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雑誌目次

論文

精神医学43巻1号

2001年01月発行

雑誌目次

巻頭言

児童精神医学と成人精神医学の連携

著者: 栗田広

ページ範囲:P.6 - P.7

 当たり前のことであるが子どもは成長する。児童精神医学とくに発達障害の精神医学を志して,すでに四半世紀が過ぎた。最近は,駆け出しの頃に出会った自閉的な幼児たちが青年となり,作業所での適応上の問題などをきっかけに,久しぶりに母親と相談のために受診することが少なくない。そのような人たちの呈する問題の根底には,注意深く観察すると,成人精神科臨床の場でみられる精神障害の併発が認められることがまれではない。
 精神医学の臨床では,患者の言語化された体験から,症状を把握し,診断を行い,治療を進めていくことが,基本的な方法である。ところが筆者が対象としている青年たちは,自己の体験を適切に表現するまでの話し言葉を有しない人たちがほとんどである。また彼らは,話し言葉だけでなく,言葉を補う非言語的表現,すなわち,ジェスチャーや表情や身振りなどでの表現もうまくできないので,彼らの体験を他人が把握するにはかなりの困難がある。しかし恐らくは,障害のない人に比べてその様相は不明瞭とはいえ,脳機能障害の存在は明らかであり,さまざまなストレスをより以上に受けやすく,かつそれが適切に解消されがたい状態にある人たちであり,一般の人よりも,精神障害を生じる可能性ははるかに高いはずである。にもかかわらず,多くの専門家にそれを把握するスキルが十分でないために,適切な対応がなされないままでおかれていることが非常に多いように思う。そのスキルとは通常のその人の行動レベルを把握した上で,それが現在どうなっているかをみるという,適切な行動レベルの評価を行えることがその主要な部分を占める。

展望

考想化声

著者: 濱田秀伯 ,   小野江正頼

ページ範囲:P.8 - P.16

 自分の考えが声になって聞こえるという考想化声Gedankenlautwerdenは,1930年代にSchneider, K. が,話しかけと応答,行為批評と並列する形で一級症状に含めた分裂病の代表的な言語幻聴である。しかし,彼に先立つ記載や臨床上の特徴に言及されることは少ない。我々は本稿の前半でヨーロッパにおける考想化声概念の成立と変遷をたどり,後半においては分裂病に占めるその症候学的な意義について,今日可能な展望を試みたい。

研究と報告

性同一性障害の臨床解析—岡山大学医学部附属病院精神科神経科の経験

著者: 佐藤俊樹 ,   山本文子 ,   井戸由美子 ,   中島豊爾 ,   黒田重利

ページ範囲:P.17 - P.24

【抄録】 岡山大学医学部附属病院精神科神経科を受診し,性同一性障害と診断した45例の臨床解析を報告した。半数近くの症例が初診時にホルモン療法または手術療法をすでに受けていた。女性例では,性別違和感を自覚し始めた時期が早く,男性としての性自認を早い時期から確立し,性指向も女性である例が多く,男性として社会適応している例が多かった。男性例では,性別違和感が問題となる時期が遅く,性指向は分散する傾向にあり,女性として社会適応している例は少なかった。

解離性障害にみられた実体的意識性

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.25 - P.31

【抄録】 実体的意識性を呈した解離性障害の3症例を提示し精神病理学的に検討した。そして実体的意識性,被注察感,対人過敏症状,聴覚過敏,見えない二重身,複雑幻視,要素幻視などの精神病様症状は解離性障害にしばしばみられることを指摘した。また実体的意識性を近位実体的意識性と遠位実体的意識性に分けると,近位実体的意識性では感覚的要素はさまざまであり,自己と他者の二重性が認められること,また遠位実体的意識性では感覚性に乏しく純粋な実体的意識性が現れやすく,また他者性が前景にあると考えられた。さらに回復過程では人とのつながりの中で生・現実・現在にとどまりつつ,死・夢・過去を新たに区切ることが重要であった。

乳がん患者に対する構造化精神科介入とその影響要因に関する研究

著者: 平井啓 ,   保坂隆 ,   杉山洋子 ,   柏木哲夫

ページ範囲:P.33 - P.38

【抄録】 本研究の目的は,「構造化された精神科的介入」を受けた79名の乳がん患者の情緒状態の変化に対する影響要因を調べることである。
 2つの心理学的尺度による介入前後の比較と,介入後6か月後の質問紙調査による患者の主観的評価を分析した結果,介入前にさまざまなコーピング行動をとる傾向が高い患者は,介入前の情緒障害の程度が高い傾向があり,この情緒障害の程度の高い患者は,介入により情緒障害が改善されやすいことが明らかになった。また,医療を肯定的にとらえている患者は,そうでない患者に比べて,情緒障害の改善の程度が高いことが明らかになった。これらの結果から,乳がん患者に対する「構造化された精神科的介入」には,背景情報などを事前にスクリーニングすることが重要であることが示唆された。

50歳以上のてんかん患者の現況

著者: 伊藤ますみ ,   中村文裕 ,   武田洋司 ,   出店正隆 ,   小林淳子 ,   榊原聡 ,   田中尚朗 ,   小山司

ページ範囲:P.39 - P.43

【抄録】 北海道大学医学部付属病院通院中の50歳以上のてんかん患者191例の臨床特性を検討した。発症年齢が50歳以上の高齢発症群は12%であった。高齢発症群は全例局在関連性てんかんであったが,病因が明らかな例は32%であった。若年発症群との臨床因子の比較では,全般性強直間代発作を伴う例が少ないほかは,大きな差異は見いだせなかった。発作が2年以上抑制されている抑制群は高齢発症群が56%と,若年発症群の39%に比し易抑制傾向を認めた。抑制群と非抑制群の臨床因子の比較では,若年発症群の非抑制群において側頭葉てんかんが最も多く,55%を占める点が注目された。他の臨床因子に有意差は認められなかった。社会の高齢化に伴い,今後高齢発症てんかんのみならず長期治療患者の増加が予想された。

通電療法により慢性疼痛が改善したうつ病の1例

著者: 漆原貴子 ,   功刀浩 ,   池淵恵美 ,   広瀬徹也

ページ範囲:P.45 - P.49

【抄録】 慢性疼痛は,しばしば難治性であり,麻酔科的治療のほか抗うつ薬,認知行動療法,力動的精神療法などが試みられる。今回我々は,通電療法によって慢性疼痛が著明に改善したうつ病の1例を経験したので報告する。
 症例は65歳の主婦。59歳頃より職場のストレスを契機にうつ病を発症し,慢性化していた。家庭内のストレスもあり,下肢の疼痛「足に釘が刺さったような痛み」を生じ,強い苦痛を訴えるようになった。他院で抗うつ薬が試みられたが,明らかな効果はなかった。しかし,無けいれん性通電療法を行ったところ,うつ病症状の軽減とともに疼痛の訴えがほぼ消失した。通電療法前後のSPECT所見では,脳血流量の著明な増加が認められた。本症例は,うつ病に伴った慢性疼痛に対し通電療法が有効である可能性,そのメカニズムとして脳血流の改善が関与している可能性を示唆する。

甲状腺機能低下症に伴った睡眠時無呼吸症候群の1症例

著者: 北村直也 ,   佐藤俊樹 ,   山田了士 ,   黒田重利

ページ範囲:P.51 - P.56

【抄録】 日中の過眠,いびきを主訴とした睡眠時無呼吸に,甲状腺機能低下症の合併が発見された症例を経験したので報告する。本症例では甲状腺ホルモン補充療法前に中枢型無呼吸・混合型無呼吸・閉塞型無呼吸を示した睡眠時無呼吸が,ホルモン補充療法後に閉塞型無呼吸のみを示すようになった。甲状腺機能低下症が睡眠時無呼吸を引き起こす機序については上気道閉塞による末梢的な機序と,呼吸中枢の抑制による中枢的な機序とが考えられ,そのバランスによって,3つの無呼吸型が,いろいろな比率で出現するものと考えられる。本症例では,ホルモン補充療法によって無呼吸の改善を認めたが,寛解に至らず,nasal-CPAPによる治療が有効であった。

女性覚せい剤乱用者における摂食障害の合併について(第2報)

著者: 松本俊彦 ,   宮川朋大 ,   矢花辰夫 ,   飯塚博史 ,   岸本英爾

ページ範囲:P.57 - P.64

【抄録】 摂食障害(以下,ED)を合併する女性覚せい剤(以下,MAP)乱用者21例を対象として,ED発症とMAP使用開始との継時的な前後関係から,I群(ED先行型)とII群(ED後発型)に分類し,両群のED発症の背景・契機とMAP使用の動機,および臨床的特徴の差異を調べた。その結果,II群の全例がMAP使用中断時の反跳性の食欲充進を神経性大食症(以下,BN)発症の契機として陳述し,MAPがBNを誘発する可能性が示唆された。また,衝動行為などの行動障害はI群でより重篤であり,ED発症の契機やEDの罹病期間により病態に差がみられた。

短報

Fluvoxamineにより精神病像を伴う躁状態を呈した強迫性障害の1症例

著者: 武藤真理子 ,   多田幸司 ,   渡邉芽里 ,   笠茂公弘 ,   飯島毅 ,   竹中秀夫 ,   松浦雅人 ,   小島卓也

ページ範囲:P.65 - P.68

 SSRIは従来の抗うつ薬に比較して抗コリン作用や心毒性などの副作用が少なく,安全性の高い薬物と考えられている。また,SSRIは双極性障害のうつ病相に用いた場合,三環系抗うつ薬に比較して薬剤誘発性の躁転頻度が少ないことも明らかにされている9)。今回,我々は強迫性障害にうつ病が合併した症例に対しfluvoxamineを投与したところ,精神病症状を伴う躁状態が出現した症例を経験し,若干の知見を得たため報告する。

インターネットが生活を変えた広場恐怖を伴うパニック障害の1例

著者: 竹内龍雄

ページ範囲:P.69 - P.71

 パニック障害(以下PD)に伴う広場恐怖のため,長年家に閉じこもりがちな生活を余儀なくされていた主婦が,自宅でできるインターネットを覚え,メール友だち(男性)ができ,その友だちが患者の外出訓練の協力者となり,車や電車で町や海へ出かけて遠出を楽しむことができるようになった。インターネットは広場恐怖を伴うパニック障害患者の生活を大きく変える可能性を持っている。

進行性失語で発症し,左側頭葉に著明な萎縮を認めた老年期痴呆の1例

著者: 岩切雅彦 ,   石井映美 ,   田中芳郎 ,   水上勝義

ページ範囲:P.73 - P.76

 失語はアルツハイマー病やピック病などの痴呆性疾患の経過中にしばしば出現するが,臨床経過の中期から目立ってくるのが一般的とされ,進行性の失語症で発症し,長期間痴呆が出現せず経過する症例は「原発性進行性失語症」(Mesulam)などと呼ばれている10,11)。しかしながら,失語で発症し,次第に痴呆に発展した症例の報告も散見されている1〜6,8,9,12〜15)。今回我々は,進行性の健忘失語や感覚失語が先行し,次第に痴呆が出現し,MRIやSPECTで左側頭葉の著明な障害を認めた1例を経験したのでここに報告する。

急性妄想状態を呈したインフルエンザ脳症の1例

著者: 飯村東太 ,   中山道規 ,   後藤健文 ,   野村総一郎

ページ範囲:P.77 - P.79

 インフルエンザ精神病は,1918年のいわゆるスペイン風邪の世界的大流行時の症例に基づくKleist, K. 2)やEwald, G. 1)の症例記載でよく知られているが,その後,精神科領域における報告例は極めて稀である。
 最近,我々は感冒症状に直接継起する,急性の妄想状態で発症したインフルエンザ脳症を経験したので報告する。

精神医学における日本の業績

林 道倫の業績

著者: 石井毅

ページ範囲:P.81 - P.85

まえがき
 林道倫は,世にも稀な博学多識の人であり,その見識は医学をはるかに超えて,洋の東西に及ぶものであったといわれるが,精神医学における研究業績にも独創的な業績が多くみられる。明治以来の日本の学問の主流が西欧の輸入または模倣の傾向が強かった時代に,その独創性は特筆に値するであろう。
 その主要なものを要約すると,

資料

栃木県の精神科緊急医療システムの整備が措置入院患者の特徴に及ぼす影響

著者: 中村研之 ,   堀彰 ,   辻恵介

ページ範囲:P.87 - P.91

 栃木県は関東地方の中で最も面積が広く,最も人口の少ない県である。県民200万人に対して,29の精神病院と精神科病床を有する病院が宇都宮を中心に県内全域に分布している。山地の多い県北部には病院数が少なく,人口の多い都市部により多くの病院が存在している。その内訳は1つの県立病院である岡本台病院と22の民間病院,2つの大学病院と4つの総合病院精神科である。精神科の総病床数は5,714床で,100床から300床程度の小〜中規模の病院がほとんどである。こうした状況の中で,栃木県の精神科緊急医療は1984年の「宇都宮病院事件」を契機として,1985年から精神科緊急システムの整備に着手し,現在,岡本台病院を中心としたシステムが構築されてきている。
 今回我々は,栃木県で1985年度から始められた精神科緊急医療システムの実施が,措置入院の件数および内容に及ぼす影響を調査し,興味ある結果が得られたので報告する。

精神障害者に対する地域での支援活動について—稚内地方における実践の報告

著者: 土屋潔 ,   栃木昭彦 ,   中島幸治 ,   新田活子 ,   中村喜人 ,   大村正行 ,   井上誠士郎

ページ範囲:P.93 - P.100

 近年の精神科医療は従来の入院中心の医療から,ノーマライゼーションの理念のもとに,早期の社会復帰を図り,地域の中で精神障害者の社会的な自立を促進する方向に変化してきている。このために精神保健福祉法の中でも精神障害者生活訓練施設,精神障害者授産施設の設置が定められているが,これらの社会復帰施設は全国的に不足しており,利用できる人は限られているのが現状である1)
 そのような中で,稚内市においては,早くから木馬館運動7,8,10)を通じて共同作業所,共同住居を開設し,精神障害者が働ける場所,安心して暮らせる場所を確保する活動が行われてきた。最近では,精神障害者授産施設の開設,グループホームの整備,デイケアの開設などにより社会資源の整備がいっそうの進展をみせ,精神障害者を地域の中で支えるシステムが構築されてきている。
 本稿では,稚内地方の精神保健,医療,福祉に関する社会資源の現状を報告し,その特徴,今後の課題について考察したい。

私のカルテから

マレイン酸フルボキサミン投与により平均大脳血流量が改善した脳梗塞後遺症の1例

著者: 大原浩市 ,   阿隅政彦 ,   渡辺康雄

ページ範囲:P.102 - P.103

 現在のところ,マレイン酸フルボキサミン(フルボキサミン)は本邦で発売されている唯一の選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)である。欧米ではSSRIは脳梗塞後うつ病に対して第1選択となっており1),その他の症状についても有効性が確認されている。今回我々はフルボキサミン服用後に平均大脳血流量が改善した脳梗塞後遺症の症例を経験したので報告する。

動き

「第8回日本精神科救急学会」印象記

著者: 小阪憲司

ページ範囲:P.104 - P.104

 第8回日本精神科救急学会は,2000年9月21,22日に日本医科大学精神医学教室の遠藤俊吉教授を会長として,日本都市センターホール(東京)で開催された。今回の学会の基本テーマは,「精神科救急—現状分析と21世紀への展望」であり,2つの特別講演,2つのシンポジウム,1つのワークショップが組まれた。
 特別講演の1つは,厚生省障害保健福祉部の今田寛睦部長による「精神保健福祉行政の現状と課題」であり,今回の法改正についての説明がなされ,さらに家庭内暴力・引きこもり・PTSDへの対策,医療法での医師・看護婦体制などについての厚生省の考えが伝えられた。今1つの特別講演は,日本医大救急医学の山本保博教授による「災害の場における精神科医療の重要性」であり,阪神大震災をはじめ,日本や外国の災害時の豊富な体験から,災害時の精神科医療の重要性が強調された。

「第30回日本神経精神薬理学会」印象記—設立の原点に戻って,基礎と臨床の対話重視を再認識

著者: 山脇成人

ページ範囲:P.105 - P.105

 第30回日本神経精神薬理学会総会が東北大学大学院精神神経学分野の佐藤光源教授会長のもと,2000年10月26日,27日に仙台国際センターで開催された。
 本学会は精神科医と薬理学者が学際的に精神神経疾患の病因や薬物療法に関する臨床的・基礎的研究を推進するという目的で設立され,今年で30回という節目を迎えた。総会では,設立や学会の発展に貢献された田所作太郎氏ら6名に功労賞が贈呈された。今大会は佐藤会長の発案により,日本臨床精神神経薬理学会との2つの合同シンポジウムが企画された。「双極性障害の合理的薬物選択一臨床と基礎」では,国立精神・神経センターの本橋伸高氏がわが国の処方調査結果と現在のアルゴリズムを報告し,躁病治療にリチウムとカルバマゼピンが使用されているが,欧米で使用されているバルプロ酸の躁病への適応がないため,位置づけが困難なことを指摘した。因みに,本学会としてバルプロ酸の躁病への適応拡大を要望することが決議された。テキサス大のTrivedi氏は精神病像を伴ううつ病と双極性障害のうつ病のアルゴリズムについて報告し,前者では従来の三環系抗うつ薬+抗精神病薬に加えて,SSRI+非定型抗精神病薬あるいは電気けいれん療法の位置づけについて述べ,後者ではラモトリジンの有効性について触れた。J & Jのvan Kammen氏は新しい抗てんかん薬のトピラメートの躁病に対する有効性とその作用機序について述べた。筆者は参加できなかったが,「精神分裂病の合理的薬物選択—臨床と基礎」では,長崎大の中根允文氏によりわが国の精神分裂病の薬物療法の現状と問題点が,ウイーン大のKasper氏によりヨーロッパにおけるアルゴリズムが,また鹿児島大の山田勝士氏らによりわが国で開発中の抗精神病薬アリピプラゾールの薬理特性について報告された。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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