報

妄想と気分障害を呈した高齢発症のCushing病の1例

著者: 田村みずほ ,   小原圭司 ,   新井俊成 ,   土谷邦秋 ,   稗田正志 ,   風祭元

ページ範囲:P.969 - P.971

 Cushing症候群は,内因性精神病と類似した好発年齢(20〜40歳代)と精神症状を呈するため,精神科的診断において注意を要する疾患として知られている1,3)本邦でのCushing症候群の報告は年間約100例で,その50%余が下垂体性のCushing病である。このうち60歳以上の高齢者は非常にまれで,下垂体性,副腎性ともに全体の約2〜3%4,6)と報告されている。今回我々は,肺炎による入院中に妄想状態となり,精神疾患として当院に転入院した後,Cushing病であったことが判明した74歳女性の症例を経験した。高齢者では,症状が非典型的で,診断が困難な場合が多いが,内分泌疾患による精神症状は適切な治療により劇的な改善を望めるので,早期の診断と治療が重要である。今後,超高齢化社会を迎えるにあたり,精神科医が高齢者のCushing症候群に遭遇する機会も増加すると予測される。その際の注意点を含め,若干の考察を加え報告する。

精神病院入院患者に対するインフルエンザワクチンの効果

著者: 長嶺敬彦 ,   村田正人 ,   阿部彰 ,   池田まな美 ,   大賀哲夫 ,   岡村功 ,   添田光一郎 ,   本間純子 ,   渡広子 ,   和田方義

ページ範囲:P.973 - P.975

はじめに
 インフルエンザは,冬季の代表的な流行性呼吸器感染症の1つである。感染経路はエアロゾールによる空気感染(飛沫感染)で,感染力が強いため,流行期には多数の患者が発生する。一方,インフルエンザワクチンの接種は,1994年度の予防接種法の改正により任意接種となり,接種者が大幅に減少し,インフルエンザウイルスに対して無防備な集団が増加している。
 そこで今回我々は,精神病院の入院患者を対象として,インフルエンザワクチンの効果を検討するため,インフルエンザ様疾患の発症率を前向きで調査した。インフルエンザワクチンの接種は,インフルエンザ様疾患の発生を完全に阻止できなかったが,発症率の低下と重症化の阻止効果が認められた。

精神医学における日本の業績

呉秀三の業績—「精神病者私宅監置ノ實況及其ノ統計的観察。附,民間療法」を中心として

著者: 秋元波留夫

ページ範囲:P.977 - P.982

はじめに
 呉秀三(1865-1932)10)は東京大学精神医学教室および都立松沢病院の事実上の創設者であるとともに,また日本精神医学の「建立者,Begründer」(斎藤茂吉の評語)である(この文章では呉先生をはじめ諸先輩の敬称を省略させていただく)。
 呉の業績と生涯については,かつて私は一文1)を草したが,「精神病学集要」3巻8),「精神病鑑定例」7)をはじめとする精神医学領域の業績のみならず,「シーボルト先生其生涯及功業」9)「華岡青洲先生及其外科」,「医聖堂叢書」などの医学史領域の後世に残る膨大な業績のなかから,あえて彼と樫田五郎の共著「精神病者私宅監置ノ實況及其ノ統計的観察。附,民間療法」(1918)5)を選んで語ることにしたのは,この報告が精神医学および精神科医の使命が何であるかを教えて余すところがないと日ごろ私が考えているからである。この報告が書かれた時代的背景,この報告の内実,そのこれまでに果たした,そしてこれから果たすであろう役割について考えてみたい。

試論

Evidence-Based Psychiatryの視点から見た初期分裂病

著者: 加藤忠史

ページ範囲:P.983 - P.989

はじめに
 精神分裂病は,いったん発症すれば多くの場合残遺症状を残す,精神疾患の中でも最も重症で難治な疾患で,未治療期間が長いほど転帰が悪いことなどからその早期診断,早期治療,発症予防が重要と考えられている8)
 しかしながら,その早期診断については議論のあるところである。精神分裂病のDSM-IV診断基準には,精神分裂病の前駆症状が記載されているにもかかわらず,前駆症状のみを呈した場合にいかに診断するかが明らかにされていないため,DSM-IVを日常臨床に使用している者にとっては,こうした患者をどのように診断するかは悩みの種である。
 日本におけるこうした研究の第一人者で,独自に「初期分裂病」の概念を提示して研究を行っている中安が,DSMを激しく批判し,操作的診断基準やEvidemce-Based Psychiatry(EBP)を志す精神科医と真っ向から対立し,全くかみ合わない議論19)が行われてきた経緯からか,中安の初期分裂病や精神分裂病の初期診断について,操作的診断基準やEBPの文脈から考察されることは少なかった。
 DSMを日本に紹介した高橋三郎教授の元に学び,その後中安助教授に精神症状学の薫陶を受けた筆者としては,こうした不毛な論争を乗り越え,患者にとって本当に有益な診断学を確立していく必要性を感じている。そこでこれらの論争を止揚し,今後の研究の方向性を探る目的で,精神分裂病の初期診断についての論点を,EBPの視点からまとめ直してみたい。

紹介

英国バーミンガムにおける地域精神保健システム

著者: 西尾雅明

ページ範囲:P.991 - P.998

はじめに
 近年我が国では,めまぐるしい勢いで精神障害者を取り巻く関連法規の改正がなされている。医療法改正もそのような流れの1つであり,精神病床の新たな機能区分設定についての議論が活発化している。そこでは,精神障害者の様々な病態像に応じたきめ細かな入院治療を提供できるシステムの構築が求められているが,病床区分の基準を,急性期や慢性期といった時間軸にするのか,重症度にするのか,あるいはこれらを総合的にとらえた区分とするのかが検討されているところである。
 一方,欧米各国では,病床削減と連動して地域精神保健システムが構築されてきた。適切な圏域ごとに地域責任制を持った精神保健チームを配置するセクター化(sectorization),障害者のニーズに合わせてケアを統合・調整するケースマネージメント(case management;CM)に加え,先進地域では,機能分化したいくつかのコミュニティ・チームを統合することで,セクターにおける包括的な地域精神保健システムを構築している5,7,9,15,17)
 そのような観点からいえば,英国北バーミンガム地域は,国際的にみて最も包括的な精神保健システムを構築している地域の1つであるが,我が国では未だ詳細な紹介はなされていない。筆者は,1998年11月に北バーミンガムのスモールヒース地区を訪問し,いわゆる北バーミンガム地域精神保健モデルについて研修を受ける機会を得た。本稿では,英国における地域精神保健の最近の動向を紹介した上で,コミュニティ・チームや関連機関の機能分化に焦点を当てながら,北バーミンガムモデルの概要について説明を加え,病床機能分化を模索している現状にある我が国が,これらから学ぶべきことを考察したい。

デトロイトでみた精神医療(第2報)

著者: 佐久間もと

ページ範囲:P.999 - P.1004

グループホームの実態
 ここはデトロイト市の北東地区で,2つの郊外の市に囲まれた角に位置している。市役所のあるデトロイト河の川沿いが,市の行政—商業の中心部であり,そこから車で北東に斜めに走行して約20分で着く。人口百万の大都市の居住地区である。この住宅地区は,往復1車線ずつの道路の両側に煉瓦造りの住宅が並んでできている。この住宅街道路が,6車線の幹線道路と出合うところに,黄色に塗られた平屋がある。この建物は,南に酒類食品店が軒を接し,北に道路を隔ててビデオ小売店があり,入り口は幹線道路に向いていて,門も,垣根も,庭もない。そして裏側は通行自由の横道で,いわば商家のように剥き出しの家構えである。この建物に10人以上の精神医療手続きを経た成人男子が,世話係りの人々とともに共同生活を営んでいる。どう見ても3DKの広さである。これが,法的にグループホームと呼ばれる施設である。しかし,この施設には住居者が目を休める緑の芝生も,憩いのための庭も,戸外での作業の場所もない。厳重な管理のため,建物の内部での生活様式は知りようがない。休日や週末の昼間に,2,3人の住居者たちが,玄関脇のベンチに腰掛けて目の前の幹線道路を走る車の流れを眺めている。この施設の住民のうち10人ほどが,早朝から日暮れまで,バンに乗り合いで働きに行く。彼らにとっては,この施設は,いわば寝床にすぎない。そして,この施設は,煉瓦造りの中流階級住宅街の入り口に陣どり,裏をわずか4区画行くと高級住宅地である。こうした環境に位置する施設であるが,この10年間,かっぱらいなどの些細な事件があったが,背後の住宅地住民を困らせたり,煩わすような事件は生じていない。
 ともかく住宅街で成り立ってきたグループホームの実態を,十余年間の実績があるにしても,成功と賞讃するわけにはゆかない。悪く言えば戦時中の戦犯強制収容所の趣きがある。食事と寝床を与えて薬で統御して作業をさせる。地域社会にありながら,地域の人々との交流は,全くといえるほどない。なぜなら,この住宅街の催しには参加しない,近隣への奉仕活動は皆無であり,隣近所との立ち話すらしない。この1軒はまさに孤立している。これが結果だとすると,脱施設(de-hospitalization)の意味合いが存在しない注)。だから地域への還元という大義名分が,これらグループホームには成り立っていない。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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